柚希「どうも、遠野柚希です。まあ、仕事次第では元旦だけが休みで、2日からまた仕事なんてとこもあるみたいだしな」
政実「うん。それに関しては仕方ないとは思ってるけど、やっぱり三が日くらいはゆっくりと過ごしたいかな……」
柚希「……同感だな。さてと……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・柚希「それでは、第9話をどうぞ」
「風之真、アンと鈴音と一緒に各部屋の上の方にあるホコリを取ってくれるか?」
「おうよ! さぁて……行くぜ! アン! 鈴音!」
「はい、風之真お兄さん!」
「りょーかいだよ、風之真!」
風之真達がホコリ取りを始めた事を確認した後、俺は次にこころ達に指示を出し始めた。
「そしてこころと雪花はおせちの材料の確認を頼んでも良いか?」
「ふふっ、了解です♪」
「うんっ、任せてよっ!」
こころ達が仲良く台所へ向かった事を確認した後、俺はその次に雷牙達に指示を出した。
「雷牙、オルトと兎和と一緒に床の雑巾掛けを頼むぞ」
「うむ、任せておけ。よし……ではやるぞ、オルト、兎和」
「ワンッ!」
「はいっ!」
雷牙達が前足などを器用に使いながら雑巾掛けを始めた事を確認した後、俺が玄関の掃除をするために
……これは神力と霊力か。でも一体誰だ……?
少しだけ不思議に思いながらも、俺は来訪者を確認するために玄関へと向かった。そして玄関を静かに開けてみると、そこには三本の足を持った二羽の烏が立っていた。
三本足の烏……って事は、コイツらは『アレ』だな。
俺がその正体について確信していた時、三本足の烏の内の一羽がピシッとした様子で俺に話し掛けてきた。
「人間の方、シフル殿……いや、天斗殿のお住まいはこちらでよろしいですか?」
「あ、はい」
「そう、ですか……」
三本足の烏は俺の返事を聞くと、少しだけ安心した様子を見せたが、すぐにまたピシッとした様子に戻ると、再び俺に話し掛けてきた。
「人間の方、天斗殿はただ今ご在宅でしょうか?」
「はい。あ……こんな所で立ち話もなんですし、どうぞお上がり下さい」
「お心遣い痛み入ります、人間の方」
俺の言葉を聞くと、三本足の烏は礼儀正しい様子で頭を下げた。
何というか……神様に使えてる霊鳥だけあって凄く礼儀正しいな。
三本足の烏の様子からそう感じた後、俺は彼らが通りやすいようにドアを開け、そのまま彼らと一緒に天斗伯父さんがいる和室へと向かった。そして和室に着いた後、俺はゆっくりと襖を開き、和室の中に入りながら、天斗伯父さんに声を掛けた。
「天斗伯父さん、ちょっと良いですか?」
「……おや、柚希君。それにそちらは……
「はい、お久しぶりでございます、天斗殿」
『八咫烏』の黒羽さんは深々と一礼をしながら静かな声で答えた。
『八咫烏』
日本神話に登場する霊獣の一体で、
そして現代でもその姿と名前は、様々な団体のシンボルマークや小惑星の名前として付けられていたりもするため、日本人にとても親しまれている霊獣の一体とも言える。
そういえば、八咫烏の名前の中にある『
黒羽さん達の様子を見ながらそんな事を考えていた時、天斗伯父さんが穏やかな声で俺に話し掛けてきた。
「柚希君。申し訳ありませんが、座布団を準備してもらっても良いですか?」
「……あ、はい。分かりました」
返事をした後、俺は和室の隅にある座布団を三枚程手に取り、それを和室の中心に敷いていった。そしてそれを確認すると、天斗伯父さんはニコッと笑いながら八咫烏達に声を掛けた。
「どうぞ、お座り下さい」
「はい……それでは、失礼致します」
「し、失礼致します……」
天斗伯父さんに向かって一礼を返事をした後、黒羽さん達は目の前に置かれた座布団に静かに座った。そして天斗伯父さんも座布団に座った後、話の邪魔にならないように俺が和室を静かに出ようとしたその時、天斗伯父さんが穏やかな笑みを浮かべながら俺に声を掛けてきた。
「良かったら柚希君も同席して頂けませんか? これも良い機会ですので、黒羽さん達に柚希君の事を紹介したいのです」
「あ、分かりました。それじゃあ、失礼しますね」
返事をした後、俺は自分用の座布団を一枚取り、それを天斗伯父さんの隣に敷いてから、その上に静かに正座で座った。俺が座った事を確認すると、天斗伯父さんは静かな声で黒羽さん達に俺の事を紹介し始めた。
「黒羽さん、こちらは私の甥で転生者の遠野柚希君です」
「なるほど……こちらの方がそうだったのですね」
「はい。元々は私の部下のミスがきっかけで、柚希君とこのような関係になりました。ですが……今となっては、柚希君は私の自慢の甥だと思っています」
「天斗伯父さん……」
……たしかに、元々は天斗伯父さんの部下の人のミスがきっかけになったかもしれない。でも……あの時に天斗伯父さんが俺の事を引き取ってくれたから、夕士達や義智以外の『絆の書』の仲間達とも出会えたんだ。だから……。
俺は天斗伯父さんの方へ顔を向け、ニコッと笑いながら言葉を続けた。
「天斗伯父さん。あの時、俺の事を引き取ってくれてありがとうございました。そして……これからもよろしくお願いします」
「……はい、こちらこそよろしくお願いしますね、柚希君」
「はい!」
そして俺達が笑い合っていると、それを見た黒羽さんが穏やかな笑みを浮かべながら声を掛けてきた。
「……とても羨ましいものですね、お二人のその絆の深さは。ウチの愚息にもそのような関係性を持てる存在を見つけてもらいたいものです」
「ご子息というと……ああ、そちらの方ですね?」
「ええ。私の末の息子で
「は、初めまして、黒烏と申します……」
黒羽さんが紹介し終わると同時に黒烏さんが緊張した面持ちで自己紹介をすると、黒羽さんはその様子をチラッと見てから話を続けた。
「……黒烏はまだ幼いため、様々な事を教えている最中です。ですが、いずれは私共のように高皇霊産尊様に仕えさせて頂こうと考えております。ただ……もし自分でやりたい事を見つけたその時には、親としてそれを応援してやりたいと思っております」
「ふふ、そうですね。それに今回黒烏さんをお連れになったのも、見聞を広げて欲しいからですよね?」
「はい。本日は天斗殿だけではなく、この後も様々な方々のお住まいを訪れる予定ですので、その際に何か一つでも興味の惹かれるものを見つけてくれればと思っております」
「ふふ、そうですね」
黒羽さんの言葉に小さく笑いながら答えた後、天斗伯父さんは穏やかな表情を浮かべながら言葉を続けた。
「さて……それではそろそろ本題に入るとしましょうか」
「はい。本日、天斗殿を訪ねたのは、高皇霊産尊様より神々の新年を迎える行事についての言付けを賜ったからです」
「ああ、毎年行っている新年会についての連絡ですね?」
「はい」
そして黒羽さんは、今回の神様達の新年会の主催を務める高皇霊産尊様からの連絡事項を話し始めた。神様達の新年会、それは毎年元旦に行われているもので、どうやらその年の主催神によって開催される場所が違うらしい。
そしてその場には日本だけじゃなく、世界中のあらゆる神様達が一堂に会するため、毎年神様間での異文化交流なんかも行われているようだ。因みにこの神様達の新年会、自分に仕えている霊獣や幻獣など、他には家族や友人などを連れて来ても良いため、一応俺や『絆の書』の住人達も参加することが出来る。
しかし、新年早々家をずっと空けておくわけにもいかないため、俺達は参加せずに留守番をしているのだ。
……まあ、正直なところ神々の会話とかは凄く興味はあるけどな。
凄い壮大な話をしたりするのか、それともこの前の天斗伯父さんと白兎神様みたいな日常的な話でもするのかとか気になるところだし。
黒羽さんの話を聞きながらそんな事を考えていた時、和室の襖がスーッと開くと、4つの湯飲み茶碗が載ったお盆を持ったこころと兎和が静かに入ってきた。
「こころ、それに兎和か。もしかして義智に頼まれて持ってきてくれたのか?」
「はい。先程、義智さんから和室に柚希さんと天斗さんとは霊力と神力を感じるから、人数分のお茶を運ぶようにお願いをされましたので♪ ね、兎和ちゃん」
「はい。ただ……私はまだお盆とかは持てないので、そのまま着いてきただけになっちゃいましたけど……」
「いや、だとしても手伝いをしてる事に変わりないし、俺は偉いと思ってるぞ、兎和」
「えへへ……ありがとうございます、柚希お兄ちゃん……♪」
兎和が少し嬉しそうに返事をした時、黒羽さん達の視線が兎和へと注がれた。すると、突然黒烏君がとても驚いた様子で小さく声を上げた。
「あれ? もしかして……兎和、ちゃん?……」
「……え? あ、もしかして……黒烏君?」
「うん、そうだよ! 久しぶりだね、兎和ちゃん」
「うん、本当に久しぶりだね、黒烏君」
そして黒烏君と兎和はとても嬉しそうに会話する様子を見ながら、俺は黒羽さんに話し掛けた。
「兎和と黒烏君は友達だったんですね」
「ええ。一年ほど前に、高皇霊産尊様より賜った言付けを白兎神様の元へお伝えしに行く際にちょうど黒烏を連れていっておりまして、どうやらその時に仲良くなったようです」
「なるほど」
……まあ、子供っていつの間にか仲良くなってるものだしな。
そんな事を思いつつ、兎和と黒烏君の微笑ましい様子を眺めていると、いつの間にか俺達の目の前に湯飲み茶碗を置き終わっていたこころがクスクスと笑いながら静かに声を掛けてきた。
「兎和ちゃん、とても嬉しそうですね……♪」
「……ああ、そうだな」
そんな会話を交わしながら、兎和達の事を見ていた時、ふと黒羽さんの方へ視線を向けると、黒羽さんは兎和と話しながら楽しそうに笑う黒烏君の事をジッと見つめていた。しかしすぐに真剣な表情になると、天斗伯父さんの方へと視線を戻してから、再び高皇霊産尊様からの連絡事項を話し始めた。そしてそれから数分後、
「……以上が今回の新年会における高皇霊産尊様より賜った言付けの全てです」
黒羽さんはとても落ち着いた様子でそう言葉を締めくくった。
……うん、やっぱり神々の新年会だけあって、開催場所とかも凄かったな……。
途中途中に聞こえてきた参加者である神様達の名前はさることながら、今回の新年会の開催場所の名前もやっぱり凄かったため、俺は話を聞きながら会場内の様子を想像し、少しだけ冷や汗をかいていた。
……もし、この近くに住んでる人がこの事を知ったら、絶対に驚く……いや、もしかしたら元旦から近所の人が皆集まって神様達を崇め始めるかもしれないな……。
そしてその想像の中の人達が、御神体まで作り始めたその時、黒羽さんが静かに息を吐いてから、ゆっくりとその場に立ち上がった。そして俺達の顔を見ながら静かな声で話し掛けた。
「それでは皆様、そろそろ私達は失礼致します。そしてとても美味しいお茶、ご馳走様でした」
「はい。この後も頑張って下さいね、黒羽さん」
「黒羽さん、頑張って下さい」
「はい、ありがとうございます」
黒羽さんは深々と一礼をした後、まだ楽しそうに話をしていた黒烏君に声を掛けた。
「では、黒烏。次の方のお住まいを訪ねに行くぞ」
「……あ、うん……」
黒烏君は少々残念そうに返事をした後、ゆっくりと座布団から立ち上がり、スッと黒羽さんの隣へと動くと、俺達の方に顔を向けた。
「それでは、失礼致します」
「はい、頑張って下さいね、黒烏さん」
「頑張って下さい、黒烏君」
「……はい、ありがとうございます」
そして黒烏君は、黒羽さんのように深々と一礼をした後、兎和の方へと向き直り、静かにニコッと笑いながら声を掛けた。
「それじゃ……またね、兎和ちゃん」
「うん……またね、黒烏君」
兎和への挨拶を終えた後、黒烏君は黒羽さんの方へと向き直った。そしてそれを確認すると、天斗伯父さんは俺達の方へ視線を向けてから声を掛けてきた。
「それでは、私はお見送りをしてきますので、柚希君達は大掃除の続きをお願いしますね?」
「はい、分かりました」
「了解です♪」
「はい!」
俺達の返事を聞くと、天斗伯父さんはコクンと頷き、黒羽さん達と一緒に静かに和室を出て行った。
さてと……それじゃあ早速大掃除を再開するか。
そう考えた後、こころ達の方に視線を向けるとこころ達は静かに和室の後片付けを始めていた。
……っと、その前にこっちを先にやっちゃうか。
「よし……それじゃあささっと和室を片づけて、その後に大掃除を再開するぞ」
「はーい♪」
「はい!」
そして俺達は、早めに和室の後片付けを終え、自分達がやっていた大掃除の続きをやり始めた。
そして来るべき元旦の朝、
「柚希君、明けましておめでとうございます」
「明けましておめでとうございます、天斗伯父さん」
俺は和室で天斗伯父さんに新年の挨拶をしていた。
一年の計は元旦にありって言うし、やっぱり新年の挨拶はしっかりとしないとな。
そして俺は傍らに置いていた『絆の書』の表紙に手を置き、静かに魔力を注ぎ込んだ。すると、『絆の書』から幾つもの光の珠が浮かび上がり、俺の隣へふよふよと移動した。そしてそれは次々とそれぞれの姿へ変化していくと、程なくして皆の姿が俺の隣にズラッと並び、それぞれの言葉で新年の挨拶を口にし始めた。
……うん、全員揃っての新年の挨拶はやっぱり気持ちが良いな。
皆の新年の挨拶を聞きながら、俺は静かにそう感じていた。
数時間後、俺達は新年会へ向かう天斗伯父さんを見送るために、玄関に集合していた。天斗伯父さんは俺達の顔を見て、ニコッと笑ってから、穏やかな声で話し掛けてきた。
「それでは皆さん、行って来ますね。柚希君、お留守番はお願いしますね」
「はい、天斗伯父さん」
「シフル、お前ならば心配はいらないと思うが、羽目を外しすぎたりするなよ?」
「ふふ、肝に銘じておきますね」
義智の言葉に天斗伯父さんがクスクスと笑いながら答えたその時、玄関の向こうから幾つかの神力と霊力を感じた。
……あれ、この神力と霊力って……。
そして皆もそれらに気付き始めると、天斗伯父さんは穏やかな笑みを浮かべながら、静かに玄関のドアを開いた。するとそこにいたのは、兎和の高祖母である白兎神様と先日訪ねてきた黒羽さんと黒烏君だった。
「白兎神様……それに黒羽さんに黒烏君……? ……って事は、もしかして……」
「……なるほどねぇ。道理でいつものあのドアを出さねぇと思ったら、このお人達と一緒に行く事にしてたってぇ事か……」
俺と風之真の言葉を聞くと、天斗伯父さんはコクンと頷きながら答えてくれた。
「はい、その通りです。……まあ、実を言うと理由はそれだけではないんですけどね」
「ん~……? それってどういう事なんですか? 天斗さん」
天斗伯父さんの言葉を聞き、雪花が不思議そうな声で聞くと、白兎神様が静かに微笑みながらそれに答えてくれた。
「ふふ……それはですね、新年会へ行く前に兎和の様子を一度見ておきたかったからですよ」
「私の……様子を……?」
「ええ」
そして白兎神様は兎和へゆっくりと近付くと、優しい笑みを浮かべながら兎和の事を静かに撫で始めた。
「……兎和、皆さんと仲良くしてる?」
「……うん、大丈夫だよ」
「ふふっ……それなら良いです。これからも自分なりに精一杯頑張ってね、兎和……♪」
「うん……♪」
兎和がとても幸せそうな表情を浮かべながら静かに頷きつつ答えると、白兎神様はそれを優しい表情で見つめた後、俺達の方へ視線を向けた。
「皆さん、これからも兎和の事をよろしくお願い致しますね」
『はい』
俺達が声を揃えて返事をすると、白兎神様は穏やかな笑みを浮かべながらコクンと頷いた。そして、白兎神様が兎和からスッと手を離し、そのまま静かに後ろへ下がると、今度は黒羽さんと黒烏君が前へと出て来た。
「そしてもう一つの理由、それは……今日一日、黒烏をこちらでお預かりして頂きたいからです」
「黒烏君を……ですか?」
「はい、その通りです」
黒羽さんが静かに答えると、雷牙と黒銀が不思議そうな様子を見せた。
「……少々腑に落ちんな」
「そうじゃな……神々の新年会には、多くの神々が出席するはず。となれば、これから神に仕えていくモノとして、名を知られる良い機会ではないのか?」
「……それはたしかにそうです。ですが……」
黒羽さんは一度黒烏君の事をチラッと見た後、俺達の方に視線を戻してから言葉を続けた。
「今の黒烏にとって、それよりも必要な事があると私は考えているからです」
「それよりも必要な事、ですか……?」
「はい。先日、こちらを訪ねた際、私は人間と神、そして妖や幻獣といった様々な方々が共に協力し合う光景、そしてそれに対して黒烏が興味を惹かれている様子を目にしました。そしてその時、私は一日でもこの環境──皆さんのいるこの場所で共に暮らすことで、黒烏が何か見つけられるのではないかと思ったのです」
「……それが黒烏君にとって必要な事、なんですね?」
「はい。先日も申しましたが、もし黒烏にとってやりたい事があれば、親としてそれを応援するつもりです。そしてこれによって黒烏にとってやりたい事が見つからなかったとしても、この体験は黒烏の成長に繋がると考えております」
「なるほど……」
「……もちろん、これが私の勝手な願いであるのは百も承知です。ですが……もし、皆さんさえよろしければ、今日一日だけでも黒烏と共に暮らして頂けないでしょうか?」
「黒羽さん……」
俺は黒羽さんのその姿──親として子を思うその姿を見た後、ニッと笑いながらそれに答えた。
「もちろん、俺は大丈夫です。皆はどうだ?」
「……ふん、ここまで親に言わせておいて、それを突っぱねるほど心は狭くないつもりなのでな」
「へへっ、だな!」
「ふふ、もちろん私も大丈夫です♪」
「八咫烏と共に過ごす元旦なぞそうそう無い体験じゃからな。こちらも色々と学ぶ良い機会と言えよう」
「ふふっ、たしかにそうですね」
「ワンワウンッ!」
「もちろん、私もオッケーだよ♪」
「私も当然問題は無いな」
「ボクももちろん大丈夫だよ」
「もちろん、私も大丈夫です、柚希お兄ちゃん」
「うん、分かった」
皆の返事を聞いた後、俺は黒羽さんの方へと向き直った。
「黒羽さん、安心して下さい。今日一日、黒烏君の事をしっかりと預からせて頂きます」
「柚希殿……皆さん……本当に
そして黒羽さんは、黒烏君の方へ視線を向けると、静かな声で黒烏君に話し掛けた。
「黒烏、無理にとは言わん。だが、皆さんとの生活の中で、何か自分の成長に繋がるものや、興味を惹かれるものを探してみてくれ」
「……はい、父さん」
黒烏君は静かに答えた後、スッと俺達の目の前に立ち、ペコッと頭を下げながら俺達に声を掛けてきた。
「……皆さん、今日一日よろしくお願いします」
「うん、こちらこそよろしく、黒烏君」
俺が代表して答えながら、握手をするために右手を差し出すと、黒烏君は少しだけ迷ってから静かに俺の手を取り、しっかりと握手を交わした。
まあ、会うのもこれで2回目だし、こういう反応も仕方ないよな。
とりあえず、今日は少しでも仲良くなる事を目標にして頑張ってみるか。
黒烏君と握手を交わしながら決心していると、その様子を見ていた天斗伯父さんがクスッと笑ってから、俺達に声を掛けてきた。
「それでは皆さん、今度こそ行って来ますね」
「では、行って参ります」
「それでは、行って参ります」
『はい』
『うむ』
俺を含んだ風之真達の返事と義智達の返事を聞いた後、天斗伯父さんはクルッと振り返り、右手を目の前に翳した。すると、天斗伯父さんの目の前に徐々に銀色の扉が姿を現し、完全に現れた瞬間、静かにゆっくりと独りでに開いた。そして、天斗伯父さん達の姿が扉の向こうに消えると、銀色の扉は静かに姿を消していった。
うーん……やっぱりいつ見てもこの扉って、色とか見た目はところどころ違うけど、某青いロボットが出してくれる某未来道具っぽいんだよなぁ……。
そんな事を考えている内に、扉は完全に姿を消し、その場には俺達だけが残された。
……まあ、アレについては後々訊けば良いか。
件の扉についてそう結論付けた後、俺は皆の方へと向き直り、穏やかな笑みを浮かべつつ皆に声を掛けた。
「それじゃあそろそろ居間に戻ろうか。雪花ならともかく、いつまでもここにいたら寒いだろうからさ」
「たしかにそうだね。私は雪女だからこのくらいの寒さは平気だけど、皆はそうはいかないしね」
「そういう事だ。さてと……それじゃあ戻ろうか、皆」
そしてその言葉に皆が頷いた後、俺はドアを静かに閉めてから、皆と一緒に居間へと戻った。居間に戻ると、風之真とアン、そして鈴音がすぐさま暖房の近くに置かれた専用スペースへ向かってスーッと飛んでいった。
そして、そのスペースへ静かに降りると、風之真達は送られてくる暖風を感じ、ホッと息をつきながらとても幸せそうな表情を浮かべた。本当なら風之真達のためにも炬燵を置いた方が良いんだが、居間には既に少し高さのあるテーブルが置かれているため、炬燵を置く場所が無く、去年まではホットカーペットや和室の方の炬燵で凌いでもらっていた。
しかしそれについて義智達と相談した結果、暖房の前に少し太めのホースのような物を、そして暖房の横にホースの先が填まるほどの穴を開けた少し大きめの箱を置く事で、その箱の穴にホースを通し、ホースから暖気を送られてくる冬だけの風之真達の専用スペースを作る事にしたのだった。
因みに風之真達的にはこの専用スペースはとても快適らしく、最近は先程述べたような様子でのんびりとしてる姿を良く目にするようになった。
尚、一応部屋にエアコンは設置されているのだが、皆が言うにはエアコンを使うよりも今のやり方の方が良いとの事だったので、エアコンは夏の冷房限定となっている。
せっかく皆で住んでるわけだし、皆が住みやすいようにしてやりたいもんな。
風之真達の様子を見ながらそんな事を考えていた時、黒烏君が少し緊張した様子で俺に話し掛けてきた。
「柚希さん……父さんから自分の成長に繋がるものを出来る限り見つけてみろと言われましたが……本当に見つかるでしょうか……?」
「んー……そうだな……」
俺は少し考えてから、黒烏君の顔を見ながら言葉を続けた。
「正直なところ、俺にも見つかるかは分からない……かな?」
「……そう、ですか……」
「うん。でもさ、たとえ見つからなかったとしても、それはそれでも良いと思うんだ」
「……え?」
俺の言葉に黒烏君が驚きの声を上げる中、俺は静かに言葉を続けた。
「ここでそれが見つからなかった場合、それはここにはなく、他の場所にあるかもしれないって事になる。そう考えたらさ、これから自分が出会う物全てに興味が湧いて、それの事を知ろうって気にならないか?」
「それは……確かにそうかもしれませんけど……」
「それにちょっと他人事な言い方になっちゃうかもしれないけどさ、そうやって色々な物を見たり知ったり、触れたり感じたりするだけでも成長って出来るもんなんだ」
「それだけで……成長が……」
「ああ。それと……黒羽さんはああ言ってたけどさ、たぶんこんな風に考えてたから、黒烏君を俺達の所に預けたんだと思うんだ。ちょっと悪い言い方をすれば、ここにいるのはある意味個性的な奴らばかりだからさ」
俺がニコッと笑いながら言うと、話を聞いていた義智が呆れた様子で声を上げた。
「そうは言うが……一番個性的なのはお前だろう? 柚希」
「え、そうか……?」
俺が不思議そうに声を上げると、義智を除いた『絆の書』の住人達が納得した様子で次々と声を上げ始めた。
「うーん……確かにそうかもしれねぇなぁ」
「柚希さんには申し訳ないですけど、義智さんの言う通りかと……」
「柚希よ、そもそも何故自分が個性的ではないと思っていたのだ?」
「ちょっと違うかもしれませんけど、私達の名前をすぐに答えられる時点でかなり個性的な気が……」
「クゥン……」
「正直、柚希以上に個性的な人間って見た事ないしね」
「うむ、まったくだ」
「世界のどっかにはいるだろうけど、この辺りだと柚希が1番でしょ」
「え、えっと……ごめんなさい、柚希お兄ちゃん……」
「そ、そうか……」
……うん、ここまでズバッと言ってくれるのは、皆が俺の事を信頼してくれてるからなんだろうけど、いざこんな風に言われると、それはそれで来る物があるな……。
風之真達の言葉に俺がどんな顔をしたら良いのか分からなくなりつつも、ふと黒烏君の方に視線を向けてみた。すると、黒烏君は俺達の会話を聞き、少しポカーンとした表情を浮かべていたが、徐々に口から笑いを堪えるような息が漏れ始めると同時にその表情が楽しそうな物へと変わっていった。そして、それを見た風之真がニヤッと笑ったかと思うと、専用スペースからスーッと黒烏君の方へ飛び、とても面白そうな様子で声を掛けた。
「なぁ、黒坊。笑いてぇときゃあな、しっかりと笑った方が気持ちが良いってぇもんだぜ?」
「ふふ……! け、けど……それだと柚希さんに失礼、になるんじゃ……!」
「んー……まあ、やり過ぎちまったらそうだろうなぁ。でもな、黒坊。おめぇはどうにも固ぇところがある。それはおそらく、俺らに対してどこか遠慮って奴を感じてるからだろうな……」
「そ、それは……!」
「まあ、それはおめぇの性格だったり、世話になる相手に対して失礼を働けねぇからなんだろうな。だがな、俺が言えたことでもねぇかもしれねぇが、俺もおめぇもまだまだペーペーのガキだ。
そりゃ大人になったら始めてやる事以外の失敗なんてのは殆ど出来やしねぇさ。だが、その反対に俺らガキの内ってのはな、失敗して学ぶのに丁度良い機会なんだ」
「失敗して学ぶのに丁度良い機会……」
「おう。それにな、柚希の旦那にしても、他の『絆の書』の連中にしても、『間違った叱り方』なんてのはしねぇ。だからそういう連中が近くにいる時は、失敗なんて恐れずにとりあえずやってみな。
それが合ってりゃあそれで良いし、間違ってりゃあ他の連中が合ってる方へしっかりと導いてくれる。だからよ……」
そして風之真はニッと笑いながら言葉を続けた。
「とりあえず、笑いたいときゃあ笑っとけ。柚希の旦那はあんな程度じゃあ怒ったりしねぇからよ。な、柚希の旦那」
風之真は明るく言いながら俺にアイコンタクトを送ってきた。そしてそのアイコンタクトから察するに、どうやら風之真は俺にも一芝居打って欲しいようだった。
……やれやれ、仕方ないか。
俺は静かにそう思った後、少し明るめな口調で話し始めた。
「んー……まあ、そうだな。風之真の言う通り、あのくらいの軽口とかは日常茶飯事だしな。……ただ、たまに風之真が悪乗り過ぎる時はあるけど」
「おっとぉ、そいつぁ違ぇぜ? 柚希の旦那。あれは悪乗りなんかじゃなく、ちょっとしたふれあいって奴だぜ?」
「ほう……? すやすやと寝てるオルトを驚かした結果、慌てたオルトが隣に寝てた雷牙の尻尾を踏んで、更にそれに驚いた雷牙の雷が俺に直撃しそうになったのをお前はふれあいと言うのか……?」
俺がわざと声を低くしながら微かな霊力を周囲に流すと、風之真は突然演技なのか演技じゃないのか分からない程に焦り始めた。
「へ……いやいやいや! 俺が考えてんのは別の事だって!!」
「ほう……? それなら一体何の事だって言うんだ……?」
「え、えーと……それはだなぁ……!」
風之真がとても焦った様子で目を泳がせている様子を見ながら、こっそり黒烏君の方へ視線を向けてみた。すると、黒烏君は俺達の事を見ながらどうしたら良いのか分からない様子でオロオロとしていた。
……あ、もしかして……やり過ぎたかな……?
俺はすぐさま風之真に黒烏君の方を向くようにアイコンタクトを送ると、風之真は不思議そうな表情をしながら横目で黒烏君の様子を窺った。そして黒烏君がオロオロとしている事に気付くと、風之真はしまったという表情を浮かべながら、慌てて黒烏君に話し掛けた。
「だ、大丈夫だ黒坊! 柚希の旦那は怒っちゃいねぇから! な、柚希の旦那!」
「あ、ああ! 今のは風之真から演技を頼まれたからで……!」
俺達が焦りながら言ったその時、突然黒烏君の顔から困惑の色などが消えると、ニコッと笑いながら俺達の言葉に答えた。
「ふふっ、大丈夫です、全部分かってますから」
「……へ? まさか黒坊……おめぇ、俺らの企みが全部分かってた上にあんな芝居まで打ってたってぇことか……?」
「はい。……と言っても、途中から柚希さんが霊力を流し始めた時はちょっと焦りましたけどね」
「あー……たしかになぁ……。柚希の旦那、流石にありゃあ怖ぇって……」
「あ……うん、ごめん。ちょっと緊迫感を出そうかなと思って、やってみたんだけど……やっぱりやり過ぎだったかな……?」
「……ああ、アレは本当にそうだぜ、柚希の旦那。それにあの時の話まで出してくるしよぉ……」
「……うん、それは本当にごめん」
口をとがらせながら言う風之真に俺は心の底から謝った。そう、話題にしたその事件自体は本当にあった事だ。そして事件の後にしっかりと風之真は皆に謝っていたのだが、風之真からアイコンタクトを送られた時、すぐに思い付いたのがこの事件だったため、俺は口にしたのだった。
……風之真には後でちゃんとお詫びをしないとな。
風之真に対して俺が申し訳なさを感じていると、風之真がふとこころの方へジトッとした視線を向けた。
「こころ……お前はぜってぇ分かってたよなぁ……?」
「ふふっ♪ はい、もちろん分かってましたよ♪」
「だよなぁ……後は義智の旦那に黒銀の旦那、それに雷牙の旦那辺りもぜってぇ分かってたよなぁ……?」
「ふん、当然だ」
「黒烏の様子を見れば一目瞭然じゃったからな」
「……だが、そこで言ってしまっては面白くなかったのでな。なので、柚希と風之真には悪いが、こっそりと楽しませてもらったぞ」
「あはは……楽しんでくれたようで良かったぜ……。なぁ……柚希の旦那……?」
「……ああ、そうだな。でも……」
そして俺は口元を綻ばせながら黒烏君の方へと視線を戻し、ニッと笑いながら言葉を続けた。
「黒烏君がこんなドッキリを仕掛けてくれたのは、やっぱり大きな一歩だと思うぜ?」
「……へへっ、まあな。いきなりあんな芝居を仕掛けてきたんだ、黒坊……いいや、黒烏も少しは俺らに慣れてきたって考えても良い気がするからな。だろ、黒烏?」
「ふふ……そうですね。
僕は元々こういうイタズラは好きなんですが、やっぱりさっきの風之真さんの言葉が無かったら、こういう事は出来なかったと思いますから」
「へへっ、だよなぁ。……ったく、とんだ役者だぜ、おめぇはよ」
「ふふっ、ありがとうございます、風之真さん……いや、風之真お兄さん」
「お、お兄さんって……おめぇなぁ……」
黒烏君の言葉に風之真は少し困惑した様子を見せたが、すぐに小さく笑いながら言葉を続けた。
「……ま、弟分とか妹分が増えんのはいつものことだしな。だから俺にどこまでやってやれっかは分かんねぇけど、出来る限りおめぇの事を支えてみてやるよ。柚希の旦那の1番の弟分兼おめぇ達年下の兄貴分としてな!」
「はい! よろしくお願いします、風之真お兄さん!」
「おうよ!」
嬉しそうな黒烏君の言葉に風之真も嬉しそうな表情を浮かべながら答えた。
さてと……俺は風之真達の長兄として、風之真がどんな風に黒烏君に接するのか見せてもらうとするかな。
とても楽しそうに笑い合う次男と仮の弟分の様子を見ながら俺は静かに口元を綻ばせた。
そしてその日の夜7時頃、俺達が協力して晩御飯の準備をしていたその時、玄関の方からドアがゆっくりと開く音が聞こえ、それと同時に天斗伯父さん達の神力が漂ってきた。
あ……天斗伯父さん達が帰ってきたな。
俺は居間の机を拭く作業をこころに任せた後、天斗伯父さん達を迎えるために玄関へと向かった。そして玄関に着いてみると、そこには出掛けた時と変わらない様子の天斗伯父さん達の姿があり、俺の姿を見ると天斗伯父さんと白兎神様はニコッと笑いながら、そして黒羽さんはピシッとした様子で声を掛けてきてくれた。
「ただいま戻りました、柚希君」
「ただいま戻りました、柚希さん」
「ただいま戻りました、柚希殿」
「……はい、お帰りなさいです、皆さん」
三者三様の挨拶をしてくれた天斗伯父さん達に対し、俺は静かに微笑みながら挨拶を返した。そして、天斗伯父さん達と軽い会話を交わしながら一緒に居間へ戻ってみると、机の上に強い決心を秘めた目をした黒烏君が立っており、更にその少し後ろには黒烏君の様子を見守るように風之真が真剣な表情を浮かべながら立っていた。
黒烏君……頑張れよ。
俺は心の中でエールを送った後、黒羽さんと黒烏君が話をしやすいようにスッと横に避けた。そして黒羽さんは、黒烏君の目を見て、コクンと頷いてから静かに飛び立った後、黒烏君の目の前へ音を立てずに降り立ち、真剣な表情を浮かべながら黒烏君に声を掛けた。
「……黒烏、お前の答えを聞かせてもらおう。お前はこちらでお世話になっている間に自分の成長に繋がるものを見つけられたか?」
「……いいえ、見つけられていません」
「……そうか」
「でも……」
「でも……何だ?」
黒羽さんが静かに訊くと、黒烏君は黒羽さんの目を真っ直ぐに見ながら言葉を続けた。
「これからの……僕の目標は見つかりました」
「ほう……? それで……それは何なのだ?」
「僕の目標、それは……柚希さんや風之真お兄さん、そして他の皆さんと共に生活をしながら、様々なものと出会う事で、自分を立派に成長させる事です」
「……なるほどな。しかし……こう言ってはなんだが、別にここで無くともお前は様々なものと出会う事は出来るのでは無いのか?」
「……いいえ、出来ません」
「……ならば、その理由を聞かせてもらおうか」
「……はい。僕は今まで……高皇霊産尊様に仕える父さんや兄さん達を見て、自分もこうならなければいけない、高皇霊産尊様だけでなく、様々な方に失礼の無いようにしないといけないと考え、それだけを自分の目標として生きてきました」
「……」
「……しかし、風之真お兄さんはそんな僕にこう言ってくれたんです。
『子供の内は失敗をして学ぶのに丁度良い機会なんだ』
と。そして、
『正しく叱ってくれる相手がいる時は失敗を恐れずにとりあえずやってみろ。
やったことが正しかったらそれはそれで良いし、ダメだったらその相手がしっかりと導いてくれるから』
と……」
「……」
「その時に僕は思ったんです。
『この人達と一緒に様々なものを見る事が出来たら、絶対に楽しいだろうし、それを自分の成長に繋げていけるだろう』
と……」
「そうか……」
黒羽さんは静かに息をついた後、再び真剣な様子で言葉を続けた。
「……それがお前の答えであり、お前の思いなんだな? 黒烏」
「……はい」
黒烏君がとても真剣な様子で答えると、黒羽さんは再び静かに息をついた。そして、俺達の方へと顔を向けると、深々と頭を下げながら静かに口を開いた。
「皆様、私の息子を、黒烏の事をどうぞよろしくお願い致します」
「父さん……それって……!」
「……言ったはずだ、お前のやりたい事や興味を惹かれる事があれば、それを親として応援する、とな。それに……お前があそこまで真剣に頼み込んできたのは今回が初めてだ。そこまで本気であるならば、それを止める権利は私には無いからな」
「父さん……ありがとう!」
「礼など良い。だが……自分で言い始めた事だ。しっかりと最後までやり遂げるのだぞ、黒烏」
「……はい!」
黒烏君がとても嬉しそうに答えると、風之真は緊張が解れた様子で静かに息をつき、ペタンとその場に座り込んだ。俺はその様子を見て、クスッと笑いながら風之真に声を掛けた。
「弟分がしっかりとやれた姿を見て、その安心から力が抜けたみたいだな」
「……ああ。あいつが話してた時、俺もかなり緊張してたからな……」
「だろうな。……でも、しっかりとお父さんに自分の気持ちを伝えられたわけだし、兄貴分としてこれからも頑張れよ? 風之真」
「……おうよ!」
風之真のいつものように明るい返事を聞いた後、俺は黒羽さんの所へと歩いた。そして黒羽さんの目の前に立った後、真剣な表情を浮かべながら黒羽さんに話し掛けた。
「それでは黒羽さん、黒烏君をお預かり致します」
「はい、よろしくお願い致します、柚希殿」
そしてお互いに深々と一礼をした後、俺は机の片隅に置いていた『絆の書』を手に取り、空白のページを開いてからそれを黒烏君の前へと出した。そう、あの後に黒烏君には俺が転生者である事や『絆の書』の事については伝えていた。
そしてその際に黒烏君自身はこの『絆の書』の住人となる事を望んでいたのだが、まずは黒羽さんに自分の気持ちを伝え、それを認められる必要があったため、まだ『絆の書』への登録はしていなかったのだ。
これでようやく黒烏君……いや、黒烏の願いを叶えてやれるな。
そして俺はニッと笑いながら黒烏に声を掛けた。
「それじゃあ黒烏、この空白のページに自分の力を流し入れてくれ」
「はい!」
元気良く返事をした後、黒烏が右の翼を空白のページに置いた事を確認し、俺は左手で『ヒーリング・クリスタル』を握りながら、右手で空白のページへと触れた。
その後、いつものように『絆の書』へと魔力を流し込むイメージをし始め、体の奥に湧いている魔力が腕を伝って右手へと集まり、右手の中心にある穴から『絆の書』へと流れ込んでいくイメージを感じながら、俺は静かに魔力を流し込み続けた。
そして必要な量が流れ込んだ瞬間、いつものように頭が少しキーンとなったが、俺はそれを難なく耐え抜いた。
さて、こっちはどうかな?
俺が『絆の書』へ視線を向けると、そこには木の枝に留まりながら遙か彼方を見つめる黒烏の姿と八咫烏についての詳細が書かれた文章が浮かび上がっていた。
よし……今回も無事に成功っと。後は……。
俺は黒烏のページに再び右手を置き、静かに魔力を注ぎ込み始めた。そしていつも通りに黒烏のページから光の珠が浮かび上がり、さっきまで黒烏が立っていた所へふよふよと移動した後、それは徐々に黒烏の姿へと変化していき、俺は黒烏の姿が完全に現れてから静かに声を掛けた。
「黒烏、居住空間は住みやすそうか?」
「はい! とっても素晴らしい場所だと思います!」
「そっか、喜んでくれたようで良かったよ。さて……」
俺は右手を差し出しながら言葉を続けた。
「改めてこれからよろしくな、黒烏」
「はい! こちらこそよろしくお願いします!」
そして俺達がガッチリと握手を交わしていると、天斗伯父さんが穏やかな笑みを浮かべながら俺に声を掛けてきた。
「それでは話も無事に済んだことですし、早速夜ご飯の準備を再開しましょうか」
「はい」
そして天斗伯父さんはコクンと頷いた後、何かを思い付いた様子で白兎神様達に話し掛け始めた。俺はその様子を見た後、ある事を話すためにキッチンにいる義智の元へと向かった。キッチンに入ってみると、義智は材料を取り出すために冷蔵庫を開けている所だった。
さて……俺も一つ上のステップに進まないとな。
俺は義智に近付いてから静かに話し掛けた。義智は少し不思議そうに振り向いたが、俺の目を見た瞬間、とても真剣な表情を浮かべた。そして俺はその義智の表情を真っ直ぐに見つめながら、頭の中で考えていたある事を口にした。
翌日の朝6時頃、オルトの散歩を終えた俺は義智と共に完全に締め切られた和室の中にいた。
和室の中には俺達だけしかおらず、灯りは中心に立てられた一本の
そして俺は義智の隣で正座をしながら、静かにゆっくりと手に持った和紙に書かれている経文を唱えていた。
経文を唱えている間、俺の視界には読み上げた文字達が和紙から次々と飛び出し、まるで渦を巻くようにぐるぐると動く様子が見えており、少しでも気を抜くとその文字達の渦の中へ飲み込まれてしまうような錯覚に襲われていた。
しかし俺はそれに耐えながら静かにゆっくりと経文を唱え続けた。
読み上げた文字達が俺の中に入り込み、奥の方に湧いている力と一体化していくようなイメージを浮かべながら。
そしてどのくらい読み続けたか分からなくなった頃、義智が静かに口を閉じ、ゆっくりと立ち上がると、締め切っていた和室の襖などを次々と明け始め、最後に蝋燭の火を静かに消した。
するとその瞬間、俺は強い脱力感と空腹に襲われ、体が前へグラリと倒れ込んだ。
くっ……やっぱり最初はきついな……!
俺が何とか体を一人で起こしていると、義智は静かな声で俺に話し掛けてきた。
「今日の所はここまでとするぞ、柚希」
「あ……うん、分かっ、た……」
俺は少し途切れ途切れになりながらも義智に返事をした。
昨日の夜、俺は義智に力の強化のためのトレーナーになってくれるように頼んでいた。と言うのも、義智は良く一人で瞑想をしているため、こういう事を頼むのにはピッタリな存在だったからだ。
俺が話をした時、義智は少しだけ不安そうな様子を見せていたが、俺がしっかりと気持ちを伝えると、静かにこの事を了承してくれた。
そして夕食後、白兎神様達を天斗伯父さんが送りに行っている内に俺達はやり方を相談し、その準備も終わらせていた。
それでようやく今に至るわけなのだが……やっぱりやり慣れていない分、最初はキツいようだった。
……そういえば、先の未来で夕士がこの方法と同じような物をやってた時も似たような事になってたっけ……。
そんな事を考えつつ、俺が息を整えていると、義智が静かな声で話し掛けてきた。
「……柚希よ、お前の求める力とは何だ?」
「……俺が求める力、か……そんなの決まってるよ、義智」
俺は精一杯ニッと笑いながらそれに答えた。
「『手が届く人』も『手が届かない人』も助けられるような力。
それが俺の求める力だよ」
「……ふん、相変わらずお人好しで傲慢な思考だな。では、もう一つ問おう。
例え『手が届かぬ者』を追うことで己が傷付き、『手が届いた者』からの裏切りがあったとしても、お前はその思考を続ける気か? 柚希よ」
「……ああ、例えそういう事があったとしても、この力で救える人がいるなら、俺はその人達を救いたい。傲慢でもお人好しでも子供っぽくても良い。それがこの様々な力を持つ、俺の責務だと思うから」
「……ふん、責務か。そんな物、たかが一人の人間風情が背負える物でも無かろう」
「あはは……まあ、な。でも段階を踏めば少しずつそれに近付ける、俺はそう思ってるから」
「……そうか」
義智は静かに答えた後、少し呆れた様子でフーッと息をついた。
「……まったく、奴らもお前がここまでのお人好しだとは思わんだろうな」
「……まあ、そうだろうな」
「……しかし、そんなお前を主として、そして仲間として認めたのは我らだ。そう認めた以上、お前の望みが叶うその時までお前と共に歩むことにしよう」
「……ふふ、ありがとうな、義智」
「……礼などいらん。それよりも、まずは様々なモノが負った痛みなどを可視化出来る程度にはなれ」
「……うん」
義智の静かな優しさに触れた後、俺は『ヒーリング・クリスタル』の助けを借りつつ、何とか立ち上がった。
さて……そろそろ朝食の時間だし、まずは『絆の書』を取りにいかないとな。
そして俺はニッと笑いながら義智に声を掛けた。
「よし……それじゃあ行こうぜ、義智」
「うむ」
義智のいつも通りの返事を聞いた後、俺は新たな決意と今まで通りの信念を胸に抱きながら、自分の部屋へと戻っていった。
政実「第9話、いかがでしたでしょうか」
柚希「今回は八咫烏か……そういえば、絆の書の仲間になるモノを選ぶ基準とかはあるのか?」
政実「一応は。ただ、四大元素や五行思想なんかも取り入れようとしてるから、ちょっとその基準から逸れることもあるけどね」
柚希「そして最後に、この作品についての感想や意見、評価などもお待ちしておりますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと……それじゃあそろそろ締めていこっか」
柚希「ああ」
政実・柚希「それでは、また次回」