転生者の幽雅な日常   作:九戸政景

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政実「どうも。夢の内容が大抵はカオスな事になる、片倉政実です」
柚希「どうも、遠野柚希です。夢か……俺はあまり変わった夢とかは見ない方だな。まあ、夢の内容は自分の記憶とか心理状態が関係してるっていうし、少しリラックスしながら眠れるようにした方が良いかもな」
政実「そうだね……それじゃあ少しそういう事について調べてみることにしようかな?」
柚希「それが良いだろうな。さて……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・柚希「それでは、第18話をどうぞ」


第18話 春眠の夢を喰らう獣

 ぽかぽかとした陽気の中で様々なモノ達が野原を駆け回り、様々な花の香りが風に乗って仄かに漂い始める季節、春。そんな春のある日、いつものように義智(よしとも)との和室での修行を終え、固まった体を静かに伸ばしていると、義智が落ち着いた声で話し掛けてきた。

 

「柚希、修行の件について一つ言う事がある」

「……ん、何だ?」

「先日の四神の試練、並びにシングの件において、お前の中の『力』が高まっている事が明らかとなった。よって、そろそろ新たな修行を行おうと思う」

「新たな修行……?」

 

 俺が首を傾げながら疑問の声を上げると、義智はゆっくりと頷きながら答えた。

 

「そうだ、己の『力』が高まるという事は、他の者にそれを感知されやすくなる。つまり、以前よりも妖や幻獣などにお前の存在を知られやすくなるのだ」

「あ……そっか」

「そういえば、雷牙(らいが)さんや護龍(フゥーロン)君も柚希さんの力を感じ取ったから、柚希さんに接触を図ってきたり警戒のために力を誇示してきたりしたんですもんね」

「……うむ、その通りだ。そして、柚希の存在に勘づいた上で近付いてくるのは、全てが清き心を持ったモノとも限らず、中には邪な心を持ったモノもいる」

「……まあ、確かにそうだよな」

 

 蒼牙(そうが)の件を除けば、まだ本当に危険なモノとは出会った事は無いけど、このまま『力』の気配を無警戒に流していたら、いつかはそういうモノ達が接触を図ってくるし、もしそうなったら夕士達にだって危害を加えるかもしれない。

未来の夕士なら何とか出来るだろうけど、今の夕士は魔本の主(ブックマスター)では無いから、そういう事態に巻き込まれてもどうにも出来ない。

 

 だからそういう最悪の事態だけは、絶対に避けないといけないな……。

 

 最悪の自体を頭の中に思い描き、俺が両手の拳をギュッと握っていると、義智はいつもと変わらぬ静かな声で再び話し掛けてきた。

 

「よって、明朝(みょうちょう)より『力』の気配を消す修行なども取り入れていく。もちろん、その分心身への負担も増えるが、お前にその覚悟はあるか? 柚希」

「……愚問だな、義智。大きな力を持つ以上、それを扱うにあたっての責任や覚悟なんてのは当然あるさ。それに、この力のせいで天斗伯父さんや『絆の書』の皆、そして夕士や長谷達に何かあってからじゃ遅いからな」

 

 フッと笑いながら答えると、義智は静かに頷いてから、今度は智虎(ヂィーフー)の方へと視線を向けた。

 

「せっかくの機会だ。智虎、お前達四神と輝麒(フゥイチー)にも同様の修行を受けてもらう。当然、現在受けている修行も含めてだ」

「僕達も……ですか?」

「お前達四神と輝麒は『絆の書』の住人達の中では上位に位置する力の持ち主だ。故にその程度の事は、簡単にこなしてもらう必要がある」

「な、なるほど……」

「……まあ、お前達が出来るのなら、だがな。どうだ? 智虎よ」

 

 義智が挑戦するような眼差しで見つめながら訊くと、智虎は覚悟を決めたような眼差しで義智の事を見つめ返しながら口を開いた。

 

「出来ますよ、義智さん。僕達だって四神の試練を乗り越えた四神と麒麟ですから。それくらい乗り越えなきゃ、力を認めてくれた父さん達や黄龍様の期待を裏切る事になりますしね」

「……分かった。では、お前の方から賢亀(イェングィ)達にはしっかりと伝えておくのだぞ、智虎」

「はい!」

 

 智虎が大きな声で返事をすると、義智は再び静かに頷いてから、ゆっくりと立ち上がった。

 

「……さて、そろそろ朝餉(あさげ)の時だ。他の奴らを呼び出しつつ、シフルの手伝いをしに行くぞ」

「ああ」

「はい!」

 

 そして、返事をしながら立ち上がった後、俺は『絆の書』の住人達を呼び出しつつ、義智達と一緒に天斗伯父さんがいる居間へと向かった。

 

 

 

 

「それじゃあ、行ってきます」

 

 朝食を食べ終え、学校に行く準備を整えた後、俺は玄関のドアを開けながら天斗伯父さんに声を掛けた。そして外に出てから静かにドアを閉めていると、近くから俺の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「おはよう、柚希!」

「柚希、おはよう」

 

 そこにはいつものように夕士と長谷の姿があり、二人とも俺の事を見ながらにこやかに微笑んでいた。

 

 うん……やっぱり良いよな、こういう平和な光景って。

 

 そんな事をしみじみと感じつつ、俺は夕士達へと近付きながら挨拶を返した。

 

「おはよう、二人とも。今日は珍しく俺がラストみたいだな」

「ああ。だがな、珍しいのはそれだけじゃないぞ?」

「それだけじゃないって……特に変わった様子は無さそうだけど?」

 

 長谷の言葉に首を傾げつつ、俺は夕士達の様子を観察した。俺のその言葉通り、夕士達の姿はいつもと何ら変わらない私服にランドセルといった物であり、波動も夕士から強い喜びの波動を感じる以外には特にこれといった変化は見られなかった。

 

 ……って事は、この夕士の強い喜びの波動が何か関係してるのかな……?

 

 そう思いながら、俺は夕士に話し掛けた。

 

「夕士。何だか嬉しそうな様子だけど、何かあったのか?」

「へへっ、まあな! なんて言ったって、今日は長谷よりも早かったからな!」

「早かったって……まさか、長谷よりも先に準備したって言うのか……?」

「おう、その通りだ!」

 

 夕士が太陽のように明るい笑顔で答える中、俺は“夕士が長谷より早かった”という事実に心の底から驚いていた。

 

 珍しい……本当に珍しいぞ、それ……。

 

 夕士は別に朝が弱いわけでもなく、学校に行く準備などが遅いわけでもない。だが、それよりも先に長谷が俺達の家に来ている事が殆どで、朝に夕士が一番に来ている時などは、この数年で初めての事だった。

 

 ……まさか、夕士が一番なんてな……。

 

 俺が心の底から不思議がっていると、長谷が静かにフッと笑った。

 

「不思議に思うのは本当に分かるぞ、遠野。俺も外に出た瞬間に稲葉がいるのを見た時に夢かどうか疑ったしな」

「あははっ、そうだったな。まさか、長谷が自分の頬を抓る姿を見る日が来るなんて思ってもみなかったぜ」

「……長谷が自分の頬を抓る姿……」

 

 夕士が見たというその姿を想像し、俺は思わず吹き出しそうになった。

 

 ……くくっ、いつも冷静な長谷が驚いた表情を浮かべながら自分の頬を抓るって……! そんなの絶対に面白いに決まってるじゃないか……!

 

 俺が笑いを堪えるのに必死になっていると、長谷がニヤッと笑いながら話し掛けてきた。

 

「遠野。そんなに見たいなら、それを今から見せてやろうか?」

「……や、止めてくれ……! 今それを見たら、絶対に学校に着くまでに笑いを止められないから……!」

 

 俺は笑いを堪えるのに更に必死になりながら答えた後、一度大きく深呼吸をして気持ちをどうにか整えた。

 

 ……ふう、これで何とか落ち着いたな。

 

 そして夕士達の方へ向き直った後、

 

「それにしても……どうして今日は夕士が一番だったんだ?」

 

 と、思っていた疑問を夕士へとぶつけた。

 

 何かしらの理由は当然あるんだろうけど、その理由がまったく見当たらないしな……。

 

 すると夕士は、ニカッと笑いながらその理由を話してくれた。

 

「実はさ……俺、昨日の夜にちょっと怖い夢を見たんだよ」

「怖い夢……どんな夢だったんだ?」

「そうだな……もうボンヤリとしか覚えてないんだけど、どこかの建物で知らない大人に襲われた感じだったな」

「どこかの建物で知らない大人に襲われる……」

 

 それ、警告夢とか予知夢とかじゃないよな……? 実際、後々の未来で似たような事に巻き込まれるわけだし……。

 

 夕士の夢の内容に少しだけ不安を覚えたが、夢の続きが気になったため、一度その不安を頭の中から追い払った。

 

「それで、その後はどうなったんだ?」

「それで……どうにかしないとって思った瞬間、目の前に変な動物が現れたんだよ。何か鼻が長くてちょっと大きめな動物が」

「鼻が長くてちょっと大きめの変な動物……」

「ああ。それでこの動物は何なのかなって不思議に思ってたら、いきなり目の前が光に包まれたんだ。そして気付いたらいつの間にか綺麗な花畑に立ってて、それに首を傾げてたら、お前達が花畑の向こうから歩いてきたんだ」

「ふむふむ……」

「それで直前まで怖い夢を見てたせいか、お前達の姿を見た瞬間にスゴくホッとしてさ。その事についてお前達と話そうと思って近付いたら、突然目が覚めたんだよ」

「……悪夢の内容はボンヤリとしてるけど、その後の夢はしっかりと覚えてるんだな」

「んー……まあ、そうだな。そして目が覚めた時間がいつもよりも早い時間でな、せっかくだから今日はもう起きようと思って起きたら、結果的に長谷よりも早い時間になった感じだな」

「なるほどな……」

 

 夕士から話を聞き終えた後、俺はある奴の名前を思い浮かべていた。夕士の話の内容に合致するであろう、ある『奴』の名前を。

 

 夕士の夢に出てきたっていうのは、たぶんコイツだな。何せコイツは、『夢』に関してはスペシャリストみたいな奴だし。

 

 そんな事を考えつつ、ソイツの事を頭の中に思い浮かべていた時、長谷が静かな声で俺達に話し掛けてきた。

 

「さて……このまま話してると遅れそうだし、そろそろ学校に行こうぜ? 始業式の日に遅れるのは流石に良くないからな」

「ん、だな」

「……そうだな」

 

 長谷の言葉で一度ソイツに関しての思考を止めた後、俺はランドセルを背負い直した。

 

 まあ、今は長谷の言う通り学校に行く事を優先するか。ソイツに関しては後で皆に相談してからの方が良いだろうし。

 

 ソイツについてそう結論付けた後、俺は夕士達と一緒に他愛ない話をしながら学校へ向かって歩き始めた。

 

 

 

 

「えーと……5年生の教室はこっちで良いよな?」

「んー……多分そうだと思うぜ?」

 

 少し自信は無かったものの、俺は夕士の問い掛けに答えながら廊下を進んだ。そして突き当たりを曲がった時、昇降口のクラス表で確認した組の教室を無事に見つけ、俺は安堵の息を漏らした。

 

「……うん、どうやら教室はそこみたいだな」

「……おっ、そうだな!」

「……やれやれ、何とか無事に着けそうだな」

「ふふ、だな」

 

 教室を見つけられた事に揃って笑い合った後、俺達は教室に向かって再び歩き出した。そして教室内に入ると、見知った顔が目に入ってきた。

 

「……ん、あれって……雪村だよな?」

「……おっ、そうだな」

「アイツとも同じクラスか……だが、残念な事に金ヶ崎とは別のクラスみたいだな、遠野?」

 

 ニヤッと笑いながら言う長谷の言葉に俺は小さくため息をついた。

 

 はは……結局、それについては言われるんだな。まあ、事ある毎に夕士達から金ヶ崎の事について言われていたせいか、最近少しだけ金ヶ崎の事が気になってはいたし、クラス表に名前が無いのを見た時にちょっとだけ残念かなとは思ったけどな。

……でもこれは、別に金ヶ崎の事が好きになってきたからでは無いと思うし、今のところそういった事にかまけてる暇なんて無い。今朝義智が言っていたようにこれから更に修行の内容も増えていくわけだし、恋愛なんてのはもっと先の話で良いもんな。

 

 そんな事を考えながら小さくうんうんと頷いてると、俺達の話し声が聞こえたのか、雪村が俺達の方へと顔を向けた。そして俺達に気付くと、雪村は顔をぱあっと輝かせながら勢い良く立ち上がり、俺達へ向かって歩いてきた。

 

「おおっ! お前達、また同じクラスなんだな!」

「どうやらそうみたいだ。雪村、これからもよろしくな」

「おう! よろしくな!」

 

 雪村は大きな声で答えながらニッと笑った。

 

 小学5年生からは色々なこれまでよりも色々な行事があるわけだし、このメンツがいるならスゴく楽しい事になりそうだな。

 

 楽しそうに笑い合う夕士達と雪村を見ながら、俺はそんな予感にも似た何かを静かに感じていた。

 

 

 

 

「んー……!これで今日も学校は終わりだな!」

「まあそうだけど……毎年恒例の始業式だけの日なわけだから、何とも言いようがないけどな」

 

 始業式を終えて家に帰っている途中、夕士が体を気持ち良さそうに伸ばしながら言う言葉に俺は苦笑いを浮かべながら答えた。

 

 夕士の気持ちは分からなくはないけど、別にそんなに疲れてはいないから、夕士の反応が少しだけ大げさに見えるんだよなぁ……。

 

 そして歩きながらふと空をボンヤリと見上げ始めた時、長谷が何かを思い出したように声を上げた。

 

「……そういや、雪村も稲葉みたいな経験をしたって話してたよな……」

「……ああ、そうだっけな」

 

 長谷の言葉に対して返事をしながら俺は帰る前に雪村から聞いた話を思い出した。今朝、雪村も夕士のように悪夢を見たらしいんだが、その内容というのが様々な異形の存在から追い掛けられ続けるという物だ。

そして必死になって逃げていたその時、突如目の前に鼻の長い動物のようなモノが現れ、ソイツの正体について考えようとしたその時、目の前が強い光に包まれた。ここまでは夕士とほぼ同じなんだが、その後の夢というのが色々なタイプの美少女に囲まれ、チヤホヤされるという物だったという。

つまり、悪夢の後に見る夢には、その人にとって『その時に望んでいて安心出来るモノ』が登場するという事になる。夕士にとっては光栄な事に俺と長谷であり、雪村にとっては美少女といった風に。問題は悪夢の内容と『アレ』がこの辺にいる理由だけど、悪夢の内容に関しては一貫性は無いため何とも言えず、『アレ』がいる理由に関しても恐らく話を聞かないと分からない気がする。

 

 ……今日は幸いにも合気道の練習が無いし、昼食の後に昼寝でもしてみるか。必ずしも会えるわけでは無いにしろ、悪夢を見る事が出来れば、出会える可能性は格段に上がるわけだし。

 

 ソイツについてそんな風に考えを纏めていた時、夕士が少しつまらなさそうに声を上げた。

 

「あーあ……せっかく午前で終わりなのに、午後から家の用事があるせいで、お前達と遊べないから、何か損した気分だなぁ……」

「まあ、そう言うなって。家族で過ごせる機会なんて一生の内で限られた回数しか無いようなもんだし、今日の家の用事だって楽しんだ方が良いと思うぜ?」

「そうだな。ウチの家族はちょっとあれだが、稲葉のところはどっちも良い人なんだし、ここは遠野の言う通りに家族の団欒(だんらん)を楽しんだ方が良いぞ?」

 

 夕士の言葉に対して俺達が意見を述べると、夕士は少し考えた後に静かに頷きながら答えた。

 

「……それもそうか。お前達とか雪村とかなら登下校とか学校とかにでも遊べるし話せるけど、父さんと母さんとは夕飯の時とか今日みたいに父さんが休みの時くらいしか無いもんな……」

「その通りだ。家族との会話っていうのは自分の世界を広げるチャンスだったり、絆を深めるための一番の方法だったりする。だから、家族と話せる時にはしっかりと話しとけ。……後から後悔したって遅いんだからさ」

「柚希……」

「遠野……」

 

 寂しさが滲んだ俺の声に夕士と長谷が少し心配そうな表情を浮かべた。今の俺にとっては、天斗伯父さんや義智達『絆の書』の皆が家族にあたるわけだが、本当の家族である父さんと母さんとは、そういう後悔をする前に死に別れてしまった。

事情を知らない人からすれば、事故なんてしょうがない事だと思うだろう。けど、俺には気や波動を感じ取る力があるため、やろうとすれば事故なんて簡単に阻止できるし、漂ってくる悪人の気配も避けていく事だって容易だ。つまり、『俺がその場にいれば』自分や周囲の人間の安全を守る事が出来るわけだ。

だからこそ、あの4歳の時の事は大きな後悔として俺の中で燻り続けている。父さんと母さんは用事で出掛けていた日に、俺は留守番をしながら二人を待っていた。そして父さん達はその帰りに交通事故に遭ってしまったのだった。あの時の喪失感や後悔はいつまでも忘れる事は出来ないだろうし、俺自身忘れるつもりはない。これは俺自身が俺自身に掛けた呪いのようなものであり、一生を掛けて臨むべき試練のようなものだからだ。

もちろん、父さん達や天斗伯父さん達はそんな事を望んではいないだろう。けど、俺はもうあんな思いをしたいとは思わないし、あんな思いをする人を作りたいとは思わない。だからこそ、自分の手が届く人やモノだけでも俺は全力で助けたい。

そして、未然に防げたりその可能性の芽を摘めたりするなら、俺はそれのために全力を尽くす。自己満足とか自分に酔っているとか言われたって良い。力を持っている以上、それをどうにか良い方へ駆使するのは力を持つ者としての使命だと思う。そう考えを深く巡らせていたその時、

 

「──ずき……柚希?」

「……へ?」

 

 突如声が聞こえたため思わず変な声を上げながらスッと顔を上げると、夕士と長谷がとても心配そうな表情を浮かべながら俺の事を見ていた。

 

「夕士、長谷……どうかしたのか?」

「どうかしたのかって……今の柚希、スゴく思い詰めてるような顔をしてたぜ?」

「思い詰めてるような顔……か。あながち間違ってないかもな」

「……って事は、やっぱり……」

「……ああ。さっきの話の流れで、ちょっとだけ父さん達の事を思い出しちゃってな。まあでも、もう6年も前だし、自分の中ではちゃんと折り合いはつけてるんだけどな」

 

 場の空気をどうにかするために小さく微笑みながらそう言ったが、夕士達の心配そうな表情は変わらなかった。

 

 う、マズイ……どうにか雰囲気を変えたいけど、この状況を打開出来る話なんて思い付かないし……!

 

 暗い雰囲気をどうにかするべく、俺があれこれと考え始めた時、突然夕士の手が右肩に、そして長谷の手が左肩に置かれた。

 

「え……?」

 

 俺が不思議そうに声を上げると、夕士が小さく微笑みながら静かに口を開いた。

 

「柚希。同い年の俺達が言うのもなんだけどさ、たまには泣いてみても良いと思うぜ?」

「泣いて……みる?」

「ああ。遠野の様子を見る限り、こういう話になった時は、いつもそうやって他人を心配させまいとしてるんじゃないか?」

「それは……まあ、そうだけど。でもそれは──」

 

長谷の言葉に対して答えようとした時、長谷はそれを手で制しながら首を横に振った。

 

「分かってる。暗い雰囲気のままよりも、明るい雰囲気の方が誰だって良いからな。だからいつも、そうやってあまり違和感を覚えられないような方法を用いて、雰囲気を変えるように努めてきたんだろ?」

「……まあ、そうだな……」

「そうしたい柚希の気持ちも分からないでもないし、そうやってくれるのは助かるって考える人はいるんだと思う。でもさ、柚希自身はそれでも良いのか?」

「俺自身……?」

「そう。学校とかで困ってる奴がいると、柚希はいつも自分が何か出来ると判断した時はどんな奴でも助けてるし、自分だけじゃどうにもならない時は誰かの力を借りてでも困り事を解決しようとするだろ?

それはもちろんスゴいと思うし、中々出来ない事なんだと思う。でもさ、そうやって他人の事をどうにかしようとする分、柚希は自分の気持ちを押し殺してるんじゃないか?」

「それは……」

 

 そんな事は無い。そう言いたいのに、何故かその言葉が口から出て来なかった。『絆の書』の皆はもちろんの事、クラスメート達の事も普通に助けているつもりなのに。

 

 ……まさか、心のどこかで俺は見返りみたいな物を求めてるとでも言うのか……?

 

 自分自身の今までの行いに少しだけ迷いを感じ始めた時、夕士達が微笑みながら再び口を開いた。

 

「さっきも言ったけど、柚希のやってる事はスゴいと思うし、正直尊敬してる」

「だが、もう少しだけ自分の気持ちに正直になる時間とかを作っても良いんじゃないか?」

「自分の気持ちに正直になる時間……」

「ああ。自分の気持ちに蓋をしたままだとさ、たぶん心の底から喜んだり哀しんだりとかが出来なくなる気がするんだ」

「そして、次第に感情が希薄になっていき、最後には……なんて事もあり得る。つまり、それだけ『自分』っていうのを出していくのは、誰にだって大切な事なんだよ」

「……まあ、そうだな」

 

 夕士達の言葉にフッと笑いながら静かに答えると、夕士はニッと笑いながら言葉を続けた。

 

「よっし……それじゃあそろそろ帰ろうぜ? 流石にそろそろ腹が減ってきそうだからさ」

「そうだな」

「ああ」

 

 夕士の言葉に返事をして、二人と一緒に再び歩き始めた後、俺は二人と話をしながらさっきの話について考え始めた。

 

 ……自分の気持ちに正直になる時間、そして自分を出していく事の大切さか……。それについてはしっかりと分かってるつもりだし、『自分』という物を俺自身はしっかりと出しているつもりだ。でも、それは本当にそうなのかな……? もしかしたらそう思い込んでるだけで、本当は自分自身の思いを押し殺してきたんじゃないのか……?

 

 そんな事を自問自答しながら、俺は夕士達と一緒に家に向かって歩き続けた。

 

 

 

 

「ただいま帰りました」

 

 夕士達と別れ、そのまま家に帰ってきた後、俺はドアを開けながらそう声を掛けた。すると、居間の方から天斗伯父さんが顔を出し、安心するような笑みを浮かべながら答えてくれた。

 

「おかえりなさい、柚希君。今お昼ご飯を作るところだったので、ランドセルを置いたらお手伝いをお願いしますね?」

「あ、はい。分かりました」

 

 返事をしながら廊下を歩き、ランドセルを置きに行くために天斗伯父さんの前を通ろうとしたその時、

 

「……大丈夫ですよ、柚希君」

 

 優しさに満ちた天斗伯父さんの声が聞こえ、俺はハッとしながら弾かれたように振り返った。すると、天斗伯父さんは穏やかな笑みを浮かべながら言葉を続けた。

 

「柚希君が抱える迷いは、柚希君自身がちゃんと解決できますし、この迷いを解決したその時には柚希君はまた新たな成長を遂げられますから」

「天斗伯父さん……」

 

 ……はは、流石は神様。それくらいはお見通しか。でも、この言葉のおかげで少しだけ気持ちが軽くなった気がする。

 

 天斗伯父さんの言葉のおかげで、胸のつっかえみたいなのが少しだけ取れた気がして、俺は少しだけ気持ちを明るくする事が出来た。そして静かに微笑んだ後、天斗伯父さんに対して言葉を続けた。

 

「天斗伯父さん、ありがとうございます」

「ふふ、どういたしまして。それでは、私はキッチンで待っていますね?」

「はい!」

 

 大きな声で返事をした後、俺は再び部屋へ向かって歩き出した。

 

 俺の新たな成長か……今回の件でどんな成長を遂げられるか分からないけど、頑張ってこの件に臨まないとな……!

 

 そう強く決心をしながら俺は拳を強くギュッと握った。

 

 

 

 

「……それにしても、どうしたもんかな……」

 

 昼食を食べ終え、午後からの仕事に向かう天斗伯父さんの見送りや洗い物を終えた後、俺は居間のソファーに座りながらボンヤリとした声でそう呟いた。この悩みもそうだけど、夕士と雪村が出会ったという存在の事もまだ解決はしていない。つまり、考えるべき事は思ったよりも山積みなのだ。

 

「……夕士と長谷は予定があるし、合気道の練習も無いから、今日は考え事をするにはピッタリなんだけどな……」

 

 天井をのんびりと見上げながら俺はボンヤリとした声のままでポツリと呟いた。そう、考え事をするのにはピッタリだとしても、良さそうな案が思い付かなければ正直意味は無い。

それはしっかりと分かってるんだが、この二つの事を解決する方法が昼食中も洗い物中も全然思い付かなかった。言ってしまえば、いわゆる手詰まり状態という奴なのかもしれない。

 

「……いっその事、一度この問題達から離れてみるべきかな……?」

 

 そしてそんな事を考えていたその時、居間に誰かが入ってくる気配がしたため、俺はゆっくりと入口の方へ視線を向けた。すると、そこには──。

 

「……風之真、オルト、智虎。それにヴァイスにシングに兎和に黒烏か。どうかしたのか?」

 

『絆の書』の住人達が中々珍しい組合せで立っていたため、俺はその事に少し驚きながらも風之真達に声を掛けた。すると、風之真はニッと笑いながらそれに答えた。

 

「へへっ、柚希の旦那が今日は家にいるってぇ話を昼飯ん時に聞いたもんでな、今日は一緒に過ごさせてもらおうってぇ思ったんだよ。んで、和室で話すってぇ義智の旦那達や花の世話をするこころ達を除いた結果、俺達が集まったってぇわけだ」

「今日は良い天気ですけど、外にいるよりは柚希さんと一緒にいたい気分だったので、風之真さんの案に乗せてもらいました」

「僕もそんな感じかな。走り回るだけじゃなく、たまには柚希兄ちゃんとのんびり過ごしたいからね」

「ふふ。本日はあちら側のお仕事が無い日でしたので、私も皆さんの案に乗せて頂きました」

「私も柚希さんと一緒に過ごしたいと思ったので、風之真さんの案に乗せてもらいました」

「私も柚希お兄ちゃんと過ごしたかったから、風之真さんの案に乗せてもらいました」

「僕もそうですね。やっぱり柚希さんと風之真さんと一緒にいると落ち着きますから」

「ははっ、なるほどな」

 

 風之真さん達の言葉を聞き、俺は小さく笑いながら答えた。こうやって皆が慕ってくれるのはとても嬉しいし、俺自身も皆と一緒に過ごす時間はとても大切に思っている。

 

 だからこそ、この申し出はとても嬉しいんだけど……。

 

「ところで、何をするのかは決まってるのか?」

 

 俺がそう訊くと、風之真はハッとした表情を浮かべた後、少し難しい顔をしながら手を顎へと当てた。

 

「あー……そういや、何をするのかは特に決めてなかったなぁ……」

「そういえばそうですね……とりあえず柚希さんの所へ行こうという事で集まったわけですから……」

「それに、何をするかは着くまでに決まるつもりでいたしねぇ……」

「そうですね……」

 

 そして、ヴァイスを除いた皆は少し難しい顔をしながら何をするかについての話し合いを始めた。

 

 あはは……まあでも、そういう時ってあるよな。何をするでも無いけど、とりあえず集まってみようって時なんて。

 

 そんな事を考えながら風之真達の話し合いを眺めていたその時、頭の中にある考えが浮かんだ。

 

 ……そうだ、このメンツでこういう事をするのも中々ないし、これなら『アレ』にも出会える可能性もありそうだ。……まあ、結果として皆を利用する形になるのは、ちょっと申し訳ないけどな。

 

 皆に対して申し訳なさを感じつつも、俺は思い付いた事を風之真達に話す事にした。

 

「皆、ちょっと良いか?」

「……ん、何だぃ?」

「せっかくだし、皆で昼寝とかはどうかなって思ったんだけど、どうだ?」

「ほー……柚希の旦那との昼寝かぁ……そういや、出会ったばかりの頃はたまにやってたが、最近はめっきりやってなかったなぁ……」

「あ……僕もそうかも。最初の頃はよく付き添ってもらってたけど、最近は柚希兄ちゃんがそこそこ忙しくなってたからね」

 

 風之真とオルトは話をしながら懐かしむような表情を浮かべた。

 

 確かにそうかもしれないな……最近は義智達との修行とか夕士達との遊びの約束とかがあった分、風之真やオルトと一緒に昼寝をする機会も中々取れてなかった気がする。もちろん、修行とか夕士達との約束は大事だし、これからも大事にしなくちゃいけない。けれど、最初の頃からいてくれてる風之真やオルトの事だって大事にしなくちゃいけない。

 

 ……うん、これからは、時々こういう機会を作るのもアリかもしれないな。

 

 心の中で静かにそう感じた後、俺は風之真達に向かってニッと笑った。

 

「まあ、そういうわけで昼寝でもどうかなと思ったんだけど、お前達はどうだ?」

「……へへっ、俺はもちろん賛成だぜ?」

「僕も賛成です!」

「僕も僕も!」

「ふふっ、私ももちろん賛成です。このような穏やかな気候の中での皆さんとのお昼寝はとても素晴らしいと思いますから」

「私も賛成です。皆さんとはもっと仲良くなりたいと思っていたので、これを良い機会にしたいと思います」

「私ももちろん賛成です♪」

「もちろん僕も賛成です、柚希さん」

「ん、分かった。それじゃあ──」

 

 俺が昼寝の方法を考え始めようとしたその時、ヴァイスがニコニコとしながら声を掛けてきた。

 

「柚希さん。よろしければ、私の体を枕にしてみませんか?」

「ヴァイスの体の枕か……その申し出は嬉しいけど、本当に良いのか?」

「はい。このソファーを使ったり柚希さんのお部屋のベットを使うのも良いですけど、私の体を枕にすれば皆さんが並んで眠る事が出来ると思いますから。それに私はわりと寝付きは良い方だと自負していますので、皆さんの重みくらいならば問題はありませんしね」

「そっか……うん、分かった。それじゃあ頼むな、ヴァイス」

「はい、任せて下さい」

 

 ヴァイスの返事を聞いた後、俺はソファーの背もたれに掛かっていたタオルケットを取りながらソファーから降り、ヴァイスの足元に静かに座ってからタオルケットを掛けつつヴァイスの腰の辺りに頭を乗せた。

すると、ヴァイスの鱗が思ったよりも程よい硬さだった上、少しだけひんやりとしていたためか、何だかすぐに眠れるような気がした。

 

「……これはスゴいな。竜の鱗ってもっと硬いイメージだったけど、ヴァイスの鱗は本当に程よい硬さって感じがする……」

「ふふ、それなら良かったです。私の鱗は本当はもっと硬いんですが、今回はちょっとした魔術のような物を使っているので、少しだけ柔らかくなっているんです」

「へー……そんなのまであるのか」

「はい。まあ、これも天斗さんから教えて頂いた事なんですけどね」

「あ、やっぱりか」

 

 ヴァイスの説明に納得しながら返事をした後、俺はふと天斗伯父さんの部屋の本棚の様子を思いだした。天斗伯父さんは神様や聖獣以外にも無名有名を問わず様々な魔導師などとも親交があるらしく、部屋の本棚にはその際に手に入れたという魔導書なども収められている。だから、恐らくヴァイスが使っている魔術もその中にあるのかもしれない。

 

 ……いつか、あれら全部を読破してみたいな。あの中には様々な魔術や魔導が収められているんだろうし、それを使いながら皆と一緒に過ごすのも絶対に楽しいだろうしな……。

 

 そんな未来の光景に少しだけ胸を膨らませていたが、すぐに当初の目的を思い出した後、床とタオルケットに隙間を作りながら風之真達に声を掛けた。

 

「よし、良いぞ」

「おうよ!」

「はい!」

「はーい!」

「はいっ!」

「はい♪」

「はい!」

 

 そして返事をした後、風之真達は仲良く俺が空けた隙間から入っていった。すると、思っていたよりもタオルケットの中の密度が高くなり、それと同時に中の温度が静かに高くなっていくのを感じた。

 

 ……何だか思ったよりもぎゅうぎゅうになったけど、これはやっぱり皆も成長してるって事なんだろうな……。

 

 皆から発せられる感覚的な『確かな温かさ』と波動としての『仄かな温かさ』の二つから、俺は皆の成長の証を感じたような気がした。

 

 ……うん、こんなに温かいならゆっくりと眠れそうだな。

 

 そんな事を考えた後、俺は皆に声を掛けた。

 

「よし……それじゃあおやすみ、皆」

「おう、おやすみー」

「おやすみなさいです」

「おやすみー」

「おやすみなさい、皆さん」

「おやすみなさいです、皆さん」

「おやすみなさいです」

「おやすみなさい」

 

 そして俺達は、お互いの体温を静かに感じつつ、そのまま眠りについた。

 

 

 

 

「ん……」

 

 そんな声を上げながら目を開けると、俺は何故か家の居間ではなく、何故か様々な人々が行き交う夕暮れ時の交差点に一人だけで立っていた。

 

 ……あれ、もしかしてここって……。

 

「……父さん達と暮らしてた家の近く、か……?」

 

 何故なのかはわからないが、どうやらここは父さん達と暮らしてた家の近くにある交差点だったらしく、周囲を見回してみると、見覚えのある建物などが確認できた。

 

「……あれ、でも何で俺はこんなとこにいるんだ……?」

 

 まだ眠気が残る薄ぼんやりとした頭でそんな事を考えていた時、ふと右手にしっかりと握られている『絆の書』が目に入ってきた。

 

 ……良かった。とりあえず『絆の書』があれば大体のことは何とかなるからな。

 

 そう安堵しながら体の奥にある『力』を呼び起こした。しかし──。

 

「……あれ? 気配が……しない……?」

 

 魔力を手に纏わせた状態で『絆の書』の表紙に触れた瞬間、いつもであれば感じるはずの皆の力の気配を一切感じなかった。

 

 ……まさか、俺だけがここに飛ばされたっていうのか……? それってかなりマズいような……。

 

 途端に俺の中で不安感が強まり、それと同時に心細さのような物を感じ始めた。

 

 マズいな……皆がいないとなると、ここにいる理由を探るのにも時間が掛かるし、その間に何かに巻き込まれてもそれに対応する事もできない。つまり──。

「……本当にどうしようもないかもしれないな」

 

 本当ならどうにかする方法はあるのだろうが、今の俺にはその方法すら思いつく気がしなかった。

 

 はは……皆がいないだけでここまで心細いなんてな……でも、本当にどうしたら──。

 

 俺が途方に暮れかけたその時、幾つかの覚えがある気配がこっちへ近付いてくるのを感じた。

 

 ……この気配ってもしかして……!

 

 その気配に小さくも確かな希望を見い出し、俺はすぐにそちらへと体を向けた。するとそこには──。

 

「……おっ、いたぞ! 柚希の旦那だ!」

「柚希さーん!」

 

 ヴァイスの背中に乗った風之真達の姿があり、皆はとても嬉しそうな様子でこっちに向かって近付いてきていた。

 

 ……良かった。どうやら皆無事みたいだ……!

 

 皆が無事だった事に心から安堵をしていたその時、急いで向かってきている風之真達の目の前へと路地裏から一人の男性が飛び出してきた。

 

 あ、危ない……!

 

 どうにかしてその事故を阻止するべく、急いで風之真達に呼びかけようとしたその時、俺は信じられない光景を目にした。

 

「……あ、あれ……? 風之真達が人をすり抜けた……?」

 

 そう、風之真達は何故かその人の体をすり抜け、そのまま俺の方へと走ってきていたのだ。そしてそれを見た瞬間、俺は今俺達がどこにいるのかを悟った。

 

「……そっか。つまりここは、夢の中か……」

 

 眠っていたはずなのにいきなり外にいる事など、冷静になってみるとそれに気付くヒントは幾つもあった。しかしそれに気付けなかったのは、やはり突然皆と引き離された事による不安などによるものかもしれない。でも──。

 

「……一番の理由は、やっぱり皆の存在が俺の中に強い安心感とかを与えてくれてるからなんだろうな」

 

 フッと笑いながらそんな事をポツリと呟いている内に、風之真達は俺の所へと辿りついた。

 

 そして風之真は、ヴァイスの頭の上に乗ったまま俺に向かってニッと笑った。

 

「……へへっ、ようやく会えたな」

「……ああ、そうだな。皆、怪我とかはしてないか?」

「へっ! 俺はこの通り、ピンピンしてるぜ!」

「僕も大丈夫ですよ、柚希さん!」

「僕も問題なーし!」

「私も異常なしです、柚希さん」

「私も大丈夫です、柚希さん」

「私も大丈夫です、柚希お兄ちゃん!」

「僕も怪我とかはまったくしてないです」

「そっか……良かった……」

 

 風之真達の返事を聞き、俺は再び心から安堵した。風之真達に会えた事はもちろんだが、風之真達が無事だった事が何よりも嬉しかった。

 

 そしてその事に少しだけ眼が潤みそうになった時──。

 

「うぅ……! 柚希お兄ちゃーん!!」

「柚希さん……!」

 

 目に涙を滲ませながら兎和と黒烏が勢い良く飛び込んできた。

 

「わっとと……!」

 

 俺が少し焦りながら兎和達を受け止めると、兎和達は俺の腕の中でとても安心した様子で小さく息をついた。

 

 ……そうだよな。皆が一緒にいたとはいえ、兎和と黒烏だってまだ子供なんだ。さっきまで一緒にいたはずの俺がいなくなっていたら、不安になるのも当然だ。

 

 腕の中にいる兎和と黒烏の事を優しく撫でながらそう思った後、俺は目の前にいる風之真達に話し掛けた。

 

「皆、兎和達の事を支えてくれてありがとうな」

「へへっ、それくれぇ当然だぜ? 柚希の旦那。兎和達が感じてる不安は俺達にも痛ぇほど分かるからな」

「そうですね。柚希さんがいない事に気づいた時には、僕も含めて風之真さんとヴァイスさん以外の皆が取り乱しちゃいましたし……」

「あはは……そうだったね。何というか……柚希兄ちゃんがいない事に気づいた瞬間、スゴく不安になっちゃったんだよね……」

「はい……けど、そんな中でも風之真さんとヴァイスさんだけは落ち着いていて、私達の事を落ち着かせようとしてくれたり柚希さんを探す方法を考えてくれたりしていましたから、私達は本当に助かりました」

「ふふ。私はこの中では最年長ですからね。不安は当然ありましたが、私が不安に駆られて慌てていては何も始まりませんから」

「俺もそうだな。この中では柚希の旦那とは一番長い付き合いだからこそ、柚希の旦那のことがスッゲぇ心配だった。だが、俺達が慌てふためいちまったら、この弟分妹分達に示しがつかねぇどころかこっから出る算段すらつかねぇからな。……まあ、こうやって何とか無事に会えたから、正直かなりホッとしてるけどな」

「……俺もそうだよ。皆がいない事に気づいた瞬間、スゴく不安になったし心細かった。俺がいつもどれだけ皆に支えられてるかを心底理解したよ。……皆、本当にありがとうな」

 

 俺が静かに微笑みながらお礼を言うと、皆は一度顔を見合わせた後、『こちらこそ!』と、元気よく声を揃えながら答えた。

 

 ……ふふ。やっぱり皆がいてくれるのって、スゴく安心するな。

 

 皆がいつも傍にいてくれる事、これはごく当たり前の事のように見えるけど、実は当たり前の事なんかじゃない。お互いが傍にいたいと常に思うから側にいる。心と心が通じ合い、お互いがお互いの事を大事に思うから、こうやって思いを伝え合えるんだ。

 

 ……ここから出たら、他の皆にも言って回ろう。いつも傍にいてくれてありがとう、って。

 

 心の中で強くそう思った後、俺はここから出るための案を考えるために頭を切り換えた。

 

「……さて。俺達がさっき眠った事とかお前達が他の人の事をすり抜けた事とかから考えるに、ここは間違いなく夢の世界なんだと思う。そして、たぶん俺達は今『ある奴』の力の影響か何かで明晰夢を見ている状態になってるんだと思う」

「んー……? 柚希の旦那、その明晰夢っつーのは何なんでぃ?」

「明晰夢っていうのは、自分が夢を見てるって自覚できてる夢の事だよ。ただ、俺の予想が合っているなら、これはただの明晰夢じゃないけどな」

「柚希さんの予想……先程口にしてらっしゃった『ある方』の力でということですね?

 しかし、どうしてそのような予想を立てられたのですか?」

「ああ。実は──」

 

 俺は皆に夕士と雪村が見たという夢の内容を皆へと話した。そして話を終えると、皆は納得したような表情を浮かべた。

 

「なるほど……つまり、夕士さんと雪村さんの目の前に現れた存在がこの夢を見せているモノかもしれないという事ですね?」

「見せているというかは、関係しているかもってだけどな。そして……この夢のベースは、恐らく──」

 

 俺が説明を続けようとしたその時、俺の目に再び信じられない光景が映った。

 

 ……あれ、は……。

 

「父さん……母さん……」

 

 そう、俺の視界に映ったもの、それは4歳の時に亡くなった父さん達の姿だった。兄である天斗伯父さんとは逆で活発的なスポーツマンであり、様々なスポーツや武道に精通していたという陸斗(りくと)父さん。

そして、普段はとても物静かだが、様々な事に対して知識が深い上、熱心な読書家だったという七海(ななみ)母さん。その二人が俺の目の前、それも生きている姿で話をしながら車に乗っていた。

 

 ……って事は、やっぱり夢のベースは俺の記憶か……。

 

 父さん達の事を見ながらあの時の自分への悔しさなどを思い出していると、ヴァイスが静かに話し掛けてきた。

 

「……柚希さん。あちらのお二人が、柚希さんのご両親なんですよね?」

「……へ? 柚希の旦那、そうなのかぃ?」

「……ああ、そうだよ」

 

 ヴァイス達の言葉に静かに頷きながら答えつつ、俺は二人の様子を観察し続けた。少々浅黒い肌に黒く短いストレートヘアの陸斗父さんと絹のような白さの肌に黒のロングヘアという七海母さんの二人は喪服に身を包んでおり、少し暗い顔で話をしながら信号が変わるのを待っていた。

 

 ……あの日、あの日は母さんの親戚の誰かの葬式の日で、父さん達はまだ4歳だった俺が葬式に出ても退屈だろうと思って、俺に留守番を頼んだ上、天斗伯父さんに家へ来てくれるように頼んでいた。あの時の俺は別に退屈にはならないと父さん達に言ったものの、結局父さん達の頼みを聞くことにし、大人しく留守番を始めた。

 そして家で天斗伯父さんが来るまで読書をしながら待っていた時に父さん達が事故に遭ったっていう電話が──。

 

 そこまで思い出した時、歩行者信号が青から赤へと変わり、父さん達の車を含めた信号待ち中だった車達が静かに動き始める準備を始めた。間もなく父さん達の後方から走ってくる居眠り運転のトラックが突っ込んでくるとも知らずに。

 

 ……やろう。たとえこれに意味がなかったとしても、俺はやらないといけないんだ。

 

 心の中で強く決心しながら俺が『絆の書』を開き始めたのを見て、智虎が不思議そうな声で話し掛けてきた。

 

「柚希さん……いったい何を……?」

「止める。父さん達の後ろから迫ってくるトラックを止めるんだよ」

「トラックを止めるって……夢の中でんな事をしたって、結局何の意味も──」

「……無くても良いよ」

「……え?」

 

 風之真の言葉に被せるように言った俺の言葉に兎和が疑問の声を上げたが、俺はそれには構わず言葉を続けた。

 

「今の俺にとって大事なのは、行動に意味があるかなんかじゃない。もうあんな後悔をしたくないからだ……!!」

「柚希さん……」

「“あの時”俺がいれば何か変えられたかもしれない。“あの時”俺がもう少しでも父さん達の用事について行こうと頑張っていたら、こんな悲しみを感じる事は無かったかもしれない。

 ……もう、俺はそんなたらればで苦しみたくないんだよ……!! そんな後悔でこれ以上心を縛りたくないんだよ……!!」

 

 込み上げてくる哀しみと悲しみの二つを感じながら、俺は心からの叫びを、心の奥底に深く深く沈めていた感情を口にした。『自分の中ではすっかり折り合いを付けた』と、夕士達には言ったが、本当は真逆だ。俺は今でもあの時の後悔を引き摺っているし、後悔や哀しみを感じながら自分自身の事を責め続けている。

だからこそ、夕士達や智虎達の時のような親子の絆みたいなのを感じさせる光景を目にした時は、羨ましさを感じつつも心を静かに痛めていた。たとえ一緒にいられた期間が短かったとしても、俺にとって父さん達の存在はそれだけ大きいものだったからだ。だから──。

 

「……この夢の中では絶対に父さん達の事を助けたい。この行動に意味が無くたって自己満足だって言われたって良い。俺は……あの時の後悔をもう味わいたくだけなんだ……!!」

「柚希の旦那……」

「柚希さん……」

「柚希兄ちゃん……」

「柚希さん……」

「柚希さん……」

「柚希お兄ちゃん……」

「柚希さん……」

 

 風之真達は揃って心配そうに声を上げたが、すぐに何かを決意したような表情を浮かべた。

 

「……っし、ならちゃちゃっとやっちまおうぜ?」

「そうですね。僕達で何が出来るかは分かりませんが、出来る限りの事はやってみましょう!」

「そうだね。やれる事があるなら、それに向かって力を尽くすだけだからね!」

「はい。それに柚希さんにとって大切なものは私達にとっても大切なものですしね」

「ふふ、そうですね」

「私に出来ることがあるかは分からないけど、私も全力で頑張るよ! 柚希お兄ちゃん!」

「僕達で夢の中のご両親を絶対に助けましょう! 柚希さん!」

「皆……! ああ、やろう! 皆で!」

「おうよ!」

『はい!』

 

 皆の返事を聞いた後、俺は『絆の書』を開きながら道路の方へと視線を戻した。すると、ちょうど良く車道の方の信号が赤から青へと変わり、父さん達の車を含めた信号待ち中だった車達が静かに動き始めた。そしてそれと同時に件のトラックも後方から姿を現し始めた。

 

 さて……今のメンツで考えるなら、一番良いのは風之真の風の力かヴァイスの白龍の武具で──。

 

 俺がどうやって止めるかを急いで考えていたその時、

 

「……やれやれ、あんなもん見せられちまったからには、俺っちも助けねぇといけねぇよなぁ……」

 

 突然そんな声が後ろから聞こえ、それと同時に風之真達とは違う妖力の気配が漂ってきた。

 

 ……今のって、まさか……!

 

 俺はすぐにそれの正体に気づき、後ろを振り向いた。すると、そこにいたのは──。

 

「そこの坊ちゃん嬢ちゃん達と待ってなよ、柚希の(あん)ちゃん。こんな悪夢ぐれぇ俺っちがすぐに終わらせてやっからさ!」

 

 熊のような体に象のような鼻、そして(サイ)のような眼に牛のような尾と虎のような足を備えた黄黒色の動物だった。

 

 ……やっぱりコイツが関わっていたのか。

 

 自分の予想が当たっていた事、そしてこの状況において一番の助っ人が現れた事に喜びを感じながら俺はソイツに声を掛けた。

 

「……本当に任せて良いのか?」

「おうよ! あんなに綺麗な絆を見せられて何もしねぇのは、男じゃねぇからな!」

「……分かった。それじゃあ頼んだぞ、(ばく)!」

「あいよ!」

 

 俺の声に元気よく答えると、ソイツ──『獏』は勢い良くトラックへ向かって走って行った。

 

 

『獏』

 

 中国から日本へと伝わった伝説の生物で、悪夢を食べて生きるという言い伝えが有名。尚、中国の伝説の中では、夢を食べるという描写自体が無いものの、獏の毛皮を座布団や寝具に用いたりや、獏の絵を描いて邪気を払うといった俗信から『悪夢を払う』が転じて『悪夢を食べる』という解釈になったと考えられている。

 

 

 そしてトラックが迫る中、獏は道路の真ん中で止まると、トラックを見つめながら象のような鼻を使って大きく息を吸った。すると、トラックの運転席から白い(もや)のような物が現れ、そのまま獏の方へ引き寄せられるようにして向かっていった。

 

「……さて、んじゃあささっと片してしまうかね」

 

 そう言ったかと思うと、獏は白い靄のような物へと(かぶ)りつき、何回か租借した後、ゴクリと飲み込んだ。すると、スゴい勢いで走っていたトラックのスピードが徐々に遅くなっていき、他の車と同様に何事もなくそのまま走り去っていった。

 

 ……事故はまったく起きてない。つまり、これは──。

 

「……成功したって事だよな……?」

 

 目の前の光景を見ながらボンヤリとした声でそう呟いていた時、俺はある事を思いついた。

 

 ……一回見に行ってみた方が良いかもしれないな。

 

 一人で静かに頷いた後、俺は皆に声を掛けた。

 

「皆、ちょっと行ってみたい場所があるんだけど、良いかな?」

「んー……そいつぁ一向に構わねぇけど……」

「柚希さん、それはどこなのですか?」

「……それは着いてから話すよ。獏、せっかくだからお前も一緒に来てくれるか?」

「おう、別に構わねぇぜ? ここまで関わったからには最後の最後まで付き合うのがスジってもんだからな」

「……ありがとう。よし、それじゃあ行こうか、皆」

『おうよ!』

『はい!』

 

 そして俺は、皆を引き連れてある場所へ向かって歩き始めた。

 

 

 

 

 歩き始めてから数分後、俺達はある一軒の家の前に立っていた。

 

 ……やっぱり俺の記憶がベースになってるだけあって、外観すら忠実に再現されてるな。

 

 緑色の屋根に茶色いドア、そして少し広めの庭もあり、駐車場には先程見たばかりの車が静かに止まっていた。

 

「車がある……って事は、どうにかなったんだな……」

 

 安心感から俺が思わず独りごちていると、肩に乗っている風之真がきょろきょろと周囲を見回しながら話しかけてきた。

 

「柚希の旦那。もしやここって……」

「ああ。父さん達が亡くなる前、俺が父さん達と住んでた家だよ」

「やっぱりそうだったんですね……」

「うん。まあ、今は事情があって天斗伯父さんの知り合いの家族が住んでるんだけどな」

 

 風之真達の言葉に答えた後、俺は家の中の波動に意識を集中した。夢の中だからなのか、中にいる人物達の波動は感じ取れなかったが、それでも夢の中の父さん達や小さい頃の俺の喜びや嬉しさの色が浮かんだ声などが微かに聞こえたような気がした。

 

 ……さて、そろそろ帰らないとな。

 

 心の中でフッと笑いながらコクンと頷いた後、俺は皆に声をかけた。

 

「さぁ、そろそろ現実世界に帰ろうぜ、皆」

「え、良いんですか? 柚希さん」

「せっかくだからもう少し様子を見てからでも──」

「良いんだよ。これで」

 

 俺は黒烏達の言葉に被せるように言った後、ニッと笑いながら言葉を続けた。

 

「この夢は覚めるべきものだからさ」

「柚希お兄ちゃん……」

 

 心配そうな兎和の声を聞いた瞬間、静かに涙が込み上げてきたが、俺はそれを堪えながら話を続けた。

 

「叶える夢はいつか本当に出来るし、見る夢の方は正夢という形で本当になったりする。けど、この夢は本当にならないしなっちゃいけないんだ……! それに……これ以上ここにいたら、俺は向こうに帰りたく無くなりそうなんだよ……!」

 

 正直な事を言えば、このまま夢の中の俺達の暮らしを見届けたい気持ちはある。けど、それは絶対に叶わない。眠っている時の夢というのは、絶対に覚めなきゃいけないものだからだ。それに、今の俺にとってはそれよりも優先すべきものがあるから。

 

 涙を指で静かに拭いながら心の中である事を考えていると、風之真が腕を組みながらうんうんと頷きつつ口を開いた。

 

「……そりゃあそうだよな。なにせ、この夢は柚希の旦那にとっての理想みてぇなもんだからな……」

「……ああ。でもな、風之真。それはちょっと違うぜ?」

「へぇ? そいつぁ、どういう事なんでぃ?」

「確かにこの夢は俺の理想と言える。でもこれは、あくまでも理想の一つに過ぎないんだ」

「理想の一つ、ですか?」

「ああ。それに今の俺にとって一番の理想は──」

 

 俺は再びニッと笑いながら言葉を続けた。

 

「天斗伯父さんや夕士達、そしてお前達『絆の書』の皆との楽しい毎日だからな」

 

 正直な事を言えば、まだ父さん達の事を引きずってはいる。けど、それに縛られていてはどうにもならないし、そんな事を誰も望んではいないはずだ。過去は振り返ったり思い出して楽しむ物であって、心などを縛ったり逃避したりする手段ではないからな。

 

 そして俺は、皆の事を見回しながら静かに頷きつつ声を掛けた。

 

「さぁ、帰ろうぜ。俺達にとって最高の今が待っている場所へさ」

「……おうよ!」

「はい!」

「うんっ!」

「はい、柚希さん」

「はい!」

「はい、柚希お兄ちゃん!」

「もちろんです!」

 

 皆の返事に対して静かに微笑んだ後、俺は獏の方へと体を向いた。

 

「お前もありがとうな、獏」

「へへっ、気にすんなって! それに、腕試しの旅の最中に、お前達のお天道様みてぇな絆を見せてもらったんだ。それの礼と思ってくれりゃあそれで良いからよ、柚希の兄ちゃん!」

「ああ、分かった」

 

 俺がフッと笑いながら返事をしていると、智虎が少し珍しそうな視線を獏へと向けながら風之真に話しかけた。

 

「それにしても……風之真さんやそのご兄弟以外にもそんなしゃべり方をする方がいたんですね……」

「んー……確かにそうだなぁ。だが、俺としては同じ話し方な分、親近感ってぇ奴が沸くし、良い事ではあっけどな♪ 獏、おめぇはどうだぃ?」

「おう! 俺っちも同じ気持ちだぜ、風之真の兄ちゃん!それに兄ちゃん、見てくれこそ小せぇが、柚希の兄ちゃんや他の坊ちゃん嬢ちゃんの事を思いやる気持ちや懐なんかは見てくれ以上みてぇだからな。何だか、兄ちゃんが本当の兄ちゃんだったら良いなって思っちまったぜ!」

「ははっ、そうかぃそうかぃ! おめぇ、見てくれは少々へんちくりんだが、旦那との話を聞いてる限り、中々面白ぇ奴みてぇだしな! もうすでに色んな弟分妹分がいるが、おめぇみてぇな弟分だってもちろん大歓迎だぜ!」

「ははっ! 恩に着るぜ、風之真の兄ちゃん!」

「へへっ、どういたしましてってな!」

 

 風之真と獏。そんな見た目こそ違えど、中身は似た者同士の二人はお互いに楽しそうな笑みを浮かべた。

 

 あはは、また風之真に新しい弟が出来たみたいだな。そして、たぶんこれからもこんな風にどんどん増えていくんだろうし、風之真の兄代わりとして俺もフォローとかをしていかないとな……。

 

 風之真達の様子を見ながら小さく苦笑いを浮かべた後、俺はもう一度家の方へと振り返った。

 

 ……さよなら、夢の中の父さん、母さん。

 

 心の中で夢の中の父さん達に別れの言葉を言った後、俺は再び皆の方へと向き直った。

 

「さて、それじゃあそろそろ帰るか。獏、まだ色々と話したい事はあるけど、今度はあっちで話そうぜ」

「おうよ! んじゃ、また後で会おうぜ!」

 

 そう言うと獏の姿は徐々に消えていき、完全に消えると同時に意識が徐々に薄れていった。

 

 ……さよなら、夢の中の父さん、母さん。

 

 もう一度、夢の中の父さん達に心の中で別れの言葉を言った後、俺の意識は暗闇へと沈んでいった。

 

 

 

 

「……ん」

 

 近くから多くの気配を感じ、声を上げながら目をゆっくり開けると、そこには天斗伯父さんと義智を始めとした『絆の書』の皆の姿があった。そして天斗伯父さんと義智など年長組を除いた全員は不安そうな表情を浮かべていたが、すぐにホッとしたような表情へと変わった。

 

 皆がいる……って事は、俺達は帰ってきたのか……。

 

 寝起きのボンヤリとした頭でそんな事を考えていると、天斗伯父さんがニコリと笑いながら声を掛けてきた。

 

「おはようございます、柚希君」

「……はい。おはようございます、天斗伯父さん」

 

 ボンヤリとしながら天斗伯父さんに返事をすると、義智が腕を組みながら静かに口を開いた。

 

「……まったく、(うな)されて皆に心配を掛けようとは……我らを束ねる者としてもう少ししっかりとして欲しいものだな」

「あはは……義智、ごめんな?」

 

 俺が苦笑いを浮かべながら謝っていると、それを見ていたこころがクスクスと笑いながら話し掛けてきた。

 

「こうは言ってますけど、柚希さんが魘されている時の義智さんの心の声──」

「……こころ」

「ふふ……はい、何でもありませんよ、柚希さん」

「……うん、分かった」

 

 義智とこころのその様子に、俺はそう答えながらクスリと笑った。

 

 義智が心配してくれたのは、波動からも何となく分かるし、隠したって無駄ではあるんだけどな……。

 

 そんな事を考えていたその時、

 

「んー……」

「んむぅ……」

「ん……」

「……ん」

「んむ……」

「ふみゅ……」

「ふわ……」

 

 俺と一緒に寝ていた皆が声を上げながら次々と目を覚まし始めた。

 

 うん、これでとりあえず全員集合だな。

 

 そんな皆の様子を微笑みながら見ていると、風之真がボーッとした様子で周囲をキョロキョロと見回し始めた。

 

「……あれ、もしや俺達、帰って来れたのか?」

「ああ、そうだよ」

「……ん、そうかぃ。ところで……アイツの、獏の奴の姿が見えねぇんだが……」

「……そういえば、そうだな」

 

 風之真の言葉に答えながら俺は獏の波動を探った。すると──。

 

「んー? 兄ちゃん達がお捜しなのは、この俺っちのことかい?」

 

 廊下の方から獏の声が聞こえた後、獏がゆっくりとした動きで居間へと入ってきた。

 

 あ、いた。まあ、また後でって言ってたし、当然と言えば当然か。

 

 そんな事を考えていると、天斗伯父さんが少し心配そうな表情を浮かべながら声を掛けてきた。

 

「……獏さんから少しだけお話は聞きました。彼ら──陸斗さん達が夢の中に出てきたそうですね?」

「……はい。生きている時、それもあの日の記憶をベースにした状態の父さん達でした」

「そう、ですか……」

 

 天斗伯父さんは珍しく少し曇った表情を浮かべた。そしてその表情は悲しみというよりは、哀しみといった印象を受けた。

 

 ……やっぱり天斗伯父さんもあの時の事は今でも後悔してるし、哀しんでいるんだ……。けど、それは当然だ。天斗伯父さんと陸斗父さんは趣味や性格は正反対だけどとても仲が良かったらしいし、俺が知ってる限りでも天斗伯父さんと陸斗父さんは良く一緒にどこかへ出かけていたから。神様と人間という本来なら異種族の兄弟だけど、そこには確かな絆があったんだ。

 ……だからこそ、俺は俺自身が考えた事、決意した事を天斗伯父さんに伝えないといけないな。

 

 そう思いながらコクンと頷いた後、俺は天斗伯父さんに話し掛けた。

 

「天斗伯父さん。昼に俺が帰ってきた時に天斗伯父さんが掛けてくれた言葉、覚えていますか?」

「……はい、もちろんです」

 

 天斗伯父さんはいつものように穏やかな笑みを浮かべながら静かに答えた。

 

『俺が抱える迷いは、俺自身がちゃんと解決できるし、この迷いを解決したその時には俺はまた新たな成長を遂げられる』

この言葉に答えを出すべきタイミングはやっぱり今しかない。

 

「俺が抱えている迷い。それは俺自身が誰かを助ける際に自分自身の思いに蓋をして、誰かを助けているんじゃないか。俺自身は本当に困ってる人を自分の出来る範囲で助ける事を普通だと思ってるけど、実は何か見返りを求めて助けているんじゃないかの二つです」

「……そうですね。ですが、それらについて、柚希君はしっかりと答えを出せた。そうですね?」

「はい」

 

 天斗伯父さんの問い掛けに俺は静かに頷きながら答えた。夢の中で得た確固たる答えとこれからへの決意を抱えながら。

 

「俺は夢の中であの日──父さん達を亡くしたあの日と向き合う事になりました。そしてそこで俺は、皆の支えと獏の手助けによって理想の一つと言える世界に変える事に成功しました」

「理想の一つ……陸斗さんと七海さんが生きていて、柚希君がお二人と一緒に暮らしている状態、ですね」

「はい。けれど、俺はその理想の世界に背を向け、こうしてこの現実へと帰ってきました。でもそれは、風之真達の事を思いつつ自分自身の思いに従うためですし、夢の中で父さん達を助けようと思ったのは、“自分自身が助けたいと思った”からです」

「……ふふ、そうだと思います。柚希君はいつも様々な方の事を思っていますが、その根幹にあるのはその人の助け──“本当の意味での助け”になりたいということですからね」

「はい」

 

 以前、四神′sの件で悩んでいた時、長谷から『遠野は自分の事となると考え過ぎる所がある』と、笑いながら言われたけど、考えてみれば今回もそうだったんだ。俺の根幹にあるのは善意の押売にならない程度に誰かを助けたいという思い。ただそれだけだった。

そしてそれは、人間に限らず妖や幻獣達にだって当てはまる。皆の話を聞いたり一緒に何かをしたりして心を通わせて、そうやってゆっくりでも確実に皆の助けになれそうな方法を見つけていく。俺はいつもそんな風にやってきたんだからな。

 

「だから、俺はこれからもこのままでいこうと思います。手が届くモノにも届かないモノにも自分の出来る範囲の手助けをしていくというこのやり方のままで。皆の心からの笑顔という最高のものを引き出すためにも」

 

 俺が静かにそう答えると、天斗伯父さんはクスリと笑いながらそれに答えた。

 

「……ふふ、柚希君らしい良い答えだと思います。思えばあの時──私と柚希君が初めて会ったあの時もそんな柚希君の性格に助けられましたからね」

「ふふ、それなら良かったです」

 

 天斗伯父さんの穏やかな笑みに俺も微笑みを浮かべて答えた。時には支え時には支えられる。そんな支え合いという心と心のコミュニケーションに俺はいつも助けられている。だからこそ、大切にしていかないといけないんだ。確かな物に見えて、本当は儚い物でもあるから。そう考えながら心の中に改めて深く刻み込んだ後、俺は獏の方へと顔を向けた。

 

「お前もありがとうな、獏。今回は本当に助けられたよ」

「へへっ、さっきも言ったが別に構わねぇよ。俺も柚希の兄ちゃんみてぇな考えでやってるからな! それにちょうど今朝も二人ほど兄ちゃんと同じくれぇの奴らを助けたが、どっちも最後には良い顔してたし、俺としてはあれで大満足だ!」

「……って事は、夕士と雪村を助けたのはやっぱりお前だったんだな」

「んー……まあ、そうなるな。だがな、柚希の兄ちゃん。その二人の夢ん中に入ったのは偶然だが、兄ちゃんの夢ん中に入ったのは偶然でも何でもないんだぜ?」

「ん……? どういう事だ?」

 

 獏の言葉によって浮かんだ疑問をぶつけると、獏はニカッと笑いながらそれに答えた。

 

「今朝の奴らを助けた時、片方の夢ん中に兄ちゃんが出てきたんだがな、そん時に夢の中の兄ちゃんの雰囲気的なもんに触れた瞬間、なんとも言えない安心感みてぇなもんを感じたんだよ。寒ぃ時のお天道様の暖かさみてぇな安心感をな」

「……確かにそうだよな。柚希の旦那が出してる雰囲気ってのは、何というか心の底からのんびりと出来る感じがすんだよな……」

「そうですよね。私も柚希お兄ちゃんの傍にいると、いつもほわんとした気持ちになりますし……」

「へへっ、だよな! んで、柚希の兄ちゃんに興味が湧いたもんで、町ん中をぶらぶらとしながら探してたら、ちょうどそれらしい雰囲気が漂ってくる夢を見っけたから、そのまま飛び込んだんだ」

「そして、俺達の事を見つけて、俺達の事を助けてくれた。そうだよな?」

「おう、その通りだぜ! あん時も言ったが、兄ちゃん達の絆って奴ぁスッゲえ綺麗なもんだったからな。そんな良いもん見せられて何もしねぇ阿呆なんざいねぇからな!」

「……ふふ、そっか」

「おう!……まあ、そんなキラキラしたもんだから、俺もこんな気持ちになったんだけどな」

 

 そうポツリと呟いた後、獏は真剣な様子で言葉を続けた。

 

「……柚希の兄ちゃん、ちぃと頼みがあんだが……」

「頼み……別に構わないけど、何だ?」

「俺を兄ちゃん達の仲間に加えちゃあくれねぇか?」

「それは別に構わないけど……一体どうしたんだ?」

 

 俺が少し首を傾げながら訊くと、獏は真剣な表情を崩さずに答えた。

 

「簡単な話だ。兄ちゃん達の輝きの中に混ざりてぇと思った、ただそれだけだ」

「俺達の輝き……」

「ああ。兄ちゃんは俺っちと同じような志を持ってるが、俺っちにはない暖かさや様々な絆を持ってる。そして兄ちゃんはそんなキラキラしたもん達を更に輝かせている。だからこそそんな兄ちゃん達の輝きに混ざりてぇと思ったんだよ。まあ、ただ混ざるだけじゃなく、それの手助けだってしてぇしな」

「……なるほどな。そういう事なら──」

 

 獏の言葉に答えながら微笑んだ後、俺は右手を差し出しながら言葉を続けた。

 

「俺達こそ大歓迎だよ、獏。これからよろしくな?」

「柚希の兄ちゃん……おう! こちらこそこれからよろしくな!」

 

 そして、俺達が笑い合いながら握手を交わそうとした時、獏が何かを思い出したような表情を浮かべた。

 

「……っと、そういやちゃんとした自己紹介がまだだったな。俺っちは琥珀(こはく)ってんだ。改めてよろしくな、柚希の兄ちゃん!」

「ああ。こちらこそよろしくな、琥珀」

 

 そして俺達は今度こそガッチリと握手を交わした。

 

 さて……そろそろ説明の時間といくか。

 

 そう思った後、俺は琥珀に俺自身の事や『絆の書』の事について説明した。説明を終えると、琥珀は物珍しそうな目で『絆の書』を見始めた。

 

「ほー、『絆の書』に転生者ねぇ。何かスゲぇ力を感じると思ったら、そんな絡繰りがあったのか……」

「ははっ、まあな。さてと……それじゃあ頼むぜ? 琥珀」

「おうよ!」

 

 琥珀の返事を聞いた後、俺は『絆の書』の空白のページを開き、琥珀の目の前へと出した。そして琥珀が右前足を『絆の書』に置いた後、俺も右手を『絆の書』へと置き、いつも通りのイメージを頭の中へと浮かべながら静かに目を閉じた。

 

 ……よし、とりあえず良いな。

 

 体の奥で沸き立つ魔力が腕を伝い、手のひらにある穴から『絆の書』へと流れ込むイメージが浮かんだ事を確認した後、俺はそのまま『絆の書』へ魔力を流し込んだ。

 

 ……よし、完了だな。

 

 そして、ゆっくりと目を開けて『絆の書』を見ると、そこには大きな満月の下で楽しそうな笑みを浮かべる琥珀の姿と獏に関する詳細が書かれた文章が浮かび上がっていた。俺はそれに対してコクンと頷いた後、再び『絆の書』へと右手を置き、静かに魔力を流し込んだ。そして『絆の書』から琥珀が出てきた後、少しだけ屈みながら琥珀に話し掛けた。

 

「琥珀、『絆の書』の中はどうだ?」

「おう! スッゲぇ住みやすそうな感じのお屋敷もあるし、空気も漂う力の波動も心地良いし、俺っちが知る限りだと故郷と同じくれぇ住みやすい場所だと思うぜ!」

「ふふ……そっか。喜んでもらえて良かったよ」

 

 琥珀が楽しそうに話す感想に対して微笑みながら答えていると、天斗伯父さんが穏やかな笑みを浮かべながら俺達に声を掛けてきた。

 

「さて……それでは本日の夕食は、琥珀さんの歓迎会も兼ねたものにしましょうか。皆さん、お手伝いの方をお願いしますね?」

『はい』

『うむ』

 

 天斗伯父さんの言葉に返事をした後、俺達はそれぞれの作業へと入った。

 

「さて、俺も──」

 

『絆の書』を手に持ちながら天斗伯父さんに指示を仰ごうとしたその時──。

 

「柚希よ、一つ良いか?」

「ん? どうした、義智?」

 

 そう訊きながら振り向くと、義智はいつものように腕を組みながら落ち着いた様子で静かに口を開いた。

 

「……今回、お前はある意味でお前自身の過去に触れた事になるが、お前にとって過去とは何だ?」

「俺にとっての過去? そんなの決まってるさ。過去は振り返ったり思い出して楽しむ物で、心とかを縛ったり逃避したりする手段じゃない。それが俺の答えだぜ?」

「……そうか。ならば、その考えは己が死するその時まで絶対に貫け。その考えはけして間違ってはいないのだからな」

「ああ、そのつもりだけど……」

 

 ……妙だな。何というか、いつもの義智らしくない感じがする。波動も何だか迷いの色とかが見えるし……。

 

「義智。もしかして……過去に何かあったのか?」

「……まあ、な。しかし、この件は今語るべきではないため、いずれ機会があったら話そう」

「……分かった。俺もお前から無理やり訊く気は無いしな」

「恩に着る。では、我らも夕餉(ゆうげ)の手伝いに向かうぞ」

「ああ」

 

 義智の言葉に返事をした後、俺は義智と一緒に歩き始めた。天上で天斗伯父さんの紹介で出会った後、4歳の頃から天斗伯父さんと義智と一緒に住んできた。けれど、未だに義智の過去については訊いたことが無かった。しかし、さっきも言ったように今は無理に義智から過去を訊く気なんてさらさら無い。

 

 ……これが俺達の信頼の形でもあるからな。だから、ここは待つことにしよう。その機会って奴が来るのを。

 

 隣を静かに歩く義智の姿を見てクスリと笑いながらそう思った後、俺はそのまま義智と一緒に天斗伯父さん達の所へと向かった。義智から感じる親愛の波動を静かに感じながら。




政実「第18話、いかがでしたでしょうか」
柚希「この前からそうだけど、だんだん義智の過去とかにも迫りつつあるよな?」
政実「まあ、そうだね。ただ、義智の過去の話についてはもっと後になるかな。具体的には原作に入る前くらいだけどね」
柚希「ん、分かった。そして最後に、この作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
柚希「ああ」
政実・柚希「それでは、また次回」
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