「さて!」
荷物を荷台に置くとスバルはウンッと伸びをした。
「これで明日には目的地につくね?」
「ゴメンね、夏休み最後に二人で旅行に行きたいなんていって?」
「そんなことないよ!」
スバルは首を振り、ミソラの頭を撫でた。
「今年、最後の夏休みの思い出はやっぱり、ミソラちゃんと一緒に作りたいから、ボクも嬉しいよ!」
「スバル君……」
嬉しそうに笑った。
「ありがとう!」
優しくキスをした。
「えへへ♪」
幸せそうに下唇を撫でるとミソラを見て、スバルは夜景の見える部屋の窓を開いた。
「でも、まさか、寝台電車に乗れるなんて思わなかったな……しかも貸切の高級部屋なんて、贅沢な……」
「私に感謝してよね!」
カバンからチケットを取り出しすとミソラは得意げに鼻を鳴らした。
「私が懸賞で当てたこのツアーがなかったら、こんな贅沢できなかったんだから!」
「はは♪ もう、ミソラちゃんは自慢癖があるんだから♪」
「えへへ……♪」
テレたように笑い、ミソラも窓の外を見た。
「やっぱり、寝台電車から見る夜空ってなんだか、綺麗だね?」
「そういえば、昔、こんな夜景の書かれた小説を読んだことがあったな……」
「え、どんなのどんなの?」
スバルは思い出すように動き回る夜空を見た。
「確か、格差の激しい家に生まれた男女が家の反対を押し切って駆け落ちする話だよ」
「うわぁ~~……ロマンチック♪」
「最初はうまくいってたけど、だんだんと現実の厳しさに負け、後半はケンカや不倫が繰り返されて、最終的にはお互い愛想をつかして女の人がお金も目的で男の人を殺して、さらに不倫していた男に騙され全財産を失って、自殺するってオチだったような……あ?」
「ぷくぅ~~……」
頬を膨らませるミソラにスバルは慌てて弁解した。
「た、ただの作り話だよ! それにこれは駆け落ちじゃないし!?」
「雰囲気を壊したのは事実だよ!」
「ご、ごへんなはい……」
両頬を引っ張られ、スバルはマヌケな謝罪をした。
「まったく……」
手を離し、ミソラはため息を吐いた。
「なんで、今、そんなこと言うのかな?」
「ごめん……」
反省するスバルにミソラはクスッと笑った。
「仕方ないんだから……ん」
ミソラの顔が少し赤くなった。
「どうしたの、ミソラちゃん?」
「ちょ、ちょっと……」
恥ずかしそうにもじもじした。
「どうしたの、もしかして、酔ったの?」
「ち、違うよ……えっと」
「……?」
「ああ! もう察しが悪い!」
ごにょごにょと耳打ちした。
「ああ、トイレね!」
バチンッと頭を叩かれた。
「大声で言わないでよ! 恥ずかしいじゃない!」
「で、でも、この部屋、ボクと君しかいないよ?」
「それでも恥ずかしいの!」
背を向け、個室のドアに手をかけた。
「ちょっと、トイレにいってくるからね! そ、想像しちゃダメだよ!」
「そうぞう……」
「だから、考えるな!」
「ご、ごめん!」
「スバル君のエッチ!」
ベェ~~と舌を出し、部屋を出て行くミソラにスバルは頭の後ろをかいた。
「ミソラちゃん、可愛いんだから!」
クスクス笑い、スバルは部屋の隅に置いてあったカバンを取り出した。
中から読みかけのSF小説を取り出し、開いた。
「なんか、寝台電車で読む小説って趣が違うな?」
ロマン溢れるシチュエーションにスバルは少し酔った。
電車がトンネルに入った。
「うん?」
一瞬、窓のガラスに人が映った気がし、本から目を離し、顔を上げた。
「ミソラちゃん、帰ってきたの?」
ドアを見た。
誰もいなかった。
念のためドアを開け、ミソラの姿を探した。
やはり、誰もおらず、気のせいかと部屋に戻ろうとした。
振り返って、スバルはビックリした。
「君、どこから入ってきたの?」
自分と同じ位の女の子が部屋にいて、スバルはたしなめるように近づいた。
「勝手に入っちゃダメだよ。お母さんに怒られちゃうよ?」
「お母さんって、誰?」
「誰って……え!?」
スバルは真っ青になった。
少女は足が無かったからだ。
「おばおばおばばばばば!?」
混乱したスバルは固まってしまった。
ポンッと肩を叩かれた。
「ひあぁぁぁ!?」
腰を抜かし尻餅をついてしまった。
「ど、どうしたの、スバル君、いきなり倒れて!?」
「あ、ミソラちゃん」
腰を抜かし、顔上げられないスバルに戻ってきたミソラは部屋を覗いた。
「もしかして、泥棒でもいた?」
「も、もっと怖い奴だよ! オ、オバケが……」
「オバケって……誰もいないよ」
「い、いたんだよ! 足が無くって、声が湿っぽい……」
「もう! ふざけないんで!」
スバルを立たせようとしゃがみ、手を取った。
ミソラの顔を見て、スバルは卒倒した。
「あうぅ~~……」
「ス、スバル君!?」
泡を吹いて倒れるスバルにミソラは慌てて抱きとめ、身体をゆすった。
「ちょ、大丈夫!?」
「か、顔が……」
「まったく」
クスクス笑い、スバルをお姫様抱っこし、部屋に入った。
「まさか、気を失っちゃうなんて……」
スバルをベッドに寝かせ、シーツをかけてあげると部屋の中を踊るように歩き出した。
「今日のお客様は楽しめそう♪」
そういい、顔の無いのっぺらぼうのミソラは部屋からテンポを踏むように消えていった。
ミソラがトイレから出ると恥ずかしそうにうつむいていた。
どうやら、三日目だったらしい……
(旅行中に開放されるなんて、思わなかった……)
恥ずかしさにトイレが長くなった言い訳を考えると、また赤くなった。
「とりあえず、帰ろう」
長くなればなるほど余計な疑いを受ける。
ポチャンッと水滴が落ちる音が聞こえた。
「うん?」
振り返り、首をかしげた。
「気のせいかな?」
部屋に戻ろうとした。
今度は蛇口を捻ったような勢いのある水の音が聞こえてきた。
「……?」
さすがに今度は変に思ったミソラは蛇口の水流が流れる音に向かって歩き出した。
「どこかで水漏れしてるのかな?」
だったら危ないから、調べて車掌さんを呼ばないととミソラは考えた。
車両をいくつかまたいでミソラは不思議に思った。
「この電車って、こんなに車両があったっけ?」
たしか、自分の記憶だとこの電車は十両だけだったはず。
ミソラがスタートしたトイレのある車両は真ん中の五両目にあった。
すでに歩き出して六両以上は経っている。
普通だったら前の車両で運転席かどこかにぶち当たって、Uターンしなければならないはず。
でも、不思議なことに車両はまだまだ続くと言いたげに長く続いていた。
「なんか、怖いな……」
蛇口を捻ったような水流の音はまだ聞こえていたがこれ以上ここにいるのが怖くなりスバルのいる部屋に帰ることにした。
背を振り向くとミソラはビックリした。
「この部屋って……トイレ?」
そこはさっき、自分が用を済ませたトイレだった。
この車両のトイレは一つ一つに番号が振られており、今、どこの車両にいるかわかるようになっている。
自分が入ったトイレは五両目なので五番トイレだった。
今、目の前にあるトイレも五番トイレだった。
ミソラは本格的に怖くなり、部屋に帰るため走り出した。
さらに不思議なことが起こった。
「ド、ドアが追ってくる!?」
構造上の造りを無視したように五番トイレはまるでミソラを追いかけるように隣を走り回った。
パニックになり、ミソラはさらに走った。
転んだ。
「あで!?」
アイドルとして怪我をしない転び方は心得てるのか、派手な転倒の割りに膝小僧は打っておらず、怪我はしてなかった。
「なんで、こうなるのかな?」
トイレを見て、ようやくミソラは気付いた。
このトイレから蛇口の水を捻る音が聞こえてると……
「なんで、気付かなかったんだろう?」
怖かったが調べないと帰れそうにも無かったのでトイレのドアを開けた。
トイレの中にはなぜかスバルがいた。
ミソラはホッとし顔をした。
「スバル君、よかった! なんだか、この部屋、変なんだよ!」
「……」
「スバル君?」
「……なんで」
「はい?」
「なんで、ボクは君の顔が見えないんだい?」
「ッッッッッ!?」
振り返ったスバルの両目には眼球が存在せず、グロテスクな目の穴がミソラを捉えていた。
ミソラはパニックが限界になり、涙目で悲鳴を上げた。
「ヒァァァァァァァ!?」
バタンッと倒れてしまった。
「ありゃりゃ……」
眼球の無いスバルはグロテスクな顔を隠すように目隠しをし、腰をかがめた。
「この子もビビリだな……?」
チョンチョンとミソラを突っつき、目隠しをしたスバルは優しく彼女の身体を持ち上げた。
クスクス笑った。
「今回のお客さんは上客かも!」
ミソラをもとの部屋に起こさないよう連れて行くと目隠しをしてるスバルはちょっと考えた。
「ボクもこんな彼女ほしいな……」
ガコンッとなぜか、頭の上からタライが落ち、ミソラを落とさないよううな垂れた。
「誰だよ……イタズラしたの?」
目を覚ますとスバルとミソラは同じベッドに寝ていた。
お互い、相当怖い思いをしたのかガッチリ抱き合ったまま、震えていた。
スバルとミソラはお互いの顔を認識すると、ぎゅっと頬を引っ張った。
「は、はにするの、ミホラひゃん?」(な、なにするの、ミソラちゃん?)
「ス、スハルくんほそ……!」(ス、スバル君こそ……!)
お互い本物だと確認すると手を離し、ホッとした。
腫れ物が取れたようにベッドから降り、胸を撫で下ろした。
「夢か……怖かった!」
「夢? ボクも怖い夢を見たよ!」
「ど、どんな夢?」
「ミソラちゃんこそ……」
「お、思い出すのもいや!」
「ボクもだよ」
頭でわかってもスバルもミソラも恋人が本物か、何度も目で確かめた。
スバルは思い出したように話を変えた。
「そういえば、昨日から聞きたかったんだけど、聞いていい?」
「なに?」
「今回の旅行、懸賞で当てたって言ってたけど、ミソラちゃん、懸賞を送る趣味なんてあったっけ?」
「あれ、そういえば、私、ここ数ヶ月、懸賞なんて送った覚え……」
顔が真っ青になった。
ちょうど、電車は目的地にたどり着いた。
≪妖快駅(ようかいえき)! 妖快駅(ようかいえき)!≫