一夏達の謹慎が解除され、復帰したその日の夜。
「―――お引越しです」
上記の言葉と共に、真耶が一夏と箒の部屋へ訪ねてきた。
「山田先生、主語が抜けています。私と一夏、どちらが移動するのですか?」
「あ!すみません。篠ノ之さんがお引越しになります」
箒の指摘に若干赤面しながらも、真耶は改めて説明した。曰く、漸く部屋割りの調整ができたので、男女共同になっていた一夏達の問題が解決できるようになったという。
「善は急げと言いますし、早速お願いしますね篠ノ之さん」
「……わかり、ました」
朗らかに告げる真耶とは対照的に、不承不承といった風に見える返事で、箒は荷物を纏めはじめる。元々一カ月程度で部屋割りの調整がつくとは聞いていたし、この時期に引越しを告げられる事そのものは彼女とて理屈の上では理解している。しかし、片想いとはいえ六年振りに再会した想い人と共に過ごす日々は心地良く、離れたくないと感じてしまうのだ。
特に数日前、箒は想いを先走らせてしまったが故に自身や一夏達を危険に晒しかけたばかり。あの一件の事を唯一否定しなかった一夏の存在は、彼女の中でより大きな支えになっていた。
(……いや、それこそ甘えだ……!)
箒は手を動かしながらも、静かに奥歯を噛み締める。変わらぬ彼の優しさにもたれ掛かってしまえば、この胸中の恋心はただの依存心にすり替わってしまう。何より自分は彼の隣に立ちたいのだ。ただ守られ、優しくされるだけの今のままでは嫌なのだ。
(そうでなければ……どの面下げてあの娘に……!)
自分も一夏が好きなのだと、挑む事ができようか。一夏にこの想いを告げられようか。
「―――箒」
「なん―――!?」
不意に一夏に肩を叩かれ、振り向こうとした時。彼女の頬に、彼の指先が押し当てられていた。子供染みた些細な悪戯だと気づいた時にはもう彼の指は引っ込んでいて、代わりに穏やかな笑みを浮かべる一夏の姿が目に映る。
「そんな思い詰めた顔すんなって。明日も明後日も……それこそ毎日会えるだろ?六年前とは違うんだからさ」
「ぁ……そう、か……そう……だな」
「おう。だからいつも以上に眉間に皺寄せる必要ないぞ」
「よ、余計なお世話だ!」
ついカッとなって箒が声を上げても、一夏はどこ吹く風といった様子で笑みを崩さない。
(あぁ……どうしてお前はいつも……大事な時だけ、心から励ましてくれるんだ……)
普段はこちらの……いや、あらゆる異性の好意に気づかないクセに、と零れそうになった言葉を寸前で飲み込んだ箒の中から、陰った気持ちはいつの間にか消えていた。
元々私物は少なかったため、荷物を纏めるのにそう時間はかからなかった。
「では、な」
「おう箒、また明日」
「っ!……ああ。また明日な、一夏!」
何気ない挨拶の温かさに口元を綻ばせ、箒は部屋を後にする。一方で、送り出した一夏は―――
(……箒が笑ったのって、何時ぶりだったっけ?)
去り際に彼女が浮かべた微笑みを思い返して、頭を抱えていた。
(なんか……可愛かったな……って何考えてんだよオレ!鈴の時といい今回といい、これじゃ浮気者みたいじゃないか!しっかりしろ織斑一夏!お前はカンザシ一筋だろうがああぁぁ!!)
普段の彼からはおよそ想像しえない慌てぶりで頭を振る様子は完全な挙動不審者だが、しばらくして煩悩を振り払うと乱れた呼吸を整えるのに専念した。
「……寝よう。うん、そうしよう」
とにかく寝て、先程の乱れた心は無かった事にしよう。そう考えて一夏はのっそりとベッドへと潜り込んだ。
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「―――一夏ぁー、今夜から始めるから、もう一回説明しなさいよ」
翌日の昼休み。食堂で一夏達男子三人と、明日奈やセシリア、簪が昼食をとっていると、トレイにラーメンを乗せた鈴音がその言葉と共に彼等の席へとやってきた。
「ん?ああ、今日ALOデビューなのか!」
「そーよ。アカウント作るとかは他のと大して変わんないって話だから問題無いけど、ゲームの中に入った後の事はサッパリ。フルダイブっていうからには、プレイしながら現実の方でアンタに連絡とれないでしょ?」
彼女の言葉に一夏は頷き、どこから説明したものかと考える。すると助け船を出すように明日奈がやんわりと口を開いた。
「鈴ちゃん、まずは貴女がALOで使うつもりの名前と種族を教えてくれないかな?種族毎にスタート地点が違うから、アイン君が何処に迎えに行けばいいのか分からなくなっちゃうわ」
「あ、それもそうでしたね……」
本当はALO内で会ってから披露したかった為、明日奈の言葉に納得しながらも鈴音は少々迷った。
「―――あの、わたくしもよろしいでしょうか?」
「セシリア?」
彼女が声を上げると、皆一旦そちらへと注目する。それを少々気恥ずかしく感じたのかセシリアは若干頬を紅くするが、言葉を詰まらせる事は無かった。
「皆さんのお話を聞いている内に、わたくしもVRゲームに興味が湧きましたの。本日丁度必要なものが揃いましたので、鈴さんと一緒に教えていただけないでしょうか?」
「おう、いいぜ……って、迎えどうしよ。二人が同じ種族を選ぶとは限らないし……」
「なら、近場の人や種族が同じ人がいけばいいと思う。皆昨日セーブした街は別々だし、前ほどじゃなくても種族違いのプレイヤーを攻撃する人は仕様上絶対にいるから」
簪の提案に、一夏達はそういえばと昨日の活動を思い出す。
「確か昨日、勉強会終わった後は……オレとカンザシはギルドの皆と一緒にクエスト行って、サラマンダー領とシルフ領の間にある中立の村で落ちたし……」
「俺はアスナのスキル上げに、ウンディーネ領で狩りしてたな。スイルベーンには巧也とスグがいたよな?」
「ええ。付け加えるなら、リズベットさんやシリカ、エギルさんもそれぞれの首都にいますよ」
「だったら大丈夫そうね。新しい仲間が来るって言えば、リズ達も喜んで手伝ってくれるよ」
明日奈の言葉に頷いた一同は、新たに加わろうとしている二人を迎えるべく目を向ける。すると鈴音は普段どおりの勝気な笑みを浮かべていた。
「丁度いいじゃない。あたしサラマンダー選ぶつもりだし、一夏迎えに来なさいよ」
「いいけど、初めての仮想世界にはしゃぎすぎるなよ?一人で勝手に動かれたら、見つけられないからな」
「しないわよ!そこまで子供じゃないっての!」
「はいはい」
初めてフルダイブした時、入り込んだ仮想世界の完成度に感動した一夏としては、きっと鈴音も大人しくできそうにないなと感じていた。とはいえ彼女がダイブするより前に到着していればいいか、と難しくは考えていなかったが。
一方でセシリアも安心した様子で微笑んでおり、VRの世界への期待に胸を膨らませていた。
「わたくしはウンディーネを選ぼうと思いますの。明日奈さん、和人さん、よろしくお願いいたしますわ」
「うんうん、任せてね!」
「後は名前だな。外見はランダムだから、顔どころか体格まで全然違う姿になる事は珍しくないんだ」
和人の言葉を聞いて、セシリアはふと今とは異なる姿になるであろうALOでの
「あ、姿って言ったら、この中じゃ巧也以外はリアルとそっくりだから、案外鈴達の方が先に見つけるかもな」
「まぁ、珍しい事もあるのですね」
「アンタそれって……まぁいいわ」
一夏の言葉の意味を何となく察した鈴音であるが、楽しそうにしているセシリアに水を差すつもりは無かったので今の所は黙っておく事にした。だが、その上で確認しておかなければと彼女は一夏に小声で尋ねる。
「まさかとは思うけど……セシリアや箒までオフ会に誘うつもり?バレるわよ絶対」
「まぁ、ALO気に入ってくれそうだし……セシリアだって言いふらしたりしないだろ。箒は……ALOを断られたし、誘ってないんだ。アイツだって知らない人達ばっかりの所に連れて行ったって楽しめないだろうし……いつ打ち明けようかなぁ……」
思い出すのは、断られた時の言葉。あれは謹慎中、ようやく彼女が普段通りの態度に戻った頃だったか。
『すまないな。お前が遊戯に疎い私に薦めるくらい、良い物なんだとは思うし、それは嬉しいが……それ以上にお前は何か、伝えたい事があるんじゃないのか?だとすれば、今の私では……それを聞く資格は、無いと思うのだ……』
自分が本当はSAO
誰だって失敗はする。過去の失敗を忘れず悔やみ続けるのは仕方のない事ではあるが、その失敗から学び、より良い未来の為に前を向いてほしい。ただ後悔して、自分を責め続けて歩みを止めてしまったら、未来で守れる筈の人達を守れなくなってしまうから。
「一応人は選んでるワケね……ならあたしからはもう言わないわ」
「サンキュー」
己の考えに理解を示してくれた鈴音に、感謝する一夏。彼女自身SAO事件からVRへの心象は決して良い物ではない筈だが、こうして受け入れてくれる事が彼にとってとてもありがたかった。
「代表候補生のお二方には余計な事かもしれませんが、絶対に課題は先に済ませてください。明日醜態を晒したくはないでしょう?」
「わ、分かってるわよ!」
「ううん……諸々の用事を考慮しますと……わたくしは九時頃になりそうですわね」
「そうねぇ……あたしもそんくらいになりそう……」
巧也の忠告に一瞬顔を顰める鈴音とセシリアだったが、万が一課題をすっぽかそうものなら明日千冬にどんな扱きを受けるか想像するだけで恐ろしい為、本日の予定を確認する。
「成程。でしたら僕等は、それより早く課題等を完了させなければなりませんね。和人、一夏、これは中々ハードなスケジュールになりますよ?」
「分かったよ。さっさとメシ食って、残った休み時間を課題消化に充てるさ」
「お、オレもそうしよ……終わるかな……」
「……アイン、ファイト」
上級生達の助力を受けていても、打鉄弐式本体を動かす為のOS開発に難航している簪は、現実側の一夏を手伝う余裕が無い。時間調整すれば鈴音の出迎えには同行できそうだが、彼が課題を終えられるかどうかについては彼自身にかかっていた。
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サラマンダー領の砂漠地帯。その上空を首都ガタン目指して飛翔する九つの影があった。
「な、何とか間に合いそうだ……」
「おめぇも大変だな。ま、アインの女難は今に始まった事じゃねぇけど」
「好きでこうなった訳じゃないですよ!っていうかソレはキリトさんでしょうが!」
「あっははは!クラインさん、コイツ未だに自分も同類なんだって自覚ねぇっすよ!」
アインを揶揄うサラマンダーとレプラコーンは、速度を落とさずに腹を抱えて笑うという中々器用な真似をする。片や赤と黄色のバンダナで髪を逆立たせた野武士面のサラマンダーの青年、クライン。本名を
「―――隙あり!」
「うお!?」
「おわああ!?」
笑い続ける二人に急加速して肉薄し、勢いのままに彼等の肩を小突く。随意飛行ができるようになったばかりで緊急時の安定性に欠けていた二人は、アインの目論見どおり制御を失って錐揉み回転しながら仲良く落下していく。
「あちゃぁ……リーダー達、大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。二人共暫くすれば戻ってきますって……多分」
「ははは、ひょっとして地面とあっつーいキスするハメになってるんじゃね?」
「それはそれでウケる!」
先程まで静かに成り行きを見守っていた風林火山のメンバー達が、朗らかに笑いあう。何だかんだあっても最終的には和気藹々とした空気に戻るこのギルドが、アインは好きだった。
「アイン、二人共戻ってきた」
「ありゃ?意外と速いな」
必死に上昇してくる二人の姿を認めて、予想外の速さに驚くアイン。その後は戻ってきた二人が首都につくまでしつこく掴みかかってきてはその手から逃げるという、空中で鬼ごっこに近いじゃれ合いを続けるのだった。
未だにIS側の原作二巻にたどり着いていない現状……我ながら展開が遅いや……
それはともかく、皆さまよいお年をお迎えください!