続き書けたで候。
では、どうぞ∠( ゚д゚)/
十文字克人が窓の外へ目を向ける。
夜の演習場で、巨大な合成獣が歩いていた。
一歩踏み出すたび、床を通して微かな振動が伝わってくる。
その向こうでは、横転した軍用車両が今も炎を上げていた。
止めなければならない。
だが、前へ出た者が思い思いに戦えば、軍の二の舞になる。
「七草。迎撃と避難誘導を分けるぞ」
隣の真由美は、すぐに頷いた。
「ええ。ホテルの方に、宿泊客と従業員の人数を確認してもらっているわ。会場にいない人も避難させないと」
「誘導の指揮はお前に任せたい」
真由美の視線が、一瞬だけ窓へ向いた。
あの合成獣に、自分の魔法がどこまで通じるのか。
試す必要があることは、彼女にも分かっている。
しかし、今の会場には九校の生徒が集まっていた。
その全員に指示を通し、ホテル側とも協力して避難を進める者が必要だった。
「……分かったわ。こちらは任せて」
「頼む」
真由美は鈴音を呼び、ホテルの担当者とともに避難経路の確認へ向かった。
地下シェルターへ通じる道はある。だが、そこへ全員を一度に送り込めば、先程と同じ混乱が起こる。
「あーちゃんは、避難する人達に付き添って。五十里君は通路の確認をお願い。光井さん、暗い場所で足元が見えない人がいたら、照らしてあげてくれる?」
「はい!」
ほのかが頷く。
あずさも、まだ青い顔のままCADを握り直した。
その間に、克人は各校の代表者へ声を掛けた。
必要なのは、避難の時間を稼ぐための戦力だ。
実戦経験の有無を確認し、危険を説明したうえで、迎撃に参加する者を募る。
やがて、会場の一角には四十人あまりの生徒が集まっていた。
(四十人、か……少しばかり多いな)
第一高校からは、服部や沢木、辰巳、桐原をはじめとする生徒達が残っている。
エドワードの姿もあった。その近くには、深雪、雫、十三束。
エリカとレオ、幹比古も、避難の列には加わっていなかった。
三高の将輝と愛梨に続き、吉祥寺、栞、沓子も迎撃を申し出ている。
将輝達と一緒にいたアルフォンス・ロクベルは、真由美の指示を受け、避難する人々の付き添いに回った。負傷者が運び込まれた際には、その搬送にも協力してもらうことになっている。
ほかの学校からも、九校戦で見覚えのある顔が幾つも集まった。
心意気は頼もしい。
しかし、競技での成績が、そのまま実戦での生存に繋がるわけではなかった。
誰かが突出すれば、助けようとした者まで巻き込まれかねない。
克人は、生徒達の前へ立った。
「皆、よく残ってくれた。だが、最初に確認しておく。俺達の目的は、あの合成獣を倒すことではない」
話し声が止む。
「会場の関係者とホテルの宿泊客は、まだ地下シェルターへの避難を終えていない。俺達の役目は、あれを食い止め、避難が完了するまでの時間を稼ぐことだ」
誰もが、先程の光景を見ていた。
戦車が覆り、兵士が倒れ、巨大な口に呑み込まれていく光景を。
「国防軍には既に援軍を要請している。ただし、到着までにどれだけ掛かるかは分からん。それまでは、俺達で持ち堪える」
九島烈は、既に帰路に就いていた。
独立魔装大隊の面々も、藤林響子を除いて本部からの呼び出しで現地を離れている。
藤林との連絡は試みているが、今この場に駆け付けられる状況かどうかは、まだ分からない。
ここにいない者の助けを前提に、動くことはできなかった。
「独断で突出するな。負傷した者は下がれ。仲間が倒れた時も、一人で助けに走るな。必ず周囲と連携しろ」
克人は、一人ひとりの顔へ視線を巡らせた。
「最後に、全員に命じる」
短い間を置いて、告げた。
「死ぬな。必ず、生きて戻れ。以上だ」
「「了解!」」
返事が重なった。
その声を聞いても、克人の表情は緩まなかった。
◆
「エルリック。あの合成獣について、分かることはあるか」
呼ばれたエドは、窓際から振り返った。
「地面に触ってる限り、足元から攻撃されると思ってください。距離を取ってても安全じゃありません」
「先程の岩柱か」
「ええ。足が遅いからって、近付いて殴りゃいい相手じゃない」
桐原が、外の地面へ目を向ける。
レオも、腕を組んだまま眉を寄せた。
「じゃあ、まずは遠くからか」
「近くへ行くにしても、あいつが何をしてくるか見てからだ。巻き込まれたら、踏み潰されるぞ」
エドの声に、普段の軽さはなかった。
頭部に埋め込まれた水晶と、真鍮色の金属。
あの組み合わせには、嫌な覚えがある。
しかし、以前見たものと、まったく同じ造りとは限らない。
「頭にある水晶と金属にも気を付けてください。何に使うか、まだ断定できませんけど……ただの飾りじゃないはずです」
克人は頷いた。
「俺が正面で進路を塞ぐ。遠距離から攻撃できる者は、左右に分かれろ。接近戦を得意とする者は、その後方で待機だ。負傷兵の救出にも回ってもらう」
敵を一か所から囲むのではなく、攻撃を受ける範囲を分散させる。
避難に使う通路を背にせず、合成獣の向きをホテルから逸らす。
服部達と手短に分担を決めた後、克人は将輝へ向き直った。
「一条。お前の攻撃で、こちらへ注意を向けられるか」
「やってみます。ただ、外皮がどの程度のものかは、撃ってみないと」
「それで構わん。最初から倒そうとするな」
将輝の隣で、吉祥寺が頷いた。
深雪は、その会話を静かに聞いていた。
いつもなら、ここには兄がいる。
国防軍の用事だと告げて出掛けた、その背中を思い出すと、胸の奥に収めていた不満が再び顔を出した。
だが、今それを口にしても、何も変わらない。
「十文字先輩。避難経路から離せれば、私も広範囲の魔法を使えます」
「今は周囲への影響を抑えられるものを頼む。まだ、外に負傷者がいる」
「承知しました」
深雪は、演習場に倒れた兵士達を見た。
唇を引き結び、CADに手を添える。
エドもまた、彼らを見ていた。
(まだ、生きてる奴がいる)
大きな魔法を叩き込めば済む状況ではない。
動けない者を、攻撃の余波から守る必要があった。
「オレが地面を見ます。救出に出る奴は、先に声を掛けてくれ。勝手に走るなよ」
「あんたこそ、一人で突っ込まないでよね」
エリカが返した。
エドは短く鼻を鳴らす。
「分かってるっての」
その時、窓の外で合成獣が頭を上げた。
ホテルの明かりを確かめるように、口を開く。
克人が、出口へ向き直った。
「行くぞ」
◆
外へ出ると、焦げた油の臭いが鼻を刺した。
室内から見ていた時より、合成獣は遥かに大きく感じられた。
炎に照らされた外皮は、岩の塊のように重なっている。
その足元には、潰れた車両と、砕かれた舗装の残骸が散らばっていた。
エド達が左右へ展開する。
克人は、合成獣の進路に立った。
「一条!」
将輝がCADを向ける。
次の瞬間、合成獣の肩口が爆ぜた。
硬い外皮が弾け飛び、巨体が僅かに傾く。
だが、それだけだった。
「……浅い」
将輝が呟く。
合成獣は傷口を気にするように首を捻った後、彼の方へ向きを変えた。
その間に、ホテルとは反対側へ将輝が移動する。
追おうとした合成獣の前脚が、不可視の障壁に阻まれた。
十文字家の防御魔法、ファランクス。
空気が震えた。
丸太のような脚が障壁を押し、克人の靴底が地面を擦る。
「今だ。攻撃を重ねろ!」
合成獣の左右から、魔法が飛んだ。
正面の外皮を避け、脚の付け根や、将輝が傷付けた肩へ攻撃が集中する。
砕けた破片が落ちるたび、合成獣が低い唸り声を上げた。
それでも、まだ倒れない。
エドは、その後脚を見ていた。
指が地面へ食い込み、巨体の重心が僅かに沈む。
「来るぞ! 足元から離れろ!」
両手を合わせ、そのまま地面へ叩き付ける。
青白い錬成光が走った。
ほぼ同時に、合成獣の足元にも錬成陣が浮かび上がる。
地面が盛り上がった。
エドは、迫り上がる土の動きを追って錬成を繋ぐ。
岩柱になろうとする塊を崩し、生徒達のいる場所へ届く前に、低い土の隆起へ作り替えた。
しかし、すべてには間に合わない。
右手側で、一本の岩柱が突き出す。
他校の男子生徒がいた場所だった。
「危ない!」
辰巳がその生徒の腕を掴み、引き倒すように飛び退いた。
岩の先端が、二人のすぐ脇を掠める。
「っ……!」
助けられた生徒が、土に汚れた顔を上げた。
自分の背丈を超えた岩柱を見て、言葉を失う。
「止まるな! 場所を変えろ!」
克人の声に、生徒達が動いた。
同じ位置から攻撃を続けず、互いの退路を空けながら散開する。
合成獣が、今度は体ごと障壁へぶつかった。
重い衝突音が響く。
克人は一歩下がり、すぐに次の障壁を重ねた。
その横で、深雪がCADを操作する。
合成獣の片方の前脚が凍り付き、踏み出しかけた動きが止まった。
「長くは保ちません!」
氷に亀裂が走る。
だが、その僅かな時間に、兵士の救出へ回っていた者達が動いた。
レオが倒れた兵士を背負う。
エリカはその脇に付き、幹比古の声に従って進路を変えた。
「そっちは地面が崩れてる! 左へ!」
「分かった!」
桐原達も、別の負傷者を抱えて下がってくる。
服部は救出班が戻るまで攻撃を待たせ、その退路へ迫った瓦礫を魔法で弾き飛ばした。
誰か一人が戦い、ほかの者が見ている状況ではなかった。
攻撃を受け止める者。
足を止める者。
その隙に、人を運び出す者。
指示を交わす声が、咆哮と魔法の炸裂音の間を縫って飛んでいた。
◆
「七草会長。演習場側から負傷者が来ます!」
連絡を受けた真由美は、ホテルの裏口へ向かった。
運ばれてきた兵士を見た従業員が、息を呑む。
「こちらへ。担架をお願いします。歩ける方とは経路を分けてください」
声を掛けながら、真由美は外へ目を向けた。
合成獣の進路はホテルから逸れている。
しかし、遠くで炸裂する魔法の光は、絶え間なく続いていた。
自分も、あちらへ行くべきではないか。
そんな思いを抑え、運び込まれた兵士のそばへ膝をつく。
「聞こえますか? 今、安全な場所へ移動します」
兵士は、僅かに頷いた。
後ろから、鈴音が近付いてくる。
「客室の確認が終わりました。一部の方が階段の途中で動けなくなっています。五十里君と光井さんが付き添っています」
「分かったわ。あーちゃんにも伝えて。私達も、ここを片付けたら向かいましょう」
まだ、避難は終わっていない。
克人達が作ってくれている時間を、無駄にはできなかった。
◆
「右前脚だ。さっきより踏ん張れていない」
吉祥寺が将輝へ伝えた。
合成獣の脚には、氷と砕けた外皮がまとわり付いている。
肩の傷を庇っているのか、攻撃を受けるたび、同じ方向へ体が傾いていた。
「十文字先輩! もう一度、止められますか!」
「合わせろ!」
合成獣が頭を振り、牙を剥いて克人へ迫った。
その鼻先へ障壁が展開される。
進路を塞がれた巨体が、僅かに上体を起こした。
そこへ、将輝の爆裂が叩き込まれる。
先程と同じ肩の傷が、大きく裂けた。
合成獣が叫ぶ。
深雪が後脚の動きを鈍らせ、左右からの攻撃が重なった。
外皮が砕ける。
巨体がよろめいた。
「効いてる……!」
誰かが声を上げた。
エドは両手を合わせ、地面へ触れた。
合成獣の後方に、斜めに傾いた岩の壁がせり上がる。
後退しようとした合成獣が、それに脚を取られた。
体勢が崩れ、腹が地面へ近付く。
「まだだ! 近付くな!」
克人が叫んだ。
前へ出かけた生徒が、足を止める。
倒れかけた合成獣は、頭を低くしたまま唸っていた。
その足元から、再び錬成光が走る。
エドが、作った岩壁へ再び錬成を掛けた。
岩の塊が壁から離れようとする。その根元を太く繋ぎ直し、地面へ固定する。
合成獣が岩を射出しようとするたびに、エドは形を変えて押し留めた。競り合った岩に亀裂が入り、砕けた破片が足元へ落ちる。
「そいつは使わせねえよ!」
代わりに、崩した土を前脚へ絡ませた。
合成獣が力任せに踏み砕く。
その隙に、雫達の魔法が、剥き出しになった肩へ集中した。
傷口から血が流れ、地面へ落ちる。
国防軍を蹴散らした怪物が、今はホテルに背を向け、足を止めていた。
誰も、倒したとは思っていない。
だが、止められている。
それだけでも、生徒達の顔に変化があった。
「焦るな。このまま距離を保て」
克人は、敵を見据えたまま指示を出した。
彼の額にも、汗が浮いていた。
連続した衝突を防ぎ続ける負担は、決して小さくない。
エドは呼吸を整えながら、合成獣の頭へ視線を移す。
傷付いた肩ではない。
頭頂部の水晶の根元。
真鍮色の金属が、先程よりもはっきり見えていた。
(……何だ?)
周囲の炎が映っただけではない。
金属そのものが、薄く光っている。
その隣で、沓子が地面へ目を落とした。
「エドワード。あの下の流れが、おかしいのじゃ……」
言い終わる前に、合成獣の唸り声が止まった。
巨体が静止する。
肩から血を流したまま、ゆっくりと頭を持ち上げた。
金属の光が、水晶へ伝わっていく。
将輝は射線を変えようと移動し、エドの後方へ来ていた。
深雪も、次の足止めを合わせるために、その近くへ寄っている。
地面を探っていた沓子が顔を上げ、同じ方向を見る。
エドの脳裏に、かつて目にした鉱物の名が浮かんだ。
アンティナイト。
「まずい……!」
両手を合わせる。
将輝が、その動きへ振り返った。
「エルリック?」
「下がれ! そいつから――」
頭部の金属が、激しく輝いた。
真鍮色の光が、夜の演習場を塗り潰した。
また出来たら投稿します。
では、また∠( ゚д゚)