「いま~~~……私の……」
「うぅん」
弾いていたピアノを止め、育田道徳は複雑そうな顔をした。
「星河は声はいいんだが、どうも音程が合ってないな」
「あ、あはは……」
若干、所在無さ気に目を泳がせるとスバルは確認するように聞いた。
「や、やっぱり、追試ですか」
「まぁ、酷な話だがな」
ピアノの上に置いた音楽の本をめくり、道徳は細い目をより細めた。
「星河は得意な歌や、聴いてる曲はあるか」
「え……あ、一応、ありますけど」
頭の中でノンキにギターを持ってブイサインを出す少女を思い出し、スバルは顔を真っ赤にした。
「なら、その歌を練習して来い。明日、追試をするからな」
「そんなぁ……」
泣き出しそうに顔を渋めるスバルに道徳は豪快に笑った。
「若いときの苦労は買ってでもしろっていうだろう」
「……相変わらず、いい曲だな」
IPodに記録してある音楽を聴きながら、スバルはホトホト困った顔でため息を吐いた。
「僕って、ミソラちゃんの曲しか聴いてないんだよね」
というよりも、正確には響ミソラのCDしか、持っていないのだ。
もともと、音楽に興味があるわけじゃなく、このCDもミソラが新曲を出すたびに、プレゼントしてくれてるものであり、音楽を聴く趣味は特には無かった。
もっとも、今はそれを思いっきり後悔している。
「もうちょっと、音楽に興味もっておけばよかった」
《愚痴漏らしても、しょうがねーだろう。とりあえず、俺が聴いてやるから、練習しろ?》
「はぁ~~い……」
ウォーロックに急かされ、スバルは頭の中のミソラの曲を選別し、アカペラで歌い始めた。
「……」
歌い終わるとウォーロックは苦々しい顔をした。
《下手だな?》
「自覚してるよ……」
顔を真っ赤にするスバルのポケットから電話のなる音が響いた。
ぴるるるるる……
「あ、電話だ」
ピッとハンターVGの電話機能をオンにし、モニターを開くと……
『やっほー、スバル君。最近、めっきり寒くなったね?』
「ミ、ミソラちゃん」
「ど、どうしたの、いきなり」
『質問を質問で返すようだけど、スバル君こそどうしたの、顔が真っ赤だよ?』
「実は明日、音楽のテストの追試なんだよ……悪いけど、練習したいから、今日は遊べないんだ」
『歌の練習!? それなら、私に任せて!』
「え……任せるって」
シュバンッと部屋全体が真っ白な閃光に包まれ、スバルは余りの眩しさに目を瞑った。
「ミ、ミソラちゃん」
「ヘロ~~」
ギターを鳴らし、満面の笑顔を浮かべるハープ・ノートにスバルはため息を吐いた。
「僕、明日、追試があるって、言ったよね」
「音楽のでしょう。なら、練習の適任者がいるじゃない」
「……」
数秒、ハープ・ノートを見つめ、スバルの顔がパァッと明るくなった。
「もしかして、付き合ってくれるの」
「もちろん! 実はこれから、人気の無い隠れた名所といわれる南国の地、イワーハに行こうと思ってたんだ。そこなら、誰にも見つからず、歌の練習が出来るよ。ねぇ、一緒に行こうよ!?」
目をキランッと輝かせ、顔を近づけるミソラにスバルは若干、気おされながら頷いた。
「う、うん……」
イワーハは南国の地というよりも、無人島に近い秘境の地であった。
面積も国というよりも少し広い公園程度の大きさで、人の気配どころか、動物の気配すらない海だけが綺麗な孤島であった。
その島で水着姿に着替えさせられたスバルは不思議そうに同じように上下分かれた水着を着るミソラを見た。
「なんで、水着に着替えさせられてるの」
「もちろん、歌の練習のため!」
にべも無く、ミソラは満面の笑みを浮かべた。
「歌と水着となんの関係があるの」
「それは、こうするため!」
「え……!?」
いきなり、背中に抱きつかれ、お腹のちょっと下辺りをミソラの暖かい手に触れられ、スバルは顔を真っ赤をした。
「い、いきなりなにを!?」
「はい、落ち着いて……息を吸って」
「え……」
「息を吸って」
優しくも、有無を言わさない迫力にスバルは気おされながら、息を吸った。
「胸で吸っちゃダメ……お腹に空気を入れる感覚で息を吸って、その時、口は大きく開ける」
「こ、こう」
すぅっと息を吸い、吐くとミソラはニコッと微笑んだ。
「そうそう! まずは呼吸を整える練習からしよう。歌のうまい人は呼吸の仕方がうまい人が多いんだ」
「呼吸」
首だけ、ミソラのほうを向くとミソラも満面の笑顔でスバルの身体に自分の身体をより、密着させた。
「こうだよ」
「え……」
背中越しにミソラのお腹が空気で大きくなるのを感じ、スバルは彼女のぬくもりと大胆な行動に真っ赤になった。
「……じゃあ、シューティングスターを歌ってみようか」
「う、うん……」
「私に合わせて、歌ってみて」
「わ、わかった……」
また、お腹に空気を入れ、ゆっくりしたペースで歌い始めるミソラにスバルも彼女の身体のぬくもりを感じながら、ゆっくり歌い始めた。
不思議だった。
あれだけ、音程の狂っていた歌がミソラの言うとおりに歌うと、不思議とテンポ良く、うまく歌えた。
「……よし!」
ゆっくり、スバルの背中から離れるとミソラは少し、顔を赤らめ、ニコッと微笑んだ。
「これだけ歌えれば、十分だよ……格段とうまくなった! 元々、スバル君、声がいいし」
「あ、ありがとう」
「じゃあ、今度は私が聴いてあげるから、一人で歌って……シューティングスターね」
「え……」
顔を真っ赤にするスバルにミソラはケラケラと笑った。
「大丈夫……笑わないから」
「う、うん」
本当かな?
「……」
今度は一人で歌を歌い始めるとスバルの身体に妙な感覚が思い出された。
それは先程までの、ミソラの身体のぬくもりと上下するミソラのお腹の柔らかさ……
そんなことを思い出しながら、歌を歌い続けると不思議と今まで自分でも耳を閉じたくなった音程が自然な歌声へと変わっていた。
歌を歌い終わるとスバルは驚いた顔でミソラを見た。
「すごいよ、ミソラちゃん!? ほんのちょっと練習しただけなのに、ちゃんと歌えてるよ!?」
「まぁ、プロと比べれば、まだまだだけどね」
「て、手厳しい……」
ミソラのキツイ冗談に苦笑し、スバルは優しい声でいった。
「お礼をしないといけないね……今度、なにか奢るよ」
「そんなものいらないよ」
「え……でも、お礼は」
「……わかってるくせに」
どこか大人びた笑顔を浮かべるミソラにスバルもカァ~~と顔を赤らめ、彼女の頬に手を当てた。
「ミソラちゃん……ありがとう」
「うん」
チュッ……
「……」
歌の追試を終え、拍手喝采が降りるとスバルはテレた顔で頭を下げた。
「ありがとうございました」
「スゲーな、スバルの奴。委員長の次くらい、うまくなってるぜ」
ゴン太の感嘆とした言葉にキザマロもメガネをズリ上げ、頷いた。
「あれは相当、効率的な練習をしたんでしょうね」
「スバル君の評価はいいから、次はアナタ達の番よ」
ルナ(スバル達の追試に付き合ってるだけ)の一言にゴン太とキザマロは慌てて道徳のいるピアノの前に立ち、直立不動した。
スバルもルナの隣に戻ると、恥ずかしそうに聞いた。
「どうだった、僕の歌」
「まぁまぁね」
ニコッと口で言うほど厳しい顔をせず、優しい顔をするルナにスバルも満足そうに頷いた。
「よかった……練習した甲斐があったよ」
「ところで、たった一日でどうやって、あれだけうまくなったの」
「ウッ……」
昨日の密着感を思い出し、スバルは顔を真っ赤にした。