転生者の幽雅な日常   作:九戸政景

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政実「どうも、片倉政実です」
夕士「どうも、稲葉夕士です。ところで、このANOTHER STORYっていうのは何なんだ?」
政実「ANOTHER STORYは、柚希や絆の書のメンバー以外の登場人物をメインとした物で、AFTER STORYのように本編にも関わってくる話だよ」
夕士「なるほどな。それで、最初は俺がメインのANOTHER STORYってわけか」
政実「そういう事だね」
夕士「わかった。さて……それじゃあ、早速始めていくか」
政実「うん」
政実・夕士「それでは、FIRST ANOTHER STORYをどうぞ」


FIRST ANOTHER STORY 夕士と狐崎家

「……よし、後もう少し……」

 

 夏休みも一週間が過ぎた日の午前中、俺は自分の部屋で夏休みの宿題を片付けていた。宿題の大部分は最初の三日間の内に柚希と長谷の二人と一緒に片付けていたため、残った分というのも本当に微々たる物だった。

 

 自由研究はいつものように柚希達と相談しながら片付ければ良いし、これなら今年の夏休みものんびりと過ごせそうだな。

 

 そんな事を思いながら鼻歌交じりでドリルに問題の答えを書いていく事数分、最後の問題を解き終わった後、俺はペンを机の上に置いてから身体を上にグーっと伸ばした。

 

「んー、終わったぁ……」

 

 これで夏休みの宿題も自由研究だけとなり、俺は残った夏休みをゆったりと過ごせる事に嬉しさを感じていた。

 

「さてと……午後から何をしようかな。せっかくだし、柚希と長谷を誘ってどこかに遊びにでも──」

 

 そんな事を独り言ちていたその時、ドアがガチャリと音を立てて開き、母さんがニコニコ顔で話し掛けてきた。

 

「夕士、電話よ」

「電話?」

「ええ。朝香ちゃんから」

「朝香から……ああ、そういえばこの前番号を訊かれたから教えたんだっけ」

「ふふ、早く出てあげなさい。女の子を待たせる男の子は嫌われるわよ?」

「はいはい」

 

 母さんの言葉に答えながら部屋から出た後、俺は玄関の近くにある電話機まで向かい、外れたままになっている受話器を手に取って耳に当ててから保留のボタンを押した。

 

「もしもし?」

『あ、もしもし、夕士君。今、大丈夫だった?』

「ああ、夏休みの宿題を片付けてただけだからな。それで、どうしたんだ?」

『えっとね、午後からいつものみんなで集まって夏休みの宿題をしたいなって思ったんだけど、夕士君は何か予定とかあった?』

「いや、無いな。宿題も後は自由研究だけになったから、柚希と長谷を誘ってどこかに遊びに行こうかと思っていたところだしな」

 

 すると、受話器の向こうから朝香のとても驚いた驚いた声が聞こえてきた。

 

『え、そうなの!? 夕士君、宿題片付けるの早いんだね……』

「まあ、毎年と同じように夏休みの最初の三日間で柚希達と一緒に大体は終わらせてたからな」

『なるほど……』

「でも、みんなで集まるのは賛成だぜ? みんなでやれば宿題も楽しいし、早く終わればその分だけ夏休みも多く楽しめるからな」

『夕士君……ありがとう!』

「どういたしまして。それで、どこに集まるんだ?」

 

 すると、朝香は少し弾んだ声で答えた。

 

『私の家。ほら、始業式の日にどんな家かは軽く話したけど、まだ家に来た事無かったでしょ?』

「あ、そういえばそうだな。たしか、亡くなった両親の友達の椛さんと住んでるんだっけ?」

『そうそう。椛さんも一度みんなに──特に夕士君に会ってみたいって言ってたんだ』

「お、俺に……!?」

『うん、どうやらそうみたいだよ』

 

 朝香の言葉を聞き、俺は自分に何か気になる点があるかを考えてみたが、それらしい事は何も思い浮かばなかった。

 

「俺……何か興味を引くような事あったかな……」

『それはわからないけど、私が知る限りは椛さんが興味を持った人は少ないし、私から夕士君の話を聞いて何か思った事があったんだろうね』

「そ、そっか……まあ、会ってみたいって思ってもらえたのは悪い事じゃないし、良い事にするか」

『そうだね。それじゃあ、雫ちゃんや翼ちゃんには私から連絡をするから、夕士君は柚希君や長谷君に連絡をしてもらってもいいかな?』

「ああ、わかった──あ、そういえば集合場所はどうするんだ?」

『そうだね……それじゃあ学校で待ち合わせよっか』

「わかった。それじゃあまた後でな」

『うん!』

 

 そして、朝香からの電話が切れ、受話器を静かに置くと、いつの間にか隣に来ていた母さんが少し楽しそうに声をかけてきた。

 

「午後から朝香ちゃん達と集まるの?」

「うん、みんなで宿題を終わらせるんだ。まあ、俺や柚希は自由研究の相談をしたり、みんながわからないところのサポートに回る事になるけどさ」

「ふふ、そう。くれぐれも朝香ちゃんのお家の方に迷惑をかけないようにしなさいね?」

「それくらいわかってるよ」

「それなら良いわ。さてと……そろそろ良い時間だし、お昼にしましょうか。夕士、手伝ってくれる?」

「うん、もちろん!」

 

 そう答えた後、俺は母さんと一緒にキッチンへ向かって歩き始めた。

 

 

 

 

「それじゃあ、行ってきまーす!」

 

 昼食後、参考書や筆記用具などを入れたリュックサックを背負い、俺は玄関のドアを開けた。すると、そこには何かを楽しそうに話す柚希と長谷の姿があり、俺が出てきた事に気付くと、二人はにこりと笑った。

 

「よっ、夕士」

「今日はお前が最後だったな、稲葉」

「そうだな。それで、なんだか楽しそうに話をしてたけど、何の話をしてたんだ?」

「これからの夏休みの過ごし方と狐崎の家についての話だよ」

「どんな家なのかは聞いてたけど、実際に行くのは今日が初めてだからな。稲葉から誘いの電話が来た時から、結構楽しみにしていたんだ」

「はは、そっか。まあでも、俺も結構楽しみではあるかな」

「だろうな。さてと、それじゃあそろそろ行こうぜ」

「おう!」

「ああ」

 

 長谷と一緒に返事をした後、俺達は色々な話をしながら待ち合わせ場所の学校へ向けて歩き始めた。そして歩く事数分、ふとある事を思い出した俺はその事について柚希達の意見を聞く事にした。

 

「……なあ、二人とも」

「ん、何だ?」

「朝香からさ、椛さんが俺達に──特に俺に会ってみたいって言ってたらしいんだけど、俺って何か興味を引くような物あったかな?」

「椛さんがお前にか……」

「俺達には正確なところはわからないけど、狐崎から一番好かれてるのは明らかにお前なわけだし、そこに興味を引かれたからじゃないのか?」

「ありえるな。それに、その相手が異性なわけだから、保護者としてはなおさらどんな奴なのか気になってるんじゃないか?」

「そっか……」

「まあ、会いたくないどころか会ってみたいと言われてるわけだから、そこは喜んで良いと思う。それだけ椛さんからも好意を持たれているという事でもあるからな」

「そうだな。これからも狐崎との付き合いを続ける上で保護者から好意を持たれているのはありがたい話だからな」

「そう……だよな」

 

 たしかに二人の言う通りだ。朝香とはこれからも仲良くしていくつもりだし、椛さんからも興味や好意を持たれているのはとても良い事なのは間違いないよな。

 

 そう思った後、俺は二人に対して笑みを浮かべた。

 

「ありがとうな、二人とも」

「どういたしまして。それと、椛さんと話す機会があったら、興味を持った理由を訊いてみても良いかもな」

「そうだな。もしかしたら、俺達では予想もつかないような理由があるかもしれないしな」

「だな。もし、訊けそうならそうしてみるよ」

「ああ」

 

 そんな会話をしながら歩き続ける事数分、学校の校門が見えてくると、校門の前には朝香の他に夜野と金ヶ崎の姿があり、三人はとても楽しそうに話をしていた。

 

「おっ、いたいた。おーい、朝香ー!」

 

 朝香に向かって大きな声で呼び掛けると、朝香はこちらに視線を向け、とても嬉しそうな顔をしながら手を振ってきた。そして、そのまま三人の近くまで寄ると、朝香は嬉しそうな笑みを浮かべながら話し掛けてきた。

 

「夕士君、それに柚希君に長谷君も来てくれてありがとう」

「どういたしまして」

「雪村達も来るはずなんだけど……まだ三人だけみたいだな」

「はい。なので、皆さんを待ってる間、色々な話をしていたんです」

「へえ、例えば?」

「毎年やってる花火大会の話とか宿題が終わった後の夏休みの過ごし方とかだよ」

「花火大会か……たしかに楽しみだよな」

「うんっ! それに、雫ちゃんから雪村君が毎年色々なイベントを開催してるって聞いてとってもワクワクしてるんだ」

「雪村のイベントか……代表的なのは、遠野と金ヶ崎が仲良くなるきっかけになったあの肝試しだが、今年はどうするんだろうな……」

 

 長谷がそんな事を言っていたその時、「おーい、お前達ー!」という雪村の元気な声が聞こえ、俺達は揃ってそちらに視線を向けた。すると、視線の先にはこっちに向かって走ってくる雪村や山野達の姿があった。そして、五人が俺達の目の前で足を止めると、雪村は少しだけ息を切らしながらニッと笑った。

 

「はあ、はあ……待たせたな、お前達」

「ううん、私達もちょっと前に来たところだから」

「俺達もついさっき来たばかりだ」

「あ、そうなんだね」

「ああ。ところで、雪村。今、お前の計画するイベントについて話してたんだけど、今年も何かやるのか?」

「ん、今年か? もちろん、今年も計画はしてるぜ。もっとも、それが何かはまだ秘密だけどな」

「そうか。さて……これで全員揃ったな」

「そうだね。それじゃあ私の家に向けて出発しよっか」

 

 その朝香の言葉に揃って頷いた後、俺達は夏休みの話をしながら朝香の後に続いて歩き始めた。そうして歩いていく事十数分、目の前に大きな和風のお屋敷が見えてくると、朝香は俺達を振り返りながらにこりと笑った。

 

「あれが私の家だよ」

「あれが朝香の家……」

「広い屋敷だって聞いてたけど、本当に広そうだな……」

「うん……なんだか昔話に出てきそうなお屋敷だもんね……」

 

 俺達はお屋敷の大きさに圧倒されながらもそのまま歩き続けた。そして、大きな門の間を通って玄関に向けて歩いていったその時、玄関のドアがゆっくりと開き、中から水色の着流し姿の男の人が出てきた。

 

「あ、湊さん。ただいま」

「朝香様、お帰りなさいませ。そちらは……」

「ああ、そういえば湊さん達には話してなかったね。今日はね、ここにいるみんなと夏休みの宿題を終わらせるつもりなんだ」

「そうでしたか」

 

 湊さんは納得顔で頷くと、人懐こそうな笑みを浮かべながら俺達に話し掛けてきた。

 

「皆様、初めまして。私は湊、この屋敷の主である椛様の部下です」

「部下……お仕事の関係のですか?」

「……まあ、そんなところです」

「ところで、湊さん。椛さんは?」

「椛様はお部屋にいらっしゃるようでした」

「そっか。また自分の部屋で何か本でも読んでるのかな?」

「そうかもしれません。さて、私は一度失礼させて頂きます。皆様、宿題を終わらせられるよう精一杯頑張ってくださいませ」

「うん、ありがとう」

『ありがとうございます』

「いえいえ。それでは……」

 

 そう言うと、湊さんはチラリと柚希を見てからその場を立ち去り、柚希も湊さんが去っていくのを静かに見つめていた。

 

「柚希、どうかしたか?」

「……いや、不思議な人だったなぁと思ってな」

「まあ、そうだよな。まるで江戸時代からタイムスリップしてきたような服装だったからな」

「ああ、それもあるんだけど……」

「あるんだけど?」

「……いや、なんでもない。ところで、狐崎。今の湊さんは椛さんの部下って言ってたけど、度々ここを訪れているのか?」

 

 その問いかけに朝香はコクンと頷いた。

 

「うん。他にも色々な人がいて、たまに面白い話を聞かせてもらえるよ」

「そっか」

「さて、私達も中に入ろう。早くしないと宿題をやる時間が無くなっちゃうし」

「おっと、そうだな。俺や柚希はもう自由研究だけだけど、出来るなら早めにその相談をしたいしな」

「そうだな」

 

 そして俺達は、開いたままのドアをくぐって中へと入った。

 

「おじゃましまーす──って、中もスゴく和風な感じだな」

「うん。さっき、雫ちゃんも言ってたけど、昔話に出てきそうな感じだよね」

「ふふっ、私も初めて見た時はそんな感じの事を思ったよ。さてと、それじゃあみんな、私について来て」

 

 その言葉に従って朝香の後に続いて歩いていき、俺達は一つの部屋の前に着いた。そして、障子戸を静かに引き開け、中へと入ってみると、そこには大きな机やソファーなどが置かれていた。

 

「ここは居間だよ。みんなで勉強をするならここが一番だと思ってね」

「なるほどな」

「たしかにこの机を囲むようにして座れば良さそうだな」

「そういう事。それじゃあ私はみんな分の座布団を持ってくるから、みんなは勉強会を先に始めちゃってて」

 

 そう言いながら朝香が部屋を出ようとした時、俺はリュックサックを静かに置いてから朝香の肩にポンと手を置いた。

 

「それなら俺も手伝うよ、朝香」

「え、でも……」

「良いから良いから。一人で全員分は流石に疲れるだろ?」

「……うん、そうだね。それじゃあお願いしちゃおうかな」

「ああ、任せとけ」

 

 自分の胸を軽く叩きながら言うと、後ろから両肩をポンと叩かれた。それを不思議に思いながら振り返ると、柚希と長谷がニヤニヤと笑いながら俺の肩に手を置いていた。

 

 あ、この感じ……なんだか嫌な予感が……。

 

「流石は夕士先輩。すぐに手伝いを申し出る辺り、夕士先輩はカッコいいですなぁ」

「そうですなぁ。これは我々も見習わないといけませんなぁ」

「違いない違いない」

「はあ……お前達だって同じ立場だったら普通にそうするだろ?」

「「もちろん、そうだが?」」

 

 お前は何を言っているんだと言わんばかりの顔で二人が揃って答えるのに対してため息をついた。

 

 やっぱりこうなるよな……まあ、このままここにいてもしょうがないし、そろそろ座布団を取りに行くか。

 

 そう思った後、俺は朝香に向かってにこりと笑った。

 

「さて、行くか」

「うんっ!」

 

 朝香が頷いた後、俺達は障子戸を開けたままにして居間を出て、座布団がある部屋へ向かって歩き始めた。そして、朝香の隣を歩き続けていたその時、向こう側から紅葉柄の着物を着た綺麗な女の人が歩いてくるのが見え、その姿に朝香はとても嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

「あ、椛さん」

「おや、朝香ではないか。む、隣にいるのは……」

「椛さんが会いたがってた夕士君だよ」

「は、初めまして。稲葉夕士です……」

 

 俺が少し緊張しながら自己紹介をすると、椛さんは優しい笑みを浮かべた。

 

「そうか、お主が夕士か。ワシは椛、この家の家主で、朝香の保護者じゃ。これからよろしく頼むぞ、夕士」

「は、はい……! こちらこそよろしくお願いします……!」

「うむ。ところで、二人とも。お主らの時間を少しもらっても良いか?」

「え、それは良いけど……」

「俺達に何か用事ですか?」

「用事……というかは、伝えておきたい事があってな」

「伝えておきたい事……うん、わかった。でも、その前にみんなのところに座布団を運びに行っても良いかな?」

 

 その問いかけに椛さんは笑みを浮かべながら静かに頷いた。

 

「うむ、もちろんじゃ。だが、二人でも全員分はキツかろう。ワシも手伝うとしよう」

「わあ、ありがとう!」

「どういたしまして。では、行くぞ」

 

 反れに頷いた後、俺と朝香は椛さんの後に続いて再び歩き始めた。そして、三人で手分けをして座布団を持った後、俺達は居間に向かって廊下を戻っていった。

 

 それにしても……俺と朝香に伝えたい事って何なんだろう……?

 

 居間に戻るまでの間、椛さんが言っていた伝えたい事というのが何なのか考えたが、まったくそれらしい事は思い付かなかったため、俺はその内に考えるのを止めた。そして居間に着いた後、俺達が入っていくと、俺達を迎えようとした柚希達の視線はすぐに椛さんへと注がれた。

 

 あはは……まあ、仕方ないよな。

 

 そんな事を思いながら、座布団を静かに置いていると、朝香はにこりと笑いながら椛さんを紹介し始めた。

 

「みんな、ここにいるのが椛さんだよ」

「この人が椛さん……」

「この家の家主で、朝香の保護者の椛じゃ。皆、これからよろしく頼むぞ」

「あ、はい……」

「こちらこそよろしくお願いします……」

 

 みんな、椛さんの綺麗さやその立ち居振舞いに圧倒されているのか少し緊張した様子を見せていた。しかしそんな中、柚希や長谷、夜野は緊張した様子はなく、余裕があるような表情で椛さんの事を見ていた。

 

 まあ、長谷と夜野はパーティーとかで色々な人と出会ってそうだし、柚希も天斗さんの知り合いとの出会いでこういう雰囲気の人には慣れてそうだから、違和感はないよな。

 

 そんな事を思いながら柚希達に座布団を次々と渡していった後、俺は柚希と長谷に近づき、小さな声で話し掛けた。

 

「……柚希、長谷、少しの間みんなの宿題のサポートを任せても良いか?」

「それは良いけど……」

「どうかしたのか?」

「さっき、椛さんから俺と朝香に伝えたい事があるって言われてな」

「伝えたい事……」

「狐崎だけにならまだわかるが、出会ったばかりの稲葉にも伝えたい事となると、だいぶ限られそうだな」

「そうだな──あ、もしかしたら狐崎を夕士の許嫁(いいなづけ)にしたいとか?」

 

 クスリと笑いながら柚希が言うと、それを聞いた長谷は納得顔で顎に手を当てた。

 

「ふむ……なるほど。狐崎の稲葉への好意は明らかだからな。どこかで変な虫に引っ掛かるくらいなら、稲葉に任せた方が良いと考えるのは不思議ではないな……」

「いやいや、それはないから。とりあえず、そういう事だから、少しの間任せたぞ」

「ああ、任された」

「稲葉、俺達の事は気にせずに椛さんとの話に集中しろよ?」

「ああ、もちろんだ」

 

 頷きながら答え、朝香と椛さんの隣へ戻ると、朝香はいつもの人懐こそうな笑みを浮かべながらみんなに声を掛けた。

 

「それじゃあ、みんな。私と夕士君はちょっと椛さんと話があるから、椛さんの部屋まで行ってくるね」

「うん、わかった」

「夕士君、朝香さん、こちらはこちらでしっかりと宿題を進めておくので心配なさる事なくお話をしてきてくださいね」

「夕士、彼女と椛さんの二人と一緒だからって変な気を起こすなよ?」

「起こすか! というか、朝香は彼女じゃないって!」

「おや、ワシは似合いの二人だと思うぞ?」

「いやいや、椛さんまで変にのらないで下さい!」

 

 俺が思わず椛さんにつっこむと、椛さんは愉快そうにクスクスと笑った。

 

「ふふ、本当にそう思っておるのじゃがな。さて……では、行くとしよう」

「うん!」

「はい」

 

 返事をした後、俺達は揃って居間を出て、椛さんの部屋へ向かって歩き始めた。そして、椛さんの部屋に着いた後、俺達は部屋の隅に積まれていた座布団を並べ、その上に静かに座った。

 

「……さて、それでは話を始めるとしよう」

「うん。それで、話って何なの?」

「うむ、それなのだが……夕士、これを見ても驚くでないぞ?」

「……え?」

 

 俺が疑問の声を上げる中、椛さんが小さく息を吐いたその時、椛さんの頭から()()()がひょこっと生えた。

 

「……え、狐の耳……? ほ、本物……?」

「うむ、本物じゃ」

「椛さん……良いの? 一応、私やお父さん達、狐崎の人間以外には隠してたんじゃ……」

「ああ、よい。もっとも、あの中にはワシの正体について気づいている者がおったようじゃがな」

「椛さんの……正体……」

「そうじゃ。ワシは妖狐、いわゆる妖じゃ」

「妖狐……」

 

 つまり、椛さんは人間じゃなく、本物の妖怪って事か……。

 

 椛さんの突然のカミングアウトに俺が少し驚いていると、椛さんは意外そうな様子で話し掛けてきた。

 

「おや……驚くでないぞとは言ったが、思ったよりも驚いたり怯えたりはしないのじゃな」

「あ、えーと……一応、これでも人間じゃない何かと会ったり見かけたりした事はあったので……」

「……そういえば、朝香からそんな事を聞いた気がするのう。まあ、怯えられないだけ話がしやすくてこちらとしては助かるがな。因みに、先程湊に会ったと思うが、あの湊も人間に見えて正真正銘の妖じゃ」

「湊さんも妖怪……という事は、椛さんって妖怪達の親玉的な存在なんですか?」

「そうなるのう。じゃが、ワシとて元からそうだったわけではない。狐崎の一族と親交を深めていく中で出会った妖達を気紛れで助けていたら、あちらから慕ってきただけじゃからな」

「……そうなんですね」

「さて、夕士。ここで一つお主に謝らないといけない事がある」

「謝らないといけない事……ですか?」

 

 俺が訊くと、椛さんは静かに頷いた。

 

「そうじゃ。もう気付いていると思うが、朝香はお主の事を明らかに好いておる。そこでワシは、部下の妖達を使って、お主やお主の家族について色々調べておったのじゃ」

「え、そうだったんですか?」

「うむ。保護者として朝香が慕う者について知りたいと思うのは当然の事であろう? よって、色々調べていたのだが……」

「…………」

「その結果、お主もお主の家族もとても良い人間である事がわかり、ワシは調査をさせていた妖達を引き上げさせた。夕士、気になったとはいえ、勝手に調べていた事、本当にすまなかった」

 

 椛さんが深々と頭を下げ、その様子を朝香が不安げに見つめる中、俺は静かに首を横に振りながら答えた。

 

「いえ、謝らないで下さい。自分が預かっている子──朝香が心配でそういう事をしたわけですから仕方ないですよ」

「夕士……ふふ、礼を言うぞ。お主のような(おのこ)と朝香が出会い、こうして友人となった事は、本当に幸運であった」

「そう言ってもらえて嬉しいです。でも、俺は椛さんとも仲良くしていきたいですよ?」

「ほう?」

「たしかに椛さんは俺や朝香のような人間ではないですけど、だからと言って仲良くしたらいけない理由はないですから。それに、昔から生きている椛さんなら色々な事を知っていそうですから、それを学んでいきたいんです」

「……くく、そうかそうか。そういう事ならその思いに応えるとしよう。夕士、改めてよろしく頼むぞ?」

「はい、こちらこそ」

 

 そう言いながら、俺達は固く握手を交わした。繋いだ椛さんの手から優しい温もりが伝わり、椛さんが本当に優しい妖怪なんだという事が同時に伝わってきた。

 

 まさか本物の妖怪に会う事になるとは思ってなかったけど、この出会いは大切にしていこう。さっきも言ったように俺は椛さんとも仲良くしていきたいからな。

 

 そんな事を考えながら手を離すと、朝香はとても安心した様子で小さく息をついた。

 

「良かったぁ……夕士君に椛さんの事を受け入れられなかったら、私どうしたら良いかわからなかったもん……」

「はは、そうじゃろうな。じゃが、全ての人間がこのように人ならざるモノと絆を結ぼうと考えてくれるとは限らんし、その逆もしかりじゃ。もっとも、あの者達は驚きはすれども受け入れてはくれると思うがな」

「そうだと思います。特に柚希は妖怪や西洋の怪物、神獣や神様みたいなのが好きですし、『絆の書』っていう名前の色々な妖怪や西洋の怪物なんかが描かれた画集をいつも持っていますし、椛さんが本物の妖怪だって知ったら、本当に喜びますよ」

「そうじゃろうな。しかし、あの柚希という童は既にワシが人ならざるモノだという事に気付いているじゃろうな」

「……え?」

「椛さん、それってどういう事?」

 

 朝香が問いかけると、椛さんは真剣な顔をしながらそれに答えた。

 

「……お前達は気付いていないかもしれないが、あの遠野柚希という童からは尋常ではない程の力の気配を感じる。その力の気配というのは、ワシら妖が有する妖力とも西洋の魔女達の扱う魔力、神々が用いる神力とも違う物じゃがな」

「でも、柚希君は人間なんだよね?」

「ああ。しかし、始業式の日に朝香を心配して様子を見に行った部下達からもそのような報告を受けておる。まあ、夕士のように朝香とは仲良くしてくれているようじゃから、差程警戒はしておらんがな」

「柚希が……」

 

 じゃあ、前に俺と長谷が電話で話した内容はもしかして……。

 

「……夕士。その様子は何か思い当たる節があるようじゃな」

「……はい。確信があるわけではないですが、俺と長谷は柚希について去年の冬にある予測を立てています。でも、俺と長谷は柚希の事について話す中である事を決めたんです」

「……それが何か訊いても良いか?」

「……たとえ、柚希が何者であろうと今まで通り、幼馴染みであり親友として接する。それが俺達の決めた事です。もしかしたら、柚希は俺達の理解を超えた何かなのかもしれない。

でも、柚希は俺達の事を幼馴染みであり親友として扱ってくれている。だから、俺達もこれまでと変わらずに柚希と接すると決めたんです。柚希が何かを隠しているとしても絶対にいつかは話してくれると信じていますから」

「……そうか。夕士、お前達の絆は本当に美しいのだな」

「うん、椛さんの言う通りだね。なんだかそこまで信じてもらえている柚希君が羨ましいや」

「そうじゃな。朝香、お主も夕士や他の友人達との絆を大切にしていくのだぞ?」

「うん、もちろんだよ」

 

 朝香の返事に椛さんは安心したような笑みを浮かべたけど、すぐにまた真剣な顔をしながら口を開いた。

 

「さて、次の話じゃ。朝香、これはお前に一番関わる話じゃ」

「私に一番関わる話……」

「ああ。朝香の両親の死因に関わる話じゃからな」

「お父さん達の死因……?」

「たしか……お父さんは持病、お母さんはまた別の病気で亡くなったって朝香から聞いたような……」

「それは表向きの理由じゃ。朝香の両親が死んだ理由、それは狐崎の一族に掛けられていた呪いによるものだ」

「の、呪い……!?」

 

 突然の事に朝香が驚く中、俺は高鳴る鼓動を押さえつけながら震える声で椛さんに話し掛けた。

 

「も、椛さん……狐崎の一族に掛けられていた呪いって何なんですか? もしかして、朝香にもその呪いが……?」

「……残念じゃがな。朝香、お前の胸元に昔からアザがあったじゃろう?」

「え……あ、あるよ……? なんか蜘蛛(くも)みたいな形の奴が……」

「それは土蜘蛛の呪印。遥か昔、狐崎家の初代が土蜘蛛を討ち取った際に受けた呪いが形となって現れた物じゃ」

「土蜘蛛……あれ、たしか土蜘蛛って源頼光(みなもとのよりみつ)が討ち取ったんじゃ……?」

「それとは別の個体じゃ。人間達の間ではよく知られておらぬが、かつて人間によって討ち取られたとされる妖や鬼と同じ個体は複数おり、討たれなかった個体は今でもこの世に生きておるのじゃ」

「そうなんですね……」

「ああ。朝香、お主は知らないと思うが、狐崎の一族は代々陰陽師として生計を立てており、お前の父も幼き頃から陰陽道を学んでおったのだ。そして、お前の母の家系である近衛(このえ)の家は、それを支えながら人間や他の妖に仇をなす妖を討ち取る使命を背負っていた。そんな二つの家の血を受け継いだのが、お主なのじゃよ」

「そうだったんだ……でも、どうしてそれを私に教えてくれなかったの?」

 

 その朝香の問いかけに椛さんは哀しそうな顔をしながら首を横に振った。

 

「お前の父も母もお前を陰陽師にしたくなかった上、悪意を持つ妖と争う使命を背負わせたくも無かったのだ。お前には普通の人間として生きて欲しかった。ただ、それだけだったのじゃ」

「そんな……」

「それで、その土蜘蛛の呪いっていうのは、受けた相手に対してどういう効果を及ぼすんですか?」

「……この呪いは解呪されるまで自身の子供にも受け継がれる物で、呪いを受けた者は己の中にある霊力などを抑え込まれ、酷く短命になる上、呪いを受けた者と(ちぎ)りを交わした者にも移る。つまり、朝香が将来恋慕う者との間に子を成した場合、その恋慕う者にも子にも土蜘蛛の呪いが移るという事じゃ」

「…………」

「それならば、何故今まで朝香にその事を教えなかったと思うじゃろうな。簡単な話じゃ。朝香が恋慕う程の相手、それも妖への理解が深い者が今まで現れなかったからじゃよ。心優しい朝香の事じゃ。朝香にこの呪いの事を話したら、誰にも迷惑を掛けたくないと言って、周囲との関わりを絶とうとするからな」

「それはそうでしょ!? だって、ご先祖様が受けた呪いのせいで他の人まで不幸になんてしたくないよ!」

「そう言うと思った。じゃから、ワシらはこの事を今まで隠し、呪いの力であ奴らが命を落とした時もこれは病によるものだと朝香に話した。それが今の朝香のためだと思ってな」

「そんな……そんな事って……」

 

 朝香は絶望しきった様子で項垂れ、それを椛さんはただ見つめるだけだった。

 

 椛さんは朝香が恋心を抱いていて、妖怪への理解がある相手が現れなかったから、この事を話さなかったと言った。でも、今それを話したという事は、椛さんにとって俺がその相手だと思ったからだろう。

 

 ……恋、か。柚希や長谷にはまだはっきりと言ってないけど、俺は朝香の事を少なくとも他の女子よりも大切な存在だと思っている。これは始業式の日に朝香から好意を抱いてもらったからじゃない。今日まで朝香と一緒に帰ったり、何かについて話したりしていく中で朝香のその明るい性格や可愛らしい笑顔に心を奪われたからだ。この気持ちに嘘は無いし、嘘をつくつもりはない。

 

「……だったら、やるべき事は一つだな」

 

 小さな声でそう言った後、俺は椛さんに話し掛けた。

 

「椛さん」

「……なんじゃ、夕士?」

「その呪い、解く事は出来るんですよね?」

「……恐らくな。しかし、初代の頃から付き合いがあるワシでもその解き方は見つけられていない。それだけ、この呪いは強いのだ」

「でも、解ける可能性は0じゃない。だったら、色々な事をとことん試せば良いだけじゃないですか?」

「……そうじゃが、まさかお主……」

「……はい。その呪いを解く方法を探すのを俺にも手伝わせてください」

 

 その言葉に朝香は弾かれたように俺の方へ泣きそうな顔を向けた。

 

「夕士君、何を言ってるの!? 本来、この事は夕士君には関係ない事なんだよ!?」

「本来はな。けど、話を聞いてそれを放っておく程、俺は薄情じゃない。それに……」

「……それに?」

「……俺的に好きな奴の泣く顔を見たくない……というか……」

「え、それって……」

 

 朝香が驚いた顔を向ける中、俺は恥ずかしさを感じながらも自分の気持ちを口にした。

 

「……ああ、そうだよ! 朝香が俺の事を好きでいてくれるように俺だって朝香の事が好きなんだよ!」

「夕士君……」

「うう……言ったら言ったでなんだか恥ずかしくなってきた……」

「ふふ……若いというのはいいのう。しかし、夕士。話をしたワシが言うのもあれだが、本当に良いのか?」

「……はい。さっきも言ったように話を聞いた以上、それを放っておけませんし、この土蜘蛛の呪いで朝香が苦しむのは我慢出来ませんから」

「……わかった。では、夕士にも土蜘蛛の呪いの解呪の方法を探すのを頼むとしよう。朝香、お前は良いか?」

「私は……」

 

 朝香は不安と心配が入り交じったような顔をしながら俺に視線を向けたが、俺が大きく頷くと、安心したような笑みを浮かべた。

 

「……私も夕士君が手伝ってくれるなら本当に嬉しい。それに、こんな哀しい事は私の代で終わりにしたいもん!」

「……そうじゃな。土蜘蛛の呪いは、この代で確実に途絶えさせる。それがワシらに出来る朝香の両親やこれまで呪いによって命を落としていった者達への手向けとなろう。朝香、夕士、これから共に頑張っていくぞ」

「うん!」

「はい!」

 

 俺の中から沸き上がってくるやる気を感じながら、俺は朝香と一緒に大きな声で返事をした。

 

 大切な人を救うため、そして今まで無念の死を遂げた狐崎の人達やそれを支えてきた人達のために絶対にこの土蜘蛛の呪いは解く。それが朝香を好きになった俺の役目だからな。

 

 土蜘蛛の呪いを解くという新たな目標を胸に抱き、静かにやる気の炎を燃やしていたその時、「あ、そういえば……」と言ったかと思うと、朝香は少し恥ずかしそうな顔をしながら俺の事を見始めた。

 

「ん、どうした?」

「私が夕士君を好きで、夕士君も私が好きって事は私達は相思相愛って事……で良いんだよね?」

「……そ、そうだな……」

「……それに、さっきプロポーズみたいな事も言ってもらったし、これはもう恋人同士って事に……!?」

「ちょ、ちょっと待てって! たしかにそれっぽい事は言ったけど、まだ正確には恋人っていうわけでは──」

「おや、違うのか?」

「椛さん!」

「ふふ、冗談じゃ。しかし、お主らはお互いがお互いの事を好いている事がハッキリとしておる。それなら、そういった関係になっても良いとは思うがのう」

「そ、それは……」

「まあ、今は土蜘蛛の呪いを解く事が最優先じゃからな。しっかりとした恋仲になるのは、その後が良いかのう」

「……そうですね」

 

 椛さんの言葉に返事をした後、俺は朝香の目を真っ直ぐに見ながら口を開いた。

 

「朝香、お前に掛けられた土蜘蛛の呪いをどうにかしたら、絶対にお前にもう一度想いを伝える。だから、それまでは友達以上恋人未満っていう関係でいる事にしてくれ」

「……うん、わかった。夕士君、一緒に呪いを解くって言ってくれて本当にありがとう。そして、改めてこれからよろしくね」

「ああ、こちらこそよろしくな」

 

 とても嬉しそうな笑顔を見せる朝香と俺は固く握手を交わした。その手からは椛さんの時と同じように温もりが伝わり、その温もりは俺の心をぽかぽかとさせていった。そして、手を離した後、俺はまた椛さんの方を向いてから話し掛けた。

 

「椛さん、この土蜘蛛の呪いの事はやっぱり柚希達にはまだ話さない方が良いですよね?」

「そうじゃな。信じてはくれるじゃろうが、心配をかける事に間違いは無い上、それを朝香が望まんだろうからな」

「うん。みんなに隠し事をするのは、ちょっと気が引けるけど、これは仕方ないもんね」

「そうだな。ところで、椛さん。一つ質問があるんですけど」

「む、なんじゃ?」

「朝香が持っているお札とペンダントなんですが、その効果で少しでも土蜘蛛の呪いをどうにかする事って出来ないんですか?」

「……なるほど、その事か。そうじゃな。一応、多少抑え込めてはおるが、完全にどうにかする事は出来ん。しかし、その呪いの気配は完全に消す事が出来ておるから、それを解くという建前で下心を持って朝香に近づく悪い虫共は避けられるじゃろうな。もっとも、これからは夕士がおるから、悪い虫共も迂闊には近づけんじゃろうがな」

「はい、それはもちろんです」

 

 流石に悪意を持った妖怪はどうにも出来ないけど、それはペンダントやお札に任せて、下心を持って近づく人間からは俺が守らないとだな。

 

「うむ、任せたぞ。さて……今回の話はこれで終わりじゃ。二人とも時間をとらせて悪かったのう」

「ううん、良いよ。これからの私達にとってとても大切な事だったから。ね、夕士君」

「そうだな」

「そう言ってもらえて助かる。では、そろそろ居間へ戻るとしよう」

「うん」

「はい」

 

 そして、椛さんが再び人間の姿になった後、椛さんの部屋を出てそのまま居間に向かって歩き始めようとしたその時、不意に朝香が俺の腕に自分の腕を絡ませてきた。

 

「あ、朝香?」

「えへへ、相思相愛ってわかったら、ちょっと大胆な事をしたくなって……」

「そ、そっか」

「ねえ、居間に戻るまでこのままでも良いかな? こうしてると、夕士君をもっと近くに感じられて私的にホッとするし、とっても嬉しいから」

「……ああ、良いぜ。俺も朝香と同じ気持ちだからな」

「ふふ、ありがとう」

「どういたしまして」

 

 朝香の嬉しそうな笑顔を見て俺も嬉しくなった後、俺と朝香は椛さんの温かな視線を感じながら居間へ向かって歩きだした。そして、揃って居間の中に入ると、俺達の気配に気付いたらしい柚希が勉強を教える手を止めてこっちに顔を向けた。

 

「おかえり──って、腕なんて組んでどうしたんだ、二人とも?」

「えへへ、ちょっとね。ねっ、夕士君」

「ああ、ちょっとな」

「へえ……ちょっと、ねえ……」

「そのちょっとを俺達に聞かせてほしいところだけどなぁ……」

 

 話を聞いていた長谷や雪村がにやにやと笑いながら言う中、俺は少しだけ胸を張りながらそれに答えた。

 

「お互いの気持ちを伝えあって、少しだけ仲が進展した。それだけだよ」

「気持ちを伝えあって、か」

「良いんじゃないか? 何を伝えたかは知らないが、お互いに思っている事を正直に言うのは良い事だからな」

「へへ、まあな。ところで、柚希。ちょっと質問があるんだけどさ」

「ん、何だ?」

 

 不思議そうに首を傾げる柚希に対して俺は柚希の首から下がっている『ヒーリング・クリスタル』を指差した。

 

「その『ヒーリング・クリスタル』って、たしか色々な物を癒せるんだよな?」

「ああ、他にも悪いモノを浄化する力もあるって聞いてるけど……もしかして、どこか怪我でもしたか?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど──って、浄化?」

「……ああ、そういえばまだそれは話してなかったか。この『ヒーリング・クリスタル』には、色々な物を浄化する力もあって、簡単な呪い程度なら解く事が出来るんだってさ」

「呪いを……」

「解く……」

 

 朝香と椛さんが少し期待をするような視線を『ヒーリング・クリスタル』に向けると、柚希はとても不思議そうに俺に話し掛けてきた。

 

「でも、それがどうかしたのか?」

「あ、いや……」

 

 どうする? 今、土蜘蛛の呪いの事を正直に話せば、もしかしたら呪いは解けるかもしれない。でも、解けなかったら、みんなに心配をかけるだけだ。

 

 柚希の視線を感じながら土蜘蛛の呪いについて話すべきか迷っていたその時、椛さんが不意に俺達の前へと出た。

 

「椛さん……」

「なに、先程少し書庫へ行っておったのだがな。その時にある本を触れたら、朝香が目眩を起こし、それを夕士がなにか呪いにでも掛かったのではないかと心配しているだけじゃ」

「そういう事ですか……それじゃあ、一応『ヒーリング・クリスタル』で浄化してみますか?」

「そうじゃな。頼めるか?」

「はい、任せてください。それじゃあ、狐崎。ちょっとこの『ヒーリング・クリスタル』を握ってくれるか?」

「あ、うん」

 

 朝香は組んでいた腕を静かにほどくと、柚希の前にしゃがみこみ、『ヒーリング・クリスタル』を優しく握った。そして、柚希はそれを確認してから目をゆっくりと瞑った。すると、『ヒーリング・クリスタル』は淡い白い光を放ち出し、それと同時に朝香の顔も少しずつ安らぎの色が浮かび始めた。

 

 これはもしかすると、もしかするか……!

 

 そんな期待を込めた視線を向けながら待つ事数分、『ヒーリング・クリスタル』の表面が完全に曇ると、柚希は静かに目を開けた。

 

「……たぶん、これで大丈夫だと思う。狐崎、調子はどうだ?」

「……うん、すごく体が軽い……!」

「それじゃあ、もしかして……!」

「ああ。その呪いなら狐崎の体の疲れと一緒に無くなったと思う。ただ……」

「ただ……?」

「……いや、なんでもない。まあ、何にしてもこれで心配はいらないだろ?」

「ああ、そうだな」

 

 柚希からの問いかけに答えながら俺は朝香に小さな声で話し掛けた。

 

「朝香、土蜘蛛の呪印はどうなってる?」

「ちょっと待ってね──う、まだ残ってる……」

「そうか……」

「しかし、その気配は確実に薄れておる。朝香、呪印も薄くなっておるじゃろう?」

「うん。前見た時よりも確実に薄いし、なんだか体の底から力が沸き上がってくるような気がするよ」

「って事は、『ヒーリング・クリスタル』の浄化の力で少しは土蜘蛛の呪いもどうにかなったって事か」

「そうじゃな。しかし、まだ全てが解けたわけではない。よって、これからも呪いを解く方法を探す必要はある」

「そうですよね……でも、やっぱり解けない物では無いみたいですし、いつか絶対にどうにか出来ますよ」

「ああ」

「うん、そうだね」

 

 椛さんと朝香の返事を聞いた後、俺は朝香の肩にポンと手を置いた。

 

「よし、それじゃあ俺達も勉強会を始めようぜ、朝香」

「うん!」

 

 そして、揃って勉強道具を準備した後、俺達は隣同士で座りながら勉強会に混ざっていった。結局、朝香に掛けられた土蜘蛛の呪いはまだ解けてない。けど、解けない物では無いという事はわかった。

 

 ……俺にどこまで出来るかはわからないけど、朝香のためにも絶対に解いてみせる。たとえ、どんなに辛い目に遭ったとしても。

 

 奥底から沸いてくるやる気を感じながら、俺は静かにそう決意した。




政実「FIRST ANOTHER STORY、いかがでしたでしょうか」
夕士「今回の話で朝香の身に起きている事や俺の新しい目標がわかったわけだけど、ANOTHER STORYはこれからもこんな感じにやっていくのか?」
政実「そうだね。まあ、また夕士メインのANOTHER STORYをやる時があると思うけど、その時はよろしくね」
夕士「おう! そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
夕士「ああ」
政実・夕士「それでは、また次回」
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