転生者の幽雅な日常   作:九戸政景

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政実「どうも、北海道には一度だけ行った事がある片倉政実です」
柚希「どうも、遠野柚希です。北海道には行った事があったんだな」
政実「うん、中学生の時に一回だけね。機会があったらまた行ってみたいとは思ってるよ」
柚希「そっか。さてと、それじゃあそろそろ始めるか」
政実「うん」
政実・柚希「それでは、第23話をどうぞ」


第23話 北の大地と古から住まう小人

 強い太陽の陽射しとそれによって熱せられたアスファルトから発せられる熱気の二つで滝のような汗を流すある夏の日の事、帰りの会が終盤に差し掛かった時、担任は俺達を軽く見回すとニコリと笑った。

 

「さて、来週はいよいよ待ちに待った修学旅行です。ですが、修学旅行だからといって浮かれたりハメを外し過ぎたりせず、自分達は学校の代表なのだという意識を持って修学旅行を楽しむようにして下さい」

『はい!』

「はい、よろしい。さて……今日はこれで終わりです。皆さん、気をつけて下校をして下さいね」

 

 担任はニコリと笑いながらそう言った後、日直の生徒に挨拶を促し、日直の生徒はコクンと頷きながら答え、「起立」と言いながらスッと立ち上がった。

そして、日直の生徒に続いて俺達も立ち上がり、担任に対して帰りの挨拶をすると、担任はそれに対して答えてからニコリと笑うと、出席簿を持って教室を出ていき、それと同時に教室中から話し声や帰り始める音が聞こえだした。

 

 さて……来週は遂に修学旅行か。夕士達と一緒の修学旅行というだけでも楽しみだけど、行き先も俺にとってはとても興味があるところだし、来週が待ち遠しいなぁ……。

 

 そんな事を考えながら帰り支度をしていた時、ふと何やら深刻そうな顔をしながら窓際で話をする海野(うんの)由利(ゆり)の姿が目に入ってきた。

 

 ……どうしたんだ、アイツら? なんだか波動も細かく乱れてるみたいだし、何か困った事でもあったのかな?

 

 海野達の様子の理由を知るために立ち上がろうとしたその時、「柚希、どうかしたのか?」と後ろの席から話し掛けられ、俺がゆっくりと振り向くと、さっきまで長谷や夜野、そして雪村と話をしていた夕士が不思議そうに小首を傾げているのが目に入ってきた。

 

「ん……ああ、海野と由利が何やら深刻そうな顔で話してるみたいだから、ちょっと気になってさ」

「海野と由利が……あ、ほんとだ」

「たしかに、いつも楽しそうにしてるアイツらにしては珍しい感じだな」

「そうですね……」

「うーん……アイツら、一体どうしたってんだ……?」

 

 海野と由利の様子に夕士達も心配そうな表情を浮かべていたが、「……よし、ちょっと訊いてみるか」と言いながら夕士はスッと立ち上がると、そのまま海野達の方へ歩いていき、俺達もそれに続いて海野達のところへと歩いていった。

そして、海野達の近くで立ち止まると、夕士は心配そうな表情を浮かべたまま海野達に話し掛けた。

 

「なあ、お前達」

「……ん?」

「夕士、それに皆も……どうかしたのか?」

「ああ、話をしてるお前達の様子がなんだかいつもと違う感じだったから、何かあったのかと思ってさ」

「……ああ、なるほどな」

「いや、大した事じゃ無いんだけどさ……修学旅行の行き先って、北海道だろ?」

「そうですね」

「でも、それがどうかしたのか?」

 

 雪村が顎に手を当てながら訊くと、海野はコクンと頷いてからそれに答えた。

 

「……雪村には前に話したけど、俺達の親って昔から友達で、その縁もあって今でも家族ぐるみの付き合いをしてるんだよ」

「ああ、そういやそんな事言ってたな」

「それで、一年生の冬に二家族揃って北海道に旅行をしに行ったんだけど、その時にちょっとした友達が出来たんだ」

「友達……地元のか?」

「うーん……まあ、そんなところだな。もっとも、歳はそこそこ離れていたんだけどさ」

「それで、初日に仲良くなって以降、俺達は家族と一緒の時間以外はソイツと一緒に遊んだり話をしたりして、スゴく楽しい時間を過ごしてたんだ」

「アイツ……スゴく物知りでさ、俺達の親でも知らなさそうな事も知ってて、色々勉強になったんだよ」

「そうそう。日常的な知識からちょっとした豆知識、それとアイヌ語まで教わったんだったよな」

「そうだったな……それで、俺達に相応しいアイヌ語で渾名(あだな)も付けてもらったり慣れないながらもアイヌ語を使って話をしたりして、スゴく楽しかったよな……」

「ああ……」

 

 その頃の話をする海野達の表情は、とても楽しそうだったが、それと同時にどこか哀しそうな感じも受けた。

 

 ここまで聞いた感じだと、普通に楽しそうな話だけど、たぶんこの後に何かあったんだろうな……。

 

 そんな事を考えていると、夕士は海野達の顔を見ながらキョトンとした表情を浮かべた。

 

「なんだか楽しそうな話だけど……それなら、どうしてそんなに哀しそうな顔をしてるんだ?」

「それは……」

「……実は……さ、今ソイツと会うのは、ちょっと気まずいんだよ……」

「気まずいって……その友達とは仲が良いんだろ? だったら、気まずいなんて事無いんじゃ……」

「……たしかに普通ならそうだな。だけど、ある理由から俺達はソイツにちゃんとした別れを告げられずに別れる事になったんだよ」

「ある理由……?」

「ああ……あれは旅行の終わりの二日前。結構吹雪いてたから、俺達はホテルの部屋で宿題を片付けてたんだよ。そしたら、最終日は天気が大荒れになるっていう予報が出てさ、それで帰れなくなっても良くないから、親から旅行の最終日を一日早く繰り上げるって言われたんだ」

「だから、俺達はそれをソイツに伝えようと思ったんだけど、ソイツといつも会ってたところは、ホテルから少し離れた場所にあったから、俺達も吹雪が止むまで伝えに行くのは待とうって事にしたんだ」

「でも、夜になっても吹雪は止まず、ソイツに何も伝えられずに寝る時間になって、ソイツに対して申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、その日は大人しく眠った」

「そして、その翌日の午前6時頃、どうにか時間を作ってもらおうと思いながら起きたその時、枕元に何かが置かれてるのに気付いて、見てみたらそこにあったのは一枚の手紙と小さな緑色の宝石で出来た四つ葉のクローバーの形をした根付けだったんだ」

「緑色の宝石……?」

 

夕士が首を傾げながら訊くと、海野はコクンと頷いてから答えた。

 

「ああ。因みに蒼太の枕元にも同じ物が置いてあったんだけど……蒼太、たしかあれってエメラルド……だったよな?」

「そう。手紙にもそう書いてたし、旅行から帰ってきてからすぐに調べたから間違いないぜ」

「クローバー……たしか花言葉は『幸運』や『約束』、そしてエメラルドの石言葉は『幸運』や『希望』だったっけ」

「となると……それを贈って下さったのは、お二人の事をとても大切に思っている方という事になりますけど、もしかして……」

「……ああ。それをくれたのは、その友達だったみたいだ」

「手紙には、なんだかこの旅行中にはもう会えないような予感がしたから、それを親愛の証として贈るために俺達が寝ている時に置きに来た旨とさっき柚希が言ってたようにクローバーの花言葉とエメラルドの石言葉が書いてあって、最後は二人仲良くいつまでも元気でやってくれっていう言葉で締め括られていたよ」

「そっか……その友達、スゴく良い奴なんだな」

「……まあな」

「けど、それならどうして会うのが気まずいんだよ? 俺だってちゃんとした別れ方が出来たわけじゃないけど、この腕輪をくれたダチには会いたいと思ってるぜ?」

「いや、俺達だって会えるなら会いたいさ。でも……」

「なんというか……アイツがいるのが遠くだとは言え、今まで会いに行こうともしなかったのに、今更になって会おうと思うのは流石にどうかと思ってさ。

まあ、たぶんアイツはそんな事はまったく気にしないと思うけど、修学旅行の数日間の間に会いに来てもらうのもなんだか申し訳ないし、ちゃんとした別れを告げられずに別れる事になったのが心残りでな……」

「だから、今会ったとしてもなんだか気まずくなりそうだなと思ってるんだよ。仕方なかったといっても、しっかりとお別れを言えなかったのはやっぱり申し訳なかったからさ」

「そっか……」

「まあ、修学旅行で泊まる場所は、あの時とは違うとこみたいだし、会う可能性は低いと思うけどな」

「だな。アイツ、そんなに遠くまでは行けないからな」

「そうだな」

 

 海野と由利が頷き合う中、俺は海野達の話から海野達が出会ったという『友達』の正体がなんとなく分かったような気がした。

 

 ……もし、本当に『それ』だとしたら、たしかに遠くに行く手段は中々無いだろうし、会える可能性は低そうだな。まあ、遠野旅行の時みたいに偶然俺が出会ってしまう可能性はありそうだけど。

 

 そんな事を考えていたその時、「おーい! みんなー!」ととても元気な声が聞こえ、俺達は揃ってそちらに視線を向けた。すると、教室のドアのところに狐崎と金ヶ崎の二人がいるのが見え、その姿に長谷と夜野はクスリと笑った。

始業式の日に一緒に帰った際、狐崎はそれが余程楽しかったらしく、その翌日から何か用事が無い限りは、金ヶ崎の事を連れて一緒に帰ろうと誘いに来るようになった上、その時に一緒に帰った夜野や雪村達も便乗しだし、この春から俺達は軽い集団下校状態で帰るようになったのだった。

 

 ……まあ、楽しいのは否定しないけどな。

 

 そんな事を考えていると、長谷は俺と夕士の顔をチラリと見て、何かを思いついたような顔をしながら俺達を見回しつつ口を開いた。

 

「さて……まだ話を聞きたいところだが、まずは帰らないといけないみたいだな」

「そうですね。せっかく来て下さったのに、朝香さん達をお待たせするわけにもいきませんから」

「ああ。という事で、話の途中で悪いが、とりあえず帰るとしようか。稲葉と遠野を早くそれぞれの彼女に会わせてやらないといけないしな」

「ああ……って、ちょっと待て!」

「何度も言うけど、俺と金ヶ崎はそういうのじゃ無いって!」

「は、ってなんだよ! 俺と朝香だってそういう関係じゃ──」

「はいはい。さーて……そろそろ帰ろうぜ、みんなー」

「ふふ……はい♪」

「ういーす」

「おうー」

「あいよー」

 

 俺達の言葉を軽く流して帰り支度するために自分の机に戻る長谷に続いて、夜野達が同じようにそれぞれの机に戻っていった後、俺と夕士は顔を見合わせて同時に溜息をついた。

 

 ……今に見てろよ、長谷。お前に好きな相手が出来た時は、夕士と一緒に目いっぱいイジってやるからな……!

 

 涼しい顔で帰り支度を進める長谷を見ながら心の中でそう宣言した後、ふと夕士へ視線を戻すと、夕士も同じように俺に視線を戻しているところであり、その表情や波動の様子から同じ事を考えていた事が分かり、俺はスッと手を差しだした。

すると、夕士は一瞬驚いた表情を浮かべたものの、俺の行動の意図を理解した様子で頷くと、俺の手を静かに握り、俺達は笑い合いながら無言で固く握手を交わした。

 

 ……まあ、夕士と狐崎の間に何かあったら、その時は遠慮なくイジらせてもらうけどな。

 

 そんな事を考えながら握手を終えた後、夕士が席に戻っていくのを見送ってから、俺も再び帰り支度を始めた。

 

 

 

 

「なるほど……それは中々不思議な話ですね」

「はい」

 

 その日の夜、夕食を食べながら天斗伯父さんや『絆の書』の皆に海野達の話について話すと、『絆の書』の面々が本当に不思議そうな表情を浮かべる中、天斗伯父さんは不思議だとは言いながらもいつものような微笑みを浮かべ、白澤(はくたく)義智(よしとも)や犬神の蒼牙(そうが)のような年長組は海野達の話を大して不思議には思っていない様子だった。

 

 うーん……これっていうのは一つだけなら浮かんでるけど、それを実現するには『ある人』の協力が必要不可欠だし、協力を取り付けられるかと言われると、かなりの賭けになるはずなんだよな……。

 

 夕食の野菜炒めを口に運びながら自分の予想について考えていると、鎌鼬(かまいたち)風之真(かざのしん)が小首を傾げながら俺に話し掛けてきた。

 

「柚希の旦那、旦那はそのダチってのが誰なのか見当はついてんのかぃ?」

「……一応な。でも、()()()が誰なのかはまだ分からないかな」

「協力者……ですか?」

「ああ。海野達の話によれば、帰る前日は吹雪が発生していて、海野達ですら外に出るのを諦める程だった。となると、その『友達』が海野達が泊まっていたホテルに来るには、その吹雪をどうにかする手段が必要になるだろ?」

「たしかに……でも、海野君達が行ってたのは、北海道なんでしょ? それなら私みたいな雪女がその『友達』だった可能性はあるんじゃない?」

「それも無くはないけど、それでも協力者は必要だ。季節的にホテルの中は暖房が効いていたと思うし、その中を雪女が進むのは流石に難しいからな」

「……あ、それもそうだね。私は冷気の障壁でどうにか出来るけど、他の雪女達もそれが出来るとは限らないしね」

「後は、人間に化けられる程の力を持った大妖という可能性もあるけど……義智、お前達はその可能性はまったく考えてないんだろ?」

 

 静かに夕食を食べていた義智に話を振ると、義智は食べる手を止めてコクリと頷いた。

 

「ああ、それ程の力を持ったモノがわざわざ来たとなれば、その周辺の力の流れに僅かに乱れが生じる。そして、それによって周辺のモノ達が騒ぎ出し、人間達も多少なりともそれを感じ取れるはずだが、柚希が聞いた話ではそれらしい様子は無かった。よって、その可能性は無いとみて良いだろうな。それに……柚希、お前がその『友達』と予想している奴は、妖では無いのだろう?」

「……ああ。北海道ならではのモノではあるけど、妖というわけでは無いからな。ただ……」

「お前の言う協力者が誰なのかはなんとなく予想がついていても、そうだと言えるだけの決め手が無い。そうなのだろう?」

「ああ。正直、俺が考えている相手に協力を求めるのは、本当に賭けだと思うからな。ただ、もしも俺の考えが合っているなら、俺は心から嬉しいと思うよ」

「……そうか。まあ、今ここで話していても真実は分からん。真実が知りたければ、修学旅行中にその『友達』とやらに会えるのを願うしか無いな」

「だな」

 

 俺が考えている『友達』の姿を頭に思い浮かべながら返事をした後、俺は白飯を口へと運んだ。

 

 さて……ただ会うだけなら出来ると思うけど、問題はその『友達』を()()()()()()()だよな。波動や気を感じ取れれば、大体の位置は把握できるけど、それでも分からない可能性はあるし、もしそのチャンスに恵まれたら声に注意しながら周辺をしっかりと確認してみないとな。

 

 そんな事を考えながら白飯をゴクンと飲み込んだ後、俺はその『友達』と会う算段をつけながら夕飯を食べ進めていった。

 

 

 

 

 修学旅行当日、朝食後に昨夜揃えておいた荷物の点検をしていると、『伝映綱(でんえいこう)』を通じて雪花が話し掛けてきた。

 

『ねえ、柚希』

『ん、何だ?』

『海野君達の話に出てきた『友達』に会いたそうにしてたけど、結局その『友達』と会うための算段はついたの?』

『うーん……正直な事を言えば、ついてないかな。ただ……』

『ただ?』

『先週、海野達から話を聞いた時、海野達は会うのは気まずいとは言っていたけど、その『友達』に会いたそうな顔をしていた。だから、今回の修学旅行にエメラルドで出来た四つ葉のクローバーの根付けを付けてくる気がするんだ』

『ふんふん……』

『まだ話しか聞いてないけど、たぶんその根付けには俺の『ヒーリング・クリスタル』や金ヶ崎のペンダントみたいに何らかの力が宿ってるはず。となれば、それを感じ取ってその『友達』が海野達に会いに来ようとする気がするんだ』

『たしかにその可能性はあるけど、その『友達』はあまり遠くには行けないんでしょ? だったら、そもそも感じ取れる程の距離にはいない可能性があるんじゃない?』

『まあ、その時はその時だけど、この考えには結構自信があるんだ』

『というと?』

『ウチには天下の座敷わらしがついてるからな』

 

 そう言うと、『伝映綱』を通じて座敷わらしの小紅の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。

 

『あははっ! たしかにそうだね。ボクの力があれば、大抵の幸運くらいなら引き寄せられるし、その『友達』が柚希達の行くところに()()来てるなんて事もありえるかもね』

『ふふ、そうなる事を願ってるよ』

 

 小紅の言葉に対して微笑みながら答えた後、俺が荷物を再びリュックサックなどに詰めていたその時、ピンポーンというインターホンの音が聞こえてきた。

 

『おっ、アイツらもう来たのか』

『それじゃあそろそろ行かないとだね』

『そうだな』

 

 そう言いながらリュックサックの蓋を閉めた後、俺は荷物を持ち、部屋の戸締まりを確認してから部屋を出た。そして、そのまま玄関へ向かうと、リビングから天斗伯父さんが顔を出した。

 

「柚希君。皆さんとの修学旅行、楽しんできて下さいね」

「はい、もちろんです。そして、出来そうなら海野達の『友達』の正体も明らかにしてきます」

「ふふ、楽しみにしていますね。それでは……行ってらっしゃい」

「はい、行ってきます」

 

 頭を下げながら挨拶を返した後、俺は玄関のドアをゆっくりと開けた。するとそこには、夕士と長谷の他に雪村達や金ヶ崎達の姿があり、俺がそれに驚いていると、夕士は片手を軽くあげながらニッと笑った。

 

「おはよう、柚希」

「あ、ああ……おはよう。えっと……今日はいやに大所帯だな」

「ああ、まあな。でも、楽しそうだろ?」

「楽しそうは楽しそうだけど、一体何があったんだ?」

「えっとな……最初は長谷が俺の家まで迎えに来て、二人でここへ向けて歩いてたんだけど、そしたら偶然雪村達と出会って、せっかくだから一緒に柚希の家まで行く事にしたら、そこに金ヶ崎達が通り掛かって、それだったら全員で柚希を迎えに行くかって話になったんだよ」

「な、なるほど……」

 

 まあ、楽しそうって言ったのは真実だし、これはこれで良いか。

 

 そんな事を考えながらふと海野達に視線を向けると、海野達のバッグに四つ葉のクローバー型の根付けが付いているのが見えた。

 

「海野、由利。それがこの前話してた『友達』からもらったっていう根付けか?」

「ん? ああ、そうだ」

「これを付けてたら、もしかしたらアイツに会えるかもって思ってさ」

「そっか……会えると良いな」

「「ああ」」

 

 予想していた通りに海野達が件の根付けを付けてきた事に俺が嬉しさを感じていた時、長谷は俺を見ながらニコリと笑った。

 

「さあ、行こうぜ、遠野。早く行かないと遅刻するからな」

「……ああ、そうだな」

 

 長谷の言葉に返事をした後、俺は皆と他愛ない話をしながら学校へ向けて歩き始めた。

 

 

 

 

 

 学校に着いた後、俺達はクラス毎に並び、学年主任や校長の話を聞いた。そして、用意されたバスに乗り、数十分かけて空港に着いた後、俺達は北海道行きの飛行機に乗るために搭乗口へと移動し、飛行機に乗った後に予め決めてあった席へ次々と座っていった。その後、飛行機は時間通りに離陸し、クラスメート達からはワクワクしたような話し声が聞こえ始めた。

 

 ふぅ……後は飛行機に乗って待ってるだけだし、皆と話したり、本を読んだりしてようかな。

 

 そんな事を思いながら『絆の書』や暇潰(ひまつぶ)し用の本などを入れていた小さなバッグから『ある本』を取り出したその時、「あっ、その本って……」という声が隣から聞こえ、俺は隣を見た。

すると、隣の席に座っている黒縁の眼鏡を掛けた短い黒髪のクラスメートが俺が手にしている本をジッと見ていたため、俺は夕士と出会った時の事を思い出し、懐かしさからクスリと笑ってからそのクラスメートに話し掛けた。

 

「山野も知ってるんだな、『一色黎明(いっしきれいめい)』さん」

「うん……! 僕、一色さんの本が大好きなんだけど、他に好きだって言う人に中々出会えなくて……遠野君も一色さんの本は好き?」

「ああ、俺もそうだけど……夕士、長谷、お前達も一色さんの本にはハマってるよな?」

 

 後ろの席に座っている夕士と長谷に話を振ると、夕士達は座席の陰から顔を出してニッと笑いながらコクリと頷いた。

 

「ああ、元々は柚希から勧められて読んだんだけど、読んでいく内にドンドン引き込まれていくんだよな……」

「正直、この人の作品は大人向けの作品ばかりではあるけど、俺達は結構好きだぜ?」

「そっかぁ……遠野君にもさっき言ってたんだけど、一色さんの本が好きだって言う人に中々出会えないから、遠野君達も一色さんの本が好きだって知れたのは、本当に嬉しいよ」

 

 俺が手に持っている一色さんの本をチラリと見た後、山野が本当に嬉しそうな笑みを浮かべていると、通路を挟んだ向こう側の座席に座っている黒髪のポニーテールの女子生徒が小さく溜息をついた。

 

地彦(くにひこ)……同士が見つかって嬉しいのは分かるけど、ちょっと喜びすぎじゃない?」

海音(かのん)ちゃん……そうは言うけどさ、やっぱり嬉しい物は嬉しいよ。前に海音ちゃんに勧めてみたけど、私に合わないって言われちゃったし……」

「はは、そうだったのか。まあ、天馬みたいなタイプには合わないかもしれないな。ウチのクラスだと……夜野なんかは普通に読みそうだな、一色さんの本」

「一色黎明さん……初めて聞く方ですが、どんなお話を書く方なんですか?」

「そうだな……簡単に言うなら、一部には偏執狂的(へんしつきょうてき)な読者も持つ非常に難解で高尚な詩やグロテスクで耽美(たんび)な大人の童話を書いてる人かな」

「なるほど……お話を聞いていて、少し興味が出てきました。柚希君、良ければ一冊貸して頂いてもよろしいですか?」

「ああ、もちろん良いぜ。一応、童話の単行本と詩集のどっちもあるけど、どっちが良い?」

「それなら……童話の単行本で」

「オッケー。それじゃあ今読もうと思ってたこれを貸すよ」

「それはありがたいですけど……本当に良いんですか?」

「ああ、もう一冊別の奴があるからな」

「……わかりました。それでは、お借りしますね」

「ああ」

 

 そして、山野と天馬に手伝ってもらいながら夜野に文庫本を渡すと、夜野は嬉しそうな笑みを浮かべながら会釈(えしゃく)をし、静かに文庫本を読み始めた。すると、その姿を見た天馬は小さく溜息をついた。

 

「はあ……やっぱり翼は画になるよね……。女の私から見てもスゴく綺麗だと思うし、見惚れちゃうもん」

「あはは……たしかに夜野さんは綺麗だけど、海音ちゃんだって負けてないと僕は思うよ?」

「……え? そ、そう……?」

「うん。小学生になる前から見てきた僕が言うんだもん。間違いないよ」

「そ、そう……ありがと、地彦」

「ふふ、どういたしまして」

 

 山野の言葉に対して天馬が頬を赤く染めながらお礼を言い、山野が微笑みながら答える中、長谷はフッと笑ってから山野に話し掛けた。

 

「山野、中々カッコいい事を言うじゃないか」

「えへへ、そうかな」

「ああ。そうやって素直に誰かを褒められるのは大した物だと思う。恐らくそれは、山野の長所なんだろうな。まあ、稲葉と遠野は相手の容姿や性格を褒めちぎって、平気で照れさせるんだけどな」

「長谷、お前なぁ……」

「言っとくけどな、長谷。俺達だって山野と同じように思った事や感じた事を口にしてるだけで、照れさせようとしてるわけじゃないからな~……」

「けど、結果的にそうなってるんだから一緒だろ」

「「一緒じゃない!」」

 

 長谷の言葉に対して俺達が同時に反論すると、それを聞いていた山野はクスリと笑った。

 

「遠野君達は本当に仲が良いんだね。僕は()()()()()()()()()海音ちゃんくらいしか仲の良い友達がいないから、スゴく羨ましいなぁ……」

「何言ってるんだよ、山野」

「俺達は同室なんだし、これから仲良くなっていけば良いさ」

「そうだな。それに、雪村達も同じ意見だろうし、今日から修学旅行の終わりまで一切退屈が出来ない数日間になるぞ。覚悟しておけよ、山野」

「三人とも……うん、よろしくね!」

『こちらこそ』

 

 三人で揃って返事をしていたその時、「そういえば……」と夕士が何かを思い出したように声を上げ、少し不思議そうな顔をしながら山野に話し掛けた。

 

「山野、さっきある一人を除いたらって言ってたけど、それって誰なんだ?」

「……あ、それは私も気になっていました」

 

 その夜野の声に驚きながら夜野の方へ顔を向けると、夜野は俺の顔を見ながらクスクスと笑った。

 

「ふふ、驚きましたよね。私、実は何かをしながらお話を聞くのは結構得意なんです」

「な、なるほどな……」

「それで、山野君。その一人というのはどなたなんですか?」

「えっと……ね、小学一年生の頃にお父さんの実家に遊びに行った時に出会った同い年くらいの子で、僕がやる事を繰り返すのがスゴく好きな子だったんだ」

「やる事を繰り返す……?」

「うん。僕、こう見えて木に登ったり、色々な鳥や昆虫を探すために野山を駆けまわったりするのが好きなんだけど、その最中に僕が気になったところを見てみたら、その子も続けてその場所を見始めたり、喉が渇いて綺麗な小川で水を飲んだら続けてその子も飲み始めたり、ね」

「なるほどな……」

「もっとも、その子とはその日以来一度も会えてないんだけど、いつかまた会いたいと思ってるんだ。変わった子ではあったけど、ずっと友達でいたいとは思える子だったから」

「そっか……それにしても、雪村といい海野達といい皆結構変わった出会いをしてるんだな」

「え、そうなの?」

「ああ」

「因みに、雪村は岩手県の遠野市で、海野達は今向かってる北海道で出会ったんだってさ」

「へー、そうなんだね。三人はそういう出会いは無いの?」

「俺達の場合は、変わった友達との出会いは特に無いけど、人間以外のモノやそれらしいモノとの出会いならあるかな。その中でも夕士は特にスゴいぞ? (さとり)っていう妖みたいな子や(ばく)に出会ってるし、去年の臨海学校では人魚らしき女の子を見かけてるしな」

「あ、その話なら知ってる。たしか遠野君や雪村君も目撃したんだよね?」

「ああ」

「ほんと、まさかの出会いだったよ。まあ、それ以来見てないから、真偽のほどはわからないけどな」

「そうなんだぁ……みんな、色々な出会いをしてるんだね」

「そうだな……」

 

 山野の言葉を聞き、夕士が頷きながら答える中、『伝映綱』を通じて風之真の楽しそうな声が聞こえてきた。

 

『へへ……その覚みてぇな嬢ちゃんや獏、人魚みてぇな嬢ちゃんが柚希の旦那の仲間で、すぐ近くにいるって知ったら、夕士達は腰を抜かすだろうなぁ……』

『ふふ、そうだな。まあ、ウチにはそれ以外のモノ達もいるわけだし、それを知ったら腰を抜かすどころじゃないかもな』

『あははっ、たしかに!』

『だが……柚希の考えでは、まだその事を話す時では無いのだろう?』

『ああ。少なくとも夕士が『あそこ』の存在を知って、『ある物』と出会うまでは話さないつもりだ。それが俺にとって最高のタイミングだと思ってるからな』

『なるほど……』

『まあ、話す時になったら皆にも出てきてもらうから、その時はよろしくな』

『おうよ!』

『わかりました!』

 

 風之真達の返事を最後に『絆の書』の皆との会話を打ちきった後、俺は夕士達の話に混ざっていった。

 

 

 

 

「ん……! ようやく着いたぁ……!」

 

 飛行機に乗る事数時間、新千歳空港(しんちとせくうこう)に着き、預けていた荷物を受け取ってから外に出た後、担任の指示に従って列になって並んでいた時、夕士が体を上にグーッと伸ばしながらそう言うと、それを見た長谷がクスリと笑った。

 

「稲葉、気持ちは分かるけど、そこまで体を伸ばす程の時間はまだ経ってないぞ?」

「はは、まあな。それにしても、ここが北海道か……俺、北海道って初めて来たから今からスゴくワクワクするよ」

「俺もだな」

「なんだお前達もか。実は俺もなんだ」

「あれ、そうなのか?」

「ああ。家族で外国に行った事はあったが、北海道はなんだかんだで初めてだな。だから、お前達と一緒でスゴくワクワクしてるよ」

「長谷……」

「それなら、この修学旅行は雪村達や夜野達と一緒に目一杯楽しまないとだな」

「ああ」

 

 夕士の言葉に長谷がフッと笑いながら答えた後、俺達は固く握手を交わした。そして、点呼を終えた後、俺達は事前に用意されていたバスに乗り、今日から最終日まで泊まる旅館へ向けて出発した。バスに乗って移動する事数十分、泊まる旅館に着き、旅館の外観を見た瞬間、『絆の書』の仲間達から色々な声が上がった。

 

『おぉ……! なんか老舗って感じの旅館だな!』

『こんな良いところに泊まれるなんて……柚希が羨ましいなぁ……』

『そのような事を言ってもこればかりは仕方ないだろう。しかし……中々情緒のある外観だな』

『うむ、これは儂らの創作意欲もかき立てられるという物じゃな』

 

 そんな皆の声を聞きながら俺は旅館の外観をジッと眺めた。俺達の泊まる旅館は、木造の3階建ての建物で、去年の臨海学校で泊まった『八百海荘(やおみそう)』と同じようにこれまで様々な人を迎え入れてきたような雰囲気を醸し出していた。

 

 ……うん、この旅館や周囲から変な感じなんかはしないし、悪霊とかに関しては考えなくても良さそうだな。

 

 そんな事を考えながら旅館の女将さん達の挨拶や話を聞いた後、それぞれの部屋の班長が担任から鍵を預かっていった。因みに、ウチの部屋の班長は長谷で、副班長は俺だったりする。

その後、泊まる部屋へと向かい、長谷が部屋の扉を静かに開けると、俺達は部屋の中へと入っていった。部屋はとても広い和室で、おぼんや湯飲み茶わんなどが載った漆塗りの机に小型のテレビ、布団などが入ってるであろう大きな押し入れなどが目に入ってきた。

 

「うわぁ……! この部屋、スゴく落ち着きがあってのんびりするには最適そうだな!」

「たしかにな……ところで、去年の臨海学校みたいに怪談大会はするのか?」

「か、怪談大会……? 遠野君、去年は肝試しの他にそんな事やってたの?」

「ああ。長谷がポツリと言った言葉を雪村が聞いて、それに海野達が乗っかった結果、2日目にやったな」

「いやー……あの時は、雪村達が恐怖で気絶したから、布団に寝かせるのに苦労したぜ……」

 

夕士がその時の事を思い出しながら懐かしそうに言うと、雪村と海野は苦笑いを浮かべた。

 

「あ、あはは……」

「あの時はすまなかったな……」

「まさか、気絶するほどの怪談を柚希から聞く事になると思ってなかったからな……」

「ふっふっふ……俺はそういうの得意だからな。それで、今年もやるのか?」

「おうよ! 去年のリベンジをさせてもらうぜ!」

「そうだな……!」

「去年までの俺達とは違うってところを見せてやるぜ!」

「わかった。山野はどうする?」

「そうだね……うん、せっかくだから僕も参加するよ。僕もそういうのは好きだし」

「よし、決まりだな。それじゃあ去年と同じく2日目の夜にやるぞ」

 

 その雪村の言葉に揃って頷いた後、俺達は財布や修学旅行のしおりなどを小さなバッグへと移し、旅館の前へと向かった。そして、再びバスに乗り、俺達は最初の目的地に向かった。

 

 

 

 

「んー……! 一日目からスゴく楽しかったなぁ……!」

 

 夕方頃、旅館の部屋に帰って来た後に夕士が声を上げると、それに対して雪村が大きく頷いた。

 

「そうだよな! 『さっぽろ羊ヶ丘展望台』でラベンダー畑やクラーク博士の像を見たり、ジンギスカンを食べたりな!」

「そうそう。他にも色々行ったけど、どこも楽しかったよな」

「そうだな。色々勉強にもなったし、良い一日だったと思うよ」

 

 そんな夕士達の会話を聞きながらふと霊力回復用の特製饅頭が食べたくなり、回復がてらこっそりバッグから取り出そうとしたその時、バッグの中から突然知らない()()を感じ、俺はそれに気をつけながらバッグの中に手を入れた。

すると、人型をした何かが手に当たったため、それをゆっくりと摘まみ上げると、俺の目に入ってきたのは特製饅頭を両手に抱えながら俺の事をジッと見つめる蕗の葉を背中に差して緑色の衣服を身に纏った小さな男性だった。

 

 小人……って事は、もしかして……。

 

「あの……貴方は『コロポックル』……ですか?」

「……そうだ。俺はクロル、コロポックルのクロルだ」

 

 コロポックルのクロルさんは俺からの問い掛けに答えると、特製饅頭を一口齧った。

 

 

『コロポックル』

 

 アイヌの伝承に登場する小人で、『(ふき)の葉の下に住む人』を持つアイヌ語でもあり、『土の家に住む神』という意味を持つ『トイチセコッチャカムイ』という別名がある。アイヌの人々とは友好関係にあったが、姿を見られる事を極端に嫌っており、とある出来事がきっかけで、アイヌの人々の前から姿を消した。

 

 

 さて……クロルさんを見つけたは良いけど、まずはどうしたら良いかな。やっぱりクロルさんに頼んで、『力』を使って姿を消してもらってから話をした方が良いよな。

 

 そう思った後、俺は美味そうに特製饅頭を食べるクロルさんに話し掛けた。

 

「あの、クロルさん……自分の『力』を使って姿を消す事って出来そうですか?」

「ん、出来るぞ。なんだ、そうした方が良いのか?」

「はい。今、貴方の姿を他の皆が見たら、たぶん大騒ぎになると思うので」

「……たしかにな。わかった、ちょっと待ってろ」

 

 クロルさんは急いで特製饅頭を食べ終えると、体の周りに『力』を纏った。そして、それを見て安心感を覚えた後、俺はクロルさんを肩の上に乗っけてから『力』を通じて話し掛けた。

 

『さて……クロルさん』

『……ああ、クロルで良いし、敬語なんていらねぇ。たしかに俺の方が遥かに年上だが、敬語で話し掛けられるのはあんま慣れてねぇんだ』

『……わかった。それじゃあクロル、まず一つ訊きたいんだけど、どうやって俺のバッグの中に入ったんだ? これでも気や波動を感じ取る力を持ってるから、感じ取れないと思ってなかったんだけど……』

『はっはっは! それはお前さんの考えが甘かっただけなこったな! 俺達コロポックルは、古来からアイヌを始めとした人間達に姿を見せないために色々な研究をしてきたんだ。身につけた『力』の気配を消す方法だったり、音を出さずに動く方法くらいは子供のコロポックルでも容易に出来るんだぜ?』

『な、なるほどな……』

『それで、どうやって鞄の中に入ったかだが……お前さん達、『さっぽろ羊ヶ丘展望台』に行っただろ? その時、俺もちょうどいてな。お前さんから何やら珍しい『力』の気配がするもんで、興味が湧いて鞄の中に飛び込んだんだ。

んで、その後は聞き耳を立てながらさっきまで『力』の気配を消してたんだが……つい腹が減って何か無いかと探していた時に……』

『霊力回復用の特製饅頭を見つけ、それを食べてる時に気が緩んで、俺に見つかった、と……』

『まあ、そういう事だ。それにしても……』

 

 クロルは肩の上から夕士達を見回すと、不思議そうに首を傾げた。

 

『この小僧達の中から、何やら懐かしい気配を感じるんだが……?』

『懐かしい気配……』

 

 その言葉を聞いた瞬間、ある事に気付いた俺は、海野達を指差しながらクロルに話し掛けた。

 

『なあ、もしかしてそれってアイツらじゃないか? アイツら、海野深也(うんのしんや)由利蒼太(ゆりそうた)っていうんだけど……この名前に聞き覚えは無いか?』

『海野深也……由利蒼太……』

 

 クロルは海野達の名前を口にすると、驚いたような表情を浮かべながら俺の顔を見た。

 

『聞き覚えはあるさ……だって、アイツらは……!』

『5年前、お前が仲良くしていた子供達だから、だろ? 海野達、最後にお別れを言えなかったから、今更会うのは気まずいって言ってたけど、お前の事を今でも友達だと思ってるし、会いたい事は会いたいみたいだし、お前があげたっていうエメラルドで出来た四つ葉のクローバー型の根付けを大切にしてるみたいだぜ?』

『アイツら……』

『まあ、アイツらと話をしたいって言うなら、この修学旅行中にその機会を作っても良いけど……どうする?』

 

 その問い掛けにクロルは少し考えた後、静かに首を振った。

 

『いや……いい。いくら会いたいとは言え、アイツらが今会うのは気まずいって言うなら、それを無理にする必要は無い。それなら、アイツらの気持ちに整理が付いた時に会う事にするさ』

『そっか……でもさ、一緒に修学旅行を楽しむのは良いんじゃないか?』

『……というと?』

『今みたいに俺くらいしか姿を視られず、『力』を通じて話をしている状態でも良いなら、俺はお前がこの修学旅行についてくるのに協力するって事さ。まあ、それが余計なお世話だって言うなら、これ以上は何も言わないけどな』

『お前さん……』

『さあ、どうする?』

 

 ニコリと笑いかけながら問い掛けると、クロルは俺の顔をジッと見てからニッと笑った。

 

『それなら、少し手伝ってもらうとするか。久しぶりにアイツらの顔を見ながら一緒に楽しませてもらうのも良いかもしれねぇしな』

『わかった。それじゃあこれからよろしくな、クロル』

『おう。えーと……』

『俺は遠野柚希、色々な人ならざるモノ達の友人で、こう見えても神様の甥だ』

『……そうかい。それじゃあ改めて……これからよろしく頼むぜ、柚希』

『ああ』

 

 そして、こっそり俺がクロルと握手を交わしていると、雪村は俺達を見回してからニヤリと笑った。

 

「さて、お前達。今夜、飯を食って風呂にも入ったら、あれをやるぞ!」

「あれって……なんだ?」

「そんなの決まってるだろ。恋バナだよ!」

『……え?』

『……ほう』

 俺と夕士と山野が疑問の声を上げる中、長谷と海野と由利は楽しそうな笑みを浮かべ、それを見た雪村はビシッという音が鳴りそうな程、勢い良く俺達の事を指差した。

 

「柚希と金ヶ崎、夕士と狐崎という前々から気になってるカップルもあるが、今回は長谷から山野と天馬も何やら気になる関係だという話を聞いた。こうなったらもう話すしかないだろ!」

「いや、ちょっと待て!」

「それなら、長谷と夜野はどうなんだよ!」

「長谷と夜野……なるほど、そのカップルもあったな。なら、それも追加で後は同学年の可愛い女子の話をとことんするぞ!」

「いや、するとは言ってないぞ!」

「そうだそうだ! 第一、俺と朝香は普通の友達だ!」

「あ、あの……それを言ったら僕と海音ちゃんも普通の友達なんだけど……」

「もちろん、俺と金ヶ崎も──」

「はいはい、お決まりの言葉は良いからな。とりあえず、これはもう決定事項だ。さあ、今夜は楽しむとしようぜ!」

『おー!』

 

 長谷達が楽しそうな声を上げる中、俺達は諦めムードを漂わせながら顔を見合わせた。

 

「……これは本当に諦めた方が良さそうだな」

「はあ……そうだな」

「あはは……そうだね」

「だが……」

「……ああ、この恨みは2日目に晴らすとしようぜ……! 山野、何か良さそうな怪談ってあるか?」

「え、ある事はあるけど……」

「よし……それなら、大丈夫だな。柚希、お前は?」

「もちろん、あるぜ」

「わかった。それなら、2日目は俺達のターンだ!」

「ああ!」

「う、うん」

 

 俺がやる気満々に、そして山野が少し困惑気味に返事をする中、クロルは腕を軽く組みながらこっそり話し掛けてきた。

 

『……柚希、アイツらもちょっとやり過ぎたが、『ラメトㇰ』と『ホロケウ』をあまりいじめてやらないでくれよ?』

『……わかってるよ。ところで、どっちがラメトㇰでどっちがホロケウなんだ?』

『深也の方が『勇気』を意味する『ラメトㇰ』、蒼太の方が『狼』を意味する『ホロケウ』だ。因みに、どっちもアイヌ語だ』

『ん、わかった』

 

 勇気に狼、か……たしかに結構勇敢なところがある海野と雪村達の中では一番賢い由利にはピッタリなアイヌ語かもしれないな。

 

 そんな事を思った後、俺は楽しそうに話を始めた夕士達の会話へと混ざっていった。

 

 

 

 

 修学旅行2日目の朝、旅館の前に並びながら俺は小さく欠伸をしていた。その理由は簡単だ。雪村発案の恋バナが思っていたよりも長くなり、眠るのがいつもより遅くなったからだ。

 

 ……修学旅行期間中は、義智達との修行は無いから良いけど、もしあったとしたら眠くて眠くて仕方なかっただろうな……。

 

 そんな事を考えながらいつもの修行の様子を思い出していたその時、「柚希君、眠そうだね……?」という声が隣から聞こえ、俺は隣を向いた。すると、偶然隣に並んでいた金ヶ崎が不思議そうに首を傾げていたため、俺はまた欠伸をしてからそれに答えた。

 

「ああ、うん……ちょっと雪村発案のイベントで寝るのが遅くなったからさ」

「そうなんだ……それで、どんな事をしたの?」

「んー……恋バナ、だよ……」

「恋バナって……え、ど、どんな事を話したの?!」

「え……俺と金ヶ崎や夕士と狐崎、後は長谷と夜野や山野と天馬の話や同学年の女子の話とか……だな」

「そ、そうだったんだ……」

「ああ。おまけに雪村の奴が俺と金ヶ崎がとてもお似合いのカップルだなんて言いだしてな。まあ、そう言われて悪い気はしないけどさ」

「……悪い気は、しなかったんだね……」

「ああ、まあ……な……?」

 

 ……あれ? 俺、眠気のせいでいつもなら言わないような事を今言ったような……!?

 

 その瞬間、俺の頬が熱を持ち始め、金ヶ崎がどこか嬉しそうな顔をしながら同じように軽く頬を染めるのを見て急に恥ずかしさを覚え始めると、それを見ていたクロルはニッと笑った。

 

『青春してるなぁ、柚希。こんなたいしためんこい子から好かれてるのは、羨ましい限りだぜ?』

『それはそうかもだけど……俺にはまだ恋愛とかは早いっていうか……』

『はっはっは! そんなこたぁ無いぞ? 恋愛に歳なんて関係ない。好きな奴が出来たのなら、もう後はその意中の相手と一緒になれるまで全力を出すのが男ってもんだ。それともあれか? この子が他の男に取られてもお前は良いってのか?』

『それは……』

 

 クロルの言葉を聞いて金ヶ崎が顔も知らない誰かと恋人になって仲良くしている様子を想像した瞬間、俺はとても嫌な気分になった。

 

『……やっぱり、嫌だな』

『だろう? まあ、そのめのこはお前さんにすっかりほの字のようだから、その心配はまったくないが、この修学旅行をきっかけにして付き合わないまでももう少し距離を詰めておけ。そうすれば、更に心配は無くなるだろうよ』

『クロル……ありがとうな』

『良いって事よ。俺だって今世話になってるし、ラメトㇰ達も普段から世話になってるからな。これくらいは当然の事だ』

『……そっか』

 

 そんな事を話している内に点呼が終わると、担任達から2日目の自由行動についての旨が話され、それが終わった後、皆はそれぞれ組みたい奴の所へと向かった。

 

 自由行動か……そういえば、せっかくだから行きたいところがあったし、夕士達に行ってみたいって言ってみようかな。

 

『ある場所』の光景を頭の中に思い浮かべながら夕士達のところへ向かおうとしたその時、「ゆ、柚希君……!」と金ヶ崎から声を掛けられ、俺は一瞬ビクリとした。そして、金ヶ崎の方へ顔を向けた後、首を傾げながら金ヶ崎に話し掛けた。

 

「どうした、金ヶ崎?」

「あの……自由行動は夕士君や雪村君達と一緒に行くんだよね?」

「え、まあ……そうだけど……?」

「それなら、私もついていっても良いかな?」

「……ああ、良いよ」

「ほんと!?」

「ああ。俺も金ヶ崎が一緒なら嬉しいしさ」

「良かったぁ……私も柚希君と一緒に自由行動が出来るのは本当に嬉しいんだ。だって……私は柚希君の事が大好きだから」

「お、おう……そっか」

 

 あれ……金ヶ崎ってこんなに真っ直ぐに想いを伝えてくる子だったっけ……?

 

 そんな事を思いながら気恥ずかしさから頬をポリポリと掻き、ふと夕士達の方を見たその時、俺達の事をニヤニヤと笑いながら見る夕士達の横で狐崎が満面の笑みを浮かべながら金ヶ崎に向かって親指を立てていた。

 

 ……なるほど、狐崎が何か言ったんだな……。まあ、悪い事を吹き込んだわけでも無いし、良い事にするか。それに、俺だって一歩踏み出す良いタイミングだったからな。

 

 そう思いながら気持ちを切り替えた後、俺は金ヶ崎と初めて出会った小学二年生の夏の夜と同じように金ヶ崎にそっと手を差しだした。

 

「さあ、行こうぜ、金ヶ崎。皆を待たせるのも悪いからな」

「……うん!」

 

 金ヶ崎は俺の手をジッと見つめた後、懐かしそうな顔をしてから満面の笑みを浮かべると、俺の手を固く握った。そして、二人揃って夕士達のところへ行くと、長谷と狐崎と夜野を除いた全員が意外そうな顔をしており、それを見ながら俺はニッと笑った。

 

「お待たせ。さあ、行こうぜ」

「お、おう……」

「行く事は行くけどさ……柚希、お前もしかして結構吹っ切れたか?」

「吹っ切れたというよりは、自分の気持ちに正直になっただけだよ。もっとも、まだ今だけだけどな」

「そうか……まあ、それでも良いんじゃないか?」

「ふふ……そうですね。柚希君にとっては、大きな一歩だったようですし、それを踏み出せただけでも良いのだと私は思います」

「うん、僕もそう思うよ」

「やっぱり、自分の気持ちには正直でありたいしね」

「だな。さて……それじゃあ行こうぜ、皆!」

『おー!』

 

 夕士達の楽しそうな声が響き渡った後、俺達はいつものように他愛ない話をしながら北海道観光を始めた。

 

 

 

 

「さて……着いたな、『伏見稲荷神社(ふしみいなりじんじゃ)』に」

 

 午後3時頃、札幌駅から電車やバスなどを乗り継いで俺達は藻岩山(もいわやま)山麓(さんろく)にある『伏見稲荷神社』の鳥居の前へと来ていた。ここに来たかった理由は一つ、ここにある荒御霊(あらみたま)(やしろ)の御利益に(あやか)りたかったからだ。

荒御霊とは古神道(こしんとう)の世界における一霊四魂(いちれいしこん)という物の一つで、勇ましさや向上心、前に進む力を司る物だ。俺自身、まだまだ迷う事や少し後ろ向きな事を考える事もある。だから、ここにある荒御霊の社を参拝して、これから先どんな事があっても、前を向いて進めるようになりたいと思い、俺は夕士達にここに行きたい旨を伝えた。すると、夕士達はそれに賛成してくれ、こうして『伏見稲荷神社』へと来たのだった。

 

 そういえば、ここの神社は京都にある伏見稲荷大社の御分神を頂いて創建されたんだっけ。もし、この先京都に行く事があったら、伏見稲荷大社にも行ってみたいな……。

 

 そんな事を考えながら伏見稲荷神社から発せられるパワーに意識を向けていると、肩に乗っていたクロルが楽しそうな笑みを浮かべた。

 

『ここはいつ来ても良い気が巡ってるな』

『いつ来てもって……前にも来た事があるのか?』

『おう。知り合いの鳥に背中に乗せてもらって何度かな』

『ああ、なるほどな』

 

 クロルの返答に納得しながらこっそり頷いていると、夕士は周辺をキョロキョロと見回し始めた。

 

「それで……その荒御霊の社っていうのはどこにあるんだろうな?」

「えーと……たしか本殿の右手にあるらしいぜ?」

「本殿の右手か……まあ、とりあえず歩いてれば着くよな」

「そうですね」

 

 長谷の言葉に夜野が頷きながら答えた後、俺達は鳥居をくぐって『伏見稲荷神社』の境内を歩き始めた。そして数分もしない内にそれらしい社を見つけたその時、社の前に二人の人物が立っているのが目に入ってきた。

 

 ん……あの人達も御利益に肖りに来たのかな。

 

 そんな事を思いながら近付いていき、あと少しというところまで近付いた時、その内の一人がクルリとこちらへ顔を向けた。そしてその瞬間、俺はその子供の落書きのような簡単などこかとぼけたような顔を見て思わず「え……」と言いながら立ち止まってしまった。

 

 嘘、だろ……まさかこんな所で出会うなんて……!?

 

「柚希……どうかしたのか?」

「それに、夕士や長谷、山野まで……」

 

 雪村と海野が不思議そうに問い掛けてくる中、山野はその人を指差しながら信じられないといった様子で声を上げた。

 

「い、一色黎明先生!? 嘘、本物!?」

「そう、本物。いやあ……まさかこんな所でアタシの名前を知ってる子に出会うなんて思わなかったよ」

 

 一色さんは嬉しそうな笑みを浮かべながらゆっくりと近付いてくると、俺達を見回しながら小さく首を傾げた。

 

「君達、もしかして修学旅行生かな?」

「あ、はい……そうです」

「そうかそうか。他に子供達の姿は見当たらないけど、自由行動中だったのかな?」

「はい。ここにいる遠野の提案でここの荒御霊の社を参拝して、その御利益に肖ろうとしていたんです」

「なるほどねぇ……まあ、それは良い考えだと思うよ。これから先、君達若い子は何かと迷う事や後ろ向きな事を考える事が多いと思う。それは決して悪い事ばかりでは無いけど、前向きに考えた方が良い事だってもちろんある。そんな時にここで参拝して、祭られている神様達の荒御霊に力を頂いた事を思い出せば、きっと良い方へと運も向くからね」

「一色さん……そうですね、そうなるように祈ってます」

「うんうん、その方が良いよ」

 

 一色さんとそんな会話を交わしていた時、一色さんの隣にいたキングコブラがデザインされた黒い革のバイクスーツ姿にバサバサの茶髪、鋭い目付きにくわえ煙草、と一見暴走族のような出で立ちの男性が俺達の方へと近づいてきた。そして、一色さんと同じように俺達の事を見回すと、ニッと笑ってから静かに口を開いた。

 

「黎明がここに来れば珍しい出会いがありそうだ、なんて言うから来てみたら、まさか黎明の事を知ってるガキ共に会うとはな。お前達、もしや黎明のファンか何かか?」

「あ、はい。半分はそうで、特にこの山野は熱心なファンみたいです」

「へっ、そうか。まあ、黎明としてはこんなに珍しいファンに出会えて嬉しいんじゃねぇか?」

「ふふ、そうだねぇ。そういえば、君達の名前は?」

 

 その問い掛けに答え、俺達が自己紹介をすると、一色さんはうんうんと頷いてから静かに口を開いた。

 

「それじゃあアタシ達も自己紹介をしようかね。アタシの名前は一色黎明、これでも詩人や作家をやってるんだ。ほら、深瀬も」

「おう。俺は深瀬明(ふかせあきら)、画家だ。もっとも、お前達にはあまり縁はねぇだろうけどな」

「昨日、深瀬の絵の個展をやっていたんだけど、それだけで帰るのも勿体ないってなって、色々観光をする事にしたのよ。アタシ達が住んでるアパートには色々な住人がいるから、お土産も買っていってあげたかったしね」

「なるほど……」

「まあ、酒と肴さえあれば大喜びする連中だけどな。さて、黎明。せっかくだから、ガキ共にサインの一つでもしてやったらどうだ?」

「それもそうだね。ここで会ったのも何かの縁。アタシのサインで良ければ幾らでも書いたげるよ」

「ほ、本当ですか!」

「うん。さあ、書いて欲しい子は何か書ける物を用意してね」

 

 その言葉に一色さんと明さんを除いた全員が頷いた後、俺達は修学旅行のしおりや童話の単行本を用意し、一色さんにサインを書いてもらった。

 

 まさかこの時点で出会うだけじゃなくサインまで貰えるなんてな……ほんと、人生ってどうなるかわからないもんだな。

 

「一色さん、本当にありがとうございます」

『ありがとうございます』

「どういたしまして。さて……それじゃあアタシ達は行こうか、深瀬」

「そうだな。おい、お前達。お前達も暗くならねぇ内に教師や他の生徒と合流しとけよ」

『はい』

「……良い返事だ。それじゃあな、お前達」

()()()、皆」

 

 そう言って一色さん達が去っていった後、長谷は一色さん達の姿を見ながらポツリと呟いた。

 

「今の一色さんの言い方、まるでまたどこかで会えると確信してるような言い方だったな」

「……そうだな。まあ、もし本当に会えた時は素直に再会を喜ぶ事にしようぜ」

「だな。さてと……それじゃあ早速俺達も荒御霊の社に参拝しようぜ」

「ああ、早くしないと本当に帰るのが遅くなるからな」

 

 その海野の言葉に全員が頷いた後、俺達は荒御霊の社に近づき、一緒に静かに手を合わせた。すると、突然頭の中に色々な声が響き始めた。

 

『……おや、そこにおるのはシフルのところの甥っ子では無いか』

『ほう、この子がシフルの甥か』

『シフルの甥よ、この声が聞こえているか?』

 

 その問い掛けに対して、俺は『力』を使って答えた。

 

『はい……聞こえております』

『そうか、それならば良かった。それと、我らに対してそう畏まる事は無いぞ』

『そうですね。なので、楽にして下さい』

『わかりました。ありがとうございます』

『礼など良い。ところで……お主のところに世話になっている兎和(とわ)は元気か?』

『兎和の事をお尋ねになるという事は……貴方は大國主命(おおくにぬしのみこと)様ですか?』

『うむ。我にとっても兎和は家族同然だからな。それで、兎和は元気か?』

『はい。他の仲間達と一緒に楽しそうに話をしたり、元気に遊んだりしています』

『そうか……』

『ところで、皆さんはどうしてこちらに?』

『なに、昨日シフル殿に会う機会があって、その際にお主がこの北の地に来ていると聞き、お主ならばここを訪れると思い、皆と共に来てみたまでの事だ』

『人間の身でありながら神の甥という変わった存在で、妖や神獣などの仲間を持つ柚希殿には神々も興味を持っているからな』

『本来であれば、姿を現して話をしたいところだが……共にいる友垣達には『力』の事などは隠しているとシフルから聞いておるからな。今はこれで済ませるとしよう』

『ですが……いつかは貴方と直接会って話せる日が来るのを楽しみにしていますよ』

『皆さん……』

『さて……それでは、そろそろ力をお主らに授けるとしよう』

 

 その言葉が聞こえた瞬間、体の奥底から気力や元気が湧き出し、今ならどんな事でも上手く行くんじゃないかという気がし始めた。

 

『これが皆さんの、荒御霊の加護の力……!』

『ふふ、どうやら喜んでもらえたようだな。まあ、お主だけは特別に他の力も授けておいたのだがな』

『遠野柚希よ、これからも精進を重ねていくのだぞ』

『もちろん、友垣も大切にな』

『たまには、神々の新年会にも顔を出すと良い。まあ、来たら来たで質問攻めに遭うかもしれぬがな』

『でも、本当に楽しいので来られるようなら是非来て下さいね』

『はい、わかりました。大國主命様、倉稲魂命(うがのみたまのみこと)様、大山祇神(おおやまつみのみこと)様、事代主命(ことしろぬしのみこと)様、天鈿女命(あめのうずめのみこと)様、本当にありがとうございます』

『礼など良い。ではな』

 

 その言葉を最後に神様達の声が聞こえなくなると、夕士は突然辺りをキョロキョロとし始めた。

 

「稲葉、どうした?」

「いや……さっきまで誰かの気配みたいなのを感じた気がしてさ。まあ、気のせいだと思うけど」

「そうか……さて、参拝も済んだし、社務所で御守りでも買って帰るとするか」

 

 それに対して全員が頷いた後、俺達は社務所へと向かい、各々好きな物を買った。そしてそれが終わった後、俺達は集合場所である旅館へ向けてゆっくりと歩き始めた。

 

 

 

 

「ふぅ……今日も色々な事があったなぁ……」

 

 その日の夜、夕食や怪談大会なども済み、夕士達が寝静まった頃、俺は『絆の書』を手にしながら窓から外を眺めつつそう独り言ちた。本来ならあのアパートで出会うはずの一色さん達と夕士達が出会った事、そして夕士が祭神の皆さんの気配を感じ取れた事、いわゆる原作には無かった事が次々と起きている事に俺は驚いていたが、それと同時に少しだけワクワクもしていた。

 

 もしかしたら、この先もまだ出会うはずの無かった人達とも出会うかもしれないし、これからが楽しみだな……。

 

 そんな事を考えながら夜の札幌の風景を眺めていたその時、「なあ、柚希」とクロルが不意に話し掛けてきた。

 

「クロル、どうした?」

「スゴく突然だが、俺をお前の仲間に加えてはくれないか?」

「本当に突然だな……でも、どうしてだ?」

「なに、ちょっと見てみたくなったんだよ。これからのラメトㇰとホロケウ、そしてお前の姿をすぐ近くでな」

「海野と由利はわかるけど……どうして俺まで?」

「久しぶりだったからだよ。俺がコロポックルである事を素直に受け入れ、協力を申し出てくれた奴に出会えたのがな」

「協力を申し出てくれた……もしかしてなんだけどさ、お前がエメラルドの根付けを届けに来た時に協力をしてくれたのは、海野と由利の両親だったんじゃないのか?」

 

 俺の問いかけにクロルはとても驚いた様子を見せた。

 

「……そうだが、よくわかったな」

「海野達の近くにいて、協力をしてくれそうなのは海野達の両親くらいだからな。それに、もしそうだとしたら心から嬉しいと思っていたんだ。俺みたいにすぐ近くに人ならざるモノ達がいるような環境にいない人が、そういったモノ達を受け入れ、協力をしてくれるっていうのはさ」

「なるほどな……実は俺が根付けと手紙を届けに来た時、ラメトㇰ達の親はせっかくだからラメトㇰ達に挨拶をしていかないかって言ってくれたんだ。だが、俺はそれを断った。何故なら、あの時のラメトㇰ達だったら俺とは離れたくないって言いかねなかったからだ。それだとアイツらは成長出来なかったし、最悪の場合他の人間にも俺の存在がバレてしまう。

だから、俺はアイツらの親に根付けと手紙を託し、俺は知り合いの狼に乗せてもらいながら吹雪の中を帰っていった。そして、コロポックルの仲間達がいる里まで帰ったんだが、その時に俺はある事を思った。このままこの里にいるだけで良いのかとな」

「つまり、見聞を広めたいと思ったわけだな」

「ああ、そうだ。だから俺は、その次の日に長老に話をして、里を出る許可をもらった後、すぐに準備をし、その翌日には里を出て、色々な動物の力を借りながら日本の各地を旅した。時には命の危険に晒される事もあったが、それでも楽しかったよ。そして昨日、ようやく北海道に帰り、少しだけ里に寄ろうかと思っていた時に偶然お前達に出会い、お前の鞄の中に入りこんだってわけだ」

「そっか……」

「それで……どうだ? もし、お前さえよければなんだが……」

 恐る恐るといった様子でクロルが問い掛ける中、俺はクスリと笑ってからそれに答えた。

「もちろん良いぜ。俺だってクロルと一緒に色々な物を見たり、体験したりしたいと思ってるからな」

「柚希……ありがとうな」

「どういたしまして。さてと……それじゃあそろそろ恒例の説明タイムと行くか」

 

 そして、俺が転生者である事や『絆の書』について話すと、クロルは興味深そうな様子で『絆の書』を見始めた。

 

「この本が扉になり、ここと別の世界を繋いでるのか……ははっ、やはり世界ってのは広いもんだな」

「まあ、この本自体が特殊なのもあるけどな。さて……それじゃあそろそろ始めるか」

「ああ」

 

 クロルが頷きながら答えた後、俺は空白のページを開き、左手に『絆の書』を持ちながら空白のページにクロルと一緒に手を置いた。そしていつも通り、目を閉じた状態で体内を巡る魔力が右手を通じて、『絆の書』へと流れ込むイメージを頭の中に浮かべ、それに続いて右手にある穴から『絆の書』へと魔力が流れ込んでいくイメージが浮かぶのを感じながらそのまま『絆の書』に魔力を流し込んでいった。

 

 ……よし、そろそろ良いかな。

 

 右手を離しながら目を開けると、そこには蕗の葉の下で空を見上げるクロルの姿とコロポックルについて詳細に書かれた文章が浮かび上がっていた。

 

「よし……これで良いな。ふあ……それじゃあ俺もそろそろ寝るとしようかな」

 

 そう独り言ちてから布団へと戻ろうとしたその時、「遠野……?」と話し掛けられ、俺は体をビクリと震わせながらそちらに顔を向けた。すると、長谷が少し眠そうな顔をしながら俺の事を見ていたため、俺は内心ビクつきながら長谷に話し掛けた。

 

「長谷、どうかしたか……?」

「……いや、ちょっと目が覚めちゃってな。それで、窓の方に視線を向けたら、遠野がいたからちょっと声を掛けてみただけだ」

「そ、そっか……」

「遠野はどうしたんだ?」

「俺も目が覚めたから、ちょっと夜景を眺めていたんだよ」

「そういえば、臨海学校の時もそうだったよな」

「そうだな。まあ、すぐに寝るから心配はしなくて良いぜ」

「わかった。それじゃあおやすみ、遠野」

「ああ、おやすみ」

 

 そして、再び長谷が寝息を立て始めたのを確認し、俺が安心感からホッと胸を撫で下ろしていると、風之真が『絆の書』の中から声を掛けてきた。

 

『危なかったな、柚希の旦那』

『ああ……たぶん、クロルを登録してるところは見られてないはずだけど、明日の帰りにでもそれとなく訊いてみようかな』

『そうだな……それにしても、ここが『絆の書』の中にある居住空間か。なんだかとても住みやすそうな場所で安心したぜ』

『それなら良かったよ。クロル、改めてこれからよろしくな』

『ああ、こちらこそよろしくな、柚希』

 

 クロルの言葉を聞いて一人でコクンと頷いた後、俺は自分の布団の中へと入り、そのまま静かに眠りについた。

 

 

 

 

 翌日、朝食後に布団などを片付けていた時、不意に夕士が少し残念そうな声でポツリと呟いた。

 

「それにしても……海野達の『友達』には結局会えなかったな」

「言われてみればそうだな……なあ、深也、蒼太、やっぱりお前達的には残念だったりするよな?」

「んー……まあ、そうだな」

「けど、修学旅行の前に言ったように今会うのはなんだか気まずいし、残念半分安心半分ってところかな」

「海野……由利……」

「でも、さ……今はこうも思うんだ。会えなかったのは、今が会うタイミングじゃなかったからだってさ」

「だな。たぶんだけど、俺達の気持ちの整理がついたその時には、どこにいてもアイツと会える気がする」

「まあ、アイツが自分から会いに来たらそれはそれで嬉しいけどな」

「ははっ、違ぇねぇな」

 

 海野と由利が笑いながらそう話す中、クロルは俺の肩の上に座りながら嬉しそうに笑った。

 

『アイツら……成長したもんだな』

『後は最高のタイミングで再会するだけだな』

『そうだな。まあ、それはお前に任せるから、しっかりと頼むぜ、柚希』

『ああ、任された』

 

 肩の上のクロルと笑い合った後、俺はある事を思い出し、それについて尋ねるために長谷に話し掛けた。

 

「そういえば、長谷。昨夜、俺に話し掛けてくる前、何か変な光って見てないか?」

「いや、何も見てないけど……何かあったのか?」

「いや、起きてた時に一瞬変な光を放つ何かを見た気がして、もしかしたら長谷もだったかなと思ったんだけど……俺の気のせいかもしれないな」

「そっか……まあ、それなら良いけどな」

 

 どこか心配そうに微笑みながら俺を見る長谷の姿に俺は一瞬罪悪感を覚えた。しかし、これも仕方の無い事だと考える事にして、その罪悪感をどうにか追い払い、部屋の中を見回しながら皆に声を掛けた。

 

「さあ、さっさと片付けを終わらせて旅館の前に集まるぞ」

『おー!』

 

 皆が声を揃えて答えた後、俺達は急いで片付けを終わらせ、荷物や土産物を持って旅館の前へと向かった。そして、旅館の前に行き、列になって並んだ後、俺達は旅館の人達に挨拶をして、来た時と同じバスへと乗った。

 

 これで修学旅行も終わり──いや、遠足と同じで帰るまでが修学旅行、かな?

 

 そんな事を思っている内にバスは出発し、俺達は他愛ない話をしながらバスに乗って空港へと向かった。

 

 

 

 

 数時間後、飛行機に乗って住んでいる街へと帰ってきた俺達は、再びバスに乗って学校へと戻った。そして、次の日が休みな事や休み明けの学校の事などについての連絡を聞いた後、生徒達はバラバラと帰り始めた。

 

「それじゃあ俺達も帰るとするか」

「そうだな。それにしても……修学旅行、スッゴく楽しかったな!」

「ああ。だが……遠足と同じで修学旅行も帰るまでが修学旅行、だからな」

「ふふ、そうですね」

「だったら、本当に気をつけて帰らないと、だね」

「そうだね。それじゃあ帰ろっか」

 

 その狐崎の言葉に全員で頷いた後、俺達は歩き出し、それぞれの家の近くで別れた。そして一人になって家に向かって歩いていたその時、ふと後ろからゆっくりと近付いてくる天斗伯父さんの気配を感じ、俺が静かに背後を振り返ると、そこには予測した通りにスーツ姿で少し驚いた表情を浮かべる天斗伯父さんがいた。

 

「ふふ……驚いてますね、天斗伯父さん」

「……ええ、今回も流石にバレないと思ったのですが……柚希君もやはり成長しているという事ですね」

「それもあるかもしれませんが、やっぱり大國主命さん達から力を頂いたのが大きいかもしれません」

「ああ、やはりお会いになったんですね」

「はい。もっとも、荒御霊のお社越しにですけどね。天斗伯父さんは今日は午前中で終わりだったんですね」

「はい、その通りです。なので、このまま一緒に帰りましょうか」

「はい。あ、そうだ……」

「はい?」

「ただいまもどりました、天斗伯父さん」

「……はい、おかえりなさい、柚希君」

 

 晴れ渡る空の下で二人で微笑みあった後、俺は修学旅行であった事を天斗伯父さんに話しながら家に向けてゆっくりと歩き始めた。

 

 

 

 

「ふう……北海道から帰ってきたね、深瀬」

 

「ああ、そうだな。個展はいつも通りだったが、今回は面白ぇガキ達にも会えたし、良い時間にはなったかもしれねぇな」

「ふふ、そうだねぇ」

 

 晴れ渡る空の下を一色黎明と深瀬明が会話を交わしながら歩く事数分、二人はある建物の前で足を止めた。その建物は(つた)に覆われた古びた灰色の壁、濃い臙脂色(えんじいろ)の屋根、ステンドグラスが嵌まった窓に同じくステンドグラスが嵌められた木製の観音開きの玄関、といった『大正ロマン風』の造りである『寿荘』という名前のアパートで、近隣住民からは『妖怪アパート』ととも呼ばれていた。そして二人は、玄関をゆっくりと開けながら入ると、中に向かって声を掛けた。

 

「皆、ただいまー」

「おう、帰ったぞー」

『おかえりなさい』

「あ、花子さん。ただいまー」

 

『花子さん』と呼ばれた姿が軽く()()()()()女性に対して黎明が手を挙げながら答えていると、食堂から半袖の薄いシャツを着た小さな子供と白い犬がひょこっと顔を出し、とてとてと黎明達に近付いてきた。

 

「クリ、シロ、ただいま」

「お前達用にも土産を買ってきてやったぞ」

 

 その言葉にクリと呼ばれた子供は無表情ながらもどこか嬉しそうに両手を挙げ、その様子に黎明は微笑みながらクリとシロの頭を優しく撫でていたその時、長い黒髪を後ろで束ねた長身痩躯(ちょうしんそうく)の美男子が階段を下りてくるのが見え、明は少し驚いた顔で「おっ」と声を上げた。

 

「龍、お前帰ってたのか」

「やあ、明さん、おかえりなさい。一色さんもおかえりなさい」

「ただいま、龍さん。いつ帰ってたの?」

「昨日帰ってきたんです。お二人は北海道に行っていたんですよね?」

「おう。黎明が俺の個展の様子を久し振りに観に行きたいっていうから、一緒に行ってたんだ」

「なるほど……それにしても、スゴい量の荷物ですね。これは皆喜びそうだ」

「ふふ……でも、すぐに無くなっちゃいそうだけどね」

「そうですね」

「そういえば……龍、北海道で面白いガキ達にあったぜ?」

「……へえ、どんな子達だったんですか?」

 

 その龍の問い掛けに黎明はクスクスと笑ってから答えた。

 

「伏見稲荷神社の荒御霊のお社を参拝しに来た子達だったんだけど、その中には龍さんみたいに何らかの『力』を持った子達もいたみたいだよ」

「そうなんですね。それは是非とも会ってみたいなぁ」

「ふふ、龍さんもいつか会えると思うよ。あの子達とはまた会えるような気がしたからね」

「それは楽しみだ。さて……そろそろその荷物を運びましょうか」

「そうだね。それじゃあお手伝いをお願いしても良いかな、龍さん」

「はい、任せて下さい」

 

 龍がポンと胸を叩きながら答えた後、黎明達は土産物などを手分けして運び始めた。




政実「第23話、いかがでしたでしょうか」
柚希「一色さん達だけじゃなく、最後の方で龍さんやクリ達も出してたけど、過去編の中で寿荘の人達をまた出したりするのか?」
政実「一応そのつもりだよ」
柚希「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さて、それじゃあそろそろ締めようか」
柚希「ああ」
政実・柚希「それでは、また次回」
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