柚希「どうも遠野柚希です。それで、実際に行ってみた感想はどうなんだ?」
政実「そうだね……色々な都合上、約半日程度しかいられなかったけど、駅舎や駅周辺の雰囲気もとても落ち着いていて時間さえあればそこでのんびりとしていたい程に居心地が良かったし、河童や座敷わらしの話が有名なだけあって、カッパ淵以外でも河童を象った像みたいな物も見掛けたし、観光協会の土産物店でもそれらをモチーフにしたグッズなどを見る事も出来たし、自分的にはまた行きたいと思えたかな。だから、今度はちゃんと計画を立てた上でその時に行けなかったところにも行きたいかな」
柚希「そっか。さて、今回はちょっとした注意事項があります。話の内容上、今回は実在の地名や場所の名前が所々に出て来ます。先程、作者が語ったように実際に訪れた上で今回の話は書いていますが、表現などについては作者の主観による物なので、その点については予めご了承下さい。よろしくお願いします」
政実「さて……それじゃあそろそろ始めていこうか」
柚希「ああ」
政実・柚希「それでは、第20話をどうぞ」
徐々に風が冷たくなり、三色の枯れ葉の雨が降り注ぐ季節、秋。そんな秋のある大型連休を数日後に控えたある日の事、俺が所有する魔導書、『絆の書』の住人の数名と一緒にリビングのソファーでのんびりとしながら旅行雑誌に目を通していた時、リビングへ入ってきた天斗伯父さんがニコリと微笑みかけてきた。
「柚希君、そろそろ秋の大きな連休がありますが、その間に夕士君達との約束などはありますか?」
「あ、はい。最後の方にならありますけど、最初から中盤までは二人とも家族旅行や帰省の予定があるみたいです」
「ふふ……なるほど、そうでしたか」
俺の答えに天斗伯父さんがいつものように優しい笑みを浮かべながら答える中、
「しかし……天斗の旦那は、何だって突然そんな事を訊いてきたんですかぃ?」
「実は……先日、仕事が終わった後に社長の方からそろそろ纏まった有給休暇をとっても良いんじゃないか、と言われてしまいましてね。せっかくなので、今回はその言葉に甘える事にしたわけです。この前から柚希君も『絆の書』の皆さんと一緒にどこかへ旅行に行ければと言っていましたしね」
「あ……確かに言いましたね。この前の臨海学校で、『絆の書』の皆にはだいぶ世話になりましたし、その時に皆を旅行に連れて行く約束もしていましたから。それに……今もちょうど、そのために旅行雑誌を読んでいた所でしたしね」
「ええ。なので、秋の連休の前半部分は、全員でどこかへ行ってみたいと思っているのですが、どうでしょうか?」
「それはもちろん良いと思います。けど……どこに行きましょうか?」
「そうですね……ではここは、柚希君が行ってみたい場所へ行く事にしましょうか。早速ですが柚希君、どこか行ってみたい場所はありますか?」
「え……行ってみたい場所なら色々ありますけど、本当に俺が行きたい場所で良いんですか? 皆だって行ってみたい場所はあると思いますけど……」
申し訳ないという気持ちを抱きながら言うと、魔法の力で人間の姿になっていた人魚のフィアがソファーに座ったままでクスクスと笑う横で、同じく人間の姿になっている白竜のヴァイスがニコリと笑いながら話し掛けてきた。
「大丈夫ですよ、柚希さん。柚希さんが行きたい場所がどこであろうと、私達は反対する事はありませんし、前々からどうせ行くなら柚希さんに行きたい場所を決めてもらおうと全員で話し合っていましたから」
「え、そうだったのか?」
「あははっ、実はそうなんだ。もっとも、最初にそう言い始めたのは、義智さんなんだけどね」
「ふふ、確かにそうでしたね。それで、それを聞いた他の皆さんもその意見に次々と賛成していった結果、満場一致でそうする事に決まったんですよ」
「なるほど……」
「だから、遠慮せずに行きたい場所を決めてもらっても大丈夫ですよ、柚希お兄ちゃん」
「
「そうそう。それに、俺達からすりゃあ柚希の旦那と一緒にどっかに行けるってぇだけで嬉しいもんだからな。だから、兎和達が言うように行ってみてぇ場所を遠慮無く行ってくれて構わねぇぜ? 柚希の旦那」
「兎和……
皆の微笑む顔から皆の優しさを感じ、更に申し訳ない気持ちを抱いたが、俺はそれと同時に皆への感謝の気持ちも感じていた。今回に限らず、皆には色々と世話になっている上、皆にも本当は行ってみたい場所がある中で、こんな風に言ってくれるのは心から嬉しかった。
……こうなったら、今回の旅行は本当に皆も楽しめる物且つしっかりとした思い出になる物にしていかないとな。
心の中で強く決意を固め、旅行雑誌を持つ手にも力が入る中、膝の上に乗っていた
「それで……柚希さんが行きたい場所は、一体どんなところなんですか?」
「そうだな……さっきも言ったけど、行きたい場所は色々とあるけど、その中にはこれからの学校行事なんかでも行きそうな場所もあるから、それらを抜いて考えるとなると……」
顎に手を当てながらしばらく考えていたその時、前世から行きたいと思っていた
「……うん、それならここが良いかな」
「ん……思ったよりも早く決まったみてぇだが、そこはいってぇどんなところなんでぃ?」
「えっとな……東北地方の岩手県にある『遠野市』っていうところで、そこに伝わる説話や伝承を纏めた本が前世から好きなんだけど、それには座敷わらしや河童みたいな妖の話から『マヨイガ』っていう不思議な家の話もあって読んでてとってもワクワクするんだよ。
もちろん、日本全国には妖とか不可思議なモノ達とかの話は数多く伝わってるし、そういう意味では行きたいところがいっぱいあるけど、京都とか沖縄とかはこれから修学旅行で行く可能性も有るから、今回は省いた感じだな。それに、俺の苗字も遠野だから、そこにも親近感が湧いててさ……」
気持ちの高まりを感じながらそこまで話したその時、風之真達がポカーンとしているのに気付き、俺はしまったと思いながら風之真達に声を掛けた。
「ご、ごめん……いきなりベラベラと話し始めちゃって……」
「いや、それは別に構わねぇんだが……」
「柚希さんがあんなに目を輝かせながら話すところを見た事が無かったので、その……ちょっと驚いちゃって……」
「うんうん。確かに、いつもの落ち着き払った感じとは真逆だったもんね」
「でも、声の調子や表情から本当にそこに行ってみたい気持ちは伝わってきたよね」
「うん、何だか聞いているこっちまで楽しくなってくる感じだったもんね」
「あはは……それなら良かったけど、何か恥ずかしいな……」
さっきの自分の様子に気恥ずかしさを覚えていた時、リビングの入り口の方から「……今更、恥ずかしがる事も無いだろう」という呆れの色が浮かんだ声が聞こえ、俺はそちらへ視線を向けた。
すると、そこには聖獣である
「……まあ、それはそうなんだけど、こういう姿を見せたのは義智くらいだったから、思ったよりも恥ずかしさがあるんだよ」
「……まあ、普段からお前は主に年少組などの長兄役として振る舞ってはいるから、尚更そう思うのだろうな。だが、それならば日頃から自身の思いや気持ちなどには気をつけ、それが暴走をしないように努めておけ。この先、他にも仲間が増えた際に恥ずかしくないようにな」
「……そうだな。ありがとうな、義智」
「ふん……礼には及ばん。だが、分かっているとは思うが、先の言葉は忘れるなよ?」
「もちろんだよ。皆のお手本になれるようにこれからも頑張っていくつもりだからな」
ニッと笑いながら言うと、義智は一言「……そうか」と静かに答え、それ以上は何も言わなかった。義智は他の皆に比べたらあまり話す方では無いため、何か本当に必要な事を話す以外は、いつもこんな感じなのだ。
けれど、これは義智の性格なのもあるが、必要以上に話さなくとも分かるだろうという義智からの信頼の証でもあるんだ。
……いつも思っているけど、義智が俺の最初の仲間で本当に良かったな……。今回の件もそうだけど、いつも義智には
義智への感謝を感じながら心の中で決意を固めた後、俺はその場にいた皆に対してニコリと微笑んだ。
「よし……皆、秋の連休は目いっぱい楽しんでいこう!」
『おー!』
『うむ』
皆がそれぞれ声を上げる中、俺は皆との遠野ヘの旅行の様子を想像しながら楽しさと期待で胸を膨らませていた。
「ん~……着いたー!」
旅行当日、電車の乗り継ぎなどを行いながら昼頃に目的地である遠野市へと到着し、重厚で落ち着いた雰囲気のある駅舎が出た瞬間、俺の口から思わずそんな言葉が出て来ていた。前世でも一回も行った事が無かった場所だった事もあり、そこにようやく来る事が出来た事で、俺の気持ちはとても晴れやかな物になっていた。
いつもならもっと落ち着いて行動するところだけど、やっぱり前々から来たかった所に来る事が出来たわけだし、もっとはしゃいでも良いよな……!
そんな事を思いながら初めて見る駅周辺の景色を弾んだ気持ちで見回していると、その俺の様子に天斗伯父さんがクスクスと笑った。
「柚希君、気持ちはとても分かりますが、嬉しさのあまり『力』の気配が周囲に漂ってしまっていますよ?」
「……え、本当ですか?」
「ええ。一般の方々なら感じ取れませんが、妖怪や何かしらの力のある人間ならすぐに分かる程度には」
天斗伯父さんのその言葉を聞き、俺はすぐに『力』の気配を消した。すると、すぐに霊力を通じて『絆の書』の中から義智の呆れ声が聞こえてきた。
『柚希……少しは落ち着いたらどうなのだ?』
『あはは……ゴメンゴメン。ようやく来られたもんだから、思ったよりも気持ちが弾んじゃってさ……』
『ふふっ……ここに着いた瞬間、心の声がスゴく弾んでましたもんね♪』
『……この前もそうだが、こういう柚希の旦那の姿を見る度、柚希の旦那のイメージが良い意味でどんどん壊れていくよな』
『うん。でも、良い意味でなわけだし、このままどんどん壊していっても良いんじゃない?』
『へへ、だな!』
『絆の書』の面々が俺の事について次々と話し出すのを聞き、俺は少しだけ気恥ずかしさを覚えた。けれど、それと同じだけの安らぎも感じていた事もあり、俺は思わずクスリと笑っていた。
……まあ、皆も楽しんでくれているようだし、これも良い機会だと思って皆と一緒にハメを外しすぎない程度に楽しんだ方が良いよな。
少しだけ落ち着いた気持ちでそんな事を考えていたその時、「ねえ」と突然近くから声を掛けられ、俺は驚きからビクリと体を震わせた。そして、天斗伯父さんと一緒にそちらに視線を向けると、そこにいたのは黒いおかっぱ頭の少女だった。
その子は綺麗な赤い小袖を着ており足には草履を履いている事から、傍目からはただの地元の子にしか見えなかった。しかし、小さな鞠のような物を手に持っている事やその少女から感じる『妖気』からこの子がただの人間では無いのは明らかだった。
「えっと……君はもしかして……」
「おっ、その様子や姿が見えてるところを見るに、どうやらボクの正体が何か分かっているみたいだね」
「いや……だって有名だろ? でも、そんな君が何でこんなところにいるんだ? 『座敷わらし』」
心の底からの疑問を問い掛けると、その子──『座敷わらし』は俺の顔を見ながら悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
『座敷わらし』
主に岩手県で伝えられている子供の姿をした妖であるが、同時に精霊的な存在としても伝えられている。基本的に5~6歳頃の着物を着た子供の姿をしており、旧家の奥座敷などに好んで住み着く。そして、座敷わらしが住む家や出会った人物は様々な幸運に恵まれるとされ、それを求めて座敷わらしに会いに来る人も多い。
つまり、座敷わらしがここにいるというのは、普通に考えればおかしくないようでおかしい話と言えた。
……いや、着いた直後に座敷わらしに早速会えたのは幸運以外の何物でも無いし、とっても嬉しい事ではあるんだけど、何で座敷わらしがここにいるんだ……?
目の前の座敷わらしの存在に疑問を募らせながら返事を待っていると、座敷わらしは悪戯っ子のような笑みを浮かべたままで楽しそうに答えた。
「それはね……ボクの『友達』に言われたからだよ」
「友達って……同じ座敷わらしの仲間とか別の妖の仲間とかか?」
「うん、そんなとこかな。さっきまである神社でこの鞠をついて遊んでたんだけど、その友達が突然ボクを訪ねてきて、こっちの方から強い気配を感じるから、一度見てきて欲しいって言われたんだよ」
「強い気配……たぶん、さっき俺が出してた奴かな?」
「そうかもね。実際に見に来たら、君達がこうしていたわけだし、それを彼が感じ取ったんだと思うよ」
「そっか……」
座敷わらしの友達……この地方にいる妖は色々限られるし、少なくとも遠くからでも俺の『力』の気配を感じ取れる程の力の持ち主となれば、『アレ』くらいしかいないよな……。
座敷わらしの友達について大体の予測を付けていた時、「……あ、そうだ!」と座敷わらしは何かを思いついた様子で大きな声を上げながらパンッと両手を打ち鳴らし、ニコニコと笑いながら俺の両手を取った。
「君達って別のところから来た旅行者なんだよね?」
「え……まあ、そうだけど……」
「それなら、ボクが色々と案内してあげるよ!」
「案内してあげるよって……その友達に報告をしに行かなくても良いのか?」
「あははっ、大丈夫大丈夫! 彼ならボクのいる場所くらいすぐに分かるだろうし、こうする事くらい分かってるはずだからね!」
「そ、そうか……」
うーん……これも信頼の形の一つ……なのかな?
座敷わらしの自由さに溢れた発言に対して苦笑を浮かべていると、『絆の書』の中から風之真達を始めとした皆の話し声が聞こえてきた。
『あー……まあ、ちょいと自由すぎるきらいはあるみてぇだが、おてんとさんみてぇに明るいのは良い事なんじゃねぇのかぃ?』
『……まあ、確かにそうだね』
『その友達とやらは少々気の毒だが、案内役を頼めるのならば、頼むのもまた一興やもしれんな』
『うんうん。いざとなれば、柚希がさっきみたいにバーッと気配を漂わせればすぐに来そうな気がするし、この子に案内役を頼んじゃうのも私達らしくて良いんじゃないかな?』
「……俺達らしい、か……」
確かに妖が案内役の旅行なんて普通じゃ経験できないし、これも良い機会だと捉えても良いのかもしれないな……。
皆の話し声からそんな事を考えていた時、隣で静かに話を聞いていた天斗伯父さんがクスリと笑いながら話し掛けてきた。
「柚希君、ここは『絆の書』の皆さんの言う通り、この方に案内役をしてもらうのも良いかもしれませんよ」
「……天斗伯父さんもそう思いますか?」
「ええ。座敷わらしの案内役というのは、確かに私達らしくて良いと思いますし、座敷わらしさんのやる気を
「……確かにそうですね」
天斗伯父さんの言葉に頷きながらニコリと笑って答えた後、俺は座敷わらしの方へ視線を戻した。
「それじゃあ……頼んでも良いか?」
「うん、任せといてよ! というわけで……まずは自己紹介しとくね」
「ああ」
「ボクは座敷わらしの
「あ、それは何となく分かってたぜ? 俺の仲間にも同じように僕っ娘的なやつがいるからな」
「な、何と……!? まさかまさかのキャラ被りをするなんて……!」
座敷わらしの小紅はオーバーリアクションを取りながらそのまま心底ショックな様子で崩れ落ちたが、すぐに何事も無かったかのようにスクッと立ち上がり、再びニコニコと笑い始めた。
「まあ、そういう事だってよくあるわけだし、落ち込んでなんていられないよね!」
「あはは……まあ、そうだな。それに、流石にソイツも座敷わらしっていうわけでは無いから、完全に被っているわけじゃないかな」
「ふふっ、そっか。何だかその子とは仲良くなれそうな気がするし、会えるなら会いたいかな?」
「ん……何なら今から会うか?」
「え、今からって……?」
不思議そうに首を傾げる小紅をよそに、俺は愛用のショルダーバッグの中から『絆の書』を取り出し、鈴音のページを開きながら声を掛けた。
『それじゃあ行くぞ、鈴音』
『はいはーい!』
そして『絆の書』に魔力を込め、鈴音を外へ出した瞬間、小紅は突然鈴音が俺の肩の上に現れた事で、信じられない物を見たかのような表情を浮かべた。
「え……今、本の中から雀が出てきた……よね?」
「ああ。この本、『絆の書』は俺が所有する魔本なんだ。それで、この鈴音を含めた俺の仲間兼友達がこれを扉代わりにした先の世界にいて、とりあえず鈴音だけを出した感じだな」
「この本が……扉……」
「ふっふっふ……やっぱり最初は驚くよね。まあ、この『絆の書』もスゴいんだけど、柚希だってこの体の中にスゴく強い力を秘めてるんだよ!」
「わぁ……君、本当にスゴい人間なんだね……!」
「はは……まあ、まだまだ修行中の身ではあるんだけどな。さて……次は俺だな。俺は遠野柚希、妖力や霊力が混ざり合った力を持ってるけど、一応普通の人間だ」
「それで、ボクは夜雀の鈴音だよ!」
「そして私は遠野天斗、柚希君の伯父です。よろしくお願いしますね、小紅さん」
「こちらこそよろしく! ところで……」
小紅は『絆の書』へ視線を向けると、ワクワクとした様子で目をキラキラと輝かせながら『絆の書』を指差した。
「さっき、その『絆の書』の中には他にも仲間がいるって言ってたよね? 他にはどんな仲間がいるの?」
「うーん……それについては、また後で顔合わせの機会を作るから、その時でも良いか?」
「うん、良いよ! それじゃあまずは、その民宿に向けて……しゅっぱーつ!」
「おー!」
座敷わらしの小紅の明るく元気の良い声に鈴音が負けず劣らず元気よく答えるのに合わせて頷いた後、俺達は小紅の隣に並び民宿に向けて話をしながら歩き始めた。
民宿に荷物を置いてきた後、俺達は一度駅へと戻った。その理由は、駅から民宿までの距離が本当に近かったため、それなら民宿から始めるよりも駅から始めたいという小紅の意見を汲んだからだ。
「でも、小紅。どうして駅から始めたいって言ったんだ?」
「うーん……別に深い意味は無いんだけど、強いて言うなら出会ったのがここだったからかな」
「……そっか」
「うん! という事で、まずはボクの友達の内の一体が住んでいる所まで行くよー!」
小紅が元気よく言う中、鈴音が首を傾げながら小紅に話しかけた。
「友達の内の一体……って事は、その友達も妖なんだね?」
「その通り! ボクの友達、
「無口なせいで怖がられる、か……」
「うん、そうなんだ。だから、友達もボクと
「翡翠……それがお前をここに行ってくれるように頼んだ友達か?」
「そうだよ。翡翠は元は別の地方から来た妖なんだけど、物知りだし力も強いからいっつも頼りにさせてもらってるんだ」
「なるほど……」
「ただ……昔、人間達と何かあったみたいで、人間の事が心底嫌いみたいなんだよね。けど、ボク達には何かと世話を焼いてくれるし、山に住む動物達にも優しいから決して悪い妖では無いよ」
「人間嫌いの妖か……」
「まあ、妖にも色々といるからそれは珍しくないけど、その翡翠っていう妖に会うのは、出来るだけ控えた方が良さそうだね」
「……残念だけど、そうした方が良いかもな」
「うん……ボク的には、翡翠にも会わせてあげたいところだけど、たぶん会わせたら
小紅が残念そうに言う中、俺はさっきの小紅の言葉の中に一つだけ疑問を感じた。
「哀しそうに怒る……?」
烈火の如く怒るとか、声を荒げずに静かに怒るとかならまだ分かる。けれど、ただ怒るのではなく、哀しそうに怒るのは少々疑問だった。恐らく、人間達との間にあった何かというのが原因なのだろうが、哀しそうに怒るという事から、少なくとも昔は人間とも仲良くしていたという可能性は高い。そうじゃなければ、人間の事を嫌うどころか気にもとめないだろうからだ。
うーん……その辺がどうにも気になるな。別に無理やり仲良くなろうなんて気持ちは無いし、本当に嫌がるなら無理に会おうとは思わないけど、その哀しそうというのはやっぱり気になるよな……。
翡翠と呼ばれている妖の事について軽く俯きながら色々と考えていた時、ふと視線を感じそのままゆっくりと顔を上げた。すると、視線の主──小紅が何かを決心したような表情を浮かべており、その波動にも迷いの色は一切見られなかった。
「小紅、どうかしたか?」
「……あ、ううん。ちょっと思うところがあっただけだから、あまり気にしなくていいよ」
「……そうか」
「うん! さてと……それじゃあそろそろ青吉のところに行こっか! という事で、まずはバス停までレッツゴー!」
何事も無かったようにニコリと笑う小紅に対して頷いて答えた後、俺達は小紅の後に続いてバス停へと向かった。
約十数分後、俺達はバスと徒歩で青吉と呼ばれている妖の住み処である場所へとやって来た。そこは
「ここは『カッパ淵』……だな」
「そうだよ。まあ季節の関係もあるから、今日は人間の姿は全然無いけど、春とか夏とかならここにも大勢の人間達が訪れるかな」
「確かにその辺りの季節なら、この淵の近くで涼む事が出来そうですからね」
「それに、ここにはある御利益がある像もあるし、それを目当てに来る人間もいるみたいだよ」
「なるほどな……」
小紅の言葉に納得しながら頷いていたその時、淵の向こう側で人のような形をした
「小紅、あそこにいるのってもしかして……」
「んー……? あ、そうだよ! あそこにいるのが、ボクの友達の『河童』の青吉だよ!」
「……やっぱりな」
嬉しそうに答える小紅の様子にクスリと笑った後、俺は淵の様子を静かに見つめる河童の青吉へ再び視線を向けた。
『河童』
日本各地に言い伝えなどが残っている妖。一般的に伝えられている容姿は、皿が載った頭や短い嘴に亀のような甲羅、手足に水掻きが付いた緑色の体だが、伝承や民話によっては赤色の体色であったり、体が毛に包まれていたりなど様々な姿をしている。
河童の呼び方や成り立ちなんかも地方によって色々と種類があるし、中には河童大明神が祭られているお寺もあるみたいだから、日本の妖の中では河童は人間の生活に深く根付いた存在と言えるよな。
青吉を見ながらそんな事を考えていた時、青吉は不意にこちらに視線を向けると、そのまま静かにスクッと立ち上がった。そして、こちらに向かって歩いてきながら青吉は小紅へと話し掛けた。
「……小紅、連れているのは人間か?」
「うん、柚希はそうだけど、天斗さんは神様だし、柚希の肩に乗ってるのは夜雀っていう妖の一種だよ」
「……神に妖、か……」
「まあ、柚希も色々な力が使えるらしいし、付喪神や神獣達とも一緒に暮らしているみたいだから、人間の中では一風変わった存在ではあるけどね」
「そうか。だが、人間と一緒にいると、翡翠が良い顔をしないぞ?」
「あはは……確かにね。ボクは柚希達の案内人を志願した身だから、その役目は最後まで果たすつもりだよ」
「……分かった」
青吉は淡々とした調子で答えた後、今度は俺達の方へ顔を向け、少しだけ物珍しそうな視線を向けながら静かに口を開いた。
「既に小紅が紹介したと思うが、俺自身からも自己紹介をさせてもらう。俺は河童の青吉、この淵を住み処にしている。よろしく頼む」
「ああ、こちらこそよろしくな。俺は遠野柚希、小紅が言ってたように妖力や霊力を織り交ぜた力を持っている人間だ」
「私は遠野天斗、神の一柱であり柚希君の伯父です」
「そして、ボクは夜雀の鈴音だよ。よろしくね、青吉」
「……ああ、よろしく頼む」
お互いの自己紹介を終えた後、鈴音は青吉の事を見ながら少し不思議そうに首を傾げた。
「その様子だと……青吉は翡翠っていう妖と違って、柚希達人間の事が嫌いじゃないんだね?」
「ああ。小紅のように人間の事が特別好きというわけでは無いが、翡翠のように嫌う理由も無いからな」
「ふーん……そっか」
「まあ、中には人間を好ましく思っていない奴も当然いる。そしてそういう奴は、こうして姿を見せる事は無く、普通の人間では辿り着けない場所で暮らしている」
「普通の人間では辿り着けない場所……」
「簡単に言うなら、人間がいない別の空間かな。翡翠が言うには、ボク達のような人間とは違った存在がいる地域には、そういう別の空間や神域なんかへ通じる扉のような物があって、よっぽど力の強い人間やボク達のような存在以外には通る事も視る事も出来ないけど、中には波長が合っちゃう人がいて、そのまま迷い込む事もあるんだってさ」
「ああ……いわゆる、神隠しの一種だな」
「うん、そんなとこだね。まあ、中には先の空間にいたモノに
「分かった」
笑みを浮かべながら小紅の言葉に頷いていたその時、ふと俺はある事を思い出した。
神隠し……そういえば、風之真と雪花は元々は自分達の仲間がいる地域で暮らしていたけど、気付いた時には俺達が住んでいる街に来てたって言ってたよな。
という事は、もしかしたら風之真達が来た理由も神隠しに似た現象に巻き込まれた結果なのかもしれないし、後で天斗伯父さんや義智達ともその線についてもう少し深いところまで話をしてみる必要がありそうだな。
顎に軽く手を当てながら風之真達に訪れた謎の現象について考えた後、俺はショルダーバッグから『絆の書』を取り出した。
さてと……今のところ、周囲からは俺達以外の人間の気配や波動は感じ取れないし、出してやれそうな奴はそろそろ出してやるとするか。伝映綱のおかげで景色や小紅達の姿は見えてるとは言え、この旅行は皆で楽しむために計画した物だからな。
そして、『絆の書』の表紙に手を載せながら魔力を通じて中にいる皆に話し掛けた。
『皆、今のところ他の人間の気配はしないみたいだから、誰か外に出て来てみるか?』
『ん……本当に良いのかぃ?』
『ああ。少し先の方まで探知してみたけど、今なら大丈夫そうだし、そろそろ鈴音以外の皆も出してやりたいと思ってたからさ』
『へへっ、なるほどな。んじゃ、その言葉に甘えさせてもらうとするか!』
『あ、それなら僕も一緒に出るよ、風之真兄ちゃん!』
『ふむ……ならば、我も出るとするか』
『絆の書』の皆から次々とそんな声が上がった後、俺は小さくクスリと笑ってから『絆の書』の表紙に手を載せたまま魔力を込めた。そして『絆の書』の中から風之真を始めとした『絆の書』の住人の半分近くが俺の後ろに出現すると、小紅と青吉の二人は揃って目を丸くし、小紅は驚きの色を浮かべながら風之真達を指差した。
「柚希……その後ろにいるのが、もしかして……?」
「ああ、そうだ。まあ、もう半分くらいはまだこの中にいるけどな」
「……これでも多いと思ったが、まだこの他にも仲間がいるのか……」
「おうよ! 俺達みてぇな妖からオルトみてぇな異国の怪物、他にも神様の玄孫や人魚姫、白竜に四神の子供なんてのまでいるが、皆大事な仲間であり家族みてぇなもんだな」
「仲間であり家族……」
「はい。もちろん、正式な家族というわけではありませんけど、柚希お兄さんや天斗さん、『絆の書』の皆さんは本当の家族にも負けないくらい大切な存在です」
「種族や性別も様々だし、年齢も出身も結構バラバラではあるけど、色々な事を協力し合ったり学び合ったりしてるから、毎日スゴく楽しいんだ」
「そっか……」
皆の事を見回しながら楽しげに言う鈴音の言葉に、小紅はどことなく寂しそうに微笑み、青吉はその小紅の姿を少し心配そうに見つめていた。
小紅達……どうかしたのかな……?
その二人の様子に疑問を抱き、小紅達の波動を視てみると、青吉は少しだけ波が立っていたもののまだ静かな方と言える波動だったが、小紅の波動はとても荒々しい波が立っていて、どことなく暗い印象を受ける物だった。
この感じ……寂しさの他にも哀しみや苦悩、怒りなんかも混じってるみたいだけど、小紅の過去に何かあったのか……?
小紅の波動に関して自分なりの予測を立てた後、それを確かめるために俺は「なあ」と声を掛けようとした。しかしその時、上空からまた別の妖気を感じ、俺達は揃って空へ視線を向けた。するとそこにいたのは、上空からこちらに視線を向けている背中から大きな黒い翼を生やした背の高い修験者の格好をしたモノだった。
そして、ソイツが手にしている緑色の羽団扇や赤い顔と長く伸びた鼻、そして体中から発せられるその妖気の強さから、その正体は明らかだったが、俺は念のためその正体を確かめるために小紅に話し掛けた。
「……小紅、もしかしてアレって……」
「うん! アレがボク達のもう一人の友達、『天狗』の翡翠だよ」
「……やっぱりそうだったのか」
嬉しそうな笑みを浮かべる小紅の横で俺は『天狗』の翡翠の姿を見ながらポツリと呟いた。
『天狗』
日本各地で言い伝えや伝説が伝わる妖怪。河童や鬼と同様に有名な妖怪の一種で、『烏天狗』や『木の葉天狗』などの種類が存在し、その中でも『大天狗』と呼ばれる種類は天狗の中でも体調や力が強く、地域によっては神と同一視される事もある。
……ぱっと見、『烏天狗』や『木の葉天狗』のようには見えないから、この翡翠っていう天狗はいわゆる『大天狗』と言われる種類だな。そして、翡翠がここに来た理由は恐らく……。
翡翠が放つ妖気に少しだけ緊張をしながら翡翠の様子に注目していると、翡翠は翼を静かにはためかせながら俺達の目の前へと降りてきた。そして小紅と青吉の事を見てから俺へと視線を移すと、とても忌々しそうに鼻を鳴らした。
「……ふん、やはりあの気配は人間の物であったか。気配がした方角から悪意や邪念などを感じなかったため、一応小紅に様子を見に行かせたが、まさかそれが人間の身でありながら妖などを使役する術士であったとはな」
「確かに形としては使役にあたるかもしれないけど、俺はコイツらの事を使役しているとは思っていない。皆は俺にとって友達であり家族のような存在だからな」
「友達であり家族、だと……? ふん……全くもってくだらんな。人間と妖が相容れる事などあり得るわけが無いだろう」
「そんな事──」
「そんな事ねぇよ!」
その瞬間、全員の視線が俺の肩に乗る風之真へと集中した。
「風之真……」
「人間と妖が相容れねぇだぁ……? んな事あるわけねぇんだよ! 人間と妖だって同じ生き物なんだ、しっかりと話をすれば分かり合える事だってあるに決まってんだよ!」
「……威勢の良い小童だ。だが、我は人間と妖が相容れる事は無いという意見を変える気は無い」
「何でだよ!?」
「何故……か。そんな物、この世に住んでいるならば分かるはずだ。人間と妖は同じ世界で暮らしてきたが、時が経つに連れて人間は己らの生活や欲望を優先し、山を必要以上に崩し海を汚す事でそこに棲むモノ達の生活を脅かしてきた。そんな状態で人間と妖が相容れる事などあり得るわけが無いだろう」
「良いや、あり得る! 確かに仲間の中にはこころのように人間のせいで故郷を追われたり、蒼牙の旦那のように酷い目に遭わされたりした奴だっているさ! けど、人間である柚希の旦那と触れ合い心を通わせた事で、こころ達は友達であり家族のような存在になったんだ!」
「ふん……そんな物が証明になるわけが無いだろう」
「何だと!?」
風之真が怒りで拳を震わせ、再び口を開こうとしたその時、「……待て」と蒼牙がそれを手で制しながら声を掛けた。
「蒼牙の旦那……」
「風之真、お前の気持ちは嬉しく思う。だが、怒りに支配された状態ではあの翡翠という大天狗に気持ちを伝えることは叶わん。よって、お前は少し気持ちを落ちつけておけ」
「……分かった。すまねぇな、蒼牙の旦那」
「構わん。我もお前と同じ気持ちなのだからな」
そして風之真に対して蒼牙が静かに微笑んでいると、翡翠は蒼牙の姿に驚いた様子を見せた。
「……お前は、もしや犬神か?」
「そうだ。翡翠、我もかつては人間への怨みを募らせるだけのモノだった。しかし、柚希とその仲間である『絆の書』の住人達としのぎを削り、その絆に触れた事で我はその考えを改め、こうして仲間となった。翡翠よ、これは人間と妖などが相容れる事が可能だという確固たる証明になるのではないか?」
「……なるほどな。確かに犬神を
「…………」
「しかし、我の意見は変わらん。その程度では、我の意見を変えるだけの信用たり得る証拠にはならんからな」
「……そうか」
翡翠の言葉に蒼牙が静かに答えると、翡翠は再び小紅と青吉に視線を向け、落ち着いた声で話し掛けた。
「小紅、青吉、お前達が人間と話したり触れあったりする事には何も言う気は無い。しかし、あまり深入りをするなという忠告だけはしておく。
「……その忠告、とりあえずありがたく受け取っておくよ」
「……同じく」
「……それならば良い。ではな」
小紅達の返事に頷いた後、翡翠は静かにその場を飛び去った。そして翡翠の妖気が彼方へと消えた瞬間、風之真は緊張が解れた様子で肩に乗ったままへたり込んだ。
「ふぅ……あんな強い妖気を感じたままであんな物言いするのは、流石に疲れるぜ……」
「まあ、そうだろうな。『絆の書』の中だと彼所までの妖気を発する奴はいないし、俺も本当に怒る時くらいしかやろうと思わないからな」
「いや……俺的には、出来れば怒る時でもそれはしねぇでおいてくれると助かるんだけどな……」
「……まあ、考えておくよ。後……大天狗相手にあそこまで言ってくれてありがとうな、風之真」
風之真に対して微笑みながら礼を言うと、風之真は一瞬キョトンとした表情を浮かべたが、すぐにいつものような笑顔を浮かべると、少し誇らしげな様子で答えた。
「へへっ、礼には及ばねぇぜ、柚希の旦那。俺は自分の思った事をそのまま言っただけだし、俺は柚希の旦那の一番の弟分だからな。それに、あんな風に言われたままだと男が廃るってもんだぜ!」
「……ふふっ、そっか」
「おう!」
風之真の嬉しそうな笑みに微笑み返した後、俺は小紅達の方へ視線を向けた。先程の翡翠の言葉のせいか、小紅達の表情は曇っており、波動からも不安や哀しみといった感情がしっかりと感じ取れた。
……さっき、翡翠は小紅達に対して
小紅達の姿からそう感じた後、とりあえず俺は小紅達に声を掛けた。
「小紅、青吉、大丈夫か?」
「……え? ああ……うん、ボク達は大丈夫だよ」
「……そうだな」
「そっか……それなら良いんだけど」
波動の様子や表情から小紅の言葉が俺達を心配させまいと思って出た物だと分かった上で答えていると、小紅は突然俺の顔をジッと見つめたかと思うと、哀しげな笑みを浮かべながら呟くような声で話し掛けてきた。
「……訊かないんだね。ボク達の過去に何があったのか」
「まあな。確かに何があったのかは気になるけど、それを無理に訊くのは間違っているし、本人が話したいと思ってくれたタイミングで訊くのが、一番だと思っているからな。だから、小紅も青吉も今は無理に話そうとしなくて良いよ」
「……そっか。」
「ああ。まあ……一応、明日まではこの遠野にいる予定だから、もし俺達の滞在中に話したいと思えるタイミングが来たら教えてくれ。その時は、俺達もしっかりと話を聞くし、お前達の助けになれるように努力するからさ」
「「柚希……」」
小紅達の声に俺がニッと笑いながら頷くと、小紅達は一度顔を見合わせた後、安心したように笑い合った。そしてこちらへ向き直ると、同時に頷いた。
「うん、その時はそうさせてもらうよ。ね、青吉」
「そうだな。会ったばかりの奴を信じるのは本来ならば早計なのかもしれないが、柚希達なら信じても良いと思えるからな」
「そっか……うん、ありがとうな」
「ううん、お礼を言うのはこっちの方だよ。翡翠の言葉で柚希達も何となく分かってると思うけど、ボクや青吉は過去に人間達との間で辛い出来事があった。翡翠に比べれば、ボク達の過去の出来事なんてまだマシなんだろうけど、正直な事を言うならあの頃のボク達にとってはとても辛い出来事だったんだ。
だから、その事を無理には聞かずに話したいと思ったタイミングで話すように言ってくれたのは、本当に嬉しかったよ。ありがとう、柚希」
「……柚希、ありがとう」
「どういたしまして」
小紅達に対して微笑みながら答えていた時、今まで俺達の話を聞いていた天斗伯父さんが静かに口を開いた。
「さて……お話も纏まったところですし、そろそろ行きましょうか。個人的にはもう少しここで青吉さんともお話ししたいところですが、これ以上留まっていては近隣の皆さんにもご迷惑をお掛けしてしまいますから」
「あ……確かにそうですね。それじゃあ青吉、もし話したいと思った時は小紅を伝達役にして教えてくれ。そうすれば、余程遅い時間じゃなかったら、『絆の書』の皆の力を借りて話を聞きに来られるからさ」
「ああ、分かった。……小紅、案内人としての役目はしっかりと果たせよ?」
「……ふふっ。もちろんだよ、青吉。さっきも言った通り、自分から引き受けた以上は最後までやり通すよ!」
「それなら良い。さて……俺は一度仲間達の元に行くとしよう。俺は仲間達からはみ出している存在ではあるが、たまには顔を出す必要があるからな」
「そっか。それじゃあ
「……ああ、
俺の言葉に青吉は一瞬驚いた様子を見せたが、すぐにフッと笑いながら答えると、淵の中へと飛び込み、そのまま姿を消した。そして青吉の妖気が完全に消えた後、小紅は俺達の方を振り返りながらニコリと笑った。
「さてと、それじゃあボク達も行こっか。皆にはまだまだ紹介したい場所がいっぱいあるから、早く行かないと暗くなっちゃうしね」
「ああ、そうだな」
「んじゃあ、よろしく頼むぜ、小紅!」
「うん! 僕にドーンと任せておいてよ!」
小紅が楽しそうに笑いながら答えた後、俺達は次の目的地へ向かうため、様々な話をしながら『カッパ淵』を後にした。
「……ふう、今日は久し振りにしっかりと歩いた気がするなぁ……」
その日の夜、俺は民宿の部屋で心地良い疲労感を覚えながら座布団に座ってのんびりとしていた。民宿の人達から話を聞くところによると、どうやら今日の宿泊客は俺達だけだったらしく、民宿の中は外からの虫の鳴き声が聞こえるほど静かだった。
……うん、やっぱりこの雰囲気はスゴく落ち着くなぁ……。
そんな事を思いながら満ち足りた気持ちでいると、それを見た天斗伯父さんがクスリと笑った。
「確かにそうですね。私も普段ここまでは歩いていませんから、今日の小紅さんとの観光はとても良い経験になったと思っていますよ」
「ふふ、ですね。まあ、色々見て回るために途中でバスに乗ったりちょっとだけヴァイスに乗せてもらったりはしましたけど、それでも普段のオルト達との散歩や夕士達と遊ぶ時よりは足を動かしたような気がします」
「そうかもしれませんね」
天斗伯父さんがいつものように優しげな笑みを浮かべながら頷いていると、部屋の隅で静かに座っていた義智が小さく鼻を鳴らした。
「ふん……楽しむのは実に結構だが、あの翡翠という天狗の件はどうするのだ? 無理に関わる必要は無いと思うが、お前としては何とかしたいと考えているのだろう?」
「ああ、もちろんだ。翡翠の過去に何があったのかは分からないし、無理に人間の事を好きになってもらおうとは思ってない。けれど、もしも何か助けになれる事があるのなら、俺は翡翠に手を差し伸べたい。もちろん、小紅と青吉にもな」
「……そうだろうな。翡翠の言葉を聞いた後の反応から察するに、小紅と青吉にも人間との間で何かがあったのは間違いない。ならば、お前が成すべき事は一つだ」
「ああ。だから、小紅達が話す決心を固めるまで待ってみるよ。まあ、今回はもう時間があまり無いけど、ここにはまた来るつもりだし、いざとなればその時に解決するという手も──」
その時、廊下の方からコツコツという足音と共に小紅の妖気が漂ってくるのを感じ、俺は話すのをピタリと止めて、小紅の妖気へ意識を集中させた。そして、小紅の妖気が部屋の前で止まった事を確認した後、俺はそちら側へ向けて声を掛けた。
「……小紅か?」
「うん、そうだよ。ゴメンね、夜に訪ねてきちゃって」
「ううん、それは別に良いよ。けど、どうしたんだ?」
「うん、ちょっとね。ところで、明日まではここにいるんだったよね?」
「ああ、そうだけど……」
「それなら、明日の案内の後──夕方頃に少し時間をもらっても良いかな?」
「明日の夕方頃か……ああ、もちろん良いぜ」
「うん、ありがとう。それと……明日はここまで迎えに来るから。それじゃあまた明日ね」
「うん、また明日」
そして、足音と共に小紅の妖気が遠ざかっていく中、小紅との会話の内容を思い返していると、後ろから義智の声が聞こえてきた。
「……柚希、先の小紅との会話、お前はどう感じた?」
「……何かを話したいというよりは、何か他の考えがあるように思えたかな。まあ、約束した以上はどんな用事でも付き合うけどさ」
「……そうか。だが、あの小紅の事もまだ完全に分かったわけではない。油断だけはするなよ?」
「分かってるよ、義智。けど、小紅からは悪意とか邪念みたいなのは感じなかったし、たぶん大丈夫だと思うぜ?」
「……それなら良いがな。シフル、お前も柚希と同意見か?」
「はい。柚希君の言う通り、小紅さんからは邪な物は感じませんでしたので、安心して良いと思いますしね」
「分かった。ならば、我はお前達の考えに従うだけだ」
「そっか……ありがとうな、義智」
「……礼には及ばん。それが我の成すべき事だからな」
義智が軽く顔を背けながら答える様子に俺と天斗伯父さんと揃ってクスリと笑った。そして、そのまま窓から見える夜の遠野の街並みへ視線を向けた。
……さて、明日がどんな一日になるかは分からないけど、どんな事があろうとも皆と一緒に全力で楽しまないとな。
小紅や天斗伯父さん、そして『絆の書』の皆の顔を思い浮かべながら俺はニッと笑った。
翌日、民宿の前で小紅と合流した後、俺達は昨日と同じく小紅の案内で色々な場所を巡り、様々な話をした。俺達ももちろん楽しんでいるが、天斗伯父さんや風之真達と会話を交わす小紅の表情もとても柔らかく、皆と一緒にいる事を心から楽しんでいるように見えた。
……ふふっ、この調子だとお別れの時が大変そうだな。まあ、俺も小紅とのお別れは少し寂しいけど、小紅にも小紅の人生があるわけだし、そこは強制できないもんな。
そんな事を考えながら小紅達の様子を見ていた時、兎和を腕に抱き抱え肩に黒烏を乗せたこころがニコニコと笑いながら話し掛けてきた。
「ふふ、柚希さんのその気持ちは分かりますよ。私も小紅さんと一緒にいるのは楽しいと思っていますから♪」
「私もです、柚希お兄ちゃん。だから、明日にはお別れをしないといけないのが、スゴく残念で……」
「うん……せっかく仲良くなれたのに、もうお別れだと思うと、寂しくなるよね……」
「そうだな。でも、小紅にも小紅自身の思いや人生があるわけだし、そこは仕方ないよ」
「そうですよね……」
「ああ。だから、小紅と一緒にいられる今のこの時間を大事にしよう」
「はい♪」
「「もちろんです!」」
こころ達の返事に微笑みながら頷いた後、俺は再び小紅達の方へ顔を向けた。そして、「行こう」と声を掛け、そのままこころ達と一緒に小紅達の方へ向けて走り出した。
「……さて、そろそろ良いかな……?」
夕方頃、二日目の遠野観光を終えて人通りが少なくなってきた街中を歩いていた時、先頭を歩いていた小紅がそんな事をポツリと言った。そして、その言葉に疑問の声を上げるよりも先に小紅は俺達の方へクルリと振り返り、真剣な表情を浮かべながら静かに口を開いた。
「柚希、そしてみんな。申し訳ないんだけど、今からある所まで着いてきてくれるかな?」
「ああ、昨日からその約束はしてるしな。もちろん良いぜ」
「だが……そのある所ってぇのは、いってぇどこなんだぃ?」
「うーん……簡単に言うなら、ちょっとした秘密の場所……かな? 普段は限られたモノしか入れないようにするために、翡翠特製の特殊な結界が張られてるんだけど、今日は柚希達も入れるようになってるはずだから、そこまで一緒に来て欲しいんだ」
「なるほど……でも、本当にそんなところに皆で行っても良いの? 話の内容からするに、そこは小紅達の秘密基地みたいだけど……?」
「うん、もちろんだよ。それに……」
「……それに?」
「……ううん、何でも無い。それじゃあ早速行こっか」
「……ああ」
小紅の様子が少し気になったが、それについては何も触れず、俺は小紅にその場所がどこにあるのかを訊いた。すると、そこは少し遠くにある山中にあるらしく、歩いていくには少々時間が掛かってしまうため、俺達はヴァイスに乗ってそこへ向かう事にし、人気が完全に無くなった所を見計らい、俺達は小紅の言う秘密の場所へ向けて出発した。
そして出発から十数分後、一度麓で降りてから件の場所へ向かうと、そこには周囲に木々が生い茂ったとても静かな広場のような場所があり、その中心には俺達にとって見知ったモノ達の姿があった。その姿に風之真達が驚きの表情を浮かべていると、小紅はニコリともせずにそれらへ近づき、その内の一人──翡翠に声を掛けた。
「……お待たせ、翡翠。約束通り、柚希達を連れてきたよ」
「……ああ、ご苦労だった。さて……小紅、青吉は何もしないと言っているが、お前はどうする?」
「……僕は柚希達を
「……そうか」
小紅の答えに翡翠は静かに頷きながら答えると、羽団扇を片手に俺達の方へ視線を向けた。そして翡翠はゆっくりと歩み寄り、俺達の目の前で足を止めると、冷たい目で俺達を見下ろしながら静かに口を開いた。
「……さて、昨日は自己紹介が出来ていなかった故、ここで自己紹介をさせてもらおう。我は翡翠、他の地よりこの地へと渡ってきた大天狗だ」
「そっか……やっぱり、大天狗だったんだな」
「ああ、そうだ。だが……他の名高い大天狗とは違い、神として祭られた事はないがな」
「へっ……んなこたぁどうだって良い。んで、何で小紅に俺達をここまで連れて来させた? 小紅はおめぇとグルなのか?」
「……急くな、鎌鼬。順に説明していく故、少し落ちつけ。まず、ここにお前達を連れてこさせたのは、そこの人間の力とお前達の言う人間と人ならざるモノ達の絆とやらを試すためだ。
そして小紅は、ただ我の頼みを引き受けただけだ。よって、小紅は我の協力者ではあるが、けしてお前達の事を騙そうとしたり、陥れようとしたりなどはしていない。それだけは保証しよう」
「……そうかぃ。なら、これ以上俺から言うこたぁねぇ。小紅が俺達のダチのままだってぇ事が分かりゃあ、俺は充分だからな」
風之真は軽く腕を組みながら強気な態度で言うと、少し離れたところで青吉と一緒に俺達の事を申し訳なさそうに見ている小紅に視線を向け、そのままニカッと笑った。
すると、小紅は一瞬驚いたような表情を浮かべたものの、すぐにそれは安心したような笑みへと、その小紅の様子を翡翠はただ静かに見ていた。そして「……なるほどな」と小さく独り言ちた後、翡翠はこちらへと向き直った。
「……では、早速始めるとしよう。人間──遠野柚希よ、準備は良いか?」
「ああ、いつでも良いぜ。それで、試すって何をするつもりなんだ?」
「簡単なことだ。この広場にて我とお前達がお互いの力をぶつけ合い、どちらかが先に負けを認めるか気絶するまで続ける。よって、どれ程の傷を負おうがそのどちらか以外の決着はありえん」
「なるほど……」
「そして、お前達が勝った際にはお前の力やお前達の言う絆とやらを認めてやろう。もっとも、我が負ける事などありえんがな。して、何か質問はあるか?」
「いや、特に無い」
「……そうか。では──」
その瞬間、翡翠の体からさっきまでとは比べ物にならない程の妖気と霊気が立ち上り、その力の波動に俺が気圧されそうになる中、天斗伯父さんはスッと後ろに下がり、翡翠は懐から数枚のお札を取り出しながら空へと飛び上がった。
「これより試練を開始する。お前達の力、見せてもらうぞ!」
そして、お札を指の間に挟みながら構えると、「……はぁっ!」と声を上げながらお札を勢い良く飛ばした。
お札……これを喰らうのは流石にマズい……だから、ここはこれをどうにかしつつ隙を窺う!
真っ直ぐ飛んでくるお札から目を反らさずに『絆の書』を開いた後、俺はその内の1ページ──
『頼むぞ、麗雀!』
『ええ、任せて!』
そして麗雀と同調をした後、『絆の書』から離した右手に『火』の力を込め、向かってくるお札へ向けて幾つもの小さな火球を飛ばした。そして火球は向かってきていたお札を焼き尽くすと、そのまま翡翠へと飛んでいった。
しかし、翡翠はそれには一切動じず、余裕げな笑みを浮かべながら火球へ向けて手を翳した。すると、火球は翡翠の目の前でピタリと止まり、翡翠が翳した手を閉じると同時に跡形も無く消滅した。
「……やっぱり、そう簡単にはいかないよな」
『火』の神力を込めた火球がいとも簡単に消された事や翡翠の力の強さを目にした事で、俺は冷や汗を掻きながらそう独り言ちた。そして、翡翠は少しだけ感心したような表情を浮かべながら手を開くと、落ち着いた調子で話し掛けてきた。
「神力を纏った火球で我の放った札をかき消すという策は見事だった。しかし、その程度では我を打ち負かす事などできぬぞ」
「そうだろうな。でも、俺だって今まで色々なモノ達と出会い、協力をし合いながら絆を深めてきた。そしてその絆の力があれば、どんな事だって乗り越えられると俺達は信じてる! だから、俺は絶対に負けない。俺の事を信じ、力を貸してくれる皆と一緒にお前に人間と人ならざるモノ達の絆を証明してみせる!」
「……そうか。ならば、その絆の力とやらを以て我に打ち勝ってみせろ!」
「ああ!」
翡翠の言葉に大声で答えた後、俺は『絆の書』を一度閉じて表紙に右手を置き、魔力を込めながら居住空間へと声を掛けた。
『雪花、雷牙、力を貸してくれるか?』
『うん、もちろんだよ! ねっ、雷牙さん』
『ああ。私達の力を存分に示してやるとしよう!』
雪花と雷牙の返事を聞いた後、俺は『絆の書』から雪花と雷牙を両隣に呼び出し、今度は肩に乗っている風之真と鈴音に声を掛けた。
「風之真、鈴音、お前達も頼んだぞ」
「おう、任せとけ!」
「ボク達だって言われっぱなしなのは癪だからね。ここからは全力でいかせてもらうよ!」
「ああ」
仲間達の姿に頼もしさを覚えた後、俺は次に力を借りるべき仲間のページを開きながら風之真達に指示を出した。
「風之真と鈴音は俺が合図を送るまで翡翠の動きに注目しながら空を飛び回り、合図の後は小紅達の元へ向かって話を聞いてきてくれ。そして雪花と雷牙は、風之真と鈴音に当てないように気をつけながら翡翠へ向けて氷と雷を飛ばしてくれ」
『了解!』
風之真達は同時に返事をすると、指示通りに動き始めた。俺は風之真達の動きに目を配りながら開いたページに描かれている仲間へと声を掛けた。
『蒼牙、お前も力を貸してくれ』
『ああ、それはもちろんだが……打ち勝つための策はあるのか?』
『一応な。だけど、俺が目指す勝利というのは、翡翠を出来る限り傷つけない事が絶対条件だ。そしてそのためには、お前の力が必要なんだよ』
『……なるほどな。では、我もその願いに協力するとしよう。かつてお前達と力をぶつけ合い、安寧と居場所を与えてもらった者として。そしてお前達の仲間としてな』
『……ありがとう、蒼牙』
蒼牙に対してお礼を言った後、俺は蒼牙のページに魔力を込めて蒼牙と同調をした。そして、風之真達の動きに注意を払いながら雪花と雷牙が放つ氷と雷を避ける翡翠に視線を戻した後、右手に四つの小さな紫色の輪を出現させ、手で雪花達の事を制してからそれを翡翠へ目がけて飛ばした。
すると、紫色の輪は翡翠の両手両足にピタリと嵌まり込み、翡翠はそれに驚いた様子で手足を動かそうとしたが、禍々しい雰囲気を放つ輪の力によってそれは叶わなかった。その様子を見ながら風之真達に合図を送っていると、翡翠はどうにかして手足を動かそうとしながら話し掛けてきた。
「……この気配は、まさか呪詛か……!?」
「いや、違うよ。これはあくまでも蒼牙──犬神の力で創りあげた枷だ。そして、それが嵌まっている限り、お前は両手両足を動かすことは出来ない」
「枷……そして動けない我をその仲間達に攻撃させる腹積もりか?」
「……それは違うよ、翡翠。俺の目指す勝利の形は、お前を傷つけずにお前から負けを認めてもらう事だからな」
「我を傷つけずに負かす……だと? ふん、そんな事が本当にあり得ると思っているのか?」
「ああ、もちろんだ。俺はお前を傷付けるために戦っているんじゃなく、俺達の力を証明するために戦っているからな。だから──」
その時、突然ガサガサッという音が聞こえ、俺は話を止めながらそちらに視線を向けた。すると、天辺が少し焼け焦げた大樹が倒れそうになっているのが見え、倒れようとしている場所にはそれに対して驚きの表情を浮かべる小紅と青吉、そしてその方に乗っている風之真と鈴音の姿があった。
「「お前達、早く逃げろ!」」
俺と翡翠は大声で呼び掛けたが、あまりに突然の事だったらしく、小紅達は驚きで動けずにいた。
くっ……あの様子だと
その瞬間、頭の中に
『オルト! 頼む!』
『え……!? で、でも……!』
『頼む! 迷っている暇が無いんだ!』
『……分かった!』
その返事を聞き、オルトに感謝を覚えながら同調を終え、その同調時の能力を駆使して目にも留まらぬ速さで小紅達の元へ走った。そして、俺はオルトとの同調を解きながら風之真達を大樹から守るために覆い被さり、樹に押し潰される痛みに耐える覚悟を固めた。しかし──。
「……あ、あれ……?」
いつになってもそれらしい痛みが走る様子が無く、俺はそれを不思議に思いながら樹がある方を見た。すると、そこには樹を片手で抑える翡翠の姿があった。
「ひす……い?」
「……柚希、人間風情が無茶な真似をするな。人間の体は樹の重みに耐えられるようには出来ておらんぞ?」
「それは……でも──」
「だが……その身を呈してまで仲間や小紅達を護ろうとしたのは見事だった。よって、我もお前の事を助ける事にしよう」
その言葉と同時に翡翠は樹を抑えていた手に力を込めると、樹はそのまま反対側へと押されていき、大きな音を立てながら他の木々を巻き込んで倒れた。
「……スゴいな。これが翡翠の力、なのか……」
「ふん……この程度、我の力の内にも入らん。ただ押し返すだけならば、青吉達のような河童でも容易なのだからな」
「あはは……それもそうだよな」
俺が苦笑を浮かべながら頭をポリポリと掻いていたその時、「柚希!」という声が聞こえ、そちらへ顔を向けた。すると、雪花達がとても心配そうな顔でこっちに向かって走ってくるのが目に入り、俺はそれに対して申し訳なさを感じた。
けれど、それ以上心配をさせたくなかったため、どうにか笑みを浮かべていると、目の前で止まった雪花が息を切らしながら俺に話し掛けてきた。
「はあ……はあ……柚希、無事……?」
「ああ、翡翠が助けてくれたから、全くの無傷だ。だから、安心してくれ」
「……そうか。だが、あんな無茶な真似をするのは、これからは出来る限り止めてくれ」
「ホントだよ! 柚希に向かって樹が倒れた瞬間、心臓が止まるかと思ったんだよ!?」
「あ……うん、それは本当にゴメン」
涙で目を潤ませる雪花に対して頭をポリポリと掻きながら謝った後、今度は天斗伯父さんの方へ顔を向けた。天斗伯父さんの表情は、いつものように穏やかな物だったが、その雰囲気から天斗伯父さんが怒っているのは明らかだった。
「……天斗伯父さん、ご心配をお掛けしてしまい本当にすみませんでした……」
「……柚希君、誰かのために精一杯頑張る事が出来るのは、柚希君の良い所だとは思います。ですが、先程のような行動を取った事で自分の命を落としてしまったり、眠り続けたりするような真似をしては、残された人達が哀しむ事になります。その事はしっかりと分かっておいて下さいね?」
「……はい」
申し訳なさでいっぱいになりながら軽く俯いていたその時、俺の頭にポンと手が置かれる感触があり、俺はゆっくりと顔を上げた。すると、天斗伯父さんは先程までとは違った和やかな笑みを浮かべていた。
「天斗伯父さん……」
「方法はあまり褒められませんが、風之真さん達を護ろうとしたその事は、とても素晴らしかったですよ。柚希君」
「……はい、ありがとうございます。天斗伯父さん」
天斗伯父さんの手から伝わる温かさを感じながらお礼を言った後、俺は風之真達の方へ顔を向けた。
「お前達、大丈夫だったか?」
「……ああ、おかげさまで誰も怪我一つしてねぇぜ、柚希の旦那」
「そっか、それなら良かったよ」
風之真の答えにホッと胸を撫で下ろした後、俺は風之真達に対して静かに頭を下げた。
「……皆、本当にゴメンな。俺達がもう少し考えて戦っていれば、お前達をあんな危険に晒す事も無かったわけだしさ……」
「……へへっ、んな事気にしねぇでくれよ、柚希の旦那。旦那は自分のやろうとした事を精一杯やってただけだし、今回の件は完全に事故でしかねぇって」
「そうそう。だから、柚希が気に病む必要は無いよ」
「お前達……」
「むしろ、助けてくれてありがとうって言いてぇくれぇだ。柚希の旦那にも翡翠にもな」
風之真がニカッと笑いながら言うと、鈴音達もそれに頷きながら微笑み、俺もそれに釣られる形で静かに微笑んだ。
ただ……風之真達や天斗伯父さん達もそうだけど、他の皆にも心配を掛けちゃったし、後でしっかりと謝っておかないとな。
再び申し訳なさを感じながらふと翡翠の方へ向き直ると、翡翠は呆れたような表情を浮かべながら大きく溜息をついた。
「……我を傷つけずに負かそうとしたり、命を賭けてでも他の者を護ろうとしたり、自分の身よりも他人の身の心配を優先したり……まったく、お前という人間は本当におかしな奴だな」
「そうかもな。でも……コイツらの事は、絶対に助けたいと思ってたんだよ」
「たとえ、それによって己が命を落としても……か?」
「ああ。蒼牙と戦った時にもアイツに言ったんだけど、俺の原動力は妖達みたいなモノ達が『大好き』だという気持ちだからな」
「『大好き』だという気持ち……だと?」
「ああ。まあ、そんな不安定で曖昧な気持ちで命を賭けるなんてバカな奴だと思われるだろうけどな」
「……ああ、本当に馬鹿な奴だ。だが……お前のように下心の無い者だからこそあのような行動が取れ、ここまで様々なモノに慕われるのだろうな」
そう呟く翡翠の声はどこか優しげであり、さっきまで感じていた敵意や闘志のような物はまったく感じられなかった。すると、風之真はその翡翠の様子に首を傾げ、不思議そうな声で話し掛けた。
「なんだかさっきまでと雰囲気が違ぇ気がするんだが……まだ俺達と戦うつもりなのかぃ?」
「……いや、勝負はここまでだ。充分にお前達の事を見定める事が出来た上、これ以上やろうとすれば小紅と青吉の雷が落ちるだろうからな」
「えっと……それって、つまり……」
「ああ、負けを認めよう。こんな形で負けを認めるのは正直癪だが、お前達の言う絆は確かなようだからな」
その瞬間、風之真と鈴音は顔を見合わせ、とても嬉しそうな笑みを浮かべると、同時に「やったー!」と両手を上げて大声で喜んだ。
……まあ、俺達の中では風之真と鈴音が一番認めさせたがってたし、こんなに喜ぶのは当然なのかもな。
そんな風之真達の嬉しそうな様子を微笑みながら見ていた時、「……柚希」と翡翠が呼ぶ声が聞こえ、俺はそちらを向きながら返事をした。
「翡翠、どうかしたのか?」
「いや……今更ではあるのだが、お前達には色々な事を言ってしまったと思ってな……」
「あはは、なるほどな。でも、そんなの別に良いよ。アレも一つの意見ではあったし、俺だって人ならざるモノ達全員と仲良くなれるとは思ってないからさ」
「……そうか」
「ああ。でも、『絆の書』の皆や小紅達とはこうして仲良くなれたわけだし、いつまでも仲良くしていきたいと思ってるよ。もちろん、お前ともな」
「我とも……か?」
「ああ、翡翠が本当は優しい奴だっていうのは小紅の話やさっきの行動から分かってるし、こうして出会ったのも何かの縁だからな。まあ、お前が嫌じゃなければだけどさ」
少し驚いた様子で俺を見ている翡翠の目を見ながらニコリと笑うと、翡翠は驚いた表情を浮かべたままでしばらく見つめていたが、やがて静かにフッと笑った。
「先程までであれば、その言葉を一笑に付していただろうが……お前達の事を認めた以上、これ以上嫌う必要も無い。遠野柚希よ、数々の暴言については本当にすまなかった。そして、これからよろしく頼む」
「……ああ、よろしくな、翡翠」
少し気恥ずかしそうな翡翠に対してニコリと笑いながら頷いた後、俺達が固く握手を交わしていると、それを見ていた風之真が軽く腕を組みながら小首を傾げた。
「んー……? 柚希の旦那、つまり翡翠──いや、翡翠の旦那はこれからは俺達の仲間ってぇ事で良いのかぃ?」
「まあ、そういう事だな。もっとも、『絆の書』の仲間というわけでは無いけど、これからは友達という事で──」
その時、「柚希、少し待ってくれるか」と翡翠から声を掛けられ、俺はそれを疑問に思いながら翡翠の方へ顔を向けた。
「翡翠、どうした?」
「まさか……やっぱり友達と呼ばれるのはちょっとなんてぇ事を言う気じゃ……」
「いや、むしろその逆だ。柚希、我をお前達の仲間──その『絆の書』の仲間に加えてくれないか?」
『……え!?』
「……ほう?」
翡翠の言葉に風之真達が揃って驚きの声を上げ、雷牙が少し楽しそうな声を上げる中、俺は翡翠の目を真っ直ぐに見つめながら話し掛けた。
「それはもちろん構わないけど、いきなりどうしたんだ?」
「そうだな……理由をつけるなら、お前達との戦いを通じてもう一度人間という物を見つめ直し、人間と人ならざるモノ達との可能性を模索したいと思ったからだ」
「人間と人ならざるモノ達との可能性……」
「……ああ。お前達には想像もつかぬかもしれぬが、かつて京の都の近辺に聳える山に住んでいた頃の我は、今のような人間嫌いというわけでは無かった。時には住んでいた山の麓にあった村の人間と酒を酌み交わしたり、時には山で迷った者の道案内をしたりもしていたな……」
「……言ってみれば、昔のお前さんは今の小紅みてぇな事をしてたんだな……」
「そうだな。あの頃の我にとって、そんな人間達との触れ合いはとても楽しい物であり、このまま人間達と交流を深めながら生きていく物だとすら考えていた。だが──」
その瞬間、翡翠の表情が険しくなり、波動にも哀しみや怒り、憎しみや絶望といった感情を表す色が浮かび始めた。
「ある出来事が起きた事で、我は大切なモノを失った上、人間という種族を忌み嫌うようになったのだ」
「人間嫌いになった出来事……翡翠の旦那、アンタにいってぇ何があったってんだぃ?」
「……ある日、我の住み処に麓の村の村長が訪ねてきた。村長とは幾度か酒を酌み交わした事はあったが、他の村民ほど山の中で出会ったり、立ち話をしたりした事も無かったため、その来訪を我は珍しいと感じていた。
しかし、村長がわざわざ訪ねてきた事から、何か重大な話があると思い、我は村長の話を聞く事にした。すると、村長の口から出てきたのは明朝に都から人間達がこの山へ来るという話だった」
「都から……一体何のために?」
「……村長の話では我を捕らえるためだという。どうやら大天狗である我を捕らえ、その力を隣国との戦などに使うつもりらしいと村長は言っていた。もっとも、我はそのような下らん事に手を貸すつもりも無く、都の人間達が来ようが羽団扇などを用いてすぐに追い払ってやろうと思っていた。
しかし、村長にその事を伝えると、村長は突然慌てながらそれを止めてきた。理由を訊いてみると、村長は都から来た人間の相手は自分達だけでも出来る上、我が不必要に傷つけば村民達が心配をするからと答え、我にはしばらくの間は別の地域にでも避難をしてはどうかと提案をしてきた。
だが、正直な事を言えば我はその提案に乗り気では無かった。別の地域へ行く事は構わぬのだが、これまで仲良くしていた村民達を残して我だけがどこかへ行くという事が、我にとって好ましくなかったからだ。しかし、我は結果としてその提案を受け入れ、その日の夜中に旅立つ事にした」
「……村民達にその事は?」
「伝えようとした。しかし、村長は再び慌てたような表情を浮かべると、その件は自分から伝えるから我は姿をくらます事だけを考えてくれと言うので、我はその事を少々怪しみつつも仕方なく旅立ちの準備に取り掛かる事にし、予定通り夜中に山から旅立った。
しかし、どうにも村長の様子が気になっていた我は、そのまま夜闇に紛れて山へと戻り、妖術を用いて気配を消した後、人間達が普段から寄りつこうとすらせん洞穴に隠れ、静かにその時を待つ事にした。そして明朝、仮眠を取っていた我の元に山に住む獣達が訪れてきた。獣達が我の元へ来るのは大して珍しい事では無いのだが、その獣達は様子がどうにも気になったのだ」
「気になったって……どういう感じだったの?」
「大層怯えていた。何かとても恐ろしい物を見たかのように体を震わせ、本来共にいるはずも無い種の者同士ですら身を寄せ合っていたのだ。そして、どうにか落ち着かせながら話を聞いてみると、あの麓の村で人間達が争っており、その争う様子に恐怖を覚え、我にそれを伝えるために山中を駆け回ってくれていたとの事だった。我は獣達に礼を言った後、すぐさまその村へ向かって飛んでいった。
あの村の者達は、非常に大人しく朗らかな者達ばかりだったため、件の都の人間達が村民達を襲っているに違いなく、すぐに駆けつければまだ助けられると信じていたからだ。しかし……村に着いた我の視界に入ってきたのは、我にとってとても耐え難い惨状だったのだ……!」
「耐え難い……惨状……」
「……そうだ。昨日まで平和に暮らしていた村民達や飼われていた獣達の
「…………」
「そしてその光景を見た瞬間、我は言葉を失った。酒を酌み交わしたり、山で獲れた物を交換し合ったりしていた者達の亡骸が目の前に転がっているその光景が信じられなかった。夢であって欲しいとすら思った。
しかし、目の前に広がっている光景は、いつになっても消えず、我はようやくそれが現実であると認識し、村民達の死を悼みながら涙を零していた。そしてそんな時だったのだ。我の目の前に血に塗れた武具を纏った都の人間達とニタニタと笑う
「……
「ああ。そして怒りに震える我を前に、彼奴は少しだけ驚いたような表情を浮かべたものの、すぐにそれは嫌らしい笑みヘと変わった。明らかに村民達の死を悼んだり、申し訳なさを感じたりしていないそんな笑みをな。
そんな彼奴を睨みながら我は何故村民達の命を奪ったのかと問い掛けた。すると、彼奴は表情を変えずに『邪魔だったから』と答えたのだ」
「邪魔だったから……?」
「……どうやら、村長は公家の一人との関わりがあったらしく、以前からあの村があった場所に別宅を建てたいという話をされていたようだ。しかし、村長とは言えども村民達の土地を好き勝手にどうこう出来るわけでは無く、村民達からは強い反発を受けていた。
そして、我という存在もその計画を推し進める上では邪魔だった。だから、村長はその二つを一度にどうにかする手段を考え、それを実行したのだ」
「……なるほど、そういう事か」
翡翠の言葉を聞いて、俺がある事について納得をしながら頷いていると、それを見た風之真が不思議そうに首を傾げた。
「柚希の旦那、何がなるほどなんでぃ?」
「さっき、翡翠は村長から都の人間達が翡翠の事を狙っていて、それから逃れるためにしばらくは山を離れるように話をされていた。でも、翡翠が狙われているというのは真っ赤な嘘だった。
それじゃあ何故、そんな嘘をついたのか。それは翡翠さえ近くにいなければ、邪魔な村の人達を襲っていても助けに来る事も無いし、翡翠が戻ってくるまでに術者なんかを呼んで翡翠が山に立ち入れなくするための結界を張る事だって出来るからな。もっとも、大天狗を相手に何とか出来るだけの結界を張れる術者が、その頃にいたかと言われると流石に分からないけどさ」
「あ……なるほど。つまり、その村長的には翡翠の旦那さえそこから遠ざけられれば後はどうにでもなるって思ってたわけか……」
「そういう事だ。そして、村長が周囲にいた兵や術者達に我の排除を命じ、奴らが村民達の亡骸を踏んだり、蹴り飛ばしたりしながら近付いてくるのを見た瞬間、我の怒りは頂点へと達した。
我は羽団扇を振るい、法力などを用いて奴らを次々と蹴散らしていった。怒りや憎しみ、哀しみなどの感情が心の奥底で入り混じるのを感じながら我はひたすらに奴らへ攻撃を仕掛けた。
すると、奴らは我の事を簡単にどうにか出来ると思っていたらしく、恐怖心から大きな悲鳴を上げると、転げるように逃げながら次々と村から出ていき、その場には我と村民達の亡骸、そして荒れ果てた大地だけが残されたのだ」
翡翠の話がそこまで終わった時、風之真の口から「……どうして」と哀しそうに呟く声が漏れたかと思うと、風之真は軽く俯きながら震える声で言葉を続けた。
「どうしてソイツらはそんな事が出来たんだよ……今まで一緒に暮らしてきた仲間達に対してどうして申し訳なさを感じなかったんだよ……!」
「……さてな。そこばかりは我にもまったく分からん。だが、一つだけ分かるとすれば……彼奴にとっては、我や村民達だけならず家族すらもどうでも良い存在だったという事だけだ」
「家族すらも……」
「ああ。転がっていた亡骸の中には、その家族の姿もあった。他の村民達と同様に無残な姿となってな」
「そんな……」
「……その亡骸も含めて亡くなっていた村民達は、その後に我が丁重に弔らったが、あの出来事によって我の人間に対しての印象が変わったのは事実だ。もっとも、己の欲に囚われる事で様々な者の命などを奪ったり、哀しませ苦しませたりするようになるのは、人間だけではなく我々のようなモノ達でも同じ事であり、今となってはそう思う事も出来る。
しかし、あの日の我はそう思う事すら出来なかった。それだけ村民達の死に衝撃を受けており、その村民達の命を奪った者達に憎しみを抱いていたからな」
「……そうだろうな」
大切な人の死は、いずれは訪れるものだ。けど、翡翠にとってそれはあまりにも突然で、その死をもたらしたのが大切な人達と同じ『人間』だった上、自分がもう少し早く駆けつけられれば誰も死なずに済んだかもしれない状況だった。それに気付いた瞬間、翡翠は人間を憎むと同時に自分の事も恨んでいたのかもしれない。
人間に対してもう少し疑いの目を持っていれば、どうにかなったはずだ。人間に対して歩み寄りすぎた結果がこれなのだ。そんな言葉が頭の中に渦巻いた結果、翡翠が選んでしまったのは人間を自分からも他の人ならざるモノからも遠ざける事で、同じような目に遭うモノを作らない道だったのだろう。
……哀しいけれど、そうしたくなる気持ちは分かる気がするな……。
そんな事を思いながら軽く俯いていた時、「柚希の旦那……」と風之真が心配そうな顔で俺の事を覗き込んできたため、俺はすぐに微笑みながら風之真の頭を軽く撫でた。そしてそのまま翡翠の方へ向き直ると、翡翠は軽く頷いてから話を続けた。
「弔いを済ませた後、我は自信の見識を深めるために様々な地を巡った。その旅は、数百年も掛かるとても長い旅であったが、その旅の中で我は様々なモノと出会い、そのモノ達との交流の中を通じて己の力を高めていった。
しかし、人間に対しての憎しみや怒りは消える事は無く、そのまま心の奥底で黒く淀んだ泥のような物として残り続けていた。そして数年前、その長き旅の最中で降り立ったこの地で出会ったのが、あの『カッパ淵』にて話をしていた小紅と青吉だった」
「ふふ、そうだったね。いきなり空から大天狗が降りてくるもんだから、最初は何事かと思ったよ」
「……だが、翡翠も俺達と同じようなモノだと分かった後、俺達は次第に意気投合し、今のような関係性になった」
「同じようなモノ……って事は、やっぱり小紅達も人間との間で何かあったんだな」
「……うん。流石に翡翠程の出来事は起きてないけど、ボク達にとっては結構ショックは大きかったかな……」
「……そうだな。だが、小紅の方がショックは大きいんじゃないのか?」
「……まあ、そうかもね」
青吉の問い掛けに小紅は寂しげに微笑ながら答えた後、俺達の方へ顔を向けた。
「せっかくだから、その時の話を聞いてもらっても良いかな?」
「ああ、それは良いけど……」
「小紅、おめぇはその時の事を思い出すのは辛くねぇのかぃ?」
「辛いよ。でも、翡翠が話をした今がボク達も話をするタイミングだと思うから」
「……そっか」
「うん。さてと……それじゃあ話を始めようかな。青吉と出会うよりも遙か前、ボクはある家の当主と『契約』を交わしていたんだ」
「契約……?」
「そう、契約。本来、ボク達座敷わらしというのは、旧家の奥座敷なんかにひっそりと住み着いて、この家はもう嫌だなみたいな事を思ったらスーッといなくなるモノなんだけど、ボクは座敷わらしの中でも人間の事が好きな方だったから、他のみんなのような方法じゃなく、何か別の住みつき方をしたいと思っていたんだ。
そんなある日、ボクがフラリと立ち寄ったある家に一人の男の子が住んでいた。その子は三人兄妹の長男で、その家の次期当主として育てられていたんだけど、その子は他の人と話すのがあまり得意じゃない上に臆病なところがあったから、親戚筋からは当主に相応しくないんじゃないかって常日頃から言われてたみたいで、当主になる自信を無くしていた。
ボクはその子の事をどうにか元気づけたいと思い、縁側に一人寂しく座るその子の前に姿を現した。すると、その子はいきなり現れたボクの姿に最初は驚いたものの、すぐに自分と同じ子供がいると気付くと、ホッとしたような笑顔を浮かべた。
そしてその後、ボクはその子と一緒に縁側に座りながら色々な話をし、当主になる自信が無いという事を聞いた時、ボクはその子のために何かをしてあげたいと思ってボクの正体を明かした上で『ある提案』を持ちかけたんだ」
「その提案というのが、さっき言ってた契約なんだな?」
「そう。ボクに家の奥座敷を提供してくれる代わりに、彼が生きている間はボクはその家に住み続けるという契約、それをボクは彼に持ちかけた。彼はその契約の内容を嬉しく思ったみたいだったけど、それと同時に結果的にボクをその家に縛り付ける事になるのを申し訳なく感じていたみたいで、とても申し訳なさそうな様子で本当にそんな事をしてもらっても良いのかって訊いてきた。
それに対してボクがそうしたいと思ったからそうするんだという事を伝えると、彼はようやく安心したように微笑み、ボクと彼の間でその契約は結ばれた。そしてその日から、ボクはその家の奥座敷に住みつき、座敷わらしらしく様々な幸運を彼や家にもたらす傍ら、彼の日々の相談相手や話し相手にもなり、彼が立派な当主になれるように支えていった。
その甲斐あって、彼は出会った頃の臆病さや人と話す事の苦手意識なんかも無くなり、成人する頃には友達もとても多くなり、元々顔立ちも整っていた上に頭もキレて運動も苦手じゃなかった事から、色々な名家から縁談の話が舞い込んでくるようになったんだ。
そして、当主になってひと月が経った頃、彼はとても綺麗で気立ての良いお嬢さんをお嫁に貰い、その後は子宝にも恵まれて幸せいっぱいの日々を過ごしていったんだ」
その頃の事を思い出し、小紅が懐かしそうな様子で微笑んでいると、天斗伯父さんはクスリと笑いながら小紅に話し掛けた。
「小紅さんにとっては、その当主の方との毎日はとても充実していて楽しかったみたいですね」
「うん、それはもちろん。彼との毎日は、ボクにとって掛け替えのない宝物のような物だからね」
「なるほどなぁ……けど、そんな契約を交わしてるのに、小紅が青吉や翡翠と一緒にいるってぇことはもしかして……」
「……そう、楽しかった日々はある出来事がきっかけで、突然終わりを告げたんだ。彼の子供達が大きくなってきた頃、ボクはとある噂を耳にした。
その噂というのは、当主は座敷わらしの力を借りているだけで、実はそんなに大した事が無い若僧なのだという物だった。確かに、彼には今まで住んできた家で手に入れたり、他の仲間や妖達から聞いたりした知識を教えたし、ボクの力で必要最低限の支援はした。けれど、彼自身も武道の修練や勉学にはしっかりと励んでいたし、自分の苦手を克服するために慣れない事にだって進んで挑戦をしていた。
なのに、こんな噂を立てられるのは本当に可哀想じゃないか。ボクはそう思って彼にその事や噂の件について話した。すると、彼もこの噂の事は聞いていたらしく、概ねは事実だから仕方ないよ、なんて笑っていたけど、やっぱりどこか哀しそうな感じだったよ。
そして噂も次々と増えていった。あそこの家に行けば、幸運に肖られる。あそこの家に何か物を置いてくれば、座敷わらしが恩返しをしてくれる。最初はそんな物ばかりだったけど、それはだんだんエスカレートしていき、最終的にはひっきりなしに人が訪れるようになった。
ボクは基本的に当主の家族にしか姿を見せてないし、話もしてなかったんだけど、来客の中には座敷わらしを一目見るまでは帰らないなんて人まで出る始末でね。あそこの家が、この地の色々なところにある座敷わらしが出るという事を売りにしてる民宿とかだったら良かったんだろうけど、そういう商いは一切してなかったから、当主の家族はただただ疲れていき、次第に体調も悪くなっていったんだ……」
「それじゃあ……小紅がその当主さんとお別れしたのは、病気で亡くなったからって事?」
「ううん……それならまだ諦めもついたよ。けど、彼との別れは別に理由があるんだ。噂話のせいで当主の家族が体調を悪くするようになってからふた月が経った頃の夜中、突然煙臭さを感じてボクは布団から飛び起きた。
すると、家の周りが炎に囲まれていたから、ボクは急いで彼らを起こしに行った。そして彼らの部屋に行った時、ボクの視界に入ってきたのは、外から入って来た黒い煙や炎の熱で苦しそうに呻く彼らの姿だった。そんな彼らの様子にボクは慌てながらもすぐに全員を外へ連れ出そうと思い、まずは当主を背負うために彼らへと近付いた。
けれど、彼はゆっくりと顔を上げてそのままボクに視線を向けると、苦しそうに微笑みながら静かに首を横に振った。ボクが彼のその行動に驚いていると、彼は途切れ途切れにボクへ逃げるように言った。当然、ボクはそれを嫌だと言ったよ。けど、彼は再び首を横に振ると、家族を自分の方へ抱き寄せながらこう言った。
『僕達の事は良い。でも、君だけは生き残って欲しい。君は僕達に幸せを与えてくれた大事な家族の一人なのだから』とね」
「大事な家族の一人……」
「……うん。その言葉を聞いてボクは嬉しかった反面、彼らを見捨てていかないといけない事に悲しみを感じたよ。ボクにとっても彼らは種を越えた家族のような物だったから、このまま彼らと一緒に暮らしていくのがボクの幸せだとも思っていたから。けど、結果的にボクは涙を呑んで彼の言う通りにする事にした。
そして、彼らに背を向けてそのまま家を出ていこうとしたその時、『小紅』という彼の声で振り返ると、彼は家族と一緒に涙を流しながらもニコリと笑い、『今までありがとう。どうか幸せになってくれ』って言ってくれたんだ……」
そこまで話し終えると、小紅は目に涙を浮かべながら静かに俯き、青吉もそれに続いて静かに俯いた。そして小紅が啜り泣く中、俺は小紅から発せられている哀しみの波動を感じながら同じように俯いていると、翡翠が静かに話を始めた。
「……小紅の調べによると、噂話や火事は当時近くに住んでいた親戚達が引き起こした物で、その動機は当主の家ばかりが幸運に恵まれていた事が許せなかったから、そしてその幸運を自分達に分けようともしなかったからなのだという。
もっとも、その親戚達はかなり詰めが甘かったため、すぐにその犯行が明るみに出た上、次々と原因不明の奇病に罹り、今となってはその一族の血を引く者は、遠くに行った当主の弟妹の家系の者達だけなのだそうだ」
「そっか……ちょっと違うかもしれないけど、『人を呪わば穴二つ』って事だな」
「そうだな。幸運をもたらす妖やその家の者に害を為したのだ。そのくらい当然の報いと言えるだろう」
そして翡翠は、未だに啜り泣く小紅へ視線を向けると、とても優しい声で話し掛けた。
「小紅、その後の事を話せぬようならば、我が代わりに話すが?」
「……ううん、もう大丈夫。ありがとうね、翡翠」
「礼には及ばん。友を気遣うのは当然の事だからな」
「ふふ……そっか」
小紅は目を赤くしながら翡翠に対してニコリと笑った後、一度軽く息をついてから俺達の方へ向き直った。
「話の途中だったね。そして、家族と住み家を同時に無くしたボクは、次の住み家を探すために色々なところを巡った。けれど、やっぱりあの家での毎日がどうにも忘れられず、良いなと思える家には中々出会えずにいた。そんな中、ボクはちょっとした気晴らしをしようと思って『カッパ淵』に行ってみたら、そこに一人で座っていたのがこの青吉だったんだ」
「……そうだったな。そして、並んで座りながら小紅の話を聞いている内に俺達は友となり、暇さえあれば一緒に淵の水面を眺めたり、訪れる人間達の様子を観察したりするようになったのだったな」
「そうそう。そして、それから何カ月か経った時に翡翠と出会って今に至るんだよね」
「ああ、そうだ。だが……まさか自分に座敷わらしと大天狗の友が出来る事になろうとは、まったく思ってもみなかったがな」
「あははっ、それはお互い様だよ」
「そうだな」
「……それもそうか」
小紅と翡翠の言葉に青吉はフッと笑い、俺達の方へ向き直った。
「さて……最後は俺の話だ。少し長くなるかもしれないが、最後まで聞いてもらえるとありがたい。小紅と出会う数年前、俺はその時もあの淵に一人で座っていた。何故一人で座っていたのか。それは仲間達と一緒にいるのがあまり好きじゃなかったからだ。
もちろん、仲間達の事は嫌いでは無かったし、時には相撲を取る時もあったため、仲間達との仲は悪くなかった。しかし、仲間達と一緒にいるよりも一人でいる方が俺的には好きだった事もあり、仲間達が件の別空間で生活をしている中、俺は夜中に寝に帰るまではこっち側で過ごしていた。
まあ……今は小紅達と一緒にいる方が好きではあるが、あの頃の俺はそんな生活が気に入っており、その生活に仲間達が介入する事を快く思っていなかった。あの日──
「ある奴……その人が翡翠にとっての村人達であり、小紅にとっての当主達みたいな存在だったわけか」
「そういう事だ。ソイツと出会ったのは、暑さがとても厳しかった夏の日。流石にこの暑さは耐えられないと思いながら淵の中で涼んでいた時、誰かの気配を感じてそちらに視線を向けた。
すると目に入ってきたのは、橋の上から俺の事をジッと見ている白い半袖に短パン姿の麦わら帽子を被った人間の子供だった。その子供は俺の姿にとても驚いた様子で、どうしたら良いか分からずにただおろおろとしていた。
俺はしばらくソイツの姿を観察していたが、いくら待っていても恐る恐る近付いてくる様子すら無かったため、俺は痺れを切らして淵から上がってソイツへと近付き、何の用でここに来たのかを訊いた。するとそいつは、怯えた表情のままで『探検に来た』と答えた。
どうやらソイツは祖父母の家に遊びに来ていたらしく、祖父母からここに河童が出るという話を聞いて怖がりながらもそれが本当か確かめに来たとの事だった」
「怖がりながらも来るって……それだけソイツにとっては、その話は興味を惹かれる物だったってぇ事かぃ?」
「恐らくな。そして俺は、ソイツをとりあえず落ち着かせる事にし、色々な話題を振ってみた。ソイツは最初こそ警戒しながら答えていたが、次第にその警戒も解かれていき、楽しそうな笑みを浮かべるようにもなった。
そしてその日から俺達は友となり、その翌日から同じようにソイツの家族の事や俺の事について話をしたり、遊び程度に相撲を取ったりする日々が始まった。ソイツはこの辺りに住む人間の子供達とはあまり打ち解けられていなかったらしく、両親や祖父母からはその事を心配されていたようだったが、ソイツは俺という友がいるだけで満足しているようだった。
そして俺の仲間達は、親しげに人間と関わる俺の事をあまり良く思っていなかったようだが、俺はソイツと会う事を楽しく思っていたため、そう思われていてもまったく気にしていなかった。だが……その頃の俺はまだ気付いていなかっただけだったんだ。何故仲間達が人間と関わろうとしなかったのか、何故俺とソイツが会う事を良く思っていなかったかを……」
そこまで話した時、青吉は一瞬辛そうな表情を浮かべたが、すぐにその表情は元へ戻り、再び落ち着いた調子で話を始めた。
「ソイツと初めて会った日から一週間近くが経った頃、俺がいつものようにソイツの事を待っていると、慌てた様子でこちらに走ってくるソイツの姿が見え、俺はその事に首を傾げながらどうしたのかと問い掛けた。すると、ソイツは息を切らしながら今にも泣きそうな顔でこう言った。
『青吉、今すぐに姿を隠して! そうじゃないと、みんなに見つかって捕まえられちゃうかもしれないから!』とな。俺はソイツに俺と出会った事は誰にも話すなと言い含めていたからその言葉に非常に驚いた。
しかし、落ち着かせながら話を聞いてみると、そうなってしまったのはソイツのせいではなかった事が分かったのだ」
「んー……? ってぇなると、いってぇ誰のせいでそうなっちまったんでぃ?」
風之真が不思議そうに小首を傾げる中、俺は頭の中に浮かんだ考えを口にした。
「青吉の存在が明るみに出た原因、それは『地元の子供』だよな? 青吉」
「……ああ、その通りだ」
「……へ? 柚希の旦那、そいつぁいってぇどういう事なんでぃ?」
「青吉はその子に対して自分と会った事を誰にも話すなと言っていて、青吉の話からその子がその言葉を無視して誰かに話すような奴には思えなかった。そうなれば、他に考えられるのはその子の行動を疑問に思い、後を追ってきそうな存在であり、且つその子から少し隠した状態でも話を聞く事が出来ない人物。つまり、その子と関わりが無い地元の子供に限られるわけだ。
追ってきていたのが親類だったとしたら、わざわざその事を他の誰かに話さず、青吉との関係をその子に直接訊くだけで済むからな。けれど、実際に追ってきていたのは地元の子供だった上、その子も青吉も追ってこられていた事に気付かなかったため、口止めをする事が出来ず、騒ぎになってしまったってところだろうな」
「なるほどな……んで、その子供は周囲が青吉の事について騒いでるのに気付き、身を隠させるために急いで青吉の所まで来たってぇわけか」
「そうだ。だが……俺がこのまま身を隠してしまっては、来てしまった人間達からの質問攻めに遭ってしまう。俺はその事が気になり、中々身を隠せずにいた。するとソイツは、覚悟を決めたような顔で俺の手を取ると、その事に驚く俺を見ながらニコリと笑いこう言った。
『青吉、僕の事は気にせずに君は姿を隠して。大丈夫、僕は君が思っている以上に強いから。それに……こうなった以上、僕がここに来られるのは今日が最後だと思うから、悔いは残したくないんだ。だから、お願い』と。
俺は一瞬迷ったが、ソイツの言葉を信じる事にし、分かったと言ってそのまま身を隠そうとした。だがその時、俺はコイツに何か物を残してやりたいと思い、急いで仲間達がいる空間へと移動した。そして『ある物』を住み処から持ち出し、ソイツのところへ戻った後、俺はまた会えるように願いながらそれを『再会の印』として渡し、そのまま別れと礼を告げて、身を隠すために仲間達がいる空間へと戻った」
青吉が懐かしそうな表情を浮かべながら話を終えると、風之真が腕を組みながら小首を傾げた。
「青吉、その人間とはそれから一回も会ってねぇのかぃ?」
「ああ、そろそろ良いかと思って俺が戻った時にはもうアイツはいなくなっていた。そしてそれからもあの淵で待ってみたが、アイツが来る事は一度も無かったな」
「そうか……だが、おめぇの場合はまだ再会できる可能性があるだけ幸せなんだろうな」
「そうだな。アイツ──
青吉は少し寂しげな表情を浮かべながらフッと笑ったが、それに対して雪花は微笑みながら首を横に振った。
「ううん、きっと大丈夫だよ。青吉が楽しかったようにそのシュウ君も青吉と一緒にいて楽しかったはずだし、再会の印だってあるんだから、青吉の事を忘れるなんてあり得ないよ」
「雪花……」
「だから、シュウ君にまた会えるって信じていれば、二人はまた絶対に会えるよ。一度結ばれた絆は、そう簡単には無くならないし、お互いを引き寄せ合う物だからね」
「絆はお互いを引き寄せ合う……か。そうだな、俺がまた会えると信じ続ければ、いつかまたシュウと会えるかもしれないからな」
「そうそう。せっかくだし、ポジティブに行こうよ。前向きに考えてる方が、絶対に楽しいから。そうだよね、風之真?」
「へへっ、そうだな。後ろ向きに考えちまうと、どんどん暗くなっちまって、最後には真っ暗闇の中みてぇに何も見えなくなっちまう。それだったら、前向きに考えておてんとさんみてぇに明るく行く方がぜってぇ良いに決まってるぜ!」
「ふふっ、だよね♪」
風之真と雪花が楽しそうに笑い合うと、それを見ていた小紅も釣られてクスリと笑い、青吉と翡翠もそれに続く形で静かに笑った。
「……ここまで自然に笑い合えるのは、やはり常日頃から楽しさを感じながら生活をしているからなのだろうな」
「ああ、恐らく──いや、間違いなくそうなのだろうな」
「ふふっ、だね。こうなってくると、これからそんな楽しい生活が待っている翡翠が羨ましくなってくるなぁ……」
「……それならばお前達も仲間に加われば良いだろう。もっとも、元からそのつもりだったのだろうがな」
やれやれといった様子で翡翠が言うと、小紅はその言葉に驚きの声を上げた。
「え……バレてたの?」
「ああ、そのくらいすぐに分かる。これでもお前達の友なのだからな。だが……小紅はともかく、青吉はそれで良いのか?」
「……ああ。柚希達との生活が楽しそうに感じたというのもあるが、柚希についていけばシュウに会えるような気がしたからな。それに……既に仲間達には別れを告げてきたから、その点も心配はいらない」
「ボクも昨日の夜の内にその辺は済ませてあるから、問題は一切無いよ」
「……そうか、ならば我から言う事は何も無い。だが……」
「うん、柚希達には言わないといけない事があるよね」
「……そうだな」
そして小紅は青吉と一緒に俺達の方へ向き直り、軽くアイコンタクトを交わしてから静かに口を開いた。
「みんな。みんなさえ良ければ、ボク達も仲間に加えてほしい」
「翡翠とは違い、俺と小紅は出来る事も少ない。だが、出来る事は精一杯頑張るつもりだ」
「だから、お願いします。ボク達も君達の仲間に加えて下さい」
小紅と青吉が同時に頭を下げると、風之真は小紅達の事を見ながら大きな溜息をついた。
「はあ…… 何言ってんだよ、おめぇ達は。おめぇ達はもう俺達の仲間だろ?」
「……え?」
「風之真の言う通りだよ、二人とも。『絆の書』に登録こそされてないけど、ボク達にとって君達はもう仲間なんだよ」
「そうそう。それに……出来る事が少ない事なんて気にする必要は一切無いよ」
「そうだな。そんな事を気にする奴は仲間の中にはいないからな」
「だな。だから、そこまで身構える必要は無いぜ? 二人とも」
「みんな……」
「お前達……」
風之真達の言葉に小紅と青吉は少し驚いた様子だったが、すぐにその表情は安心したような笑みへ変わった。
「みんな……本当にありがとう!」
「皆……感謝する」
「へへっ、このくれぇ礼には及ばねぇよ。俺達が小紅達を迎え入れねぇわけもねぇからな。ああ、翡翠の旦那だってもちろん例外じゃねぇぜ? 小紅達とは違って、さっきまでは『争い合う仲』だったが、今は『笑い合う仲』だからな。これから色々と頼りにさせてもらうぜ? 翡翠の旦那」
「……ああ、任せておけ。これから世話になる以上、皆のために大天狗としての力やこれまで得た知識を活かしていくつもりだ。皆、これからよろしく頼む」
「改めてよろしくね、みんな!」
「皆、よろしく」
「ああ、こちらこそよろしくな」
翡翠達と固く握手を交わした後、俺が翡翠達にいつも通りの説明をすると、翡翠は俺の左手にある『絆の書』を興味深そうに見始めた。
「なるほど……小紅達から簡単に話は聞いていたが、この『絆の書』という魔本は中々調べ甲斐がありそうな物のようだな」
「まあそうだな。『絆の書』はただの魔本じゃなく、言ってみれば『主と共に成長する魔本』みたいな物だし、これから俺が成長する度に『絆の書』にも様々な機能が増えていくかもしれないな」
「……そうか。それならば、その主としてこれからも精一杯頑張らなくてはな」
「ああ、そうだな。さてと……それじゃあ早速、皆の登録を始めていくか」
「だね。えーと……それじゃあまずは、翡翠からが良いかな?」
「そうだな。一応、翡翠は俺達よりも先に仲間入りを志願したわけだから、その方が良いだろうな」
「……分かった。では、よろしく頼むぞ、柚希よ」
「ああ」
翡翠の言葉に頷きながら白紙のページを開いた後、俺と翡翠は白紙のページに静かに手を置いた。そして、いつも通りに体中を巡る魔力が右手を通じて『絆の書』へと流れ込むイメージを浮かべながら目を瞑り、魔力が勢い良く手の中心の穴から『絆の書』へと流れていくイメージを浮かぶのを感じながらそのまま流し込み続けた。
……よし、これで良いな。
そう感じた後、右手を離しながらゆっくりと目を開けると、空白だったページには羽団扇を携えながら木の上に立つ翡翠の姿と天狗についての説明文が浮かび上がっており、それに対して満足感を覚えながら頷いた後、俺は小紅達の方へ向き直った。
「さてと……次はどっちにする?」
「うーん……それじゃあ今度はボクが行くよ。青吉もそれで良い?」
「ああ、出会った順から考えれば、俺よりもお前の方が早いからな」
「うん、分かった。という事で……よろしくね、柚希」
「ああ」
小紅の言葉に頷きながら再び白紙のページを開いた後、俺達は同時にページの上に手を置いた。そしてさっきと同じやり方で『絆の書』へと魔力を流し込み、大丈夫だという確信を持った後にゆっくりと目を開けると、そこには奥座敷で鞠を持ったまま座布団の上に座る小紅の姿と座敷わらしについての説明文が浮かび上がっていた。
「これで小紅もオッケーっと。それじゃあ最後は青吉だな」
「ああ。それでは頼んだぞ、柚希」
「うん」
青吉の言葉に頷いてからまた別の空白のページを開き、俺は青吉と一緒にページの上に手を置いた。そして三度『絆の書』に魔力を流し込み、大丈夫だという確信を持った後にゆっくりと目を開けると、そこには淵の中で静かに佇む青吉の姿と河童についての説明文が浮かび上がっていた。
……よし、これで完了だな。
「三人続けてなんて初めてだったけど、何とかなって本当に良かった……」
「へへっ、それだけ柚希の旦那も成長してるってぇ事なんだろうな」
「うんうん。でも、私達もそれに負けないようにこれからも修行をしていかないとね」
「うん。これからも仲間は増えていくわけだし、ボク達も精一杯頑張らないとだね」
「ああ、そうだな」
風之真達が笑い合いながら話す中、俺は『絆の書』に『伝映綱』を繋ぎ、居住空間にいる翡翠達に声を掛けた。
『翡翠、小紅、青吉、居住空間はどうだ?』
『ああ、思っていたよりも快適だ』
『うん、そうだよね。自然も豊かで気温も程良いし、これからここに住めるのが本当に嬉しいくらいだよ』
『そうだな』
『……ふふ、そっか。喜んでもらえたなら何よりだよ』
翡翠達の答えに微笑みながら答えていると、天斗伯父さんが俺の肩をポンと叩きながら全員に声を掛けてきた。
「では皆さん、そろそろ民宿へ帰りましょうか。柚希君、色々な事があってお疲れでしょうが、ヴァイスさんを呼んで頂けますか?」
「はい、分かりました」
天斗伯父さんの言葉に答えた後、俺は『絆の書』のヴァイスのページを開き、魔力を通じてヴァイスへと話し掛けた。
『ヴァイス、頼んで良いか?』
『はい、もちろんです』
『うん、ありが──』
『あ、柚希。それならボクも一緒に出してもらっても良いかな? 一応、まだ道案内役としての役目は果たして終えてないからね』
『ああ、分かった』
そして一度『絆の書』を閉じ、再び『絆の書』へと魔力を流し込んでヴァイスと小紅を外へと出すと、小紅は気持ち良さそうに体をグーッと伸ばした。
「……うん、居住空間の空気もとても良かったけど、やっぱりこっちはこっちでスゴく落ち着くなぁ……」
「ははっ、そうだろうな。さてと……それじゃあ頼んだぜ、ヴァイス」
「はい、帰りも安全運転を心掛けますね」
ニコリと笑うヴァイスに対して微笑み返した後、俺達は揃ってヴァイスの背に乗り、天斗伯父さんの術で姿を隠しながら民宿へ向けて夕暮れ時の空を静かに飛び始めた。
翌朝、民宿の人達に見送られながら民宿を出発した後、俺達は一度電車の時間を見に駅へ向かった。すると、帰りの電車まではまだ時間があったため、小紅や翡翠の提案でまだ行っていない様々な場所を軽く巡る事にした。
自然が豊かな場所や歴史的な物が残る場所、そして小紅達だけが知る穴場などの様々な場所を話をしたり笑い合ったりしながら一緒に巡った事で、俺は小紅達との絆が更に深まったような気がしてとても嬉しく思っていた。
そして昼過ぎ、駅へ戻ってきた俺達は電車の時間を待つ間、駅のすぐ近くにある観光協会内の土産物屋へと立ち寄ると、小紅は店内の様子に顔をぱあっと輝かせた。
「わぁ……! 見て、柚希! 面白そうな物がいっぱいあるよ!」
「そうだな。けど……こういう所って入った事無いのか?」
「うん、実はそうなんだ。ふらっと駅まで来た時は、翡翠の気持ちを考えていつも駅を使う人達の姿しか眺めてなかったからね」
「そっか」
「でも、翡翠もまた人間と妖みたいなモノ達との可能性を模索したいって言ってくれたし、ボクもこれからは積極的に人間達がいる場所に行ってみようかな」
「ああ、それが良いと思うぜ? まあ、学校なんかは難しいかもしれないけど、公園とか公共施設とかなら問題無さそうだしな」
「ふふっ、だよね!」
そんな会話を交わしながら小紅と笑い合っていたその時、「……あれ、柚希君?」と不思議そうに俺の名前を呼ぶ声が聞こえ、俺は「え……?」と言いながらそちらへ視線を向けた。するとそこにいたのは、小首を傾げながらもどこか嬉しそうな笑みを浮かべる金ヶ崎の姿だった。
「金ヶ崎……? どうしたんだ、こんなところで……?」
「ふふ、ちょっとね。柚希君こそどうして? もしかして旅行とか?」
「あ、ああ……伯父さんと一緒にな」
「やっぱりそうだったんだね。私はお祖母ちゃんのお家がこっちの方にあるから、昨日まで帰省してたんだ。それで、今は帰りの電車を待っているところだったんだけど、まさか柚希君に会えるなんて思ってなかったから、本当にビックリしたよ」
「はは、そうだな」
金ヶ崎の言葉に軽く笑いながら答えていると、その様子を静かに眺めていた小紅が突然「……あれ?」と不思議そうな声を上げた。
『ん……どうした?』
『……いや、この子から何か懐かしい感じがして……』
『懐かしい感じ……?』
『うん、具体的に言うなら……微弱ではあるけど、懐かしい妖気を感じるかな?』
『懐かしい妖気……』
……言われてみれば、確かに金ヶ崎から妖力の気配を感じるような……。
さっきまで気付かなかった金ヶ崎から発せられる妖力の気配に疑問を覚えながらその姿を観察していたその時、俺は金ヶ崎が何かを首から掛けている事に気付き、その事について金ヶ崎に問い掛けた。
「金ヶ崎、そういえば何かを首から掛けているようだけど……何を掛けているんだ?」
「え? あ……ああ、これだね」
金ヶ崎は一瞬驚いた様子を見せた後、嬉しそうにそれを取り出した。すると、出てきたのは透き通った小さな紅色の石のペンダントであり、金ヶ崎から感じていた妖力の気配はそれから発せられているようだった。
「……スゴく綺麗な石だな」
「うん……これは、お祖母ちゃんのお兄さんが持ってた大切な物らしいんだけど、そのお兄さんはもう何年も前に火事で亡くなったんだって」
「火事で、か……」
「……うん。それで、焼け跡からこれが綺麗なままで出てきたらしくて、遺品の一つとしてお祖母ちゃんが貰ってたの。でも、帰った時にお祖母ちゃんがこれは私が持ってた方が良いかもって言って私にくれたんだ。これには『座敷わらしの力と想い』が宿ってて、持ってると幸運を呼び込んでくれるからって」
「座敷わらしの力と想い……」
それってもしかして……。
チラリと小紅の方へ視線を向けると、小紅は信じられないといった表情で金ヶ崎のペンダントを見ており、その目には涙が浮かんでいた。
『小紅……』
『そっか……あのペンダントは、まだ残ってたんだ……。そして、それは次の世代へしっかりと受け継がれていったんだね……』
『良かったな、小紅。お前の大切な人達の血を引く奴にまた巡り会えて』
『うん、うん……!』
嬉しそうに涙を流しながら頷く小紅の姿に、俺は同じように嬉しさを感じた。大切な人にはもういなくとも、その血や想いを受け継ぐ人がここにいる。それはやっぱりとても嬉しい事なんだ。
……それにしても、小紅と金ヶ崎にこんな繋がりがあるなんてな……これは夕士達だけじゃなく、金ヶ崎にもいつか鈴音や小紅と会わせる機会を設けなきゃ──。
そんな事を考えていたその時、「……おっ、そこにいるのはもしかして……!」と嬉しそうな声が聞こえ、俺と金ヶ崎は同時にそちらへ視線を向けた。すると、そこには顔をぱあっと輝かせながらこちらを見る雪村の姿があった。
「雪村……まさかお前ともここで会うなんてな……」
「ははっ、本当だな! それにしても、柚希と金ヶ崎が一緒にいるって事は……もしかして一足早い新婚旅行か何かか?」
「し、新婚旅行って……! 雪村君、何言ってるの!?」
「……そうだぞ、雪村。親御さんも近くにいる時にその冗談は流石に笑えない」
「ははっ、すまんすまん。けど、お前達はどうしてここにいるんだ?」
「俺は伯父さんと一緒に旅行で、金ヶ崎はお祖母さんの家に帰省した帰りだってさ」
「へえー……金ヶ崎もそうだったのか。俺もこっちの方に祖父ちゃんと祖母ちゃんが住んでるから、昨日まで帰省してたんだよ」
「そうだったのか。なんかスゴい偶然だな」
「へへ、だな!」
雪村は嬉しそうに笑うと、そのまま両手を頭の後ろに回した。すると、雪村の手首に妖気を発する青い石の腕輪のような物が嵌まっているのが目に入り、俺はそれを指差しながらそれについて訊いた。
「雪村……その腕輪は?」
「ん……ああ、これか? これは昔、あるダチから貰ったもんなんだけど、ついこないだまでずっとしまってたんだよ」
「しまってたって……何でだ?」
「……実は、この腕輪にはちょっとした苦い思い出があって、その思い出をしっかりと乗り越えられるまでは、付けないようにしてたんだよ」
「苦い……思い出?」
「ああ。小さい頃、俺はちょっと引っ込み思案なところがあって、ダチも全然いなかったんだ。それで、今回みたいに帰省した時もこっちの方のダチが全然出来なくて、かなり寂しい思いをしてたんだ。でも、そんな俺にもついにある一人の友達が出来てさ。俺はそれが本当に嬉しかったから、朝から夕方までずっとソイツと遊んでたんだ」
「……その友達は、本当に良い友達だったんだね」
「ああ、俺には勿体ないくらいの奴だったよ。でも、ある出来事がきっかけで俺はソイツと会う事が出来なくなったんだけど、その別れの時にソイツが渡してくれたのがこの腕輪なんだ」
「ある出来事がきっかけで会えなくなった……」
……この話、どこかで聞いたような……。
その時、それをどこで聞いたのかを思い出し、その真偽を確かめるために『ある質問』を雪村に投げかけた。
「雪村、その友達と出会ったのってどこなんだ?」
「……え? ああ、『カッパ淵』っていう所だよ。まあ、それ以来そこには立ち寄ってないから、ソイツとは一度も会えてないし、今もそこにいるとは限らないけどな」
「そっか……」
「……でも、さ。いつかまたアイツと会えるって俺は信じてるし、会いたいってスゴく思ってるんだ。あの時の俺の不注意が原因で、アイツと会えなくはなったけど、あの時の俺とは違う今の強い俺ならアイツに何かあっても守れるはずだし、こうやって会えるって信じながらアイツがくれた腕輪を持ち続けていれば、出会えるはずだからさ」
「雪村君……」
「そしてその時は、あの時にアイツが呼んでた『シュウ』じゃなく、ちゃんと『
「……ああ。お前の言う通り、また会えるってお互いに信じ続ければ、何かのきっかけでまた会えるはずだ。想いの力は無限大だからな」
「……ああ、そうだよな!」
雪村がニカッと笑いながら大きく頷く中、俺は傍らに立つ小紅とこっそり笑い合った。
……やれやれ、雪村に会わせないといけない奴が、もう一人増えたみたいだな。でも、雪村と青吉の両方の友達である以上、この二人もしっかりと再会させてやりたいな。
青吉と雪村が笑いながら握手を交わす様子を想像しながらそんな事を思っていた時、「……そうだ」と雪村が何かを思い出したように声を上げ、俺と金ヶ崎の両方を見ながら楽しそうに笑いながら話し掛けてきた。
「なあなあ、お前達も今から土産を選ぶところだよな?」
「まあ、そうだな」
「うん、私も同じだよ」
「だったら、一緒に色々と見てみようぜ! 一人で選ぶよりもお前達と話しながらの方が絶対に楽しいと思うし、こうして会えた記念として俺達だけの何かも欲しいからな!」
「……ああ、良いぜ。たしかにここで会えたのも何かの縁だしな」
「私ももちろん良いよ」
「よっし! そうと決まれば、早速見てみようぜ!」
「ああ」
「うん!」
『おー!』
そして、俺と小紅は楽しそうに笑う雪村と金ヶ崎の二人と一緒に歩き始めた。色々な出会いがあったこの旅だったが、小紅達と出会った事や雪村達と旅行先で偶然出会った事は、これからの俺を作る上での大切な思い出の一つになると確信していた。
夕士達や『絆の書』の皆はもちろん、雪村や金ヶ崎ともこれから一緒に色々な事をやったり、色々な出会いをしていったりしていこう。大切な思い出という宝物を増やしていくためにも。
皆と話をしながら様々な物を見る事で現在進行形で思い出を作りつつ、俺は皆の事を思い浮かべながら静かにそう心に誓った。
政実「第20話、いかがでしたでしょうか」
柚希「今回は実際に現地を訪れた上での執筆になったわけだけど、これからもこういうパターンってあったりするのか?」
政実「うーん……そう出来るならそうしたいけど、第1章が終わるまでに柚希達が訪れる場所はどこも県外になっちゃうから、それはちょっと難しいかな。けど、他作品でならそういう事をしようと考えてるのは何作かあるかな」
柚希「そうか。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けるととても嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めようか」
柚希「ああ」
政実・柚希「それでは、また次回」