「―――では、投票結果を発表する」
試合の翌日。いつの間に投票が行われたのか、朝の
「当選したのは……織斑一夏」
「あ、一繋がりでイイ感じですね!」
(え……マジで!?)
(うし……!人前に立つのは性に合わないから、助かったぜ)
告げられた結果に対して、女子生徒達は歓声を上げ、一夏は驚愕し、和人は一安心した。だがすぐに気を取り直した一夏は思い切って手を挙げる。
「先生、質問です」
「はい、何でしょう?」
にっこりと微笑む真耶へ、彼は素朴な疑問を投げかけた。
「結局オレ達男子に票が集まったんだと思うんですけど、何でキリ……和人さんじゃないんですか?戦績ならオレより和人さんの方が良かったと……」
余談ではあるが、時間の都合で和人と一夏の試合は行われなかった。その為三人の中で白星をあげたのは和人のみなのだ。
「おい、変な事聞くなよ」
和人が愚痴るも彼の耳には届かず、千冬が口を開いた。
「恐らく、桐ケ谷の体力不足が致命的だったんだろうな」
「へ?」
確かにSAO生還者である和人は持久力に乏しいが、模擬戦の最中でそれが露見して不利になった場面は無かった筈である。それは自分も同様である為、一夏は困惑する。その様子に千冬はため息と共に軽く頭を振った。
「織斑、模擬戦の後の桐ケ谷を思い出してみろ。お前と比べてピットに戻る様子はどうだった?」
「えーっと……すごくゆっくりで、殆ど漂う感じで……フラフラしていて……あ」
「お前の半分程度の戦闘時間でアレではな……皆がそれを踏まえて投票した結果だと思え」
「はい……」
自分がクラス代表になるのが避けられない事だと悟り、一夏は肩を落としながら着席する。ただでさえ周りよりも勉強が遅れているのに……などと愚痴を零したくなるのをグッと堪え、気持ちを切り替える。
「では―――」
「―――先生、今お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
千冬が
「貴重なお時間を頂き、ありがとうございます」
その言葉と共に立ち上がったのは、セシリア・オルコットだった。立ち上がる動作一つに於いても育ちの良さを感じさせる程に気品に溢れているが、緊張の所為かその表情は幾分か硬い。
「これまでの振る舞いに於いて、皆さまに不快な思いをさせてしまいました事……この場にてお詫び申し上げます」
その言葉と共に、誇り高い貴族である彼女が頭を下げる。知り合って間もない一夏達ですら、プライドの高い彼女が自らの非をしっかりと認めて謝意を示した事に驚きを隠せなかった。
「代表候補生としての立場に胡坐をかき、本来求められる品位を保つ事を怠っていました事……そして皆さまを見下しておりました事……本当に、ごめんなさい……!」
再び頭を下げる彼女に、誰もが息を吞む。
(セシリアだって色々抱え込んでるみたいだったし……あの時だって殆ど弾みで言っただけで本気じゃなかっただろうし……けど、何て言ってやればいいんだ……?)
一夏自身は既にセシリアを許しているが、その事を伝えようにも言葉が上手く纏まらない。彼だって時と場を弁えず、その時の感情のままに口走った言葉が原因で周囲を巻き込んでしまった事はSAOで何度もあった。その度にクライン達が助けてくれたし、拳骨と説教の後は笑って許してくれた時は胸の内が温かくなった。
あんな風にできれば……そんな思いで和人に視線を送るが、彼も同じ様に困った表情で頬を掻いてしまっている。次いで千冬を見るが、彼女は成り行きを見守るつもりなのか口を開く気配は無かった。とはいえ、その瞳には仄かに温かな光が宿っており、自分達の成長を促しているかのようだった。
静寂が教室を支配しようとしたその時―――
「おっけ~許すよせっしー」
「軽っ!?のほほんさん軽っ!?」
―――間延びした声が、その空気を完全にぶち壊した。それにあわせてクラスメイトの殆どがズッコケるのと、その事態を引き起こした張本人へと一夏がツッコミを入れるのは同時だった。
「え~、でもおりむーは別に怒ってないでしょ~?」
「いやそうだけどさ!もっとこう……あるだろ!?それっぽい言葉とか、雰囲気とか諸々がさぁ!!」
「……諦めろアイン、本音はこういうヤツなんだよ」
幼馴染への呆れと、場の空気が和んだ事への安心感から、脱力した様子で和人が一夏の肩に手を置く。
「コレがアイツなりの気遣いなんだ。お前もさっきまでの沈黙は嫌だったろ?」
「それは……そうですけど」
思わず和人から顔を逸らした一夏だったが、その結果偶然にもセシリアと目が合った。非難を受ける覚悟で頭を下げたのに、何でも無かったかのように笑いに包まれている現状に彼女は置いてけぼりの様子だった。そんな呆然とした様子をつい昨日も見たっけ、などとややズレた事を思いながら、一夏は彼女へと歩み寄る。
「何故……何故誰も、わたくしを責めないんですの……?」
「そりゃセシリアが言った言葉全部が本気じゃなかったって、気づいてたからだろ。ちふ……織斑先生も行ってたろ?突っ走るのは十代……今のオレ達の特権だってさ」
彼女の蒼い瞳を真っすぐ見つめ、一夏は微笑んで見せる。
「突っ走って、失敗して、周りに迷惑かけて……でも、ちゃんとそこから学んで、同じ事さえ繰り返さなけりゃいいんだよ……まぁ、オレは運よく’ちゃんとした大人’が周りにいてくれたから、いつも助けてもらえただけなんだけどさ……」
なおも戸惑いの表情を浮かべる彼女に一旦背を向けた一夏は、今度はクラスメイトの少女達へと声を上げる。
「皆!セシリアはちゃんと謝ったし、この件はこれで終わりって事にしてくれないか?」
「おっけーおっけー!」
「はーい、織斑君に免じてチャラにしまーす!」
「訓練機借りられた時に射撃教えてくれるならいいよー」
「皆さん……」
少女達の温かな返事に、セシリアの目が潤む。器量の大きな彼女達と学友になれる事が嬉しくて―――
「じゃ、あだ名はせっしーにけってーい!!」
「はい……え?せ、せっしー?」
うっかり聞き流してしまいかけた本音の言葉に、再び固まる。
「セシリアだからせっしー……はぁ。実に貴女らしい、変わったあだ名ですね」
「えー?どこが変なの、たくやん?」
「勝手に命名された方を考えてくださいと、昔から言っているでしょう?温厚な方ならまだいいですが……貴女の変なあだ名が相手の逆鱗に触れてしまったらどうしようもありません」
「ぶー、たくやんの頑固者~」
聞こえてくるやり取りに、一夏は思わず苦笑しつつもセシリアへと向き直る。
「えーっと、のほほんさんだって悪気があって言ってる訳じゃないっていうか……あれが素なんだ、マジで」
「え、えぇ……不思議と悪意は感じませんし、この位は甘んじて受け入れますわ」
「別にそこまで肩肘張らなくていいさ。嫌だったらちゃんと言えばやめてくれるし」
安心したように表情が和らいだセシリアへと一夏は右手を差し出す。
「それじゃ……改めてよろしくな、セシリア!」
「はい!こちらこそ、よろしくお願いいたしますわ。一夏さん!」
貴族としてではなく、一人の少女としての満面の笑みと共に、彼女は差し出された手を握り返した。
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「―――という訳で、オレがクラス代表になったんだ」
「そっかぁ……私も代表候補生だからって理由で、クラス代表になっちゃった」
その日の夜。入学してから継続されているALO内での楯無、虚からの座学補習を終えた一夏―――アインとカンザシは、宿屋の一室で久方ぶりに二人きりの時間を過ごしていた。ベッドに隣り合って腰掛け、互いの近況を話すだけだが、二人にとっては一日の楽しみの一つである。
「うーん……つまり来月のリーグマッチでカンザシと戦うのかぁ……」
「それまでには、機体を完成させなきゃ……」
「オレが言えた事じゃないけどさ……無理してぶっ倒れるとかはやめてくれよ?今のカンザシは体力無いんだし」
「ん……大丈夫。機体本体は一応組みあがったから、稼働データ収集を優先で進めれば充分間に合うよ」
気遣うようにアインがカンザシの、現実よりも濃い水色の髪を撫でる。すると彼女は心地よさそうに髪と同色の目を細めて微笑んでくれる。スケジュールにそれほど余裕は無いが、決して無理を重ねる必要がある程忙しい訳でも無い。シスコンである彼女の姉が部下にキッチリと見守らせている筈だろうし、カンザシが無理をしようものなら真っ先に飛んでくる事は明白である。
「武装は夢現に絞ってるから、アインと殆ど一緒かな」
「……それじゃこっちでデュエルするのとあんま変わんない気がするぞ……」
「ふふっ。そうだね」
思わずといった様子で噴き出したカンザシにつられて笑いながらも、アインは自分を鍛える事に集中しなくてはと認識を改める。恋人であるカンザシの事は大切だが、彼女ばかり気にして自分の事を疎かにしてしまえば来月のリーグマッチで敗北は免れない。彼自身クラスの期待を背負う身である以上、無様な姿を晒す訳にはいかないのだ。
(けどまぁ……今くらいはいいよな)
自分に言い聞かせるかのように、アインはそんな事を考える。自分は訓練と補習、カンザシは機体の組み上げとそれぞれやらねばならない事があって、中々時間が合わない。その上兄貴分達のように人目を気にせずにイチャつく豪胆さは二人共持ち合わせておらず、自然とVR内でしか二人きりになれなかった。同じ学校、同じ寮で生活している筈なのに、会えるのは限られた極僅かな時間のみ……今の彼にとって、それがもどかしかった。
「アイン」
「ん?」
「難しい顔してる……全然休めてないよね?」
「……そんな事ないって」
目を逸らすアイン。カンザシの指摘は図星なのだが、彼女に負担を掛けまいと彼は意地になって見栄を張ってしまったのだ。
教室、廊下、食堂、部屋………どこにいても異性の目がある環境で、彼が心底安らげる時間は殆ど無い。カンザシにとってアインこそが最高のヒーローである事は揺るぎないが、だからと言って彼がどんな事にも負けない無敵の存在ではないと知っている。自分と同じように嬉しい事があれば笑い、辛く悲しい事があれば泣き、許せない事があれば怒る……ちゃんとした心を持った人だと。だから―――少しでも彼の支えになりたい。安らげる拠り所でありたい。
「アイン、おいで」
「え?あ……うん」
彼を誘うように、自分の膝を軽く叩く。僅かな躊躇いの後、彼はカンザシへとその身を倒す。たった一人の家族と生きてきたアインは、自分から他人に甘える事が人一倍苦手で……でも本心では、人一倍誰かに甘えたがっていた。二人きりでいる時にカンザシが誘うと、僅かに迷うものの……余程の事が無い限りは甘えてくれるのが何よりの証拠だった。
「……ごめん。カンザシだって大変な筈なのに、オレだけ甘えて」
「ううん、私がしたいからやってるだけだもん。アインが気にする事じゃないよ」
自分の膝枕で横になった恋人の髪を撫でながら、カンザシは少しだけ高鳴る胸を抑える。きっと彼の事だから、もう何人もの女の子から好意を向けられているのだろう……少なくとも本音からの報告では、二人程は確定している。
(篠ノ之箒さんと……セシリア・オルコットさん……)
片やISの生みの親である篠ノ之博士の妹で、アインの幼馴染。片やイギリスの代表候補生にして、世界規模で複数の会社を経営する財閥の筆頭であるオルコット家の当主。彼がそれぞれと将来結ばれた時と、自分と結ばれた時……現時点で世界に三人しかいない男性操縦者であるアインの安全を守れる可能性が高いのは、いったいどれなのだろうか?
(ISに携わる人なら、篠ノ之博士を敵に回す事は絶対にしたくない筈だし……オルコットさんを敵に回せば、きっと経済的に締め上げられて破滅させられるのは避けられないし……)
それぞれの後ろ盾は公の存在で、それを得たアインに何かあればマスコミが騒ぐのは必至―――つまり箒かセシリアのどちらかと結ばれれば、何かあった時に世界中が味方になると言っても過言ではなくなる。
(それに引き換えて、
日本お抱えの対暗部用暗部であるが、表向きはそこまで大きな後ろ盾とはなりえない。少しばかり歴史のある名家と思われるのが関の山で、日本内ならばともかく……海外では抑止力とはなれない。姉達の力を疑っている訳ではないが、それでも箒達には劣るのではないだろうか……?
カンザシの胸中に生じた不安の根は深く、ネガティブ思考は自分の悪い癖だと解っていても止まらない。
「―――カンザシ」
「ぁ……」
気づけばアインの手が、彼女の頬へ触れていた。
「そんな顔しないでくれよ。
「そう……だね」
頬から伝わる温もりが、ゆっくりと彼女の心を温める。かつて一度、自分は彼の傍にいる資格は無いと思って逃げ出した時、彼は追いかけてそう言ってくれたのだ。半狂乱になって突き立てた刃をその身に受けながらも、自分を抱きしめて。
「信じてるけど……アインって無自覚に女の子にフラグ立てちゃうから……不安なの」
「……そこは痛いな。ヤバかったらのほほんさんが止めてくれると思うけど……今のところ何か悪い事した覚えが全く無いんだよなぁ……」
「もぅ……朴念仁」
悪戯っぽく彼の頬をつつくと、くすぐったそうに身じろぎする姿が何とも愛しい。SAOから容姿を引き継いでいる為、今の彼は現実よりも幾分幼い姿をしており、言葉にできない愛嬌がある。アインのこんな子供っぽい様子を間近で見れるのは自分だけだと思うと、カンザシの心が少し軽くなる。
「そろそろ、寝ないとな」
「このまま寝落ち、する?」
「……それじゃオレが落ちるまでカンザシが寝れないだろ」
「いいの。だって……ヒーローを癒す事ができるのはヒロインだけ、でしょ」
カンザシが羞恥心を押し込めて微笑んで見せると、アインは呆けたように目を見開き、頬を紅く染める。次いで気恥ずかしそうに瞳を逸らすと、やや迷ってから起き上がった。
「だったらさ、膝よりこっちの方がいいかな」
「ふぇ!?」
兄貴分を連想させるニヤリとした笑みを浮かべる彼に抱きしめられ、そのまま二人揃ってベッドに倒れ込む。目と鼻の先には、実は恥ずかしいのかやや赤い恋人の顔。シルフでは珍しい、殆ど黒に近いダークグリーンの瞳と髪をしている為、顔立ちの幼さを除けば現実世界の彼との差異が少なく、ここがALOの中である事を忘れそうになる。
(アインから甘えてくれてる……んだよね?)
遠慮せず自分に甘えてくれた事は何よりも嬉しいのだが……それよりも先に羞恥心が沸き上がってしまうのは致し方ないだろう。
「……自分でやっておいてアレだけど……すっげぇ恥ずかしい……」
「……うん、でも……嬉しい」
「カンザシ……」
互いに吸い寄せられるように顔を近づけ……その距離がゼロになる。
「……お休み」
「うん、お休み……」
ほんの僅かな間触れるだけの接吻だったが、二人にはこれが精一杯で……充分満たされていた。
(明日から、また頑張れそう)
互いに大切な人の温もりを感じ、同じ事を思いながら……二人の意識は眠りに落ちていくのだった。
一夏は周りを照らす事を素でやってる気がするんですが、逆に周囲の人たちって彼に寄り添い、支えようって所が少ない気がします。まぁ、コメディだからと言ってしまえばそれまでですけどね……