「先輩!待ってください!」
遠野は空手部の部室に集まる三人に叫んだ。
田所、三浦、木村の三人は殺気立ち、すでに臨戦態勢になっている。
「なんだよ」
田所が言った。
「あんな廃棄された倉庫にこいだなんて、絶対に罠ですよ!行っちゃダメです」
「だからって、あんなことされて黙ってろって言うのかよ!あいつら、俺たちに負けた腹いせに、インターネットにうんこの擬人化だの、池沼だの書き込んでるんだぞ。売られた喧嘩は買うしかないだろ」
「でも……そうだ、るりま先生に助けを――」
「やめろ!先公にだけはいうんじゃねぇ……」そう言うと、田所は何か思い出すかのように、眉を寄せた。「どうせあいつも、口だけだ」
遠野は知っていた。
田所たちには昔、心から信頼していた教師がいた。
他の教師と違い、三人を見た目で判断せず、仲間だと呼び、何かと気にかけた。
その結果、誰にも心を開かなかった三人は、その教師の言うことだけはしっかりと聞いていた。
しかし、空手部の裏から吸ガラが見つかり、三人がタバコを吸ったと疑われたとき、味方になってくれると思ったその教師が、誰よりも犯人だと決めつけたのだ。
そしてその三日後、それはクラスの優等生が捨てたものであり、その優等生を守るために教師が彼らに罪を擦り付けたと知った。
その日から、三人が教師を信じることは無くなった。
そして、数日前に赴任してきた教師、るりまも彼らを気にかける先生だった。それが、あのときの教師と重なった。
確かに、前の教師はクソ野朗だった。だが、るりま先生は違う。と遠野は思っていた。
るりま先生は、口を開けばオマンコだの精液だのチンポだの言う先生だが、教師として本気で生徒を気にかける人だという確信があった。
だが、それをどれだけ田所に伝えたとしても、彼らが退くことは無いだろう。
失った信頼は、簡単には戻らない。
「それじゃ、行きますよーいくいく」
と田所が歩き出すと、三浦が後に続く。
「おっそうだな」
木村また、後に続いた。
「なんで退く必要があるんですか」
遠野は三人を見送ったあと、何かに駆られるように部室を出た。
「忘れ物、忘れ物」
そうつぶやきながら、るりまが廊下を走っていると
「先生!」
と後ろから呼ぶ声が聞こえ、振り向くと遠野が駆けよって来て、前まで来ると、息を乱しながら膝に手を置いて下を向いた。
「あれ、童貞ちんぽこ生徒、まだ居たんだ」
るりまが言うと、遠野は膝に手をついたまま、顔を上げた。
「先生……先輩が……先輩が大変なんです!」
肩に鉄パイプが叩きつけられると、田所は痛みで思わずしりもちをついた。
その瞬間、顔を蹴られ手で鼻を押さえながらその場に倒れこむ。
すると、隣には泡を吹いて倒れている三浦が見え、さらにその奥では、木村が後ろから体をつかまれて、別の奴から顔を殴られているのが見えた。
田所は前に立っている清野を睨んだ。
「テメー、卑怯だぞ!」
倉庫には十人以上の人間が待ち伏せ、しかも何人かは武器を持ってきていた。
清野は、鉄パイプを肩に乗せながら、舌をだして笑った。
「へっへっへっへ!喧嘩に卑怯もクソもねーんだよ。バカ正直に三人できやがってよ、バカじゃねーの。大体よ、テメーらが悪いんだぜ。あの試合のとき、審判を買収しただろ」
「してねーよ!」
「だったらなんで俺ばっかり反則とられたんだよ!」
「テメーがルールを知らなかっただけだろうが!」
「うっせえ、そんなこと知るかよ」清野は鉄パイプを振り上げた。「とりあえず死ねや」
田所は手を頭の上に出し、目を強く閉じた。
だが、鉄パイプはいつまでたっても落ちてくる様子が無い。
何が起きたのかと思い、恐る恐る目を開けると、鉄パイプを上げたまま、出入り口のほうを見る清野の顔が映った。他の奴らもみな一様に、出入り口のほうを見ている。
田所も、その視線の先に目向けた。
そこには一人の女が起っていた。
逆光で姿が良く見えないが、その姿には見覚えがあった。
何かと気にかけてくる、うっとおしい先公。
「るりま……先生」
田所は思わずつぶやいていた。
「なんだぁてめぇ!」
一人の男がそう叫びながら、るりまに近づいていった。
「私は、その子たちの先生です。決してお姉さんではありませんので、姉貴とは呼ばないでください。私を姉貴と呼んでも良いのは、血の繋がった兄弟だけです」
るりまも謎の注釈を交えながら、倉庫の中に入ってくる。
「ああ?先公。女だからって調子のってっと――」
と男は殴りかかったが、その拳はるりまの左手につかまれた。
男はすぐに拳を引き抜こうとしたが、予想外に力が強いのか離れず、すぐに逆の手で殴りかかるがそちらもつかまれる。
「お前、離……あ、ああああ!」急に男は叫びながら、膝を曲げた。「い、痛い!痛い痛い痛いい!!」
るりまが拳を潰れるほど強く握っているのか、男は悲痛な叫びを上げる。
「私の生徒を傷つけるものは、許しません……お覚悟を。」
るりまはそう言うと、隣にあった積み上げられた一斗缶に男を放り投げると、それは音を立てて崩れた。
男が立ち上がってこないのを確認すると、るりまは倉庫内の人間全員を見渡す。
「んー……そこのあなた」
と清野を指差した。
「あ?なんだ」
「あなた、臭いますね……うーん、これは……精子、精液、ザーメン、ザー汁、キンタマ汁、赤ちゃん製造ミルク……さては、ちんぽこしこってたな!?」
そう言われると、清野は黙って目線をそらした。
どうやら図星らしい。
「一人でオナニーかわいそー、ちんぽこかわいそー。私がおまんこしてやろうか?」
「黙れ!このクソアマ!」
清野は顔を赤くして叫んだ。
「おまんこだよ?おまんこ中出しOKだし」
「黙れっつってんだろ!」
「からかってなんかないよ、本当に本当。じゃあ、今から服脱ぎます」
清野は鉄パイプを振り上げ、走り出した。
「てめぇぇ!!」
その瞬間、るりまが清野に近づいたかと思うと、清野の体は後方に吹っ飛び、握っていた鉄パイプは、いつの間にかるりまの手にあった。
「では、参ります」
るりまは静かに鉄パイプを構えた。
その姿は、田所の目には、剣を握った侍に見えた。
「お前ら!やれ!」
清野のその号令と共に、周りの男たちが一声にるりまに追いかかった。
だが、るりまはすべて攻撃を紙一重でよけると、鉄パイプを股間に打ち、次々と倒していった。
あっという間の出来事だった、一瞬にして男たちは全員、股間に手を当てて倒れ、勃っているものは清野以外いなくなった。
清野の足はガタガタと震えていた。
だが、プライドがそうさせたのか、叫びながらるりまに殴りかかるが、るりまはそれをよけると、後ろにまわり鉄パイプを股間にあてがった。
清野の体は固まる。るりまがやろうと思えば、一瞬でキンタマを潰せるからだ。
「や……やめてくれ」
清野が震えた声でそう言うと、るりまは思い切り鉄パイプを振りかぶり
「こんなもの!」
と叫ぶと、フルスイングの鉄パイプが股間に打たれた。
「があああああああ!!」
清野は悲痛な叫びを上げ、内股になりながら両手で股間をおさえると、三歩ほど前に歩き、白目を向いて倒れた。
るりまは鉄パイプを捨てると、すぐに田所の下へ駆け寄り、言う。
「大丈夫でしたか」
「先生……何で俺なんかを」
「私はあなたの担任です」
「でも俺、先生のことをド変態性器連呼イカレ喪女だって」
「遠野君から聞きました。とっても辛い思いをしたんですね。でも、安心してください。私はあなたの姉ではありませんが、絶対にあなたの味方ですから」
「先生」
田所の目から涙が溢れた。
俺は間違っていた。こんな素晴らしい教師がいたなんて。
そう思っていると、不意に外からサイレンの音が聞こえた。
「どうやら、遠野君が呼んでいた警察が来たみたいですね、立てますか」
「はい」
「早く彼らを逮捕してほしいですが、先に手当てしてもらいましょう。一緒に、木村君と三浦君を運んでくれますか」
「大丈夫、いけるよ」
るりまと一緒に、二人を肩に乗せて運ぶと、田所は言った。
「なあ、先生。俺、夢ができたよ」
「なんですか」
「るりま先生みたいな教師になりてぇ。俺、ステロイドでハゲてるような男だけど……なれるかな」
るりまは田所の顔を見ると、微笑んで言った。
「ええ、きっと」
昨日、下北沢で教師をしていた女が逮捕されました。
女教師は、生徒たちの前で性器や精液の名称を連呼したとの疑いがもたれています。
調べによりますと、女教師は「特別な意味は無かった、ただオマンコをしてあげたかったと」などと、よく分からないことを供述しているそうです。