「広い……」
レイフォンは与えられた寮の鍵を開けるとそれだけ言葉をこぼした。玄関は扉を開けると両腕を伸ばしても届かない程の広さがある。
間取りを確認すると約35㎡のダイニングとは別にキッチンルームがあり、寝室は20㎡ある。家具もベッドやテーブル、照明、冷蔵庫などさし当たっての不安も無い。
あのカリアンが何に時間をくっているのかと思っていたが納得である。
そこで急に家賃が心配になったレイフォンは生徒会に確認をとると半年分は既に払ってあるらしい。
あの時レイフォンは学生ではなかったので傭兵として雇い、その報酬として充ててあるそうだ。
「広すぎる」
食事の準備のため買い物を済ませたレイフォンは帰ってきてまたつぶやいた。
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レイフォンは初授業のときを迎えていた。グレンダンでは孤児に対しては初等教育は行われておらず、専ら孤児院で年長者や生活の糧を得た院出身者の大人に教わるだけであった。
このように大勢で一斉に同じ勉強をするというのは新鮮だ。
また、彼にとって人から注目を集める機会というのは大観衆の中行われる大会、というくらいしかなかった。だからだろうか、腰に帯剣していない状態が彼にとって落ち着かないものにしていた。
「大丈夫。いきなり襲い掛かってくる人間なんていないさ」
「そういう問題じゃないんですけど」
「自分の名前と出身さえ言えれば十分。他は愛想笑いで誤魔化せばいい」
「そんなもんですかね」
「上手く言葉にしようとして失敗するのはよくある話だ」
「それは…僕自身よく言われましたね」
レイフォンが初日ということで事務室へ行くとどうやら話が生徒会から‘不運な男の子’として連絡が来ていたらしく、事務を担当していた男子生徒からえらく同情された。
生徒会からの連絡は誇張などではなく流せる範囲で正確だった。
乗っていた放浪バスが襲われるが同乗していた武芸者によって辛くも殲滅に成功。その際バスが受けたダメージの修理によって日程は遅れる。その間宿泊していた外来者用ホテルにて武芸者による立てこもり事件が発生。人質となった他の乗客の開放に動こうとするが同じタイミングで都市警察の機動部隊が突入。実行犯の一員と疑われ3日間の拘留。その間にバスの修理は終わっており既に出発。次のバスを待つことになった。それに加えて今回の幼生体の襲撃が続いた。
表向きの情報であるが伏せられている点以外は完璧なものだ。渾名がつくのも納得である。
事務の男子生徒はそのまま席まで案内するよう言われているとの事で、先ほどからレイフォンの緊張を解そうと話しかけてくれている。
「これまでの不運なんて帳消しにするくらい良い事もあるさ」
「そうですね」
本当にそうだと良いと思いながらレイフォンは頷く。
そして事務の男子生徒が立ち止まる。どうやら教室に着いたようだ。
(もう着いちゃったよ)
戦場とはうって変わってレイフォンは緊張して青褪めている。彼には目の前の扉がまるで大きな一枚岩で出来たもののように感じられた。
しかし男子生徒は何の臆面も無い様子で引き戸を横に動かすとと中へそそくさと入ってしまう。
呆気なく開けられてしまった扉にレイフォンはまだ固まっている。
だが男子生徒は何歩か進んだところでレイフォンが着いてきていないことに気づいて後ろを振り返った。その視線に気づいたレイフォンはようやく石化した状態から解かれる。しかしレイフォンは武芸者とは思えないぎこちない歩き方だ。
騒がしい教室内に始めは二人が入ってきたことを特に気にするような生徒は居なかったが、教室の中ほどまで進み入ると徐々に視線が集中しだした。その中に赤髪の少女の姿もあったが周りの様子を気にする余裕は無い。
教室に並ぶ席の最後尾にたどり着く。
「ここが君の席だよ」
男子生徒が指し示して座るよう促す。
前に配置してあるボードは遠いが視線を気にしなくて良さそうだとレイフォンはほっとしていた。
そこに新たに生徒が入ってきた。教師役の上級生だ。
始業のチャイムが響く。
「丁度良い時間だな、健闘を祈るよ」
時計を確認するとレイフォンの肩を軽く叩き、事務の男子生徒は上級生といくらか言葉を交わして出て行ってしまった。
上級生がレイフォンを一瞥すると授業を始める前に、と自己紹介するように振ってきた。
「レイフォンあ、アルセイフです。グレンダンから来ました。よろしくお願いします」
椅子を倒してしまいそうな勢いで立ち上がると、少しどもりながら簡潔にそれだけ口にした。
教室内は大きな音への驚きと自己紹介の続きを求めて静まり返っていたが、レイフォンが動かないのを見て上級生が「仲良くしてやってくれ」と一言吐くと早速授業に入った。生暖かい目線と静かな笑いに教室内は包まれた。
(なんか変なところあった!?確かに少しつっかえたけど)
レイフォンは周囲が笑っている理由に混乱しながらも着席した。
緊張のため口ごもったのが幸いしたのか遅れてきた理由を聞かれなかった。この場で質問されたら要らないことまで口走っていたかもしれない。
そんなことを考えている余裕は彼には無かったが、授業が始まり視線が外れると朝から続いていた緊張はようやく緩んだ。
安心したのは良いが落ち着いて授業を聞いていてレイフォンには思ったことが一つあった。
(全然分からない)
基礎数学1と書かれた教科書にある該当ページを開いているが、関数の二文字にいきなり引っかかった。
元々勉強など奨学金を取るために非常な努力をした数ヶ月の間のものであって元々レイフォンは勉強や考えることが苦手だった。更に一ヶ月以上他の生徒と進捗状況に差がある訳である。
レイフォンは理解することを諦め、ノートをとることだけに腐心することになった。
案の定授業の合間はどうして遅れたのかという質問をはじめ、彼らにとっては馴染みの薄いグレンダンの話や汚染獣の襲撃の話を振られたが、言い難い部分は全て笑ってぼかしてしまった。
しかし、話しかけてきたのは気の良い人間ばかりで思いのほか上手くやれそうだ、とこれからの学生生活にレイフォンは淡い期待を持った。話しかけてくるのが女子のほうが多かったのが気にかかったが。
「一昨日会ったよな」
放課後、クラスメイト達とさよならの挨拶を交わして教室を出たところだった。女子にしては背の高い武芸科の制服を着た生徒に声をかけられた。記憶を掘り起こそうとレイフォンが黙っていると彼女の顔が僅かにゆがんだ。
「声をかけるのが遅くなってしまった。もしかして分からないか?」
「いや、ナルキさんでよかったかな?」
「さん付けとか久々で違和感あるな。呼び捨てで構わない」
「そ、そう?」
「こちらもレイフォンと呼ぶから」
何とか思い出したレイフォンの声は乾いていた。気づかれないようにそっと息を吐く。
「同じクラスだったのか…」
「どうやら一杯一杯だったようだな」
口の端を上げて爽やかに笑う様子は格好良くて同姓受けが良さそうだ。
「おやおや?まさかのナッキが大遅刻君に早速のアタックですか!?」
「こら、失礼だぞミィ。すまないレイフォン」
「大丈夫だよ。大遅刻君ね」
本当に遅刻もいいところだ。
そう考えながらレイフォンはようやく今日初めて心から笑うことが出来たことに気づいた。突然の乱入者に感謝した。
「本当にすまない。悪いヤツじゃないんだが言いたいことをそのまま言葉にしてしまうタイプでな」
「いやいや、気にしないでって」
「ナッキったらわたしをだしにして高感度上げてるな!?いつの間にそんなことが出来るように――」
「いい加減にしとけ!全く。名のるくらいしたらどうだ」
焦れたのかナルキが乱入者に一発拳骨を落とした。こつんとレイフォンにも聞こえたので大分痛そうだ。
「ちょっとこれは痛くしすぎ。なんか叩かれた場所熱持ってるし…。わたしは暴力振るうナルキの幼馴染でミィフィ・ロッテン」
「良い薬だ。たまには反省しろ」
よほど痛かったのか声のトーンは随分下がっていた。
二人のやり取りが面白くてレイフォンは腹を抱える。
「それで後ろに隠れてるこの子はメイシェン・トリンデン。あたしたちは3人とも幼馴染で交通都市ヨルテム出身なんだ」
「放浪バスは途中で必ず通るはずなんだけど知ってる?」
「知ってる。ここの前に立ち寄ったよ。活気があって良い所だね」
「でしょー」
ミィフィはもう回復したのかすぐに会話に参加してきた。元気があって人懐っこい笑顔だ。
後ろに隠れている黒髪を伸ばしたメイシェンは人見知りなのかナルキの後ろから隠れたままだ。
「そういえばどうしてわたし達にも声かけないでレイフォンに話しかけてたの?」
「そうだった、忘れてた。メイはともかくミィは面倒だからな、こんな風に」
「それが幼馴染に言うこと?」
「幼馴染だから言えることだな。それでレイフォン、まだ隊長に顔出してないよな」
改めて挨拶に行く、確かにそう言った。でもそれは今日ではなくもう数日置いてと思っていた。
まさかナルキが同じクラスになるとはレイフォンは考えていなかった。
「でも今日は時間取れるの?忙しかったり怪我人がいたりしない?」
「外縁部の片付けは昨日で一応目処がついたしけが人はレイフォンのおかげでうちの小隊からは出てないよ」
「うわっ、てことは突然現れた謎のヒーローは大遅刻君?」
「その通りだがもう止めろ」
今度はあきれた様子でナルキは自分の額を手で押さえた。暴力ナルキの言葉が効いたのだろうか、とレイフォンも失礼なことを考えたがすぐに否定しておいた。
「それで今日から小隊の活動が再開するんだが一緒にどうかと思ってね」
「うん、ありがとう。助かるよ」
「あの時はこっちが助けてもらったからな。みんな限界だったから戦線がいつ崩れてもおかしくなかった」
「レイフォンて強いんだ」
「ああ、あたしなんかじゃ5人がかりで勝てるか分からないな」
「うわぁ、無理やりとはいえ小隊員になったナッキでそれか。今度取材よろしくね!」
「取材って?」
「私出版社で就労してるの。下っ端だけどこれなら上にいけるかも!」
「そうなんだ」
「うん」
「レイフォンには悪いがクラスメイトのよしみで適当に答えてやってくれ。あたしも興味があるし」
「ははは、わかったよ」
いつの間にか取材協力させれれたレイフォンの笑いはまた乾いたものになった。
やっと仲良し3人組が出せましたがメイシェン台詞無し
ミィフィが会話に入ると書きやすい
ガラリと作風が変わるくらいには
そして名無しキャラが会話にどんどん入るのが自分の作風か
ナルキのレイフォンに対する戦力認識が甘いのは仕方が無い