柚希「どうも、遠野柚希です。お月見か……しっかりととは言え、住んでる場所の事とかもある上、必ず満月になるわけじゃないんだし、思ってるような形になるとは限らないぞ?」
政実「そうなんだよね……でも、出来る限り自分の思ってるようなお月見になるように頑張るつもりだよ」
柚希「そっか……まあ、健闘を祈ってるよ。さてと、それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・柚希「それでは、第8話をどうぞ」
少し涼しくなってきた中、風で舞う落ち葉によって赤や黄色のカーテンが各地に出現する季節、秋。そんな秋の日の事、教室内がクラスメート達の話し声で満ちていたその時、教室の前方にあるドアがガラガラガラッという音を立てると、一人の先生が少し緊張した面持ちで教室内へと入ってきた。そしてその瞬間、教室内はシーンとなり、俺達の視線は先生へと集中した。
あの先生は……たしか今年新任で入ってきたもう一人の先生だったっけ……。
そんな事を考えている内に、先生は静かに教室内に入ってくると、そのまま教壇の前に立ち、俺達の方を向いた後、一度深呼吸をした。そしてそれによって緊張が
「えーと……皆さんももう知っているかもしれませんが、このクラスの担任を務めて頂いてた先生は、先週末を以て、正式に先生をお辞めになりました。そして今日まで色々な先生に担任を務めて頂いていましたが、今日から私がこのクラスの担任を務めることになりました。
私は今年先生になった事もあって、まだ色々と未熟ですし、失敗する事も多いと思います。……ですが、短い間とはいえ、皆さんの事をちゃんと知って、皆さんの学校生活がとても楽しい物になるように頑張って行くつもりです。こんな私ですが……皆さん、どうぞよろしくお願いします」
話が終わり、先生が深々と一礼をしたその時、バラバラと教室の至る所から拍手が起こり、すぐに俺達全員が先生へ向けて拍手を送った。そしてその俺達の様子を見ると、先生はとてもホッとした様子で見せた。
……まあ、この先生ならこの前みたいな事にはならなそうだしな。
拍手を続けながら、横目で後ろに座っている長谷の様子を窺うと、長谷はとても真剣な表情を浮かべながら拍手を送っていたが、その表情からは先生に対しての嫌悪感などは一切感じられなかった。
……うん、どうやら長谷もこの先生には嫌な感じを抱いたりはしてないみたいだ。
長谷の様子に少しだけホッとしている内に、皆は徐々に拍手を止めていった。そして完全に拍手が止んだ時、先生はニコッと微笑みながら机の上に置いていた出席簿を開いた。
「それではこれから出欠を取りますので、名前を呼ばれた人は返事をして下さいね」
『はい』
俺達が声を揃えて返事をすると、先生はとても明るい声で俺達の出欠を取り始めた。さて、それでは何故、俺達のクラスの担任の先生が変わることになったのか。その事についてこれから話していくことにしよう。
雪村達との肝試しや夕士達と行った夏祭りなどがあり、とても充実していた夏休みが終わってから少し経った頃、俺達のクラスに
しかし、俺達の担任だった新任の先生はその虐めをとても大きな事件であると受け止めたらしく、ある日の帰りの会の最中にその虐めの事を話題にした。その話の中で、先生はとても真剣に虐めという物の愚かさやクラスメート同士が仲良くする事の大切さについて説き始め、その表情からはクラスメート同士を絶対に仲良くしてみせるといった確固たる思いのような物が見て取れた。
俺はその話を聞きつつ、
『全員が絶対に仲良くなるなんてそう簡単に出来る物じゃないだろ』
と、そう思いながら後ろに座っている長谷の様子を窺ってみた。
すると、長谷はとても真剣な様子で話を聞きながら、とても冷たい
そして俺達が静かに話を聞いてる事で、先生の表情がとても嬉しそうな物に変わったその瞬間、先生は
『これからはみんなで仲良くしましょうね』
という禁断の言葉を口にしてしまった。
それを聞いた時、俺がこれから起きるであろう事に対して覚悟を決めていると、長谷がおよそ小学生が出さないであろう冷たい声で先生の事を呼んだ。
しかし先生はその長谷の静かな怒りには気付いていない様子で、笑顔のまま長谷に対して何かあったのかを訊いた。
すると長谷は静かに席を立ち、
『何故みんなで仲良くしなければならないんですか』
と、教室の温度が下がりそうな程、冷たい声を出した。
その瞬間、先生は一瞬だけ絶句した様子を見せたが、すぐにさっきまで笑顔に戻すと、皆で仲良くする事の良さなどを話す事でそれを長谷への返事にしようとした。
しかし長谷はその言葉で更に怒りを強めたらしく、先生の話が終わると、
『仲良くしたくなければしなくても良いじゃないんですか』
と、教室中が凍り付きそうな程、冷たい声を出しながら、先生の事を同じだけ冷たい眼差しで見た。
その瞬間、先生は自分が話した事にそんな言葉を返される、それも生徒である小学2年生から返されるとは思っていなかったらしく、どうしたら良いのか分からない様子で、しどろもどろに言葉を口にするだけだった。
そしてその先生の様子を見た瞬間、長谷がとても深いため息をつくと、長谷達の様子をおろおろしながら見ていた俺と夕士以外のクラスメートの表情に微かな恐怖の色が見えた。その様子を見て、俺と夕士が静かに苦笑いを浮かべていると、長谷はすっかり場の空気を支配した様子で、
『先生、仲良くしろと強要しないでくれませんか』
と、一見柔らかいようだが、その実とても冷たく厳しい口調で先生に話し掛けた。
先生は長谷の言葉や様子にすっかり
その瞬間、長谷の波動の中にあった先生への
『それは大人の勝手な都合です。
俺達をそんな事で縛ったり振り回さないで下さい』
と、先生の事を突き放すような声で言い放った。
すると先生は一瞬だけポカーンと呆けていたが、徐々にその眼に涙が溜まり始めた。そして先生の表情が悲しみで歪み、口から徐々に声が漏れ出したその時、先生は教卓に突っ伏しながら声を上げて泣き出してしまった。
その先生の姿には教師としての自信などは無く、自分の気持ちを理解して貰えないといった事や小学生の言葉に対して充分な返事を出来ない自分自身への不甲斐なさといった悲しみなどが見て取れた。
長谷はその様子に視線を向けていたが、一度小さく息をついた後、冷たい声のままで今度は虐められていた生徒の名前を呼んだ。
それから程なくして、泣き声を聞きつけた先生達が俺達のクラスへと駆けつけてきたが、その目に入ってきたのが、声を上げて泣く先生と生徒、そしてそれに冷たい視線を向ける長谷や俺達以外の生徒達がどうしたら良いか分からずにおろおろしている様だったため、先生達こそどうしたら良いのか分からずに困惑していたのは想像に難くないだろうし、実際にその通りだった。
その後、先生の一人が俺達に帰って良いことを伝えると、何人かの先生は泣き出してしまった先生と生徒を何とか落ち着かせようとし、他の先生は長谷を連れて職員室へと戻っていったため、俺と夕士以外の生徒達は困惑しながらもバラバラと帰って行った。
因みに俺と夕士は長谷の事を教室で待とうとしていたが、先生の一人から今日の所は大人しく帰って欲しいといった事を言われてしまったため、俺達はその日は大人しく帰ることにした。
尚、この事を天斗伯父さんや『絆の書』の皆に伝えたところ、その表情などはそれぞれ違ったものの、一様に長谷らしいやり方だといった事を口にしていた。
そして翌日の朝のホームルームで、先生がしばらく休むため、その間の担任は持ち回りで行うことを告げられ、その期間中は少しだけ変わった学校生活となった。
そして泣き出してしまった先生はというと、あの出来事によって教師としてやっていく自信と周囲からの信頼をすっかり失ってしまったらしく、休職してから今日に至るまで一回も姿を見ることが無かった。
因みに虐められていた生徒はその出来事があった後、虐めていた生徒達としっかりと和解したらしく、仲良く話をしている所をよく見るようになった。もっとも、長谷の事は未だに怖いみたいだが、何とか仲良くなりたいらしく、まずは話し掛けるところから始めようとしてる様だった。そしてそんな学校生活を送り、約一ヶ月が経った今日、ようやく冒頭の部分へと繋がるわけだ。
さて、この先生との学校生活はどうなることかな……。
出欠を取り終えた後の先生の話を聞きながら、俺は静かにそんな事を考えていた。
「新しい先生、何だか良さそうな感じだったよな」
その日の放課後、俺と長谷の合気道の練習が休みだったため、俺達が話をしながらのんびりと帰路についていると、夕士がそんな事を言ってきた。
まあ朝も思ったけど、あの先生ならあの出来事みたいな事にはならなそうだし、良さそうと言えばそうかもしれないな。
俺は改めてそう思った後、夕士の言葉に返事をした。
「……まあ、そうだな」
「へへっ、だよな。……そうだ、長谷はあの先生の事はどう思うんだ?」
夕士が長谷に訊くと、長谷は少しだけ考え込んだ後、落ち着いた様子で返事をした。
「まあ、あの教師よりはマシだとは思うが、今のところは良い教師だと断言する事はできないな」
「そっかぁ……」
長谷の答えに呟くような声で返事をした後、夕士はふと何かを思い出した様子で長谷に話し掛けた。
「そういえば、今日まで何となく聞きそびれちゃってたけどさ、長谷は何であの時にあんな感じの言い方をしたんだ?」
「……というと?」
「いや、あの時は長谷らしいとは思ったんだけどさ、後でゆっくり考えてみたら、長谷ならもっと違う方法も取れたんじゃないかなと思ったんだよ」
「……ああ、そういう事か。答えは簡単だ、これ以上あんな甘っちょろくて青臭い奴に教えられるなんてウンザリしたから追い出してやった。それだけだ」
長谷がしれっと言ったその言葉に夕士は一度キョトンとしたが、すぐに楽しそうな笑い声を上げ始めた。
「あははっ! なーんだ、結局長谷らしい理由だったんだな」
「当然だ。それに俺は、あんな歳を食っただけの奴を大人とは認めない。あの教師に教えられるくらいなら、自主学習でもしてた方がマシだからな」
夕士の言葉に長谷はいつも通りの調子で返事をした。
……まあ新任だったとはいえ、俺もあの先生はちょっと嫌だったし、今回の件に関しては長谷に感謝かな。
そんな事を考えていたその時、俺はある事を思い出したため、今度はそれを話題にしてみることにした。
「……ちょっと話は変わるけど良いか?」
「もちろん良いけど、どうしたんだ?」
「雪村から聞いた話なんだけどさ、最近長谷のファンクラブを作ろうとしてるグループがいるらしいんだけど、その中心にいるのがどうもウチのクラスの女子らしいんだってさ」
「え……そうなのか?」
「ああ」
不思議そうに訊く夕士に対して、俺は静かに返事をした。そう、あの一件でどうやらウチのクラスの女子の大半が長谷のファンとなったようなのだが、実はそれだけではなく、その女子達が中心となって長谷のファンクラブを立ち上げようとしているらしいのだ。
とは言うものの、あの一件があった後、しばらくの間は長谷の事を見る女子の眼に微かな恐怖の色が見えていたことは間違いない。
しかし、クラスの女子達はその時の長谷の姿にどうやら恐怖以上にカッコよさを見出し、他のクラスの女子のようにすっかり長谷のファンになってしまったようで、元々の長谷のファンである他のクラスの女子を巻き込んで、自分達を中心とした長谷のファンクラブを作ろうと目論んでいるらしい。
あの一件があってもこういった事が起きるのは、やはり長谷が持つカリスマ性や雰囲気などに
……まあ、男子の中にも長谷を手本にしたいって言ってる奴もいるらしいし、当然と言えば当然なのかもしれないな。
そんな事をぼんやりと考えていた時、夕士が空を見上げながらポツリと呟いた。
「そっか、ファンクラブかぁ……」
「なんだ、稲葉。お前もファンクラブが欲しいのか?」
「あ、いや……別にそういうわけじゃないんだけどさ、ただファンクラブが実際に出来るとしたらどういう気持ちになるのかなと思ってな」
「どういう気持ちになるか、か……」
夕士の言葉を聞き、長谷は少しだけ考え込んだ後、いつも通りの調子で言葉を返した。
「出来ること自体は別に何とも思わない。ただ、ソイツらが何かしらの問題を起こしたりしないか、それだけが心配だな」
「問題を、起こす……?」
「ああ。何かに固執した人間ってのは、自分とは違う者に対して過剰に反応し、時には危害を加えようとする事もあって、しかもそういうのは、大抵本人の
まあ、宗教なんかが良い例だな。熱心に布教して、ソイツらにとってのありがたい教えを守ってるだけなら問題は無い。ただ、その熱心さが暴走すると、自分達の教えを守らない奴とか一般人に対して『救う』っていう名目を掲げて危害を加えたり、他の宗教の事を邪教扱いした挙げ句、戦争みたいな争いを起こし始める。
「長谷……」
「……まあ、小学生の女子が立ち上げるファンクラブ程度なら、そこまでの事は起きないだろう。ただ……この前の虐めの問題、あれもほんの些細な事が
「……そういや、そうだったな」
「つまり、ファンクラブを立ち上げるだけならまだ問題は無い。
ただ、立ち上げた後にメンバー達がしっかりとした活動を出来るようにまとめられるリーダー的な存在、または
「そっか……」
長谷の言葉を聞き、夕士が呟くような声で答えた。人間の暴走、その種類は様々ではあるけど、その多くは最終的に悲劇を招くことになる。そしてそれは俺達にとって、決して他人事なんかじゃない。自分達も一歩間違えばそういった事を起こしてしまうし、そして何より俺や夕士はいずれそういった人間が暴走した結果の出来事に遭遇してしまうからだ。
……その時、俺はしっかりとその事を受け止めたり、解決したり出来るかな……?
遙か先の未来で待っているその出来事について考え、俺が少しだけ不安を感じていたその時、長谷が突然フッと笑いながら俺達に話し掛けてきた。
「まあ、お前達はそういうファンクラブを作るとか欲しいとかみたいな事は無さそうだから問題は無いな。特に……遠野なんかは」
「……え、俺?」
「ああ。だってそうだろ?
遠野には『あの子』がいるから、そういうファンみたいなのは必要ないだろうし」
「いやいや……金ヶ崎とはそういうんじゃ……」
その瞬間、長谷のニヤッとした顔を見て、俺はしまったと思った。
あ、これはマズい……早めにどうにか話題を変えないと……!
俺がどうにか話題を変えようと、適当な事を話し始めようとしたが、長谷の眼がキラリと輝いた瞬間、長谷は少しからかうような口調で話し掛けてきた。
「おや……? 俺は『あの子』とは言ったが、一言も『金ヶ崎』とは言ってないけどなぁ?」
「あー……えーと、それはな……」
「あ……もしかして、あの肝試しの日以降に『何か』あったんじゃないか?」
「い、いや本当に何もないぞ、うん……!」
くっ……! 流石は長谷だ……! この人の付けいる隙を見逃さない洞察力と話術、そして赤ん坊の時からお父さんに帝王学やら社会の裏やらを教わってるだけのことはある……!
長谷のその実力に少しだけ怯んだものの、俺はすぐに気持ちを切り替え、心の中でニヤッと笑った。そう、実際に何もないからだ。
あの日以降、廊下で会った時に挨拶や会釈をするようになったくらいで、雪村の時みたいに一緒に何かをしたり、話をしたりする事は一切無かった。
ふっ……ここまでの攻めたて方は見事だったぞ、長谷。だがな、これ以上攻めたところで得られるものは何も無い……! さぁ……来るなら来い! 空虚な守りという物の力を見せてやる!
俺が長谷からの追求に対して自信満々に構えていたその時、俺は思いもよらぬ方向からの砲撃を受けることとなった。
「あ……そういえば、この前雪村が言ってたんだけどさ、雪村のクラスの女子が俺達の話をしてた時に、柚希の名前が出た瞬間に金ヶ崎の顔が少しだけ赤くなってたらしいぜ?」
「ほう、それはそれは……」
夕士からの情報を聞いた瞬間、長谷は更に面白そうな様子でニヤリと笑った。
夕士……! お前、何て最悪のパスを渡しちゃったんだよぉ……!
その夕士からの情報に俺は心の中で頭を抱えた。そしてその後、更なる長谷からの追求を何とか躱しつつ、俺は夕士達と一緒に各々の家に向かって歩き続けた。
途中で夕士達と別れ、無事に家の前に着いた瞬間、俺は今まで感じた事が無いほどの疲労感に襲われた。と言うのも、あれから長谷からの名刀のような鋭い切れ味の追求に対し、舞い落ちる葉のようにひらりひらりと躱すために、俺はいつもよりも精神を磨り減らしていたからだ。
「はぁ……本当に疲れたぁ……」
深い深いため息をつきながら独り言ちた後、俺はランドセルの中から『絆の書』を取り出した。そして義智のページを開いた後、静かに魔力を注ぎ込んだ。その瞬間、『絆の書』からいつものように光の玉が浮かび上がり、俺の横へふよふよと移動すると、徐々に義智の姿を形成していった。そして完全に姿を現した時、義智は俺の様子を見て、やれやれといった様子で声を掛けてきた。
「……柚希よ。長谷だけでなく、夕士にも注意を払うべきであったな」
「……ああ、そうだな」
義智からのその言葉に何とか返事をした後、俺は家のドアを開けて中へと入った。
「天斗伯父さん、ただいま帰り……」
俺が奥の方にいるであろう天斗伯父さんに向かって声を掛けようとしたその時、和室の方から何やら楽しげな笑い声が聞こえてくると同時に天斗伯父さんとは別の神力みたいな物も漂ってきていた。
……まさか、このパターンって……。
「義智……」
「……ああ。だが、この神力はもしや……」
「……義智、何か心当たりでもあるのか?」
「一応は、だがな」
「そっか……」
義智の言葉に答えつつ、漂ってきている神力に対して、俺は少しだけ緊張をしていた。このパターンは去年の七夕の時のアン、そして秋の時のオルトと同じパターンではある。けれど……今回漂ってきているのは『魔力』ではなく『神力』。つまり、和室にいるのは神または神に近いモノという事になる。
俺はこの気持ちを落ち着けるために一度深呼吸をした。そして気持ちが落ち着いた事を確認した後、俺は義智とアイコンタクトを交わしてから和室へと向かった。そして襖の閉まっている和室の前に立った瞬間、俺は天斗伯父さん達の神力を感じたが、それに対して出来る限り動じないようにしながらゆっくりと襖を開けてみた。すると、そこには思っていたよりも平和な光景が広がっていた。
「ふふ、なるほど、そういう事だったんですね」
「ええ、どうやらそういう事だったらしくて」
畳の上に敷かれた座布団に座って楽しそうに笑いながら話をしている天斗伯父さんと少し大きな白い兎、そしてその兎の影に隠れている小さな白い兎の姿だった。
……白い、兎……? でも神力を感じるって事は、もしかして……。
俺がその兎の正体について、大体の予想を立てていたその時、突然天斗伯父さんがゆっくりとこちらの方を振り返り、俺達の姿を見て穏やかな笑みを浮かべながらコクンと頷いた。俺はそれに頷いて答えた後、義智と一緒に静かに和室へと入っていった。
するとその瞬間、大きな白い兎の鼻がピクリと動いたかと思うと、ゆっくりと俺達の方へと振り向いてきた。
「……おや、こちらの方はもしや……?」
「ええ、先程お話しをした柚希君です」
白い兎のその言葉にクスッと笑いながら答えた後、天斗伯父さんは穏やかな笑みを浮かべながら俺に話し掛けてきた。
「柚希君、この方々がどなたか、分かりますか?」
「あ、はい。たぶんですけど……」
そして俺は、白い兎達の方を見ながらその正体を口にした。
「『
「……ふふっ、はい、ご名答です」
『因幡の白兎』こと白兎神様は優しい笑みを浮かべながらそう答えてくれた。
『因幡の白兎』
日本神話に登場する名前の通り白い兎で、同じく日本神話に登場する
まさか天斗伯父さん以外の神様にお目に掛かることになるとはな……今日が合気道の練習のない日で本当に助かったな……。
天斗伯父さん以外の神様と実際に会うのは初めての事なため、俺はとても緊張しながら天斗伯父さんの横に義智と一緒に正座をした。すると、白兎神様はその俺の様子を見て、クスッと笑いながら穏やかな声で話し掛けてきた。
「そんなに緊張なさらずとも大丈夫ですよ、柚希さん。私としては緊張をされる方が話しづらかったりしますから」
「……分かりました」
俺は返事をした後、座ったまま深呼吸をして気持ちを整えた。
……よし、これなら大丈夫だな。
そして気持ちを整えた後、俺は白兎神様の姿を改めて見てみた。
一見すると、白兎神様は普通の白い兎のようだが、その雪のように真っ白な毛には光沢があり、触らずともその毛がとてもサラサラとしている事が分かった。
そして外から風が吹いてくると、風の香りを感じるために、鼻をピクピクとさせているが、その度に二つの耳がゆらゆらと揺れていた。しかし、纏っている雰囲気はとても
ただ……ぱっと見は本当にただの白い兎みたいなんだよなぁ……。
俺がそうやって白兎神様の姿を眺めていると、天斗伯父さんがクスクスと笑いながら話し掛けてきた。
「白兎神さんは私や義智さんの古くからの友人でして、私がこうして人間としての生活を始めてからも時々お話しをしに来て頂いてたんです」
「あ、そうだったんですね」
「はい。……と言っても、柚希君達と暮らすようになってからは、今日が初めてなんですけどね」
「ふふ、天斗さんであれば問題は無いと思っていたのですが、やはり新たな家族が増えると色々と大変ですからね。その辺を考慮して、何か用事がある時は執務室の方にお邪魔してたんですよ」
「なるほど……」
そっか……それなら今日まで会うことが無かったのも納得がいくな。
心の中で納得した後、俺は再び白兎神様に話し掛けた。
「ところで……今日はどういったご用件でいらっしゃったんですか?」
「ふふっ、柚希さん、本日は何の日か分かりますか?」
「今日……あ、そういえば今日は十五夜ですね」
「はい。そして人間の方々は、あのお月様の模様が私達兎がお餅を
「そうですね。ただ、その月の兎の話の由来は諸説ありますし、月の兎が餅を搗いている理由も色々なものがありますけどね」
「そのようですね。……さて、それではそろそろ本題に戻りますね」
「あ、はい」
「本日こちらにお邪魔した理由、それは皆さんとお月見をしようと思ったから、そして……」
白兎神様は自分の陰に隠れている小さな白兎を見ながら言葉を続けた。
「この子のためなのです」
「この子のため……ですか?」
「はい。この子は
「なるほど……あ、この子のためっていうのは、もしかして……」
「はい。天斗さんや柚希さん、そして義智さんを始めとした『絆の書』の住人の方々と接すれば、この子も少しは人見知りがどうにかなると思いまして」
「人見知り、か……」
子供の人見知りって普通にあるものではあるけど、神様の子供とかにもそういうのはあるんだなぁ……。
そんな事を思いつつ、兎和ちゃんの方に視線を向けると、兎和ちゃんは白兎神様の陰に隠れながらも、俺達の事を興味ありげな様子でジーッと見つめていた。
子供の人見知りをどうにかするには、ひとまず静かに見守るのが一番って聞いたことがあるけど、兎和ちゃんの場合ならこころとかアンとかから始めるなら、ふれ合いとかでも何とかなりそうな気がするな。
兎和ちゃんの様子を見てそう確信した後、俺は小さく微笑みながら白兎神様に返事をした。
「分かりました。兎和ちゃんの人見知りの件、微力ながらお手伝いさせて頂きます。義智もそれで良いか?」
「ああ。昔馴染みからの頼みを特に断る理由もないからな」
「分かった、ありがとうな」
「うむ」
義智が静かに頷くと、白兎神様はとても嬉しそうな笑みを浮かべた。
「本当にありがとうございます、柚希さん、義智さん」
そして、兎和ちゃんの方に視線を向けると、穏やかな声で話し掛けた。
「兎和、皆さんと仲良くするんですよ?」
「……はい」
兎和ちゃんはとても小さく、けれどとても可愛らしい声で返事をした。
さて……とりあえず風之真とオルトと鈴音には、兎和ちゃんに対して最初からあまりグイグイ行かないように言わないとな。
ウチの元気兄弟、風之真とオルトと鈴音の元気のよさの事を考えながらも、俺は白兎神様達と行うお月見にワクワクしていた。
そしてその日の夜7時頃、満月が穏やかな光を放ち、静かに吹く風になびきながら
白兎神様の部下だけあって、やっぱり兎なんだな。
義智と一緒に縁側の隅に座りながら俺は静かにその様子を眺めていた。餅を搗く担当の兎達は器用に
そして飾り付け担当の兎達は月見団子を置くための台、
「なんというか……こんなに豪華なお月見って本当に初めてかもしれないな」
「そうだろうな。準備だけであれば、当然人間達でも出来るだろうが、その準備をしているのが、白兎神の部下であるからな」
「だよな」
そして俺は次に和室の方へと視線を向けた。和室の中ではお月見用に和服に着替えたこころと雪花がアンや兎和ちゃんと一緒に話をしていたり、風之真と鈴音が兎達が準備している様を物珍しそうに眺めていたり、穏やかな音色を奏でている黒銀の演奏をオルトと雷牙が静かに聴いていたりと、皆思い思いの事をして楽しんでいた。
その様子を見て、俺がクスッと笑っていた時、台所の方から天斗伯父さんの声が聞こえてきた。
「柚希君、義智さん。晩御飯の準備を手伝ってもらえますか?」
「あ、はーい」
「承知した」
返事をした後、俺達は夕食の準備をするために台所へと向かった。
『いただきます』
声を揃えて挨拶をした後、俺達は居間で夕食を食べ始めた。
この日の食卓には十五夜という事で月見うどんと里芋の煮物など、十五夜らしい料理が並んでいた。
……うん、やっぱり美味い。
醤油などの味がしっかりと染みこんだ里芋の煮物をゆっくりと
「柚希さん、お月見の際に少々お話ししたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「あ、はい。もちろん大丈夫ですけど……その話をしたい事って一体何なんですか?」
咀嚼していた里芋をしっかりと飲み込んでから訊くと、白兎神様はクスッと笑いながら返事をした。
「ふふっ、その話の内容はお月見の時にしっかりとお話ししますから、それまでのお楽しみにしていて下さい」
「はい……分かりました」
白兎神様からの話の内容が気にはなったが、お月見の時にしっかりと話してくれるというので、ひとまず俺は頭の中からその事を追い払い、再び目の前に並んでいる夕食を食べ始めた。そして夕食の片付けが済んだ夜八時頃、俺達は縁側に座りながら夜空に輝く星々の真ん中で穏やかな光を放つ満月を眺めていた。
「ふふ、とっても綺麗なお月様ですね♪」
「うん、見ていると何だか心が洗われるような気がするよね」
「ふふっ……そうですね」
こころと雪花、そしてアンが言葉を交わしながら静かに月を眺めているのに対して、
「むぐ……うん、やっぱりお団子は美味しいね!」
「へへっ、だな!」
「ワオンッ!」
鈴音と風之真、そしてオルトは月を眺めながら月見団子を摘まみ、
「うむ……このような月見も、たまには良いものだな」
「うむ……そうだな」
黒銀と雷牙はこころ達や風之真達の様子を時折見つつ月を眺めていた。
やっぱりこういうのにも性格って出るんだなぁ……。
皆の様子からそう感じつつ、義智と天斗伯父さん、そして白兎神様と兎和ちゃんと一緒に月を眺めていたその時、白兎神様が俺の方へと顔を向けると、静かな声で話し掛けてきた。
「さて……それではそろそろお夕飯の時に言ったことについてお話ししますね」
「あ、はい」
「実は……柚希さんに一つお願いしたい事があるのです」
「お願いしたい事……」
「はい」
そして白兎神様は、兎和ちゃんの事をチラッと見てから言葉を続けた。
「この子……兎和の事を柚希さん達にお願いしたいのです」
「兎和ちゃんの事を、ですか……?」
「はい」
コクンと頷くと、白兎神様は兎和ちゃんの事を愛おしそうに撫で始めた。
「先程も言いましたが、この子は知らない方に対して人見知りをしてしまう上にあまり興味を持とうとはしてくれません。ですが……」
白兎神様は風之真達、『絆の書』の住人達の姿を見ながら言葉を続けた。
「事前に話をしていたとは言え、初めて会ったはずの柚希さんや『絆の書』の住人の方々には興味を示し、その上おそるおそるではあるもののお話しをしていた。その様子を見て、私は思ったのです。柚希さん達なら兎和も安心して人見知りを克服できるし、私達も安心して兎和をお任せする事が出来る、と」
「そうだったんですね……」
「はい。もちろん、兎和の事が心配じゃないわけではありません。私の大切な玄孫の一匹ですから。ですが……可愛い子には旅をさせよ、なんて言葉もあるように、いつまでも私達の陰にいるのではなく、様々な物を見て様々な事を知り、時には辛いことなどがあったとしても、それを乗り越えて成長をして欲しい。私達はそう考えているんです」
「なるほど……」
白兎神様の話を聞いて、呟くような声で言っていると、白兎神様が俺達の事をジッと見ながら話し掛けてきた。
「皆さん、兎和の事をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「白兎神様……はい、もちろんです」
俺が強く頷きながら答えると、義智もコクンと頷きながら静かに答えた。
「先程も言ったが、昔馴染みからの頼みを断る理由はない。それに幼きモノの成長を願い、それを支えるのは我らのようなモノの務めでもあるからな」
「ふふ、そうですね」
義智の言葉に微笑みながら同意する天斗伯父さんの姿を見た後、俺は兎和ちゃんに静かに話し掛けた。
「なぁ、兎和ちゃん。兎和ちゃん自身はお母さん達と離れることになっても平気なのかな?」
「……本当は平気ではないです。でも……私ももっと色々な人達とお話しをしたいですし……もっと色々なものを見てみたいです。だから……」
兎和ちゃんは俺の顔をジッと見ながら言葉を続けた。
「これからよろしくお願いします、柚希さん」
「……うん、こちらこそよろしく、兎和ちゃん」
「はい……!」
俺の言葉に兎和ちゃんが静かに、しかししっかりとした意思を込めた返事をした後、俺達はしっかりと握手を交わした。
それにしても……今度は因幡の白兎か。ますます『絆の書』の住人の種類がスゴいことになってきたな……。
そんな事を思いつつ、俺は傍らに置いていた『絆の書』の空白のページを開き、兎和ちゃんに俺自身の事や『絆の書』の事について説明した。そして、説明を終えると、兎和ちゃんは静かに目を輝かせた。
「『絆の書』に……転生者……! 世の中には本当に色々な事があるんですね……!」
「まあ、そうだね。俺からしたら兎和ちゃん達だって、その色々な事の一つなんだけどさ」
「あ……ふふ、たしかにそうですよね」
俺の言葉に静かに笑いながら答えた後、兎和ちゃんは何かを思い出したような表情を浮かべた。
「あ……柚希さん、お願い事があるんですけど……良いですか?」
「ああ、俺に叶えられる事であれば」
「あ、ありがとうございます。えっと……柚希さんの事をお兄ちゃんと呼びたいんですけど……良い、ですか……?」
「お兄ちゃんか……」
……うん、ちょっとどころじゃなく気恥ずかしいけど、まあ兎和ちゃんのせっかくのお願いだしな。
「うん、大丈夫だよ、兎和ちゃん」
「ありがとうございます。あ、後……私の事は兎和って呼び捨てにしてもらっても良いですか……?」
「うん、分かった。それじゃあ……」
俺は『絆の書』の空白のページを指差しながら言葉を続けた。
「ここに自分の力を注ぎ込んでくれるか、兎和」
「……はい、分かりました、柚希お兄ちゃん」
兎和は静かに返事をした後、自分の前足を空白のページの上へと置いた。そして俺も空白のページに右手を置きながら、左手で『ヒーリング・クリスタル』を握り、空白のページに自分の中の魔力を注ぎ込むイメージを頭の中に浮かべた。
そして、いつも通りに体の奥から湧き上がる魔力が腕を伝い、手のひらにある穴から『絆の書』の中へと流れ込むイメージが浮かんできた事を確認しながら俺は静かに魔力を注ぎ込み続け、必要な量が流れ込んだ瞬間、頭が少しだけキーンとなったが、鈴音の時と同じように倒れ込まずに済んだ。
さてと……こっちはどうかな?
俺が『絆の書』へ視線を向けると、そこには花畑の中で体を丸めながら穏やかな笑みを浮かべている兎和の姿と因幡の白兎についての詳細が書かれた文章が浮かび上がっていた。
よし……これで完了だな。
そして俺は兎和のページに右手を置き、静かに魔力を流し込んだ。すると『絆の書』から小さな光の玉が浮かび上がり、兎和がいた場所までふよふよと移動すると、徐々に兎和の姿へと変化した。
そして完全に姿が現れると、兎和はとても楽しそうな様子で俺に話し掛けてきた。
「柚希お兄ちゃん! あの居住空間、スゴく良いところですね!」
「ああ。まあ、俺は皆から話を聞いたくらいでしか知らないんだけど、その兎和の様子を見る限り、やっぱり良いところみたいだな」
「はい! とても綺麗なお屋敷とか色々なお花が咲いてるところとかもあって……! まだ少しだけしか見られてないですけど、私はあの場所が大好きになりました!」
「ははっ、喜んでもらえたようで何よりだよ」
笑いながら兎和の言葉に答えた後、俺は白兎神様に向かって正座をしながら、静かな声で話し掛けた。
「それでは白兎神様、大事なお玄孫さんをお預かり致します」
「はい、こちらこそよろしくお願い致しますね、柚希さん」
そしてお互いに深々と一礼をした後、俺達は同時に微笑み合った。
これでまた新たな仲間が増えたわけだけど……仲間が増えたという事は、それだけ俺が負うべき責任や力を高めるべき理由も増えたわけでもあるわけだし、だからこれからまた頑張っていかないといけない。でも……。
俺は『絆の書』の住人達の方へと視線を向けた。風之真達を始めとした『絆の書』の住人達は、さっきと変わらず各々らしい月見を楽しんでいた。しかしそんな彼らであっても俺にとってはとても大事でとても頼もしい仲間達だ。
だから……一人で抱え込まずに皆と一緒に頑張っていけば絶対に大丈夫なはずだ。
皆の姿を見てそう確信した後、中秋の名月が優しく見守る中、俺は皆と一緒に再び月見を始めた。
政実「第8話、いかがでしたでしょうか」
柚希「作中でも言ったけどさ、ますます『絆の書』の住人の種類がスゴい事になってるんだけど、この後も色々な妖とか幻獣とかが住人になっていくんだよな?」
政実「うん。ただ……今のところ考えているのだと、今回の因幡の白兎みたいに妖とか幻獣とかとはまた違ったモノも住人になる予定だよ」
柚希「そ、そっか……それは楽しみなような怖いような感じだけど……まあ、今は置いておくか。そして最後に、この作品についての感想や意見、評価などもお待ちしておりますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと……それじゃあそろそろ締めていこっか」
柚希「そうだな」
政実・柚希「それでは、また次回」