柚希「どうも、遠野柚希です。
花より団子じゃなく、花も団子もなんだな」
政実「うん。春に咲く桜の花とかも良いけど、それを見ながら食べる甘味も捨てがたいからね。もっとも、甘味に関しては一年中好きなんだけどね」
柚希「……まあ、人の好みはそれぞれだけど、食い過ぎには注意しろよ?……さて、それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・柚希「それでは、第6話をどうぞ」
春、それは穏やかで暖かな気候の中、様々な花々が咲き乱れる出会いと別れの季節。そんな春の日、俺がいつものように夕士達と一緒に学校へ向けて歩いていると、夕士が日差しを浴びながら気持ちよさそうに体を上にグーッと伸ばした。
「うーん……! やっぱ春って、暖かくて良いよなぁ……!」
「まあ、たしかにそうだな」
「だな。この前まで冬で寒かった分、春は暖かくて過ごしやすいからな」
「そうそう。冬は冬で楽しかったけど、春は暖かいから走っててスゴく気持ちいいんだよな」
「まあ走るのは良いけどさ、はしゃぎすぎて転ぶなよ? 稲葉」
「へへっ、分かってるって!」
長谷の言葉に夕士は笑いながら返事をした後、空を見上げながらのんびりとした声を上げた。
「それにしても、俺達ってもう二年生なんだよなぁ……でも、何だかいつも通り過ぎて、あまり実感が湧かないや」
「そうだな。だが、こうやって進級をしていく事にどんどん下には後輩が出来ていくんだ。それなりに気を引き締めていかないとな」
「後輩って……まあ、そうだけどさ」
相変わらずの長谷の言葉の選び方に俺は苦笑いを浮かべた。
それにしても後輩か……この言葉を聞くのっていつぶりだろ……?
空を見上げながらそんな事を考えていたその時、少し離れた空に黒い雲が浮かんでいるのが見えた。
「黒い雲……って事は、今日は午後から雨でも降るのかな?」
「……え?あ……本当だ」
「割と距離は離れてるみたいだし、遠野の予想通り、雨が降るとしても午後からだろうな」
「そっか。でも、帰る途中に降らなきゃ良いなぁ……今日は傘持ってきてないから、もし降ってきたらずぶ濡れになるからさ」
「そうだな。それに、俺達は午後から合気道の道場があるから、尚更注意をしないとな」
「だな」
長谷の言葉に返事をしながら、俺は遠くの空に浮かぶ雨雲らしき物をジッと見つめた。
雨もそうだけど、俺的には雷にも注意しないといけないよな……。
俺や義智、風之真に黒銀なんかは雷は平気なのだが、こころとアンはどうやら雷が苦手らしく、雷が鳴っている時には怯えた様子でブルブルと震えていたりするため、俺達でこっちと居住空間との移動のタイミングについて色々と注意していたりする。
居住空間の方にもしっかりと四季とか天候の変化とかはあるみたいだし、今日もそれなりに考えないといけないな……。
そんな事を考えながら歩いていた時、ふと薄らとした妖気を感じた。
妖気……? でも……。
その妖気は近くからではなく、少し離れた所、具体的には黒い雲がある方から感じていた。
あっちの方からするって事は、大分強い妖気って事になるけど……
けど、そんなに強い妖気を持った妖というと、かなり絞られるような……。
俺が妖気の主の正体について考えを巡らせていたその時だった。
「ん、どうした柚希?」
「向こうに何かあるのか?」
「……え?」
声の方に向いてみると、夕士達が不思議そうな様子で俺の事を見ていた。
……っと、いかんいかん。
俺は急いで微笑みを浮かべた後、静かに夕士達の言葉に答えた。
「あ、いや……雨が降るとなると、伯父さんも大変だろうなぁ……って思ってただけだからさ」
「ん、そっか」
「まあ、たしかにそうだよな」
どうやら俺の少し苦しい言葉に納得してくれたらしく、夕士達の顔から不思議そうな様子は無くなっていた。
ふぅ……危ない危ない。妖気の主も気になるけど、それについては後にしておいた方が良さそうだな。
自分の意識を謎の妖気の主から今の状況へと変えた後、俺は夕士達に声を掛けた。
「さてと、雨が降る前にさっさと学校に行こうぜ」
「おう!」
「ああ」
俺は謎の妖気の主について少しだけ後ろ髪を引かれながらも、夕士達と一緒に学校へ向けて歩いていった。
そしてその日の昼頃、今日は始業式のみで授業が無かったため、俺達は速やかに下校し、話をしながら通学路を歩いていた。するとその途中で、夕士が空を見上げながら少し不満そうな様子で口を開いた。
「うーん……授業が無いのは嬉しいけど、この調子だと絶対に雨が降るよな……」
「……ああ」
「そうだな……」
俺と長谷も少し薄暗い空を見上げながら、不安そうに返事をした。今朝見つけた雲は、どうやら雷雲だったらしく、雨こそまだ降ってはいないものの、空はすでに薄暗くなり、時折どこかで雷が落ちている音が聞こえてきていた。
雷か……そういえば、雷と一緒に現れる妖っていうのもいるけど、今朝の妖気の正体ってもしかしてその妖だったのかな……。
そんな事を考えながら空を見上げていたその時、突然目の前でピカッと光った後、かなり大きなゴロゴロゴロッという音が聞こえてきた。
「……今のは近かったな」
「……そうだな」
夕士達が少し警戒した様子で今の雷について話していたが、俺はそれとはまた別の事が気になっていた。
……今、一瞬だけだけど、強い妖気を感じた気がする。
雷が落ちた瞬間、その方向―俺達の進行方向から強い妖気を一瞬だけ感じ取っていたのだった。そしてそれと同時に雷と妖気、その二つに共通するモノについて、俺は頭の中に思い浮かべていた。
……この状況から見るに、あの妖気の主は、恐らく俺が思ってる妖だとは思うけど、もし本当にそうだったら今回はこころとアンの力は借りられそうにないな。
そんな事を考えながら歩いていた時、夕士が少しつまらなそうな様子で声を上げた。
「あーあ……これじゃあ今日は、外には出られそうに無いなぁ……」
「まあ、そういう日もあるだろ、稲葉。こういう時こそ、家で本でも読んでみたらどうだ?」
「本かぁ……そういえば、お前達から何冊かオススメの本を訊いて買ってたのがあったし、たまにはそうしてみようかな」
「ああ、それが良いと思うぜ」
「だよな! よし……今日は色々な本を読む日に決定だな!」
その夕士の表情は、さっきまでの曇り空のような物とは違い、この雷雲の向こう側にある晴れ渡る青空のようだった。本来夕士が諸事情により読書にハマるようになるのは、もっと先のことなんだが、どうやら去年の秋に俺達でオススメの本を教えてみたことで、小学生の時点で趣味の中に読書が加わったみたいだった。
まあ、悪いことでは無いけど、このちょっとした変化が更なる大きな変化を呼ぶこともあるだろうし、色々と注意しておいた方が良いのかもな。
夕士達の様子を見てそう思った後、俺は夕士達と一緒に話をしながら再び通学路を歩いていった。そして、途中で夕士達と別れた後、家の前でさっきの強い妖気を感じた俺は『絆の書』から風之真とミニサイズの義智を出した。
「義智、風之真。お前達もこの妖気を感じるか?」
「うむ。どうやらそれなりのモノがいるようだな」
「……みてぇだな。だが、俺らや柚希の旦那の力がありゃあ、何とかなったりはしねぇのかぃ?」
「……それは分からない。この妖気の主の正体について何となく分かってはいるけど、まだ妖と戦ったりなんてしたことは無いからさ」
「まあそうだよなぁ……いくら、柚希の旦那や義智の旦那がえれぇ力持ってたとしても、いざとなりゃあ経験と知識が物を言うってもんだからなぁ……」
「まあ、そう一概には言えないけどな。ただ、もし戦闘にでもなったその時は……」
「ああ。たとえ同調をするとしても、現時点では我と風之真、そして黒銀とオルトくらいとなる」
「こころとアンは雷が苦手だし、雪花は力の制御の問題があっからなぁ……それに義智の旦那とオルトは戦闘向きってぇわけでもねぇ。
となると、俺と黒銀の旦那くれぇしかやりようがねぇからな」
「そういう事。だからできる限り話し合いで……」
その時、強い妖気を持った何かが俺達に向かって背後からゆっくりと近付いてくる気配を感じた。
「……これって……」
「……うむ、どうやら我らと接触を図ろうとしているようだな」
「……へっ、望むところでぃ。どんな
そしてそれから程なくして、道の先にゆっくりと近付いてくる何かが見え始めた。ソレは大きめの狼のような形をしており、その体に生えている灰色の体毛は微かな光を反射してピカリと光っていた。そして二本の前足と四本の後ろ足にはとても鋭い爪が備わっているものの、その足音はとても静かな物だった。
……あれは、間違いないみたいだな。
俺がその正体を確信している内に、そのモノは俺達へ向かってゆっくりと歩き続け、その内に俺達の目の前でスッと止まった。するとそのモノは、俺の顔をジッと見つめながら静かな声で話し掛けてきた。
「……この異様な強さの力の持ち主は
「異様な強さの力かは分からないけど、俺達は間違いなく何かしらの力を持ってるよ」
「そうか。汝らが悪行を働く輩であれば、少々キツい仕置きでもくれてやろうと思ったが、汝らからは悪意の類いはまったく見えんな」
「へっ、そりゃあ当然でぃ! 今はちっと雲隠れしちまってるが、あの暖かいおてんとさんが輝く下で、俺らが暗闇みてぇにくれぇ悪事なんざ働くわけがねぇんだからな!」
「……フッ、威勢の良い鎌鼬だな。私はそういった威勢の良い者は嫌いでは無いぞ?」
「へ、へぇ……そ、そうかい」
それは風之真としてはまさかの言葉だったらしく、風之真はいつものような言い回しが出来ずに、少々戸惑った様子を見せた。
うん……この様子を見るに、少なくとも俺達に敵意は無いみたいだし、まずは正体の確認からしてみるか。
そして、俺はそのモノに対して声を掛けた。
「えっと……ちょっと良いかな?」
「む? 何だ、人の子よ?」
「まず……お前は『
「うむ、その通りだ」
ソイツ──『雷獣』はコクリと頷きながら静かに答えた。
『雷獣』
東日本を中心にその姿が伝えられており、名前に『雷』と付いているように落雷と共に現れると言われている妖。伝えられている姿はその伝承や文献によって異なっており、現在では知名度も低い傾向にあるが、江戸自体においては非常に知名度が高かったと言われている。
……まあ、雷獣っていう名前ではあるけど、実際に雷を放ったりするわけでは無いみたいなんだよな。さて、次は……。
俺が雷獣に次の質問をしようとしたその時、風之真の腹からグゥーという音が聞こえてきた。そして俺達の視線が風之真に集中すると、風之真は恥ずかしそうに頭をポリポリと掻き始めた。
「す、すまねぇ……昼頃だからちょいと腹が減っちまって……」
「ふふっ、別に良いよ。空腹なんてのは仕方ないことだからさ」
小さく笑いながら風之真に言った後、俺はある事を思いつき、その考えを雷獣に話した。
「なぁ、雷獣。せっかくだから、家で昼飯を食べていかないか?」
「む……汝らの家でか?」
「ああ。お前がここにいる理由とか色々と訊きたい事があるからさ。……まあ、お前さえ良ければだけど」
「……そうだな。私も少々汝らに訊きたい事がある故、それとの等価交換と考えれば良いかもしれんな」
「だな。よし……それじゃあ家の中に入る前に、軽く自己紹介でもしておくか」
そして俺達は、雷獣に軽い自己紹介をし始めた。
「俺は遠野柚希、この家に住んでる小学二年生だ」
「我は白澤の義智だ。よろしく頼むぞ、雷獣」
「んで、俺は鎌鼬の風之真ってんだ! よろしくな!」
「うむ、よろしく頼む」
「ああ。よし、それじゃあ早速……」
そして俺はある事を確認するため、ドアノブを軽く回してみた。するとドアノブは途中で止まることなく、すんなりと回ったため、俺はそのままドアを前へと押し開けた。
「天斗伯父さん、ただいま戻りました」
中へと入りながら奥の方へと声を掛けると、居間の方から天斗伯父さんがひょこっと顔を出し、俺達の姿を確認すると、静かに微笑みながら答えてくれた。
「お帰りなさい、皆さん」
「うむ、戻ったぞ、シフル」
「ただいま帰りやした、天斗の旦那」
「ふふっ。はい、お帰りなさい」
そして俺達の後ろにいる雷獣の姿に気付くと、おやっという表情を浮かべながら俺に話し掛けてきた。
「柚希君、お客さんですか?」
「はい。すぐそこで出会った雷獣で、少し話をしたいことがあったので、昼食に誘ってみたんです」
「ふふっ、なるほど。そういう事でしたか」
天斗伯父さんは静かに微笑むと、雷獣へとゆっくりと近付き、目の前で止まると、穏やかな様子で自己紹介をし始めた。
「初めまして、雷獣さん。私は遠野天斗、柚希君の伯父です」
「うむ、よろしく頼む、天斗殿」
「はい、こちらこそよろしくお願いしますね」
天斗伯父さんは雷獣に向かってペコリと頭を下げた後、俺達の方へと向き直ってから声を掛けてきた。
「さて、それでは早速お昼ご飯にしましょうか。柚希君、義智さん、風之真さん。お手伝いをお願いします」
「はい」
「うむ」
「へい!」
天斗伯父さんに返事をした後、俺は雷獣の方へと顔を向けた。
「それじゃあ行こうぜ、雷獣」
「うむ」
そして俺は、皆と一緒に居間へと向かい、昼食の準備を始めた。
『いただきます』
昼食が出来た後、俺は他の皆も『絆の書』から出し、そして皆で挨拶をしてから昼食を食べ始めた。一応、居住空間に存在するお手伝いさん達の料理の腕はプロ級らしいんだが、『絆の書』の皆曰く、こっちで食べた方が美味いとの事だったので、こうして仲間が増えても皆で食べるようにしている。
まあ、その意見には俺も賛成だけどな。それに俺は学校での出来事とかを話して、『絆の書』の皆からは居住空間での出来事について聞ける分、食事の度に楽しくなれるからな。
昼食のカレーチャーハンを
「ところで柚希よ、私に訊きたい事があったのでは無いのか?」
「……え? あ……そういえば、そうだったな」
俺は雷獣の方に顔を向けた後、訊きたかった事を順々に訊き始めた。
「えっと、まずは……雷獣は何でこの街に来たんだ?」
「ふむ……その事か。
そうだな……強いて言うならば、旅の最中に異様な妖力を感じ取ったから、とでも言ったところか」
「旅の最中……?」
「ああ。私は元々、雷獣の一族が住む里の生まれでな、昔から一族の皆と共に平和に生活をしていた。だがある日、私はある事を思ったのだ。
『この里の外には一体何があるのだろう』
とな。
そして私はそれを確かめるべく、里の皆に別れを告げて、一人旅ならぬ一匹旅を始めたのだ」
「なるほどのぅ……そして、その最中に柚希の妖力などが入り混じった力の気配を感じ、柚希達と接触をしたというわけか」
「その通りだ。柚希から感じる力は、私達が持つ妖力とは少々違った雰囲気を醸し出していたので、それがとても気になっていたのだ」
「なるほどな」
雷獣が話してくれたその理由に、俺はかなり納得していた。それというのも、実は以前天斗伯父さんから俺の力の事についてある話を聞いていたからだ。
その話の内容はというと、俺の力は様々なモノ――妖力や魔力などを反発し合わないように混ぜ合わせているせいか、通常の力とは違う雰囲気を醸し出しているらしく、それを力の強いモノから関知されやすいので、できる限り注意をして欲しいという物だった。
たしかに俺の力や同調は何か……例えば悪事なんかに利用しようとすれば、かなり厄介なことになる物だからな。もちろん、俺自身はそういう事に力を貸す気は無いけど、何かの理由でそうせざるを得ない場合だって無いわけじゃない。それを避けるためにも、俺は力をしっかりと鍛えつつ、色々な知識を得る必要がある。だから、これからもその姿勢は変えずに頑張っていかないとな……。
自分自身の事を思い返し、改めて強く決心をしていると、雷獣が静かな声で話し掛けてきた。
「さて、今度は私の番だ。柚希よ、お前のその力やこの者達について、教えてもらえるか?」
「……ああ、分かった。実はな……」
そして俺は俺自身の事、義智達『絆の書』の事について説明を始めた。俺が説明を終えると、雷獣は静かに驚いた様子を見せた。
「転生者……『絆の書』……そして神や妖などの同居人……お前達のその様子を見るに、先程の話に嘘偽りは無いようだが、やはり俄には信じられん話ではあるな……」
「あはは……やっぱりそうだよな」
「ああ。だが先程も言ったが、お前の様子から嘘などで私を煙に巻こうとしている風に見えん。よって、私はその話を信じることとしよう」
「そっか……ありがとうな、雷獣」
「……別に構わん。私は私が正しいと感じた事をしたまでだからな」
雷獣は静かに言うと、まるでそっぽを向くように少しだけ顔を逸らした。するとその様子を見た風之真が、少しからかうような口調で雷獣に声を掛けた。
「おーやおやー? もしかして雷獣の旦那、柚希の旦那の言葉を聞いて、ちょいと照れてたりしてんじゃねぇのかぃ?」
「……風之真。その
雷獣の静かな怒りを込めた言葉を聞いて、こころとアンがビクッと体を震わせると、その様子を見た風之真が少し戯けた様子で返事をした。
「おっと、怖ぇ怖ぇ。俺に雷なんざ落ちちまったら、昼間っから
「……まったく」
雷獣が怒りを収めると、こころとアンはホッとした様子で小さく息をついた。
やれやれ……後で風之真にはちょっと注意をして、こころとアンには雷獣は別に雷を放ったりする奴じゃないって言っておくかな。
雷獣達の様子を見ながらそんな事を考えていると、天斗伯父さんがチラッと壁掛け時計に視線を向けた。そして、時間を確認し終えると、食べ終えた食器を手に持ちながら俺達に声を掛けた。
「それでは私は、そろそろ会社に戻りますね。柚希君、義智さん、こころさん、黒銀さん。後片付けはお願いしてもよろしいですか?」
「あ、はい。もちろんです」
「働かざる者食うべからず。今の場合は先に食してはいるものの、この言葉には従うべきだからな」
「ふふっ、そうですね♪」
「天斗よ、後片付けは儂らに任せ、お主は己の職務を全うしてくると良い」
「分かりました、ありがとうございます」
天斗伯父さんはペコリと頭を下げた後、台所へ食器を置きにいった。そして居間に戻ってくると、ソファーに置いていた鞄を手に取り、俺の方へ顔を向けた。
「さて……柚希君、学校で疲れているかもしれませんが、今日も合気道の練習、頑張ってきて下さいね?」
「はい、もちろんです。天斗伯父さんも午後からの仕事、頑張ってきて下さいね」
「ふふ、もちろんです」
俺の言葉に天斗伯父さんは穏やかな笑みを浮かべた後、背後に銀色の扉を出現させながら俺達に声を掛けた。
「それでは皆さん、行ってきます」
『行ってらっしゃい』
雷獣を含めた俺達の声の揃った言葉を聞き、天斗伯父さんはコクンと頷いた後、背後の扉をゆっくりと開けて、そのまま扉の向こうへと消えていくと、それと同時にドアも徐々に消えていった。
……うん、この光景を見る度に、やっぱりあのドアを思い出すな。
前世のアニメで見た某猫型ロボットのドアの事を思い出した後、俺は皆の食器が空になった事を確認し、皆に声を掛けた。
「さてと……それじゃあ挨拶をした後、早速後片付けをしちゃうか」
俺の言葉に皆がコクンと頷いた後、俺は皆と一緒にいつもの挨拶を口にした。
『ごちそうさまでした』
そしてその言葉と同時に、俺はすぐに役割分担をし、皆と一緒に昼食の後片付けを開始した。
昼食の後片付けが済んでから少し経った午後3時前、外が綺麗に晴れ渡っている中、俺は合気道の道着などを詰めた鞄を傍らに置き、長谷が来るのを待ちながら居間のソファーに座り読書をしていた。
……そういえば、雷獣はこれからどうするのかな?
俺はその事が少し気になり、窓際で日向ぼっこをしている雷獣に声を掛けた。
「なぁ、雷獣。お前はこれからどうするかは決めてるのか?」
「ふむ……特に決めてはいないが、おそらくまた別の地にでも赴く事になるだろうな」
「そっか……それじゃあちょっと寂しくなるな」
「……まあな」
雷獣は静かに答えた後、何かを考えるように少しだけ俯いた。そしてそれからすぐに顔を上げると、俺の顔をジッと見ながら静かに口を開いた。
「……柚希よ、お前の合気道の修練に付いて行っても良いか?」
「え、それは別に良いけど……どうしたんだ?」
「……なに、少々お前と共に歩きたいと思ったからに過ぎん。それにお前の話していた長谷という友垣に少々興味を引かれたからな」
「そっか……うん、分かった。けど、長谷には義智の事とかは話してないから、妖力で姿は隠してもらうぞ?」
「承知した。その程度であれば、私には造作もない事だからな」
「ははっ、そうだろうな」
雷獣の言葉に俺が少し笑いながら返事をしていたその時、長谷の気がゆっくりと近付いてくるのを感じた。転生特典の一つである『気や波動を感じる事が出来る能力』は、意外と感知できる範囲が広いため、こういった使い方の他にもかくれんぼの時などにも使える。
もちろん、これに頼るのが
……っと、いかんいかん。とりあえず鍵は持ってるから、後は義智達に声を掛けていかないと。
俺は読んでいた本と『絆の書』をバッグへとしまった後、ソファーからゆっくりと立ち上がってバッグを背おい、壁を挟んだ向こうにある和室へ向けて歩いた。そして和室の襖を開いた後、縁側で瞑想中の義智と雪花、そして琴の調律をしている黒銀に声を掛けた。
「それじゃあ俺は行ってくるけど、念のために玄関の鍵は閉めていくからな」
「……うむ、承知した」
「……うん、了解」
「柚希や天斗がいない間、儂らで風之真達の様子は見ておくから、柚希はしっかりと修練に励んで来い」
「うん、ありがとう。それじゃあ行ってきます」
『行ってらっしゃい』
義智達の返事を聞いた後、俺は和室の襖をゆっくりと閉め、傍らの雷獣へ声を掛けた。
「さて……それじゃあ行くか」
「うむ」
そして、雷獣と一緒に玄関に向かおうとしたその時、インターホンのピンポーンという音が聞こえてきた。
……おっ、ナイスタイミングだな。
そんな事を思いつつ、俺は玄関のドアをガチャッと開け、予想通りの来訪者に声を掛けた。
「さっきぶりだな、長谷」
「ああ、そうだな、遠野」
俺の言葉に長谷がフッと笑いながら答えていると、雷獣が妖力を通じて俺に話し掛けてきた。
『ふむ……この少年が長谷泉貴か』
『ああ。俺と同い年とは思えないほど、大人びた奴だよ』
『……柚希も転生者という事を知らなければ、他人からはそう見られていると思うが?』
『そうか? 俺自身はそうは思わないけど……』
『……まあ、良い。さて、私から話を振っておいて悪いのだが、そろそろ向かった方が良いのではないか?』
『ん、そうだな』
そして俺は道着や『絆の書』が入った鞄を背負い直した後、長谷に声を掛けた。
「さて……それじゃあそろそろ行くか」
「そうだな」
俺は靴を履いて長谷と一緒に外へ出た後、家の鍵をしっかりと掛け、長谷や雷獣と話をしながら合気道の道場へと向かった。
「それじゃまた明日な、長谷」
「ああ、じゃあな、遠野」
合気道の練習も終わり、行きと同様に話をしながら長谷の家の前まで来た後、長谷は俺と言葉を交わすと、家の中へと入っていった。
合気道の道場がある場所からは、俺の家よりも長谷の家の方が近いんだが、長谷が学校に行く時と同じように話をしながら行きたいというので、行きの時は今日みたいに長谷が迎えに来てくれることになっている。
正直、かなり申し訳ない反面、それと同じだけ嬉しかったりするんだけどな。
そんな事を思い、ふふっと小さく笑った後、俺は傍らの雷獣に声を掛けた。
「さてと、俺達もそろそろ帰るか」
「うむ」
そして俺達は少し薄暗くなった道を話をしながら歩き始めた。
「雷獣、今日俺と一緒に行動してみてどうだった?」
「そうだな……私としては、とても楽しい一日だったと思っている」
「そっか、なら良かったよ」
「うむ。私は今まで人間と共に行動をする事が殆ど無かったからな……今日で人間に対しての印象が少し変わったような気がするぞ」
「人間に対しての印象か……やっぱり妖サイドから見れば、人間ってあまり良い印象を持ってなかったりするのかな?」
「妖によりけりだな。古来より人と接してきた妖共ならば、人の良い面も悪い面も知っているだろうが、私のようにあまり人とは関わっていない妖などは、他の妖からの伝聞で判断せざるを得ないからな」
「そっか……」
言われてみれば、雷獣について伝えられてる話の中には、雷獣を飼ったとか食べたとかっていう話はあっても、他の妖──例えば天狗とか河童の話にあるようなしっかりとした交流をしたっていう話は聞いたことが無いかも。
でもそれは、雷獣自体が人型をしていないからとかだけじゃなく、昔や今の人達が感じている雷や異様なモノに対しての恐れとかも関係してるのかもしれないな……。
雷獣の話からそんな事を思いつつ、一緒に道を歩いていたその時、雷獣がふいに立ち止まった。
「ん、どうした?」
俺が不思議そうに訊くと、雷獣はとても真剣な表情を浮かべながら俺に話し掛けてきた。
「柚希よ。私をお前達の仲間に加えてはもらえないか?」
「え……それは別に良いけど、いきなりどうしたんだ?」
「……今日、お前達と過ごして、私はある事を感じたのだ。私は元々、様々な物を見るためにこうして旅を始めた。しかし、私が今まで見てきた中で、お前達のように人間と妖などが協力し、まるで同じ種のように楽しげに語らう様を見た事が無いとな」
「……そうかもしれないな。昔ならいざ知らず、今は妖とかの存在を信じてる人や妖達が視える人も少ないしな。それに、例え視えたとしても、恐怖を抱いて逃げたり何かに利用しようとしたりする奴がでるかもしれないからな」
「その通りだ。昔は至る所に『陰』や『闇』といった物があり、それを介して私達のようなモノは人間と時には交流を図り、また時には襲い掛かったりなど様々だった。しかし今は……」
雷獣は道に設置されている街灯などに視線を向けた。
「……仕方の無いこととは言え、このように存在していた『陰』や『闇』は消え失せ、そして妖の住処ともなっていた山や海も穢れ崩れ、妖としての姿を隠し人間の中に住むモノや別の地へ去るモノもいる」
「……ああ、こころの一族もそうだったからな」
「だが、お前達は特殊な関係性であるとは言え、お互いに思い遣り、高め合い……種は違えど同じ一族のように、家族のように触れあっている。だから、そんなお前達の事をもう少し踏み込んで見てみたい、と私は感じたのだ」
「雷獣……」
種は違えど家族のように、か……。確かにそうかもしれないな。種族も歳も育った環境も違うけど、俺達はお互いの過去などを受け入れて、こうして過ごしてる。それに今日だって……。
俺は今日の昼食の時などの事を思い出した。義智と黒銀はいつものように少し難しい話をしていたり、風之真はこころとアンと一緒に雨の様子を眺めていたり、雪花は力の制御の練習もかねてオルトと触れあっていたりしていた。
そして、雷獣も義智達の話に加わっていたり、風之真達に色々な事を教えていたり、雪花達の様子を興味深そうに眺めていたりと、もう既に家族のように触れあっていたように見えた。
……だったら、もう答えは見えてるよな。
俺はニッと笑った後、言葉を続けた。
「雷獣、お前はもう俺達の仲間だよ」
「……え?」
「一緒に昼食を食べたり、色んな話をしたり……俺はそうやって一緒に何かをしたり、一緒に楽しんだりするだけでも友達や仲間になれると思ってる。……だからさ、雷獣。俺は……いや、『絆の書』の皆も天斗伯父さんもお前の事をもう仲間だと感じてるよ」
「一緒に何かをしたり、楽しんだりするだけで仲間……か」
俺の言葉を静かに繰り返している雷獣に、俺はクスッと笑いながら声を掛けた。
「ああ。だから──」
俺は雷獣に右手を差し出しながら言葉を続けた。
「これからよろしくな、雷獣」
「柚希……ああ、こちらこそよろしく頼む」
雷獣はフッと笑いながら俺の言葉に答えつつ、俺と握手を交わした。その瞬間、少しだけビリッとした気がしたけど、俺はそのまま握手を続けた。
さて、今度は……。
そして握手を終え、鞄から『絆の書』を取りだそうとしたその時、俺はある事を思い出した。
「そういえば……お前の名前ってなんて言うんだ?」
「……名か。私の一族は個々に名を付けない一族のため、私個人の名という物は無いな」
「そっか。……あ、それじゃあ俺が付けても良いかな?」
「柚希の名付けか……そういえば黒銀とアンとオルトの名付けは柚希がしたのだったな。わかった。よろしく頼むぞ、柚希」
「ああ、任せてくれ」
そして俺は雷獣の名前を考え始めた。
さて、どうしたもんかな……黒銀達みたいに見た目とか名前を使ってみるのも良いけど……。
考えながら雷獣の事をジッと見ていたその時、俺はある事に気付いた。
……そっか、雷獣の見た目はこれだから、これ系統の特徴とかを使って……。
そして少し考えた後、俺は一つの名前を思い付き、雷獣に声を掛けた。
「雷獣、一つ名前を思いついたんだけど、聞いてみてもらっても良いかな?」
「ああ、もちろんだ。……して、どのような名前なのだ?」
「それはな……『
「ほぅ……雷牙か」
「ああ、雷獣の『雷』と雷獣の見た目が狼みたいだから、狼の大きな特徴の『牙』をくっつけて雷牙だ」
「なるほどな……うむ、私は良い名だと思うぞ」
「ふふ、ありがとうな。それじゃあ改めて……」
そう言いながら俺は雷牙に再び右手を差し出した。
「これからよろしくな、雷牙」
「……うむ、こちらこそよろしく頼むぞ、柚希」
俺達が再び握手を交わすと、また手がビリッとした気がした。
……まただ。まあ、それは一度置いておいて……。
俺は握手を終えた後、今度こそ『絆の書』を取りだし、空白のページを開いた。
「それじゃあ頼むぜ、雷牙」
「うむ」
そして俺と雷牙は空白のページに手と前足を置いた後、それぞれの力を『絆の書』へ流し込み始めた。
……ぐっ!?
いつものように体の奥から魔力が腕を伝って、手のひらの穴から『絆の書』へ流れ込むイメージが頭の中に浮かんだが、何故かいつもよりも疲労感を覚えている気がした。
……あ、そうか。いつもは休みの日とか疲れがあまり無い時にやってたけど、今日は合気道の練習の後だからこんなに疲れを感じてるんだ。……でも、だからと言って止めるわけにはいかない。だから……!
俺は疲労感を感じながらも集中して魔力を流し込み続けた。そして、必要な量が流れ込み終えた瞬間、体の力が急に抜けそのまま道路へと倒れ込んでいきかけたが、俺はすぐに首に掛かっている『ヒーリング・クリスタル』を握り込みながら魔力を注ぎ込んだ。
その瞬間、体が感じていた疲労感などが少しだけ和らぎ、体の力も少しだけ戻ったため、足に力を加えることで何とか倒れずにすんだ。
ふぅ……危ない危ない。……けど、こういう場合も考慮して、『ヒーリング・クリスタル』に力を溜め込んでおける能力を備える必要もあるのかもしれないな……。
『ヒーリング・クリスタル』に対しての新たなアイデアを思い付いた後、俺は『絆の書』へと視線を移した。するとそこには、周囲に雷が轟く中で雄叫びを上げている雷牙の姿と雷獣についての詳細が浮かび上がっていた。
よし……成功だな。
そして俺は、雷牙のページに手を置き、魔力を静かに注ぎ込んだ。その瞬間、いつものように雷牙のページから光の球が浮かび上がり、俺の隣へふわふわと移動した後、雷牙の姿へゆっくりと変化し、光が消えた頃には少し興味深そうな表情を浮かべた雷牙の姿があった。
「……なるほど、あれが居住空間という物か」
「ああ。それで、どうだった? 居住空間に行ってみた感想は」
「うむ。義智らの話の通り、とても住み良い環境であった」
「ははっ、それなら良かったよ。さてと……それじゃあそろそろ家に帰ろうぜ、雷牙」
「ああ」
そして俺は新たな仲間である雷牙と一緒に、家に向かって歩き始めた。
あ、そういえば……。
その時、俺はある事を思い出し、雷牙に話し掛けた。
「なぁ、雷牙」
「……む? 何だ、柚希よ」
「雷獣って雷と一緒に現れるとは言われてるけど、別に雷を操ってるわけではないよな?」
「そうだが……それがどうかしたのか?」
「いや……お前と握手した時にさ、ちょっとビリッとした気がしてな」
「ビリッと……か。……ふむ、言われてみれば、体の奥の方に何やら感じた事の無い力を感じるような気がするな……?」
「感じた事の無い力……」
その言葉を聞いた瞬間、俺はある仮説を思い付いた。
「雷牙、黒銀が今みたいに人間の姿を取ることが出来るようになった理由は聞いたよな?」
「ああ。あの家に巡っている力と黒銀自身の妖力が反応し合った結果……」
その瞬間、雷牙は何かに気付いた様子を見せた。
「……まさか、そういう事か……?」
「ああ。多分だけど、雷獣が雷と一緒に現れる時に、気付かない程度の量の電気が体に溜まってるんだ。そしてそれが、家に巡っている力と反応し合った事で、本来備わるはずがない雷の魔力みたいな物が雷牙の中に生まれたんだと思う」
「なるほどな……しかし、それだとこころ達が……」
「……うん。だから、雪花みたいに力の強化と制御のための修行が必要になるな」
「うむ……こればかりは仕方がないだろうな」
「ああ。まあ、俺もまだまだ修行が必要だし、一緒に頑張っていこうぜ、雷牙」
「……うむ、そうだな」
そうやって微笑み合った後、俺達は薄暗い道を少しだけ明るい気持ちで歩きながら帰途についた。しかし家に帰った後、皆に雷牙の事について話した結果、こころとアンが少しだけ雷牙に近づく時に用心をし始め、それをどうにかするために雷牙が修行を頑張り始めるんだが、それはまだ別の話。
政実「第6話、いかがでしたでしょうか」
柚希「今回は他作品ネタとかオリジナル要素とかが割と出て来た回だったな」
政実「うん。原作の方は他作品の名前とかを普通に出してたりするけど、流石にそこまでは出来ないから、作中みたいに『某~』とか軽い表現に留めてるよ」
柚希「それが良いだろうな。そして最後に、この作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと……それじゃあそろそろ締めようか」
柚希「だな」
政実・柚希「それでは、また次回」