下手に騒ぐわけにもいかない。乗客たちはレイフォンと運転手のやり取りをただ眺めるしかなかった。会話が終わりレイフォンが気密室に入っていくのを見ると、慌てたように先程の男が運転手に詰め寄った。
「どういうことだ。なぜあいつが出て行く」
小さく掠れているが叫ぶように出した声は、男の感情の大きさに押されてか車内に響き渡った。男は顔をしかめ気まずそうな顔を見せたが、そのままの顔で運転手を睨みつけた。
「あの小僧の言葉が本当なら問題なく片付くはずですよ」
「なんだと」
「おそらく大丈夫です。それともあそこの武芸者の方々に囮にでも出てもらいますか?」
自棄になっているのか、運転手は後方に小さくなって座っている数人の男達を顎でさし示す。男の反論を許さない。本来彼らは男が護衛のためにと雇った武芸者達であった。だが、このところの経営状況の影響でたいした武芸者を雇うことは出来なかった。
そもそも現状で確認できるだけでも雄性体が7体。砂塵の奥にはまだいるかもしれない。中には脱皮したと思われる固体も混じっている。これは都市の精鋭部隊で当たるべき相手だ。1体のみならまだしも、生まれた都市を離れて生きることを許される程度の、そんな武芸者が相手取ってどうこうできる数ではない。
「――準備だけでもさせておく」
「それはやめたほうが良いと思いますよ」
「なに?」
「車内で抵抗されたら誰も止められません」
言葉につまった男を見ると話すことはもう無いと思ったのか、運転手は座りなおして元の体勢に戻った。男はまだ何か言いたげであったが、無駄なことだと悟ったのかその場で呆然と立ち尽くしている。
再び、時間の感覚を狂わせる重苦しい空気が流れ始めた。バス内にいるその多くが、自らに訪れる最期のときを待つ悲壮な表情で、丁度外に出て行ったレイフォンを目で追っている。
その姿が揺れるように消え、直後軽い音が頭上から降ってきた。そして間を置かずしてバスに衝撃が走り響くように揺れた。先ほどまで静寂をどうにか保とうとしていた乗客達の理性は、どこかへ放り出されたように消えてなくなった。ある者は悲鳴をあげ、またある者は出してくれと叫んだ。ほかの乗客たちも余裕無く、衝撃に怯え必死に座席にしがみついた。
にわかに衝撃の雨が止んだ。各々がそれに気づくと車内は再び静寂が訪れた。
「どうなった」
誰かがそう呟くと先ほどまで小さくなっていた武芸者の一人が、窓に近づくと外を見つめた。すると目を見開き顔に汗をかき始めた。その窓枠を掴む手は固く動かない。
「いない。汚染獣がいない」
ふと気密室の扉が開く音がする。続いて除染のために空気が勢いよく吹き付ける音が車内に響き渡る。それが静まるとまたも車内に沈黙の時間が生まれた。車内に通じる扉が開き、レイフォンが出て行った時と同じ服で入ってきた。
「終わったか?」
「ええ、ついでに辺りを探ってきましたが周囲に汚染獣はもういません」
運転手が尋ねるとレイフォンは笑顔で応えた。
漂っていた空気は気密室との気圧差で生まれた一陣の風と共に綺麗に流された。
「大変お待たせしました。これより遅れた時間を取り戻すべく運転を再開します」
1・2話であわせてプロローグ
短いですがチラ裏への投稿のうちは1話3000文字以内となると思いますし、サブタイトルも入れません
次は説明会の予定
原作から引っ張るのが楽なんですけどね・・・できる限り自分の言葉に置き換えます