転生者の幽雅な日常   作:九戸政景

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政実「どうも、海に行く機会があまり無い片倉政実です」
柚希「どうも、遠野柚希です。海ねぇ……住んでる場所の近くに無ければ、あまり縁が無い物ではあるか。ただ、潮風を感じながら波の音を聞くのもまた良い物だろうし、夏にちょっと行ってみるっていうのもありかもしれないな」
政実「そうだね。住んでる場所からはちょっと遠いけど、それ目的で行ってみるのも楽しそうだから、少し考えてみようかな?」
柚希「それが良いかもな。さて、それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・柚希「それでは、第19話をどうぞ」


第19話 深海より響き渡る歌姫の調べ

 ()けるような太陽の熱を空から浴びせられ、額から滝のような汗をかくと同時に、日陰などの涼しいものや水などの冷たいものが無性に欲しくなる季節、夏。そんな夏のある日の事、帰りのHRでの先生の話が終わりに差し掛かった時、先生は俺達の事を見回した後、ニコリと笑いながら静かに口を開いた。

 

「……さて、明日はいよいよ皆さんが楽しみにしていた臨海学校の当日です。臨海学校は、普段とは違った事を学ぶとても良い機会ですので、楽しみながら頑張って多くの事を学んで下さいね」

『はい』

 

 俺達が声を揃えて返事をすると、先生はそれに静かにコクンと頷き、日直の生徒に挨拶を促した。そして日直の生徒に合わせて先生に帰りの挨拶をすると、先生はそれに挨拶を返した後、出席簿を持って静かに教室を出て行き、それと同時にクラスメート達は明日の臨海学校について楽しそうに話を始めた。

 

 臨海学校か──そういえば、こういう遠くに行く行事は、転生してからだとこれが初めてだったっけ……。

 

 そんな事を思いながら続々と帰っていくクラスメート達の様子をボーッと眺めていた時、前の席に座っている夕士(ゆうし)が顔をぱあっと輝かせながら俺と後ろの席に座っている長谷(はせ)に話し掛けてきた。

 

「なあ! 明日からの臨海学校、スゴく楽しみだよな!」

「そうだな。けど、先生も言ってた通り、臨海学校は色々な学びのチャンスなわけだし、その事は忘れないようにしないといけないな」

「ああ。それに分かってるとは思うが、学校のプールと違って海には様々な生き物がいるし、その中には危険なのだっている。だから、その辺についてはしっかりと気をつけないといけないな」

「あ……確かにそうだよな。海にはクラゲなんかもいるし、プールとは違って足が着かない場所だってあるもんな」

「そういう事だ。だから楽しみながらも色々な事を学び、()つそういった事もしっかりと気をつけていかないとな」

 

 夕士達と話をしていた時、俺はふと鎌鼬(かまいたち)風之真(かざのしん)を始めとした三匹、通称『元気三兄妹』の事を思い浮かべていた。

今でこそ風之真達は、行動や考え方が少し落ち着いてきてはいるが、今でも時々注意力なんかが散漫になってる時があるため、そういう時には傍目から見たら危ない行動を取っている事が割と多い。なので、その度に俺や義智(よしとも)が軽く注意を促したり少しだけ叱ったりする事で、それを諫めるようにしている。

 

 ……この前の琥珀(こはく)の時も思ったけど、オルト達のような年少組だって旅に出たり修行に出たりしてるとはいえまだ子供だ。だから、過保護にならない程度に俺達がしっかりと支えつつ、本人達が自ら色々な事に気付き、それを学んでくれるのが今のアイツらにとってベストなんだ。

俺達が何でもあれこれ教えるのは簡単だけど、それよりも本人達が自ら気付いて学んでくれた方が本人達の記憶に残りやすい。言ってみれば、それこそが本当の()()という物だからな。

 

 風之真達を含めた『絆の書』の年少組の事を思い浮かべながらそんな事を考えていた時、夕士が突然不思議そうな表情を浮かべた。

 

「……なあ、柚希って弟妹はいなかったよな?」

「え、いないけど……それがどうかしたのか?」

「いや……今の柚希の雰囲気が何だかそういう感じに思えてさ。な、長谷」

「んー……まあ、そうだな。何というか、そういう事を言い慣れてるような──いつも弟とか妹にそういう事を言っているような印象は受けたかな」

「あ、あー……な、何でだろうなー……?」

 

 俺が軽く目を反らしながら答える中、夕士達は不思議そうな視線を俺に向け続けていた。

 

 マズいな……最近の夕士達のカンは本当に良いから、このままじゃ本当に気付かれかねないし、何とか誤魔化さないと……。

 

 夕士達の追求に対しての上手い言い訳を考えていたその時──。

 

「お前ら、何の話してんだ?」

 

 そんな声が聞こえたため、俺達がそちらの方へ顔を向けると、そこにはクラスメイトである雪村の姿があった。

 

「あ……雪村か。明日の臨海学校の事について話してたんだよ」

「あー、明日のか! スッゲぇ楽しみだよなー!」

 

 雪村が少し興奮気味に元気よく答えると、長谷はその雪村の様子に疑問を覚えたらしく、少し不思議そうな表情を浮かべながら雪村に話し掛けた。

 

「……雪村。何だかスゴくテンションが上がっているようだが、お前ってそんなに海が好きだったのか?」

「うーん……確かに海は好きだけど、俺が楽しみにしてる理由は別にあるぜ?」

「え、それじゃあ何でなんだ……?」

「それはな……!」

 

 雪村は少し言葉を溜めた後、拳をギュッと握りながらとても大きな声で答えた。

 

「ウチのクラス以外の女子の水着姿が見れるからだよ!」

「……は?」

「……え?」

「……そういう事か……」

 

 俺達がそれぞれ異なった言葉で反応していると、雪村はとてもワクワクした様子で言葉を続けた。

 

「燦々と輝く太陽の下、バシャバシャと水飛沫を上げながら楽しそうに海で遊ぶ何人もの女子達の水着姿! それを普通に見られるんだぜ!? 楽しみに決まってるだろ!?」

「え、えーと……」

「そ、そう……なのかな?」

「……正直、何とも言えないな」

 

 俺と夕士が困惑しながら、そして長谷がため息をつきながら答えると、雪村は少し呆れ気味に「おいおい……」と言った後、腰に手を当てながら不思議そうに言葉を続けた。

 

「お前ら……それでも男子なのか? 女子達が水を跳ね上げながら楽しそうに騒ぐ様! そして太陽の光と付いた水によってキラキラと光る健康的な肌!! そんなの最高に決まってるだろ!?」

「決まってるだろ、って言われても……俺達は別にそれを最高とは思ってないぜ?」

「ああ。それにそれなら別に水泳の授業でも同じ事だしな」

「そうだな。加えて、そんな目で見ようものなら女子達から後で色々と言われるぞ、雪村」

 

 テンションの高い雪村に対して、俺達が揃って冷静に言葉を返すと、雪村は拳をギュッと握りながら悔しそうな表情を浮かべた。

 

「くっ……! これがモテる奴らの余裕なのかっ……!」

「いやいや……何度も言うけど、俺的には不本意なんだって……」

 

 悔しそうな表情を浮かべる雪村に対し、溜息交じりに返事をした後、臨海学校の事についてぼんやりと考え始めた。

 

 そういえば……前世では、臨海学校じゃなく林間学校の方だったから、これが初めての臨海学校になるな。よし……これも良い機会だし、夕士達と一緒に色々な事を学びながら良い思い出になるようにしっかりと楽しむ事にしよう。

 

 静かに頷きながら心の中でそう決めた後、俺は再び夕士達と一緒に臨海学校の事についての話に花を咲かせ始めた。

 

 

 

 

 その日の夜、皆といつものように食卓を囲んでいた時、天斗(あまと)伯父さんが「そういえば……」と、ふと何かを思い出したように声を上げたかと思うと、少しだけ首を傾げながら話し掛けてきた。

 

「柚希君。訊くまでも無いかとは思いますが、明日からの臨海学校の準備は大丈夫ですか?」

 

 俺はそれに答えるために、咀嚼(そしゃく)していた夕食の内の一品である山菜の炊き込みご飯をゴクンと飲み込み、天斗伯父さんの方へ顔を向けてから答えた。

 

「はい。荷物の準備は帰ってきてからすぐに整えたので、後は当日に備えてしっかりと睡眠を取るだけです。ただ……臨海学校の間、天斗伯父さんの作る美味しい料理を食べられない事は残念ですけどね」

「ふふっ……そうですか。そう言ってもらえるのは、とても嬉しいです」

 

 俺の返事に天斗伯父さんはクスリと笑いながら答えた後、とても優しい笑顔を浮かべながら言葉を続けた。

 

「柚希君。君も理解しているとは思いますが、こういった学校の行事というのは、貴重な体験であり後々の大切な思い出になります。もちろん学びも大切ですが、せっかくのイベント事なのですから、夕士君達と一緒に楽しむ事も忘れないで下さいね?」

「はい、もちろんです」

 

 話をしながら俺と天斗伯父さんが笑い合っていた時、風之真が首を傾げながら俺に話し掛けてきた。

 

「柚希の旦那、話の途中で悪ぃんだが……その臨海学校ってぇのは、結局のところどんなもんなんでぃ?」

「そうだな……簡単に言えば、学年単位で海の方へ行って課外授業を泊まりがけでやる感じかな。因みにウチの学校は臨海学校だけど、俺が前世で通ってた学校だとそれの山バージョンの林間学校っていうのをやってたな」

「へぇー、海かぁ……! 何だか夏らしくて良いなぁ……!」

「ボクは翼が濡れるといけないから入れないけど、この暑い中での海は絶対に気持ちいいよね!」

「うんうん、そうだよね!」

 

 話を聞いていたオルトロスのオルトと夜雀(よすずめ)鈴音(すずね)の遊び盛りコンビがワクワクした様子で話す中、

 

「……ふむ、夏の海にて共に遊びながら学ぶ童達……か。ありきたりな情景ではあるが、短歌などの材としては実に良い物だな」

「うむ、そうじゃな。これを機に夏の海や童を題材とした箏曲でも作ってみるのも良さそうじゃ」

「相違ない」

 

 犬神の蒼牙(そうが)と琴古主の黒銀(くろがね)の文化的コンビはオルト達とは対照的に静かに頷き合った。

 

 なるほど……当然と言えば当然だけど、やっぱりそれぞれ興味があるポイントが違うんだな……。

 

 オルト達と蒼牙達、それぞれの興味の違いに関して考えていると、雪女の雪花(せっか)が何かを思い出したように声を上げた。

 

「そういえば……ねえ、柚希?」

「ん、何だ?」

「臨海学校中は、殆どが向こうでの食事になるんだよね?」

「まあ……そうなるな。明日の昼は各自で持参した弁当になるけど、後は全て泊まる所で出てくる食事になるな」

「でも、食事の量って……柚希は足りるの?」

 

 雪花が不安げに首を傾げながら訊いた時、因幡の白兎の兎和(とわ)八咫烏(やたがらす)黒烏(くろう)が同時にハッとした表情を浮かべた後、すぐに心配そうな表情を浮かべながら俺の方へ視線を向けた。

 

「確かに……雪花さんの言う通りだよね」

「うん……柚希さんは、『力』を使う時に同時に体力も使ってるから、食事の量は本当に重要だもんね……」

「はは……まあ、そうだな」

 

 兎和達のその言葉に、軽く苦笑いを浮かべながら答えた。雪花達の言う通り、俺は修行の際や皆を『絆の書』から呼ぶために『力』を使うと、肉体的な体力が減ると同時に、腹も空いてくる。そのため、一日の食事の量は一般的な小学生よりも遙かに多く、今義智達と行っている修行を始めたばかりの頃は、その給食の量の多さに夕士達からかなり驚かれた。

尚、その分のカロリーは義智との修行や『力』の使用、そしてオルト達との散歩などでしっかりと燃やせているため、脂肪にはならずに済んでいる。

 

 ……まあ、義智や天斗伯父さんがしっかりとした指示を出してくれてるから、体重が急に減ったり食事が喉を通らなくなったりする事は無いのは、スゴく助かってるよな。ただ……もし、臨海学校の最中に何かあって、皆の事を呼ばないといけなくなった時が一番困るよな。

いくら俺が保有している『力』自体が強くて量が多いとはいえ、蒼牙の時みたいに同調を連続で使おうものなら流石に保たないだろうし、最悪夕士達にも勘づかれてしまいかねない……。

 

「けど、一体どうしたら良いもんかな……?」

 

 俺が腕を組みながら考え始めた時、(さとり)のこころが何かを思いついた様子でぽんと手を叩き、「あ、もしかしたら……」と独り言ちてから天斗伯父さんに話し掛けた。

 

「天斗さん。例えばですけど……柚希さんを『絆の書』の居住空間へ連れて行く事は出来ますか?」

「俺を……居住空間に……?」

「はい。『こちら側』が無理ならば、『あちら側』で足りない分の食事を取れば良いかなと思いまして♪」

「あ……なるほどな」

 

 こころの案に俺が納得していると、蒼牙が難しい顔をしながら疑問の声を上げた。

 

「しかし……たとえ居住空間へ柚希を送る事が出来たとして、次はいつ柚希をあちらへ送るかという問題が出て来るのではないか?」

「あー……確かにそうだよなぁ……。送るのは良いとしても、タイミングをしくじっちまったら、柚希の旦那が突然消えたって事になっちまうからな……」

「……それもそうだな。それに最近夕士もかなり勘が良いから、下手な真似は出来ないし……」

 

 つまり、夕士達と一緒に行動をしている間は完全に無理という事になるため、出来たとしても皆が寝静まった夜ぐらいしかその時間はないという事になるしな……。

 

 そうやって俺達がうーんと唸りながら悩んでいたその時、義智が呆れた様子でため息をついた。

 

「……お前達、そのような事を考える前にやる事があるのではないか?」

「やる事……?」

「……柚希を居住空間へと送れるかどうかの確認だ。先程、こころがそれを訊いていたが、その答えをまだシフルから聞いてはいないだろう?」

「……あ、確かにそうだったな……」

 

 その事を思い出しながらあははと苦笑いを浮かべていると、義智はやれやれといった様子で首を振ってから天斗伯父さんに話し掛けた。

 

「さて、シフル。結局のところ、柚希を居住空間へと送る事は可能なのか?」

「はい、可能ですよ。『絆の書』には柚希君の『力』が登録されていますから、柚希君が頭の中で居住空間へ行きたいと念じながら『絆の書』へと力を注ぎ込めば、柚希君の体は居住空間へと送られます」

「あ、そうなんですね」

「はい。因みに戻ってくる時は、頭の中で戻りたいと念じれば戻ってくる事が出来るので、忘れないようにして下さいね」

「分かりました」

 

 ……そっか、一応行く事は出来るのか。となると、やっぱり隙を見て行った方が良いのかな……?

 

 天斗伯父さんの説明を元にして更に考え始めた時、天斗伯父さんがクスリと笑いながら再び静かに口を開いた。

 

「因みに……以前からこころさん達がやっていましたが、柚希君も向こうから戻ってくる際に居住空間にある物をこちら側へ持ってくる事が出来ますよ」

「え……そうなんですか?」

「はい。居住空間からこちらへ来る際、持ってきたい物を手に持つか身につけていれば、それをこちらへと持ってくる事が出来ます。なので、向こうにあるお菓子やお握りなどの軽食を持ってきて食べるという事も一応は可能です」

「なるほど……少しリスクはありますけど、確かにその手もありますね」

 

 黒銀達と初めて会った七夕の日や朱雀の麗雀(リーツェ)達と行った花火大会の日の事を思い出し、 静かに納得しながら天斗伯父さんの言葉に答えた。

 

 うーん……けど、こっそりと持って戻ってくるのは、やっぱりリスクが大きいかな……。だからここは、この前四神′sの親御さん達から頂いた霊力補給用の特製饅頭を予め居住空間に置いておいて、隙を見て誰かにそれとか元々向こうにある簡単な食べ物とかを持ってきてもらうのがベストか。

まあ、『絆の書』から皆が出て来る時の光は、夕士達でもうっすらとなら見えるから、どっちにしろタイミングを間違うわけにはいかないけど、こっちの方法の方がまだ無難かもしれないな。

 

 そんな事を考えていた時、白竜のヴァイスが小さく首を傾げながら義智に話し掛けた。

 

「義智さん。愚問かもしれませんが、臨海学校の間、早朝に柚希さん達と一緒に行っている修行はどうされるつもりなんですか?」

「……無論、明朝の修行は通常通り行うが、臨海学校の間の修行は、柚希を抜きにして居住空間にて行う。本来であれば、修行は間を置かずに行うのが最良であるため、柚希を交えて居住空間にて行うべきだ。

……しかし、他の生徒が共にいる以上、柚希を居住空間へと連れて行くのはあまりにもリスクが大きい。このような催し事は、基本的に多人数で一つの部屋に泊まる物であるため、柚希が戻ってくる間に起きる奴などがいては面倒な事になるからな」

「んー……まあ、確かにそうだよなぁ。同室の奴らがぐっすりと眠ってる間にやるなら俺っちが夢の中に入ってどうにかしてやれるが、柚希の兄ちゃん達の修行は早朝にやってるわけだから、下手したら俺っちがどうにかする前に誰か起きちまうかもしれねぇしなぁ……」

 

 義智の言葉に同意しながら、獏の琥珀(こはく)が少し残念そうな声を上げた。一応、琥珀と同調した時の付加能力を使えば、夢の中に入れるだけじゃなく、誰かを少しの間眠らせる事は出来る。けれど、同調を使うのにも『力』は使う事になるから、この方法を使うのは極力避けたい。

 

 ……精神力や力自体を鍛える手段は他にもあるし、修行の件は義智の言う通りにして、夕士達の前でやっても良さそうな手段を後で義智と話し合う方が良いかな。

 

 修行の件についてそう結論づけた後、俺は皆の事を見回しながら口を開いた。

 

「皆、できる限り時間を見つけて皆と話をしたりこっち側に呼んだりはするけど、臨海学校の間は基本的に居住空間での生活になる。かなり不便になるとは思うけど、三日間よろしく頼むな」

 

 そして俺が頭を下げると、義智の静かな声が聞こえてきた。

 

「……柚希、顔を上げろ」

「……え?」

 

 疑問の声を上げながら顔を上げると、義智は呆れたような表情を浮かべながら俺の事を見ており、やれやれといった様子で首を小さく振りながら話し掛けてきた。

 

「柚希、その程度の事で我らが不便に思うわけは無い。本当の不便というのは、各々が自由に出来る時間や場などがない事なのだからな」

「義智……」

「……お前は、我らの友や主である前に一人の人の子だ。よって、お前は先程天斗が言ったように夕士達と共に此度の臨海学校を楽しんでおけ」

「……でも、それだとお前達だけが割を食うことに──」

「柚希」

 

 義智は俺の言葉に被せるように静かに口を開いた。

 

「……そのように様々なモノを気遣う優しさはお前の良さだとは思っている。しかし、我らの事を案じながら夕士達の相手をするのは、今のお前ではどう考えても難しい。まあ、お前がもう一人いれば話は別だろうがな」

「あははっ、確かにそうだな」

「うむ。よって、此度の臨海学校においては夕士達の事を優先しておけ。お前も知っている通り、海には様々なモノがいるため、そういった輩が夕士達に興味を持ち、接触をしてこないとも限らんからな」

「……だな」

 

 義智の言葉を聞きながら、俺は海に関するモノ達の事を思い出した。義智の言う通り、海には様々なモノがいる。そして陸とは違って、海の場合は国内の奴だけじゃなく、外国の奴だって何かのきっかけでふらっと来ないとも限らない。

もちろん、人間に対して友好的な奴とか害を与えてこないような奴とかもいるけど、用心をしておくに超した事はないのは言うまでもない。

 

 俺達の中で水生の奴らに強いのは、玄武(げんぶ)賢亀(イェングィ)とヴァイス達のように空を飛べる奴らだけだからな。夕士達を危険に晒さないためにも色々考えておいたほうが良いかもしれないな。

 

 そう思いながら一人でコクンと頷いた後、俺は義智に対しての言葉を続けた。

 

「……分かった。けど、臨海学校の間も『絆の書』を通じてお前達と話したり景色の共有をしたりはするつもりだぜ? さっきお前が言った通り、お前達だって俺の友達なんだからさ」

「……そうか」

 

 義智がフッと笑いながら答える様子に微笑んだ後、俺は再び皆の事を見回した。

 

「……よし、それじゃあ『皆』でしっかりと臨海学校を楽しもうぜ!」

『おー!』

『分かりま

した』

『うむ』

 そして、『絆の書』の面々は微笑みながらそれぞれの答え方で声を揃えて答えた。

 

 さてさて……『絆の書』の皆とも初めての遠出になるわけだけど、果たしてどうなるかな……?

 

 そんな事を思いながら俺は、楽しそうに話す風之真達や落ち着いた様子で話す義智達の事を見つつ、皆と行く初めての臨海学校へのワクワク感に静かに浸った。

 

 

 

 

「ふふ、今日は晴れて良かったですね」

「はい、本当に良かったです」

 

 翌日、俺は玄関で靴を履きながら天斗伯父さんと会話をしつつ、様々な物が入った背中の荷物の重みを静かに感じていた。いつものランドセルやショルダーバッグとは違い、今日から三日間はリュックサックなどがメインとなるため、背中にじんわりと伝わってくるいつもとは違う感触に少しだけ違和感を覚えていたが、靴を履き終わる頃にはその違和感も静かに消えていった。

 

 ……よし、それじゃあそろそろ行くかな。

 

「それでは、行ってきます」

「はい、気をつけて行ってきて下さいね」

「はい」

 

 天斗伯父さんの言葉にクスリと笑いながら答えた後、俺は静かにドアを開けた。そしてそのまま歩いていくと、

 

「おはよう、柚希!」

「おはよう、遠野」

 

 塀の陰から同じようにリュックサックを背負った夕士と長谷がゆっくりと姿を現した。

 

 ……あれ、今日は俺が最後だったのか。

 

 そんな事を思いながら俺は夕士達へと近付きつつ挨拶を返した。

 

「おはよう、夕士、長谷。今日は俺が最後だったみたいだな」

「ははっ、そうだな。まあ、一番は結局長谷だったんだけどな」

「あはは、流石に臨海学校への楽しみがあっても長谷には勝てなかったか」

「当然だ。学校の行事とはいえ、お前達と一緒に色々な体験が出来るのは、スゴく貴重だしとても楽しみだからな」

「……そうだな。出会ってから一緒に色々な事はしてきたけど、今回みたいな遠出はまだした事は無かったし、今日からの臨海学校は本当に良い思い出になりそうだよな」

「ははっ、そうだな! よし……それじゃあそろそろ学校に行くか!」

「「ああ」」

 

 夕士の言葉に声を揃えて返事をした後、俺達はいつものような他愛ない話やこれから始まる臨海学校の事について話しながら学校へ向けて歩き出した。

 

 

 

 

 学校に着いてみると、そこには既に何人もの生徒と教師達の姿があり、生徒達はグラウンドにクラスごとに事前に決めていたバスの席順で並びながら楽しそうな様子で話をし、教師達は真剣な表情で打合せをしていた。

 

「あー……やっぱり学校の近くに家がある奴とかだともう来てるんだな」

「みたいだな。まあ、俺達も遅いわけじゃないし、とりあえず並ぶとするか」

「ああ」

「おう!」

 

 そして俺達のクラスの列に並ぶと、他の奴と楽しそうに話をしていた雪村が俺達に話し掛けてきた。

 

「おっ、おはよう、お前達!」

「ああ、おはよう、雪村」

「楽しみにしてただけあって、やっぱり早かったな」

「おうよ! 昨日の夜はワクワクして中々眠れなかったけど、今日も俺は元気いっぱいだぜ!」

「そうか。まあでも、はしゃぎすぎて怪我とか具合を悪くしてもつまらないし、ハメを外し過ぎないようにしないとな」

「へへ、だな!」

 

 そうとても楽しそうな笑みを浮かべながら答える雪村の様子から、雪村が心の底からこの臨海学校を楽しみにしていた事が改めて分かったが、雪村が楽しみにしている理由は女子に知られたら明らかにマズい物なため、小さく苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 一般的な男子学生の思いとしては正しいのかもしれないけど、やっぱり女子からすればあまり良い気分はしないだろうし、ここは雪村の動向にも少しは注意を払っておくべきかもな。

 

 そんな事を考えながら夕士達と話している内に、他の生徒達も次々と集まり、やがて集合時間になった。そしてクラス内の点呼や校長の話も終わり、そのまま順々にバスの中へと入り、席順通りに次々と席に着いた。

 

 ……よし、この機会にちょっと試してみるか。

 

 俺はこっそりリュックサックの中へ手を入れた後、静かに目を閉じながら『絆の書』の力の気配を探った。そして『絆の書』をどうにか探り当て、そのまま表紙に軽く触れた後、頭の中で俺と『絆の書』の間に細い綱のような物が伸びているイメージを浮かべた。

すると、俺の心臓の辺りから一本の透明な綱が飛び出し、そのままリュックサックの中へスーッと伸びると、『絆の書』にしっかりと『繋がった』のを感じた。

 

 うん……これで良いはずだ。後は本当に大丈夫か試すだけだな。

 

 そして俺は、その綱を通じて『絆の書』の中へ呼び掛けた。

 

『……皆、聞こえてるか?』

『……うむ、しっかりと聞こえている上、柚希が見ている光景も我らに届いているぞ』

『そっか……それなら良かったよ』

 

 義智の言葉で昨夜の内に考えておいた()()が上手くいった事を知り、ふうと息をつきながら静かに胸を撫で下ろした。俺と『絆の書』の間に伸びている綱は、俺の中にある『力』をとても細い紐状にした物を束ねて作った物であり、これを通じさせる事で、俺は『絆の書』に触れなくても自分の声や見ている物を『絆の書』の中へ流す事が出来るようになった。

そして、これを教えてくれた天斗伯父さん曰く、『絆の書』の中では俺の声はいつものように空から聞こえ、見ている光景は宙に浮かぶ半透明のスクリーンみたいな物で見えているのだという。

ただし、この綱──『伝映綱(でんえいこう)』はいつでも切り離せるものの、繋げている間は『絆の書』との同調をしているのと同じ事らしく、いつもよりも『力』の消費量が多くなるため、タイミングをしっかりと見極めないといけないらしい。

 

 けど、俺が修行をして今よりも力を付ければ、『絆の書』の皆との同調もこの状態のままで出来るらしいし、これからもっと頑張っていかないとな。

 

 新たに出来たこれからへの目標に対して、俺の中で静かにやる気が満ちてきたその時、『絆の書』からこころがクスリと笑いながら話し掛けてきた。

 

『柚希さん、その事については帰ってきてから皆で考えませんか?』

『……っと、それもそうだな。というか、そっちからでも俺の心の声って聞こえるんだな』

『ふふ……はい、それはもうバッチリと。ですが、どうしてこんな事が出来るのかまでは分からないですね……』

『……ふむ、恐らく柚希と『絆の書』が同調した形を取っている事で、部分的に我らとも同調をしている形になり、こころの覚としての力が外にいる柚希に伝わっているのかもしれんな』

『なるほど……』

 

 蒼牙の推測を聞き、思わず顎に手を当てながら「ふむ……」と唸ってしまったその時、隣に座っていた夕士が不思議そうに話し掛けてきた。

 

「柚希、どうかしたのか?」

「あ、いや……これから臨海学校に行くんだなぁと思ったら、ワクワクからちょっと声が出ちゃっただけだよ」

「ははっ、なるほどな。確かに何かが始まる時って、何だかスゴくワクワクしてくるんだよな」

「ああ。それに、今回はお前達と一緒だから、尚更そう感じるかな」

「あははっ、それは俺達も同じだぜ。なっ、長谷、雪村」

「ふふ、そうだな」

「おう!」

 

 夕士の声に長谷が微笑みながら答え、雪村がとても楽しそうに答える様子を見て、俺の口元が静かに綻ぶのを感じた。

 

 ふふ……やっぱりコイツらが一緒で良かったな。さて、夕士達人間組の友達と義智達『絆の書』内の友達との幽雅な臨海学校は、果たしてどんな内容になるかな。

 

 そんな楽しさと期待に胸を膨らませていた時、外で最後の打ち合わせなどを行っていた担任教師がバスが静かに乗り、俺達の期待やワクワク感に溢れた声が響く中、バスが臨海学校先へ向けて走り出した。

 

 

 

 

 学校を出発してから約二時間後、誰かが開けていた窓から海の匂いが静かにバスの中へと入り、綺麗な青い海が見え始めた瞬間、クラスメート達から大きな歓声が上がり、それに続く形で「おおーっ! すっげえーっ!!」と、雪村が窓に手を掛けながら大きな声を上げた。

 

 あはは……まあ、気持ちは分かるけど、流石にテンションが高すぎやしないか……?

 

 そんな事を思いながら苦笑いを浮かべていると、同じく苦笑いを浮かべていた夕士と長谷が半ば呆れ気味に口を開いた。

 

「雪村……今からそんなに大声出してたら、絶対に後でバテるだろ……」

「いや……本当に何となくなんだが、雪村の事だから、バテずにそのまま海で遊び回る気がするな……」

「……かもな」

 

 軽く溜息をつきながら夕士が答え、担任は雪村を始めとしたはしゃいでいる生徒達をどうにか宥めようと声を上げる中、俺は『伝映綱』を通じて『絆の書』の皆に声を掛けた。

 

『……何というか、のっけからスゴい事になってきた気がするな』

『えーと……そう、ですね……』

『やれやれ……童は元気なのが一番ではあるが、ここまで元気なのも考え物じゃのぅ……』

『そうだよなぁ……』

 

 ユニコーンのシングが少し困ったように、そして黒銀が溜息交じりに答えるのに対して、苦笑いを浮かべながら相槌を打っていると、風之真が楽しそうにクスクスと笑いながら話に入ってきた。

 

『けど、元気がねぇよりはある方が良いのは間違いねぇだろ?』

『まあな。さっき黒銀が言ったように、子供は元気なのが一番ではあるからな』

『そう考えると、今のままでも良い気もするけど、やっぱり時と場所を考える必要はあるんだよね?』

『そうだな。そういう所はしっかりとしておかないと、後々困る事になるのは他でもない自分だからな』

『うーん……まあ、そうだよね。けど、今からでもはしゃぎたい気持ちは、スゴく分かるんだよね……』

『あははっ、そうだろうな。今回は海で遊ばせてやれないけど、近い内に皆で出掛けられる機会はどうにか設けてみるから、楽しみにしててくれ』

『おう、合点だぜ!』

『うん、分かった!』

『はーい!』

 

『元気三兄妹』のとても嬉しそうな声にこっそりクスリと笑っていたその時、バスは一軒の建物の駐車場に止まり、それと同時に担任教師が目的地に着いた事と忘れ物をしないように降りる旨を俺達に告げた後、俺達はそれに従って各自の荷物をしっかりと持ちながら次々とバスを降りていった。

 

「ここが臨海学校の間、俺達が泊まる場所か……」

「へえ……何か結構綺麗な建物みたいだな」

「そうだな。築年数がかなりいってる場所だったら、それはそれで楽しかっただろうけど、これはこれで楽しそうな感じがするな」

「ふふっ……だな」

 

 長谷の言葉に小さく笑いながら答えた後、件の建物へ再び視線を向けた。俺達が今日から泊まるのは、『八百海荘(やおみそう)』という名前の三階建ての宿泊施設で、綺麗な白に塗られた漆喰壁(しっくいかべ)や落ち着きのある佇まいから、長谷が言うようにかなりの築年数が経っていないまでも、俺達のような団体客を何組も迎え入れてきたような雰囲気を感じた。

 

 ……うん、この建物からは特に変わった気配もしないし、霊気とか妖気もしない。この三日間は、そういうホラーな展開になる事はまず無さそうだな。

 

『八百海荘』を見上げながらそんな事を考えていた時、『絆の書』の皆からも様々な声が上がった。

 

『わあっ……! 何だかスゴく落ち着いた雰囲気のある場所ですね……!』

『うんうん、そうだよね……!』

『ふふ……どうやら悪い霊気なども無いようですし、柚希さんも安心して三日間を過ごせそうですね』

『そうだな。まあ、後は海の方から来る奴に気をつけないといけないけど、とりあえず考えないといけない事が一つでも減ったのは助かったかな』

『そうですね。後は海の方にだけ注意を向けるだけですし、こっちには水を司る賢亀君もいますから、いざという時でも大丈夫な気がしますね』

『うん、一応油断はしないようにはするけど、少しだけ肩の力を抜いておく事にするよ』

 

 白虎の智虎(ヂィーフー)の言葉に微笑みながら答えていた時、担任教師から俺達へ向かって『八百海荘』の前に並ぶように指示が飛び、それに従って俺達は席順の通りに並んだ。

そして『八百海荘』の職員からの挨拶や今日の簡単な流れについて話があった後、各部屋の室長達が部屋の鍵を受け取り、そのまま自分達の部屋へ向かって次々と歩き始めた。

 

 

 

 

 中を歩く事約数分、三階にある部屋の前に着いた後、俺達の部屋の室長である長谷が受け取った鍵をドアの鍵穴へと差し込み、そのままゆっくりと鍵を開けた。

 

「……っと、それじゃあ入るか」

 

 その長谷の言葉に頷いた後、長谷が室内に入るのに続いて俺達も室内へと入った。すると目の前に思っていたよりも広い和室の光景が見え、俺達は入り口で靴を脱いでからそのまま進み、これから過ごす和室の中を見回した。

室内には少し大きめのテーブルや湯沸かし用のポットや簡単な茶器一式、そして小型のテレビや布団などが入っていると思われる押し入れがあり、障子を開けた先には少し小さめのベランダのような物が付いており、ここから潮風を感じながら朝日や夕日を見る事が出来るようになっているみたいだった。

 

「外から建物を見た時も思ったけど、中々落ち着いた雰囲気の室内だよな」

「そうだな。けど、柚希の家の和室だってスゴく落ち着いた雰囲気だし、実は物足りなさを感じてるんじゃないのか?」

「いや、そうでも無いぜ? 俺は和室の雰囲気自体が好きだからな。こう見えてかなり満足はしてるぜ?」

「ふーん、そっか」

 

 そんな事を俺達が話していた時、軽く室内を見回していた長谷が、ニヤリと妖しげに笑いながらポツリと言葉を漏らした。

 

「……これなら怪談話で盛り上がれそうだな」

「怪談話かぁ……へへっ、確かに面白そうだな! なっ、深也!」

「そうだな。へへ……こうしてウチのクラスの女子人気トップスリーと同じ部屋になったからには、お前達が震え上がるような話をして、その様子を女子達に話す事で、お前達の事を人気トップスリーの座から引きずり下ろしてやるぜ!」

 

 雪村の紹介で知り合った海野深也(うんのしんや)が、とても楽しそうな様子でそう宣言をしたその瞬間、長谷は「ほう……」と一言言葉を漏らすと、獲物を見つけた肉食獣のような眼をしながら俺達の方へと顔を向けた。

 

「それなら、俺達も()()でやらないといけないよな?」

「あ……うん、そう……だな」

「……だな。俺達としてもそう簡単にビビってなんていられないしな」

 

 今夜雪村達に起きるであろう悲劇を予感しながら俺達が答えると、長谷は満足げに頷きながらニヤリと笑い、再び雪村達の方へと顔を向けた。

 

「それじゃあ、今夜は怪談話をする事にするが、()()()良いんだよな?」

「おう、良いぜ!」

「俺も大丈夫だ!」

「……分かった」

 

 雪村達からしっかりと言質(げんち)を取った後、長谷はこっそり俺達の方へ視線を向けると、いつもの優等生の仮面を少しだけずらしながら『やるぞ、二人とも』と言うかのように、とても妖しい笑みを浮かべた。

 

 はあ……仕方ない、こうなれば俺も本気でやるとしますかね。

 

 ふうと息をつきながら覚悟を決めた後、長谷に対してコクンと頷いた。そして隣に立っている夕士へ顔を向けると、夕士も覚悟を決めた様子で俺の方を見ていた。その瞬間、俺達が同時にクスッと笑っていると、長谷はいつもの優等生の仮面を被り直しながら俺達に向かって呼び掛けてきた。

 

「よし……それじゃあそろそろ準備をして玄関に向かうぞ。今から雪村達が待ちに待った海水浴らしいからな」

「「ああ」」

「「おう!」」

 

 長谷の言葉に声を揃えて返事をした後、俺は夕士達と同様に海水浴の準備を始めた。そして鞄の中から水着などを取り出し、鞄の口を閉めようとした時、念のために入れておいた特製饅頭が目に入り、今まで『伝映綱』を繋ぎっぱなしだった事を思い出した。

 

 ……一応、一個だけ食べておくかな。『絆の書』を持っていく事は出来ないけど、何かあった時に皆に相談するくらいは出来るはずだし。

 

 そう思いながらその内の一つを口に入れた瞬間、一口サイズに収まった餡の程良い甘みと生地のひんやりとした感触が口の中へふんわりと広がり、それを楽しんでいる内に俺の中の『力』がじんわりと回復していくのを感じた。

 

 これはスゴいな……もしかしたらこれがあれば、臨海学校の間は『力』について心配する必要が無いんじゃないのか……?

 

 そう思える程に特製饅頭の効力は高く、これを作ってくれた智虎達の親御さんや煌龍様達の偉大さを改めて知ったような気がした。

 

 ……今度、智虎達の様子を見に訪ねてきた時にでも、何かお礼をしないといけないな。

 

 心の中でそう強く思った後、準備を終えた夕士達と一緒に集合場所である『八百海荘』の玄関へと向かった。

 

 

 

 

 生徒が全員玄関に揃った後、教師からの海水浴においての注意事項や更衣室などの説明があり、それが終わると同時に、俺達は更衣室へ向かいそのまま着替えを行った。 そして全員が今度は浜辺に集まった後、体育教師の先導で準備体操が始まり、それが終わって海に入っても良いという指示が出た瞬間、雪村達を始めとした生徒達が大きな声を上げながら海へ向かって勢い良く走り出し、俺達他の生徒もそれに続いて次々と海へと入り始めた。

 

「……あははっ、冷たいけどやっぱり気持ちいいな!」

「そうだな。それに水もスゴく澄んでるし、その分更に気持ちよく感じるのかもしれないな」

「ふふ、そうかもな」

 

 そんな事を話しながら笑い合っていた時、先に海に入っていた雪村とその友達の海野深也と 由利蒼太(ゆりそうた)が、こっちに向かって戻ってきながら大きな声で俺達に話し掛けてきた。

 

「おーい! 俺達と水泳で勝負しようぜー!」

「別に良いけど、どんな勝負にするんだ?」

「1対1であそこの岩まで行って、こっちまで戻ってくるんだ。簡単だろ?」

「確かに簡単だけど……本当にそのルールで良いんだな?」

 

 長谷が自信満々な様子でニヤリと笑うと、雪村は長谷の肩をポンッと叩きながらニカッと笑った。

 

「もちろん良いぜ? ただし、長谷はこっちのチームで、柚希と夕士のチームには深也が入るけどな」

「あ……そういう事か」

「なるほど……つまり、今回だけは長谷が敵になるって事か」

「……みたいだな。けど──」

 

 長谷はとても楽しそうな笑みを浮かべながら雪村の隣に立つと、俺達の顔を真正面から見据えながら挑戦的な雰囲気を漂わせた。

 

「お前達との真剣勝負なんて楽しそうだからな。これも良い機会だと思って、全力でやらせてもらうぜ♪」

「……そうかい。なら、俺達も全力でやらせてもらおうかな? な、夕士」

「だな。俺と柚希、どっちが長谷と当たろうとも絶対に勝ってやるぜ!」

「ああ、臨むところだ」

 

 余裕綽々といった様子の長谷に対して俺と夕士が闘志を燃やす中、雪村が楽しそうな様子でルール説明の続きを始めた。

 

「さてと……チーム分けはさっき言った通りだけど、実は誰と誰が勝負するのかはもう決めてあるんだ」

「へえ……いやに手際が良いな」

「もしかして、前々から決めていた……とか?」

「へへっ、実はそうなんだ。それで勝負する順番なんだけど……最初は深也と蒼太、次は俺と夕士、そして最後が長谷と柚希だ」

 

 勝負をする順番について雪村が説明をすると、夕士は「へえ……」と少しだけ驚いた様子で声を上げた後、やる気に満ちた目で雪村を見ながら静かに話し掛けた。

 

「自分から俺に挑戦するなんて、余程自信があるみたいだな?」

「ふふん、俺は週1で水泳教室に通ってるからな。泳ぎなら自信があるんだぜ?」

「ふーん……そういう事なら相手に不足は無さそうだな。だけど、俺だって水泳の授業で長谷と柚希に負けない程の速さで泳げるし、運動は元々得意だからな、相手が誰だろうと全力で勝ってやるさ!」

「へへっ……その威勢がいつまで続くか、見せてもらうぜ!」

 

 夕士と雪村がまるでスポ根漫画のような熱い言い合いを繰り広げる中、長谷はいつものように落ち着いた様子で俺の目をジッと見つめてきた。

 

「さて……さっきも言ったように俺は全力でやらせてもらうぜ?」

「ああ、もちろんだ。合気道だといつも五分五分だけど、この水泳の勝負くらいは俺の方が上だと証明する必要があるし、夕士と海野のためにも負けられないからな。俺だって全力でやらせてもらうさ」

「ふふ……そうか。まあ、確かに俺も雪村と由利のためにも負けられないというのはあるが、学校の成績以外でもお前に勝てるという事を証明したいという気持ちもあるからな。この勝負、お前に絶対に勝ってみせるぞ、遠野」

「ははっ、それはこっちの台詞だぜ、長谷」

 

 長谷の言葉に返事をしながらニカッと笑った後、『伝映綱』を通じて『絆の書』の皆へと声を掛けた。

 

『皆、応援よろしくな』

『おう! 任せといてくれ、柚希の旦那!』

『柚希殿が力を出し切れるように我々も全力で応援をさせて頂きます』

『柚希、私達にカッコいいところを見せてちょうだいね?』

『ああ、任せとけ!』

 

 風之真達の声に対してこっそりと頷きながら答えていた時、突然近くから「おい、お前達」という声が聞こえ、俺達は揃ってそちらへ顔を向けた。

すると体育教師が腕を組みながら楽しそうな笑みを浮かべており、俺達がそれに少し困惑していると、体育教師はそのままの表情で俺達に話し掛けてきた。

 

「その勝負の審判、俺が引き受けよう。生徒だけで水泳勝負をやらせるわけにはいかないが、俺が審判をやりながらそれを監視する形なら問題は無いからな」

「おおっ、先生サンキュー!」

「ありがとうございます、先生」

「ははっ、どういたしまして。さて……それじゃあお前達、勝負に真剣になるのは良いが、危ないことだけは決してするんじゃないぞ?」

『はい!』

 

 俺達が声を揃えて返事をすると、体育教師はうんうんと満足そうに頷き、俺達へ念入りな準備体操をするように指示を出した後、俺達の勝負の話をするために一度他の教師達の方へと歩いていった。そしてその様子を見て、クラスメート達からざわめきが起こり、やがてそれは他のクラスにも広がっていった。

 

 はは……思ったよりギャラリーが多くなったな。けど、せっかく先生が俺達の水泳勝負を認めてくれたわけだし、更に気合いを入れてやらないとな。

 

 ギャラリーからの視線に小さく苦笑いを浮かべながらも気持ちが徐々に高揚していくのを感じ、俺は準備体操を念入りにしながら長谷との勝負へ向けて静かに闘志を燃やした。

 

 

 

 

「それでは最終戦、長谷と遠野の試合だ。二人とも、ゆっくり海へと入ってくれ」

「「はい」」

 

 数分後、俺と長谷は静かに返事をしながら海へと入り、泳ぐための気持ちを整え始めた。第1試合の海野と由利の試合は由利がギリギリの所で勝ち、第2試合の夕士と雪村の試合は夕士が圧勝したため、この俺と長谷の試合で勝負が決まる事となった。

 

 ふう……思ったより良い勝負になったな。ただ、これよりも強いプレッシャーを感じた時が今まで多かったのと『絆の書』の皆が付いていてくれるおかげであまり緊張してないし、ここまで頑張ってくれた2人のためにも絶対に勝たないとな。

 

 そう思いながら改めて気合いを入れ直していた時、ふとどこからか知らない魔力の気配が漂ってくるのを感じた後、同時に妙な波動の気配も感じた。

 

 穏やか……だけど、どこか興味みたいな物が混じってる感じがするな……。それとこれはたぶん──哀しみかな……? けど、本当にどこから──。

 

 いつもの癖でその2つが発せられている場所を無意識の内に探ろうとしていたその時、ゴーグルを着けようとしていた長谷が不思議そうな様子で小さく首を傾げた。

 

「遠野、どうかしたのか?」

「あ、いや……俺達の試合で決着がつくんだなぁと思ってただけだよ」

「なるほどな。まあ、確かにその通りだが……これは由利と雪村の期待を背負った勝負であり、お前──遠野との本気の勝負だと俺は思っている」

「長谷……ああ、そうだな。これは俺とお前、どっちが勝っても恨みっこ無しのガチンコ勝負だからな。全力で勝ちに行くのもそうだけど、お互いに悔いの無い勝負にしようぜ!」

「ああ!」

 

 お互いにニッと笑い合った後、俺達はゴーグルをしっかりと着けた。

 

 さあ……やるとしようか。転生者や見習い術者としてじゃなく、一人の男子として絶対に負けられない勝負って奴を!

 

「遠野、長谷、準備は良いか?」

「「はい!」」

「それでは……3、2、1……スタート!」

 

 体育教師の大声で俺達は足下の砂を強く蹴り、勢い良く泳ぎ始めた。

 

「はっ……はっ……」

「ふっ……ふっ……」

 

 隣から長谷が息継ぎをする声が聞こえる中、俺は一番得意なクロールで折り返し地点である岩まで向かって一定のペースで泳ぎ続けた。いつものプールとは違い、海ではランダムな強さの波があるため、少しだけ泳ぎづらさを感じた。

しかし、日頃『絆の書』の住人達との生活の中で培ってきたスタミナと根性、そして友達として長谷に負けたくないという気持ちが力となり、正面から向かってくる波をものともせずに進み続ける事が出来ていた。

 

 ……ふふ、やっぱり競い合うのは楽しいもんだな……!

 

 拮抗した実力の中での勝負という燃えるシチュエーションに、心が強く熱く燃え上がるのを感じ、水を掻く手に少しだけ力が加わった。しかしここでペースとリズムを乱してしまっては、消費するスタミナの量が明らかに増え、最後の最後でバテてしまう可能性があったため、すぐにそれを修正しながら俺はひたすら泳ぎ続けた。

そして折り返し地点の岩が目前に迫った時、少しだけスピードを落としながら体の向きをすぐに変えられるように調整を行い、足が完全に岩に届く直前へ近付いた瞬間、隣から長谷の闘志に満ちた波動を感じ、俺は再び昂揚感が強くなるのを感じながら、足の裏全体と岩を使って体を前へと勢い良く押し出した。

そして長谷もほぼ同じタイミングで同じように体を前へと押し出したのを静かに感じ、俺は楽しさと昂揚感から今にも笑みを浮かべそうになったが、それをどうにか抑え込みながらひたすらゴール地点へ向けて泳ぎ続けた。

その間、『伝映綱』から伝わってくる風之真を始めとした『絆の書』の皆からのしっかりとした声援と夕士達から向けられる途切れ途切れの応援の声が、俺の中で更なるやる気と力へと変わり、いつもの修行中と同じような集中状態へと意識が切り替わっていった。そして──。

 

「「……っ!!」」

 

 水を掻こうとした手が水中のサラサラとした砂に触れた瞬間、俺の意識がスーッと戻り、それと同時に強い疲労感が体全体へと広がり、口から荒い息が漏れた。

 

「はぁっ……はあっ……」

「ふー……ふー……」

 

 そして隣で長谷が同じように荒い息遣いをし、夕士達を始めとした生徒達がシンと静まりかえる中、体育教師は驚いた表情を浮かべながら大きな声を上げた。

 

「遠野、長谷、同着だ!」

「……はぁ、どう……ちゃく……」

「……ふぅ、つまり……この試合は……」

「ああ、引き分けだ! よって、お前達の勝負も一勝一敗一分けだ!」

 

 その瞬間、他の生徒達から歓声が上がり、夕士達が笑みを浮かべながら俺達へと駆け寄ってきた。

 

「柚希! 長谷! お疲れ!」

「二人とも、スッゲぇ良い勝負だったぜ!」

「あ、ああ……ありがとうな。それにしても……まさか、引き分けるなんてな……」

「はは……そうだな。けど、スゴくやりきったって感じはするし、満足のいく結果ではあったかな……」

「……だな。長谷、良い勝負をありがとうな」

「……こちらこそ」

 

 俺達はニカッと笑い合いながら固く握手を交わした。すると『伝映綱』を通して、『絆の書』の皆からも楽しそうな声と労いの言葉が聞こえてきた。

 

『柚希お兄さん、お疲れ様です!』

『柚希、見事な泳ぎだったぞ』

『柚希さん、スゴくカッコ良かったです!』

『うん、ありがとうな、皆』

 

 アンズーのアンを始めとした『絆の書』の住人達からの声に答えていたその時、ふと背後からさっきも感じた魔力が漂ってきているのに気付き、静かに後ろを振り返った。

すると水泳勝負の折り返し地点にしていた岩の上で水着のような物を着た誰かが足を反対側に垂らしながら座っているのが見え、俺はその人物が漂わせる魔力の気配に気をつけながらその正体を知るために目を凝らした。

その時、その人物──長いクリーム色の髪の少女が不意にこちらを向き、少しだけ目を丸くしながらジーッと見つめてきたかと思うと、突然それはハッとした表情ヘと変わり、そのまま海の中へと飛び込んでいった。

しかしその瞬間、俺の目に本来ヒトの下半身に付いているはずの無い物──虹色の鱗に覆われた細長い魚の尾びれが見え、少女が()()()()()()()なのかが大体分かったような気がした。

 

 ……今のって、たぶん『アレ』だよな……? って事は、『あの名前』の由来って『アレ』って事になるのかな……?

 

 そんな事を考えていた時、ふと隣を見てみると、夕士達がボーッとした様子で岩の方へと視線を向けていた。

 

「……もしかして、お前達も見た……のか?」

「ああ、あの岩の上に座っていた子の事……だよな?」

「……あの子、もしかして──」

 長谷が『アレ』について話そうとしたその時──。

 

「……スッゲぇ可愛かったよな!」

 

 興奮気味な雪村の声が聞こえ、俺達は思わず『……は?』という声を上げてしまった。

 

 ……まさかとは思うけど、雪村は『アレ』の正体についてまったく気付いてないのか?

 

 そんな疑問を抱きながら雪村の方を向くと、雪村は鼻息を荒くしながら話し掛けてきた。

 

「なあ、柚希! あの子、この辺の子なのかな!?」

「さ、さあ……でも、少なからずウチの学校の子では無いみたいだし、もしかしたらそうなんじゃないかな……?」

「だよなだよな!! あー、この三日間でもう一度くらい会う機会がねぇかなー!!」

 

 雪村が目をキラキラと輝かせながら大きな声で言う中、俺達は顔を見合わせながら大きく溜息をついた。

 

 ……雪村の場合、たぶん美少女とか美女とかであれば、どんな存在と出会っても平気そうな気がするな……。まあ、それはさておき……あの様子だとしばらくは姿を見せなそうだし、昼食後にでも『絆の書』の皆と相談をして、夜の怪談が終わって皆が寝静まった頃にでも会いに来てみるかな。

 

『アレ』の事についてそう結論づけた後、俺は夕士達と一緒に教師達の指示に従い、海から静かに上がった。

 

 

 

 

「あー……初日からスッゲぇ疲れたぁ……」 

「はは、確かに初日から色々な事をやってたもんな」

 

 夜9時頃、グッタリとしながら掛け布団の上に寝そべる雪村に対して笑いながら答えた。海水浴を終えた後、俺達は水難救助訓練を受け、それが終わってから昼食を食べた。そして午後からは、近くにある水族館へとバスで行き、夕方頃に戻ってきた後に今日一日の活動で感じた事などを書く時間が設けられ、それが終わってから各自で大浴場での入浴を行い、その後夕食を済ませて今に至る。

そして俺や長谷、夕士は午前中に水泳勝負をしてもまだまだ元気はあったが、雪村と海野はあーやうーなど、今にも死にそうな声を上げながら布団と一体化をしそうな勢いで寝そべっていた。

 

 まあ、俺達は各々別のスタミナの付き方をしてるけど、雪村達なんかだと流石にキツいのかもしれないなぁ……。

 

 雪村達が『妖怪布団寝そべり』と化そうとしているのをボーッと眺めていた時、部屋のドアがトントンと叩かれ、長谷が不思議そうな様子でドアへと歩いていき、そのままゆっくりとドアを開けた。するとそこには、少しだけ疲れた様子の担任の姿があり、ドア越しに俺達の姿を見ると、ホッとした様子で話し掛けてきた。

 

「皆、そろそろ消灯時間だから、眠る準備をしておいてね?」

「あ、はい……先生、何だか疲れてるようですけど、何かあったんですか?」

「えーとね……別の部屋で枕投げをしてたから、それを止めていただけよ」

「そうだったんですね……」

「先生、お疲れ様です」

「先生もゆっくり休んで下さいね」

「……うん、ありがとう。それじゃあ皆、お休みなさい」

『お休みなさい、先生』

 

 声を揃えて返事をすると、担任はニコリと笑いながら静かに頷き、ゆっくりとドアを閉めた。

 

 ……当然の事だけど、やっぱり小学校教師って色々大変なんだな。

 

「……先生、本当に大変そうだよな」

「そうだな。何というか……雪村達があんな状態だった事と俺達と同じ部屋なのは、ある意味ラッキーだったのかもしれないな」

「違いないな。だから、怪談をやる時には、叫び声を上げたり煩くしたりしないようにしながらやるぞ」

「ああ」

「もちろん」

 

 長谷の言葉に頷きながら答えた後、電気のスイッチの方へと向かう長谷を見ながら雪村達に声を掛けた。

 

「ほら、二人とも。早速怪談を──って、寝ちゃってるな」

「え、あ……本当だ」

 

 雪村達は日中の疲れからか二人揃って寝息を立てながら眠っており、その様子に俺達は思わずクスリと笑っていた。

 

「まあ、スゴく疲れてたみたいだしな」

「だな。さて、とりあえずコイツらの事をどうにか布団の中に入れてやらないといけないか……柚希、手伝ってくれるか?」

「ああ、もちろんだ」

 

 そして、夕士と協力をして雪村達を一人ずつ布団の中に入れ終えると、少し呆れた表情を浮かべた長谷が「やれやれ……」と言いながら歩いてきた。

 

「この様子だと……怪談は明日の夜になりそうだな」

「ああ。ただ……この調子だと、明日もどうなるかは分からないけどな」

「ははっ、そうだな」

「さて……それじゃあ俺達も寝るとするか」

「うん、明日も色々やる事はあるみたいだから、しっかりと眠っておかないといけないしな」

「だな」

 

 三人で頷き合った後、長谷が再び電気のスイッチの方へと向かい、俺と夕士はそれぞれの布団の中へと入った。そして長谷は、それをしっかりと確認すると、スイッチに手を掛けながら声を掛けてきた。

 

「それじゃあ消すぞ」

「「ああ」」

 

 その返事と共に部屋の電気がフッと消えると、訪れた暗闇の中で長谷がゆっくりと歩いてくる音が聞こえ、そのまま静かに布団の中へと入る音が続けて聞こえてきた。

 

 さてと……まずは、コイツら全員が眠るのを待つとするか。そしてその後、アン達の力を借りて──。

 

『絆の書』の皆と事前に決めていた手順を頭の中で確認していたその時、向かい側の布団から長谷の声が聞こえてきた。

 

「稲葉、遠野。まだ起きているか?」

「ああ、起きてるぜ?」

「どうかしたのか、長谷?」

「いや……海水浴の時に見た子の事なんだけどな。見間違いじゃなければ……足がある所に魚の尾びれみたいな物があった気がするんだが、お前達はどうだった?」

「魚の尾びれ……確かにそんな感じだったよな」

「……そうだな」

 

 長谷の口から出た言葉を、俺は()()()否定せずにそのまま答えた。すると長谷は、少し安心したような様子でふうと息をつくと、そのまま静かに話を続けた。

 

「普通の人間に魚の尾びれなんて付いているはずは無い。なのに、あの子には付いていた。つまりあの子は、俺達とは違う『何か』なのは間違いないという事になるよな」

「そうなるな……でも、どうしてそんな奴が俺達の近くにいたんだろうな?」

「さてな……けど、もしかしたらこの地域だと昔から『アレ』がいたのかもしれないぜ?」

「ん……どういう事だ?」

「この建物の名前……当然覚えてるよな?」

「ああ、『八百海荘』だろ? それが一体──」

 

 その時、長谷は合点がいったという様子で声を上げた。

 

「なるほど、『八百比丘尼(やおびくに)伝説』か……」

「ああ、そうだ」

 

 頷きながらそれを肯定すると、夕士は不思議そうに話し掛けてきた。

 

「『八百比丘尼』……確か不老長寿になった人だったよな? 『人魚』の肉を食べたとかで」

「その通りだ。『八百比丘尼伝説』は、日本の至る所で伝わってるから、この地域にも伝わっていてもおかしくはない。現にこの宿泊施設の名前に『八百』って付いているし、その可能性は高いかもしれないな」

「……なるほど。けど、それでもまだ『人魚』またはそれらしきモノが、この地域に生息している理由にはならないんじゃないか?」

「まあな。だけど、こういう超常的なモノ達っていうのは、何らかの理由で別の地域から移り住む事も無くはないし、見間違いや未知の物への恐れからそういう物であったと伝わる事もある。

もしかしたら俺達が見たのは、そういう事情があったモノか突然変異で産まれた『何か』だったかもしれないな」

「……別の地域から移り住んできたモノ……遠野、もしかして雪村と出会うきっかけになったあの『雪女』の事を言ってるのか? 」

「それもあるけど、山や海に棲むモノなんかは、そういった傾向が強いからな。あの『人魚』らしきモノもそのパターンで、アレは遙か昔に外国からこの地域へと渡ってきた奴の子孫か何かで、この辺では見掛けない俺達に興味を持って近付いてきたっていう事もあり得るのかもしれないぜ?」

「そっか……」

「確かにそうかもしれないな……」

 

 夕士と長谷が俺の推測に納得した様子を見せた事で、俺はこっそりホッと胸を撫で下ろしていた。長谷の『人魚』らしきモノの目撃証言を否定しなかった理由、それは長谷を安心させるためと話の広がりを防ぐためだ。

俺が目撃証言を否定してしまうと、『人魚』らしきモノを見た時の俺の反応との矛盾が発生し、その事について長谷と夕士から問い詰められるという事態が起きてしまう。そして翌日、雪村達にもこの件について話を訊き、雪村達発信で運良く目撃をしていなかった他の生徒達にも話が広がり、最悪の場合この辺りが大騒ぎとなり、『人魚』らしきモノがどこかへ姿を消してしまう恐れがあった。

そこで、俺があえて目撃証言の否定をせず、安心した長谷が更に話を進める中で長谷と夕士が納得をするような『落とし所』を提示する事で、二人がそれ以上踏み込まないようにしたのだ。そしてその策は上手くいき、夕士と長谷から発せられる波動には、疑念や不信感の代わりに安心感や安らぎなどが満ちていたため、俺は心の中でこっそりガッツポーズをしていた。

 

 ……こうでもしないと、夕士達の眠りにも影響が出かねないからな。アイツ──『人魚』に会うためには、夕士達が安心して翌朝まで眠ってくれる事が必要だったし、これで後は先生達の見廻りについて対策を立てるだけだな。

 

 そんな事を考えていた時、隣と向かい側からスースーという音が聞こえ、俺は『伝映綱』を通してこっそり琥珀へと声を掛けた。

 

『琥珀、どうだ?』

『……ん、バッチリ寝ちまってるな。この調子なら地震が来たり誰かが起こそうとしたりしねぇ限りは、明日の朝までグッスリと寝ちまってると思うぜ?』

『分かった、それじゃあそろそろ行動開始といくか。先生達の見廻りがいつ来るかは全く分からないからな』

『うむ、そうだな』

 

『伝映綱』を通して聞こえる義智の声に静かに頷きながら布団の中から出た後、俺は音を立てないようにリュックサックの方へと進み、中から『絆の書』を取りだした。そしてアンのページを開きながら部屋の入り口にある靴を取り、そのまま今度はベランダヘと向かった後、靴を履きながらアンへと声を掛けた。

 

「さあ、頼んだぜ、アン」

『はい、任せて下さい、柚希お兄さん』

 

 そのアンの返事に静かに頷いた後、開いていたアンのページに右手を置き、アンと同調するために『絆の書』へと魔力を注ぎ込んだ。そして背中に大きな鷲の翼のような物が現れたのを確認し、現在の風向きを軽く確かめてから俺はベランダの手摺に足を掛けてそのまま夜の空へ向かって飛び立った。

その瞬間、穏やかな潮風が俺の横を吹き抜けていったが、同調で得た鷲の翼はそれに負ける事なく風をしっかりと掴み、そのまま目的地へ向かって静かに飛行を始めた。

 

『ふう……いつも思うけど、こうやって空を飛ぶっていうのは、やっぱり気持ちが良いもんだな』

『ふふ……そう言ってもらえて私も嬉しいです。風向きや自分の体力を気にする必要はありますけど、風の中を飛んでいきながら様々な場所を上から眺める事が出来るのは、やっぱり良いですよね』

『そうだな。ただ、今の状況を誰かに見られようものなら、確実に大騒ぎになるだろうから、滅多に出来ないのが残念だよな』

『そうですね……あ、でも天斗さんが言うように柚希お兄さんもこちら側へ一度いらっしゃれば、好きなだけ空を飛び回る事が出来ますよ』

『……あ、それもそうだな。その時は、飛べるメンバーや他のメンバー達と一緒に色々な場所を飛んでみたいな』

『ふふ、そうですね』

 

 そんな事をアンと話していた時、目的地が眼下にあるのに気付き、そのままゆっくりと高度を下げていった。そして目的地である『人魚』を目撃した浜辺に着地した後、アンとの同調を解きながら周囲を見回した。時間が夜だった事もあり、浜辺はおろか道を歩いている人の姿も全くなく、波の音と風の音だけが辺りには響いていた。

 

「……今がチャンスだな。目撃される可能性が低い内にどうにか話を付けたいところだったし、この隙にさっさと『人魚』に会っておくとするか」

 

 そう独り言ちた後、今度は黒銀と鈴音のページを開きながら居住空間にいる二人に声を掛けた。

 

『黒銀、鈴音、やるぞ』

『うむ、任せておけ』

『うん、任せといてよ!』

 

 そして『絆の書』に魔力を注ぎ込み、黒銀と鈴音が姿を現した後、俺は再び黒銀のページに魔力を注ぎ込んだ。その後、隣に一張りの黒い箏と弾くための爪が現れ、俺はそれを持ちながら黒銀達と一緒に琴を弾くための平たい場所へと移動した。

そして黒銀と隣り合う形で箏を静かに置き、弾くための準備を整えた後、黒銀達とコクンと頷き合ってから俺は目の前の箏を静かに弾き始めた。

 

「…………」

「…………」

「る~るる~♪」

 

 静かな風の音と波の音という自然の二重奏、そして俺と黒銀が奏でる琴と鈴音の歌声という人為的な三重奏、それらは重なり合ったりお互いに高め合ったりしながら辺りに響き渡った。俺達はある曲を演奏しているものの、風と波はそれとは関係なく自然のままに音を鳴らす。

しかし箏を弾き続けている内に、次第に風と波の音さえも楽器の音のように聞こえ始め、まるで自然との合奏をしているような気持ちになり、やがて心と体が自然の中へ溶け込んでいくような錯覚に襲われた。

 

 ……楽しいからなのか自然との一体感を味わっていたいからなのかは分からないけど、何だかずっとこうしてたくなってくるな。

 

 そんな事を考えている内に曲は終わり、それと同時に意識が引き戻されると、突然近くからパチパチパチという拍手の音が聞こえてきた。そしてその拍手の音がする方──海へ顔を向けると、昼に見た少女が上半身だけを水面から出しながら嬉しそうな笑みを浮かべて俺達へ拍手をしているのが見えた。

 

 どうやら、あの『人魚』は西洋に伝わるパターンの奴で間違いなかったみたいだな。

 

 夜中のコンサートのたった一人の聴衆である『人魚』の事を見ながら自分の予想が当たっていた事に対して少し安心した後、俺は黒銀との同調を解きながら『人魚』に向かって静かに歩み寄った。

そして『人魚』との距離が程良く詰まったと感じた後、後ろからゆっくりと近付いてくる黒銀達の足音を聞きながら『人魚』へと話し掛けた。

 

「俺達の演奏を聴いて頂きどうもありがとう。その笑みを見れば大体の予想は付くけど、俺達の演奏はどうだったかな? 『人魚』」

「ふふっ……もちろんとても素晴らしかったよ。不思議な演奏家さん達?」

 

『人魚』は僅かに首を傾げながら小さな笑みを浮かべてそう答えた。

 

 

『人魚』

 

 世界中でその名を知られるほど有名な神話上の生物で、『人魚』をモチーフとしたキャラクターや物語も数多く存在するが、それらは殆どが西洋で伝えられている姿が元であり、中国や日本ではまた別の姿として伝えられている。

 

 

 ……それにしても、どうして西洋で伝えられている姿の『人魚』がこの日本にいるんだ……?

 

 さっきは、少しでも納得してもらうためにああいった仮説を盛り込んで夕士達には話をした。けれど、よくよく考えてみればあの仮説はかなり粗が目立つ物となっている。

まず宿泊施設の名前に『八百』と付いているのは、『八百比丘尼』に関係しているかもしれないからと言ったが、『八百比丘尼』が不老長寿となったのはあくまでも別の県の話だ。そして『八百比丘尼』がこの地域を訪れた事もあって、その時の功績などに肖ろうとして名前に『八百』と付けた可能性は確かにあるかもしれない。けれど、『八百比丘尼』の伝説は日本各地にある物であり、同じような事を考えたであろう人は多い上、もし『八百比丘尼』に肖ろうとするなら、町ぐるみでやる方が明らかに自然だからだ。

そして次に、遙か昔に『人魚』が外国から移り住んできた説だが、これもよくよく考えてみれば可能性が低い物なのは明らかだ。もしそれが正しいとすれば、この『人魚』の他にもこの地域には西洋の『人魚』が棲んでいる事になるし、その事が軽くでもニュースに取り上げられてもおかしくはない。

しかしそういったニュースはまず聞いた事が無いし、天斗伯父さん伝手でも聞いた事は無い上、仲間が他にいるなら同じように俺達に興味を持つ奴がいる可能性はそこそこあったのにも関わらず、実際に出てきたのはコイツだけだ。つまり──。

 

 今のところあり得るのは、コイツが風之真と雪花のように何かの理由で偶然迷い込んできたパターン、もしくは雷牙や鈴音のように見識を広げるための旅に出たパターンのどっちかなのかもしれないな。

 

 朗らかな笑みを浮かべる『人魚』に対してそんな予測を立てていると、黒銀が「……ふむ」と少し興味深そうな様子で声を上げてから『人魚』に声を掛けた。

 

「お主……齢はおよそ柚希と同じとみたが、何故一人でこの地におるのじゃ?」

「うんうん、確かにそうだよね。柚希が言うには、君って外国の子なんだよね?」

「う、うん……そうだよ。まあ、ちょっと理由(わけ)があってね……」

「理由……良ければ、その理由を俺達に話してくれないか?」

「うん、もちろん良いよ。けど、その前に自己紹介だけさせてもらうね」

 

『人魚』は朗らかな笑みを浮かべたまま、自己紹介を始めた。

 

「私はフィア、さっきそこの君──柚希君が言ったように人魚だよ」

「フィア、か。俺は遠野柚希、妖や神獣達のような存在と一緒に暮らしている人間だ」

「儂は黒銀、琴古主という付喪神じゃ」

「ボクは鈴音、夜雀っていう妖だよ」

「ふふっ、そっか。何だか魔力とか他の力とかの気配を感じると思ってたけど、そんな理由があったんだね」

「ああ。まあ、他にも色々な仲間がいるけどな」

「そうなんだ。さてと……それじゃあそろそろ私がここにいる理由を話さないとね。私は君達が予想している通り、外国の生まれで故郷には私の家族や他の人魚の友達、他にも色々な友達がいるんだ。

私はそんな皆に囲まれて楽しく暮らしていたし、その生活に一切の不満は無かった。けど、そんなある日の事、私はお婆ちゃんからこの国についての話を聞いて、どんな人達がいるのかスゴく気になったの」

「お婆さんから聞いたって……お婆さんは昔この国に来た事があるって事か?」

「どうやらそうみたい。お婆ちゃんが私くらいだった頃、色々な物を見てみたいと思って世界中を旅してた時に偶然立ち寄ったらしいんだけど、その頃はこの国も忙しかった頃みたいであまり長くはいられなかったって言ってたよ」

「……まあ、そうかもしれないな」

 

 フィアのお婆さんが若い頃だと、本当にこの国に色々な事があった辺りだろうし、そこはしかたないのかもしれないな。ただ、その頃に来ていたとすると、実は『八百海荘』の由来にも本当に関係してるのか……?

 

 そんな事を一瞬考えかけたが、まずはフィアの話を聞くべきだと感じ、俺は直ぐに気持ちを切り替えた。

 

「すまん、話を続けてくれるか?」

「うん。それで、最初は誰かと一緒に来ようと思ったんだけど、皆は人間にあまり興味が無かったみたいで、誰もうんとは言ってくれなかったんだ……。それどころか、私がそんなところに行こうものなら、人間に捕まって見世物にされるなんてお手伝いの人達も言い出すから、私はもう誰とも一緒に来られないと思ったんだ。

それで、皆が寝静まった夜に一人で家からこっそり出て、そのまま海を東に泳ぎ続けて、昨日この辺りに着いた感じかな」

「お手伝いの人達……え、もしかしてフィアはお嬢様だったりするの?」

「えっと……まあ、そうだね。自慢みたいになるから、あまり言いたくはなかったんだけど……私のお父さんは、故郷の海を統べる王様なんだ。だから私は、一応王女って事になるかな? もっとも、私は末っ子だから王位継承とかにはあまり関係も興味も無いんだけどね」

「一応って……」

 

 そういう事を一応で片付けるのってどうなんだ……?

 

 フィアのあっけらかんとした様子に、少し呆れながら溜息をついていると、話を静かに聞いていた黒銀が「……やれやれ」と首を横に振りながら言ったかと思うと、不意に俺の方へと顔を向けた。

 

「柚希、どうやらお主は長や神の親類縁者に縁があるようじゃな」

「はは、そうだな」

「え、そうなの……?」

「ああ、俺自身も結果としてはそういう感じだし、俺の仲間には一族の長の子供とか神様の玄孫とかもいるからな。けど、皆そういう事を鼻に掛けたり自慢したりするような奴らじゃないし、他の皆とも協力し合えるようなとても良い奴らなんだぜ?」

「……そっか」

「フィアの方はどうなんだ? さっき、友達がいるとは言ってたけど……」

「うん……いる事はいるし、一緒にいるのは楽しいよ。でも……時々思う時があるんだ、皆は私を『人魚フィア』じゃなく、『人魚姫フィア』として見てるんじゃないかって」

「……なるほどな」

「もちろん、私の思い込みの可能性もあるよ。でも、やっぱり皆の言葉の節々からそんな感じの思いが伝わってくるような気がして、少し辛かったんだよね。

()()()()()()、こういう物よりも良い物を知っている。()()()()()()、もっと美しい物を知っている』

みたいな感じにね」

 

 フィアは目を伏せながら言うと、哀しそうな表情を浮かべたまま黙り込んでしまったため、俺はその様子を見ながら少しだけフィアの事について考えてみる事にした。フィアの言う通り、周囲の友達なんかはそういう事──フィアが人魚姫である事を気にせずに接してくれているのかもしれない。

しかし心のどこかで、フィアの事を羨ましがっていたり、フィアならもっと別の物を知っているんだろうという思いがあったりすると、そういった感情や思いは本人が意識していないところで思わず出てしまう事も珍しくはない。何かに秀でている人や何か自分には無い物や優れたものを持っている人の事を羨んだりそれを欲してみたりするのは、別に誰にだってある事だからだ。

実際、俺も琥珀と出会うきっかけになったあの夢を見るまでは、誰かが自分の両親と一緒に楽しく過ごしている様子を見て、少しだけでも良いなと思っていたからな。今となっては、もうそう思う事は無くなったけれど、やっぱりそういう感情や思いなんてのは誰にだってあり得る物なんだ。

問題はそういった物とどう向き合って行くか。羨む側は、羨むだけじゃなくてそういった状況へ自分を持っていくには、どうしたら良いかを考えるべきであり、そして羨まれる側の場合は、自分が置かれている立場を一度しっかりと理解し、自分の事を自慢したり変な謙遜をしたりしないようにして、他人を嫌な気持ちにさせずに生活していく事が大切になる。

もちろん、フィアはそういう事を分かっている上で友達なんかと接しているんだろうけど、フィアの友達が心のどこかでフィアに対して感じている『羨望』や『嫉妬』みたいな感情がフィアにとってはとてもキツく、今回も無理に誘うなんて事が出来なかったのもあるのかもしれない。

 

 うーん……そうなると今回の場合は、俺よりも長谷の方が絶対に良いアドバイスを出来る気がするな。でも、フィアの事をこのまま放置は出来ないし──。

 

 そんな事を考えていたその時、『絆の書』から『柚希さん』とヴァイスが俺の事を呼ぶ声が聞こえ、一度考えるのを中断してそれに答えた。

 

『どうした、ヴァイス?』

『お話の途中で申し訳ないのですが、私を一度そちらに出して頂けませんか?』

『あ、うん。ちょっと待っててくれ』

 

 俺は『絆の書』の中のヴァイスのページをすぐに開いた後、そのまま魔力を注ぎ込んだ。そしてそれによってヴァイスが外に出てきた瞬間、俺は思わず驚きの声を上げてしまった。

 

「……へ? ヴァイス……だよな?」

「ふふ、その通りですよ、柚希さん」

 

 声や雰囲気はいつも通りのヴァイスその物だったが、姿はいつものような白竜の姿では無く、まるで物語の中の王子のような雰囲気を漂わせた少し長めのブロンドヘアの白いシャツと淡い水色のズボン姿の外国人の青年の姿だった。

しかし、立ち姿や穏やかな笑みから漂う気品の良さ、そして魔力の気配や波動の様子などはいつも通りのヴァイスであり、俺は何が何だか分からず困惑していた。するとヴァイスは、天斗伯父さんのようにクスリと笑い、優しい声で話し掛けてきた。

 

「ふふ……やっぱりそうなってしまいますよね」

「あ、ああ……えっと、一体どうしたんだ?」

「これは私の人間体です。もっとも、私自身の力だけではまだ人間の姿になる事は出来ないので、天斗さんから最近教わった変化の術を用いた物ですけどね」

「変化の術……でも、どうしてその姿になったんだ?」

「ふふっ、実は私にちょっと考えがありまして、それにはこの姿が必要だったので、まずは柚希さん達にお披露目しようと思ったんです」

「なるほど……それで、その考えっていうのは?」

「柚希さんは、フィアさんの事を放っておけないけれど、この臨海学校も参加しなければいけない。そしてフィアさんの事について長谷さんに一度相談してみたいと考えていますよね?」

「ああ。それに、フィアが無事だっていう事を一度フィアの親御さん達に知らせなきゃないと思ってるよ。フィア自身は、スゴく気が進まないとは思うけど……」

 

 俺の言葉にフィアがシュンとしていると、ヴァイスはフィアに対してニコッと微笑みかけながら声を掛けた。

 

「大丈夫ですよ、フィアさん。確かにお叱りは受けるかもしれませんが、それよりもフィアさんがご無事だった事を聞けば、御両親を始めとした皆さんはとても安心すると思いますから」

「そう……でしょうか?」

「ええ、もちろんです。お叱りも元を辿れば、フィアさんの身を心配しての事ですからね」

「心配……」

「はい。私の実の両親は既にこの世を去りましたが、育ての親──天斗さんから負けない程の愛情を注いで頂きました。私も今は落ち着きましたが、幼い頃はよく無茶なことをして天斗さんから叱られたり心配をして頂いたりしたんですよ?」

「ヴァイスが無茶……いつもヴァイスには風之真達の保護者役をやってもらったり、俺の兄貴分をしてもらったりしてるせいか、全然想像がつかないな」

「ふふ……私にもそういう時期があったという事です。さて、考えの話に戻りますが、この変化の術を利用して、明日一日だけ私がフィアさんのお世話をさせて頂こうと思っています。もちろん、天斗さんにはこの事をお伝えしますし、フィアさんの御両親にも明日中にお目に掛かるつもりです」

「フィアの世話をするって……でも、どうやってやる気なんだ?」

「簡単な話です。この変化の術は、私自身だけでなく他の方にも掛ける事が出来るので、天斗さんからの連絡を待つ間、フィアさんには人間の姿になってもらいます。そしてフィアさんの御両親にお目に掛かれると確定した後、フィアさんに掛けた変化の術を解き、私達でそちらへ向かいます。尚、私にも少々蓄えはありますので、お金の心配はいりませんよ」

「ヴァイス……分かった、それじゃあ頼んだぜ」

「はい、任せて下さい」

 

 ヴァイスがニコリと笑いながら答えると、それを聞いていた黒銀と鈴音が難しい顔をしながら俺達に話し掛けてきた。

 

「……柚希、ヴァイス。お主らにしては、少々らしくのないやり方ではないか?」

「そうだよ。まだ天斗さんに話を通してないのにそこまで話を進めても、天斗さんが無理だったらどうにもならないんじゃないの?」

「うーん……確かにそうかもな」

「だったら──」

「でも、さ……いつもは本当に年長者らしいしっかりとしたやり方を提案してくれたり色々な事を応援してくれたりしてる側だったヴァイスが、ここまで自分からやりたいと言ってくれるんだったら、今度はこっちが応援してやる番だと思うんだ。まあ、天斗伯父さんには色々迷惑を掛ける事にはなるけど、その時は俺もしっかりと謝るつもりだよ。俺はヴァイスの主兼友達というだけじゃなく、いつもヴァイスに助けてもらってる側としてな」

「「柚希……」」

 

 黒銀達は顔を見合わせた後、半ば諦め気味に溜息をつき、仕方ないといった様子で再び口を開いた。

 

「……分かった。それならば、儂らも異論は無い」

「そうだね。柚希がそこまで言うのなら、ボク達もそれに協力するよ。こう言ったらなんだけど、中々面白そうな感じだしね」

「黒銀、鈴音……ありがとうな」

「お二人とも、本当にありがとうございます」

「礼は全てが済んでからにしておけ。そして後は、他の奴らとフィア自身が良いと言えばだが……」

 

 黒銀が少し不安げに言ったその時、『伝映綱』を通じて義智が話し掛けてきた。

 

『柚希、我らも異論は無い。お前とヴァイスがやりたいようにやると良い』

『それは助かるけど……珍しいな、風之真達ならまだしも、お前や蒼牙まで賛成するなんてさ』

『ふん……柚希が考えていた事を我らも考えていただけだ。ヴァイスは自身の意見よりも他人の意見を尊重しようとする奴だからな。そんな奴が自分から何かをやりたいと欲しているなら、それを手助けするのが仲間の務め、そうなのだろう?』

『……ふふ、そうだな。さて、後は……』

 

 そう言いながらフィアの方を向いた後、不安そうな表情を浮かべているフィアに話し掛けた。

 

「フィア、お前はどうしたい? せっかく来たからには人間の生活を見てみたいと言うなら、俺達は全力でそれを手助けする。ただ……もし、そういうのが必要ないなら、それでももちろん良い。あくまでもこれは、俺達のお節介みたいな物だからな」

「柚希君……でもこれは、元々は私の我が儘から始まった事だよ? それなのに君達に迷惑を掛けるなんて……」

「それは気にしなくて良いぜ、フィア。さっきも言ったけど、これはあくまでも俺達のお節介に過ぎないんだからさ。お前はお前が好きなように決めて、好きなようにやりたい事をやってみれば良いだけだ」

「私が好きなように決めて……好きなようにやってみるだけ……」

「ああ。少なくともここには、お前の事を『人魚姫フィア』としてしか見る奴はいない。お前は何の気兼ねをせずに、『人魚フィア』としての一時を過ごせば良いだけだ」

「『人魚姫フィア』としてじゃなく、『人魚フィア』として……」

 

 フィアは軽く俯きながら小さな声で呟くと、決意を固めた様子でコクンと頷き、真剣な表情を浮かべながら再び俺達の方へと顔を向けた。

 

「私は……この眼でこの国の人間がどういう人達なのかをしっかりと見てみたい。お手伝いさん達は、人間は私達みたいな存在を蔑ろにするだけじゃなく、捕まえて見世物にするような恐ろしいもの、なんて言っていた。

でも、お婆ちゃんの話の中では全く違っていた。だから私は、自分の眼で人間というものをしっかりと見てみたい。……そうじゃないと、絶対に後悔すると思うから」

「……分かった。それなら、俺達は全力でそれをサポートさせてもらうぜ」

「うん……ありがとう、皆」

 

 ニコッと笑いながら礼を言うフィアに対して微笑みながら頷いて答えた後、『力』を通じて『絆の書』の居住空間にいるメンバーと外に出ているメンバーの両方へ呼び掛けた。

 

『皆……何か手伝ってもらう事があったその時は、よろしく頼むな』

『はい!』

『おう!』

『うむ』

 

 皆の返事を聞いた後、俺はフィアと翌朝にヴァイスを向かわせる約束を交わし、再びアンと同調をして『八百海荘』の部屋へ向かって飛び始めた。

そして空を飛んで戻る事約数分、部屋のベランダに静かに降り立った後、靴を持ったまま息を潜めながら部屋へ戻ると、琥珀の見立て通りに夕士達はグッスリと眠っており、その様子にホッと胸を撫で下ろした。

 

 良かった……これでひとまずは大丈夫そうだ。

 

『よし、俺達も一度寝ておくか。そうじゃないと、眠気でまともな判断が出来なくなるかもしれないしな』

『うむ、そうだな』

『まあ……柚希の旦那の場合は、本当に寝ておいた方が良いよな』

『私と二回も同調をしただけじゃなく、ずっと『伝映綱』を繋げている上、黒銀さんとも同調をしていますからね』

『午前中の事もありますから、ゆっくりと休んで下さいね、柚希さん』

『うん、ありがとうな、皆。それじゃあ──』

 

 おやすみ、と言おうとしたその時、「……柚希?」という声が聞こえ、その声にビクッとしながら静かにそちらへ顔を向けた。すると、体を起こしている夕士が眠そうに目を擦りながら俺の事を見ており、俺が今の状況についてどう答えたものか悩んでいる中、大きな欠伸をしながら眠そうな声で話し掛けてきた。

 

「ふあ……どうしたんだ? まだ朝じゃないだろ……?」

「あ、ああ……ちょっと目が覚めちゃったから、ベランダから外を見てたんだよ」

「……ああ、なる……ほどな。というか……俺、いつの間に寝てたんだろ……?」

「……午前中の海水浴の時に見た人魚みたいな物の話をしてたら、いつの間にか寝てたみたいだぜ?」

「ん……そっか」

 

 うつらうつらとしながら答えると、夕士はもう一度大きな欠伸をしてから再び布団へと寝転んだ。

 

「……まあ、明日も色々忙しいみたいだし……お互いに早く寝よう、ぜ……?」

「そうだな。それじゃあおやすみ、夕士」

「ああ……おや、すみ……」

 

 そして夕士は静かに目を閉じると、程なくしてスースーという寝息を立てながら再び眠り始めた。

 

 ふう……危ない危ない。まさか起き出してくるとは思わなかったから、本当にビックリした……。

 

 額にいつの間にか浮かんでいた汗を静かに拭っていると、琥珀の申し訳なさそうな声が聞こえてきた。

 

『柚希の兄ちゃん、申し訳ねぇ……夕士の奴が夢から覚めてたのは気付いてたんだが、教えるのが遅くなっちまった……』

『気にしなくて良いぜ、琥珀。咄嗟のことだったわけだし、こればかりは仕方ないからな』

 

 琥珀に対してそう答えた後、これ以上同じ事を起こさないためにささっと靴を部屋の入り口へと置き、そのまま布団の中へスッと入った。

 

『よし……それじゃあ今度こそおやすみ』

『おやすみ』

『おやすみなさい』

 

 そんな『絆の書』の皆の声を聞いた後、意識がスーッと沈み込み、そのまま眠りの渦へと飲み込まれていった。

 

 

 

 

「……ふう、ちょっと休憩するか」

「だな」

「ああ」

 

 翌日、朝にこっそりヴァイスと別れた後、俺は他の『絆の書』の皆と一緒に二日目の日程をこなしていた。そして昼過ぎ、昼食を終えた後に二度目の海水浴をしていた頃、俺達は少し泳ぎ疲れたと感じ、夕士達と一緒に休憩を取るために一度海から上がった。

 

 ……それにしても、ヴァイス達は今頃何をしてるかな……? 蓄えはあると言ってたから、その辺は心配しなくても良いけど、正直あの見た目はこの辺りだとだいぶ目立つだろうし、変な奴らに因縁付けられたり妙な目に遭ったりしてないと良いけど……。

 

 照りつける太陽の下、別行動を取っているヴァイス達の身を静かに案じていると、隣を歩いていた夕士がふと何かを思い出したように声を上げた。

 

「……そういえば、昨日の夜は本当にビックリしたな……」

「ビックリしたって……俺が寝付けないから外を眺めに行ってた時か?」

「うーん、それもあるんだけどさ。その時の柚希の姿が、一瞬だけ違う風に見えたんだよ」

「違う風に……」

「ああ、何というか……雰囲気とか表情とかはいつも通りなんだけど、()()を纏っている大人みたいな感じに見えた……かな?」

 

 夕士が少しだけ首を傾げながら言うと、長谷もそれに賛同するようにコクンと頷きながら静かに口を開いた。

 

「確かにそう見えた時はあったな。具体的には、去年の花火大会の時やお前達が話していた昨夜だな」

「え、あの時に長谷も起きていたのか?」

「ああ。何か物音がすると思ってこっそり様子を窺っていたら、お前達が話しているのが聞こえてな。それで、話が終わるまでお前達に気付かれないようにしながら話を聞かせてもらってたんだ。まあ、遠野が眠りだしたタイミングで俺も寝てしまったみたいだけどな」

「そうだったのか……」

 

 あぶな……いつも通りに皆と会話をしてたからまだ良かったけど、うっかり誰かを外に出してたら本当にアウトだったな。これからは本当に気をつけるようにしないと……。

 

 夕士達の話から心の中で冷や汗を掻きながらそう感じていた時、長谷に相談したかった事があるのを思いだし、それ用にすぐに気持ちを整えてから長谷へと話し掛けた。

 

「長谷、一つ訊きたい事があるんだけど良いか?」

「ん……何だ?」

「もし──もしもだけど、自分が他の人よりも何か優れている物があったとして、それに対して周囲から直接的じゃないにしろそれについての羨みや嫉妬の感情を向けられたとしたら、お前はどうする?」

「……いやに具体的だな。もしかして、その質問も俺達とは別の友達の事だったりするのか?」

「まあ……そうだな。ただ、ソイツの意思を尊重して名前なんかは出せないけど……」

「ふむ……なるほどな。自分が他の人よりも何か優れている物があり、それに対して周囲との会話の中やこそこそ話なんかでソイツらが俺に対して羨みや嫉妬の感情を向けているとしたら……か」

「ああ。まだ伝えてはいないけど、一応俺なりの考えはある。けど、何というか……長谷の方がこれの答えを出すのが得意そうな気がしてな」

「まあ、そうだな。自慢じゃないが、俺はクラスメイト達よりも環境は恵まれ、学力も運動能力も勝ってると思っているからな」

 

 なんて事ない様子でそんな事を言った後、長谷はしばらく考え込んだ。そして、いつも通りの落ち着き払った様子で静かに口を開いた。

 

「……別に気にする必要は無いな」

「気にする必要は無いって……周囲からの反応をだよな?」

「そうだな。確かに周囲からの反応は気になる物かもしれないが、それを一々気にしてそれで自滅しても意味が無いだろ? だから、それを一々否定したり自慢したりするんじゃなく、まずはそれを気にせずにそのまま過ごして、周囲がそういった事を気にしなくなるように自分の実力を上げ、それを見せつけてやれば良い。

そうやって嫉妬とか嫌悪の感情をぶつけてくる奴は、大抵が自分にとってそれが足りない事を知りながらも、それを持っている奴を嫌う事で、自分の気を落ち着けようとしてる奴らだ。だったら、ソイツらが向けてくる感情自体を嫉妬や嫌悪なんかのマイナスな物から、賞賛や尊敬なんかのプラスな物へ変えてやれば良い」

「……つまり、周囲に自分を認めさせれば良いって事か」

「そういう事だな。頑張りっていうのは、結局誰かが見てるものだ。そして、その頑張っている様子は、何かのきっかけで徐々に伝達されていき、それによって自分が周囲に認められる事に繋がる。だから、自分が何か優れている物があるなら、それが周囲に認められるようになる事を目標にして、ひたすら頑張っていく事が俺のベストだと思ってる。優れている事に胡座をかいて、それをただ自慢するだけの奴なんかに成り下がるつもりは一切無いからな」

「なるほどな……」

 

 自分が周囲に認められるようにひたすら頑張っていく、か……。スゴく大切な事だけど、これって意外と忘れがちな事でもあるよな。そしてこれは、フィアの事だけじゃなく、俺にも関係してくる事だな。

転生特典で膨大な『力』とか波動や気を感じ取る力とかは持ってるけど、その強さに酔っているだけだったとしたら、風之真達の事を助けるまでには至らなかったし、義智やヴァイス達が力を貸してくれようなんて思わなかったと思う。だから、この事は今回だけの事だとは思わず、これからも胸の奥底に留めておく事にしよう。

 

 そう強く誓っていた時、長谷は少し安心した様子で笑みを浮かべながら話し掛けてきた。

 

「……どうやら、無事に解決は出来そうだな」

「ああ、おかげさまでな。長谷、そして夕士もいつも相談に乗ってくれてありがとうな」

「こちらこそ、だな」

「へへっ、だな!」

 

 そして三人で笑い合っていたその時、雪村達がこちらへ向かって走ってくるのが見え、そのままそちらへ顔を向けた。そして雪村達は目の前で止まると、少しだけ息を切らしながら雪村が話し掛けてきた。

 

「はぁ……はぁ……お前達、昨日の子って見てないよな?」

「見てないけど……それがどうかしたのか?」

「……やっぱりそうだよな。もし、地元の子だったらまた会えるんじゃないかと思って軽く探してたんだけど、全く見つからなくてさ……」

「そっか。まあ、今日は一応平日だし、その子だって学校に行ってるんじゃないか?」

「はぁ……やっぱりそうかな。あー……昨日の内に話くらいしておけば良かったなぁ……」

 

 雪村が心の底から残念そうに溜息をついていると、その様子を見た夕士が少しだけクスリと笑った。

 

「何だか今の雪村を見てると、臨海学校の前日に女子達の水着姿とか海で遊ぶ姿について真剣に話してた奴とは思えないよな」

「……甘いな、夕士。女子達が海で遊ぶ姿は、もう十分堪能させてもらったぜ。だがな、地元の子との一夏の思い出は、それよりも価値がある物なんだよ……!」

 

 雪村がガバッと顔を上げながら真剣な様子で言うと、長谷が「……スゴい勢いで復活したな」と少し呆れ気味に呟いた。しかし雪村にはそれは聞こえていなかったらしく、とても太陽のように輝く笑顔を浮かべながら突然別の方を向き、そちらを指差しながら俺達に大きな声で話し掛けてきた。

 

「見ろ、お前達! 確かにそういった特別な夏の思い出とはまた違うが、女子達が海で水飛沫を上げながら楽しそうにはしゃぐその様子を!」

 

 その言葉に従い俺達が大人しく顔を向けると、そこには雪村の言葉通り、何人かの女子達が楽しそうに遊んでおり、その中には金ヶ崎の姿もあった。そして何かに気付いた様子で不意にこちらへ顔を向けた時、俺と金ヶ崎の目がしっかりと合った。

その瞬間、妙な気恥ずかしさが俺を襲い、頬をうっすらと染めながら顔を背ける金ヶ崎の姿が見える中、俺も軽い顔の火照りを感じながら軽く顔を背けた。

 

 う……何で照れてるんだ、俺……? 別に照れる必要なんて無いだろ……?

 

 自分の様子について疑問を抱いていたその時、妙な視線を感じてそちらへ顔を向けた。すると夕士達がとても面白そうな物を見るような目で俺の事を見ており、その様子に嫌な予感がした瞬間、夕士がニヤニヤと笑いながら口を開いた。

 

「いやー……青春してるなぁ……」

「そうだな。いつもはスゴく落ち着いてる遠野でも、あんな顔をするんだなぁ……」

「あんな顔って……ただ、金ヶ崎と目が合って──」

「それにしても、目が合った瞬間の二人の顔、スゴかったよなぁ……」

「そうそう、何かそういうドラマでも見てるのかと思うほど、スゴく絵になってたからなぁ……」

「まるで夏の海の魔法みたいな物に、二人して掛かったみたいな感じだったよな」

「実際のところは恋の魔法、だと思うけどな!」

「違ぇねぇ!」

 

 そして楽しそうに笑い合う夕士達を見た瞬間、俺の中で怒りと()()()()()が静かに湧き上がってきた。

 

 ……少しだけからかうならまだ見逃したけど、ここまでやるというなら、ちょっとしたお仕置きをする必要があるみたいだな。

 

 表面上は平静を装っていたが、心の中では夕士達に対しての怒りが少しずつではあるが、しっかりと込み上げてきていた。そして俺は、その怒りを隠しながら()()()を頼むために『伝映綱』を通じて『絆の書』の住人達へと声を掛けた。

 

『……皆、少し良いか?』

『……別に構わんが、大人気ない真似だけは止めておけ』

『大人気ない……? いや、ちょっとした夏の思い出を作ってやるだけだよ。主に夕方の肝試しと夜の怪談でな』

『だ、旦那……? まさかとは思うが……その二つの最中に何かする気じゃねぇよな……?』

『何か、というか……体感型のホラーアトラクションにしてやるだけだよ。まあ、まだ俺は幻術みたいなのは使えないから、本格的なのは出来ないけどな』

 

 風之真の言葉に答えながらニヤリと笑っていると、『絆の書』の皆の様々な声が聞こえてきた。

 

『あはは……柚希、かなりお怒りのようだね……』

『こんな柚希さんを見るのは、風之真お兄さん達の時以来だね……』

『う、うん……柚希お兄ちゃんが静かに怒ってる時って、本当に怒ってる時だもんね……』

 

 そんな声が聞こえる中、俺は夕士達にはそれを気付かれないように接しながら、静かに湧き上がる怒りとやる気を糧にし、夕士達への()()()()の内容を考え始めた。

 

 

 

 

 その日の夜、入浴や夕食を済ませた俺達が部屋に戻ると、雪村と海野は少しだけ警戒をしてから部屋の中へと入った。すると、夕士はその様子がおかしかったのか、少しだけ声を抑えながらクスクスと笑った。

 

「二人とも……この部屋は昨日もいたんだから、そんなに怖がる必要は無いだろ?」

「あ、あはは……そう、なんだけどさ……?」

「思ったより、柚希の怪談が怖かったもんで……それがまだ残ってるというか……」

「ああ、なるほどな。まあ、遠野が話す怪談は、聞いている内にどんどん引き込まれるから、雪村達のように慣れてない奴はかなりキツいだろうな」

 

 長谷がいたって平気そうな様子で言うと、雪村と海野は「何でアレが平気なんだよ……」と言いながら信じられない物を見るような目で夕士と長谷の事を見た。

夕士達との夏の泊まり会の時にも怪談大会をしていた事もあってか、どうやら夕士達には俺の怪談への耐性があるらしく、今回の『絆の書』の住人達に音や演出の協力をしてもらった肝試し中の怪談もあまり効果はなかったようだった。

 

 ……冷静になってみると、『絆の書』の皆にはかなり面倒なお願いをしたもんだよな……。よし……これのお詫びになるかは分からないけど、初日に『絆の書』の皆と約束した近い内に出掛ける件は絶対に叶えてやる事にしよう。

 

『絆の書』の住人全員の顔を思い浮かべながら固く誓っていたその時、麒麟(きりん)輝麒(フゥイチー)の不安そうな声が聞こえてきた。

 

『……ヴァイスさんとフィアさん、今頃大丈夫かな……』

『……そうだなぁ。ヴァイスの旦那は、育ての親の天斗の旦那に似て物腰は柔らけぇし頭もキレる。だから、もめるような真似はしねぇと思うが、向こうさんがどんな感じかは分からねえしなぁ……』

『そう考えると、やっぱり不安よね……』

『うむ……』

 

 風之真を始めとした他の住人達の声にも不安の色が浮かび、その内に俺の中でも徐々に不安感が募り始めた。

 

 ……ヴァイスの事だし、大丈夫……だよな? でも、もしヴァイスの身に何かあったら、その時は極力天斗伯父さんの手を煩わせないようにしながら自分の力でどうにかしないといけないな……。

 

 そんな事を考えていたその時だった。

 

『……柚希、さん……聞こえま、すか……?』

 

 小さなノイズを伴った声が、魔力を通じてどこからか聞こえてきた。

 

 え……この声って──。

 

『ヴァイス……ヴァイスだよな!? お前、今どこにいるんだ!?』

『……落ち着い、て下……さい、柚希さん。私にも……フィアさんにも何も、起きてはいませ……んから』

『そっか、良かったぁ……』

 

 まだヴァイスの姿を見ていないものの、ヴァイスの声からいつものような優しさや落ち着きが感じられた事で、さっきまで時化の状態のようにザワついていた俺の気持ちは、凪の状態のように静かになり、とても大きな安心感で満たされていた。

すると、ヴァイスはその様子が何となく想像できたのか、クスクスと笑いながら再び話し掛けてきた。

 

『大丈夫ですよ、柚希さん。私は貴方や天斗さん、そして『絆の書』の仲間の皆さんを残して命を落とすような真似だけはしないつもりですから』

『……うん、これからも是非そうしてくれ。ところで……今お前達はどこにいるんだ?』

『フィアさんとお話をしたあの浜辺にいます。なので、昨夜のように夕士さん達が寝静まった後にこちらへと来て頂けますか?』

『……分かった。因みに腹が減ってたり喉が渇いていたりはするか?』

『いえ、それは私もフィアさんも大丈夫です』

『うん、了解。それじゃあまた後でな』

『はい、また後で』

 

 そしてそこでヴァイスの声が聞こえなくなった瞬間、『絆の書』の住人達から次々と問いかけの言葉が飛んできた。

 

『旦那! 今、ヴァイスの旦那と話してたのかぃ!?』

『柚希さん! ヴァイスさんとフィアさんは無事でしたか!?』

『……大丈夫だよ。ヴァイスの声からは怯えとか苦しみみたいな物は伝わってこなかったし、演技を強要されてる様子も無かった』

『そう……ですか』

『よ、良かったぁ……』

 

 青龍の護龍(フゥーロン)と兎和が安堵の声を漏らす中、義智が落ち着き払った声で話し掛けてきた。

 

『それで、ヴァイスは今どこにいると言っていた?』

『フィアと会った浜辺にいるってさ。だから夕士達が眠ったのを確認したら、すぐ出るようにしよう』

『うむ、そうだな。恐らく、今はフィア共々魔力を用いて姿を隠しているのだろうが、今朝から『絆の書』やお前から離れていた事から、魔力量も少なくなっている可能性は高い。そして先程の会話も魔力を用いて行った物なのは間違いなく、その分魔力も減少しているだろうからな』

『ああ、そうだな。後は──』

 

 義智との会話を続けようとしたその時、部屋の入り口の方から声が聞こえ、一度会話を中断した後、俺はそちらへ顔を向けた。すると前日と同様に、担任が消灯時間を伝えに来ており、それに室長の長谷が落ち着いた様子で応対をすると、担任はとても安心した様子でそれに頷いた。

そして部屋の中にいる俺達を含めた全員へ向かって「おやすみなさい」と声を掛け、それに対して声を揃えて答えると、担任は頷いてからドアを閉め、そのまま俺達の部屋から遠ざかっていった。

 

「……先生、昨日よりは疲れて無さそうだったな」

「……だな。流石に連日枕投げをしようなんて部屋も無かったんだろうし、皆肝試し中にかなり騒いでたから、素直に眠る事にしたのかもな」

「かもな」

 

 そんな事を夕士と話していると、長谷が部屋の中へとゆっくりと戻り、俺達の事を見回しながら静かな声で話し掛けてきた。

 

「さて……怪談大会の件は、結局どうするんだ?」

「へっ、もちろんやるに決まってる! 肝試しの時はちょーっとビビっちまったけど、今度は俺達がお前達の事をビビらせてやるぜ! なっ、深也!」

「おう! ビビってるだけの俺達じゃないって事をぜってぇ証明してやるぜ!」

「そうか。稲葉、遠野、お前達はどうだ?」

「んー、俺も別に構わないぜ? 雪村達の話す怪談も気になるからさ。な、柚希」

「そうだな。あの時の俺を超えられるだけの怪談があるかどうか気になるし、元々約束もしてたからな」

「分かった。それじゃあまずは、部屋の電気を消すとするか」

 

 そう言って長谷が部屋の電気を消しに行く中、雪村と海野は俺達──主に俺の事を見ながら闘志を燃やしている様子を見せていた。

 

 ……さて、今回は『絆の書』の皆の協力は無しだけど、ヴァイス達の事を早く迎えに行ってやりたい所だし、雪村達が気絶する程度の怪談でも話してやるとするかね。

 

 そんな事を考えている内に、部屋の電気が静かに消え、暗闇の中で長谷が近付いてくるのを感じた後、俺達はそれぞれの布団の中へと入った。そして長谷も布団の中へと入った後、長谷は楽しみや嬉しさを波動に表しながら静かに口を開いた。

 

「さあ、それじゃあ始めようか」

 

 その言葉にコクンと頷いた後、俺達の怪談大会が静かに幕を開けた。

 

 

 

 

「……っと、ようやく来れたな」

 

 アンとの同調で得た翼を使って浜にゆっくりと降り立った後、そう独り言ちながら俺は周囲を見回した。そして、ヴァイスの魔力の気配を感じた後、そちらへと向かいながらさっきの怪談大会での様子を何となく思い出した。

怪談を話す事二巡目、俺が話した海にまつわる怪談で雪村と海野は少々ビビってはいたが、まだ気絶をするには至っておらず、強がりを言うだけの余裕はあるようだった。

しかし、五巡目で話した浜辺に関する怪談で雪村達は遂に気絶し、それをきっかけに俺達は怪談大会を切り上げ、そのまま眠る事にした。その結果、昨夜よりも出て来るのが遅くなり、今こうしてヴァイスの魔力の気配を感じながら歩いているのだった。

 

 肝試し中に話した事で、少しは耐性が付いたようではあったけど、流石に夕士達クラスになるには早かったみたいだな。

 

 そんな事を考えながら歩き続けていたその時、先の方に白竜モードのヴァイスと人魚モードのフィアの姿が見え、俺は急いで二人の元へと駆け寄った。

 

「ヴァイス! フィア!」

「……おや、柚希さん。お疲れさまです」

「あ、柚希君。お疲れさま」

「ああ、お疲れさま。二人が本当に無事で良かったよ」

「ふふ……ありがとうございます。柚希さんは、本日の臨海学校を楽しむ事は出来ましたか?」

「ああ、バッチリな。ただ……やっぱりヴァイス達の事はちょっと心配だったかな。『絆の書』の皆──主に兎和や黒烏、それに護龍に輝麒なんかはスゴく心配してたしな」

「そうでしたか……ふふ、皆さんにそこまで思って頂けるのは、やはり嬉しい物ですね」

「うん、そうだな。ところで……そっちの方はどうだったんだ?」

「それがですね──」

 

 ヴァイスが話を始めようとしたその時、『伝映綱』を通じて年長組などを除いた全員から次々と声が聞こえてきた。

 

『柚希の旦那! 俺達もヴァイスの旦那に会っても良いかぃ!?』

『ヴァイスさんが大丈夫だというのをこの眼で確かめたいので、お願いします!』

『柚希殿、私からも是非お願い致します』

『……はは、分かった分かった。それじゃあせっかくだし、全員に出てきてもらう事にしようか』

 

 そう言いながら『絆の書』の表紙に手を乗せた後、体の中を巡る『力』を『絆の書』自体に注ぎ込んだ。そして、『絆の書』から次々と小さな光球が現れ、それらが皆の姿へと変わった瞬間、兎和や黒烏、四神’sなどの年少組がヴァイスへ向かって飛び込んだ。

 

「ヴァイスさん! お帰りなさい!」

「お帰りなさいです、ヴァイスさん!」

「ヴァイスさんがご無事で本当に良かったです」

「皆さん……ふふ、心配して頂き本当にありがとうございます」

 

 自分へ向かって飛び込んできたメンバーの様子に最初は驚いた様子だったが、すぐにいつものような落ち着いた様子に戻ると、ヴァイスは優しい笑みを浮かべた。そしてその様子を見ていた時、俺の肩に乗っている風之真が小首を傾げながら話し掛けてきた。

 

「柚希の旦那。旦那はヴァイスの旦那のとこに行かなくても良いのかぃ?」

「今は良いよ。そういうお前はどうなんだ? 風之真」

「うーん、俺も今は遠慮しとくかね。今飛び込もうもんなら、弟分妹分連中に示しがつかねぇからな」

「……そうか。さてと……ヴァイスはあの通りまだムリそうだし、先にフィアから話を聞くとするか」

 

 そして風之真や義智達と一緒にフィアに近付いた後、俺は事の詳細について訊くためにフィアに話し掛けた。

 

「フィア、今日あった事について話してもらっても良いか?」

「あ、うん……まず、今朝ヴァイスさんと合流した後、ヴァイスさんの魔法で人間の姿に変えてもらったの。そして二人でお昼過ぎくらいまで町の中を歩いたりお昼を食べたりしながら、この辺りの人間について二人で見て回ってたんだ。

それで、ヴァイスさんの服のポケットから何か音が聞こえたと思ったら、ポケットから何か丸い物を取り出して時には笑ったり時には申し訳なさそうに頭を下げたりしながら話を始めたの。そして話が終わると、『フィアさんのご家族に会いに行く約束は、無事取り付けられたので今から行きましょう』って、ヴァイスさんが言い始めて、私はちょっと気が引けたけど結局行くことにしたの。

でも、ここから故郷までどう行くのかな、って思ってたら、何も無かった所にいきなり銀色の扉が現れて、そこから黒い短髪の人間の人──天斗さんが出てきたんだ」

「……そっか。天斗伯父さんの力があれば、外国まですぐに行けるもんな」

「うん、扉をくぐったらすぐに近くの陸地に着いたから、本当にビックリしたよ。それで私に掛けていた変化の魔法を解いた後、天斗さんが何かぽそぽそと呟いたら、私達の事を大きな泡が包み込み始めて、それにもビックリしてたらヴァイスさんが『これはこのまま海へ潜るための手段の一つです』って説明をしてくれたの。

そしてその泡に包まれている天斗さん達と一緒に海の中へと潜って、城下町に着いた後にそのまま王宮の中へと入って、お父さん達に会ったんだ」

「親御さん達、やっぱり心配してたろ?」

「うん……スゴく心配してたみたいで、お母さんが泣きながら抱き付いてきた時、私までつられて泣いちゃったよ。

『私……本当に自分の我が儘で皆の事を困らせちゃってたな』って思いながらね。そしてその後に、天斗さんとヴァイスさんがお父さんや大臣達と話してる間、私はお母さんとお婆ちゃんと一緒にいたんだけど、その時にお婆ちゃんがこの国に来た時の話をしてくれたの。

そしたら、昔この地域に来てた綺麗な女の人に出会ってたみたいで、その時にこの地域で流行ってた流行病を協力して治してたところ、その中にはその女の人が泊まっていた宿屋の主人もいたみたいだよ」

「ふむ……なるほどな。だが、その時にお前の祖母は自分が協力した事がしれたら、周囲が大騒ぎになる上、その人間にも何か災いが訪れると感じ、自分が手伝った事は伏せるように言い含めた結果、助けた人間が営む宿屋──柚希達が泊まっている宿の名前に『人魚』の文字はないが、その人間の名の一部である『八百』を新たに付けたといったところか」

「たぶん、そうだと思います。そしてその話が終わった頃、私はお父さんに呼ばれて天斗さんとヴァイスさんの隣に立った。その時、スゴく緊張はしてたけど、二人が傍にいてくれたからそれ以上に安心はしてたかな。

それで、私の目をしっかりと見ながらお父さんが最初に言った言葉が、『フィア、お前にとって人間とは何だ?』だったの。その言葉に私はスゴく驚いたけど、すぐに気持ちを整えてからそれに答えたよ。『私にとって、人間は私達のようなモノの良い友達になれる存在だよ』ってね」

「フィア……」

「ふふ……それだけ、柚希と黒銀さんや鈴音ちゃん、そしてヴァイスさんとの絆はとてもキラキラと輝いてるように見えたからね。それにお婆ちゃんだって、人間と一緒に流行病を治したって言うし、仲良くなれるもの同士じゃなかったら、そんな事は出来ないと思うもん。

そして、お父さんはそれを聞いた後、今度は別の質問をしてきたの。それで、その質問が『お前はここに戻ってくる前、今の人間達の一部を見てきたようだが、それを見て何を感じた?』だった。

そして、それに対して私は『人間達の中には、皆が思っているような悪い人ももちろんいたよ。けど、私が見てきた中で一番印象に残ったのは、何かに向かって一生懸命頑張る事が出来て、お互いの健闘を讃え合える人達。そしてさっきも言ったような私達のようなモノと仲良く協力し、お互いに想い合えるような人。人間は必ずしも良い人ばかりじゃないけど、中にはこんなに良い人達だっている。だから、私はもっと色々な人間の姿を見てみたい。そして、もっと自分自身の見識を広げて、色々な人に誇れる人魚を目指したい。世間知らずの小さな世界の中の人魚姫のままじゃ、もうダメだと思うから』って答えたよ」

「そっか……そこまで分かってるなら、俺の友達なりの答えは必要なかったかな?」

「柚希君の友達って──あの一緒に泳いでた子だよね?」

「ああ、アイツはフィアみたいな王族では無いにしろ、親御さんもスゴく立派な家の出だし、アイツ自身の実力はとても高い。だから、言ってみればアイツも周囲の奴に色々な方面から羨まれるような奴なんだ」

「へー……そうだったんだね。何だかカッコいい子だとは思ってたけど、そんなにスゴい子だったとはね」

「ああ、俺にとっては自慢の友達の一人だよ。それで、お前の事を多少隠して相談をしてみたら、周囲からの反応は一度気にせず、しっかりと頑張って自分の実力を上げる事で、周囲に自分を認めさせれば良いって言ってたよ」

「周囲からの反応は気にせず、自分の実力を上げて周囲に自分を認めさせる……か」

「そうだ。アイツは勉強も運動も日々頑張っているし、それを怠るような真似は一切しない。アイツの場合は、自分の父親に対して負けたくないという気持ちもあるんだろうけど、そうやって頑張って自分の実力を上げていく事の大切さは、しっかりと分かってるような奴だ。

だから、男女関係なく人気はあるし、アイツの事に関して陰口をたたくような奴を見た事は無い。それはやっぱり、そういう頑張りを皆からしっかりと評価されているからだし、それに対して一切の自慢をしないから、あそこまで皆の事を惹きつけるんだと俺は思ってるよ」

「……なるほどね。確かにそんな人の事を悪く言おうなんて私も思わないかな。ただ、柚希君も負けてないんじゃない? 昨日の水泳大会の件もそうだけど──」

 

 そう言いながらフィアは俺と一緒にいる義智達の事やヴァイスと一緒にいる年少組の事をゆっくりと見回した後、ニコリと笑いながら言葉を続けた。

 

「こんなにも色々な友達から慕われてるんだし、柚希君だって私から見たらスゴいと思うよ」

「はは、ありがとうな。でも、これは俺だけの力じゃない。夕士や長谷、それにここにいる皆の力があったから、こんなに良い友達に巡り会えたって思ってるよ。もちろん、お前ともな」

「ふふ……そう言ってもらえるのはとっても嬉しいよ。これなら、私も安心してこれからの毎日を過ごせそうかな」

「……え、もしかしてそれって……?」

「うん。柚希君、私も君達の仲間に加えてもらえないかな?」

「それはもちろん良いけど、親御さん達は納得してるのか?」

「もちろん。さっきの私の答えを聞いたら、人間の姿を見てみたいと言うなら、人間のすぐ近くにいるのが一番だろうって言ってくれて、その後に天斗さんとヴァイスさんを含めて私のこれからについて軽く話し合いをしてた。

そして、それが終わった後、正式に加わるのは柚希君達に訊いてからにはなるけど、自分達は私の事を喜んで迎え入れるって言ってくれたんだ」

「なるほどな。まあ、さっきも言ったように俺はお前が仲間に加わるのは大歓迎だ。皆はどうだ?」

「ふん……今更断る理由などない」

「へへっ、もちろん俺も大歓迎だ!」

「ふふっ……また居住空間が賑やかになりますね」

「そうじゃな」

「うんうん、これからまた一層楽しくなるよね!」

「違いないな」

 

 義智達の返事を聞いた後、俺はそれに対してニコリと笑いながら『絆の書』の空白のページを開いた。

 

 さてと……とりあえずフィアにも説明をしておくか。

 

 そしてフィアへ俺や『絆の書』の事、そして居住空間の事について改めて説明をすると、フィアは目をキラキラと輝かせながら大きな声を上げた。

 

「わぁっ……! それ、絶対にスゴいよね!」

「まあな。それに、まだ確認はしてないけど、居住空間にはお前が人魚の姿でも人間の姿でも快適に暮らせる環境は揃ってると思う。だから、生活面に関してはあまり心配をしなくても良いぜ?」

「ふふっ、そうだね。たぶん基本的には、変化の魔法で人間の姿になって生活する事にすると思うけど、たまには人魚の姿で泳ぎたいからね」

「そうだろうな。さてと……それじゃあそろそろ始めていくか」

「うん!」

 

 そして、フィアが静かに空白のページに手を置いた後、それに続いて俺も右手を空白のページヘと置き、体の中を巡る魔力が右手を通じて『絆の書』へと流れ込むイメージをしながら、目を静かに閉じた。

すると、いつものように魔力が勢い良く腕を伝って右手に空いた穴から『絆の書』へと流れ込むイメージが浮かび、俺はそのイメージを感じながらそのまま魔力を注ぎ込んだ。

 

 ……よし、完了だな。

 

 そう感じた後、右手を離しながら目をゆっくりと開けた。すると、空白だったページには海の中を楽しげに泳ぐフィアの姿と人魚について書かれた詳細な文章が浮かび上がっていた。

そして、それに対して微笑みながら頷いた後、再びフィアのページに右手を置き、そのまま魔力を注ぎ込み、フィアが外に出てきた事を確認してから、満面の笑みを浮かべているフィアに話し掛けた。

 

「フィア、居住空間の感想はどうだ?」

「うん、想像以上の快適さだったよ! 陸地にあるお屋敷とか花畑はもちろん、海もスゴく澄んでいたし、海中に豪華な造りの宮殿もあったんだ!」

「へぇー……そんな竜宮城みたいな物もあるのか。それは始めて聞いたな」

「ふふ……これからの生活の中で、色々探検してみるつもりだから、何か新しい発見があったら教えてあげるね!」

「ああ、ありがとうな、フィア。そして、これからよろしくな」

「うん! こちらこそよろしくね!」

 

 フィアと握手を交わしながら微笑み合っていると、年少組を背中に乗せたヴァイスがニコニコと笑いながらこちらへと近付いてきた。

 

「ふふっ、どうやら無事にフィアさんも仲間に加わったようですね」

「ああ、おかげさまでな。ヴァイス、今回は本当にありがとう。今回の件について、天斗伯父さんからは何か言われたか?」

「そうですね……意外な事にお叱りを受ける事は無かったのですが、今回の件を伝えた時は非常に驚いた様子で、まるで昔の私を思い出すようだとは言われましたね」

「ああ、例の少しやんちゃだった頃のヴァイスって奴か」

「ふふ……はい、その通りです。あの時は、本当に天斗さんや他の方に迷惑を掛けてばかりでしたが、その時に出会った方とは今でも交流がありますし、あの時の経験は私の助けになってくれています」

「……そっか。確かに過去の経験っていうのは、自分が抱えている問題の解決のヒントになる事が多いよな」

「はい。だからこそ、あの時の経験は私にとって大切な宝物と言えますね」

「ふふ……だな。さて……それじゃあそろそろ帰ろうか。夕士達が眠ってるのを確認してきたとは言え、何かのきっかけで起きないとも限らないからな」

『うむ』

『おうよ!』

『はーい!』

『分かりました!』

 

 皆の返事を聞いた後、俺は全員を『絆の書』に戻してからアンとの同調を行い、青白い月が優しい光で照らす中、晴れやかな気持ちを抱きながら夜空を飛んで戻った。

 

 

 

 

「あー……これで臨海学校も終わりだなぁ……」

「そうだな。でも、お前達と一緒に滅多に出来ない経験も出来た事だし、今回の臨海学校はスゴく満足だったかな」

「ははっ、違いないな」

 

 翌日のバスで学校に戻っている最中、俺は心地よい疲れを感じながら夕士達と臨海学校についての話をしていた。

 

 ……今回もそうだけど、来年の修学旅行や中学でも似たような状況にはなるわけだし、今回の経験を次に活かせるように色々考えておく必要はありそうだな。

 

 そんな事を考えていた時、『伝映綱』を通じてヴァイスの声が聞こえてきた。

 

『柚希さん、昨夜言い忘れていた事なのですが、フィアさんのお父様が柚希さんの都合の良い時に是非一度お目にかかりたいと仰っていましたよ』

『うん、分かった。俺も一度会っておかないといけないと思ってたし、そこは天斗伯父さんと相談して決める事にしようか』

『そうですね。私が柚希さんを乗せて飛んでいっても良いですが、天斗さんと一緒の方があちらにとっても良いかもしれませんからね』

『だな。ところで、天斗伯父さんとの通信に何かの道具を使っていたらしいけど、どんな道具だったんだ?』

『道具……ああ、『通信玉(つうしんぎょく)』の事ですね。アレは自分が知っている方──主に魔力などの超常的な力を有した方の顔を思い浮かべながら自分の力を込める事で、簡易的な通信を可能にする物です。因みに、柚希さんに連絡をした時にも使っていましたよ』

『へー……そうだったのか。道理で少しだけノイズが混じってるとは思ってたけど、そんな物も持っていたんだな』

『はい。そして、天斗さんの方が遙かに詳しい説明をして下さると思うので、お互いに時間があった時にでも訊いてみると良いかもしれません』

『うん、わかった』

 

 ヴァイスの言葉に対してこっそり頷きながら答えていたその時──。

 

「はあ……結局あの後も会えずじまいだったなぁ……」

 

 雪村が溜息交じりに言う声が聞こえ、俺達は苦笑いを浮かべながらそれに答えた。

 

「雪村、こればかりはしょうがないんじゃないか?」

「そうだな。それにさ、今回は会えなかったとしても、いつかまた来た時には会えるかもしれないんだし、それまでの楽しみにしてても良いと思うぜ?」

「お互いに成長した状態で会うというのは、中々ドラマチックな展開で良いと思うしな」

「……お互いに成長した状態で、出会った場所で再会する……か。うん……良いな、それ!」

「だろ? だから、今回はもうしょうがない事にして、それまでに振り向いてもらえるように自分磨きでもしとけ」

「だな! よぉーし、やるぞーっ!」

 

 途端にやる気満々な様子で大きな声を上げる雪村に対して、やや呆れ気味な視線を向けていた時、フィアの楽しそうな声が聞こえた。

 

『ここまでやる気を出されちゃうと、理由はどうであれ何だか頑張れって応援したくなるよね』

『ふふっ、そうだね。それに、私達は一応雪村君とは顔見知りみたいな物だし、いつかはちゃんと会ってあげないといけないかもね』

『確かにそうだね。その時がいつになるかは分からないけど、その時はよろしくね、柚希君』

『ああ、任せとけ。その時までに、お前達にピッタリなシチュエーションでも考えておくからさ』

 

 その返事を聞いて楽しそうに話す雪花達の声を聞きながら、俺はいつかは必ず来る()()()()について思い浮かべた。ある未来、それは『絆の書』の面々に話したように、夕士と長谷にも俺の正体や『絆の書』の事などについてしっかりと話す事になる日の事だ。

俺は、その日がいつになるかは一応分かっているが、ここまで様々な変化が生じている以上、その想定している未来の通りにいかない可能性の方が遙かに高く、場合によっては俺が話す前にアイツらに気付かれるというパターンもあり得る。そしてそれに加えて、雪花達にさっきのような約束をした以上、雪村にもいつかは話さなければいけない時が来る。

 

 ……その時、雪村は俺の話をどう受け止めるかは、今のところ全く想像が付かない。でも、ここまで色々なモノに関わらせてしまったからには、しっかりと話をする機会を設けないといけないな。これは、雪村の友達だからというだけじゃなく、雪花達の友達兼家族兼主としての務めだからな。

 

 いつかは必ず来るそう遠くない未来についてそう結論づけた後、俺は再び夕士達との会話に混ざりながら徐々に見えなくなっていく海の景色を心にしっかりと刻み込んだ。

 

 

 

 

 バスが学校に着き、校長からの長い話や学年主任からの軽い連絡を聞いた後、俺達は各自で解散した。そしていつものように話をしながら歩き、分かれ道に差し掛かった時、夕士がニッと笑いながら声を掛けてきた。

 

「それじゃあまた明日だな」

「ああ。明日は学校も休みだけど、合気道の練習も休みだからな」

「そうだな。明日は何をするかはまだ決まってないが、明日会った時にでも決める事にしよう」

「だな。それじゃあな、二人とも」

「おう、じゃあな!」

「じゃあな、二人とも」

 

 別れの挨拶を言って二人と別れた後、いつものように『絆の書』の住人達との会話を交わしながら家に向かって歩いた。そして玄関前へと着き、ドアに軽く力を加えて押し開けた時、ちょうど廊下へと出てきていた天斗伯父さんが、見ている者を安心させるような笑みを浮かべながら静かに口を開いた。

 

「おかえりなさい、柚希君」

「はい、ただいま戻りました、天斗伯父さん」

 

 家に帰るまでが遠足。その言葉通り、無事に帰宅をした事で、俺の臨海学校も無事に終わりを告げた。




政実「第19話、いかがでしたでしょうか」
柚希「今回は人魚だったな。そして、作中でどこかに出掛けるフラグみたいなのが立ってたけど、これは次回に関係してる感じか?」
政実「簡単に言えば、そうなるかな」
柚希「わかった。そして最後に、この作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
柚希「だな」
政実・柚希「それでは、また次回」
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