転生者の幽雅な日常   作:九戸政景

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政実「どうも、片倉政実です」
長谷「どうも、長谷泉貴です」
政実「という事で、今回は長谷のANOTHER STORYです」
長谷「今回は俺か。そういえば、今回はいつもとは少し違う感じなんだよな?」
政実「そうだね。まあ、どこが違うかは読んでもらってからという事で」
長谷「わかった。それじゃあ、そろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・長谷「それでは、SECOND ANOTHER STORYをどうぞ」


SECOND ANOTHER STORY 長谷の苦悩と悩みを吹き飛ばす風

 夏の暑さも和らぎ、気温も秋らしくなってきたある休日の昼、その日の過ごし方について自室で考えていた時、部屋のドアをコンコンとノックする音が聞こえてきたかと思うと、それに続いてとてもイラッとする声が聞こえてきた。

 

「みーずき君、あーそびましょ」

「……遊ばねぇ。親父、何の用だ?」

「なーに、ウチの愚息が何か悩んでそうだったから、ちょっとちょっかいを掛けに来ただけだ」

「……悩み事なんてない。遠野や稲葉が今日は他に予定があるらしいから、今日の過ごし方について考えていただけだ」

「ふーん……」

「……なんだよ」

「……泉貴(みずき)、本当にそれだけか?」

 

 ドア越しに聞こえてきたそのいつになく真剣な声での問いかけに、俺はさっきまでとは気持ちを切り替えながら答えた。

 

「……どういう意味だ?」

「最近、柚希も夕士も前より良い顔をするようになったよな。言うなれば、新しい目標に向かって歩き始めたってところか」

「……そうだな」

 

 親父の言う通りだ。遠野は両親を亡くした過去をしっかりと受け止め、自分が目指す未来に向かって現在(いま)を一歩ずつ生きているし、稲葉も理由はわからないものの前よりも学ぶ事に真剣になり、着実に成績を伸ばし始めている。

 そんな二人に対して俺だけは今までと変わらず、親父達を超えるという目標を達成するために生きている。別にその目標を変えるつもりも無いし、そうやって生きてきた自分の事を下らないと言う気もない。

 だが、入学式の頃から共に色々な事をしたり切磋琢磨(せっさたくま)し合ってきた親友達が新しい目標に向かって歩みを進める中で、俺だけがこのままで良いのかとは思っていた。俺も二人のように新しい可能性を見つけ、それに向かって歩き始めるのも悪い話ではないからだ。

 

 ……だが、いくらそうしたいからと言っても、新しい目標なんてのがすぐに見つかるわけじゃない。それに、新しい可能性を見つけてそれに向かって歩き始めるのは良いとしても今度はそれにかかりきりになって、元々の目標を疎かにしてしまう恐れもあるんじゃないか……?

 

 そんな事を考えながら俺の中に新たに生まれたモヤモヤとした物に対してどのように接したら良いかわからなくなっていた時、ドアの向こうから親父のため息が聞こえてきた。

 

「……仕方ない。泉貴、ちょっとその辺ぶらついてこい」

「は? 何でだよ、親父」

「良いから行ってこい。理由なんて考えずに適当にぶらついてくるんだぞ。じゃあな」

「お、おい!」

 

 俺の声に答えずに親父がそのまま部屋の前から去っていった後、俺はドアを見ながら小さくため息をついた。

 

「はあ……親父の奴、一体何を考えてるんだ? まあ、何をするか特に決めてなかったから、別にその辺を歩いてくるくらい良いが、それに何の意味があるんだ?」

 

 まあ、親父が意味の無い指示をするとは思えないし、何か今の俺に必要な事だと思ったから、そんな事を言ったんだろうが、やっぱりその理由がわからないな。

 

「……仕方ない。このまま悩んでも時間が過ぎるだけだし、とりあえず行ってくるか。そうすれば、親父も満足するだろ」

 

 そう結論付けた後、俺は椅子から立ち上がり、外出する準備を整えてから、閉まっていたドアを開けて外へと出た。そして、そのまま外に出ると、俺は特に何も考えずにゆっくりと歩き始めた。

 

「……もう、秋か。この前、遠野が後半年で小学校も卒業だなんて言ってたが、それってつまりは俺達もまた次の成長をする時が来たって事だよな」

 

 成長をする事はもちろん悪くない。肉体的にも強くなり、様々な知識を得たり経験を積む事で精神的にも成熟していく。そうする事で、俺達は大人になり、いつしか庇護(ひご)()()()側から()()側にも変わっていくんだ。

 でも、それは当たり前の事で、ウチの親父達や親友達の保護者達だって同じ事だ。時間というのは、全員に等しく与えられ、何にも邪魔される事無く流れていくのだから。

 

 ……でも、俺はどうだ? 俺は本当に成長出来ているのか?

 

 そんな疑問が頭の中に浮かぶと同時に、親友達やこれまでの出来事を通して仲を深めていった友人達の顔が次々と思い起こされる。

 両親を亡くしながらもそれに負ける事無く自分の人生を力強く生きていく遠野と狐崎、新たな自分の目標を見つけてそれに向けて一歩ずつ歩いている稲葉、そして自分の大好きな異性との未来のために少しずつでも積極的な行動を見せている金ヶ崎と天馬、幼い頃に別れた友人との再会のために自分磨きをしている雪村達、自分の能力についてしっかりと理解してそれをどうにかしようとしている夜野。

 俺の友人達は、誰もが自分の未来に向かって精一杯努力し、しっかりと歩みを進めている。だが、俺はどうだろう。目標に向かって毎日努力はしているが、果たしてそれはアイツらと同じだと言えるだろうか。

 

「……わからない。俺は本当にこのままで良いのか? このままで俺は本当に親父達を超えられるのか?」

 

 今まであまり感じてこなかった自分の未来に対しての不安。それがさっき俺の中に生まれたモヤモヤの正体であり、俺自身が成長をするために乗り越えないといけない壁だ。だが、今の俺にはそれを対処する方法がどうにも浮かばなかった。

 

「……ダメだ。このままじゃ、絶対にダメだ。こんな迷いを抱えたままじゃ、親父達を超えるどころかアイツらと共に歩む事さえ……!」

 

 不安と恐怖、二つの思いに押し潰されながら俺はひたすら歩いていたが、その内に少し疲労感を覚えてゆっくりと歩みを止めた。そして、軽く回りを見てみると、そこは遠野や稲葉達と昔から良く遊び場として利用していた公園だった。

 

「公園か……気づかない内にこんなところまで来てたんだな。少し歩き疲れた気がするし、ここで少し休んでいくか」

 

 そして、公園の中へと入った後、俺は公園内に設置された自動販売機から飲み物を一本買い、近くに置かれたベンチにゆっくりと腰を下ろし、買ったばかりの飲み物に口をつけた。

 

「……ふぅ、少し歩いただけとはいえ、運動の後の水分補給はやっぱり格別だな。稲葉や遠野達と遊んでる時も休憩の時には、こうしてベンチに座りながら色々な話をしてたな」

 

 普段は稲葉と遠野との三人で遊ぶ事が多いが、三人で遊ぶばかりだった昔とは違い、今は雪村達や金ヶ崎達も加わる事も多くなった。そして、それに伴って休憩中にする雑談の種類も増えたし、俺が今まで知らなかった事について知る機会も増えたため、俺はこの事についてとても感謝をしていた。

 

「……感謝、か。俺はその恩をアイツらにどうやって返していけば良いかな」

 

 遠野や稲葉なんかはそんなのは別に良いと言うだろうし、雪村や海野、由利辺りはそれならと言って何かを頼もうとするもすぐに冗談だと言うだろう。つまり、アイツらは総じて俺が感じている感謝や恩に対して何も返さなくて良いという回答をする。

 だが、俺から見ればアイツらとの出会いはとても大切な物であり、それが無かったら俺の人生は今程の楽しさは無かっただろうと断言出来る。それだけ俺はアイツらと出会う事で過ごす事になった今の人生に楽しさを感じ、充実感を覚えているからだ。

 

「……いつか、俺は何らかの形で社会に出ていく。そこには心が育たないままで体だけ育ってきた奴らやただ誰かを利用して私腹を肥やす事だけを目的としてる奴らだっているはずだ。

 俺はそんな奴らには負ける気もないし、同じような奴になる気もない。俺が目指すべき物は、そんな物ではないからな。けど……もし本当にそうするつもりなら、今の俺のままじゃダメだ。やっぱり、何か新しい武器みたいなのを見つけて、それを使ってまた上のレベルに上がっていかないと……」

 

 自分が勝手に焦りを感じ、少しずつ空回ってきているのは自覚している。要するに、俺は怖いのだ。自分が目指している未来に辿り着けない可能性がある事、そして友人達がそれぞれの未来に進んでいく中で自分だけが取り残されていく可能性が。

 

「……未来なんて誰にもわからない。ずっと家族と幸せに過ごしていくと思っていた遠野や狐崎のようにある日突然家族を亡くす事だってあるからな。でも、俺は俺が望む未来を絶対に手に入れたい。そうじゃなきゃ、俺が今まで対抗心を燃やしながら努力を重ねてきた事が無駄になる気がするからな……」

 

 そうは言ったが、決してそんな事は無いだろう。だが、俺の中にある不安と恐怖は次第に大きくなり、そんな考えすらも闇の中に消し去ろうとしていた。

 

「……俺は、一体どうすれば良いんだ……」

 

 俯いて地面を見つめながらポツリと呟いていたその時だった。

 

「こんにちは、長谷君」

「え……?」

 

 顔を上げると、そこには上品さを漂わせながら俺と同じように飲み物を手に持ってにこにこと笑う夜野の姿があった。俺はさっきまで感じていた不安や恐怖を気取られまいとするために気持ちを瞬時に切り替え、いつも通りの自分を演じながら夜野に話しかけた。

 

「こんなところで会うなんて奇遇だな、夜野。金ヶ崎や天馬とは一緒じゃないのか?」

「ふふ、はい。皆さん、本日はご予定があるようなので、なんとなく散歩でも思ってここまで歩いてきたんです。長谷君も本日は柚希君や夕士君とはご一緒では無いのですね」

「ああ。遠野は伯父さんの天斗さんの付き添いで稲葉は今日も狐崎の家に行ってるみたいだ。それに、雪村達もそれぞれ別の用事があるって言ってたな」

「そうでしたか。隣、よろしいですか?」

「ああ、どうぞ」

 

 俺が隣を指し示し、夜野がそのまま俺の隣にゆっくりと腰を下ろすと、その動きに合わせて夜野の銀色の髪がふわりと動きながらキラキラと輝き、夜野の魅力を更に際立たせていた。

 

 ……ふふ、こういうのを他の男子が見たら、間違いなく夜野に惚れてるだろうな。まあでも、もう好きな相手がいる遠野や稲葉なんかだとそうでも無いかもしれないな。

 

 夜野を見ながらそんな事を考えていると、夜野はそんな俺の視線に気づいた様子でこっちに顔を向けると、不思議そうに首を傾げた。

 

「長谷君、どうかしましたか?」

「いや、今日も夜野は綺麗だと思っただけだよ」

「ふふ、ありがとうございます。いつも女の子にはそんな風に言ってるんですか?」

「いいや。そもそもいつも話すのは同性の遠野や稲葉ばかりで、俺が良く話す異性は夜野や天馬、後は金ヶ崎に狐崎くらいだな」

「そうなんですか? 長谷君、女の子からとても人気があるようなので、てっきりよく声をかけられている物だと思ってました」

「そうでもないさ。話しかけられる事も無くはないけど、男女関係なく話しかけたり話しかけられたりする事が多いのは遠野の方だ。アイツはよく他の奴の悩みを解決してるからさ」

「なるほど……たしかに、柚希君は他のクラスの生徒からもよく挨拶をされているところを見かけますね」

「ああ。アイツは困ってる相手を放っておけないからな。そういう奴を見かけたら、結構積極的に声をかけに行ってるんだ。まあ、アイツでも難しそうだったり誰かに相談したいと思ったりした時は、俺や稲葉に相談をしに来るんだけどな」

「ふふ、そうですか。長谷君は結構他の生徒から頼りにされているイメージがありますが、同じようなイメージがある柚希君からも頼られているんですね」

「そうだな。まあ、小学一年生の頃からそんな感じだし、俺としてはもう慣れたんだけどな」

 

 これまでにあったそういった出来事を思い返しながら小さく笑っていた時、夜野はそんな俺を見ながら優しく微笑んだ。

 

「そういえば、長谷君達は入学式の頃からの友達でしたね」

「ああ。稲葉が遠野の持ってる『絆の書』に興味を持って話しかけに行ってその流れで自己紹介を始めた時に俺が混ざりに行ってな。それから、俺達の交流が始まって、今では本当にかけがえの無い存在になったよ」

「なるほど……でも、長谷君の悩みはそんなお二人にも話せない物なんですね」

「……え?」

 

 突然の夜野の言葉に俺が驚いていると、夜野は驚く俺の顔を見ながらクスクスと笑った。

 

「今はいつも通りに振る舞っていらっしゃるようですけど、私が話しかける前は何やら辛そうなご様子でしたから、何か重大な悩みがあると思ったんですが、もしかして勘違いでした?」

「え……いや、考えていた事はたしかにあるけど、悩みという程じゃないぞ?」

「でしたら……どうしてそんなに辛そうなのですか?」

「俺が……辛そう……?」

「はい。表情などには出さないようにしているようですが、雰囲気がどことなく哀しそうな物に感じます。もちろん、私の勘違いならそれでもいいですが、もしも何かお悩みがあるなら私に話してみませんか? とても近い関係である柚希君達には話せない事でも今年の春に知り合ったまだ関係がそこまで深くない私にならあまり気負う事無く話せるかもしれませんよ?」

 

 にこりと笑いながら言う夜野の姿に俺は少しだけ安心感を覚えていた。

 

 ……まあ、そうだな。こうして申し出てくれたのを無下にするのも良くないし、話すだけ話してみるのも良いか。

 

 そう思った後、俺はさっきまで考えていた事を夜野に話した。話している間、夜野はうんうんと頷いたり軽く相槌を打ったりしていたが、話が終わる頃には少し心配そうな表情を浮かべていた。

 

「……そんなお悩みがあったんですね。意外、と言ったらあれかもしれませんが、長谷君にもそういった悩みがあったんですね」

「ああ。正直、俺自身も驚いてるよ。これまで目標に向かって迷う事無く進んできたはずなのに、今になって迷い始めるなんてな……」

「迷う事は悪い事では無いですが、いきなり迷いが生じたらたしかに混乱しますし、不安にはなりますからね」

「そうだな……でもさ、実はそれだけじゃないんだよ」

「それだけじゃない……というと?」

「話しながら気づいたんだよ。俺は親友達の前では強く頼り甲斐のある自分でいたいと思ってる事にさ」

 

 この迷いが生じたのはついさっきだったため、もちろんアイツらにはこの事を話していない。しかし、この迷いに限らず、俺が何かについて迷ったり弱気になりそうな出来事が起きたとしても、俺はアイツらにこの事を話さず、解決又は解決寸前になってから笑い話の一つ程度として話すだろう。

 それはアイツらに話したところで問題が解決すると思っていないからとかアイツらを巻き込みたくないからとかじゃない。いつの間にか俺の中にあったちっぽけなプライドがアイツらに弱い自分を見せまいとしているからだ。

 

 ……はは、俺もまだまだ子供だって事か。こんな虚勢を張るような真似をしたってしょうがないし、勘の良いアイツらにはすぐにバレるっていうのにな。

 

 そんな事を考えながら自分の幼さに苦笑いを浮かべていた時、隣に座る夜野は小さく息をついてから静かに口を開いた。

 

「私はそういう長谷君でも良いと思いますよ」

「え……?」

「大切な人の前ではしっかりとした自分を見せたいというのは、誰しもが考える事ですし、長谷君はいつだって強い長谷君を皆さんに見せています。だから、そうし続けられる長谷君の事を私は尊敬してます。私には到底出来ない事ですから」

「夜野……」

「それに、私は長谷君がこのまま進んでいくのが良いと思っています。様々な事を器用にこなせる長谷君の事ですから、レベルアップのために新しい目標を見つけてそれに向かって歩き始めるのはありだとは思いますから。

 ですが、それでもいつかはどこかでつまづいてしまう事だって考えられます。そして、それがきっかけとなって本来の目標にも何らかの障害が発生する可能性もあります。なので、新しい目標も追うとしてもあまり増やし過ぎない方が良いかと思います。新しい目標が原因で元々の目標を達成出来なくなったとしたら、それこそ本末転倒ですから」

「……まあ、そうだな」

 

 夜野の言う通りだ。レベルアップのために新しい目標を立てたのに、それが原因となってそれだけじゃなく、元々の目標すらも達成出来なくなったら意味は無い。だから、新しい目標を立てるなら、慎重になる必要がある。

 でも、だからといって慎重になりすぎてもいけない気がする。慎重になりすぎて機会を失う可能性も大いにあるのだから。

 

 ……けど、だったらどうすれば良いと言うんだ?

 

 俺が再び悩み始めると、夜野は少し心配そうな顔をしながら声をかけてきた。

 

「……まだ完全には解決していませんか?」

「……申し訳ないけどな。さっきの夜野の言葉はすごく助かったんだが、完全な解決にはもう少しピースが足りない気がするんだ」

「なるほど……となると、また別の方からの助言があった方が良いですが、生憎他の皆さんはご予定がありますからね……」

「たしかにそうだが、別に無理に他の誰かを巻き込む必要なんて無いぞ。元々は俺自身の問題で、本当なら俺自身が答えを見つけるべき物だからな」

「長谷君……」

「だから、もうこの話は止めに──」

 

 そう言って話を打ちきろうとしたその時だった。

 

「うーん……どこか座れそうなとこ無いかな?」

「んー……たしかこの辺りにベンチがあったはずだぜ?」

「……あ、たぶんあそこじゃないですか?」

 

 そんな声が聞こえ、二人で声がした方へ顔を向けると、そこには肩に小型の(いたち)を乗せ、両手で少し大きめな鼠を抱き抱える秋らしい服装をした青みがかった長い黒髪の女の子の姿があった。

 そして、女の子がこっちに向かって歩き、ベンチに俺達が座っている事に気づいて少し迷ったような表情を浮かべると、それに対して夜野はくすりと笑ってから女の子に話しかけた。

 

「よければ、私の隣にどうぞ」

「え、でも……良いの?」

「はい。長谷君も良いですか?」

「ん……ああ、良いぜ。別に座られて困る事も無いからな」

「そっか……うん、わかった。それじゃあお言葉に甘えさせてもらうね」

 

 女の子はにこりと笑いながら言った後、夜野の隣に腰を下ろし、抱き抱えていた鼠を膝の上に置いてからもう片方の肩に掛けていたバッグから水筒と小さなコップを取り出すと、肩の上に乗っていた鼬が降りてきたのを確認してから膝の上にコップを置き、水筒の中身をコップにゆっくりと注ぎ始めた。

 

「はい、二人とも。ゆっくり飲んでね」

 

 その言葉に答えるように鼬と鼠は頷くと、器用に前足を使ってコップを押さえながらコクコクと飲み物を飲み始め、その様子に夜野は口許を綻ばせた。

 

「ふふ、二匹とも可愛らしいですね」

「えへへ、まあね。でも、朱夏(しゅか)はともかく、風之真(かざのしん)はどちらかと言うならかっこいいって言われたかったりしてね」

「風之真さんと朱夏さんと言うんですね」

「うん。こっちの鼬の方が風之真で、鼠の方が朱夏。二人とも大切な家族だよ。因みに、私は雪花だよ。よろしくね、お二人さん」

「はい、よろしくお願いします。私は夜野翼といいまして、こちらはお友達の長谷泉貴君です」

「長谷泉貴だ。これからよろしくな」

「うん、よろしく」

 

 雪花がにこにこと笑っている様子を見ていた時、ふと雪花達から遠野と似た雰囲気を感じ、それに興味を持った俺は雪花達の事を静かに観察した。そして、風之真と朱夏の姿にどこか見覚えを感じていた時、夜野は同じように風之真達を見ながら小首を傾げた。

 

「それにしても……風之真君も朱夏さんも中々見ない種類ですよね。風之真君の爪は鎌のような形をしていますし、朱夏さんに至っては体がかなり大きいですから」

「まあ、そうだね。たしかに一般的な鼬や鼠に比べたら珍しい方ではあるかな」

「……何故なら、風之真の方は鎌鼬(かまいたち)で、朱夏の方は火鼠(かそ)だから」

「……え?」

「長谷君……?」

 

 俺の言葉に二人が驚いた様子を見せる中、俺は静かに言葉を続けた。

 

「俺の親友で妖怪や神獣みたいな人ならざるモノ達が大好きな奴がいてな、そいつがいつも持ってる画集を時々見せてもらうんだが、風之真はその中に書いてある鎌鼬の見た目とそっくりだし、朱夏も火鼠の見た目とそっくりなんだ」

「なるほど……」

「でも、それだけじゃ風之真達がそれだと断定するには早いんじゃ……」

「たしかにそうだな。でも、雪花がこのベンチに来る前、雪花の話し声が聞こえてきたんだが、少なくとも二人の人物と話し、その内の一人の声は明らかに男の声だった。もちろん、雪花が腹話術みたいなのが得意で、それを使って風之真達が話しているような形で話す遊びをしていた可能性もある」

「そうだね。だったら──」

「だとしたら、さっきの会話で少し不自然なところがあるんだ」

「不自然なところ……?」

「雪花がどこか座れそうな所がないかと言っていたのに対して次に聞こえてきた声はこの辺りにベンチがあると言っていた」

「それのどこが不自然なの?」

「その時の雪花の声からするに、雪花はあまりこの公園には来ていない様子だったのに、次に聞こえてきた声は『たしか』という言葉を使っていた割には、ベンチがあるという事を確信しているような声だった。まるでこの公園にはよく来ているかのようにな」

「…………」

「まあ、これは俺の勝手な考えで、もし違うならしっかりと謝るよ。でも、もしも当たっているならそれだけは教えてくれると助かる」

 

 俺の言葉に雪花がどうしたら良いかわからない様子で迷っていると、話を静かに聞いていた風之真は小さくため息をつくと、軽く腕組みをしながら静かに口を開いた。

 

「やれやれ……黙ってりゃあバレねぇかと思ったんだが、まさかさっきの会話を聞かれていて、それを元に正体を見破られるとはねぇ……」

「え……ちょっと、風之真!」

「雪花、仕方ねぇよ。ここまで言わせて嘘を突き通そうなんざ、俺の性に合わねぇ。それに、俺達がそういった存在だと考えても恐れたり騒ぎ立てたりしなかった。だったら、正体を明かしても問題はねぇ。俺はそれくれぇコイツの事を信用出来ると思うんだ」

「風之真……」

「風之真さん……」

 

 雪花達が揃って風之真の名前を口にする中、風之真は俺の顔を真っ直ぐに見ながらニッと笑った。

 

「長谷の旦那、お見事だ。さっきも言ったが、まさかちょっとした会話から正体を見破られるなんて思ってもみなかったぜ」

「いや、俺も親友の影響でお前達の事を深く知ろうとしてなかったら、流石にわからなかったよ。だから、これはその親友のお陰だ」

「へへ、そうか。んじゃあ、その親友って奴にはだいぶ感謝しねぇといけねぇな」

「そうだな。それにしても……またこんな不思議な体験をする時が来るなんてな……」

「ん……その言い方、前にもどこかで妖怪か何かと出会った事があるのかぃ?」

「ああ。本人の希望で詳しくは話せないが、前に一度だけそういう出会いがあったよ」

「なるほどねぇ……道理で俺達を見ても動じねぇわけだ。まあ、ウチの親分は俺達のような奴らを見ても動じねぇどころか会えた事を喜ぶようなお人だけど」

「……こう言ったらなんだが、お前達の親分は結構変わり者なんだな」

「はっはっは、違ぇねぇや! これまで色々な出会いをしてきたが、ウチの親分以上に変わったお人は見た事ねぇからな!」

 

 風之真がとても愉快そうに笑うと、それを見ていた雪花は小さくため息をついた。

 

「風之真……そういう事言ってると、またウチの親分の雷が落ちるよ」

「おっと、そいつぁいけねぇ。かみなりさんからのお説教なら平気だが、ウチの親分の雷はいくつになってもぶるぶると震えちまうからな。いつもは穏やかで優しいお人だが、本気で怒った時は閻魔さんのお説教よりも怖ぇんだよ」

「へえ……そうなのか。でも、それは風之真の事を思っているからだろうけどな」

「まあな。俺はウチの中では古株だが、ウチの親分は俺達に対して一切優劣をつけねぇお人だ。だから、俺らも親分の事を信頼してる。

 まあ、まだちっこい奴らに対しては多少判断を甘くする時はあるが、基本的に俺らが何か間違った事をしたら、その時はしっかりと叱ってくれる。俺達の親分はそんなしっかりと心の持ち主なんだ」

「そうだね。相手が人間だろうと私達みたいな存在だろうと関係なく接してくれるし、困った時には助けてくれる」

「そんな方だったからこそ私達も日々安心して楽しい毎日を過ごせるんですよね」

 

 風之真達が仲良く笑い合っていると、それを聞いていた夜野はクスリと笑ってから雪花達に話しかけた。

 

「皆さんのリーダーさんは本当に良い方なんですね」

「うん。だから、私達はみんなウチの親分が大好きなんだ」

「なるほどな。そういえば、さっき雪花が私達みたいな存在だろうとと言っていたが、雪花も人間とは違う何かなのか?」

「あはは……実はそうなんだ。あまりイメージが沸かないかもしれないけど、こう見えて私は雪女なんだよ」

「雪女に鎌鼬に火鼠、か……また変わった取り合わせだな」

「へへ、まあな。だが、種族は違っても俺達は仲良くやれてる。それはウチの親分がやってくれたようにお互いの心を見せ合って心からの言葉をぶつけ合ってるからだ」

「お互いの心を見せ合い、心からの言葉をぶつけ合ってる、か……」

 

 たしかにそれは良い事だが、同じ人間同士でも中々出来ない事だ。けれど、風之真達は違う種族同士でもそういう事が出来ている。それはやはり凄い事だ。

 

「おう。んで、良ければ長谷の旦那達ともそういう仲になりてぇんだ。ここで会えたのも何かの縁って奴だからな」

「……そういう事なら喜んでなるよ。妖怪の友達なんて作りたくても中々出来る物じゃないしな」

「ふふ、そうですね。私も皆さんとお友達になれるならとても嬉しいです」

「へへ、そうかぃ」

「それじゃあ……二人とも改めてこれからよろしくね」

「よろしくお願いします、長谷さん、翼さん」

「ああ、よろしくな」

 

 親父に言われて渋々始めた外出だったが、こんな出会いがあるなら出てきて良かったと言えるかもしれないな。

 

 雪花達の顔を見ながらそんな事を考えていると、風之真が俺の顔をジッと見つめているのに気づき、俺は首を傾げながら風之真に話しかけた。

 

「風之真、どうした?」

「……長谷の旦那、何か悩み事があったりしねぇかぃ?」

「……まあ、考えてる事はあるけど、どうしてそう思ったんだ?」

「ウチの親分の一番の弟分としてよく一緒にいるからわかるようになったんだが、悩みを抱えてる奴には特有の雰囲気ってのがあるんだ。んで、長谷の旦那からそんな感じの雰囲気を感じたってぇわけだ」

「……さっき、夜野からも雰囲気がどこか哀しそうだって言われたんだが、今の俺はそんなにわかりやすいんだな……」

「まあ、悩み事を抱える時ってのは仕方ねぇさ。んで、長谷の旦那は何を悩んでるんでぃ? 俺達に話す事で解決するとは限らねぇが、話すだけでもだいぶ楽になるかもしれねぇぜ?」

「……そうだな。さっき夜野にも聞いてもらったし、それなのにお前達には話さないなんていうのもあれだからな」

 

 そして、夜野に話した内容と同じ事とそれを聞いた夜野の回答を風之真達に話してみると、風之真は少し難しい顔をしながら軽く腕組みをした。

 

「なるほどねぇ……そいつぁたしかに難しい話だなぁ……」

「うん……中々こうだって断言出来るような事でも無いからね」

「はい……」

「……まあ、そうだよな」

「ああ。だが、俺なりの考えってぇ奴なら話せるな。もっとも、あくまでも俺なりの考えだから、それで解決するとは限らねぇが……それでも良いかぃ?」

「もちろんだ。そもそもこれは俺自身がしっかりと答えを見つけるべき事だからな。少しでも誰かの考えを聞けるなら、それだけでも嬉しいさ」

「わかった。んじゃあ、話すんだが……」

 

 風之真はそう言ってから少し緊張した様子で息をついた後、ゆっくりと自分の考えについて話し始めた。

 

「まず、元々の目標に向かってこのまま進んでいく事や新しい目標を見つけるにしても増やし過ぎないってのは俺も賛成だ。新しい目標を見つけるのも結構だが、その内にそっちにばかり目が行って、元々の目標が達成出来なくなっちまったら本末転倒だからな」

「……そうだな」

「ああ。だが、新しい目標を見つけながらも元々の目標にもそのまま迎える方法ってのも無くはねぇと思うんだ」

「え、そんな方法があるんですか?」

「おうよ。まあ、新しい目標というには少し違うかもしれねぇが、最終的に達成したい目標に辿り着くまでの通過点みてぇなのを自分で定めりゃあ良いと思ってるんだよ」

「目標を達成するための通過点……」

「そうだ。自分の親父達を超えたいっていう目標があるなら、まずは超えるために何が必要かを考える。んで、必要な物が定まったら、今度はそれを自分の物に出来るように努力を重ねてどんどん手に入れていく。

 そして、全ての通過点を越えたら、後は今までに手に入れてきた物を武器にして、元々の目標を達成出来るように頑張る。俺的にはそれが今のところの最適解だと思ってる」

「なるほどな……」

「後、親父達を超えるにしてもどんな風に超えたいかっていう具体的な考えも必要だな。超えるって言っても色々な形があるから、自分はどういう超え方をしたいかっていう明確な想像はしておいた方が良い。最終的な形によって、それまでに必要な物も変わるからな」

「どのように超えたいか……」

 

 言われてみれば、俺は今までどんな風に親父達を超えたいかっていう事は考えずにただ親父達を超えたいというあやふやなビジョンのままで来てる気がする。超えたいという思いは変わらないが、風之真の言う通り、俺がどんな形で親父達を超えたいかという明確なビジョンは持ってた方が良いんだろうな。

 

「そうだ。まあ、寄り道程度にまた別の目標を見つけるのもありだが、元々の目標を達成するまではあくまでも寄り道程度に考えた方が良い。じゃねぇと、そっちにも意識が向きすぎてどっち付かずになっちまうからな。二兎追う者は一兎も得ず、なんて言葉もあるしな」

「…………」

「それと……信頼出来る相手の前では少しでも弱い自分は見せても良いと思うぜ。大切な相手の前では強く頼れる自分でありたいという考えも嫌いじゃないが、そのままだと相手から見た自分の姿ってのがそれで固定されちまう。

 そうなると、いざという時に弱さを見せられなくなり、最悪の場合その相手との関係も悪くなっちまう。だから、今は難しいかもしれねぇが、いつか機会があったら、弱気な自分や困ってる自分ってのも見せておいて良いと思う。意外とその相手も長谷の旦那がそうしてくれるのを待ってるかもしれねぇしな」

「アイツらが俺がそうしてくれるのを、か……」

「おう。ダチや家族ってのは自分にとって永遠の財産になる。だから、そういう相手には時に何かしらの形で感謝を伝えるのも必要だし、相手が困っていたら声をかけたり手助けをしたりするのも必要だ。頼ってばかりや頼られてばかりの関係じゃあ、本当の絆は結べねぇからな」

「本当の絆……」

「後は……長谷の旦那だけがこのまま取り残されるんじゃねぇかっていう心配はいらねぇと思うぜ?」

「え……?」

 

 俺が疑問の声を上げると、風之真はどこかアイツらに似た雰囲気を漂わせながらニッと笑った。

 

「そういう心配をしたり何か新しい物を見つけ出そうって考えたり出来てる時点で長谷の旦那は前に進めてる。本当に周囲から取り残される奴ってのは、今の自分に満足して進む事を諦めた奴らだからな。

 だから、長谷の旦那はしっかりと未来に向かって歩けてるし、少しずつでも成長出来てる。そこは安心しても良いと俺は思うぜ」

「風之真……」

「俺もまだ知識も人生経験も少ないぺーぺーのガキだからあまり偉そうな事は言えねぇが、長谷の旦那はそのままその親友達や翼の姐さん達と一緒に頼ったり頼られたりしながら進んでって良いんだ。

 当然、今回みたいに迷う事もあるだろうが、その時は隣を見てみれば良い。そうすりゃあ、いつだって長谷の旦那の事を助けてくれる最高のダチ達がいるだろうからさ」

「……そうか」

 

 もしかしたら俺は、心のどこかにアイツらには頼ってはいけないという思いがあったのかもしれない。アイツらだってそれぞれの未来に向かって歩いているんだから、それを妨げないために俺は競い合ったり支えたりしながら自分の力で頑張ろうという考えがあったのかもしれない。

 けど、今回みたいにそうするのにもいつかは限界が来る。人は一人じゃ生きられないなんていう言葉を聞いた事があるが、まさにその通りだったんだ。

 

 ……はは、前に遠野に対して自分の事になると時々考えすぎるところがあるなんて言ったが、今回の俺もそうだったみたいだな。答えがこんなすぐ近くにあるのにも気づかずに悩んでたんだからな。

 

 そんな事を考えながら気持ちがすっきりとしているのを感じていると、それを見ていた風之真はとても安心したように笑った。

 

「どうやら少しは楽になってくれたみてぇだな」

「……ああ、お陰さまでな。風之真、夜野、助言ありがとうな。そして、雪花達も話を聞いてくれてありがとう。みんなのお陰ですごく気持ちが楽になったよ」

「えへへ、そっか。それならよかったよ」

「はい。私達は本当にお話を聞いただけでしたが、それでも助けになれたなら良かったです」

「ふふ、そうですね。それにしても……さっきまでの話を聞いていて思ったんですが、風之真さんはスゴいんですね」

「へへ、そうでもねぇさ。俺の考えももちろん入ってるが、ウチの親分ならこう言うんじゃねぇかなっていうのを考えながら話をしていたからな」

「……そうか。風之真は本当にその親分が好きなんだな」

「おうよ! 出会ってまだ5年ちょっとくれぇだが、親分に出会ってあの優しさに触れられたから今の俺があるし、途方もねぇ目標に向かって歩き続けられるんだからな」

「途方もない目標……?」

 

 風之真の言葉に疑問を覚えた俺が聞くと、風之真は少し哀しそうな顔をしながらコクンと頷いた。

 

「ああ。俄には信じられねぇかもしれねぇが、俺達三人はこの世界とは違うとこの生まれなんだ」

「この世界とは違う世界……」

「うん。それで、三人ともその世界で普通に暮らしてた時に急にここに飛ばされて、それで困っていた時にウチの親分に出会って、話を聞いてもらった上で親分から一緒に元の世界に帰る方法を探そうって言ってもらって、今は一緒に暮らしながら日々元の世界に帰る方法を探してるんだ」

「私は最近来たばかりですが、風之真さんと雪花さんはもう5年も方法を探しているみたいで、今回三人で出てきたのも風之真さん達がその頃からやっていた街中での帰るためのヒント探しをするためだったんです」

「そうだったんですね……」

「でも、諦めるつもりは無いんだよな?」

「もちろんでぃ。今の親分達との生活も楽しくて不満なんかは一切ねぇが、このままあっちの世界に残してきた家族に会えねぇままになるのだけは勘弁だからな」

「そうだよな……」

「ああ。でもな、俺達だってただその目標を追い続けるんじゃなく、その目標を達成するまでの通過点は用意してるんだ」

「ん、そうなのか?」

 

 俺のその問いかけに風之真達は笑みを浮かべながらコクンと頷いた。

 

「俺は元の世界で『学び』っていうのを怠ってきた事で、あの世界の事について親分達に全く話せず、自分自身辛い思いをした。だから、俺は元の世界に帰るまでの間に読書や誰かとの会話の中で色々な事を学び、それを他の奴のために活かそうって考えてるんだ」

「私の場合、今は結構大丈夫だけど、当時はまだまだ未熟で雪女の力を制御出来ずにみんなに寒い思いをさせちゃってた。だから、元の世界に帰るまでにもっと雪女の力を上手く扱えるようになって、お母さん達や向こうの友達をビックリさせたい。もちろん、この力を使って親分達の役にも立つけどね」

「私はまだお二人のような明確な目標はありません。でも、お姉ちゃんやお祖父ちゃんにも誇れるような私になって向こうの世界に帰りたいと思ってます」

「……そうか。俺もお前達に負けないようにこれからも努力をしないとだな。もちろん、親友達にも時々頼りながらな」

「へへ、それが良い。どうせ頑張るなら、一緒に頑張れる相手がいてくれた方が良いからな」

「だな。さて……そうと決まれば、早速家に帰って勉強でもするか。親友達に他に予定がある内にもっと先に進んで、アイツらの前でたっぷり自慢してやらないといけないしな♪」

「はっはっは! 長谷の旦那、アンタ結構悪だねぇ♪」

「はは、まあな。あ、それと……風之真、ちょっと耳を貸してくれるか」

「ん、良いぜ。雪花、ちょいと俺を長谷の旦那の肩に乗っけてくれるか?」

「うん、わかった」

 

 雪花が頷きながら風之真を掌に乗せ、そのまま俺の肩の所まで持っていくと、風之真は俺の肩にゆっくりと降り、そのまま顔の近くまで歩いてきた。

 

「んで、どうしたんでぃ、長谷の旦那?」

「なに、ちょっと伝えたい事があってさ」

「伝えたい事ねぇ……それで、伝えたい事ってのはなんでぃ?」

「……()()()()()()()()()、そう伝えたかっただけだよ」

 

 その言葉に風之真は心から驚いた様子を見せたが、すぐに愉快そうに笑い始めた。

 

「はっはっは! 長谷の旦那は本当に大したお人だ。因みに、いつからそうだと思ってたんでぃ?」

「話し方や考え方、それと以前に会った『風祭真(かざまつりまこと)』と名前が似ていた。そして何より雰囲気がアイツに似てるんだよ。もちろん、雪花と朱夏からもアイツと似た雰囲気を感じたけどな」

「なるほどなぁ……まあ、雰囲気が似てるって言われるのは本当に嬉しい限りだ。俺にとって第二の兄貴みてぇなお人だからな」

「そっか。まあ、この事についてはアイツには黙っておくよ。たぶんだが、アイツも今は俺達に話せない何かを抱えてるようだからな」

「ああ、そうしてくれると助かるぜ。俺達としても考えは尊重してやりてぇからな」

「わかった。風之真、学校なんかでは俺達が支えるから、家なんかの方は任せたぞ」

「へへ、合点承知だ!」

 

 風之真と笑い合いながら拳を軽くぶつけ合い、風之真が雪花の肩の上に戻った後、ふと夜野に視線を向けると、夜野は少しだけむくれた様子だった。

 

「夜野、どうした?」

「……いえ、結局私はあまり役には立てなかったなと思っているだけです」

「そんな事は無いぞ? 夜野がまず話を聞いてくれようとしたから、その後に風之真達にも話を聞いてもらおうと思えたわけだからな」

「それに、翼の姐さんが先に長谷の旦那に色々な助言をしていたんだ。決して役に立ってねぇわけじゃ無いと思うぜ?」

「……ありがとうございます。ですが、私の目標を達成するには、このままではまだ程遠いんです」

「夜野の目標か……」

「因みに、それって何?」

「私の目標、それは……」

 

 そう言うと、夜野は俺にゆっくりと顔を近づけていき、首筋辺りで動きを止めると、どこか妖しげな雰囲気を漂わせながらクスリと笑った。

 

「長谷君の隣でずっと長谷君を支える事です」

「……え?」

「おや……それってぇのは、そういう事で良いのかぃ?」

「……ふふ、そうですね。でも、長谷君は色々な女の子から好かれていますし、この先も同じような事があると思います。なので、今の内に予約をしておこうかと」

「よ、予約って……」

「つ、翼さん……?」

 

 雪花と朱夏が緊張した様子で見つめる中、夜野がそのまま俺の首筋に顔を近づけたかと思ったその時、俺の首筋に何か柔らかい物が触れ、その感触に俺が戸惑っている内に夜野は顔を離しながら再びクスリと笑った。

 

「本当なら吸血鬼の血筋らしく噛み痕を残したかったですが、それはまだ流石に恥ずかしいので、今回はキスまでにしておきます。でも、覚悟しておいてください。いつか長谷君をも魅了できる程の存在になってみせますから」

「あ、ああ……」

「さて……それでは私はそろそろ失礼しますね。午後からお家の用事があるので。では……」

 

 そう言って夜野が去っていくと、雪花と朱夏は緊張した様子のまま夜野が歩いていくのを見つめていた。

 

「……今のは私達が見て良い物だったのかな……」

「なんだか、私達にはまだ早い物を見てしまった気分です……」

「くく……かもな。にしても、中々情熱的な告白をされたわけだが、長谷の旦那的にはどうだぃ?」

「えっと……まあ、気持ちとしては嬉しいが、まだ心の整理がついてないというか……」

「まあ、そうだろうな。だが、あんな風に長谷の旦那の事を想ってる相手はいるんだ。いつかしっかりと長谷の旦那の気持ちも伝えねぇとな」

「……そうだな。でも、誰かさんに気持ちを伝えないといけない奴は他にもいるよな?」

「いるなぁ……最近は結構意識してんだから、そろそろ気持ちの整理をつけて、想いを伝えてほしいとこなんだが……まあ、その内どうにかなんだろ」

「はは、だったら良いな。さて……それじゃあ俺もそろそろ行くかな。お前達はどうする?」

「んー……俺達ももう少しこの辺を回ったら帰るかねぇ。ウチの親分達も帰る頃だろうし、夕飯の手伝いをしねぇとな」

「わかった。それじゃあ……()()()、みんな」

「おう、またな!」

「またね、長谷君」

「長谷さん、またお会いしましょう」

 

 そう言いながら風之真達と別れた後、俺は公園を出てそのまま家に向かって歩き始めた。特に行きたいと思って始めた外出ではなかったが、この数時間で起きた様々な出来事は俺の世界を更に広げ、新たな発見をくれた。認めるのは癪だが、今回ばかりは親父に感謝をしないといけないようだ。

 

「……それと、さっきの件に関してもいつか決着をつけないとな」

 

 さっきの夜野の言動を思い出しながら呟いていた時、ふと頬が軽く熱を帯びるのを感じ、その事に俺はクスクスと笑い始めた。

 

「……まったく、俺もアイツらの事を笑えないな。まあでも、こういう気持ちも悪くないし、気持ちを伝えてくれた夜野には感謝だな。ただ……夜野は少しだけ間違ってる。魅了こそされてはいないが、転校してきたあの日、少なくとも俺は夜野に対して今まで他の女子には感じた事がない程の興味を感じた。アイツの言葉を借りるわけじゃないが、近くでアイツの人生を見ていたいと思う程にな」

 

 まだ人生経験が少ないから、これが恋という物なのかはまったくわからない。ただ、もしもこれが恋だというのなら、俺は絶対にこの件についてはしっかりと答えを出す。それが夜野に対しての誠意だからだ。

 

「……俺の隣でずっと俺を支えたい、か……今まで女子からかっこいいや好きは言われた事があったが、そんな事を言われた事は一度も無かった。だったら、俺もそう言ってくれた夜野に相応しい男にはならないとな」

 

 新たに定まった目標を口にしてやる気が体の奥から沸き上がってくるのを感じながら歩く事数分、家に着いた俺が玄関のドアをゆっくりと開けると、そこにはにやにやと笑う親父の姿があった。

 

「おっす! 俺、慶二(けいじ)!」

「……はあ、またアニメの真似事か。どうせやるなら、しっかりとやれよ……」

「はっはっは! まあ、その内な。それにしても……出てくる前よりも良い顔してるじゃないか、泉貴」

「……お陰さまでな。友達の力は借りたが、なんとかなりそうだ」

「そいつはよかったな。まあ、目標に向かってひたすら頑張るのも良いが、たまには何も考えない時間や誰かとの息抜きも大事だ。そうじゃないと、いずれ潰れて終わりになるからな」

「そうだな。親父、正直な事を言えば癪に障るが、今回は助かった。ありがとうな」

「どういたしまして」

 

 そう言いながら笑う親父の姿に、悔しいが俺は安心感を抱いていた。

 

 ……俺が親父を超えられるのはまだ先の話のようだな。だが、やると決めたからには、絶対にやり遂げてみせる。それが俺なりのけじめだからな。

 

 そう思いながら軽く拳を握っていたその時、親父は突然ニターッと笑ったかと思うと、俺を指差しながらからかうような調子で話しかけてきた。

 

「ところで……今日はどこの女の子と仲良くしてきたんだ?」

「どこのって……春に転校してきた夜野だが……」

「ああ、夜野コーポレーションのご令嬢か。なるほど、そうかそうか……」

「……んで、それがどうしたんだ?」

「いや、将来はウチの愚息とそこのご令嬢が仲睦まじくするんだと思ったら、ちょーっと楽しくなってきただけだよ」

「は……? 突然何を言って──」

 

 そう言いながらふと首筋を見ると、そこにはうっすらとだったが、赤いキスマークが付いていた。

 

「これ……さっきの……!」

「いやぁ、ウチの息子は愛されてるなぁ。まあ、もしかしたらウチの息子は()()()()()側かもしれないけど~?」

「てめぇ……親父!」

「わあ、怖い。怖い泉貴君はほっといて、母さん達に教えてこないとなぁ♪」

「おい! 待て、親父!」

「母さーん、(みぎわ)ー、ウチの泉貴君が女の子と仲良くしてきたみたいだよ~」

 

 とても楽しそうに言う親父の声にとてつもない疲労感を覚えながら深くため息をついたが、すぐに首筋のキスマークに視線を向けた後、俺はクスリと笑った。

 

「予約、か……キスマークは取れるかもしれないが、アイツが俺の心に空けていった予約席は、このまま他の奴で埋まる事はなさそうだな。さて……このまま玄関にいてもしょうがないし、さっさと親父達のところに行くか」

 

 そう独り言ちた後、俺は心が青空のように晴れ渡っているのを感じながら家に上がり、家族の笑い声が聞こえてくるリビングに向かって歩き始めた。




政実「SECOND ANOTHER STORY、いかがでしたでしょうか」
長谷「今回は主人公の遠野が不在の回だったな」
政実「そうだね。それと、今回は他の話に比べてちょっとだけ大人な回になったかなと自分では思ってるよ」
長谷「そっか。因みに、この先も大人な回っていうのは書く予定があるのか?」
政実「今のところはないけど、読者さんからの希望があればもしかしたらくらいかな」
長谷「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
長谷「ああ」
政実・長谷「それでは、また次回」
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