柚希「どうも、遠野柚希です。叶ったことがないのは、思いが足りないからじゃないのか?」
政実「やっぱりそうなのかな……」
柚希「それか自分の力で叶えろって事なんだろうし、それに向かって頑張れば良いんじゃないのか?」
政実「そうだね。そうすることにするよ。さて……それじゃあそろそろ始めていこうか」
柚希「ああ」
政実・柚希「それでは、第3話をどうぞ」
「おはようございま──って、あれ……?」
澄み切った快晴の青空が広がる七夕の朝、『絆の書』の皆と一緒に起きてくると、居間の隅に古ぼけた黒い箏が一張だけ立て掛けてあり、俺はそれを不思議に思いながら箏をじっくりと観察した。
箏は見るからに壊れている様子で、龍尾や龍腹には傷があり、弦は大きく広がっているため、修理しないと弾けそうもなかった。
「ん……こいつぁ、箏みてぇだが……見たところ、すっかり壊れちまってるみてぇだな……」
「はい。でも、どうしてこんなところに箏が……?」
妖気……って事はまさか……!?
「ほう……まさかこんなところにこのような者がいるとはな……」
そして、義智が興味深そうに声を上げたその時、突然箏の弦がざんばら髪のようにぶわーっと広がり、それと同時にさっきまでは見えなかった眼が勢い良く開かれた。
……あ、やっぱりそういう事か……。
その様子からこの箏がどのようなモノなのかを悟っていると、同じくこの様子を見ていた風之真が心底驚いた様子で声を上げた。
「うおっ!? 箏に眼が出て来やがった……!?」
「ふふっ、最近の箏って凄いんですね♪」
「いやいや! こころ、んな事言ってる場合じゃねぇって!!」
こころの的外れな感想に風之真がツッコミを入れていると、箏は俺達の方に視線を向け、俺達の事をジロジロと見始めた。
……うん、これは間違いなく『アレ』だな。
俺はこの箏の正体の予想がついたため、少し屈みながら箏に向かって話し掛けた。
「えっと……貴方は、『琴古主』さんですよね?」
すると琴古主らしき箏は、ふんと鼻を鳴らしながらお爺さんのような低めの声で返事をしてくれた。
「そうじゃ、小僧。儂は箏の付喪神、『琴古主』じゃ」
『琴古主』
長い年月を経た器物に精霊などが宿った存在、『付喪神』の一種で、こちらはそれの箏バージョン。基本として、破損した箏に眼のようなあり、ざんばら髪のように広がった弦を持った姿で描かれており、
でも、本当にどうしてこんなところに『琴古主』なんて……? 俺の知ってる限り、この家に箏なんて無かったと思うんだけど……。
俺がその事を少し不思議に思っていると、風之真がおそるおそる琴古主さんに声を掛けた。
「えーと……確か琴古主って言ったかぃ?アンタ……何でここにいるんでぃ……?」
「……それならば彼奴に訊けば良かろう」
琴古主さんがキッチンの方をジロリと見ながら言った時、キッチンの方から天斗伯父さんが歩いてきた。天斗伯父さんは俺達が起きてきている事に気付くと、穏やかな笑みを浮かべながら挨拶をしてくれた。
「おや、皆さん。おはようございます」
「おはようございます、天斗伯父さん」
「おはよう、シフル」
「おはようございやす、天斗の旦那」
「おはようございます、天斗さん」
俺達が挨拶を返した後、俺は琴古主さんの事を天斗伯父さんに訊いてみた。
「天斗伯父さん、この琴古主さんはいったい……?」
「ああ、この方ですか。この方は私の『あちら』の部下が山中の集落にて見つけた方ですよ」
「山中の集落だと……?」
「ええ。早朝に部下の一人が、山中の集落にて付喪神に成りそうな箏を見つけた、と報告をしてくれましてね。
なので、私が直接見に行ってみたところ、件の箏を見つけたのですが……既に琴古主さんに成っていらしたので、とりあえずお話をして、この家まで一緒に来てもらったんです。さすがにあのまま放っておくわけにもいきませんでしたから」
「なるほど……」
つまり、付喪神に成りたてって事か。……でも、それにしては、さっきよりも強い妖気を感じるような……?
その事に疑問を抱いた俺は、続けて天斗伯父さんに質問をした。
「天斗伯父さん、この琴古主さんの妖気が付喪神に成りたてにしては強い気がするんですけど、これって……?」
「そうですね……恐らくですが、この家に巡っている柚希君や風之真さんの妖気を多く吸って琴古主さん自体の力が強まったからだと思います」
「あ、なるほど……」
天斗伯父さんの答えに俺は素直に納得した。
言われてみれば、俺は魔力に妖力、それに霊力とかも使ってるし、この家の中だと風之真達も常に外に出てるから、そのくらい多く妖気が巡っててもおかしくはないよな……。
俺がこの家の力や気の巡りについての考察をしていると、天斗伯父さんがクスクスと笑いながら声を掛けてきた。
「柚希君、考え事も良いですが、まずは朝ご飯にしませんか?」
「……あ、それもそうですね。えっと……何か手伝うことはありますか?」
「そうですね……朝ご飯は既に出来ているので、皆さんで食器などの準備をお願いしますね」
「分かりました。よし……皆も協力してくれ」
「うむ」
「おうよ!」
「はい♪」
そして俺達は朝食の準備をするために、天斗伯父さんと一緒にキッチンへと向かい、手分けをしながら朝食の準備を始めた。
『ごちそうさまでした』
皆で声を揃えて挨拶をした後、俺達は自分の食器をシンクへと運んだ。
さて、そろそろ学校に行く準備でも──。
ランドセルとかの準備をするために、俺が部屋に戻ろうとした時、風之真が突然声を上げた。
「あ、そういや……俺らが学校に行って、天斗の旦那が仕事に行っちまったら、琴古主の爺ちゃんはどうしたら良いんだ?」
「あ、そういえば……」
天斗伯父さんを除いた全員の視線が琴古主さんに集中すると、琴古主さんはふんと鼻を鳴らしながら素っ気ない返事をした。
「儂は別に構わん。この場に流れる力を吸ったからと言うて、そこの白澤や覚のように人の姿を取ることは今は出来んからな。それであれば、この姿で静かにしとった方がずっとマシじゃ」
「え、でも……」
でも、やっぱり一人だけだと、寂しくないのかな?
そっぽを向くように俺達から視線を外している琴古主さんの事を心配しながら見ていると、天斗伯父さんが穏やかな笑みを浮かべながら俺達に声を掛けてきた。
「心配しなくても大丈夫ですよ。私がお昼に琴古主さんの様子を見に来ますから」
「……そういう事なら」
「ああ……問題はねぇな……」
「はい……」
天斗伯父さんの言葉に俺達は返事をしたが、それでも琴古主さんの事が心配なのは変わらなかった。
うーん……もう少し琴古主さんに歩み寄れれば良いんだろうけど、どうしたら良いんだろうな……。
俺の中で琴古主さんに対しての心配の感情がぐるぐると渦巻いていたが、学校に遅れるわけにも行かないので、ひとまずその事は頭から除け、とりあえず学校に行く準備をするために自分の部屋へと戻った。
「それじゃあ、行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」
優しく微笑む天斗伯父さんに見送られながら、俺は『絆の書』を入れたランドセルを背負って外へと出た。そして家の前に夕士がいないことを確認し、俺はランドセルを背負い直した。
……さて、それじゃあまずは夕士の家に行くか。
前にも述べた通り、俺達の家は近所にあるのだが、長谷の家と比べると夕士の家の方が俺の家に近いため、夕士が朝に迎えに来ていない場合は、まずは夕士の家に向かうことにしていた。
まあ、来てる確率は半々だから、いつも通りと言えばいつも通りだけど。
そして俺が夕士の家に向かおうと道の方へ出た時、近くから静かな声が聞こえた。
「おはよう、遠野」
「へ……?」
変な声を出しながら声の方を見ると、そこにいたのは長谷だった。
「は、長谷……?」
「そうだけど、どうしたんだ? そんな幽霊でも見たような顔をして……?」
「いや、幽霊だったらもちろん大歓迎だけど?」
俺が真顔で答えると、長谷は一瞬ポカーンとしたが、すぐに楽しそうに笑い始めた。
「はははっ! そうだよな、遠野はそういう奴だもんな!」
「ああ。あ……もちろん、妖怪でも西洋の怪物でも大歓迎だぜ?」
「あははっ! 遠野なら違ぇねえな!」
俺が軽い決め顔で言うと、長谷は更に楽しそうに笑い出した。
……まあ、大歓迎どころか、家には神様と付喪神がいるし、ランドセルの中に入ってる魔導書の中には、白澤と鎌鼬と覚がいるんだけどな。
楽しそうに笑う長谷を見ながらそんな事を考えていたその時、後ろから不思議そうな声が聞こえた。
「えーと……何で長谷はこんなに大笑いをしてるんだ……?」
振り向いてみると、そこにはポカーンとした顔の夕士が立っていた。
まあ、経緯を知らなかったら何が何だかって感じだよな。
俺はクスリと笑いながらそんな事を思った後、笑い続ける長谷を余所に夕士に話し掛けた。
「おはよう、夕士」
「あ、ああ……おはよう。それで、何で長谷はこんなに大笑いをしてるんだ……?」
「それはな……」
俺はここまでの経緯を夕士に話した。すると、夕士は心から納得した様子でうんうんと頷いた。
「あー……なるほど。そういう事か……」
「ああ」
俺が話し終えると、夕士はとても納得した様子を見せ、長谷も俺が話している内に笑うのを止めていた。しかし、さっきの長谷の笑いっぷりを見たせいか、心が妙にムズムズとしてきたような気がした。
……何だろう、ここでもっと長谷を笑わせてみたい衝動に駆られてきたような……。
そして俺が長谷を笑わせようと口を開こうとしたその時、妖力を通じて『絆の書』の中から義智が冷たい声で話し掛けてきた。
『……柚希、それは止めておけ』
『……はーい』
少しだけ残念な気持ちを感じながらも俺はゆっくりと口を閉じた。すると、夕士が何かを思い出した様子で声を上げた。
「あ、そういえば……今日って七夕……だっけか?」
「そうだけど……それがどうかしたのか?」
「たしか……七夕の日限定のデザートがあるらしくてな、それが楽しみなんだよなぁ……」
「ああ、そういえばそうだっけな……」
夕士の楽しみに満ちた顔を見て、俺はその事を思い出した。
給食のデザート……それだけでも中々の魅力を誇るけど、限られた日にのみ俺達の元を訪れる限定品となれば、その楽しみは倍増するもんな……。
ぼんやりとそんな事を考えていると、長谷がニヤリと笑いながら俺達に声を掛けてきた。
「たしかに楽しみだけど、もし争奪戦になったら、お前らは俺に勝てるのか?」
「へっ、勝てるのかじゃねぇよ、長谷……」
「ほう……?」
「勝つんだよ! 栄光を勝ち取るためにさ!」
夕士は少年漫画の主人公ばりの気合いを籠めて、右手をぎゅっと握りながら力強い口調で言ったが、それを長谷は余裕綽々な様子で見ており、ますます少年漫画の一コマを思わせるような光景になっていた。
あ、これは……アレかな?
俺はその夕士達の様子を見て、静かにフラグが立ったのを感じていたが、あえてその事は口に出さず、平静を保ったまま夕士達に話し掛けた。
「とりあえず学校に行こうぜ、遅刻をしたらそれどころじゃないからな」
「だな!」
「ああ」
そして、夕士が再び長谷に対して闘志に満ちた言葉を掛け、それに対して長谷が余裕綽々といった様子で言葉を返すのを聞きながら、俺は夕士達と一緒に学校へ向かって歩き始めた。
「何でだよ……何で勝てなかったんだ……」
給食の時間、朝の様子とは一転して、夕士はショックを隠しきれない様子で小さく呟いた。
うん……やっぱりこうなるよな。
俺は生徒による血で血を洗う争い──もといジャンケン大会で勝ち取った七夕ゼリーを前に苦笑いを浮かべていた。今日は風邪などで二人休んでいたため、俺と長谷、そしてやる気満々だった夕士は七夕ゼリーを賭けたジャンケン大会に参戦した。そして俺達三人が残ったまでは良かった。しかし──。
「フッ、合気道を習ってる俺に、精神力と勝負強さで勝つにはまだまだ早いぜ、稲葉」
もう一つの勝利の七夕ゼリーを前に、長谷は勝ち誇った笑みを浮かべていた。そう、合気道を習ってる長谷の精神力と自然とカンが鋭くなっていた俺を前に、夕士は為す術も無く敗退したのだった。
霊力とか波動の感知は、流石に反則になるからあえて使わなかったのに、まさか夕士が出しそうな手がピタリと当たるなんてな……。
俺が苦笑いを浮かべていると、その前に敗退していた生徒達からの羨望と恨みの籠もった視線が刺すように伝わってきた。
……勝負とは時に非情なのだ、恨むなよ少年達。
俺は心の中で静かにクラスメイトに言った後、勝利の七夕ゼリーに手を付けた。
……うん、美味い。
俺はこの暑さには嬉しい微かにひんやりとしたゼリーを咀嚼しながら静かに思った。
午後の授業が終わり、各持ち場の掃除も終わらせた後、俺達は帰りの会での先生の話を静かに聴いていた。
さて……琴古主さんの件はどうしようかな……。
そして家にいるであろう琴古主さんの事に考えを巡らせていると、先生の口から出てきたある言葉がフッと俺の耳に入ってきた。
「さてと……今日はみんなも知ってる通り、7月7日の七夕です。なので、帰る前にみんなのお願い事をこの短冊に書いてみましょう」
先生はクラスの人数分の短冊を見せながら、俺達にニコッと笑った。
うーん、お願い事か……前世の俺だったら絶対に『非日常的な存在達に会えますように』って書くんだけど、それはもう既に叶ってるし……。
俺があれこれと悩んでいる内に、俺の机に件の短冊が渡ってきていた。
まあ……とりあえず考えてみるか。
そして後ろの席に残りの短冊を渡した後、俺は短冊に書く願い事について考え始めた。
「うー……やっぱり悔しいなぁ……」
学校からの帰り道、夕士がとても悔しそうな様子で声を上げると、長谷がニヤリと笑いながら夕士に話し掛けた。
「それなら、俺と一緒に合気道でもやるか? もちろん、遠野でも良いぜ?」
「うーん……考えておくよ」
「そっか。遠野はどうだ?」
「そうだな……」
ふむ……合気道で培われる精神力が力の強化に繋がるかもしれないし、一度天斗伯父さんに相談してみるか。
「ちょっと興味はあるし、まずは伯父さんに相談してみるよ」
「そっか。まあ、返事はいつでも良いからな」
「ん、了解」
俺が長谷の言葉に返事をしていると、夕士が何かを思い出した様子で声を上げた。
「あ、そういえば……長谷と柚希は短冊に何を書いたんだ?」
「俺は……『学校の番長になれるように』だな」
「……ウソ、だよな?」
「……さぁな?」
夕士が少し顔を強張らせながら訊くと、長谷はニッと笑いながらそれに答えた。
たとえ冗談じゃなかったとしても、長谷ならやってのけそうだなー……。
俺がのんびりとそんな事を考えていると、夕士が今度は俺に声を掛けてきた。
「柚希は何て書いたんだ?」
「……俺か? 俺は……たしか『家内安全』だったかな? それも筆ペンで」
「か、家内安全……それも筆ペンって……」
「あ、だから短冊を集めた時の先生の顔が固まってたのか」
俺の答えを聞くと、夕士達はそれぞれ違った反応を見せた。
父さん達の事があったから、これで良いかなと思ったんだけど……やっぱり小学一年生らしくない願い事だったかな……?
俺の短冊を見たと思われる先生の困惑顔を思い出しながら、静かに思っていると、今度は長谷が夕士に話し掛けた。
「それで? 稲葉は何て書いたんだ?」
「……『もっと成績が良くなりますように』」
「あー……うん、良いと思うぞ? な、長谷?」
「そうだな。俺達よりはずっとそれらしいから、良いんじゃないか?」
俺達がそれなりにフォローを入れたが、夕士は少々納得がいかない様子で小さく腕を組み始めた。
うーん……やっぱりこの空気はマズいよな。何か……何か別の話題は……。
その時、俺はある事を思い出し、それを話題にすることにした。
「……そういえば、二人にちょっと相談したい事があるんだけど、良いか?」
「……相談したい事?」
「へぇ……相談事なんて、柚希にしては珍しいな」
「ん……まあな」
俺は若干内容を隠しながら琴古主さんの事について相談をした。そして話を終えると、夕士達は少しだけ難しい顔をし始めた。
「……なるほど、それで柚希はその人に少しでも歩み寄りたいわけか」
「ああ。せっかく知り合ったからには、仲良くなりたいんだけど、どうしたもんか分からなくてさ……」
夕士の言葉に対して、両手を頭の後ろに当てながら呟くように答えながら、俺はゆっくりと空を見上げた。
琴古主さんがこれからもウチにいるとは限らないけど、やっぱりいる間だけでも仲良くしたいんだよな……。
「仲良くはしたいけど、あまり踏み込みすぎてもいけない。けど、踏み込まなすぎても歩み寄れない。そこがかなり悩みどころなんだよな」
『なるほどな……』
夕士と長谷は声を揃えながら言うと、真剣な様子で考え始めた。
さて……俺も少しは考えないとな……。
そして皆で並んで歩きながら考えていたその時、夕士が何かを思いついた様子で声を上げた。
「あ……これなんかどうかな?」
「ん? 何だ?」
「もし出来たらなんだけどさ……今日は七夕なんだし、一緒に星空を眺めるとかどうかな?」
「一緒に星空を眺める……?」
「ああ。一緒に何かをすれば、少しでも仲良くなれるんじゃないかなと思ってな」
「一緒に何かをする、か……」
なるほど、正直これは盲点だったな……。『絆の書』の皆とは話す事で仲良くなってたから、それについてはまったく考えてなかったし……。うん、家に帰ったら試してみようかな。
「夕士、ありがとうな」
「どういたしまして」
俺がお礼を言うと、夕士はニコッと笑いながらそれに答えてくれた。
よし……まずは琴古主さんと仲良く話す事を目標して頑張ってみるか!
夕士達と一緒に歩きながら、俺は決意を新たにし、そのまま家へ向かって歩き続けた。
「ただいま戻りました」
「戻ったぞ」
「ただいまー」
「ただいまです」
夕士達と別れた後、俺は『絆の書』から皆を出し、一緒に家の中に向かって声を掛けた。すると──。
「う……うえぇぇん……!!」
「まあまあ、まずは泣き止んでくれませんか?」
居間の方から突然女の子の物らしき泣き声とそれを慰める天斗伯父さんの声が聞こえてきた。
……え、一体何だろう?
「今のって……完全に女の子の泣き声だったよな?」
「……そうだな」
「……まさか、天斗の旦那……女を連れ込んだ挙げ句、別れ話を切り出したんじゃあ……!」
「天斗さんに限ってそれは無いと思いますけど……」
理由は何であれ、中から聞こえてきたその声に、俺達は困惑の色を隠しきれなかった。
……まあ、色々気になるけど、とりあえず──。
「……中に入って、確認してみるか」
俺の言葉に皆が静かに頷いた後、俺達は家の中に入っていった。
「天斗伯父さん……? 一体何が……?」
声を掛けながら居間に入ってみると、そこには少し迷惑そうにしている琴古主さんと困ったような表情を浮かべる天斗伯父さんとあまり見た事がない存在の姿があった。
「うぅぅ……! わたし、もうダメなんですぅ……!」
「いえいえ、大丈夫ですから……」
天斗伯父さんが慰めていたもの、それは獅子の頭を持った鷲のような小さな生き物だった。
あれ……? コイツってもしかして……?
俺がその生き物の正体についての予測をしていると、俺達が入ってきた事に気づいた天斗伯父さんが俺達に声を掛けてきた。
「あ……皆さん、お帰りなさい」
「はい、ただいまです、天斗伯父さん。えっと……そこにいるのはもしかして……」
俺は頭の中に浮かんでいたその生き物の正体と思われる名前を口にした。
「『アンズー』ですか……?」
「はい……その通りです」
俺の言葉に天斗伯父さんは少し困った様子で返事をしてくれた。
『アンズー』
メソポタミア神話における怪物の一匹で、本来の名前はズー。
天の主神、エンリルに仕えているが、実はそのエンリルが持つ主神権の
……神話的にはそういう奴の筈なんだけど、コイツは……。
「うっうっうっ……」
小さなアンズーは天斗伯父さんに慰められながら悲しそうに泣いていた。
うん……やっぱりわけが分からないな……。
その様子を見ながら俺が首を傾げていると、義智が小さくため息をついた後、アンズーを慰めている天斗伯父さんに話し掛けた。
「シフル……我らに説明を頼めるか……?」
「あ……はい」
そして、天斗伯父さんはアンズーがここにいる理由を話し始めた。
「まずは……柚希君、アンズーさんについてはご存じですよね?」
「あ、はい。えっと──」
俺は義智達に分かりやすいようにアンズーについての簡単な説明を始めた。そして説明を終えると、風之真が腕を組みながら声を上げた。
「なるほどなぁ……だが、その主神に仕えてる筈のアンズーが、何でここにいるんでぃ?」
「実はここにいるアンズーさんはその主神であるエンリルに仕えているアンズーさんの娘さんの一人でして……お母様が娘さん達に主神に仕えるにあたっての心構えなどを教えていたのですが……」
「……もしかして、この
「はい……それでお母様とエンリルさんがこちらの娘さんを連れて、私の執務室においでになったのですが……エンリルさん達が言うには、この娘さんに世界という物を見せてあげて欲しいとの事だったんです」
「世界という物を見せる……もしかしたらそうすることで、見識を深めつつ度胸とかを付けて欲しいって事かもしれませんね……」
「はい、私もそうだと思います。なので、とりあえず家にお連れしたのですが……突然泣き出してしまって……」
「ふん……おおよそ、自身の不甲斐なさに泣き出したのだろう」
義智が鼻を鳴らしながら言うと、アンズーは涙声でそれに答えた。
「グスッ……はい……わたし、精いっぱい頑張っているんですが……姉さん達みたいに全然出来なくて……それでその事を考えてたら……どんどん悲しくなってきて……」
「なるほどな……」
これは物覚えが悪いのとはまた違った事のような気がするな……。よし、それならこのアンズーにもちょっと俺の計画に付き合ってもらうとするか。
俺は心の中で静かに決めた後、アンズーと琴古主さんに声を掛けた。
「アンズー、琴古主さん。ちょっと良いですか?」
「グスッ……はい」
「……何じゃ、小僧」
悲しむアンズーと不機嫌そうな声の琴古主さんを見ながら、俺は夕士が出してくれたアイデアを口にした。
「今夜、一緒に星空を見ませんか?」
「おっ、これは良い感じに見えてるな……」
その日の夕食後、俺は天斗伯父さんや『絆の書』の仲間達、そしてアンズーと縁側に置かれた琴古主さんと一緒に縁側に座りながら星や天の河を眺めていた。
うん、今日はすっかり晴れてたし、絶好の観測日和みたいだな。
「わぁ……! きれい……!」
「……ふん」
アンズーは目をキラキラさせながら、そして琴古主さんは静かに星空を眺めていた。
よし、第一段階はこれで良いな。
琴古主さん達の様子を見て、俺が確信していると、琴古主さんが俺の事を片眼でジロリと見ながら話し掛けてきた。
「……小僧、この催しは一体何のつもりなんじゃ……?」
「あ……わたしもそれは訊きたいです……」
琴古主さんの問いを聞き、アンズーも不思議そうな様子で俺の事を見始めた。俺はそれにニッと笑いながら静かに答えた。
「せっかくこうして知り合ったので、一緒に何かをやってみたいと思った。ただそれだけの事ですよ」
「ふん。共に何かを、のぅ……であれば、別の物でも良かったのではないのか?」
「いいえ、
「今夜だから、じゃと……?」
不思議そうにしている琴古主さんに、俺は星空を眺めながら静かに答えた。
「今日は七夕と言われる日、そしてその七夕の伝説の中でわし座のアルタイルである彦星とこと座のベガである織姫が一年に一度だけ会う事が出来る日なんです」
「わぁ……! それってすごくロマンチックですね……!」
「うん、そうだな。そして今夜だから良かった理由、それは──」
俺は琴古主さんとアンズーの両方を見ながら言葉を続けた。
「性別こそ逆ですが、お二人が
「……つまり、儂とこの娘の姿がその話の内容にちょうど良かったからというわけか?」
「はい。それに……そういった話題があった方が話は楽しくなりますからね」
「ふん……そうか」
琴古主さんは静かに言うと、再び星空に興味深そうな視線を向け始めた。
さて、まずはアンズーの方から行くかな。
星空を眺めつつ、俺の様子を静かに見ている天斗伯父さん達の視線を受けつつ、俺はアンズーに話し掛けた。
「アンズー、お前は主神に仕えるにあたって、覚えるべき事が中々覚えられなくて泣いてたんだよな?」
「は、はい……姉さん達みたいにすんなりと出来るなりたいんですけど、それが中々出来なくて……」
「そっか……でもさ、焦る必要なんてどこにも無いんじゃないのかな?」
「え……?」
不思議そうな表情を浮かべるアンズーに対し、俺はニッと笑いながら俺なりの考えを話し始めた。
「だって今、そのお姉さん達に少しでも追いつきたいって思った結果、焦ってるんだろ?」
「は、はい……」
「でもさ……焦ったところで、何の解決にもならないだろ?むしろ、もっと出来ないってなって更に落ち込むことになる気がするし」
「そ、それは……! でも、私は……」
アンズーは少しだけ納得したように見えたが、すぐにまた元の表情に戻ってしまった。
うん……後、もう一押しかな。
アンズーの様子を見て判断した後、俺は静かに話し掛けた。
「なあ、アンズー。何でエンリルさんとお前のお母さんがお前を天斗伯父さんのところに連れて来たんだと思う?」
「それは……お母さんが言ってた通り、色々な世界を見て欲しいから……そして姉さん達みたいになって欲しいから……」
「うん。たぶん半分正解で半分不正解かな」
「え……?」
「エンリルさん達が思ってた事、それは……色々な世界を見る事で、お前に気付いて欲しかったんだよ。お前らしいやり方って物にさ」
「わたしらしい……やり方……?」
「そう。お前はお姉さん達と自分を比べてしまった事で、自分の悪いところばかりを見てしまい、自分らしいやり方に気付くことが出来ずにいた。
だからエンリルさん達は、お前に一度別の場所で生活を送らせる事で、自分自身を見つめ直し、自分自身にとってやりやすいやり方を見つけて欲しいと思ったんだと思う」
「わたしらしい……やり方……。そんな物、見つけられるんでしょうか……?」
「きっと──いや、絶対に見つけられるよ。だって──」
俺は天斗伯父さん達、この家の住人達の事を見ながら言葉を続けた。
「数こそ少ないけれど、ここには色んなモノ達が住んでいる。つまり、住んでいるモノの数だけ、色んな考え──そして色んなやり方があるんだよ。だからそんな中で過ごしてれば、いつの間にか自分らしいやり方も見つけられると思うぜ?」
「住んでいるモノの数だけ色んな考え、やり方が……」
アンズーは俺の言葉を呟くように繰り返すと、何かを考え込むように小さく俯いた。
よし……次は琴古主さんだな。
そう思いながらアンズーから琴古主さんへと視線を移すと、琴古主さんは俺の視線に気付いた様子で、俺の事をジロリと見始めた。しかし、俺はそれには一切動じずに琴古主さんへと話し掛けた。
「琴古主さん、半日くらいですけど、ここに来てみてどうでした?」
「……ふん。お前達によるものかは分からんが、ほどよい妖気が巡っておるため、居心地は良いがな」
「ふふ、それなら良かったです。琴古主さんがいつまでここにいるかは分かりませんけど、いる間はやっぱり居心地が良いようにしたかったので」
「ふん、儂に気なんぞ使わんでも良い。……むしろ気なんぞ使われた方が迷惑じゃからな」
「そうかもしれませんが、俺はそういうタチなので、何かとお世話を焼くことがあるかもしれませんね」
「……ふん、お人好しめ」
琴古主さんは静かに言うと、そっぽを向くように視線を逸らした。
……これで一応第二段階──いや、これで今回の作戦の全体が成功かな。
星空を眺めながら静かな決意を秘めた目をしているアンズーと静かに星空を眺めている琴古主さんを見ながら確信していたその時、琴古主さんの姿が突然月光のような白い光に包まれ始めた。
まさかこれは、しんかの……。
その時、義智が冷たい声で話し掛けてきた。
「……柚希、今ボケるのは止めておけ」
「……了解」
義智にボケを止められた後、俺は皆と一緒に琴古主さんの様子に注目した。琴古主さんは白い光に包まれながら二つに分かれると、一つは徐々に人のような形に変化していったが、もう一つは箏の形のままだった。
そして光が消えた時、そこにいたのは長い銀髪を麻紐で結った作務衣の老人と新品同様に綺麗になった一張の黒い箏だった。
これは……琴古主さんの人間体なのかな……?
義智と天斗伯父さんを除いた全員がボーッとしながら琴古主さんの事を見ていると、琴古主さんは自分の姿と傍らに置かれた箏に目を向け、信じられないといった様子でポツリと呟いた。
「……これは、まさか……この家に巡る妖気の影響か……?」
「それもあると思いますけど……たぶん、月から発せられる霊力や魔力の影響かもしれませんね。おそらくそれらとこの家に巡る妖気、そして琴古主さんの妖力が共鳴した結果、こうなったんだと思います」
「ふん……なるほどのぅ……」
琴古主さんは俺の説明を聞くと、縁側に向かって箏の前に座り、いつの間にか両手の指に付けていた爪を使って箏を演奏し始めた。
……これは、あの曲かな……。
「ふふ、とても綺麗な音色ですね」
「……ふん」
「俺は、音楽には明るくねぇんだが……この演奏だけは凄ぇって断言できるぜ……」
「はい、そうですね♪」
「ふふっ……♪ 何だかこの星空みたいな綺麗な音色です……♪」
皆がそれぞれ感想を述べる中、琴古主さんは静かに演奏を終えた。そしてまた自分の姿と目の前の箏に目を向けると、静かな声で呟いた。
「……なるほど。これが儂──琴古主か……」
その琴古主さんの顔は、箏の時みたいな気難しそうな様子では無く、演奏が出来たことを静かに喜んでいるような様子だった。
「琴古主さん」
「……小僧。いや……柚希と言ったか。今の音色をお前はどう感じた?」
「俺は音楽の事について詳しいわけではないですけど……聴いていてとても穏やかな気持ちになる、そんな音色だと思いました」
「ふん……そうか」
俺の感想に琴古主さんは鼻を鳴らしながら答えると、今度はアンズーの方へ視線を移した。
「アンズーの娘、お前は柚希の話を聞いたわけだが、柚希の言う通り己に相応しき手段を見つける事が出来ると思うか?」
「それは……今は分からないです。でも──」
アンズーは俺や天斗伯父さん、そして義智達に視線を向けた後、琴古主さんの方へ視線を戻してから言葉を続けた。
「柚希さん達となら、様々なものを見る事が出来、それらを通じてわたしらしいやり方に近付けるかもしれないと思いました」
「……そうか」
アンズーの言葉を聞くと、琴古主さんは満点の星空の中に浮かぶ月を仰ぎながら静かに話し始めた。
「儂は……この琴古主となった時、恨みなどよりも何故か寂しさというものを感じておった。
しかし、儂にはその理由が全く分からず、柚希達が出掛けた後、しんと静まり返ったこの家で考えておった。そしてそれによって、儂が辿り着いたその寂しさの答え。それは……廃れる事で忘れ去れていく事への恐怖と儂を弾く者がいなくなる事への寂しさだった」
琴古主さんは遠い時を想うような眼で、俺達へと視線を移した。
「柚希、天斗、義智、風之真、こころ。しばらく──いや、お主らの命の火が消え行くその時まで、この箏と共に厄介になるぞ」
「……え? それってもしかして……」
「うむ。このような物言いは少々気恥ずかしいが、お前達の確固たる繋がりを見ている内に、儂の感じておった寂しさと恐怖、それらはすべてお主らと共に過ごすことで無くせると思うたからのぅ」
「琴古主さん……」
琴古主さんの少し気恥ずかしそうな顔を見ていた時、アンズーも微笑みながら俺達に話し掛けてきた。
「みなさん、わたしもそれにご一緒させてもらえませんか?」
「アンズー……?」
「さっきも言いましたけど、わたし、思ったんです。みなさんと一緒なら、わたしらしいやり方に近付けるかもしれないって。だからその時まで──いえ、みなさんとずっと一緒にいさせて欲しいんです」
「アンズー……」
琴古主さんとアンズーの顔は出会った時の様子と違い、この星空みたいな綺麗な輝きを放っている気がした。
ふふ、そういう事なら断る理由はないな。
そして口元を綻ばせながら皆の方に視線を向けてみると、皆も嬉しそうな笑みを浮かべていたが、義智だけはいつも通りの真剣な表情を浮かべていた。しかし、その雰囲気からは拒絶などの感情は感じられなかった。俺は琴古主さん達の方へ視線を戻し、ニコッと笑いながら静かに答えた。
「分かった。それじゃあこれからよろしくな」
「うむ、よろしく頼むぞ、皆の者」
「よろしくお願いします、みなさん」
琴古主さんとアンズーが声を揃えて言うと、風之真が何かを思い出した様子で声を上げた。
「そういや……琴古主の爺ちゃんとアンズーの嬢ちゃんの名前を訊いてなかったんだが、名前は何て言うんだぃ?」
「ふむ、名か……琴古主となる以前も、名と言えるものは無かったのぅ……」
「わたしも……まだ見習いなので、エンリル様より名前を頂いてないです……」
「あ、そういう事なら、柚希の旦那が付ければ良いんじゃねぇか?」
「え、俺が付けても良いのか?」
風之真の提案に俺は少しだけ驚いた。琴古主さんはともかく、アンズーの話によると、主神エンリルさんから名前をもらう事になるはず。それなのに俺が勝手に名前を付けても良いものか、俺は少しだけ迷っていた。
そういうのって、やっぱり良くはないんじゃないのかな……?
俺がどうしたものか迷っていると、天斗伯父さんが静かにクスリと笑った。
「大丈夫ですよ、柚希君。エンリルさんには私が後で伝えておきますから、柚希君は安心してアンズーさんと琴古主さんのお名前を考えて下さい」
「天斗伯父さん……分かりました」
そして俺は琴古主さんとアンズーの名前を考え始めた。
うーん……名付けなんて久しぶりだし、どうしたもんかな……。
悩みながら琴古主さんとアンズーの姿を見ていた時、俺の中にある考えが浮かんだ。
うん、こうなったら
そして名前を考え終えた後、俺はその名前を口にした。
「琴古主さんは……
「ほぅ……この箏の黒と儂の銀髪から取り、黒銀か……ふむ、中々悪くはないのぅ」
「私のはアンズーを縮めてアンですね。ふふ、でも何だか響きが可愛くてわたしは良いと思います」
「そっか、良かったぁ……」
黒銀さんとアンの感想を聞き、俺が心の底から安心していると、黒銀さんが静かな声で話し掛けてきた。
「柚希よ、名付けの件、感謝するぞ」
「どういたしまして、黒銀さん」
「……柚希、儂に敬語なぞいらん。儂らはこれからと共に歩む友なのだからな」
「……分かった。黒銀、アン。これからよろしくな」
「うむ」
「はい♪」
黒銀達の返事に頷いて答えた後、俺は傍らに置いていた『絆の書』を引き寄せ、そのまま空白のページを開いた。
さて、そろそろ俺の事について話すとするか。
そう感じた後、黒銀達に対して、『絆の書』の事や俺の事について話を始めた。そして俺が話を終えると、黒銀は興味深そうな声を上げた。
「ふむ……転生者、そして我らのようなモノとの絆の証となる『絆の書』か……」
「えっと……それで、この『絆の書』に柚希さんとわたし達の力を入れれば良いんですよね?」
「うん、そうだよ。
さて……まずは黒銀、お願いな」
「うむ、承知した」
黒銀の返事を聞いた後、俺達は空白のページに手を置いた。そしていつものように自分達の力を『絆の書』へと注ぎ込み始めた。
……っと、始まったな……。
体の奥から腕を通して手から『絆の書』へ流れていく魔力を静かに感じていた。
……ぐっ……!
そして、必要な量が流れ込んだのを感じた瞬間、体の力がすっと抜け、そのまま倒れ込みそうになったが、何とかすぐに力を入れる事でそれを回避することが出来た。
よし……少しは慣れてきたかな。
そして『絆の書』に視線を移すと、そこには穏やかな表情を浮かべる箏の姿の黒銀と琴古主についての詳細が書かれた文章が浮かび上がっていた。
じゃあ……次は、アンだな。
俺はその次の空白のページを開いた後、アンに声を掛けた。
「それじゃあ、アン。頼んだぞ」
「はい」
そして、アンと一緒に空白のページに触れた後、俺達は『絆の書』に自分達の力を注ぎ込み始めた。
ふぅ……一日に二人なんて初めてだから、さっきよりもちょっとキツいな……。
いつの間にか額に浮かんでいた汗のひんやりとした冷たさを感じながら、俺は魔力を注ぎ込み続けた。
……ぐ、やっぱりキツいかな……!
そして必要な量が流れ込んだのを感じた瞬間、いつもより酷い脱力感と軽い目眩に襲われた。
あ……流石にこれはマズいかも……。
しかしその時、俺の両腕と服の襟を掴まれたような気がした。
「え……?」
その感覚を不思議に思いながら後ろを振り向いてみると、義智とこころが腕を片方ずつ、そして風之真が服の襟を掴んでいた。
「まったく……柚希、無茶をするな」
「大丈夫ですか、柚希さん?」
「俺らがしっかりと掴んでるから、問題はねぇぜ。柚希の旦那」
「皆……ありがとうな」
皆にお礼を言いながら微笑んだ後、俺は『絆の書』に視線を移した。するとそこには、楽しそうに空を飛ぶアンの姿、そしてアンズーについての詳細が浮かび上がっていた。
うん、これでオッケーだけど、やっぱりもう少し力をつけないと、これからキツそうだな……。
その事について苦笑いを浮かべていると、月の魔力の影響かだんだん体の力が戻ってきているのを感じ、いつの間にか目眩も治まっていた。
「よし……もう大丈夫そうだ。皆、ありがとうな」
「うむ」
「おう!」
「はい♪」
皆は俺の言葉を聞くと、ゆっくりと手を放した。
……うん、やっぱり合気道の件は受けておいた方が良さそうだし、後で天斗伯父さんにしっかりと話そう。
心の中で静かに決意した後、俺は黒銀とアンのページに魔力を注ぎ込んだ。するとページから二つの光の球体が浮かび上がり、俺達の近くに静かに滞空した。そしてそれらは徐々に姿を変え、光がゆっくりと消えた後、そこには人間体の黒銀と黒い箏、そしてアンの姿があった。
「ふむ……あれが『絆の書』の中か……中々住み良い雰囲気を持つ屋敷であったな、アンよ」
「はい。それに綺麗な花も咲いていて……わたし、とても素敵だと思いました♪」
「ふふ、それなら良かったよ」
黒銀達の感想に小さく笑いながら答えた後、俺は月光が『ヒーリング・クリスタル』に当たるようにしながら、また星空へと視線を移した。すると黒銀を除いた全員が同じように星空へ視線を移し、黒銀はまた静かに箏を弾き始めた。
うん、こんな七夕の夜も良いもんだな……。
静かで儚い箏の調べの中、俺達はキラキラとした輝きを放つ七夕の夜の星々を静かに眺めていた。
政実「第3話、いかがでしたでしょうか」
柚希「今回の俺はボケ担当みたいになってたな」
政実「うん、たまには良いかなと思ってね」
柚希「ふーん……まあ、たしかにたまになら良いかもな。そして最後に、この作品についての感想や意見、評価もお待ちしていますので、書いて頂けるととても嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「よし……それじゃあそろそろ締めていこうか」
柚希「ああ」
政実・柚希「それでは、また次回」