IS×SAO 黒白と共に駆ける影の少年   作:KAIMU

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 こっちの方、お久しぶりです……


二十二話

 セシリアと鈴音の言い争いは一夏が仲裁しても収まらず、結局千冬の鉄拳が振るわれる事になったものの午前中の実習は問題なく終わった。その後は天気が良かった事と、以前簪が漏らした要望を叶えようとしていた一夏の提案により、学食ではなく校舎の屋上で昼食をとる事となった……のだが。

 

 「―――た、頼むから機嫌直してくれってアスナ」

 

 「つーん」

 

 「……ねぇアイン、何があったの?」

 

 「あー……えっと。途中でIS解除する前にしゃがませるのを忘れちゃった人がいてな……次の人をキリトさんが運ぶ事になって……」

 

 一夏の言葉に、午前中の実習で彼らに起こった出来事のおおよそを察した簪。和人の事だから、努めて冷静に、最低限の接触時間で件のクラスメイトを抱えて運んだのだろうが……和人が恋人(アスナ)の眼の前で別の女の子を抱えて運んだ事実は変わらない。明日奈自身、和人に他意が無かった事や彼が簡単に心変わりするような人ではない事は理解しているものの、だからといってヤキモチを焼かずにはいられないのが恋する乙女なのだ。

 

 「そう……アインの方も?」

 

 「……はい、イマシタ……」

 

 「むぅ……」

 

 そしてそれは、明日奈だけではなく簪もまた同じ。元々本人にその気が無くとも、何かと異性に好かれやすい人を好きになってしまった宿命だと理屈で自分を納得させようとしても、幾何かの嫉妬を抱かずにはいられなかった。

 

 「うぅ、カンザシもかぁ……頼む!この弁当で機嫌直してくれ!」

 

 恋を知り、多少は異性への鈍感さが改善されつつある一夏は、簪や明日奈が不機嫌な理由を何となく察する所まではできたが……気の利いた言葉を掛ける事は叶わなかった。故にできたのは持ってきていた弁当を差し出して頭を下げる事のみ。

 

 「……うん。アインは、悪く、ないよ。だから……謝らないで」

 

 己に言い聞かせるよう、ゆっくりと言葉を紡いだ簪は差し出された弁当を受け取る。遅れている勉強を頑張る合間を縫って、自分の我儘を叶えてくれたのだ。その想いを無下にする気は毛頭ない。

 

 「作ってくれてありがとう、アイン」

 

 精一杯の笑みを浮かべ、感謝の言葉を口にする。羞恥に頬が熱くなるが、真正面にいる恋人の顔が一瞬で赤く染まるのを見て、即座に気にならなくなった。

 

 「……ボク、お邪魔なんじゃ……?」

 

 「あれが彼らの平常運転です。その内慣れますよ」

 

 困ったような曖昧な笑みを浮かべるシャルロットにお茶を淹れながら巧也は告げるが、本当にそうだろうかと彼女は視線を少し横へと向ける。

 

 「慣れるワケないでしょーが……」

 

 「渋みの強い茶を持ってきて正解だったな……」

 

 「ホホホ……いつもの事ですわ」

 

 ジト目で巧也を睨む鈴音、まだ何も食べていないのに口内に感じる甘味をお茶で誤魔化す箒、口許を隠して優雅に微笑むが、ダメージを隠しきれていないセシリア。三者共に一夏と簪の甘い雰囲気に充てられているのがシャルロットにはありありと感じられた。

 

 (明日奈さんの機嫌まで直ったら―――ってもう直ってたー!?)

 

 一夏達を見ていた僅かな間に、どういう訳か和人は明日奈のご機嫌取りに成功した模様だった。今朝自分に声を掛けてくれた時の頼りになる大人びた笑みではなく、愛情に満ちた柔らかな表情に思わずシャルロットは二度見した。

 

 「明日奈さんも本気で拗ねていた訳じゃありませんよ。彼女も和人には結構悪戯したがるだけです」

 

 「そ、そうなんだ……」

 

 「だから何でアンタは平気なのよ……」

 

 「和人と簪(みうち)が幸福な様子に苦痛を感じる人がいますか?少なくとも僕には考えられません」

 

 「鈴が言いたいのはそういう事ではない筈だが……まあいい」

 

 鈴音と巧也の言葉にズレ……とも言い切れない、小さな引っかかり。それを感じた箒はしかし、この場で追及するのは憚られた。彼の精神性や心構えの在り方についてなのは分かるが、そういったものは本人の生まれや育ち……姉の事で悩みが尽きない自分自身も踏み込まれるのを嫌う領域の話になるからだ。談笑しながら食事を摂る場で話題にすべきことではない。

 

 (それよりも……それよりもだ!)

 

 箒は自身の荷物から、弁当箱を二つ(・・)取り出す。弁当を持参したい生徒用に早朝開放されている寮の厨房を利用しようとしたら、一足先に調理していた一夏の背中を目撃し急遽自室に備え付けられたキッチンで作ったものだが、自信作だと胸を張れるだけの出来にはなったソレ。

 簪に肩入れしていながらも、気さくに接してくれる明日奈に悪いとは思うが、それでも想い人への気持ちを抑えられないのが恋する乙女。

 

 「い、一夏!」

 

 「一夏ァ!」

 

 「一夏さん!」

 

 重なった声に、思わず横を向く箒。その先には二つのタッパーを握った鈴音とバスケットを握るセシリアの姿があった。

 

 (被っただと!?よりにもよってこの二人と!?)

 

 (こんな時に限って、ですって!?)

 

 (想定外ですわね……ですが、ここは退けませんわ!)

 

 目が合った一瞬で、互いが同じ穴の狢だと察した三人娘。しかしもう声は発してしまい、振り返った一夏と簪に各自が持ち寄った武器(べんとう)をしっかり見られてしまっている。もう誤魔化せない以上、彼女達は進むしかない。

 

 「おお、皆も弁当作ってきたのか!いやーすっごい偶然もあるもんだな」

 

 「……そうだね」

 

 これが箒達のアプローチだと素で気づかない唐変木(一夏)と、分かっていて黙っている簪。気づいてくれない一夏にダメージを受けつつも、少女達はめげない。

 

 「け、今朝自分用に作り過ぎてしまってな。その、お前がよければなんだが……食べるか?」

 

 「見たトコ簪の分しか持ってきてないみたいだし、アタシの酢豚分けてあげるわよ」

 

 「わたくしも気が向いたので、作ってみましたの。おひとつどうぞ」

 

 三者三様。それぞれの大義名分(たてまえ)と共に武器(べんとう)を突き出す。素直に言えないあたり、一夏が気づくのはまだ先の事だろう。

 

 「皆ありがとうな。確かに鈴の言う通り、うっかり自分の分忘れてたんだよ」

 

 「っ!」

 

 だが恋心は現金なもので、想い人からの感謝の言葉と笑みで満足してしまうほどに幸福感が湧き上がる。

 

 「……私は、カップケーキ焼いてきたよ。たくさんあるから皆で分けよう?」

 

 「お、マジか!ありがとうカンザシ!すっげー嬉しい!」

 

 ……しかしながら一番の笑みは恋敵に取られてしまい、胸中はたちまち悔しさで上塗りされてしまう。

 

 (耐えろ……!ひとまず受け取ってくれたのだ。初めての成果としては十分だ……!)

 

 (デザートで来るなんて予想外よ!更識簪……恐ろしい女!)

 

 (わたくし達のアプローチを許しつつも、その先をいく……やはり強敵ですわね)

 

 内心で涙を吞む箒。戦慄する鈴音。己が挑む相手の強大さを噛み締めるセシリア。三人娘の胸中など露知らず、一夏はそれぞれから貰った弁当を開いていく。焼き魚、唐揚げ、ゴボウの炒め物等バランスの取れた献立は箒、最後に食べた時よりも一層豊かな香りと出来栄えを誇る酢豚は鈴音、彩り鮮やかなサンドイッチはセシリアの作品で、空腹だった一夏の胸は期待で高鳴った。同時に彼女達の料理の良い所は今後の自分の料理に活かそうとも。

 

 「いただきます」

 

 一夏が食べ始めるのを皮切りに、簪達も昼食に手をつけていく。ちなみに和人、明日奈、巧也、シャルロットは一足先に食べ始めている。

 

 「―――簪。カップケーキ、一ついいか?」

 

 「へ?いい、よ」

 

 食べ始めて少し。唐突な和人からの要望に訝しみつつも、簪はカップケーキを一つ手渡した。

 

 「キリトさん、まだ弁当残ってますよね?何で今……」

 

 「……そいっ」

 

 一夏の問いかけに答えず、屋上の端の花壇をじっと見ていた和人だったが……突然、持っていたカップケーキを放り投げた。

 余りにも予想外の出来事に誰もが目を見開き固まる中、カップケーキは放物線を描いて花壇に差し掛かり―――

 

 「んにゃぁぁああ!」

 

 花壇の裏から飛び上がった人物によって、無事キャッチされたのだった。

 

 「ちょっと和人ぉ!簪ちゃんのケーキ投げるとか正気ぃ!?アンタには人の心ってもんが無いのかぁ!?」

 

 「仕事サボって覗き見てるお前に言われたくない」

 

 飛び上がった人物……楯無からの抗議を受け流し、和人は淡々と携帯端末を取り出した。

 

 「もしもし虚さん、刀奈なら屋上です」

 

 『ありがとうございます。すぐに向かいます』

 

 「お昼くらい休ませてよ!二人の鬼!悪魔ぁ!!」

 

 普段の完璧超人という言葉がピッタリな外面をかなぐり捨てて喚く楯無と、彼女に雑な対応を返す和人。巧也達幼馴染はいつものじゃれ合いだと穏やかな目で見守るが、そうではない者達からすれば子供のように駄々をこねる生徒会長の姿に開いた口が塞がらなかった。

 

 「さ、流石に扱いが雑じゃないか……?」

 

 「……ん、アインが言うなら」

 

 過去に碌でもない事をされた記憶の方が強いが、それでもちょっと不憫じゃないかと一夏が心配すると、簪は一旦食事の手を止めて立ち上がる。

 

 「お姉ちゃん」

 

 「うぅ……簪ちゃぁん……」

 

 以前食堂で覗いた時に嫌いと言われた記憶を引きずっているのか、妹に呼ばれた途端に涙目で小鹿の如く震えだす姉。それでもキャッチしたカップケーキを落としたり潰してしまったりしていないのは、それが愛する妹の手作り故か。

 

 「もう一個あげるから、虚さんと分けて……頑張って」

 

 「はうっ」

 

 簪が歩み寄り、追加のケーキを手渡す。滅多にない妹からの接触に、シスコンである楯無は即座にノックアウト寸前まで胸が高鳴る。

 

 「私や、みんなの為に頑張るお姉ちゃんが……好きだよ」

 

 少々恥じらいながら、はにかむ簪。溺愛してやまない家族にそう言われてしまった、更識楯無は―――

 

 「―――シャアッ!何だってやったるわぁああああああ!!」

 

 ―――ヤル気スイッチ全開で爆走するのである。乙女らしからぬ叫びと共に屋上の柵を飛び越えた彼女は、校舎の凹凸を足場に軽い身のこなしで駆け下りて見えなくなった。勿論、両手は受け取ったカップケーキを持ったままで。

 

 「お疲れ、今日はやけに素直じゃないか」

 

 「最近は、その……色々頑張ってるから」

 

 和人の問いに、一瞬だけ簪の視線が巧也へと向けられる。明日奈や一夏は彼女が言わんとしている事を察し、同時に箒達に悟られないようにと話題を変える。

 

 「そ、そういや箒の上達すげぇよな。この前味なしチャーハン作ったのが信じられ」

 

 「その話は忘れろ!」

 

 「謹慎中に他の料理も一緒に作ったろ!失敗談の一つ二つ、気にすんなって。昔オレの失敗作を千冬姉がずーっと食べてたの知ってるだろ。それに比べりゃ可愛いもんさ」

 

 「か、かわっ!?」

 

 長い積み重ねで料理が上達していった一夏からすれば、箒の成長スピードが正直羨ましい。そう伝えたかったのだが……さらりと言われた’可愛い’に過剰反応した恋する少女()が目に見えて頬を染めて大人しくなる結果となった。その後ろで二人の乙女に火が付いたのは言うまでもない。

 

 「一夏!そろそろアタシの酢豚も食べなさいよ!」

 

 「一夏さん!わたくしのサンドイッチも如何でしょうか!」

 

 「わ、分かったよ……ちょっと待ってくれ」

 

 先に箒の弁当から食べ進めていた彼だったが、二人の感想をせがまれて一旦箸を置く。初めてとなるセシリアのサンドイッチと、久しぶりの鈴音の酢豚。どちらから食べようかと迷いながら、口直しにお茶を飲んで一息ついたその時。

 

 「隙アリ!」

 

 「むぐっ!?」

 

 「鈴さん!?」

 

 「あ!」

 

 丁度半開きになっていた一夏の口に、鈴音がレンゲを突っ込んだ。

 

 「ふっふーん。お茶飲んだ後に一息つくジジ臭い癖は、昔のまんまね」

 

 抗議の視線を向けるセシリアや驚愕する簪を無視して、得意げにニヤリと笑みを浮かべる鈴音。彼女の自信に満ちた表情を裏付けるように、一夏の口内に入った酢豚は丁度いい温かさで、最後に食べた時よりもずっと上達していた。

 

 「んぐ……うめぇな。それに、すげぇ懐かしい。ISの勉強しながら料理も上達してるとか、本当にすごいな」

 

 「ま、まぁね。どっちも譲れなかったのよ……」

 

 想い人(一夏)からの賞賛に仄かに頬を染める鈴音。気を抜けば緩みそうになる表情を悟られぬよう、料理の感想を聞けて満足したという態度で自分の食事を再開する彼女の横で、待たされていたセシリアがサンドイッチを突き出した。

 

 「さあ!一夏さん!」

 

 「お、おう。ちゃんと食べる、食べるから。その、離れてくれ……」

 

 対抗意識を燃やして前のめりに迫るセシリアを、一夏は両手を上げて落ち着かせる。勢いよく迫ってきた彼女の長い金髪から品の良い香水の香りが彼の嗅覚へと僅かに届き、一夏自身も落ち着く時間が欲しかったのだ。それにさっきの鈴音の行動以降、黙っている簪の事も気がかりで、仮に今サンドイッチを食べても味覚が素直に働いてくれるか定かではない。

 

 「……ん。こっち、気にしないで。ちゃんと、食べてあげて」

 

 「そ、そうか。分かった……」

 

 簪は眉が八の字になっていたものの、そう言って一夏をセシリアと向き合わせる。

 

 「……いただきます」

 

 期待と緊張の入り混じった様子のセシリアからの視線を受けつつ、彼女から受け取ったサンドイッチを頬張る。

 瞬間、暴力的なまでに強烈な甘味が彼の味覚を襲った。

 

 「っ!?…………っ!!」

 

 全くもって予想していなかった味に驚愕し、固まる一夏。

 

 (な、何でこんなに甘いんだ……!?見た目BLTサンドの筈なのに……ベーコンの塩気も、トマトの酸味もしないぞ……?)

 

 端的に言えば不味い、の一言しか出てこない味だったが、吐き出すような事は絶対にしなかった。どんな物であれ、食べ物を粗末に扱う事や、人様の厚意を無下にする事はしないという彼の矜持がそうさせたのだ。

 

 「ど、どうでしょうか……?」

 

 普段の自信に満ちた様子とは打って変わって、不安げに俯きチラチラと視線を送るセシリア。そんな彼女に堂々と不味い、なんて言える人が果たしてどれ程この世にいるのか。少なくとも一夏は、正直に伝えるのは憚られた。

 しかし、今現在彼の口内で暴れ狂うサンドイッチが、セシリアを傷つけない言い方を模索する為の思考力を奪っていったのも事実。何とか時間を稼ごうとゆっくり咀嚼する一夏だが、その分サンドイッチに味覚を蹂躙され、気の利いた言い回しなんて一切浮かばない。

 

 「……んぐ……せ、セシリア?コレって味見、した?」

 

 「アジミ……とは、何ですの?」

 

 辛うじて絞り出した問いかけに、小首を傾げる英国淑女。僅かな所作にまで気品があるのは彼女の美点だよなぁと場違いな事を考えなければ、彼女が味見を全くしていない(・・・・・・・・・・)という事実を一夏は飲み込めなかった。

 

 「……失礼」

 

 「あっ」

 

 横合いから伸びた手が、一夏からサンドイッチを取り上げる。追って目を向けた時には、簪が彼の食べかけのサンドイッチをセシリアの口にやや強引にねじ込んだ。

 

 「うっ!?」

 

 簪の行為に目を白黒させたセシリアだったが、次第にその身を震わせる。それでも何とか口の中にあるものをのみ込むと、肩をがっくりと落として下を向いてしまった。

 

 「BLTサンドとして、味はどう?」

 

 「…………甘すぎて、合わないですわ……」

 

 「味見を……料理を作っている時に、自分で食べてみて味を確認していれば、先に失敗に気づけてたよ」

 

 「はい……」

 

 覇気の無い彼女を何とかしたい一心で、一夏は努めて明るく声を出す。

 

 「ま、まぁ失敗なんて誰でもするし!今度皆で一緒に何か作ろうぜ!そしたらまた、こうやって弁当食べよう」

 

 「い、一夏さん……はい、ぜひ!」

 

 一夏に気遣われている事を自覚しつつも、彼が今自分だけに向けて笑いかけてくれている事が嬉しくて、セシリアは頬を赤らめながらも笑みを返す事ができた。

 

 「皆もいいよな?」

 

 苦笑や微笑等、各々の表情に差異はあれど、一夏の提案を拒む者はいなかった。

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