惑う戦士   作:gawain

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第7話

 フェリは兄、カリアンが嫌いだ。昔はそうではなかったように思う。

 四つ離れた兄は物静かで理知的で、身長もすらりと高く、フェリと同じく色白で色素の薄い髪は幻想的な雰囲気を醸し出していた。フェリに対しても当たりは柔らかく、休日は二人して一日中部屋に篭り読書したりしていた。

 それがどうだろうか。仲の悪くない兄を頼りに、新たな自分を見つけるためツェルニにやってきたフェリを迎えた兄の眼を忘れることが出来ない。いつも優しく細められていたはずだったそれは、餌を前にした肉食獣のようにギラギラと光っていて息が止まりそうだった。

 そして次の瞬間嘘のように笑顔の造形をした仮面を貼り付けて彼女を歓迎してみせた。

 何かの勘違いだと思おう、とその日は久しぶりの兄との再会にひとまず食事を楽しみ、実家にいる家族の話題に花を咲かせて一日を終えた。

 しかし残酷なことに翌日一番の理解者と思っていた人物はフェリにとって敵になった。

 カリアンには多くの力が必要で、フェリはそれを持っていた。

 フェリに出来るせめてもの抵抗は、兄以外にその力の大きさを証明させないことだけだった。

 

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 薄っすらと臭う血と鼻をつく消毒液の臭いに目が覚めた。辺りを見渡してみると隣には強引に小隊に入ってもらった綺麗に肌の焼けた女の子が何らかの資料をめくっている。

 

「終わったのか?」

 

 彼女に問うと同時に体を起こす。疲れは残っているがどこか怪我をしたということも無いようだ。

 

「……はい、汚染獣との戦闘は無事に勝利しました。早速ですが報告を聞かれますか?」

 

 慌てて顔を上げると持っていた資料を指差した。彼女の、ナルキ・ゲルニの硬い対応が可笑しかったが口の端を僅かに上げるに止め、報告を聞くために軽く頷く。

 

「骨折をはじめ重傷者は87名を数え、頸脈疲労や修復不可能な怪我による異常を起こし復帰が絶望視される生徒も出ているようです。ですが幸いなことに死者は報告されていません」

 

 都市の存亡さえ絶望されていた当初からすると死者が出ていないという上出来な報告に思わず口を開け、すぐにナルキの持っている資料を渡してもらう。書かれている数字を目にし自然と頬がほころぶ。

 ベッドに再び体を沈めると目を閉じ、ニーナは「守った」という達成感に浸った。

 

「今はシャーニッド先輩が現場で事後処理の指揮を執っています。隊長が倒れたせいでデートが潰れた、って嘆いていましたよ」

「それはなんとも。復帰したくなくなるな」

「やるのは変わらないのは先輩も分かっているでしょうけど。私が男を上げるチャンスだって言ったら笑って、ここは君の甘い言葉に乗せられたことにして存分に動くことにするかね、って。面白いですね」

「ああ」

 

 いつも訓練をサボってニーナを怒らせるシャーニッドだが、実力は確かであるし今回の対汚染獣戦でも殻が薄い部分を的確に突く射撃で、おそらくトップクラスの撃端数だろう。

確実に前衛の隙を埋めてくれる射撃は心強かった。

 

「迷惑をかけてしまったな」

「いえ、今回ばかりは日ごろのこともありますし押し付けて良いと思いますよ」

「シャーニッドのことだけじゃないんだ。助けが無ければここに自分の名前が載ることになっていた」

「ご無事で良かったです」

 

 そういうことじゃないと駄々をこねる子供のように繰り返したくなる気持ちをニーナは抑えた。戦闘終了後の顛末も嬉しかったが、本当に聞きたいところは実際は違った。

 

「私を助けたのは誰だったんだ」

 

 見たことがない生徒だった。少なくとも幼生体に一人で対応できるだけの実力が有るなら知らないはずは無い。小隊員は顔くらいは見たことがあるし、それ以外でも隠れた実力者はいないか探し随分苦労した。

 

「戦闘後聞いてみましたがレイフォンと名乗っていました。後でまた挨拶することになるからと都市部へすぐに戻ってしまいましたのでそれ以上は…」

「そうか」

 

 旋頸による高速移動からの一閃。きっと切られた者は知覚出来ない、あまりの鮮やかな太刀筋に思い出しながら背筋が凍る。

 

「他に助けられた者が何人かいるようで噂になってます。挨拶に来ると言っていましたしそのうち分かるでしょう」

 

 ナルキの言葉にひとまず納得するとニーナは事後処理の現場へ復帰するべく行動を起こした。急ぐことは無いとナルキは言うが、特に怪我をした訳でもないのに責任者がいつまでも働かない訳にはいかない。

 

「最後まで戦場に立てなかった分取り戻さなければな!」

 

 

 

 

 

 

 

 レイフォンは暇だった。彼は現在ツェルニの学生として正式に登録されている訳ではなく、所属が宙に浮いた状態だった。組織に組み込まれない人材は動かし難く、カリアンからは表立っては労うことにはいかないから1日休んでいてくれと言われていた。

 とはいえ復旧活動で忙しい学生達がうろつく中自分が町へ遊びに行くのも躊躇われた。結局外縁部の反対側に位置していた為に被害を受けなかった宿泊施設の中。昼から豪勢なコース料理を頼んで楽しみ、学生ばかりの都市で汚染獣の襲撃に遭う。そんな災難に恐怖したであろう、ここまで一緒に旅してきた人達から「被害はどの程度だった」など尋ねられながら過ごした。

 何人か「君がいるなら安心だ」とわざとバスを遅らせて一緒に乗り合わせた人もいたが、流石に昨夜の事は堪えたようだ。

 夕方。レイフォンが今晩は何が出てくるのか、と楽しみにしながら都市内で発行される雑誌を眺めていると、ドアをノックする音が部屋に響いた。待ってましたとドアの開けて招きいれようとしたが、そこにいたのは予想外にもカリアンだった。

 

「いや突然すまないね、君の名簿への登録と寮の準備が済んだから明日は入寮、明後日から正式に君は武芸科の生徒として通ってもらうことになるよ。これは君の学生証と帯剣許可証だ」

「わざわざ生徒会長がですか?」

「うん、表向きはね」

 

 胡散臭さにレイフォンは目を細めた。食事の期待を裏切られたのもあってか意図せず睨み付けるようになってしまう。

 それに思わずカリアンも身を引いた。

 

「怖い顔をしないでくれるかな。君は忘れているかもしれないが私はまだ退院もしていないんだよ。他の役員からは病院へ戻れと言われたがどうにも食事が味気なくてね。君を口実にここでしばらくリハビリすることにしたんだよ」

「そう、なんですか」

「ああ、君には明日ここ出てもらうけど私はここいるのでそのつもりで頼むよ。もちろん役員は君の事は知っているから優先して対応してくれるはずだ」

 

 そして結局昨日からほとんど寝れず辛いから、とカリアンは伝えるだけ伝えると重い足取りで去っていった。

 都市の長として重責に耐えるカリアンにレイフォンは敬意をもち、彼の身を案じた。

 しかし、ノックが再び響き料理が運ばれてくるとその思いはすぐに消えてしまった。

 レイフォン・アルセイフは基本的に純朴で現金な人間だった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外から騒がしい学生の声が聞こえてくる。遮光カーテンを開けると既に日は高く昇り、周囲の建物を明るく照らしていた。窓からの反射光にフェリ・ロスは目を細めた。

 昨夜から着続けた武芸科の制服はところどころ皺がより、本来潔癖な彼女を余計にいらつかせていた。

 

(やはり夢ではないのですね)

 

 通常この時間は多くの学生は学校敷地内にいるはずだった。作業服に身を包んだ学生が街中を闊歩している状況は異様なものだった。それが嫌でも汚染獣の襲撃へとフェリに結論付けさせた。

 瞳を刺す光を敵だとでも言うようにフェリは勢い良くカーテンを閉めると、ベッドの端に腰をかけると天井を眺めた。ベッドの上に乗って腕を伸ばしても手は届きそうに無い高い天井だ。

 汚染獣の襲撃は彼女にとっても衝撃だった。学園都市であるツェルニにはまともに実戦経験のある武芸者はいないはずで、そのトップである兄は期待した人物が到着しないことが堪えたのか入院中。まさしく存亡の危機だ。レイフォンの名は彼女も聞かされた。やつれていく兄に内心兄に天罰が降りたと思って喜んでいた。そんな自分を今は愚かだとなじる。

 

 自分が何をすべきかは分かっていた。自分を生かすためにも念威繰者としての力をここで発揮する必要があるのだ。

 だが自分から動くことは認められなかった。念威繰者となることに疑問を持ち、他にあるはずの未来を求めてここ来た。だから割り切れない。

 兄から期待されてきた事をしないでいたからこそ彼女を見る周囲の目は‘念威繰者として大したことは無い’で済んでいたのだ。今は全力を求められる場面で、動けば必ずこれからも同じ活躍を期待される。それだけの才能をフェリ・ロスは持っていた。

 そんな葛藤をしながらも、死の恐怖から部屋の隅で誰かが見つけてくれるのを待っていた。そして「助けて欲しい」の言葉を。

 だがいくら待てども声はかからない…いや声は届いていた。17小隊の念威繰者であるフェリには戦闘状況が逐一共有されていた。戦線へ参加するように指令も入っていた。

 従わなかったのは意地だった。

 

(言い訳を求めていたのでしょうか)

 

 最後に背を押してくれる一言。それを奪い彼女の小さいプライドを守ってしまった――

 

(レイフォン・アルセイフですか)

 

 手繰り寄せられたシーツに幾本も皺がよる。

 自分と同じく兄の犠牲者になると思っていた人物。彼の登場によりフェリの未来は守られた。しかしどうしても素直に喜べない自分の気持ちに彼女は揺れていた。




フェリの心情は原作以上に複雑になります
果たしてこれを自分は描ききれるだろうか・・・

ちなみに原作に事後処理の描写は無いので参考に出来ず難産でした
原作との乖離が自分を苦しめていく・・・
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