『え~~……世間では散歩ブームです』
テレビの前でニコやかに笑顔を浮かべるレポーターのお姉さんにミソラの笑顔が引きつった。
『いや~~……仕事に忙しいから、妻と一緒に散歩がこんなに楽しいとは知りませんでした?』
ミソラの額に青筋が立った。
『わたしたち、さんぽでーとしてるの……!』
えへへと舌足らずに笑う幼稚園児の笑顔にミソラの血管の切れる音が響いた。
「うらやましい~~~~~~!?」
テーブルを星一徹並に引っくり返すと、ミソラは子供のように手足をバタバタさせ、暴れだした。
「スローライフ、羨ましい!? 私なんか、仕事のせいで、最近、マトモに寝てないのに、なんで、みんな、散歩デートを楽しんでるの!? 私もスバル君と散歩デートして、ノンビリ、スローライフを楽しみたい!?」
《ワガママ言わないの……仕事は自分で選んだ道。それで愚痴っても怒られるだけよ?》
「だって!?」
あぐらをかきながら起き上がると、ミソラはお手製スバル君人形を胸に抱き、涙目になった。
「最近、スバル君と逢ってないもん……」
《仕事に忙しいものね?》
「デートしたい」
《誘えばいいじゃない?》
「最近、思うようになったの」
《なにを?》
「女のほうから、デートに誘うって、これって情けないことじゃ……って」
《今更、なに言ってるの……うん?》
ピルルルルルルル……
「あ、電話だ……」
ハンターVGの画面から、ハープが消え、『スバル君(ハート)』と着信が出るとミソラは慌ててプッシュした。
『あ、ミソラちゃん?』
「スバル君、どうしたの、いきなり電話をかけて」
と、素っ気無い風に言うものの、顔は十分、笑顔になり、ご機嫌満々と背中からオーラが発していた。
「あ、もしかして、遊びの誘い」
『う、うん……』
テレたように笑った。
『ミソラちゃん、テレビ見てた?』
「うん。ちょうど、散歩ブームの話」
『実は、僕も急に触発されて、ミソラちゃんと散歩したくなったんだ?』
「え……散歩デート」
頭の中で思い描いたスローライフが現実になり、ミソラは鼻息を荒くし、頷いた。
「行く行く! 絶対に行く! じゃあ、どこで待ち合わせしようか……近所の公園」
『その事なんだけど、僕たちは人と違う道を散歩しない?』
「違う道」
『うん……海の上?』
「海の上……」
キョトンとした。
「うわぁ~~……こう見ると違うね」
電波ロードの下に広がる満面の海を見下げ、ハープ・ノートに電波変換したミソラは感嘆した顔でロックマンに電波変換したスバルを見た。
「まさか、電波空間を散歩とは思わなかったな」
「日頃、移動の手段にしても、散歩の手段には考えなかったからね」
「確かに……」
便利すぎるから、逆に思いつかなかった、穴場とも言える散歩コースである。
「それにしても、海って、こう見ると広いよね」
スバルの手を取りながら、また歩き出すと、ミソラは水平線の彼方を見上げた。
「いつまでも続いていそうで、なんだか、怖いな……」
「……」
手に力を入れるミソラにスバルも安心させるように優しく微笑んだ。
「知ってる、ミソラちゃん」
「うん」
言いよどむように顔を赤らめた。
「実は人間って、海の中のこと、余り知らないんだよ」
「海の中」
「要するに深海」
「深海」
頭の中でマンガ風にデフォルトされた提灯アンコウを思い描き、途端に鍋になった。
「おいしそう……」
ごくんっと喉を鳴らすミソラにスバルは呆れたように笑い、続けた。
「もちろん、海の中を研究してる人は多いよ。でも、人はもっと大きいものに興味を示しやすいんだ。海と宇宙じゃ、広大さが違うでしょう」
「確かに」
宇宙の黒と海の青を想像し、その巨大さを比較したら、自然と宇宙の黒一面に脳が侵食された。
「でも、実を言うと未知という話の中じゃ、海の中も宇宙の空も、まだ、わかってないことは多いんだよ」
「へぇ~~……こんな簡単に見れる世界を余り知らないんだ」
ひざを折り、足元の海を見下げるとミソラは子供のようにスバルにいった。
「て、いうことは、海って、もう一つの宇宙なんだね」
「うん、そうだよ。海の中を宇宙という人も本当にいるからね」
「海の中の宇宙か……なんだか、ロマンチック」
ウットリするミソラにスバルは慌てて彼女の手を取り、立ち上がらせた。
「ミソラちゃん、見て」
「え……」
スバルの指差す方向を見て、ミソラも声を上げた。
「夕暮れだ……」
「綺麗だね」
ゆっくり、黄色に染まり徐々に海に飲み込まれていく太陽を見て、二人は自然と言葉を忘れていった。
そして、数分と待たず、夕暮れの太陽が海に沈むと電波空間にも夜が訪れた。
「消えたね……」
「うん」
コクリと頷き、ニパァと笑った。
「私たちだけの最高の思い出だね」
気恥ずかしそうに微笑みあうと、スバルはミソラの手を掴みながら、そっと、元来た道を歩き出した。
「帰ろうか……もう遅いし」
「うん……そうだね」
一瞬、考え込むように足を止め、ミソラは決心したように顔を真っ赤にした。
「また、ここにこようね……海の上の散歩」
「うん、もちろん。いつでも……」
そういうとスバルはロックマンのヘルメットを脱ぎ、ミソラもハープ・ノートのヘルメットを脱いだ。
暗い電波空間の中、二人の唇が重なると、空の星がキラキラと海の闇に照らし出され幻想的な光を出し、一閃の流れ星が落ちた。
流星のように……