IS×SAO 黒白と共に駆ける影の少年   作:KAIMU

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 長い
 重い
 胸糞要素

 三重苦が詰まってますのでご注意ください


二十話

 ALO内で行われた二次会も、大いに盛り上がった。浮遊城アインクラッドの実装というサプライズも、その一助になった事は言うまでもないだろう。

 そんなオフ会のあった週末から数日後の、とある日の放課後。巧也は生徒会室に呼び出されていた。

 

 「近日に転入予定の生徒、ですか?」

 

 「そ。貴方は直接かかわる事になるから、先に教えておくわ」

 

 楯無が「先行開示」と記された扇子を開くと、傍に控えていた虚から資料を手渡される。

 

 (紙媒体……他言無用である、と……)

 

 複数枚のA4サイズ用紙で構成された資料を、巧也は無言で目を通していく。データ化の進むこの時代だからこそ、重要な情報はアナログな手段で扱われるのだ。

 

 「……今後はラウラ・ボーデヴィッヒの動向を注視せよ、という事でしょうか?」

 

 資料を読み終え、返却しつつ巧也が確認すると、楯無はやや微妙な顔をした。

 

 「確かにそれが優先だけど、もう一人の方も疎かにしちゃダメよ」

 

 「フランスの動きに何か懸念がおありですか?」

 

 暗記した内容を思い返すが、優先して警戒すべきはドイツ側の代表候補生(ラウラ・ボーデヴィッヒ)であり、フランス側の代表候補生(シャルロット・デュノア)については懐柔済みの為最低限の監視のみ、とあった。シャルロットについても疎かにするなとは、自分に開示されていない情報―――例えば各国政府の動き等が絡んだ事情によっては警戒する必要があるのかと巧也は推測する。

 

 「あぁ~、やっぱりそういう考えになっちゃうかぁ……虚ちゃん、お願い……」

 

 「承知しました、会長」

 

 完全に仕事モードで普段よりも幾分鋭い目つきに変わった虚を見て、どんな機密情報や極秘任務が伝えられるのかと巧也は精神を張り詰める。

 

 「率直に言います。彼女―――シャルロット・デュノアとは、親密な関係を築いてください」

 

 「……何故ですか?申し訳ありませんが、御命令の意図が理解できません」

 

 何故友好関係を築けと命令されるのか、巧也には分からない。彼女は自身の専用機を所持しており、何かと自分や一夏達と接触する機会は多くなる。危険度が低いのならば鈴音やセシリア同様、クラスメイトとして一夏達と打ち解ける事を見守っていればいいだけの筈だ。

 疑問符を浮かべる巧也に対し、虚は一度咳払いをしてから努めて事務的な声色で告げた。

 

 「言い方を変えましょう……彼女は貴方の許嫁になります」

 

 「……え?」

 

 完全に予想外の言葉に、巧也は数秒固まった。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 『―――行ったか』

 

 「ええ。二人共、もう出てきていいわよ」

 

 楯無が合図と送ると、生徒会室の天井点検口から二人の生徒が姿を現す。虚が用意した足場を伝って降り立ったのは、簪と和人。

 

 「いきなり呼びつけてあんなところに隠れてろって……最初は何させられるのか二人して戦々恐々としたんだぞ?」

 

 「……事前の説明は大事だよ、お姉ちゃん」

 

 半ば強引に天井裏に押し込まれた事に、和人達は少々不機嫌になっていた。借りていた無線機をやや無造作な手つきで返してくる様子から見て、まず間違いない。

 

 「その事はごめんなさい。杞憂で終わればいいと思ったんだけど……」

 

 「絶対無理だろ。完全な仕事人間なアイツだぞ?ほっといて上手くいくビジョンが全く見えない」

 

 「……ん、同感。私達が介入しないと、巧也は全部の恋愛フラグをスルーしそう」

 

 ただ先ほどの巧也の反応から呼び出された理由を察し、協力姿勢を見せてくれるあたり流石身内と思う楯無。

 

 「でしたら同じクラスの和人君がメインで協力し、簪お嬢様はその補助をお願いします。私達は学年も違いますし、変に動けば不審に思う者もでてきますので」

 

 「……それは構わないんですけど、一ついいですか?」

 

 「何でしょう?」

 

 「その……アスナとアインも引き込んでいいですか?」

 

 眉間に皺を寄せ、悩みながら彼が出した提案。その内容に虚と楯無は眉根を寄せて理由を尋ねる。

 

 「……ぶっちゃけアスナにはバレるんで……」

 

 「アインもアスナさんも、私達が隠し事してる時だけ……すごく勘が鋭くて……」

 

 「何それ……詳細はともかく何か隠してるっていうのを第六感的なもので悟ってくるの……?」

 

 無言で頷く二人を見て、楯無と虚は揃って項垂れる。情報漏洩を避ける為にも、秘密を共有する者はできるだけ少なくしたい二人としては、これは頭の痛い事だ。

 

 「中途半端に感づいたアスナ達が、自分から動いて色々と首を突っ込む方が危ない気がする」

 

 「……だったら先に引き込んで二人の行動を予測しやすくした方が、ずっとやりやすいし……安全だと思う」

 

 「でもねぇ……明日奈ちゃんはしっかりしてそうだけど……一夏君、いろんな子にバレそうだし……」

 

 過去に何度かコッソリ一夏を観察した時の事を思い出しながら、楯無が唸る。すると簪が姉の前に進み出て、その手を取った。

 

 「お姉ちゃん、アインに……アインに全部話そう?巧也の事」

 

 「ぜ、全部って……ダメダメダメ!暗部(ウチ)の事……それも禄でもない裏側の事だって知られちゃうのよ!?それでもし簪ちゃんが嫌われたら―――」

 

 「―――大丈夫。アイン、優しいから。友達の事なら……どんな事だって受け止めて真剣に、全力で手伝ってくれる。そういう時は全然顔に出ないよ」

 

 「そうだな……利用するんじゃない、信じて頼るんだ。刀奈、最近忘れかけてないか?」

 

 「二人共……」

 

 微笑む和人達を前にして、楯無の心が揺れる。更識家の当主としては、情に訴える不確定な提案を呑むべきではないと警鐘を鳴らす。だが姉としては、愛する妹の言葉を信じたい。

 

 「お嬢様」

 

 「虚ちゃん……私は」

 

 「()の幸福を願う方の、心のままにいきましょう」

 

 幼馴染の言葉が、背中を押す。いつだってそうだ。楯無が名を継ぐ前―――刀奈であった時から、この年上の幼馴染は自分を支え、どんな状況でも悔いのない選択ができるようにと自分を後押ししてくれた。

 

 「……そうね。うん、信じてみるわ。貴方達が信じる二人の事」

 

 口にしてみて、胸の内が幾らか軽くなった気がした。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 その日の夜。夕食を済ませ、消灯時間までは各々の生徒達が自由に過ごすこの時間に、簪は明日奈を伴って一夏の部屋を訪ねていた。

 

 「私とアイン君に話したい事があるって言ってたけど、どうしたの?それにキリト君も何だか昔みたいな……すごく思い詰めた顔して……」

 

 「やっぱり、アスナには分かっちゃうか……」

 

 案の定明日奈に感づかれた和人は、自分の判断が間違っていなかった事を実感して苦笑する。想い人や弟分をこれから巻き込んでしまう事に抵抗はあるが……これが現状では最善手だと信じて、彼は意を決して口を開いた。

 

 「実は近いうちに、また転入生が来るんだ」

 

 「また?それだけキリト君達……男性操縦者に近づこうって世界中が躍起になっているのかな……あれ、でも先生方から連絡無かったのに、何で知っているの?」

 

 「……更識(うち)の伝手で、先にお姉ちゃんから聞きました」

 

 簪の言葉に明日奈は納得するが、逆に今度は一夏が疑問を抱く。

 

 「うーん……鈴が入ってくる時はカンザシにも連絡無かったよな?何で今回は教えてくれたんだ?」

 

 「今回、二人来るんだけど……その内の一人が、色々事情があって……巧也の許嫁になるの」

 

 「……はぁ!?」

 

 全くもって予想外な答えに一夏は素っ頓狂な声を上げ、明日奈は目を見開いて息を呑んだ。

 

 「え、えーと……許嫁って要は婚約者―――将来結婚する相手って事だろ?でもIS学園(ここ)に転入するってなると、代表候補生の筈だよな。国の推薦必要なんだし……そいつと、巧也が?何がどうしてそうなったんだ……?」

 

 「多分、政略結婚かそれに準じた国や企業の取引の結果よね。恐らく……ううん、絶対本人の気持ちなんて無視してる……そうでしょ、キリト君」

 

 「……ああ」

 

 短くもはっきりと、和人は明日奈の憶測を肯定した。途端に彼女の目つきは鋭くなり、表情も強張る。

 

 「何で……何でそんな酷い事をするの?何の為に、誰の為に巧也君や転入生の子は縛られなきゃいけないの!」

 

 「そうですよ!巧也達が犠牲になるなんて間違ってます!オレ達にできる事は無いんですか!?そんなふざけた事をやめさせるべきです!」

 

 義憤に駆られる二人の叫びが、和人と簪の胸に突き刺さる。何故なら……そうなるように事を運んだのは、他でもない―――

 

 「これは私達……更識家が仕組みました。私達も話を聞いて、最終的には納得しています」

 

 「な、どういう事だよ!?楯無さんがやった?カンザシもキリトさんも納得した?意味分かんねぇよ!」

 

 「巧也君は大切な幼馴染なんでしょう!それをまるで……道具(モノ)みたいに……!」

 

 次第に涙をにじませる明日奈。結城家に縛られていた事や望まない相手との縁談等があった彼女にとって、今回の件はとても他人事とは言えなかった。

 

 「おかしいよキリト君……!巧也君、普通に笑えていたじゃない……IS学園(ここ)で一緒に勉強して、ALOでいろんな冒険を楽しんでた……どこにでもいる、普通の子なのに……!」

 

 「……違う……違うんだアスナ。巧也は、普通じゃないんだ」

 

 「え……」

 

 「巧也の家も……本音の所と同じく、代々更識家(うち)に仕える暗部の家系なんです。アインには前に言ったよね?」

 

 「そりゃ、そうだけど……のほほんさんと虚さんはそんな道具扱いされてなかったし、今まで巧也もそうだっただろ」

 

 巧也の家系について初めて聞く明日奈は困惑し、以前に軽く聞いていた一夏は今までの彼の扱いから一転した今回の件がどうしても腑に落ちないでいた。

 

 「巧也が異例なの。今までの野上は……更識家(うち)の刃として使われる(・・・・)存在だったから……情が移らないように、幼少の頃から触れ合う事は無かったの」

 

 「刃……?使われる存在……?まさか、本当に……」

 

 「暗部として、更識に絶対の忠誠を捧げて……戦って、敵を討つ……その為なら、いつでも命を投げ出す……戦う為だけに存在する家系」

 

 「っ!?」

 

 「マジ、かよ……」

 

 息を呑む明日奈と、絶句する一夏。知り合ってからまだ短い期間とはいえ、新たな友人である巧也の正体を知った衝撃は大きかった。

 

 「綺麗ごとだけじゃ、守れないんだよ。誰かが泥を被らなきゃいけない……誰かが血を流さなきゃいけない……その誰か(・・)を担っているのが暗部で……巧也はその一員なんだ」

 

 「……楯無の名を継いだお姉ちゃんもきっと……私達の知らない所で、後ろ指さされる事を沢山やっています。国を守るために、必要な事だからって」

 

 静かに語る二人の声は震えを隠し切れず、彼らもまた苦しんでいる事が一夏達にはありありと伝わってきた。

 

 「俺もSAOで……アスナを守る為だってお題目で、外道な事や非道な真似、それなりにやってきたけど……楯無を継いだアイツはその比じゃない」

 

 「キリト君……」

 

 SAO攻略ギルドの副団長を務めていた明日奈は、女尊男卑の風潮に染まっていった現実世界の反動からか何かと男性プレイヤーから迷惑行為を受ける事があり……過激な者からはPKを画策される事もあった。そういった男達の魔の手から彼女を守ろうと、和人は裏で独りで戦い、必要とあらばその手を穢してきた時期があった。当時の彼の心がどれだけ擦り減っていたかをはっきりと覚えている明日奈は、唇を噛み締めて俯いた。

 当時の彼以上の負担を背負いながら、楯無はそれを悟らせなかった。彼女に仕える虚や巧也もそれは同様で、彼女達の覚悟や意志の強さを思い知らされる。

 

 「でも……ならどうして、巧也とカンザシ達は幼馴染なんだ?さっきアイツは異例だって言ってたけど、何があったんだ?」

 

 「もう……巧也には肉親がいないの。彼が死んだら、野上の血は途絶えてしまう……」

 

 「代々アイツの先祖は殉職者が絶えなくてな……そうでなくても任務で受けた傷とかが原因で……全員が天寿を全うできずに他界してる。裏を返せば全員が優秀な人材で、危険な任務をどの家系よりもこなしてきた証拠なんだが……そのツケが今、巧也に乗っかってるんだ」

 

 「ま、待って!衰退していくのが目に見えているなら、組織の中で配偶者を選出したり、縁談を持ち掛けたりはしなかったの?」

 

 巧也が既に天涯孤独である事に動揺しながらも、明日奈はもっともな疑問を抱く。すると和人も簪も気まずそうに視線を彷徨わせた。

 

 「だってさ……誰だって遠からず未亡人になるって分かってる所に自分の娘を嫁がせたくないだろ?最悪の場合、野上家が撃ち損じた敵がその縁を辿って襲ってくる危険だってあり得るわけだし」

 

 「そんなの同じ組織にいる人全員にかかるリスクですよね?尻込みする理由にならないんじゃ……」

 

 「なるんだよ……一番上の更識家や補佐兼世話役の布仏家とかの例外を除いて、どの家が暗部に属しているのかとか、何処にどれだけの人員がいるのかとか把握していなくてな。情報漏洩を避ける為にも、部下の家系同士の繋がりは希薄なんだ」

 

 「一応、地域ごとに部下を束ねてる中間管理役の家とか、和人さんの所みたいに海外で公の立場を得てエージェントを束ねる役割の家系もあって、そこなら幾らかの情報が集まりますけど……全体がバレる事はまず無いんです」

 

 だから暗部に属する家系同士での婚姻等はリスクになるのだと、和人達は言外に告げる。

 

 「後はデカい組織の宿命っていうのかな……最前線で成果を出し続けてきた野上家に嫉妬して、裏切り……まではいかなくても、足を引っ張って犠牲を増やした輩も過去にいたんだ」

 

 「外と内、両方に敵がいるのに等しくなっても……巧也の一族は愚直に更識家への忠義を貫き続けて……この数十年では特に殉職者や早死にする人が多かったんです」

 

 「そんな……」

 

 「先代の楯無が身内の粛清を徹底的にやったから、今は嫉妬してても変な行動をする所はいない筈だけど……その頃にはもう、巧也だけしか残っていなかったんだ」

 

 「ひどい……巧也君の家族やご先祖様は、ただ使命を果たして戦っただけじゃない……」

 

 幾分か顔を青ざめさせる明日奈。先程からの血生臭い話は、いかに彼女といえど平気な顔をしていられるものではなかった。

 

 「管理役の家系(お偉方)の連中は野上家を残す方針そのものには納得してくれたさ。今じゃ荒事が想定される所には他の戦闘役の家系が出張ってるし……でもあの老害共がなぁ……」

 

 「犠牲を押し付けられる存在(野上家)が無くなるのは困るけど、存続させる為に自分達が縁を結ぶのは嫌っていう自己保身に走る家ばかりで……見かねたお姉ちゃんが外から選ぶからもう口出しするなっておど……説得してきたって言ってた」

 

 「脅したのか……あの人誑しな楯無さんでも強硬手段とるんだな」

 

 「ん。お父さんも身寄りのなくなった巧也を気にかけていて……その時からどの家ものらりくらりと言い訳して全然動かなかったのを、お姉ちゃん見てきたから……もう我慢できなかったって」

 

 「巧也の両親が亡くなってから、何だかんだあって母さんの所……桐ケ谷家(うち)で預かるって事になったのが、もう十年くらい前になるのか……」

 

 昔を懐かしむように、和人が目を細める。

 

 「初めて会った頃のあいつはとにかく無表情でな……俺や刀奈はどうにか笑わせようと色々な悪戯やちょっかい出してたよ。たまにやり過ぎて虚さんに正座で説教されたなぁ……」

 

 「でも、打ち解けて笑ってくれるようになった。とても歪だけど、自分の心を手に入れて……道具(モノ)から人に変わってくれた」

 

 「でもまだ……人になりきれていない。強引でもこうやって伴侶ができれば、変わるきっかけになるかもしれない……だから巧也と転入生の仲が上手くいくように、手伝って欲しいんだ。どうかこの通り……!」

 

 「お願い……!」

 

 和人と簪が、揃って頭を下げる。彼らの真っ直ぐな願いを、明日奈や一夏は断れない。だが、その前に確かめておかなければならない事があった。

 

 「二人や楯無ちゃん達が、巧也君を人として大事に想っているのは分かったわ。でも、一つ聞かせて。どうして彼をそこまで大事にするの?私が言えた事じゃないけど……今まで道具(モノ)扱いしてきた筈なのに、今更人として扱うって決めた根っこの部分は一体何の為なの?」

 

 「先代の楯無の頃から、部下を道具として使い潰すのは避けるように方針が変わって……いや、そんな建前はどうでもいいか。ただ、心から幸せになって欲しいって願っているだけだ。生まれた家に定められた役割なんて関係無い……誰が何と言おうと、血がつながっていなくても、巧也は俺達の家族なんだ……!」

 

 彼が向ける眼差しが、偽りなき本心と共に明日奈達に届く。ただ身内の幸福を望むその想いは……人として当たり前だけれど、決して忘れてはいけない大切なもの。

 

 「……うん、分かった。手伝うよ」

 

 「オレも……友達だって思ってるから……ここまで聞いて、何もしないなんてできません。手伝います」

 

 「アスナ、アイン……ありがとう……!」

 

 こうして手を差し伸べてくれる二人はとても頼もしく、和人も簪も協力を仰いでよかったと思うと胸の中にあったつかえが取れた。

 

 「だ・け・ど」

 

 「ア、アスナ、さん……?」

 

 「まだ巧也君の事情しか言ってないでしょ?今度は転入生の子の方も教えてくれなきゃ手の打ちようが無いわ」

 

 まるでKoB副団長の頃に戻ったかのように、明日奈の表情が瞬時に真剣なものに切り替わる。言葉にしづらい威圧感に、全員が自然と居住まいを正す。

 

 「それじゃカンザシちゃん、相手の子について教えて頂戴。資料とかあったらいいんだけど……多分そういうのは楯無ちゃんしか持ってないでしょ?」

 

 「は、はい……えっと、相手の名前はシャルロット・デュノア。フランスの代表候補生で……以前は同国内でIS事業を手掛ける大手企業、デュノア社の非公式テストパイロットを務めていたそうです」

 

 「そう……会社と同じ名前があるって事は、社長の血縁者かしら。でも何で非公式……?代表候補生になれるだけの実力があるなら、セシリアちゃん達みたいに広告塔として売り出していたっておかしくないのに……」

 

 開示された情報からすぐさま考察を重ねていく明日奈。SAOフロアボス攻略会議の時と劣らぬ思考の速さに若干気圧されながらも、簪は続きを語る。

 

 「……実は彼女、社長と妾の子なんです。だから公にするのは憚られたみたいで……でも高いIS適正を無駄にする訳にもいかなかったそうです」

 

 「……だ、大丈夫なのか?そういう子って、不当な扱いを受けたり心に傷を負ってたりしてそうなんだけど……」

 

 「二年前に彼女の母親が他界するまでは、母子家庭とはいえ比較的一般的な暮らしをしてたみたいで……でも今はとても厚遇されているとは言えないって聞いてます」

 

 「そう……」

 

 シャルロット・デュノアなる少女の出自についての要点を聞き終え、明日奈は一つ深呼吸をする。一夏が抱いたのと同様の不安は彼女の中にもあるが、今は努めて冷静に手立てを考える時だと自分に言い聞かせる。

 

 「そのシャルロットちゃんが相手に選ばれた経緯は?」

 

 「最初の要因は、デュノア社に暗部(うち)がつけ入る隙を見つけた事です。上手く繋がりを持てれば、欧州にいるエージェント達へのサポートを強化できますから」

 

 「あ、そっか。でっかい会社の社員とか役員に紛れ込めれば、色々と融通が利くようになるもんな。でもそんな所に、一体どんな隙があったんだ?」

 

 「更識(うち)の目的はアインの言う通り。簡単に言うと今のデュノア社は経営難の真っただ中で、そこに付け込んだの」

 

 「でもカンザシちゃん、デュノア社って訓練機のラファール・リヴァイヴの製造元で、世界シェア三位の筈よね。そんな大手がどうして経営難に陥るのかしら?」

 

 「確かにデュノア社の主力ISラファール・リヴァイヴは汎用性に秀でた機体で、IS学園(ここ)に訓練機として配備されている他にも多数の国家や企業が正式採用とライセンス生産を進めるくらい高い完成度を誇っています。ですがフランスは欧州の統合防衛計画―――イグニッション・プランからは除名されていて、第三世代機の開発が急務なんです」

 

 「そういう事ね……!」

 

 一を聞いて十を知る、とばかりに明日奈は納得するが、一方で一夏は理解が追いつかずに首を傾げる。この類の話ですぐさま事情を察せるのは一握りであり、普通な反応を示す彼に和人は苦笑しながら説明を引き継ぐ。

 

 「アイン、物作りってすごーく金と時間がかかるのは知っているよな?食べ物や道具、ゲームだって……試作して、失敗して、そこから改善して……そのサイクルを何度も繰り返して。ISも同じだ」

 

 「それは……分かります。でもそれだったらラファールの売り上げを元手にできる分、デュノア社って第三世代機の開発はやりやすいんじゃ……?」

 

 「残念な事に、IS開発ってのはそれだけじゃとても賄いきれないくらいの金食い虫なんだよ。それこそ国から沢山援助してもらわなきゃ成り立たない程にな。さて、ここでもう一個の問題が絡むと……どうなる?」

 

 もう一つ―――時間について考慮して、一夏もまた気づいた。

 

 「そうか……ラファールって確か第二世代最後発だから……新しい設計を煮詰める時間が足りていない……?」

 

 「正解だ。時間が無いから碌な成果が出せず、国からの評価が下がって援助の額も下がる。それでも第三世代機の開発はやらなきゃいけないが、今度は金が無くて進まない……」

 

 「成果が出ないから充分な援助が貰えなくて資金不足になる……資金不足だから成果が出せなくて充分な援助が貰えない……コレ、完全に悪いループじゃないですか」

 

 デュノア社が経営難に陥った原因が分かり、一夏は顔を顰める。何事に於いても、スタートダッシュに出遅れアドバンテージを取れなかった者達が後から追いつくのは非常に困難だ。デュノア社、ひいてはフランスは今その瀬戸際にいて、後がないのだと彼は悟った。

 

 「そしてデュノア社は、シャルロットをIS学園に送り込む事を決めました……それも男装させたうえで」

 

 「え……何で?すぐバレるの見え見えじゃん。千冬姉が誤魔化されるワケないし」

 

 「多分アイン達と接触しやすくする為だと思う。それでアイン達の機体の稼働データとか、生体データを掠め取ったら何かと理由をつけてフランスに帰って雲隠れすればいい」

 

 「ひでぇ……でも、他の国が黙ってないだろ。四人目の男子はどこ行ったーって絶対フランスが袋叩きにされるって」

 

 「そうよね。目先のメリットに対して、リスクが高すぎる……全然真意が読めないわ」

 

 一夏が指摘した事柄についての答えに見当がつかず、明日奈は眉を寄せる。自分達も同じだと和人が肩を竦めると彼女は表情を戻したが、棚上げせずに頭の片隅に留めておく。

 

 「……丁度そうやって性別を偽る準備をしている所を、現地にいたエージェントが知って……その情報を弱みとして握ったお姉ちゃんが、この前直接交渉しに行ったんです」

 

 「結局刀奈がどんな取引して……向こうからシャルロット・デュノアを手に入れる為に、こっちが何を差し出したのかは分からないけどな……推測するなら、第三世代機開発の為の技術提供とか、技術者の派遣とかだろうな。資金援助なんかは焼け石に水だし、そもそもデュノア社の第三世代機の開発が上手くいけば、後は自力で立ち直れるだろ」

 

 「そう、ですね……何だか、そのシャルロットって子の事も道具扱いしてるみたいで……嫌な感じしますけど」

 

 「それが普通の反応さ。お前はその気持ちを忘れないで、自分の心のままあればいい。誰かと触れあって、繋いだ心がお前の強さなんだから」

 

 自分の願いを言い聞かせるように、和人は一夏の頭をなでる。綺麗事だけでは成り立たない暗部の思考を受け入れてしまうようになった自分と違い、彼はまだそんな哀しい色に染まっていないのだから。

 

 「他にも、色々な打算込みで彼女が選ばれました。向こうはデュノア社にいるよりはマシなら何でもいいって、諦めた様子で引き抜きやすかった事とか……代表候補生になれるだけの才能や身体能力があるなら、巧也の後継ぎの母体だったり、任務のパートナーとしても優秀だろうって見込みとか……巧也に公の後ろ盾が手に入る事とか」

 

 「ちょ、ちょっと待ってカンザシちゃん。後ろ盾って、三人共日本政府やカンザシちゃんの実家が守っているんじゃ……?」

 

 「今はそうですけど……日本が本気で男性操縦者の研究についてアドバンテージを取ろうと舵を切った時に、最初にモルモットにされるのは巧也なんです。部下の家系一つ絶やすだけで、日本が世界の先頭に立てるなら……お姉ちゃんは、楯無として巧也に……死ね(・・)と命じなければいけないんです。そして巧也も……絶対にそれを受け入れます……!そういう風に……そうあるべきだって……更識(わたしたち)が、育ててしまったから……!だから今、彼には日本以外の後ろ盾が必要なんです……!」

 

 「カンザシ……」

 

 努めて平坦に話していた簪だったが、最後には堪えきれない涙や嗚咽を漏らしてしまった。そしてそんな彼女に、一夏は何と言葉を掛ければいいか分からない。簪の苦悩は彼女だけのものであって、今の自分が安易な言葉で慰めるべきではない。故にそっと簪の傍に腰かけ、彼女の気が済むまでその背をさする。

 

 「巧也の事は、俺だって同罪だ。俺達が中途半端に心を持たせてしまったから……自分自身よりも、俺達に尽くそうとする……そんな歪んだ覚悟に昇華されてしまったんだ」

 

 感情を押し殺した声で、和人は懺悔するように吐露した。そこに込められた苦渋の想いに気づいた明日奈が、優しく彼の手を握る。

 

 「二人が色々と納得したくないって思う事があるのは仕方ないけど……この話が上手くいってくれれば、巧也だけが生贄として差し出される事は当分避けられる……だから、絶対に成功させたいんだ。例え俺達の偽善、いや独善だとしても……あいつが死ななくて済むなら……俺達は……!!」

 

 絞り出された声には隠し切れない震えがあって。どれ程後ろ指さされる様になってでも巧也(かぞく)を守りたいという和人の想いが、明日奈と一夏には痛い程伝わってきた。

 確かに手段は真っ当とは言い難く、決して正しくもない方法なのだろう。けれど……その根底にある、身近な掛け替えの無い存在を守りたい、という想いはとても尊く―――絶対に間違いなんかじゃない。

 

 「やりましょう。巧也が大事なのは、オレ達みんな一緒ですから」

 

 「大丈夫。皆がいれば、きっと上手くいくわ」

 

 やり場のない怒りや割り切れない気持ちを呑み込んで、明日奈と一夏は改めて協力する事を選ぶのだった。




 暗部については結構好き勝手に考えました。

 ……ぶっちゃけ原作じゃ組織についてとか……世話役の布仏家以外の、更識家の部下に当たる家系とか全然出てこないんですもん……

 一応言っておきますと、作者はハッピーエンドが好きです。例え陳腐だとか、ご都合主義だとか言われても……バッドエンドよりハッピーエンドを迎える作品の方がいいです。
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