「今日は皆に重要な知らせがある」
東郷長官からの招集で海軍本部庁舎に私たちが集まると、長官はゆっくりと口を開いた。
「ガメリカが、
またいつものガメリカの横暴かと私が尋ねる。
中帝国を下したことで、一時とはいえアジア星海域に平和が訪れるかと思われたが事はそう上手くは行かなかった。
日本帝国は旧中帝国の領域に軍政長官として船山暇太郎陸軍中将を置き、治安の安定化を図っていたがガメリカがこれに猛反発。
シュウ皇帝個人とガメリカ共和国政府との間で交わされたとする中帝国領土の共和国引渡し条約の履行を強く求めていた。
「その対策も兼ねて、私たちはオフランス亡命政権からベトナム星域管理権を譲渡してもらったんだしねぇ」
これに対抗する意味も込め、ドクツの新兵器Uボートに敗れ本土を追われ散り散りとなったオフランス亡命政権のうちの一つからベトナム星域の委任統治権を譲り受ける。
「じゃが、それが相手サンの気に障ったこともまた事実」
それをうけたガメリカ政府は、再度中帝国領土の引渡しとベトナムからの撤退、日独伊三国協定の破棄、貿易摩擦の改善――という名目のガメリカ優遇貿易協定――を求め、日本帝国政府を痛烈に批難していた。
「……今回はそう簡単な問題じゃない」
「ひとまず、資料を読んでください」
東郷長官と秋山参謀長が苦虫を噛み潰したような顔で言う。
そこに書かれていたのは――
「日米安全保障条約締結可否伺い?」
そう銘打たれた書類の束、読み進めていくとその内容は酷いなんてものじゃなかった。
日本帝国は際限無き軍備強化を進め世界秩序の安定を脅かす存在となっていること。
いずれガメリカやその同盟国に攻めかかるのは必然であること。
ガメリカ政府はこれを平和的に解決したいと望んでいること。
この条約で日本とガメリカは同盟国となること。
ここまでは、日本がガメリカに攻め込むといった荒唐無稽な主張にさえ目を瞑れば分からなくもない。
だが、ここからが問題だった。
世界の驚異となる日本軍は直ちに解体すること、ガメリカ軍が日本の防衛を肩代わりする。
日本の安全はガメリカが保証するため以後一切の軍備を破棄し再軍備を行わないこと。
ガメリカ企業の日本領域内での活動を日本政府が支援すること。
ガメリカ軍の域内通行権を無条件に承認すること。
日本星域内にガメリカ軍基地を敷設し駐屯軍に治外法権を与え国家予算の10%を防衛料としてガメリカ政府に支払うこと。
指定期日中に返答なき場合ガメリカは世界の平和のために軍事行動を開始するものとする。
「……ッ!?」
全て勝手な押し付けだ。
これはつまり、日本に対しガメリカの属国に、いや、ガメリカの植民地になれと言っていると同義だった。
「質の悪い冗談のようだが、これはガメリカ外務省が正規の手順で送りつけてきた外交文書だ。そして、先の御前会議でこれを受け入れず対米英開戦すると決議された」
東郷長官と秋山参謀長を除くその場の全員の顔が一瞬こわばる。
当然だ、ガメリカ・エイリス共に世界に冠たる超大国、その両国相手に戦争を挑むなど国難以外の何物でも無かった。
「楽に……とは言わないが、まだ僅かばかりとはいえ勝算は残されている。厳しい戦いになるのは必然だが、全力を尽くして勝ってやろうじゃないか」
そう言うと長官は不敵に微笑む。
「……上等だ!鬼畜米英、まとめて吹っ飛ばしてやるぜ!」
「相変わらず無茶をしよるわい」
「よしっ、じゃあ美味いメシでも作ろうかね。ぱーっと騒いで食って寝て、戦に備えようじゃないか!祀梨ちゃん、多萌、手伝ってくれるかい?」
「おいす。了解です」
「ふふ、先輩らしいというか……。分かりました」
先輩に付いて厨房へ向かいながら、私はお父さんとの約束を思い出す。
――日本を、海軍を、頼む。
約束を果たすための、真の意味で日本の未来を賭けた戦いが始まろうとしていた。
―――――――――
対ガメリカ戦に備え、日本軍は陸海問わず練成と再編に務めることとなった。
私たちに余剰戦力なんてものは無く、遊兵を作るわけにいかないのだから当然だ。
そんな日本軍全体が再編を進めていたある日、私は東郷長官に呼び出された。
「他萌です。東郷長官、いらっしゃいますか?」
「入ってくれ」
長官公室に入ると、そこには既に先客がいた。
「あれ?リディアちゃんにベコちゃん?」
「あ、多萌!」
「他萌さんも呼ばれたんですか……?」
ノムン=ハーンの戦いで捕虜になり、東郷長官の
「それで、私たちを呼び出した理由は何でしょうか?長官」
私の問いに長官はニヤリと笑うと、机から三枚の紙を取り出した。
「君たちに辞令を交付するためさ」
その辞令を見て私は目を丸くする。
そこに書かれた文章、それは――
日本帝国海軍少将山口多萌、中将に任官の上ベトナム星域駐留南遣艦隊司令官を任ず。
「……えっ?」
「書いてあるとおりさ。多萌ちゃん、君にはエイリスの抑えとして南遣艦隊を率いてインドカレー方面での作戦行動に当たって欲しい」
「で、ですが私よりも適任な人だって……」
「中帝国戦役での活躍を鑑みた上での決定だ、補給や補充は十全に行うと約束しよう」
そこまで言われては、断るわけにも行かなかった。
「わ、分かりました……山口多萌海軍中将、南遣艦隊司令官の任をお引き受けします」
「頼んだよ、多萌ちゃん」
「うぅ……全力は尽くします……」
こうして私は、日本帝国海軍南遣艦隊司令官として南方作戦に携わってゆくこととなったのだ。