柚希「どうも、遠野柚希です。ドラゴンの背中か……少しごつごつはしてそうだけど、乗り心地は良さそうだよな」
政実「うん。ただ、空を飛んでる時の風圧は凄そうなんだよね……」
柚希「まあ、そこはたぶん慣れな気はするけどな。さてと……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・柚希「それでは、第10話をどうぞ」
様々な草木が芽吹き、冬眠から目覚めた動物達が活動を始める季節、春。そんな暖かな春の日でも、俺は義智と共に力を高めるための修行に励んでいた。
静かにゆっくりと経文を読む俺の視界には相変わらず経文の中の文字達が渦巻き、時には辺りを跳ね回るように見えていたが、俺はその文字達を自分の中に取り込み、体の奥にある力と一体化していくようなイメージを浮かべながら経文を読み続けた。
「……よし、今日はここまでとしよう」
どのくらい読み続けたか分からなくなった頃、義智の静かな声が聞こえた。そしてその瞬間、俺は強い脱力感と空腹に襲われ、その場に静かに倒れ込んだ。
うぅ……三ヶ月続けてもこうなるのかぁ……。
脱力感と空腹の中で少しだけ悔しさを滲ませていると、義智が俺の事を見下ろしながら静かな声で話し掛けてきた。
「始めた頃に比べれば、多少は力も増したようだが……その様子を見るに、やはりまだまだのようだな」
「……そうだな。でも……」
俺は『ヒーリング・クリスタル』の力を借りながらゆっくりと立ち上がった後、ニッと笑ってから言葉を続けた。
「一歩ずつ進んでるのは確かなんだし。このまま頑張ってやってみるさ」
「……ふん」
義智は返事の代わりに鼻を鳴らした後、俺からスッと離れると、和室の襖や障子などを静かに開け始めた。義智は直接的に答えてはくれなかったものの、こうやって修行に付き合ってくれたり、しっかりと俺の様子を窺ってくれる事から俺に対して心配や期待の念は抱いてくれているのは感じ取れた。
……ゆっくりでも良いから、しっかりと力をつけて、この修行の成果を見せられるようにしないとな。
義智の姿を見ながらそう強く決心した後、俺は和室の襖などを完全に開け終えた義智に声を掛けた。
「よっし……それじゃあ『絆の書』の皆を迎えに行って、ささっと朝食でも食おうぜ、義智!」
「……うむ」
いつも通りの素っ気なさを含んだ義智の返事を聞いた後、俺は『絆の書』を取りに行くべく、義智と一緒に自分の部屋へと戻った。
『いただきます』
『絆の書』を取り、皆と一緒に朝食の準備をしていた天斗伯父さんの手伝いをした後、俺達は声を揃えて挨拶の言葉を口にし、目の前の朝食を食べ始めた。
今日は和食メインの朝食のため、一粒一粒がピカピカとした輝きを放つ米飯と鰹と昆布の出汁の香りが食欲をそそる味噌汁、そして脂が良くのっている事でとても良い色に焼けている焼き鮭などが今朝のメニューであり、皆はとても美味しそうに朝食を食べ進めていた。
うん、パンももちろん良いけど、やっぱり和食って何だか落ち着くんだよな……。
穏やかでのんびりとした気持ちで味噌汁を啜っていた時、天斗伯父さんがニコッと笑いながら俺に話し掛けてきた。
「柚希君、修行の調子はどうですか?」
「そうですね……始めた頃に比べれば少しは楽にはなってきましたけど、まだあの脱力感と空腹には慣れませんね……」
「ふふっ、そうですか。ですが、焦ることなく義智さんと相談をしながら柚希君のペースでやってみて下さいね」
「はい、もちろんです」
俺が静かに頷きながら答えていると、風之真が突然何かを思い出した様子で声を掛けてきた。
「そういや、柚希の旦那。今日は何かの日とかって言ってたよな?」
「今日は……ああ、始業式の日だな。それも新しいクラスでの」
「ほう、新しいクラスねぇ……」
「どんな人がクラスメートになるかは楽しみですけど、やっぱり柚希さんは夕士さんと長谷さんとは一緒の方が良いですよね?」
「ん、まあな」
こころからの問い掛けに答えていた時、俺はある事を思い出していた。
そういえば……本来夕士と長谷が出会うのはこの小学三年生になってからなんだよな……。ただ、俺という
もしかしたら他にもこういった変化みたいなのが大なり小なり起きてるのかもしれないし、その辺は少し注意していった方が良いかもしれないな……。
そんな不安にも似た何かを感じつつも、俺は皆と一緒に朝食を食べ進めていった。朝食を食べ終え、学校へ行く準備を済ませた後、俺は部屋へと戻り、いつものように『ヒーリング・クリスタル』を首に掛けた状態で、『絆の書』などを入れたランドセルを背負った。
そして玄関へ向かった後、玄関のドアを軽く開けながら、家の中にいる天斗伯父さんに声を掛けた。
「それじゃあ行ってきます、天斗伯父さん」
「はい、行ってらっしゃい」
天斗伯父さんの返事を聞いた後、俺はそのままドアをゆっくりと押し開け、春の麗かな陽射しを感じながら外へと出た。そしてその俺の視線の先には、とても良い笑顔で笑っている夕士といつものように静かに微笑んでいる長谷の姿があった。
……どうやら今日は俺が最後だったみたいだな。
その事に俺は静かにクスッと笑った後、夕士達の所へと歩いて行った。
「おはよう、夕士、長谷」
「うん、おはよう、柚希!」
「おはよう、遠野。今日は珍しく遠野が最後だったな」
「ああ……本当に珍しく、な」
俺がチラリと夕士の方を見てから、ニヤリと笑いつつ言うと、夕士は少し口を尖らせながら非難するような声を上げた。
「柚希~……そうは言うけどさ、長谷と違って俺とお前は来る順番は大差ないだろ~……」
「……あ、それもそっか」
「それもそっかって……お前なぁ……」
俺の発言に夕士が少し呆れたような表情を浮かべていると、それを見た長谷がクスッと笑った。
「まったく……お前らといると、本当に飽きないな。今日のクラス替え、お前達と一緒なら良いんだけどな……」
「長谷……」
長谷が少し寂しそうに言う様子を見て、夕士が心配そうに声を上げたその時、長谷はニヤリと笑いながら俺にアイコンタクトを送ってきた。それを見て長谷の考えをすぐ察した後、俺が静かにコクンと頷くと、長谷は夕士の肩をポンッと叩きながら優しく話し掛けた。
「だがな、稲葉。たとえ、お前と俺達が離れる事になっても、友達なのは変わらないからな」
「うん……うん!?」
「そうだな……たとえそうなっても、雪村みたいになるだけだし、俺達の友情は変わらないからな」
「……いやいや!? ちょっと待てって!?」
「……ん? どうした?」
「いやいやいや、どうしたじゃなくてさ!? 何で俺だけが離れる事が前提の話になってるんだよ!!? それと何でそんなすぐに息を合わせられるんだよ!!!?」
夕士の畳みかけるようなツッコミを聞いたその瞬間、俺と長谷は顔を見合わせてから静かに笑いつつ夕士に話し掛けた。
「ふふっ……悪い悪い。夕士ならちゃんとツッコミを入れてくれると思ってさ」
「くくく……ああ。稲葉のツッコミは俺達にとって安心と信頼のツッコミだからな」
「安心と信頼のツッコミって、お前らなぁ……」
少し呆れ気味に言う夕士に俺は更なる種明かしを始めた。
「因みに息をすぐに合わせられたのは、事前に長谷がこっそりアイコンタクトを送ってきてくれたからだ。な、長谷」
「ああ、遠野なら完璧にノってくれると思ったんだ。実際、やってみたら綺麗に行ったしな」
「……まあ、な」
拗ねたように言う夕士に対し、俺達は肩を片方ずつポンッと叩きながら言葉を続けた。
「まあ、安心しろ。俺達が離れる事なんて絶対に無いだろうからさ」
「ああ、その通りだ。それに……もし本当に離れたとしても、さっき言った事を覆す気はないしな」
「柚希……長谷……」
夕士は俺達の顔を交互に見た後、ニッと笑ってから言葉を続けた。
「……そうだな!俺達はずっと友達だ! なっ、長谷、柚希!」
「ああ、もちろんだ」
「ああ、そうだな」
俺達がフッと笑いながら答えると、夕士はとても良い笑顔で学校がある方を向き、少し大きめな声で俺達に話し掛けてきた。
「よぉし……! それじゃあ行こうぜ、二人とも!」
「ああ」
「うん」
そして俺達は他愛もない話などをしながら学校へ向けて歩き出した。
そして学校に着いた瞬間、俺達は昇降口に貼り出されていたクラス表に目を向けた。
……えーと、俺は……あ、あったあった。
そして同じクラスの生徒の名前を確認していると、そこには夕士と長谷の名前も書かれていた。
「あ、三人とも同じみたいだな」
「おっ、本当だ! へへっ、やっぱりみんな同じクラスだったな!」
「ん、そうだな」
「しかし……本当に分かれてたらどうしたもんかと思ったが……分かれていなくて本当に助かったな」
「あははっ、本当にそうだな!」
長谷の言葉に夕士が笑いながら答えているのを聞いた後、俺達は顔を見合わせてニッと笑ってから、一緒に新しいクラスへ向けて歩き始めた。そして新しいクラスに着いた後、俺は静かに教室のドアを開けた。すると、すぐ目に入ってきたのは、俺達にとって馴染みのある生徒の顔だった。
「……あれ、雪村も同じクラスだったのか」
「ん……? おぉっ! お前らも同じクラスなのか!」
「まあ、そういう事になるな」
「マジかぁ……!! へへっ、何だかお前らと一緒ならスッゴく楽しい学校生活になりそうだぜ!」
「ああ、俺達もそう思うよ、雪村」
とても嬉しそうな様子の雪村と話をしていたその時、突然周りが徐々にざわつき始めた。何事かと思いながらコッソリ周囲の様子を窺ってみると、どうやら俺達がいることに気付いた女子達のヒソヒソ声が原因らしく、その女子達の視線は俺や夕士にも向かっていたものの、視線の多くは長谷へと注がれていた。
あー……そういう事か。
俺がその事について苦笑いを浮かべていると、俺の顔を見た雪村がこのざわつきと俺の視線の先にいる女子達の様子に気付いたらしく、周囲を見回した後、納得した様子で話し掛けてきた。
「そういえば、お前らって女子人気が高かったもんなぁ……こうなるのも納得って言えば納得だなぁ……」
「……何度も言うけど、俺としては不本意なんだけどな」
「まあ、そうだろうな。それに……」
雪村はニヤッと笑いながらひそひそ声で言葉を続けた。
「お前には金ヶ崎がいるもんなぁ……」
「……雪村、お前までそれを言うか。何度も言うようだけど、俺は別に金ヶ崎とは何も……」
その時、俺の肩がポンッと叩かれた。
あ……この展開って、まさか……。
俺が肩を叩いた人物──夕士と長谷の方を向くと、二人ともとても良い笑顔を浮かべながら俺の事を見ていた。
「え、えーと……二人とも? その笑顔……何だかスッゴく怖いんだけど……?」
俺が少し声を震わせながら言うと、夕士はとても良い笑顔のままでそれに答えた。
「いいや、怖くなんてないと思うぞ? な、長谷?」
「そうだな。俺達はただ、遠野から最近の金ヶ崎とのアレやコレについて、ちょっと聴いてみたいな~と、思ってるだけだしな」
「いやいやいや……!? 最近のアレやコレって言われても、基本的にお前達と一緒にいるから、そんなのあるわけないだろ……!?」
「さ~て、それはどうかな~?」
「ああ。実は俺達の知らない所で会ってた、な~んて事もあり得なくはないからな」
「はぁ……お前達なぁ~……」
あはは……やっぱりこうなるんだな……。
俺 が心の中で少し空しい笑い声を上げていると、俺達の様子を見ていた雪村が少し楽しそうな表情を浮かべながら話に参加してきた。
「……なるほど、そういうノリか……! なら、俺もその話に参加させてもらうぜ!」
「雪村、お前まで来なくて良いって……」
雪村の参加により、俺は心の中で更に頭を抱えることになった。しかし俺はその反面、多少の楽しさのようなものも感じていた。
……でも、こういう新しい形で賑やかなのも悪くはないのかもしれないな。
次々と繰り出される夕士達からのからかい混じりの言葉に反応を返しつつ、俺はこれからの学校生活におけるワクワクなどを静かに味わっていた。
「はぁ……今日は始業式だけのはずなのに、どうしてこんなに疲れなきゃ無いんだろうなぁ……」
「あははっ、ゴメンゴメン」
その日の昼頃、今日は始業式と先生からの簡単な話だけで学校が終わったため、俺達は他愛ない話をしながら各々の家に向けて歩いていた。しかし、今朝の事があったせいか、俺は肉体的よりも精神的な疲労を静かに感じていた。
まあでも……これからの二年間は本当に楽しそうではあるし、いつもの金ヶ崎絡みの話なんかは軽く流せるようにしていかないとな……。
そんな事を考えながら歩いていた時、夕士が何かを思い出した様子で話し掛けてきた。
「あ、そうだ……! 二人とも、今日は午後から合気道の練習ってあるのか?」
「いや……今日は休みだな」
「ああ、そうだが……突然どうしたんだ? 稲葉」
「ん……今日二人とも空いてたら午後から遊ぼうと思ってさ」
「あ、なるほど……そういう事なら俺は大丈夫だぜ?」
「俺も予定は無いから大丈夫だな」
「うん、分かった。それじゃあ集合場所は……いつもの公園で良いか?」
「ああ、良いぜ」
「俺も異論は無いな」
「オッケー! それじゃあ何をするかだけど……!」
そして俺達は下校をしながら、午後からの遊びの予定について話を始めた。その数分後、途中の道で夕士達と別れた後、俺はランドセルから『絆の書』を取りだした。そして義智と風之真とこころのページを開いてから、静かに魔力を流し込み始めると、『絆の書』から三つの光の珠が浮かび上がった。
その珠の内、一つは俺の肩の方へ、そしてもう二つは俺の隣へふよふよと移動すると、光が消えていくと同時に徐々にその姿を変えていき、完全に皆が姿を現した後、こころがとても楽しそうな様子で話し掛けてきた。
「ふふっ♪ 夕士さん達との遊びの約束、とても楽しみですね」
「ああ、そうだな。ところで、俺達が遊んでる間の事だけど……」
「んー……俺ら、外に出る組は今日も柚希の旦那達の様子をちょこちょこ見つつ適当に過ごすつもりだから、俺らの事は心配いらねぇぜ?」
「そして我ら、家に居残る組の心配もいらん。我らも我らの好きなように過ごさせてもらうからな」
「ん、了解」
義智達とそんな会話を交わしつつ歩いていると、俺達はいつの間にか家の前へと辿り着いていた。
さて……まずは。
俺は玄関のドアノブを軽く握り、ゆっくりと回してみた。そして途中で止まることなくすんなりと回る事を確認した後、俺はそのままドアをゆっくりと押し開けた。
「天斗伯父さん、ただ今戻り……」
俺が奥の方にいるであろう天斗伯父さんに声を掛けようとしたその時、和室の方から知らない魔力が漂っているのを感じた。
……どうやらまたこのパターンみたいだな。
「さてさて……今回は誰がいるのかな?」
「ふむ……魔力という事は、おおよそアンやオルトと同じ類のモノであろうな」
「アイツらと同じかぁ……もしそうなら、ま~た誰かから引き取ってきたって事になるのかねぇ……」
「ふふっ、そうかもしれませんね♪」
俺達は魔力の主について様々な予想を立てながら、家の中をどんどん進んでいった。すると、家の中を進んでいくと同時に漂っている魔力が段々強くなっていくのを感じた。
ふむ……思ったより魔力が強いな。でも、こんな魔力を持ってそうなモノなんて、だいぶ絞られるような……?
そして和室に着いた後、俺はゆっくりと和室の襖を開けた。しかし、中にいたモノを見た瞬間、俺はすぐに襖を閉めた。
……え? 今のって絶対に『アレ』だよな……?
中にいたモノの姿に少し困惑しながらも、俺は隣に立っている義智に声を掛けた。
「義智……今のって、アレだよな……?」
「……そうだな」
今回に限っては流石の義智も困惑を隠しきれないようで、額を手で押さえながら静かな声で俺の問いかけに答えた。
あはは……アレを見たらやっぱりそうなるよな……。
義智の様子に俺が心の中で苦笑いを浮かべていると、風之真とこころが不思議そうな表情を浮かべながら俺達に話し掛けてきた。
「旦那方……? そんな鳩が火縄食らったみてぇな面して、一体どうしたんでぃ?」
「……どうやら、さっきチラッと見えた何かに困惑してるようですけど……柚希さん、アレって一体何なんですか?」
「えっと……アレは……」
俺が襖の向こうにいるモノについて説明しようとしたその時、俺達の背後から穏やかな声が聞こえてきた。
「……おや、皆さん、お帰りになっていたんですね」
「あ……天斗伯父さん、ただいまです」
「ただいま戻ったぞ、シフル」
「ただいま帰りやした、天斗の旦那」
「ただいまです、天斗さん♪」
「はい、お帰りなさい、皆さん」
穏やかな笑みを浮かべつつ、二つの湯飲み茶碗が載ったお盆を持った天斗伯父さんに俺はアレについて訊いてみることにした。
「天斗伯父さん、和室にいるのって……『ドラゴン』、それも『白竜』ですよね?」
「はい、その通りですよ」
天斗伯父さんは俺の問いかけに静かな声で答えた。
『ドラゴン』
神話や昔話、そしてファンタジーをテーマにした物語などで有名な生物の一体で、その多くは体が爬虫類を思わせるように鱗で覆われており、鋭い牙や爪を具えた上、背には大きな翼を生やし、口から炎や毒を吐くモノとして描かれている。
そしてその種類も多く、取り扱っている作品によっては、人間に友好的であるモノや人間と敵対するモノ、または神獣であったり神その物であったりするなど、様々な描かれ方をされている。
はは……やっぱり見間違いとかじゃなかったんだな……。
心の中で苦笑いを浮かべた後、俺は風之真達にドラゴンについての簡単な説明を始めた。そして説明を終えると、風之真はとても驚いた様子で声を上げた。
「へぇ……! あいつはそんな大層な奴だったてぇのか……!」
「ああ。それに物語なんかではかなりの確率で登場する生き物だからな」
「なるほど……でも、そんなにスゴイモノがどうしてここに……?」
こころが呟くように疑問の声を上げた後、俺達の視線が天斗伯父さんに集中した。すると、天斗伯父さんは少し考え込んだ後、俺達の事を見回しながら静かに口を開いた。
「そうですね……それについて私が説明をするのは簡単です。ですが……せっかくですから、皆さんも彼自身から話を聞いてみませんか?」
「それはもちろん構いませんけど……話を聞くという事は、あの白竜は人間の言葉を喋ることが出来るって事ですよね?」
「はい。皆さんも既に感じているとは思いますが、彼自身はとても強い魔力を身に宿しています。ですが、彼は人間や妖などに好意を持っている上、争いを好むような性格ではないので、そこは安心してもらって大丈夫です」
「ふん……そうであろうな。もしそうでなければ、大人しく和室にいるわけは無いのだからな」
「あはは、確かにそうですね。では……行きましょうか、皆さん」
天斗伯父さんの言葉に頷いて答えた後、俺達は再び和室の襖をゆっくりと開けた。そして静かに中へ入ると、俺達の話し声が聞こえていたのか、白竜は静かに俺達の方へと視線を向け、不思議そうな表情で俺達の事を見た後、穏やかな声で天斗伯父さんに話し掛けた。
「……シフルさん、この方々はもしかして……?」
「はい、私の甥の柚希君と『絆の書』の住人の方々ですよ、ヴァイスさん」
「……ふふ、そうだったんですね。先程、少しだけ姿が見えた気がしたのですが、すぐに見えなくなってしまったので、不思議に思っていたのです」
「それについてはすいません……貴方の姿を見て、ちょっと驚いてしまっていたもので……」
「ふふ……なるほど、そういう事でしたか。確かにいきなりこのようなモノがいたら、驚いてしまいますよね」
そうヴァイスさんが穏やかに笑う様子は、まるで天斗伯父さんを見ているかのように思える程、そっくりに見えた。
そういえば、話し方とか雰囲気も似てる気がするけど、もしかして何か理由でもあるのかな?
俺がその事に疑問を抱いていると、風之真が少し不思議そうな表情を浮かべながら天斗伯父さんに話し掛けた。
「……それで、この御仁と天斗の旦那はどういう関係なんですかぃ?
何だか雰囲気とか話し方が天斗の旦那に似てる気がしやすけど……」
「ふふっ、そうかもしれませんね。なぜなら彼は……私が育てた白竜なのですから」
「……え?」
この白竜を……天斗伯父さんが……? ……いや、それはある意味納得ではあるけど、それだとこの白竜の年齢とかって……。
天斗伯父さんの言葉に様々な疑問が浮かんでいると、今まで腕を組みながら静かにしていた義智が天斗伯父さんに静かな声で話し掛けた。
「……シフル、お前がこの白竜を育てたというその言葉に嘘偽りは無いのだろう。しかし、我はこの白竜とは一度も出会った事が無いのだが……?」
「ふふ……そういえばそうでしたね。ヴァイスさんは私が育てた後、今日まで別の方の部下として働いていましたので、会う事が無いのは仕方が無い事かもしれません」
「……なるほど、確かに部署が違うのであれば、出会う事は殆ど無いかもしれぬな……」
天斗伯父さんの言葉に納得した様子を見せていたが、俺の中には更なる疑問が浮かんでいた。
部署違いなら仕方ないって……あの場所ってそんなに広い場所だったのか……?
俺がその事について話を聞こうとしたその時、風之真の方からグーッという音が聞こえた。
あ……これってまさか……。
そして、俺達の視線が風之真に注がれると、風之真は頭をポリポリと掻きながら少し恥ずかしそうな声を上げた。
「す、すまねぇ……思ってたよりも腹が減っちまってたみてぇだ……」
「ははっ、まあ時間的にそうなるのも仕方ないから大丈夫だよ」
小さく笑いながら風之真に返事をした後、俺は天斗伯父さんに声を掛けた。
「まだ色々と訊きたい事はありますけど……とりあえず俺達で昼食を作ってしまうので、その後にそれを食べながらまた話をするという事でも良いですか?」
「はい、私は大丈夫ですよ」
「もちろん、私も大丈夫です」
「分かりました」
天斗伯父さん達の返事を聞いた後、今度は義智達の方へと顔を向けた。
「よし……それじゃあ早速、昼食作りに取り掛かるぞ」
「うむ」
「おうよ!」
「はい♪」
義智達の返事に頷いた後、俺はランドセルから『絆の書』を取りだし、表紙に手を置きながら魔力を注ぎ込んだ。そして出て来てくれた皆に軽く説明をした後、俺達は昼食を作るためにキッチンへと向かった。
『いただきます』
昼食を作り終えた後、俺達は声を揃えて食事の挨拶をしてから昼食を食べ始めた。
さて……それじゃあ早速訊いていくとするか。
俺は咀嚼していたミニ醤油ラーメンの麺をゴクンと飲み込んだ後、天斗伯父さん達に話し掛けた。
「天斗伯父さん、ヴァイスさんは天斗伯父さんが育てたと言っていましたけど、何故天斗伯父さんのところではなく、別の部署に所属しているんですか?」
「ああ、その事ですね。私も本当ならヴァイスさんを自分の部署に所属させる予定だったんですが……実は、その時にちょっと人材不足に悩んでいた部署がありまして、そこから誰か良い人はいないかと訊かれた際にヴァイスさんなら大丈夫そうだと判断し、本人からも了承を得た上でその部署に所属してもらっていたんです。
ですが……その部署も最近は活発化してきた事で、人材不足も無事に解消されたらしく、それによりヴァイスさんは今朝から私の部署へと転属されてきたというわけです」
「なるほど……でも、どうしてヴァイスさんはウチの和室にいたんですか?」
「それはですね……ヴァイスさんの事を柚希君達に紹介しようと思って来てもらっていたんです。新しい『絆の書』の仲間の一体として」
天斗伯父さんがニコッと笑いながら言うと、雷牙が天斗伯父さんの事を見ながら静かな声で訊いた。
「新たな仲間が増えるのは助かる。しかし……天斗殿はそれで良いのか?」
「はい。私の神として、そして伯父として為すべき事は、柚希君のサポートですから。それに……これは私達で話し合った結論ですから」
「そう、なんですか……?」
「ええ。向こうの仕事を手伝う際は、事前に柚希さんに言っておけば問題は無さそうですから。それに……今朝、天斗さんから柚希さんのお話を聞いた際、何だか他人とは思えませんでしたから」
「他人とは思えないって……どういう事なんですか?」
俺が首を傾げながら訊くと、ヴァイスさんはクスクスと笑いながらそれに答えてくれた。
「私が天斗さんに育てられたという話はもうしましたよね?」
「はい……でもそれが一体?」
「実は……私も貴方と同じく、両親を亡くしているんです」
「そう……なんですか……?」
「ええ。ただ……私の場合は、物心が付いてまもなくに亡くしてしまったせいか、両親の顔を
ヴァイスさんが少し哀しげな表情を浮かべながら言うと、黒銀が納得した様子で声を上げた。
「なるほどのぅ……亡くしたタイミングは違えど、同じく両親を亡くした上に天斗に育てられた者である柚希の事が他人とは思えなかった、という事か」
「はい。まあ……理由はそれだけではなく、柚希さんや『絆の書』の皆さんとの生活がとても楽しそうだと思ったからでもあるんですけどね」
「ヴァイスさん……」
「ヴァイス、で良いですよ、柚希さん。私も名前に敬称を付けられたりするのは、少々むず痒く思ってしまうタチなので」
ヴァイスさん……いや、ヴァイスが穏やかな笑みを浮かべたまま言うと、風之真が不思議そうな様子でヴァイスに話し掛けた。
「……とか言ってる割に、旦那は敬称を付けたりしてるみてぇだが、それは何でなんでぃ?」
「あはは……それなんですが、どうやらこの話し方が体に染みついてしまっているみたいで、自然とこのしゃべり方になってしまうんですよね」
「あー……そういう事かぃ。確かにそういう事ならしょうがねぇよなぁ……」
「なので、これからも私はこの話し方になりますが、よろしくお願い致します」
「……うん、分かった。それじゃあ……」
俺は握手をするために、ヴァイスへ右手を差し出しながら言葉を続けた。
「これからよろしくな、ヴァイス」
「ふふ……ええ、こちらこそよろしくお願い致しますね、柚希さん」
そしてヴァイスと握手を交わした後、俺は『絆の書』を手に取り、空白のページをヴァイスへと開いて見せた。
「それじゃあ早速……頼むぜ、ヴァイス」
「はい、分かりました」
ヴァイスが右前足を空白のページに乗せた後、俺は左手でしっかりと『ヒーリング・クリスタル』を握りながら右手で空白のページに触れ、静かに魔力を注ぎ込むイメージを頭の中に浮かべた。その後、体の奥で静かに沸き立つ魔力が腕を伝って右手へと流れ、そのまま手のひらの中心にある穴から『絆の書』へと流れていくイメージがしっかりと頭の中に浮かんだ事を確認しつつ、俺は静かに魔力を流し込み続けた。
そして必要な量が流れ込んだ瞬間、久しぶりに俺の体がグラリと揺れたが、『ヒーリング・クリスタル』から更に力を供給し、それを使って疲労と脱力感を中和する事で何とか倒れ込まずに済んだ。
ふぅ……まさか倒れ込みそうになるなんてな……。ヴァイスの力が思ってたよりも強かったせいなのか、はたまた俺の力不足なのかは分からないけど、やっぱりまだまだ力の強化はした方が良いみたいだな。
額に浮かんでいた汗をそっと拭った後、俺は『絆の書』へ視線を移した。するとそこには、険しい山々の中を力強く翔ぶヴァイスの姿とドラゴンの詳細が書かれた文章が浮かび上がっていた。
ついにドラゴンまで仲間に加わったわけだけど……このまま行くともっと力の強い妖とか幻獣なんかとも出会う事になりそうだな。
俺はこれから待ち受けているかもしれない強大な力を持ったモノ達との出会いに対してのワクワクと同じだけの緊張を感じつつ、ヴァイスのページに魔力を注ぎ込んだ。そして、ヴァイスが『絆の書』から出て来た後、ニコッと笑いながらヴァイスに声を掛けた。
「ヴァイス、改めてこれからよろしくな」
「はい、こちらこそよろしくお願い致します、柚希さん」
俺達は穏やかに笑い合いながらガッチリと握手を交わした。少しだけ開いていた窓から吹いてくる春の穏やかな風と麗かな陽の光を感じつつ──。
「……おい、柚希」
その時、義智が静かにそして少し呆れ気味に声を掛けてきた。
「ん、どうした?」
「新たな出会いの感動を静かに感じているのも良いが、何か忘れていることは無いのか?」
「忘れていること……あっ!」
その瞬間、俺は夕士達との約束がある事を思い出した。
じ、時間は……!
壁掛け時計に視線を向けると、時計の針は約束の時間の十分前頃を指していた。
「くっ……もうこんな時間か! い、急いで食べて準備しないと……!!」
俺は頭の中にあった出会いの感動やまだ見ぬ強大な力を持ったモノ達の事を追い払い、急いで昼食を食べ始めた。
「ごちそうさまでした!」
昼食を食べ終えた後、俺は急いで食器をキッチンへと運んだ。
そしてそのまま居間に戻ってくると、ヴァイスを含めた家に残る組以外の皆は既に『絆の書』の中へと戻っていた。俺はそれを確認した後、『絆の書』を手に持ちながら一度部屋へと戻った。そして、バッグに『絆の書』を入れた状態で戻ってきた後、俺は天斗伯父さんに声を掛けた。
「天斗伯父さん、すいません! 食器の後片付けとかをせずに行くことになってしまって……!」
「ふふ……大丈夫ですよ、柚希君。今日は早上がりだったので、私と義智さん達でやっておきますから、柚希君は夕士君達との約束を優先して下さい」
「ありがとうございます、天斗伯父さん……!」
天斗伯父さんにペコリと頭を下げながらお礼を言った後、俺は次にヴァイスの方へと体を向けた。
「ヴァイスも本当にゴメン! 初めて会った日なのに、こんなに慌ただしくしちゃって……!」
「ふふ……大丈夫ですよ。むしろこれくらい賑やかな方が私としては楽しいですから」
「ヴァイス……! ありがとう!」
ヴァイスにもペコリと頭を下げながらお礼を言った後、俺は急いで玄関まで行き、ドアを軽く開けながら天斗伯父さん達に声を掛けた。
「それじゃあ……! 行ってきます!」
「はい、行ってらっしゃい、柚希君」
「柚希さん、行ってらっしゃい」
「うむ。行ってこい、柚希」
「行ってらっしゃいです、柚希さん♪」
「柚希お兄さん、行ってらっしゃいです!」
「気をつけて行ってくるのだぞ、柚希よ」
「柚希、行ってらっしゃーい!」
「行ってらっしゃいです、柚希お兄ちゃん!」
「柚希さん、気をつけて行って来て下さいね-!」
皆からのそれぞれ違った声を聞いた後、俺はドアをしっかりと開けて外へと出た。そして、爽やかに吹いてくる春の風と綺麗に舞う桜の花びらが発する春らしい香りを感じつつ、夕士達との約束場所である公園へ向けて勢い良く走り出した。
政実「第10話、いかがでしたでしょうか」
柚希「今回はドラゴンが仲間入りか……何だか回を追う毎に、どんどん絆の書の住人が豪華になってる気がするんだけど?」
政実「確かにそうだね。
ただ、第二章までにまだまだ豪華にはなっていく予定だよ」
柚希「……うん、それが楽しみな反面少しだけ怖くなってきたけど、とりあえずそれは置いておくか。そして最後に、この作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さて……それじゃあそろそろ締めていこうか」
柚希「そうだな」
政実・柚希「それでは、また次回」