第1話
「居たぞ! 逃すな!!」
土砂降りの雨の中、1人の男が叫び声の主から離れる様に走っていた。
強化ガラスで出来た盾に、例え至近距離で銃弾を撃ち込まれても無傷の性能を持つ防弾チョッキ。男の後ろから追ってくる人々は、一個人相手では決して使う筈のない装備を身に纏っている。
『標的、射程圏内に入りました。どうぞ』
そこから少し離れた建物の頂上にて、狙撃手と思われる男がノイズ混じりの通信越しに司令官に報告する。スコープの十字線の真ん中には件の男の姿がはっきりと捉えられていた。
『了解。こちらの合図を待て』
「標的、 目標のポイントに到達しました」
男が逃げた先は港。さしもの彼も悪天候の中泳いで逃げるのは自殺行為と悟ったのか、走る足を止めて呼吸を整え、自分を追って来た連中を睨みつける。
「貴様にあるのは2つ! このまま大人しく捕まるか!! 我々に敵対するかのどちらかだ!!」
「...政府の差し金か。狙いは俺のこのチカラなんだろう?」
男が口を開き追っ手の真意を聞く。だがしかし、彼らの返事は無数の銃弾であった。暴徒を鎮圧する様なゴム弾ではなく、人を殺害する為の金属で出来た銃弾。それらが人の目には見えない速度で男に無数に放たれる。
「撃て! 撃て! 撃てぇ!!」
それらを男は全て躱す。彼の目には、超スピードの弾丸もゆっくりと見えている。それは目の前の男が
「狙撃...来る」
人ならざる者である事を暗に示していた。追っ手は、遠くから放たれた銃弾を掴み取っている男の右手を見て驚きを見せる。
「ならば...!!」
司令官と思しき人物が取り出したのは小型の爆弾。本来であれば避けられる代物であるが、銃弾である程度意識が逸らされていた上に後ろは海と避ける手段が極端に少なかった状況により、なす術なく爆炎にその身を包まれたのだった。
「目標、沈黙」
「さしもの奴もこれでは...!?」
しかし、その爆炎の中から1つの影が立っていた。影はポーズを取ったかと思えば、ある言葉を呪文を唱えるかの様に喋り出す。
「ライダー...変身!!」
爆炎から現れたのは、黒と緑に包まれた人ならざる英雄であった。
−第1章 始まり−
幸せ...それは人が最も人生を謳歌できる感情である。それは誰しもが平等に持っていて、誰しもが決して脅かしてはいけないものである。
例えば1人の少年が、ある日突然殺人鬼によって家族を失う事などあってはならないと事だ。
「...」
少年は親戚の家に引き取られ、突然の家族の死に涙を流して叫んでいた。
ーーお父さんは...お母さんはどこなの...どこへ行ったの...?
まだ幼かった少年にとって、その事実を受け入れる事など出来はしなかった。少年の心を癒してくれたのは親戚の励ましでも、幼馴染の言葉でもなく...時間であった。
ーー俺は...高く跳び上がりたい。そうすれば天国にいるお父さんやお母さんに少しでも近付いているんだって...そんな気持ちになれるから
それから長い年月が経ち少年が青年へと変わった頃、彼は執念とも呼べる長い努力の末に走り高跳びの選手へとなった。彼の飛ぶ様はまるで羽が生えているかの如く、まるで空へと羽ばたくかの様に錯覚する程だと...彼の友人は言っていた。
「俺の人生...どうして不幸ばかり襲ってくるんだろうな...」
だが、それは過去の事であった。
突然彼を襲った交通事故。医者から宣告とともに見せられたのは、回復は不可能と言われたボロボロの両脚。まるで天に羽ばたこうとするイカロスの翼をもぎ取るかの様に、彼の心は再び悲しみに覆われた。
「あれから数年...俺は漸く立ち直れた...幸せを掴めるところまであと一歩のところまで来ていた...」
昔は家族と共に星空を眺めにきていた裏山の頂上。杖を置いて大木に腰掛けながら、嘗てと同じ様に青年は星を眺めていた。
「神様...これが俺に対する仕打ちですか...?」
思わず、いもしない存在に問いかける青年。だけど答えが返って来るはずもなく、最早何度目かわからない涙をポツリと流した。
「...そう言えば、父さんが言ってたな。お星様に願いを込めると必ず叶うって」
嘗て少年であった青年は、その事を思い出しながら星空に願いを込め始める。
ーーーもう一度...この空を跳びたい。
その願いを三回心の中で言った青年は側に置いてあった松葉杖を手探りで拾い上げ、立ち上がる為に両腕に力を込める。
背中を木に押し付けながら漸く立ち上がることが出来た時、彼は一筋の光を見た。
「あれは...何だ?」
少しずつ大きくなっていく光。流れ星の様な速さで空から向かって来ている。
自分の方へと徐々に近付いていると気付いた時にはもう遅い。彼は空から落ちて来た光に包まれてしまった。
「...ぅ、あ...今のは...夢?」
数分後、青年は木に横たわっていたところ目を覚ました。
周囲を見渡し異常がないか確認する為に自分の顔や全身を両手で触って確かめる。それを何度か繰り返した後、青年は松葉杖を持って立ち上がる。
「...そうだな。きっと夢だ...いつの間にか寝てたんだな...」
そう結論付けた彼は夜遅くという事もありそのままその場所を後にする。
「それにしても...妙な夢だったな...光の中...誰かが...」
青年はまだ気が付いていない。松葉杖を持って立ち上がる際、先程より遥かに楽に、そして早くその動作が出来ていた事に。
「誰かが...俺に語りかけて...」
青年はまだ気が付いていない。左手の甲にHと刻まれた紋章がある事に。
「...兎に角家に帰ろう。おじさんとおばさんに心配させちゃ悪いし」
青年は気付かなかった。これが始まりだという事に。
「ドウホウ、ミツケタ」
そこから遥か遠くに離れた場所でそんな事を口ずさむ人ならざるもの。周囲には血まみれの死体がいくつも形成されており、彼の異常性を現していた。
「イコウ、そいつの元」
異形のものは骨が折れる様な鈍い音と共に骨格を変え、40代後半の男性の姿へと変わる。そして、首を何回か鳴らして笑みを浮かべる。
彼の左手の甲には、青年と同じ様な刻まれ方でSという紋章が存在していたのだった。