続き書けたで候。
では、どうぞ∠( ゚д゚)/
「十文字先輩。聞こえますか」
達也が、克人のそばへ膝をついた。
返事はない。
目を閉じたままの顔は青白く、呼吸も浅かった。
エドは、その隣で克人の手首に触れていた。
「合成獣の頭から出たノイズを、まともに受けたんだ。その場で倒れて、それっきり……」
達也は頷いた。
周囲では、柳と藤林が動ける者を集め、負傷者の確認を進めている。
戦闘に出た生徒達の多くが、意識を失っていた。
彼らに大きな外傷が見られないからといって、軽傷とは限らない。
達也は、克人の状態を調べた。
肉体の損傷。
想子の状態。
襲撃の前と、今とを隔てるもの。
自身の『再生』を使うべきか。
目の前の先輩を、このままにしておくことはできない。
ただ、通常の負傷とは様子が異なる。何が傷付き、何を戻せば容体が改善するのか、まず見極める必要があった。
少し離れた場所で、将輝が声を上げた。
「ジョージ!おい、しっかりしろ!」
友人の名を呼ぶ声に、焦りが滲んでいた。
深雪も、倒れた雫のそばへしゃがみ込んでいる。
助けが必要なのは、一人ではない。
達也は、もう一度克人へ目を向けた。
その時、隣にいたエドが顔を上げた。
「……四十九院」
少し離れて座っていた少女が、こちらを見る。
「まだ、地脈を動かせるか?」
沓子は、すぐには答えなかった。
合成獣を倒すために、大きな力を集めたばかりだ。
額に浮いた汗も、荒れた呼吸も、まだ収まっていない。
それでも、彼女は地面へ手を添えた。
「……大きな力を、一か所へ集めるのは厳しいのう。じゃが、流れを繋ぐだけなら、まだできる」
「それでいい。オレを中心に、周りへ道を通してくれ」
達也が、エドへ視線を向ける。
「治療をするつもりか」
「試したいことがある。ただ、その前に確かめる」
エドは、再び克人へ手を伸ばした。
今までは、呼吸と脈を確かめていた。
今度は、それとは別のものを探る。
人の体に流れる力。
それを、周囲を走る地脈と結び付けて捉える。
沓子が、細い流れを通した。
地面を介してエドへ届き、その先で、克人の体へ繋がる。
エドは目を閉じた。
錬丹術によって、流れを追う。
途切れているのか。
滞っているのか。
それとも、別のものが混じっているのか。
荒れた流れが、手に取るように伝わってきた。
「……そういうことか」
エドが、低く呟いた。
「何が分かった」
達也の問いに、彼は克人を見たまま答えた。
「ノイズを浴びた時だけじゃねえ。先輩の中の想子の流れが、まだ乱れたままなんだ」
外から押し寄せたものは、既に消えている。
それでも、受けた影響が残っている。
エドは、そばに倒れた服部の状態も探った。
強さや乱れ方は違うが、同じような異常がある。
「この流れを、整えられれば……」
そこで言葉を切り、達也へ向き直った。
「ほかの奴らも調べたい。まとめて見られる場所を作る。運ぶのを手伝ってくれ」
達也は、克人へ目を戻した。
エドが探っているものと、自分が観測している異常には、重なる部分があった。
方法は違う。
しかし、見当違いの治療を始めようとしているわけではなさそうだった。
「分かった。俺も状態を確認する」
◆
エドが両手を合わせた。
地面へ触れると、周囲の五つの方向に、突起物がせり上がった。
人の背丈よりも低い、石の柱。
それぞれの表面に錬成陣が刻まれ、中央のエドを取り囲む。
沓子が、その位置を確かめた。
「この内側へ、流れを通せばよいのじゃな」
「ああ。一つに押し込めなくていい。人のいるところへ、順に繋いでくれ」
合成獣を倒した時は、溜めた力を一気に注いだ。
今必要なのは、広い範囲にいる人々へ、細かく手を届かせるための道だ。
エドは、立ち上がった柳へ声を掛けた。
「ノイズで倒れた人達を、この中へ集めてもらえますか。傷を負ってる人は、そっちの救護班に見てもらってください」
「承知した」
柳は、到着し始めた兵士達へ指示を出した。
担架が運び込まれ、倒れた生徒達が慎重に移されていく。
達也も搬送に加わった。
克人を陣の内側へ移した後、別の生徒のもとへ向かう。
将輝は、吉祥寺の搬送に付き添っていた。
陣の中へ担架が下ろされても、そのそばを離れない。
深雪も、雫が運ばれてくると、すぐに顔を覗き込んだ。
愛梨、栞、服部、沢木。
エリカやレオ、幹比古達も、次々と集められる。
さっきまでは、互いに声を掛け合って戦っていた。
今は、名前を呼んでも返事がない。
エドは、その顔を一人ひとり確かめた。
「エドワード君」
藤林が、近付いてきた。
「ホテル側で倒れた人達も、こちらへ運ぶわ。七草さんも意識が戻っていない」
エドは、短く頷いた。
「お願いします」
藤林は彼の顔を見てから、沓子へ目を移した。
二人とも、既に疲弊している。
その状態で、今度はこれだけの人数を助けようとしていた。
「必要なことがあれば、すぐに言って。こちらで手配する」
エドは、陣の中央へ戻った。
◆
真由美が運び込まれた時、エドは陣の中央で目を閉じていた。
沓子が通した地脈を、錬丹術で辿る。
その流れに、陣の中にいる人々を重ねていく。
誰の体に、どんな乱れがあるか。
どの流れが、どこで滞っているか。
全員が同じ状態ではなかった。
浴びたノイズの量も、体の反応も違う。
それを、一人ずつ確かめる。
克人。
服部。
吉祥寺。
雫。
そして、新しく運び込まれた真由美。
陣の中に横たわる一人ひとりの状態が、地脈を通して伝わってくる。
達也は、エドと、倒れた者達を交互に見た。
診察のために、体へ触れて回っているわけではない。それでもエドは、新しい担架が運び込まれるたび、その人の容体を確かめている。
(地脈を介して、体内の状態まで観測しているのか)
力を遠くへ届かせるだけなら、まだ理解できる。
しかし、治療には、どこへ、どれだけ働き掛けるかの判断が必要だった。しかも、ここには何十人もの人間がいる。
「……そこまで分かるのか」
思わず、声が漏れた。
「今、分かるのは流れの異常だ。傷まで全部治せるわけじゃねえ。そっちでも、見ててくれ」
目を閉じたまま、エドが返した。
達也は頷く。
藤林が、搬送に来た兵士へ人数を確認する。
「ノイズで倒れた人達は、これで全員よ」
エドが、ゆっくりと目を開けた。
沓子は地面へ手を添え、最後の担架へ道を繋いでいた。
その額から、汗が落ちる。
「……繋がったぞ。全員、この陣の内側じゃ」
エドは頷いた。
体内の想子の乱れ。
正常な流れへ戻すための、働き掛け。
そのすべてを、頭の中で組み上げる。
一人ひとりに必要な処置は違う。
だが、繋いだ道を通じて、それぞれへ同時に届けることはできる。
「四十九院。そのまま、道を保ってくれ」
「任せるのじゃ」
エドは、足を開いた。
疲れた体を支え、背筋を伸ばす。
両腕を持ち上げた。
鋼の右手と、生身の左手。
その掌を、胸の前で合わせる。
乾いた音が、静まり返った陣の中に響いた。
指先は上を向き、組み合わされた両手が、一つの輪を作る。
エドはその姿勢のまま、僅かに顎を引いた。
将輝が、息を止めた。
同じ仕草は、先程から何度も見ている。
地面を変え、岩を防ぎ、大砲を作り出す前にも、エドはこうして両手を合わせていた。
だが、今は違うものに見えた。
周囲には、意識のない仲間達。
その中央に立ち、両手を合わせる少年。
(まるで神への祈りじゃないか)
その思いが、将輝の胸に浮かんだ。
救ってくれと、誰かへ祈っているように見える。
けれど、エドの目は伏せられていなかった。
見ているのは、自分が助けようとしている人々だった。
「……戻ってこい」
低く、言った。
「みんなで、帰るぞ」
合わせていた両手を、開く。
膝を折り、十本の指を広げた。
鋼と肉の掌が、同時に大地へ触れた。
青白い錬成光が、迸った。
中央から、五つの石柱へ。
刻まれた錬成陣が、一斉に輝く。
沓子の通した地脈に沿って、光が走った。
幾筋にも分かれ、担架に横たわる人々のもとへ届く。
将輝は、思わず吉祥寺を庇おうとした。
しかし、その光に熱はなかった。
友人の体へ触れた光が、輪郭を淡く照らす。
同じ輝きが、克人を、服部を、雫を、真由美を包んでいた。
その内側で、錬成が起こった。
荒れた想子の流れが、解きほぐされる。
滞っていた箇所が通り、乱れたものが本来の流れへ戻されていく。
一人の処置が終わるのを待って、次へ移るのではない。
陣の中にいる全員へ、必要な働き掛けが、同時に届いていた。
達也の目が、僅かに見開かれた。
(全員、同時に……)
克人の体内で起きた変化を捉える。
そのまま、服部へ、陣の反対側の生徒へ、視線を移した。
同じ瞬間に、それぞれの異常が正されている。
力を一律に浴びせた結果ではない。一人ひとりに異なる処置を、エドは一度の錬成で成立させていた。
達也は言葉を失った。
沓子も、中央の少年を見つめていた。
自分が通した道のすべてに、彼の錬成が走っている。
(わしの地脈操作を、ここまで……!)
治療のために使うとは聞いていた。
だが、自分の術が、何十人もの命へ一度に手を届かせる道になるとは。
その驚きを、掌の下で起こる変化が、次々と裏付けていた。
克人の苦しげだった呼吸が、深くなる。
服部の眉間から、強張りが消えた。
将輝のそばで、吉祥寺の指が動く。
「……ジョージ?」
雫の睫毛も、僅かに震えた。
深雪が、その手へそっと触れる。
確かな反応が返ってきた。
深雪は顔を上げた。
陣の中で、何人もの生徒が、同じように動き始めている。
「凄い……一度に、皆さんを……」
驚きに、声が震えた。
友人の容体が変わった。その向こうでも、また別の誰かが、呼び掛けに応えようとしている。
藤林は、一人の担架から顔を上げた。
浅く、不規則だった呼吸が整っていた。
別の生徒も、同じだった。
見えている光だけが、一斉に広がったのではない。
重体だった人々の容体が、確かに変わっている。
「……これが、錬丹術」
口にしてから、彼女はエドを見た。
地面へ両手をつく少年が、これほどの人数を、一度に危機から引き戻している。
その光景に息を呑みながらも、藤林は救護班を呼んだ。
「容体を確認して。今、全員に変化が起きているわ」
五つの錬成陣から、光が薄れていった。
人々を包んでいた輝きも、静かに消える。
エドは両手を地面についたまま、大きく息を吐いた。
「……流れは、戻した」
沓子が頷く。
その先では、確かに乱れが収まっていた。
陣の中に、咳き込む声が戻った。
小さく呻く声も。
さっきまで呼び掛けても動かなかった者達が、今は自分で呼吸し、指を動かしている。
将輝は、吉祥寺の顔を見ていた。
先程まで、ともに敵へ砲弾を撃ち込んでいた少年。
その同じ手が、友人達の命を繋いだ。
「……あいつ、こんなことまでできるのか」
呟いた声には、安堵と、隠し切れない驚きが混じっていた。
◆
克人が最初に感じたのは、頬に触れる冷たい夜気だった。
頭が重い。
手足にも、力が入らない。
それでも、先程まで頭の奥を裂いていた痛みは薄れていた。
「……っ」
目を開く。
ぼやけた視界の向こうに、達也の顔があった。
「十文字先輩。動かないでください」
「司波……?」
声が掠れた。
なぜ、ここにいる。
そう尋ねようとして、直前の光景を思い出す。
合成獣。
頭部の光。
崩れたファランクス。
「あの合成獣は……」
「倒しました。エドワード達が立てた作戦で」
克人は、僅かに顔を動かした。
石の柱に囲まれた場所へ、何人もの生徒が横たわっている。
その中央で、エドが地面へ手を添えていた。
隣には、沓子の姿もある。
「エドワードと四十九院さんが治療しました。今は容体を確認しています。先輩も、動かずに休んでください」
克人は、呼吸を整えた。
「……避難は」
達也の後ろから、藤林が答えた。
「誘導班が進めてくれたわ。今、ホテル側と最終確認をしている。あなた達が足止めをしてくれたおかげで、逃げる時間は確保できた」
克人の目が、再び周囲へ向いた。
まだ目を開けない者もいる。
聞かなければならないことは、幾つもあった。
だが、体を起こそうとした肩へ、達也の手が添えられる。
「あとは任せてください」
克人は、その顔を見た。
それから、中央のエドへ視線を移す。
「……頼む」
短く言って、目を閉じた。
◆
陣の中で、少しずつ声が戻り始めた。
「……将輝?」
吉祥寺が、薄く目を開ける。
呼ばれた将輝は、しばらく返事ができなかった。
それから、大きく息を吐いた。
「ああ。俺だ」
「何が……起きたんだい?」
「後で話す。今は、寝ていろ」
同じ頃、深雪のそばでも、雫の指が動いた。
「雫」
呼び掛けに、僅かな反応がある。
深雪は、その手をそっと握った。
温もりがある。
指先に触れる力は弱かったが、呼び掛けに応えようとしているのが分かった。
深雪は、陣の中央を見た。
合成獣の攻撃を凌ぎ、大砲を錬成した、その同じ手が、今は雫達を助けている。
(これほど多くの方を、一度の錬成で……)
錬丹術による治療だと聞いても、すぐにこの光景を想像できたわけではない。
離れた場所にいる友人の容体が、エドの術によって変わっていく。驚きと安堵に胸が詰まり、しばらく言葉にならなかった。
将輝は、目を開けた友人へ視線を戻した。
「助かったんだな……」
確かめるような声に、吉祥寺が小さく頷いた。
目を覚ましても、すぐに立てるわけではなかった。
吐き気を訴える者や、頭を押さえる者もいる。
救護班が一人ずつ容体を確認し、搬送の順番を決めていった。
エドは、両手を地面についたまま、もう一度全員の流れを確かめた。
処置を終えた後も、異常が戻っていないことを確認する。
沓子は、その間、道を保ち続けていた。
疲労に震えそうになる指を地面へ押し当て、エドの言葉を待つ。
やがて、エドが顔を上げた。
「……大丈夫だ。流れは落ち着いてる」
達也が、近付く。
「こちらでも状態を確認している。意識が戻っていない者も、容体は落ち着いてきている」
エドは頷いた。
「傷の手当てと、あとの検査はお願いします。これで全部済んだとは、言えないんで」
藤林が、救護班へその言葉を伝える。
エドは沓子へ向き直った。
「もう、切っていい。助かった」
沓子の肩から、力が抜けた。
「……それは、こちらの台詞じゃ。繋いだだけでは、どうにもならんかったからの」
地脈の道が、少しずつほどけていく。
エドはそれを確かめ、地面から手を離した。
立ち上がろうとして、膝が折れた。
「おい」
達也が、肩を支える。
「……悪い。ちょっと、足に来た」
「ちょっとで済む顔じゃない。お前も診てもらえ」
言い返そうとして、エドは息を吐いた。
そのまま地面へ座り直す。
深雪が沓子にも付き添い、救護班を呼んだ。
◆
「……エドワード君?」
声に、エドは顔を上げた。
担架に横たわった真由美が、こちらを見ていた。
まだ顔色は悪い。
それでも、目には意識が戻っていた。
「会長。起きたんですか」
「ええ……何だか、頭の中がぐちゃぐちゃになったみたいで……」
言いながら、真由美は周囲を見た。
石の柱。
運ばれていく生徒達。
泥と汗に汚れた、エドの顔。
「あなたが、治してくれたの?」
「四十九院と二人で、です。まだ検査は受けてくださいよ」
真由美は、周囲へ目を向けた。
服部が救護班の問いに答え、少し離れた担架では、栞がゆっくりと目を開けている。
「……私だけじゃないのね」
エドが頷く。
「ノイズを受けた人達を、ここへ集めてもらったんです」
真由美は、石の柱からエドへ視線を戻した。
この人数の容体を、二人で改善させたというのか。
錬金術の力には、何度も驚かされてきた。
だが、今回目の前にあるのは、作り替えられた地形でも、強力な武器でもない。返事をし、目を開け、再び呼吸を整える生徒達だった。
「あなた達……本当に……」
続けようとした言葉が、喉で止まった。
真由美は、そばに座った沓子へ目を向けた。
小柄な少女が、疲れた顔で笑う。
「お礼は、元気になってからでよいぞ」
真由美の口元が、僅かに緩んだ。
「……ありがとう。二人とも」
エドは、首の後ろへ手をやった。
「会長達が避難させてくれてなかったら、もっと大変なことになってましたから」
担架が持ち上げられる。
真由美は運ばれていく前に、もう一度こちらを見た。
「あなた達も、ちゃんと休んでね」
「はいはい」
エドが返す。
真由美は少しだけ眉を上げたが、もう叱る力は残っていないようだった。
その担架を見送って、エドは深く息を吐いた。
戦車の残骸は、まだ燃えている。
戦闘の跡も、消えてはいない。
救護班の動きも、しばらく止まらないだろう。
それでも、今は名前を呼べば、答える声がある。
将輝が、吉祥寺の担架に付き添って歩いていた。
深雪は、救護班に呼ばれた沓子へ手を貸している。
達也が、エドへ手を差し出した。
「立てるか」
「ああ。今度は、大丈夫だ」
その手を借り、立ち上がる。
死ぬな。
必ず、生きて戻れ。
あの言葉を告げた克人も、担架に乗せられ、救護所へ向かっていた。
エドは、その背中を見送った。
今度は、自分達も戻る番だった。
すみません。
書き溜めここで終わりです。
では、また∠( ゚д゚)