転生者の幽雅な日常   作:九戸政景

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政実「どうも、冬はあまり外に出たくない、片倉政実です」
柚希「どうも、遠野柚希です。いや、冬でも外に出た方が良いぞ? 冬は冬で楽しい事はあるはずだからさ」
政実「えっと、それはもちろん分かってるんだけど、どうにも暑さと寒さには弱くてね……まあ、今年はどうにか対策を立てて冬に臨んでみるよ」
柚希「ん、了解。さて、それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・柚希「それでは、第13話をどうぞ」


第13話 しんしんと降り積もる白き雪と黒い旅亀

 白い雪が空から静かに降り、風によって変幻自在に舞い踊る季節、冬。そんな冬のある日の朝、俺はいつものように智虎と一緒にオルトの散歩をしていた。

 

 う……流石に寒いな。

 

 口から白い息を吐きつつ、俺は道を歩きながら周囲を静かに見回した。いつも通っている散歩道は、昨夜降った雪にすっかりと覆われていたため、俺達が一歩一歩踏みしめる度にサクッサクッという音が聞こえてきた。

 

 一応、俺は防寒対策をしてるからまだ大丈夫だけど、オルト達は寒くないのかな?

 

 疑問に思った俺はその事について、オルト達に訊いてみることにした。

 

「なぁ、お前達。今日はそこそこ冷えるみたいだけど、寒かったりはしないか?」

「……ボクは、大丈夫……だよ、柚希兄ちゃん」

「僕も問題ありませんよ、柚希さん」

「そっか、なら良いんだけどさ。ただ、もし寒くなってきたら遠慮なく言ってくれよ?」

「う……ん」

「分かりました」

 

 “オルト達”の返事を聞いた後、俺は再びオルト達と一緒に散歩を続けた。そう、最近までこころ達の通訳無しには俺達と話す事が出来なかったオルトだが、この前から少しずつではあるものの、俺達と会話が出来るようになってきたのだ。この事に俺や風之真達はもちろんのこと、こころ達もとても喜び、最初に喋った日の夕食にはオルトの好物が並ぶこととなった。

因みにこの事について、義智は俺の力が強くなった事で、家の中に巡る力の流れと『絆の書』の居住空間に漂う力の性質が微かに変化し、それにオルトの魔力が影響を受けた事で、少しずつ話す事が出来るようになったのでは無いかという予測を立てていた。

 

 つまり、俺の力が高まれば高まるほど、『絆の書』の皆の力も高まっていくっていう事でもあるわけだし、これからはより一層修行を頑張っていかないとな……。

 

 その時の事を思い出し、改めてそう決心していたその時、近くから微かな霊力と神力を感じ、俺達はその場に立ち止まった。

 

 霊力と神力……って事は、また四神でも近くにいるのかな……?

 

 不思議に思いながら周囲を見回してみたが、智虎の時みたいに何かが近付いてくる様な感じはなく、ただそこに立ち止まっているだけのような印象を受けた。

 

 こんな冬の日に立ち止まってられる奴、且つ霊力と神力を持ったモノなんてだいぶ限られるけど、それっぽいのが今のところまったく浮かばないな……。

 

 俺がその正体について考えを巡らせていたその時、智虎が何かに気付いたように声を上げた。

 

「……この霊力と神力はもしかして……!」

「智虎、何か心当たりがあるのか?」

「はい! でも……一体どこからするのかまではさっぱり……」

 

 智虎がショボンとしながら言ったその時、オルトが突然周囲の匂いを嗅ぎ始めた。

 

「オルト、何か匂いはするか?」

「……う、ん。たぶん、こっちの方……だと思う、よ」

「分かった。よし……それじゃあとりあえずその匂いのする方に行ってみよう」

「う、ん」

「はい!」

 

 そして俺達は、オルトの先導でその匂いのする方へと歩き出した。

 

 

 

 

 歩き出してから数分後、オルトは突然立ち止まると、ある一点を見つめながら俺達に話し掛けてきた。

 

「あ、れ……だと思うよ、柚希兄ちゃん」

「あれって言うと……あの変に雪が積もってる所か」

 

 オルトが見つめていた一点、そこには他の道とは違い、何かが下にあるかのような形で雪が積もっていた。

 

 って事は……あの下にいるのがこの霊力と神力の持ち主って事になるな。

 

 俺達はすぐさまその場所へと向かい、協力して雪の中を掘ってみた。すると、すぐに何か固い物が手に当たったような感触があったため、俺はその何かを掴み上げてみた。

 

「……これって、もしかして……」

「か、め……だね」

 

 俺が掴み上げたのは、頭と尻尾を甲羅の中に隠した少し小さめの黒い亀だった。そしてその亀からは、小さな寝息のような音とさっき感じた霊力と神力が微かに発せられていた。

 

 霊力と神力を持った亀……って事は、コイツは恐らくアレだな。

 

 亀の正体について大体の予想を付けた後、俺は亀を見せながら智虎に声を掛けた。

 

「智虎、お前の友達ってこの亀で合ってるのか?」

「はい、間違いなく僕の友達で、『玄武』の賢亀(イェングィ)君です。でも、何でこんなところに……?」

 

 智虎が『玄武』──賢亀の事を不思議そうに見ていたが、当の本人……いや、当の本亀は甲羅から頭などを出す様子は一切見られなかった。

 

「それに関してはサッパリだな……でも、このまま眠ってる状態で放ってはおけないし、とりあえず家に連れて帰ろう」

「りょう、かい……だよ」

「分かりました!」

 

 オルト達の返事を聞いた後、俺はリードを左手に持ち替え、賢亀を右手で掴んでから、家に向かって歩き始めた。

 

 

 

 

『玄武』

 

中国に伝わる神獣の一種で、五行思想においては水行を司り、四神の中では北方の守護を担当している。『玄』の字が名に入っている通り、その姿は黒い亀そのものであるが、描かれ方としては、蛇の尾を持っていたりや足の長い亀に蛇が巻き付いている形であったりと様々である。

 

 

 家に着いた後、俺はオルト達の足を専用のマットで拭き取ってから中へと入っていった。そして居間に着いた後、俺は冬の間の風之真達用スペースへ賢亀を静かに置き、ヒーターのスイッチを押した。

 

「ふぅ……とりあえずこれで良いかな」

 

 風之真達用スペースに静かに収まっている賢亀を見ながら独り言ちた後、俺はオルト達に声を掛けた。

 

「何があったかは気になるけど、とりあえず賢亀が起きるまで待ってみよう。寝てるところを起こすのは何か申し訳ないからさ」

「そうですね」

「うん」

 

 オルト達の返事を聞いた後、俺は椅子に座りながら賢亀が起きるのを待つことにした。そしてそれから数分後、廊下の方から足音が聞こえてきたかと思うと、居間に少し眠そうな天斗伯父さんが入ってきたので、俺達は天斗伯父さんに朝の挨拶をした。

 

「天斗伯父さん、おはようございます」

「おは、よう……天斗さん」

「天斗さん、おはようございます」

「……おや? おはようございます、皆さん。今日はもうお帰りになっていたのですね?」

「はい、ちょっと理由がありまして……」

 

 俺が賢亀の方を見ながら答えると、天斗伯父さんは風之真達用スペースにいる賢亀の姿を見て、不思議そうな表情を浮かべた。

 

「おや、そちらはもしや……」

「はい、智虎の友達の玄武で、賢亀という名前らしいです。

「なるほど……という事は、剛虎さんの同僚にあたる甲亀(ヂィアグィ)さんのご子息ですね」

 

 天斗伯父さんはそう言いながら賢亀に近付き、起こさないように静かに賢亀のことを観察した後、穏やかな笑みを浮かべながら言葉を続けた。

 

「どうやら……冬眠に近い状態となっているようですね」

「冬眠……そういえば、さっき見つけた時に雪の中に埋もれてたんですけど、もしかして……」

「ええ、恐らく雪が降る中を歩いてたせいで、途中で冬眠状態に入ってしまったものと思われます」

「やっぱり……」

 

 玄武は一応四神の中では冬を司ってる筈なんだけど、これは亀自体の本能みたいなのが働いた結果なのかな。

 

 賢亀の冬眠状態について考えていた時、ふと時計を見てみると、時計の針は義智との修行の開始時間を指そうとしていた。

 

「あ……もうこんな時間か」

「あ、本当ですね。でも、賢亀君の事も気になりますし……」

「そうだよな……」

 

 俺達がどうしたものか悩んでいた時、天斗伯父さんはクスリと笑った後、俺達に話し掛けてきた。

 

「大丈夫ですよ、柚希君、智虎さん。賢亀さんの事は私とオルト君が見てるので、お二人は義智との修行の方に集中して下さい」

「え……でも、良いんですか?」

「ええ。私も玄武の冬眠状態というのは初めて見るので、ちょっと興味がありますから」

「ボク達……が、しっかりと見て……るから、柚希兄ちゃん、達は義智さんの方に……行って、良いよ」

「オルト……」

「天斗さん……」

 

 そして、智虎と顔を見合わせてコクンと頷いた後、俺は天斗伯父さん達に答えた。

 

「分かりました。それじゃあ賢亀の事、そしてオルトの事もお願いします」

「ふふ、任せて下さい」

「オルトも賢亀の事を頼んだぞ?」

「うん」

 

 オルトの返事を聞いた後、俺は智虎に声を掛けた。

 

「よし……それじゃあ行こう、智虎」

「はい!」

 

 そして俺達は、義智が待つ和室に向かって歩き始めた。和室に着いた後、俺は静かに襖を開けて中へと入り、和室の中心で正座をしながら瞑想をしている義智に声を掛けた。

 

「義智、来たぞ」

「……来たか、柚希、智虎。そして……どうやら客も連れて帰ってきたようだが?」

「あ、やっぱり分かるか?」

「ああ。微かではあるが、智虎や剛虎とは異なる霊力と神力を感じるのでな。しかし、だからといって修行を取り止める気はない。本日も集中して臨むのだぞ?」

「ああ、もちろんだ」

「はい、もちろんです!」

「……よし、では始めるぞ」

 

 義智の声に頷いてから俺達は目の前に置かれた座布団へと座った。そして経文を手に取った後、義智の声に続いて俺達は経文を静かに読み始めた。

 

 

 

 

「……よし、本日はここまでとする」

「……了解」

「……わ、かり……ました」

 

 始めてからどのくらいの時間が経ったか分からなくなった頃、義智の言葉が聞こえたため、俺達は経文から顔を上げて返事をした。そして返事をした後、俺がゆっくりとその場に立ち上がったのに対して、智虎はその場へ静かに倒れ込んだ。

 

「智虎、大丈夫か?」

「は、はい……なん、とか……」

 

 言葉ではそう言うものの、智虎の様子から強い疲労と空腹を感じているの明らかだった。

 

 俺も最近は何とか『ヒーリング・クリスタル』の力を借りずに立てるまでにはなったけど、始めてから三ヶ月くらいはこんな感じだったな……。

 

 その時の事を思い出し、小さく苦笑いを浮かべた後、俺は首に掛けていた『ヒーリング・クリスタル』を智虎の額へと付け、静かに魔力を注ぎ込んだ。すると、『ヒーリング・クリスタル』が穏やかな光を放つと同時に徐々に智虎の顔が安らいでいった。

 

 気休め程度にしかならないけど、やらないよりはマシだからな。

 

 そして『ヒーリング・クリスタル』の表面が少し曇りだした頃にはだいぶ楽になったようで、ゆっくりではあるものの、その場に静かに立ち上がり始めた。

 

「ありがとう……ございます、柚希さん……」

「どういたしまして」

 

『ヒーリング・クリスタル』を離しながら返事をしていると、義智が静かな声で俺達に話し掛けてきた。

 

「……始めた頃に比べ、お前達の力は確実に成長している。しかし、お前達も気付いている通り、求めている段階まではまだ遠い。現状に満足する事なく、一歩ずつ高みを目指すのだぞ」

「ん、了解」

「はい……」

 

 義智の言葉に頷きながら答えた後、俺は智虎を抱き抱えてから義智達に声を掛けた。

 

「よし……とりあえず部屋に戻って『絆の書』を取りに行って、その後に居間に戻ろう」

「……うむ」

「はい」

 

 義智達の返事を聞いた後、俺は義智達と一緒に一度部屋へと戻った。

 

 

 

 

『絆の書』を取ってから居間に戻ると、どうやら未だに賢亀は起きていないらしく、天斗伯父さんとオルトは風之真達用スペースをジッと見つめていた。

 

 うーむ……やっぱり冬眠状態ともなれば、そう簡単には起きないのか。

 

 そんな事を思いつつ、俺は天斗伯父さん達に近付きながら声を掛けた。

 

「天斗伯父さん、ただ今戻りました」

「……おや、お疲れ様です。義智さん、柚希君達の修行の調子はどうですか?」

「……一歩ずつではあるが、着実に力はついている。本人達の努力次第では、想定よりも早く次の段階へと進めるだろう」

「ふふ、そうですか。それなら良かったです」

 

 義智の言葉に天斗伯父さんが微笑みながら答える中、オルトは俺の足下までトコトコと歩いてきてから声を掛けてきた。

 

「いぇんぐぃ……はまだ、起きてないよ。やっぱり、冬眠状態……になってる、のが原因……かな?」

「そうかもな。本来冬眠っていうのは、読んで字の如く冬の間は寝てるもんだから……」

「そうですね……」

 

 俺の言葉に同意しながら、智虎が少々不安そうな様子で賢亀の事を見つめ始めた。

 

 うーん……もしこのまま起きないようだったら、天斗伯父さんにお願いして賢亀の親御さんに連絡を……。

 

 その時、賢亀の甲羅がピクッと動いたような気がした。

 

「あれ……?」

「どうしました、柚希さん?」

「今……賢亀が動いたような……?」

「え、本当……に?」

 

 俺の言葉を聞き、オルトが賢亀の様子を見るために顔を近付けたその時、賢亀の甲羅からニューッと頭と尻尾が姿を現した。

 

「わわわっ!!?」

 

 その事にとても驚いたらしく、オルトは大きな声を上げると、急いで俺の所まで戻ってきた。

 

 ……まあ、顔を近付けた瞬間に頭とかが出てきたらそりゃあ驚くよな。

 

 オルトの様子にクスリと笑った後、俺はオルトに声を掛けた。

 

「オルト、大丈夫か?」

「う、うん……! ビックリはしたけど、怪我とかは無いから大丈夫だよ、柚希兄ちゃん……!」

「そっか、それなら良かっ……」

 

 その時、俺はオルトの話し方にある違和感を覚えた。

 

 ……あれ? 今、普通に喋ってなかったか……?

 

 その事に疑問を感じた俺は、もう一度オルトに話し掛けてみることにした。

 

「オルト……? お前、さっき普通に喋れてなかったか?」

「……え、本当に?」

「ほら、言葉も途切れ途切れになってないし、喋ってて違和感とかも感じないだろ?」

「う、うん……でも一体どうして……?」

 

 オルトが不思議そうにしていた時、義智が興味深そうな様子で話し掛けてきた。

 

「恐らくだが……賢亀が動いた事に衝撃を受けた際、オルトの中の魔力が防衛のために活性化した事が原因かもしれぬな」

「防衛のためって……オルト、お前そんなに驚いてたのか?」

「んー……まあ、驚いたと言えば驚いたかな? 何せそーっと覗き込んだ瞬間に突然頭とかがニューッと出てきたからね」

「……まあ、それもそうか」

 

 まあ、きっかけがどうであれ、オルトの魔力が活性化した事、そしてオルトがしっかりと喋れるようになった事は嬉しいかな。

 

 オルトの成長に俺が口元を綻ばせていたその時、天斗伯父さんと一緒に賢亀の様子を見ていた智虎が俺達に声を掛けてきた。

 

「皆さん、賢亀君が少しずつ動き始めましたよ」

「ん、分かった」

 

 返事をした後、俺は賢亀と話をするために義智達と一緒に専用スペースへと近付いた。甲羅から頭などを出した賢亀はまだ少し眠そうしながら周囲を見回していたが、智虎が近くにいることに気付いた瞬間、ニコッと笑いながら智虎に話し掛けた。

 

「あ、智虎君。おはよう」

「うん、おはよう、賢亀君。目はもう覚めたかな?」

「うん、何とかね」

「そっか、それなら良かったよ」

「うん、良かった良かった」

 

 智虎の言葉に頷きながらのんびりとした口調で答えた後、賢亀はゆっくりと周囲を見回すと、首を傾げながら再び智虎に話し掛けた。

 

「ところで……ここはどこ? 知らない人達がいる上、何だか色んな力が巡っているみたいだけど……?」

「ここは僕が修行のためにお世話になってるところで、この人達はここの住人の人達だよ」

「あ、そうなんだね」

 

 賢亀は納得したように言うと、俺達の方へと顔を向け、ペコリと頭を下げてから自己紹介を始めた。

 

「初めまして、玄武の賢亀と申します。現在は修行のために様々な場所を旅しています。どうぞ、よろしくお願いします」

「うん、よろしく賢亀。俺は遠野柚希、人間だ」

「私は遠野天斗、柚希君の伯父です。よろしくお願いしますね、賢亀君」

「……我は白澤の義智、柚希の仲間だ」

「そしてボクはオルトロスのオルトだよ。よろしくね、賢亀」

「はい、どうぞよろし……」

 

 賢亀がニコッと笑いながら答えようとしたその時、賢亀と智虎の両方からグーッという音が聞こえてきた。

 

 あ、もしかして……。

 

「賢亀、お前も腹が減ってるのか?」

「あはは……そうみたいです……」

 

 俺の問い掛けに賢亀は少し恥ずかしそうに答えた。

 

 まあ、賢亀は冬眠してたし、智虎はさっきまで修行をしてたし、仕方ないよな。

 

 そう考えながらニッと笑った後、俺は天斗伯父さんに声を掛けた。

 

「天斗伯父さん、それじゃあそろそろ朝食にしましょうか」

「そうですね。色々と訊きたい事はありますが、空腹の状態よりは、お腹を満たしてゆっくりとしている時の方が話をしやすいですから。……では、柚希君、義智さん。お手伝いの方をお願いしますね?」

「はい」

「うむ」

 

 天斗伯父さんの言葉に答えた後、俺は『絆の書』を机の上に置いてから、オルトに声を掛けた。

 

「それじゃあ、オルト。智虎と賢亀の事は任せたぞ?」

「うんっ! 任せてよ、柚希兄ちゃん!」

「ああ」

 

 オルトの言葉に頷きながら返事をした後、俺は天斗伯父さんと一緒に朝食の準備をするためにキッチンへと向かった。

 

 

 

 

『いただきます』

 

声を揃えて食事の挨拶をした後、俺達は目の前の朝食を食べ始めた。今朝は洋食向きな材料が多かったため、トーストにベーコンエッグ、それとコーンスープにトマトサラダという献立だ。

 

 ……うん、やっぱりたまには洋食っていうのも良いよな。

 

 そんな事を考えつつ、俺はトーストを一枚手に取り、マーマレードのジャムを塗ってから口へと運んだ。そして噛んだ瞬間、小気味の良いサクッという音と共に、口の中にトーストの香ばしさとマーマレードの爽やかな酸味がじんわりと広がっていった。

 

 さて……賢亀の様子はどうかな?

 

 食べかけのトーストを手に持ったまま、俺は賢亀の方へ視線を向けた。すると、賢亀は智虎と楽しそうに話をしながらゆっくりと朝食を食べており、賢亀の様子からとても安心しているのが見て取れた。

 

 ……よし、これなら落ち着いて話が出来そうだな。

 

 賢亀の様子からそう判断した後、俺は賢亀に話し掛けた。

 

「さて、賢亀。何であんな所で冬眠状態になってたのかを訊いても良いか?」

「あ……はい」

 

 賢亀が返事をすると、俺を含めた全員の視線が賢亀へと集中したが、賢亀はそれには動じること無く話を始めた。

 

「皆さんも知っての通り、僕達は現在黄龍様のご指示に従い、修行のために各地を旅していたり、智虎君のようにどこかでお世話になっていたりしています。そんな中、僕はお父さんから各地を旅をするように言われたんです」

「……ふむ、それは(いささ)か妙な話だな……飛翔が容易な青龍や朱雀ならばいざ知らず、玄武であるお前に旅を指示するとは……」

「それなんですが……お父さんの考えとしては、僕にはのんびりとした所があるから、僕をどこかに預けるよりは、旅をさせて様々な物を見せたり、色々な苦労をした方が修行になるという事らしくて……」

「なるほどな……そして、その旅の最中にこの辺まで来たは良いけど、時期的に雪が降ってたこともあって、いつの間にか冬眠状態に入ってしまっていた、と……」

「はい……」

 

 俺の言葉に賢亀が少しショボンとした様子で答えた。

 

 ……まあ、いくら玄武とはいえ、賢亀もまだまだ子供なわけだし、仕方ないと言えば仕方ないよな。ただ、問題は……。

 

 賢亀から視線を外した後、俺は天斗伯父さんに声を掛けた。

 

「天斗伯父さん。しばらくの間、賢亀をこの家に滞在させるのは大丈夫ですか?」

「はい、私は大丈夫なのですが……」

 

 天斗伯父さんは賢亀の方へ視線を移してから言葉を続けた。

 

「やはり、一度甲亀さんに今の賢亀君の事を報せる必要はあるので、とりあえずその間ならばという事になりますね」

「……分かりました」

 

 天斗伯父さんの言葉に返事をした後、俺は賢亀へと視線を戻した。すると、賢亀の顔は先ほどまでのショボンとした物から、少し不安そうな物へと変わっていた。

 

 ……うん、やっぱりこれからの事を考えると不安になるよな……よし、賢亀がここにいる間だけでも、どうにか元気づけたり何か成長に繋がる物を一緒に探してやってみるか。

 

 そう強く決心した後、俺はニッと笑いながら賢亀に話し掛けた。

 

「賢亀、大丈夫だよ。今回の件について、たしかにお前のお父さんから少しは叱られるかもしれないけど、それはあくまでもお前の事を想ってるからなんだからさ」

「柚希さん……」

 

 そして俺は、再び天斗伯父さんの方へ視線を戻した。

 

「天斗伯父さん、甲亀さんへ賢亀の事を報せに行くのは何時頃ですか?」

「そうですね……今日は私もお休みですので、朝食の後に行ってこようかと思っています」

「朝食の後、ですね。分かりました」

 

天斗伯父さんの答えを聞いた後、俺は賢亀の方へ視線を戻した。

 

「賢亀、家にいる間、俺達と一緒に色々な事をしてみないか?」

「色々な事……ですか?」

「ああ。元々、お前の旅の理由は色々な物を見たり色々な苦労をしたりする事だろ? だったら、ここはそれにピッタリな場所だと思うんだ」

 

 俺のそんな言葉に風之真達も納得したように次々と声を上げた。

 

「んー……まあ、たしかに間違っちゃあいねぇな。ここにゃあ、妖やら霊獣やら色んな奴がいっからなぁ……」

「ふふ、そうですね。そしてそれに加えて、私も含めて皆さん様々な生き方をしてきていますし、年齢や趣味も様々ですから」

「そうだな。簡易的に様々な経験をするのであれば、この家が最適であると言えるだろう」

「うんうん、確かにそうだよねっ♪」

「それに……私達も賢亀さんのお話を聞いてみたいです」

「うん。僕達とはまた違った経験をしてきてる筈だから、こっちこそ色々な勉強になるからね」

「皆さん……」

 

 風之真を始めとした皆の声を聞き、賢亀が皆の事を見ながら嬉しそうにしていると、智虎が賢亀の甲羅をポンッと叩きながら優しい笑みを浮かべた。そしてそれを見ると、賢亀もとても嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

 よし、これでまずは第一段階は大丈夫だな。

 

 賢亀達の様子を見て、俺がそう確信していると、天斗伯父さんが穏やかな笑みを浮かべながら静かな声で話し掛けてきた。

 

「それでは柚希君、私がいない間、賢亀君の事をお願いしますね?」

「はい、任せて下さい」

 

 俺はニコッと笑いながら天斗伯父さんの言葉に答えた。

 

 

 

 

「さて……まずはどうしようかな」

 

 朝食を終え、天斗伯父さんがいつもの扉を通って出掛けた後、義智や蒼牙と一緒に朝食の洗い物をしながら、俺は今日の事について考えを巡らせていた。

 

『絆の書』の住人達がいつもやってる事に賢亀を参加させる事にはしたものの、賢亀にも可能な事と不可能な事は流石にあるわけだしな……さてさて、本当に何から始めたもんかな……。

 

 俺があれこれと考え始めようとしたその時、後ろからトットットッという足音が二つほど聞こえてきた。それが何の音か気になり、洗い物の手を止めてその足音の方へ振り向いてみると、そこには賢亀を背中に乗せた智虎と風之真を頭に乗せたオルトの姿があった。

 

「あれ……お前達、どうかしたのか?」

「あ、いやな……柚希の旦那が何か悩んでるみてぇだったから、ちっと気になってな」

「あ、なるほど……まあ、確かに悩んでると言えば悩んでる……かな?」

 

 俺が微笑みながら言うと、オルトは耳をペタンと倒しつつ、心配そうな表情を浮かべながら話しかけてきた。

 

「えっと……悩んでるのってもしかして……」

「ああ、まずは賢亀に何をさせて上げたら良いのか、それが中々思い付かなくてな」

「あー……やっぱりそうかぁ……。まあ、中々難しい話ではあっからなぁ……」

 

 風之真はオルトの頭の上で立ち上がって腕を組んだ後、義智と蒼牙に声を掛けた。

 

「旦那方は何か良さそうな案はあったりするのかぃ?」

「ふむ、良さそうな案か……ある事はある。しかし、それを今言うわけにはいかん」

「へぇ? そりゃあ何でなんでぃ?」

「この件は柚希が自ら引き受けたことだ。つまり、柚希自身が今回の件に適した方法を思い付かなくては意味が無い。よって、そのためにも我々は今回の件について、静観することにしたのだ」

「静観することにしたって……今回の件は本当に時間が……!」

 

 義智達の答えを聞き、風之真が大きな声を上げようとしたが、俺はそれを手で制止しながらニッと笑いつつ声を掛けた。

 

「良いんだよ、風之真。義智達の言いたい事は分かってるからさ」

「け、けどよぉ……!」

「風之真の気持ちはスゴく嬉しいよ。でも、これからの事を考えると、これくらいの事すら出来ないといけないからさ。そうだろ? 義智、蒼牙」

 

 視線を移しながら訊くと、義智と蒼牙は静かに頷きながらそれに答えた。

 

「その通りだ。現在、この家……そして『絆の書』には妖から霊獣に至るまで様々なモノ達が住んでいる」

「つまり、柚希にはそれだけ多くの責任が伴っている。そして柚希の性格から、これからも様々なモノ達と出会い、我々のように仲間に加えていくことが容易に想像できる」

「よって、その時の事を考えるならば、今回の件の解決策は柚希自身が考え付かなければならないのだ」

 

 義智はそう言葉を締めくくると、俺の方へ視線を移した。

 

「柚希、お前ならば我々と同じ──もしくはそれ以上の解答に辿り着けると我らは思っている。しっかりと今回の件について考え、お前にとって悔いの無い解答を導き出すのだぞ?」

「ああ、分かってるさ」

 

 ニカッと笑いながら答えた後、俺は風之真達の方へと視線を戻した。

 

「とりあえず、ちゃちゃっと洗い物を終わらせちゃうから、お前達は居間に戻っててくれ。話の続きはその後にしよう」

「あいよ!」

「はーい!」

「はいっ!」

「分かりました」

 

 風之真達が居間に戻っていくのを見届けた後、俺は洗い物を再開した。

 

 俺にとって悔いの無い解答、か……正直なところ、まだぜんぜん浮かんでないけど、義智達の期待を良い意味で裏切れるように頑張ってみないとな。

 

 そして、賢亀の事について再び考えつつ、俺は洗い物を済ませていった。

 

 

 

 

 洗い物を済ませた後、俺は和室に行くという義智達と別れた後、約束通り居間へと戻った。すると、ヒーターの前で暖を取っていた風之真達がすぐに俺の所へと駆け寄ってきた。

 

「柚希の旦那! お疲れさん!」

「お疲れ様、柚希兄ちゃん!」

「柚希さん、お疲れ様です」

「お疲れ様です、柚希さん」

「うん、ありがとうな、皆」

 

 そしてソファーに座った後、俺は洗い物中に思いついた事を風之真達に話し始めた。

 

「さて……賢亀の事について、一つ思いついた事があるんだけど、聞いてくれるか?」

「んー……そいつぁ構わねぇけど、一体何なんでぃ?」

「それはな……智虎がいつもやってる事を賢亀にもやってみてもらおうと思うんだ」

「僕がいつもやっている事を……」

「僕が一緒に……ですか?」

「そう。ほら、智虎って修行をするためにここにいるし、賢亀は修行のために旅に出たわけだろ? だったら、智虎の修行を賢亀が一緒にしてみるのもありかなと思ってな」

「あー……なるほどな。けど、義智の旦那との修行はもう終わっちまってるし、後は雷牙の旦那や雪花と何かやるか他の連中と何か話したりするくれぇだから、賢亀にとっちゃあ大した修行にはならねぇんじゃねぇのかぃ?」

「いや、なるさ。風之真、賢亀が旅に出る事になった理由は何か覚えてるか?」

「へ……そりゃあ、色んな物を見たり色々な苦労をしたりして、自分の成長に繋がる物を見つけ……」

 

 その瞬間、風之真は何かに気付いたような表情を浮かべた。そして賢亀の方をチラッと見てから、顎に手を当てながら言葉を続けた。

 

「そうか……! ここにゃあ色んな奴がいっから、色んな物を見る事も出来れば、その手伝いをする事で多少の苦労も出来る。つまり、いつもの智虎の行動についてくだけでも賢亀にとっては修行の一つにはなるってぇわけか……!」

「そういう事だ。それに、智虎と一緒だから賢亀も安心して過ごせるだろうしな」

 

 そして俺は、智虎と賢亀の方へ視線を移しながら言葉を続けた。

 

「という事なんだけど、お前達はどうだ?」

「僕はもちろん賛成です。少しは成長できた所を賢亀君に見てもらいたいですから」

「僕も賛成です。智虎君がいつもどんな事をやっているのかちょっと気になっていたので」

「分かった」

 

 智虎達の答えに頷いた後、今度は風之真達に声を掛けた。

 

「それじゃあ、俺は智虎達と一緒にいるから、風之真とオルトはいつも通り過ごしてくれ」

「おうよ! んじゃあ、お前ら、また後でな!」

「また後でね~!」

 

 そう元気良く言うと、風之真達は家の奥に向けて走って行

そしてそれを見送った後、俺は智虎達に声を掛けた。

 

「よし……それじゃあ、俺達も行こうぜ」

「はい!」

「はい」

 

 智虎達が声を揃えて返事をした後、俺達は智虎の一日体験ツアーを開始した。

 

 

 

 

 数時間後の昼頃、俺達は一度居間に戻り休憩をしていた。

 

 ……ふふ、やっぱり色んな奴がいて色んな出来事が待ってるっていうのは本当に楽しいよな。

 

 その数時間の間にあったこころ達ガーデニング組のガーデニング講義や雷牙と雪花の力の制御のための修行、そして義智達による力の使い方についての講義や風之真達元気三兄妹との散歩の様子を思い出した後、俺は智虎達の方へ視線を向けた。

すると、智虎はいつもやってる事だけあって、まだまだ余裕そうな表情を浮かべていたが、賢亀は少し疲れたような表情を浮かべていた。

 

 まあ、ウチの皆にあそこまで付き合えばそうなるよな。

 

 俺は賢亀の様子を見てクスッと笑ってから声を掛けた。

 

「賢亀、ここまで色々な事をやってみたけど、どうだった?」

「あ……はい、何というか……色々な事がありすぎて、まだ頭が追い着いていないというか……」

「ふふっ、そうだろうな。智虎も最初はそうだったしな……な、智虎?」

「……ふふ、そうでしたね」

 

 智虎は楽しそうに笑うと、賢亀の方へ視線を向けてから言葉を続けた。

 

「僕の場合、元々の臆病な性格もあって、柚希さん以外の方には自分からあまり近寄ってはいけませんでしたけど、風之真さんやオルト君達が最初にグイグイと話し掛けて来てくれた事がきっかけになって他の皆さんとも話すようになって、そして次の日から皆さんの一日の行動に付き合っていって……今となっては、そんな毎日が楽しいですし、今までやった事が無い色々な事に挑戦してみたいと思えるようになりました」

 

 智虎がニコッと笑いながら言葉を締めくくると、賢亀は少しだけ信じられない様子でポツリと言葉を漏らした。

 

「あの智虎君が……こんな風に変わるなんて……」

「ふふ、たしかに旅に出る前だったらこんな事は言っていないし、僕自身も不思議に思ってるよ。けどね、賢亀君」

 

 智虎は静かに目を閉じながら言葉を続けた。

 

「毎日、色々な発見をしたり色々な事を話していたりすれば、少しずつでも何かは変えられるんだよ。そしてそれは柚希さん達のような人間でも僕達のような四神でも同じ。大事なのはとりあえず失敗を恐れずに色々な事をやってみる事、それが僕がここで最初に学んだ事なんだ」

「とりあえず失敗を恐れずに色々な事をやってみる……」

「うん。……もっとも、賢亀君の場合はちょっと事情が違うから、あまり参考にならなかったかもしれないけどね」

 

 智虎が少し申し訳なさそうに言うと、賢亀は穏やかな笑みを浮かべつつ、静かに首を横に振りながらそれに答えた。

 

「ううん、そんな事は無いよ。さっきの話もそうだし、智虎君達と一緒に色々な事をやってた時もそうだけど、智虎君の表情とかからここでの生活を楽しみつつ、それをしっかりと自分の成長に繋げているのがちゃんと伝わってきたからね」

「えへへ、それなら良かったよ」

「うん、それに今の話を聞いて決心もついたしね」

「うんうん、それは良かっ……え?」

 

 賢亀の言葉に智虎が不思議そうな表情を浮かべる中、賢亀は真剣な表情を浮かべながら俺に話し掛けてきた。

 

「柚希さん、もし……お父さんに許可を貰えたら、僕もここでお世話になっても良いですか?」

「え、それは別に良いけど……どうしたんだ、いきなり?」

 

 俺が少し驚きながら訊くと、賢亀は穏やかな笑みを浮かべながらそれに答えた。

 

「さっきの智虎君の話す様子や柚希さんと一緒に他の皆さんと触れ合っている様子を見た時、僕はとても驚いていたんです。こう言ってはなんですが、僕の知ってる智虎君は色々な物にビクついていたり、お父さんの陰に隠れているような子でしたから。

でも、久しぶりに会った智虎君はそんな様子は一切無いどころか、あの時とは別人なんじゃないかと思えるほど、良い方へと変わっていました」

「賢亀君……」

「そしてそれを感じた時に思ったんです、ここは色々な変化や発見に満ちた場所であり、今まで見て来た事の無い景色が見えるかもしれない場所なのだと。だから、僕もここで見つけてみたいんです、僕ののんびりとしたし過ぎた性格を変えられる、または何か良い方へ活かせる物を」

「そっか……」

 

 賢亀の言葉に小さく呟くように答えた後、俺はニッと笑ってから言葉を続けた。

 

「そういう事なら俺もそれを手伝わせてもらおうかな。まあ、それについて話したら皆も手伝ってくれる気はするけどな」

「柚希さん……! ありがとうございます……!」

「どういたしまして。ただ……問題は賢亀のお父さん―甲亀さんがどう言うかだな」

「はい……普段はとても物静かで優しいんですけど、自分で決めた約束事とかにはとても厳しいので……」

「そうか……」

「はい……」

 

 目の前に立ちはだかっているとてつもなく高い壁に俺達がどうしたら良いのか分からなくなっていたその時、玄関の方からドアが開くガチャッという音が聞こえてきた。

 

「ん……どうやら天斗伯父さんが帰ってきたみたいだな」

「みたいですね」

「……という事は、お父さんに今の僕の状況がしっかりと伝わったって事ですよね……」

 

 賢亀がとても不安そうに言う中、俺は賢亀の甲羅をポンッと叩きながら声を掛けた。

 

「大丈夫だよ、賢亀。賢亀の頑張りだってお父さんには伝わってる筈だからさ」

「そうだよ、賢亀君。だから、暗くならずに明るくいこう」

「柚希さん……智虎君……」

 

 俺達の言葉に賢亀が少し安心した表情を浮かべていた時、天斗伯父さんの神力が徐々に近付いて来るのを感じた。そしてそれに少しだけ手汗を握っていると、天斗伯父さんが穏やかな笑みを浮かべつつ、手に黒い風呂敷包みを持ちながら静かに居間へと入ってきた。

 

「皆さん、ただ今戻りました」

「お帰りなさい、天斗伯父さん。賢亀のお父さんとの話はどうでした?」

「そうですね……それに関しては、柚希君達が話したい事を聴かせてもらってからの方が良いかもしれませんね」

 

 天斗伯父さんは手に持っていた黒い風呂敷包みを俺達に見せつつ、俺の手元を見ながら優しい声で言った。

 

 はは……流石は神様、そんな事くらいお見通しか。

 

 俺は心の中で苦笑いを浮かべた後、ジンワリと湿っていた手を服の袖でそっと拭った。そしてスッと立ち上がってから、静かに微笑みつつ天斗伯父さんに声を掛けた。

 

「そうですね。それじゃあ……俺はお茶の準備をしてきます」

「ふふ、ありがとうございます」

 

 優しい笑みを浮かべながら言う天斗伯父さんの言葉に静かに頷いた後、俺はお茶の準備をするためにキッチンへと向かった。そしてその数分後、俺達用に少し熱めに淹れた緑茶が入った湯呑み茶碗と智虎達用に少し温めに淹れた緑茶が入った底が少し深い飲み物用の皿を載せたお盆を持ちつつ、俺は居間へと戻ってきた。

 

 さて……天斗伯父さんが甲亀さんとどんな話をしたかまでは分からないけど、俺達が話した事をしっかり伝えるために落ち着いて話をしないとな。

 

 俺はそう強く決心した後、天斗伯父さん達がいるテーブルへと静かに歩き、天斗伯父さんの目の前に静かにお茶が入った湯呑みを先に置いてから、次に智虎達の目の前に緑茶が入った皿を置いていった。そして自分用のお茶を天斗伯父さんの席の向かいに置いてから俺はその席へと静かに座り、緑茶を一口飲んで気持ちを落ち着かせた後、賢亀達と話していた事をゆっくりと話し始めた。

 

 

 

 

「……そう、ですか……」

 

 俺が話を終えた後、天斗伯父さんの口から出て来たのはそんな言葉だった。そしてその声には、小さな驚きが籠められているように聞こえた。

 

 ……という事は、もしかして甲亀さんとの話は……。

 

 その瞬間、外の冷たい風が入ってきたかと錯覚しそうな程にぶるっと体が震えた。

 

 ……いや、まだ話を聞いたわけじゃ無いんだ。暗い想像をするのは止めよう……!

 

 頭の中で強くそう思いながら気持ちを落ち着けた後、俺は天斗伯父さんの顔を真っ正面からしっかりと見つめた。すると、天斗伯父さんはニコッと微笑みながらいつものように穏やかな調子で声を掛けてきた。

 

「そんなに気を張らなくても大丈夫ですよ、柚希君。私が驚いた理由は別にありますから」

「……え? 別にあるって……それは一体どういう事ですか?」

「それはですね……」

 

 天斗伯父さんは俺の疑問に答えながらテーブルの上に置いていた風呂敷包みを静かに解いていった。すると、風呂敷包みの結び目がシュルシュルという音を立てながら徐々に解かれていくのにつれて、風呂敷包みの中から神力や霊力といった力が漂い始めた。

そして、風呂敷包みの結び目が全て解かれ、中の物の正体が明らかになった時、智虎と賢亀はハッとした表情を浮かべながら静かに驚きの声を上げた。

 

「こ、これって……!」

「まさか……!」

 

 俺達の目の前に現れた物、それは古びた和紙のような物で作られている何冊もの本だった。その本達からはさっきよりも強い霊力や神力が発せられており、明らかに只の本では無いのが見て取れた。

 

「天斗伯父さん、この本は一体……?」

「これは智虎さんと賢亀さんのお家に伝わる様々な術が書かれている書の写しですよ」

「智虎と賢亀の家に伝わる様々な術……」

 

 俺はその内の一冊を手に取り、パラパラと捲ってみた。そして、書かれている術を試しに一つ暗唱してみたその時、俺の湯呑み茶碗が静かに震えだし、入っていた緑茶が徐々に量を増していった。俺は瞬時にやってしまったと思い、どうにか止めようとしたが、緑茶は飲み口のところまで上がったのを最後にその動きを止めた。

 

 ふぅ……何とか止まってくれて良かった……。

 

 その事に心の底から安堵していた時、俺はある違和感を覚えた。違和感を覚えた理由、それはさっきまで緑茶はホカホカと湯気を上げていた筈なのに、量が増えた後は全く湯気を上げていなかったからだ。

 

 ……つまり、増えたのは『緑茶』じゃなくて『水』って事か……。

 

 俺がその現象に目を奪われていると、天斗伯父さんがクスクスと笑いながら話を始めた。

 

「今、柚希君が体験した通り、この書達には玄武が司る『水』の力、そして白虎が司る『金』の力を持つ術が記されています。そして、その種類は今のように初歩的な物からとても強大な力を持つ物まで様々です。

……そしてこれらはそれ故に、必ず管理する者が必要となります。なのに、これがここにある理由……分かりますか? 賢亀さん」

 

 その時、この書達がここにある理由に気付き、賢亀がハッとした表情を浮かべると、天斗伯父さんはニコッと笑いながら話を続けた。

 

「そして私が驚いた理由、それは甲亀さんの思いと賢亀さんの思いが同じだったからです」

「つまり……僕はまだ修行を続けても良い。そして、ここにお世話になっても良い。……そういう事ですよね?」

「はい、その通りです」

 

 その天斗伯父さんの言葉を聴いた瞬間、とても嬉しそうな表情を浮かべながら、体の力が抜けたようにその場にへたり込んだ。

 

「よ、良かったぁ……!」

「ふふ、良かったね、賢亀君」

「うんっ!」

 

 とても嬉しそうにしている賢亀達を見た後、俺は天斗伯父さんに話しかけた。

 

「『金』の力を持つ術の書もここにあるという事は、もしかして剛虎さんにも会いに行ったんですか?」

「いえ、私が甲亀さんのお宅を訪ね、賢亀さんの事をお話していた際、丁度剛虎さんも術書を持って甲亀さんのお宅を訪ねていらっしゃったんです」

「あ、そうだったんですね」

「はい。その後、剛虎さんもお話に参加し、剛虎さんが智虎さんの事を話題にした際、甲亀さんがこの家の事、そして柚希君に興味を示して下さったので、それらについてお話をしたのです。すると、甲亀さんは賢亀さんを旅に出した本当の理由を私達に話して下さったんです」

「本当の理由……ですか?」

「はい。実は……元々甲亀さんは賢亀さんをどなたかの元へ修行に出そうと考えていたのですが、賢亀さんのある点が気になり、急遽旅に出す事にしたそうです」

「ある点……」

「甲亀さんが気になった点、それは賢亀さんが自分自身の中にある玄武にとってとても良い個性に気付いていながら、それをただ放置していた事です」

 

 それを聞くと、賢亀は少し不思議そうに首を傾げた。

 

「玄武にとってとても良い個性、ですか……?」

「はい。そしてそれというのが、賢亀さん自身も自覚している性格―暢気な性格なのです」

「僕の暢気な性格が……玄武にとってとても良い個性……」

「はい。本来、術というものは心を静め、冷静な状態で使用するのが望ましい物です。そして、その中でも『水』の力というのは、他の力に比べて何かを形作る事には集中力を多く使う傾向があります。

因みにその理由は分かりますか?」

「えっと……『水』は他の力とは違い、形を次々と変えてしまうから、ですよね?」

「その通りです。『金』や『土』など元より形を持つ物、そして『火』のように留まりやすい物とは違い、『水』は受け止める物が無い場合、次々と形を変えてしまいますし、他の何かと同化をしてしまいがちな物でもあります。つまり、『水』の力を操るには、常に心を落ち着かせていられる事が望ましいのです」

「……なるほど、暢気な性格の人というのは、ある意味いつも心が落ち着いていると言っても良い。つまり、賢亀は『水』の力を操るには最適な性格の玄武である、という事ですね?」

「はい。ですが……賢亀さんは年のせいもあったせいか、その事に気付く様子は一切なかった。そこで、甲亀さんはあえてその事を賢亀さんに報せず、そして自分の性格に意識を向けやすいように旅の理由を性格の矯正という物にした上で旅に出したのだそうです」

「なるほど……でも、そんな考えがあって旅に出したのに、どうしてこの家に修行へ出す方に考えを変えたんですか?」

 

 俺が首を傾げながら訊くと、天斗伯父さんはクスクスと笑いながらそれに答えてくれた。

 

「実は……その理由というのが、どうやら柚希君の存在にあるらしいのです」

「え、俺……ですか?」

「はい。先日、剛虎さんにもお話ししましたが、柚希君はこの数年の間に様々なモノ達と絆を深めてきた実績、そしてそんな彼らを纏められるだけの実力があります。

甲亀さんはそんな力を持った柚希君ならば、賢亀さんのその個性を活かしつつ、新たな可能性を見出す事が出来ると考え、私達に賢亀さんを預けたいと申し出て下さったそうです」

「あ、そうだったんですね……」

 

 うーん……そう思ってもらえてるのは嬉しいけど、それと同じ分だけプレッシャーを感じるな……。

 

 その事に苦笑いを浮かべていると、智虎が少し不思議そうな様子で天斗伯父さんに話しかけた。

 

「そういえば……どうしてお父さんが持っていた筈の書を天斗さんが持っているのですか?」

「それなんですが……元々、剛虎さんは甲亀さんのお宅を訪れた後、智虎君にこの書達を渡すためにここを訪れる事にしていたらしいので、私達は剛虎さんと一緒に家の前まで来たのですが、丁度その時に剛虎さんのお宅に仕えている方が剛虎さんを捜しているのを見つけまして、剛虎さんと一緒に話を聞いてみたのです。

すると、どうやら剛虎さんでなければどうにも出来ない事が起きたとの事だったので、急遽私がその書達を預かる事となったのです」

「そう、なんですね……」

 

 理由を聞き、智虎がショボンとしていると、天斗伯父さんは優しい笑みを浮かべながら智虎に声を掛けた。

 

「大丈夫ですよ、智虎君。近い内、甲亀さんを誘って智虎君の様子を見にいらっしゃると帰り際に仰ってましたから」

「……そう、なんですか?」

「はい。剛虎さんは約束を違えない方なので、間違いないです」

 

 天斗伯父さんの言葉を聞くと、智虎はとても嬉しそうな表情を浮かべた。

 

 ……まあ、智虎は剛虎さんのような白虎になりたいと思ってるわけだし、こういう反応になるのは当然だよな。

 

 その様子にクスリと笑った後、俺は賢亀に声を掛けた。

 

「さて……賢亀、親御さんの許可も出たことだし、これでお前も正式に俺達の仲間入りだな」

「はい。まだまだ未熟ですが、精一杯頑張ろうと思います。これからよろしくお願いします」

「ああ。

よろしくな、賢亀」

「よろしくお願いしますね、賢亀君」

「よろしくね、賢亀君」

 

 賢亀と言葉を交わした後、俺はテーブルの上に置いていた『絆の書』を手に取り、俺の事や『絆の書』の事などについて、賢亀に説明した。そして話し終えると、賢亀はとても興味深そうな表情を浮かべた。

 

「……なるほど、この本にはそんな力があったんですね……」

「まあな。さてと、それじゃあそろそろ始めようぜ、賢亀」

「はい!」

 

 賢亀の返事を聞いた後、俺は『絆の書』の空白のページを開き、そのままテーブルの上に置いた。そして賢亀が前足を空白のページに置いたのを見た後、俺は左手で『ヒーリング・クリスタル』を握りながら、右手を空白のページへと置き、いつも通りのイメージを頭の中に浮かべた。

その後、体の奥に沸き立つ魔力が腕を伝って、右手の中心にある穴から『絆の書』へと流れていくイメージが無事に浮かんだ事を確認し、俺はそのまま静かに魔力を流し込んだ。

そして必要な量が流れ込んだ事を確認した後、俺は右手を静かに『絆の書』から離し、開いているページに視線を向けた。すると、そこには穏やかな清流の中心にある岩の上で真剣な表情を浮かべている賢亀の姿と玄武についての詳細が書かれた文章が浮かび上がっていた。

 

 ……よし、無事に完了っと。

 

 俺はその事に少しホッとした後、賢亀のページに魔力を注ぎ込んだ。そして『絆の書』から賢亀が出て来た後、俺は賢亀に声を掛けた。

 

「賢亀、向こうの様子はどうだ?」

「はい。柚希さんのお話通り、とても綺麗な場所ですし、霊力とかの流れも良いので、スゴく居心地の良い場所だと思いました」

「ふふ、それなら良かったよ」

 

 賢亀の感想に返事をしながら『絆の書』を再び手に取った後、俺は静かに『絆の書』を閉じた。そして、すっかり冷たくなった緑茶を一気に飲み干した後、智虎と賢亀に声を掛けた。

 

「よし……それじゃあ食器を片付けた後、賢亀が仲間に加わった事を皆に報告しに行くか」

「はい!」

「分かりました」

 

 智虎達の返事に頷いて答えた後、俺は賢亀を智虎の頭の上に載せてから自分達の食器を手に取った。すると、天斗伯父さんは突然クスクスと笑いながら俺に話し掛けてきた。

 

「柚希君、後片付けは私がやっておきますので、柚希君は智虎君達と一緒に皆さんの所へ行って来て下さい」

「え……でも、天斗伯父さんはさっきまで出掛けていたから疲れてるんじゃ……」

「ふふ、このくらい疲れの内に入りませんよ。なので、柚希君達は早く皆さんにこの事を伝えてあげて下さい」

「天斗伯父さん……分かりました、それじゃあお言葉に甘えさせてもらいます」

 

 天斗伯父さんに向かって静かに頭を下げた後、手に持っていた食器をテーブルの上に戻し、椅子に座っていた智虎を静かに床へと下ろした。そして『絆の書』を手に取った後、智虎達に声を掛けた。

 

「よし、それじゃあ早速行こうぜ、智虎、賢亀」

「はい!」

「はい」

 

 智虎達が声を揃えて返事をするのを聞いた後、俺達は他の皆の所へ向けて歩き始めた。智虎達が発する外の寒さにも冷めてしまった緑茶にも負けないほど温かい絆の波動を感じながら。




政実「第13話、いかがでしたでしょうか」
柚希「今回は玄武……って事は、次回はアイツかな?」
政実「まあ、それに関しては次回のお楽しみという事で」
柚希「分かった。そして最後に、この作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「よし、それじゃあそろそろ締めていこうか」
柚希「ああ」
政実・柚希「それでは、また次回」
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