「織斑君達、おはよー。ねえ、転校生の噂きいた?」
「転校生?キリトさん、何か知ってますか?」
「いや、俺も聞いてないな」
クラス代表就任パーティーがあった翌朝。教室に入った一夏と和人は、クラスメイトからもたらされた転校生の情報について首を傾げた。まだ四月のこの時期に何故?という疑問を抱かずにはいられないが、情報が全く無い以上は何も分からない。
「中国からの代表候補生ですよ。それもたった一年程でそこまで上り詰めた才女です」
「中国かぁ……」
巧也が小声で補足説明すると、一夏は中国という国名に一人の少女を思い出す。弾と二人でSAOに囚われた時に現実に残してしまった彼女だが、クリア後の再会は叶わなかったのだ。蘭の話では毎日のように共に自分達の見舞いに来てくれたらしいのだが、ある日突然彼女は中国へと立ってしまったとの事だった。無論蘭は連絡先を控えてくれた為、帰還後のリハビリの合間に弾と共にビデオメッセージを送ったのだが……全く返信が無かった事に訝しんだのも記憶に新しい。
「……おい巧也、それを言わなかったのは……
「ええ。とは言えあと一分とかからずに本人が此方に来る筈ですから、もう黙っている必要はありませんよ」
「そうか……もう昔みたく隠し事はナシ、なんて我儘は言えなくなっちまったんだな……」
幼馴染との間に生まれていた溝を実感し、和人は少しだけ寂しげな表情を浮かべた。そんな彼の手を、いつの間にか傍に寄り添っていた明日奈がそっと握る。
「……ありがとう」
「ふふっ、どういたしまして」
穏やかに微笑み合う和人と明日奈の空気にあてられないようにするためか、セシリアや箒を含めたクラスメイトの少女達はクラス代表となった一夏を激励してしていた。
「―――いずれにせよ、一夏さんならどのクラスが相手でも勝機は充分にありますわ。代表候補生であるこのわたくしを破ったのですから」
「いや、あれ引き分けだったろ?それもオレが白式の特性を理解しきれなくて自滅したっていう……」
「どなたが何と仰ろうと、あれは事実上一夏さんの勝ち。その事に変わりはありませんわ」
それは自分の負けを堂々と認めるのと同じだぞ、と無粋な指摘を辛うじて吞み込んだ一夏は、曖昧な微笑みを彼女に返す。
「だが、今の一夏が万全ではない事も確かだぞ。何せあの試合の後ちふ……織斑先生にこってり絞られていたからな」
「ちょ!?箒、それ今言わなくてもいいだろ!」
「自信を持つのはいいが、それに慢心して足元を掬われてもらっては困るからな。いい薬になっただろう?」
腕組みをして得意気な表情を浮かべる箒に、一夏はうへぇ、と肩を落とす。彼女の態度に思うところがない訳ではないが、それ以上にぐうの音もなかったのだ。
「……油断大敵ってのはまぁ、その通りだよな。うし、やれるだけやってみるか」
「あらあら。そこは優勝を目指していただきませんと、わたくし達が困りますわ、一夏さん?」
「そうだぞ。男子たる者、そんな弱気でどうする」
「おっと、こりゃ手厳しいな」
今の一夏はクラス代表。かつてSAOでもそうであったように、組織の代表というのは常に誰かの期待を背負い、それに応える役目がある。彼の中でまず思い浮かんだのは、血盟騎士団副団長を務めた明日奈だ。当時の彼女と同じ苦労をする事に気付いた一夏は、ガシガシと頭をかいて引きつりそうになる表情を抑え込んだ。
「でもでも!織斑君の強さならきっと大丈夫だよ!」
「そうそう。専用機持ちって
(女子ってホント、甘い物に目が無いんだなぁ……あ、楯無さんにお菓子作って差し入れしたら、ちょっとはマシになってくれるかな……?)
きゃいきゃいと騒ぐ少女達に苦笑しながら、一夏は自分の席に足を運ぼうとしたその時。
「―――その情報、古いよ」
「え……?」
背後から突如聞こえた声に、その身を硬直させた。何故なら、その懐かしい声の主と最後に言葉を交わしたのは、もう二年以上前なのだから。
今の声が空耳ではないかと、不安を抱えながら一夏は振り返る。
「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単に優勝できると思ったら大間違いよ」
腕を組み、片膝を立てながらドアにもたれ掛かる少女が、フフンと不敵な笑みを浮かべる。だが普通なら威圧感を与えるであろうその仕草は、非常に小柄な彼女では’大人っぽさ’を背伸びして出そうとしている為かどこか愛嬌があった。
「貴方、見ない顔ですが……どちら様ですの?」
「アンタ等が噂してた転校生にして中国の代表候補生、
彼女がセシリアへと笑みの形を勝気なそれに変えると、あわせてトレードマークのツインテールが揺れる。その仕草が、声が……一夏の記憶と寸分違わぬもので―――
「鈴……本当の本当に、鈴なのか?」
―――思わずセシリアを押し退けるように、彼は鈴音の前に立った。
「ぁ……いち、か……?」
「あぁ、オレだよ……てかお前、ぜんっぜん変わってないな?」
「う、うっさいうっさい!アンタが……アンタがぁ!!」
鈴音は一夏の姿を認めた瞬間に、抑え込んでいた感情が溢れだすのを止められなかった。先程までの勝気さは鳴りを潜め、激情のままに彼の胸に飛び込んだ。流れ出すのを堪えきれなかった涙と共に。
「あで!?れ、連絡はしてただろ?お前が返事くれなかっただけで―――」
「―――だって……信じたくても、信じられなかったのよ……!」
「……そう、だよな。ちゃんと会って、自分で確かめるまでは夢なんじゃないかって……蘭や厳さん、数馬に……千冬姉だって、そう言ってたっけ」
SAOがクリアされるまでの間、残された人達は日ごとに増える死者の報せに次は自分の大切な人の番が来てしまうのでは……そんな恐怖に晒されていた。そんな中、日本を離れなければならなかった彼女の不安は尋常では無かった筈だ。
「……何よ、まだ骨と皮ばっかじゃない……体までジジくさい痩せっぽちになったの、アンタは?」
「ちゃんと食ってるって。今に見てろよ?前以上のすっげぇ体にするつもりだからな」
「へぇ……どのくらいで音を上げるのか、見ものね」
一夏の胸に埋めていた顔を上げた鈴音は、そう言って笑みを零した。口調こそ挑発するような普段の彼女らしいものだったが、目元は未だ赤く、その瞳は涙に濡れていた。
(綺麗……だな。鈴もこういう表情、できたのか……いや、オレが気づかなかっただけなんだよな)
既に彼には心に決めた人がいるけれど。ずっと幼馴染として見てきた鈴音が、この時は異性として意識してしまう程に……泣き笑いする彼女が魅力的だった。
「―――うっし、スッキリした!そんじゃ一夏、昼にまた会いましょ!」
一夏が見惚れていた間に、鈴はそう言ってするりと身を離す。そして目元を袖でやや乱雑に擦りながら教室を去って行った。
「ちょ、鈴!って行っちまった……あいつも相変わらず人の話聞かねぇな……オレ達以外で友達できたのかよ……」
幼馴染の記憶通りの言動に苦笑しながらも、一夏の心は晴れやかだった。それだけ二年越しの再会は彼にとって喜ばしい出来事だったのだ。直後に訪れるであろう惨事を忘れて浮かれてしまう程に。
「い、一夏……今のは、一体……?」
「ま、まさか……浮気というものでは……?」
「え?いやアイツは―――」
箒達に説明をすべく振り返った彼が見たのは、呆然とするクラスメイト一同に、呆れ顔の和人と明日奈。そして全てを察しているらしく困ったように苦笑する巧也だった。
「皆どうしたんだ?何か信じ難い事が起きたみたいな変な顔して」
―――キーンコーンカーンコーン
「ほう?チャイムが鳴っても席についていないとはいい度胸だな、お前等」
「げぇ!?」
―――クラスの大半が千冬の出席簿アタックの餌食になったのは、言うまでもない。そして昼休みまでの間の僅かな休み時間が来る度に一夏がクラスメイト達からの質問攻めに遭ったのは、当然の帰結だった。
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昼休みとなり、食堂へとやってきた一夏達。今朝の事を聞いてか、それとも昨夜に暴露された所為か、簪は迎えに来た一夏の手をしっかりと握っており、本音は相変わらず反対の腕に引っ付いている。その事に箒達も思うところがない訳ではないが、二人も既に何度か本音に引っ付かれた事があり、簪については昨日知った為に一旦堪える事にした。
「待ってたわよ、一夏!」
ラーメンの入った丼を手に、約束通り鈴音は一夏を待っていた。約束も無しに待ち構えていた事の多い彼女から少しは成長したようだが、カウンターの前に陣取るあたり周囲への気遣いについては相変わらずな様子だ。
「そこだと皆に迷惑だぞ?オレ達もメシ頼むから、先に席とっといてくれよ」
「う、うっさいわね。大体アンタを待ってたんじゃない!もっと早く来なさいよ!」
「悪い悪い。オレだって話したい事が山ほどあるんだ。余計な事で時間取りたくないのはお互い一緒だろ?」
彼の言葉に納得したのか、鈴音はすぐさま空いているテーブルを確保しに―――
「―――席ならこちらが空いてますので、どうぞ」
「……え?あ、ありがと……?」
―――いつの間にか巧也が済ましていた。
「セシリア、私の見間違いでなければあのテーブル……先程まで上級生がいたと思うのだが……」
「奇遇ですわね、箒さん。わたくしも全く同じ意見です」
(……たぶん刀奈の配下ってトコか?巧也もわざわざこんなのに暗部の伝手を使うなよ……)
あまりの出来事に箒とセシリアは目を瞬かせており、大方の事情を察した和人だけがこめかみを押さえてため息をついた。
そんな事など露知らず、一夏達は案内されたテーブルへと着く。
「にしても驚いたなぁ、鈴が代表候補生になったなんて。おじさんやおばさんは元気か?っていうかいつ日本に帰ってきたんだよ、蘭には連絡してたのか?」
「質問したいのはこっちもだっての。アンタ一体どういう事してIS動かしたのよ?同姓同名のそっくりさんかと疑ったじゃない」
「あー、そりゃスマンかった……おじさん達にはどやされて拳骨もらいそうだなぁ、厳さんみたく」
「でしょうね。蘭を泣かしたのは間違いないし。そんなガリガリでよくあの人の拳骨耐えられたわね」
一夏と鈴音、二人揃って遠い目をして思い出すのは弾の祖父にして筋骨隆々とした男性―――五反田厳。中学時代の一夏は鈴音や弾とよくつるみ、二人の店のどちらかで食事をする事が多かったのは今でも鮮明に覚えているのだ。
「い、一夏!そろそろ説明してほしいのだが」
箒の一言で現実に引き戻された一夏は、彼女達を蔑ろにしてしまった事を反省しつつ口を開く。
「悪い。朝名乗った通り、この子は凰鈴音。オレは鈴って呼んでる。二年半振りに再会した幼馴染だよ」
「幼馴染?」
「ほら、箒は小四の終わりに引っ越しちまっただろ?鈴が来たのは小五の頭で、ちょうど入れ違いなんだよ」
「そ、そういう事か……」
納得した様子の箒を見て、一夏は自分の幼馴染同士に面識がなかった事を今更ながらに思い出した。
「で、こっちが箒。前に話しただろ?小学校の頃からの幼馴染で、オレが通ってた剣術道場の娘」
「へぇ……ま、よろしくね」
「ああ、こちらこそ」
握手する二人を見て、一夏は満足げに頷く。
「い、一夏さん?箒さんの他にも紹介すべき方がいらっしゃる事、忘れてませんこと?」
「あ、いっけね。まぁでもセシリアの事は知ってるだろ。鈴ならオレみたいに他の国の代表候補生は―――」
「―――あ、他の国とか興味ないから知らないわ」
「んなっ!?」
さらりと鈴が告げた言葉に、セシリアは思わず顔を赤くする。祖国の中でライバル達と鎬を削り合ってきた努力の結果についてそんな態度をされてしまえば、誰であれ怒るのは明白だろう。
「お前、もうちょっと言い方を考えろって昔から言ってただろ?口は禍の元だって」
「ホントの事言ってるだけじゃない。っていうか代表候補生が何人いると思ってんのよ。アンタなら全員把握できるの?」
「……スマン、無理だ」
国家代表を覚えるのでやっとな一夏では、鈴音にこれ以上反論する事はできなかった。
「い、言っておきますが!わたくしは貴方には負けませんわよ」
「そ。でも戦ったらアタシが勝つわ。悪いけど強いもん」
嫌味ではなく素で己に多大な自身を持つ鈴音に、セシリアの表情が引きつる。だがそこで堪える辺り、彼女がきちんと場を弁える事ができる淑女である証拠だろう。一夏が鈴音に紹介するべき人は、まだまだいるのだから。
「まぁいいや……次はキリトさんとアスナさんだな。二人は―――」
「―――VRMMOで知り合った、でしょ?校内新聞にデカデカと載ってたわ」
「あーうん、そうだけど……」
箒達の手前、SAOサバイバーである事を告げるのは憚れた一夏だったが……そんな彼を見て察したのか、鈴音はニッコリと笑みを浮かべる。
「大方
「鈴はオレのオカンかよ!?つーか思い込みはやめろよな!」
「ははは。コイツには手を焼かされたけど、年下の面倒見るのは慣れてる。別に大した事じゃないぜ」
「もうキリト君、調子に乗らないの。私達よりクラインさん達の方がアイン君には心を砕いたんだからね」
「う、そりゃそうだけどさ。わざわざ言わなくてもいいだろ……」
子供っぽくそっぽを向く和人に、明日奈はクスクスと小さな笑みを浮かべる。二人の幸せそうな様子に満ちたやり取りに、初見だった鈴音は思わず見惚れてしまう。
「鈴?おーい、鈴ってば!」
「はっ!……二人のピンクオーラに要注意って、マジだったのね……」
「あ、そっか。二人はいつもあんな感じだから、その内慣れるって。多分」
「無責任な言い方ねぇ……けど不思議。見てるこっちまで嫌な気分を忘れそう」
「あぁ。二人には絶対、幸せになってほしい……オレの剣でも、少しは二人を守れるようになりたいって、心から願ってるよ」
自分を律し、多くの者達の希望の象徴として多大な期待を背負い続けた反面、現実世界で積み重ねてきた努力が否定されていく恐怖に人一倍怯えていた明日奈。大切な人を守る為に、誰よりも自分自身が報われないと分かっていてなお嫌われ役を買い、その手から零れ落ちたものへの悲しみに悲鳴を上げる心を押し殺して戦い続けた和人。二人を害する者がいるのならば―――自分はその者を断つ、その覚悟を一夏はもう一度噛み締めた。
「そう……アンタ、変わったわね」
「ん?何か言ったか?」
「べ、別に何でもないわよ!」
かつての一夏ならば絶対にしなかった顔を見て、鈴音は彼が
「んじゃ、こっちの地味な奴が三人目ってワケね」
「えぇ、その認識で間違いありません。初めまして、野上巧也です。一夏とは
「巧也は凄いぞ?男子の中じゃISについての勉強は一番できてるし、色々と細かい気配りをしてくれるから、すっげぇ助かってる」
「買い被り過ぎですよ一夏。それに彼女が一番知りたいのは僕じゃないでしょう?」
やんわりと巧也が促すと、鈴音の視線は一夏の隣にいる簪と本音に向けられた。
「えーっと、のほほんさんはカンザシの家に代々つかえてるメイド……なんだっけ?」
「そだよー。私がかんちゃん担当でぇー、お姉ちゃんがかんちゃんのお姉ちゃん担当だよー」
「へ、へぇ……なんかめっちゃ緩い感じね」
「うん、それがのほほんさんだし」
彼女の人畜無害な雰囲気に、知らず知らず鈴音は気を緩めてしまった。彼女の本名が紹介されていない事をうっかりスルーしてしまう程に。
「それで、えっと……」
そして最後の一人。傍らの少女を紹介するにあたり、今まで違って照れくさそうに頬を掻く一夏を見て……鈴音は目を瞬いた。
「この子が更識簪。オレの……恋人なんだ」
「……マジ?新聞部って面白半分な捏造も多いって聞いたけど……」
「嘘じゃ、ない……!」
羞恥を堪えて簪が一夏の腕に抱き着くと、彼は驚きながらも支える為に反対側の腕を伸ばす。歩く朴念仁と言われ続けた筈の一夏が頬を紅く染めながら隣の少女を気遣う様子に、鈴音の脳裏に蘇る記憶があった。
―――夕暮れ時の教室。自分と一夏、二人だけが知る、とある約束を交わした瞬間を。
同時に胸に走る痛みを誤魔化すように残りのラーメンを一気に平らげ、丼をテーブルに置いた鈴音は―――
「よぉうし一夏、一発殴らせろ!」
―――ニヤリと口角の片端を釣り上げながら、そう宣言した。