「タイムマシン」
声を揃えて驚くスバルとミソラに相変わらず顔色の悪い顔を綻ばせるというなんとも器用な笑顔を浮かべる宇田海はコクリと頷いた。
「正確には〝タイムワープ〟です」
机に置いてあったバトルカードを手に取り、宇田海は上司の天地に頼み、立体モニターをオンにしてもらった。
「知ってのとおり、時間移動とは理論上は可能なのです……話すと難しくなるので理屈は言いませんが」
はぁ~~と呆けた顔をする二人に気を止めず、宇田海は続けた。
「このカードはまだ試作品ですが、このカードを使えば、誰でも簡単に時間移動ができるのです」
「時間……移動」
キョトンとするミソラにモニターを変え、天地が割って入った。
「時間移動が可能になれば、今まで不明とされていた過去の出来事も明らかになるんだ。もちろん、歴史改変される可能性もあるから、その点も考慮に入れて、「百年計画」でプロジェクトを実行中さ」
「え……出来上がったんじゃないんですか」
宇田海と天地は困った顔で微笑んだ。
「そうそう簡単にタイムワープが成功すれば、宇田海ほどの天才は必要ないよ」
「この計画は各国のトップ科学者が研究を進めてます。僕もその一員になれるだけでも、正直、幸せなことなのです」
実際、本当に誇らしいのか、顔を赤らめ、子供のように頬を人差し指で掻く宇田海は、どこか幸せそうだった。
「この事は二人だけには教えようかと思ったんだ。二人とも、こういうのは嫌いじゃないだろう」
「あ、はい! ありがとうございます!?」
心底嬉しそうに頭を下げるスバルにミソラもそっと頭を下げた。
「あ、ありがとうございます」
「ミソラちゃん」
どこか様子のおかしいミソラにスバルはそっと顔を覗いた。
「大丈夫。なんだか、心ここにあらずだよ」
「う、うぅん……」
首を横に振り、微笑んだ。
「大丈夫だよ」
しばらく、天地と宇田海による、タイムワープによる可能性と危険性について講義を受け終わると、スバルとミソラは充実した疲れを顔に出し、で研究所の入り口の前で伸びをしていた。
「今日はいいものが見れて良かったね、ミソラちゃん」
「うん! すごくタメになった……」
ニコッと微笑むミソラにホッとした顔で微笑んだ。
良かった、元気を取り戻したみたいで……タイムワープを聞いてから、なんだか、元気がなかったし。
明日、どこか連れて行こうかなと画策すると、横からミソラの元気な声が響いてきた。
「ねえ、スバル君」
「うん」
チュッ……
「え……」
いきなり、ソフトなキスをされ、顔を赤らめるスバルにミソラは今にも泣き出しそうな顔で謝った。
「ごめんね……ワガママな娘で……でも」
そっと背を向け、
「大好きだったよ」
「ミソラちゃん」
ミソラの姿がハープ・ノートへと電波変換し、手を振った。
「先に帰ってるね」
「あ……!?」
呼び止める暇もなく電波空間に消えたミソラにハンターVGのウォーロックの静かな声が響いた。
《なんだか、雲行きが怪しいな……スバル?》
「……」
なにかに気付いたようにスバルの顔にも影が差した。
その日の夜、研究室の天井から一閃の光が瞬き、消えた。
「……誰もいない」
ハープ・ノートになって、研究室に潜り込んだミソラは誰もいないか改めて確認し、歩き出そうとした。
「こんな時間になにをしてるの、ミソラちゃん」
「ッ!?」
パチンッと部屋の明かりがつき、ミソラはバッと振り返った。
「……スバル君」
部屋の明かりのスイッチのところに背をつけて立つスバルにミソラは真っ青になって聞いた。
「なんで、ここに」
「それはこっちのセリフだよ……君こそ、なんでここに」
いつにない、責めるような顔をするスバルにミソラは若干、気圧され気味に俯いた。
「私は……」
「もしかして、目的はこれ」
「あ!?」
スバルの手にある「タイムワープ」のバトルカードにミソラは声を上げた。
「夕べの態度が怪しくって、考えたんだ……もし、僕の考えが正しいなら、絶対に止めないとって」
「……」
「ミソラちゃんの目的は過去にいって、お母さんに会うことじゃない」
「……」
正解だった。
もっとも、逢った後、どうするかまでは考えてなかった。
ただ、逢いたい。
それだけの気持ちで泥棒まがいのことをしたのだ。
正直、後悔の気持ちもあった。
でも、もう止められない。
「ミソラちゃんの気持ちはわかるけど、このカードは危険だ……いい娘だから、大人しく僕と帰ろう」
ゆっくり腕を掴み、スバルはニコッと微笑んだ。だが……
「え……」
バンッと弾き飛ばされ、スバルの身体が研究室の壁に叩きつけられた。
「がぁっ……」
背中を強打し、絶息した。
その拍子にバトルカードが宙に舞った。
「ミソラちゃん!?」
「バトルカード……」
バトルカードを手に取り、ギターに読み込ませた。
「クッ……電波変換!」
スバルの身体がロックマンへと電波変換した。
「タイムワープ!」
「バトルカード・バリア!」
ミソラとスバルの周りが強い光に包まれた。
「うぅ……」
目を覚ますとスバルは右腕に激痛を感じた。
「うがぁ……」
《大丈夫か、スバル?》
ハンターVGから漏れるウォーロックの声にスバルはぷらんぷらんになった右腕を見て苦笑した。
「折れてるみたいだね」
《ノンキなこと言ってる場合じゃないぞ。どうやら、俺たちは本当に過去に来たみたいだ?》
「え……」
倒れていた草原から起き上がり、顔を出すとスバルは驚いた。
「腕にトランサーをつけてる!?」
すでに時代の支流はハンターVGに代わっているのに、みんなまるでステータスのように腕につけられたトランサーにスバルはここが過去だと認識した。
《あの光の中、巻き込まれたんだろうな。どうする……?》
「……ミソラちゃんを探さないと」
ゆっくり立ち上がり、スバルはハンターVGを振り上げた。
「電波変換・星河スバル、オン・エア!」
スバルの姿が消え、真上の電波ロードへと立った。
「よかった。電波変換は出来るみたいだね」
《電波ロード自身の概念は今も昔も変わらないからな。それよりも、あのバカ女の居場所わかるのか?》
「彼女はお母さんに逢いに行ったってことは、行く場所は二つしかないよ」
《……?》
どこだと顔をするウォーロックにスバルは走り出した。
「ミソラちゃんのお母さんは病気で亡くなった……なら、療養所か実家のどちらかだよ。そして、僕の勘が正しければ、ミソラちゃんは自分の家に向かってるはず」
《もっとも母親に逢える可能性の高い場所か……あの女の考えそうなことだ?》
「止めないと!? 今、ここでミソラちゃんがお母さんと逢ったら、なんだかの歴史修正が行われて、時間が変わっちゃう……そうなったら」
顔を青ざめさせ、スバルは首を横に振った。
「絶対に嫌だ!?」
電波ロードをくだり、ミソラの住むベイサイドシティーまで、ついた。
「見つけたよ、ミソラちゃん!?」
「あ……」
スバルほどでないが、身体に怪我を負ったミソラにスバルは出来るだけ、声を荒げず、優しい声でいった。
「探したよ、ミソラちゃん……」
「……」
だが、ミソラはまるで敵に追われたかのように武器のギターを構えた。
「近づかないで……」
「……」
ピタッと足を止め、スバルは意思の揺れない目でミソラを見た。
ミソラも若干、怯え気味に目を泳がせ、声を震わせた。
「わ、私はお母さんに逢いたいの……ただ、それだけなの」
「逢って、どうするつもり」
「……」
また、スバルは歩き出した。
「ミソラちゃん……ミソラちゃんのお母さんは死んだんだよ」
「ち、違うもん……生きてるもん」
後ずさりながら、泣き出しそうな声を出すミソラにスバルは語調を変えずいった。
「生きてるのはこの時代のミソラちゃんのお母さんだ……それとも、ミソラちゃんはこの時間のミソラちゃんと入れ代わる気」
「そ、そんなこと……」
「目を覚ますんだ、ミソラちゃん!? 今を否定して、過去にすがるなんって、間違ってる!?」
「スバル君になにがわかるの!? 結局、死んだと思ってたお父さんが生きていて、普通に暮らしているスバル君に私の悔しさや妬みがわかるの!?」
「悔しさ……妬み」
ショックを受けたように目を見開くスバルにミソラは怒鳴った。
「スバル君はいいよね!? 欲しい物を全部持ってる……優しいお母さんも、亡くなったと思ってたお父さんも生きてる!? でも、私はどうなの!? 私は全部、持ってない!? スバル君だけが持ってて、私が持ってないなんって不公平だよ!? 今度は私が持つ側に立ちたい」
「それが……君の本音だったんだね」
ジワリジワリ近づくスバルにミソラは狂ったようにギターを鳴らした。
「近寄らないで!?」
ギターの弦がスバルの腹部を貫いた。
「ぐふぁ……」
口から大量の血を吐き出し、よろめくとスバルは不適に笑った。
「その程度なの」
「え……」
「君の辛さはその程度」
「クッ……!?」
今度は無数の音符がスバルに襲い掛かり、頭のヘルメットが吹き飛んだ。
パキンッ……
音を立てて崩れるヘルメットも気にせず、スバルは歩を進めるスピードを止めなかった。
「来ないで!?」
逃げ出しそうにミソラはギターを鳴らし、攻撃を繰り返した。
だが、どれも、スバルを止める決定打にならず、気付いたら、目の前まで侵入を許していた。
そして……
ぱぁん……
「え……」
自分の頬を叩くスバルにミソラは信じられない顔で彼の顔を見た。
泣いていた。
まるで信じていた人から裏切られたみたいに悲痛な目で泣いていた。
「ごめんね」
「スバル……くん」
いきなり謝りだすスバルにミソラは訳がわからず顔をしかめた。
「ずっと、そんな目で僕を見てたんだね。ずっと、辛かったんだね。僕、気付いてあげられなくって、ごめんね。でも……」
ゆっくり、彼女の手を包んだ。
「それでも、ミソラちゃんには大切なものがあるじゃないか。僕はお母さんの代わりにはなれない。でも、お母さんと同じくらいの大切な存在だと自惚れた。だから、今回のミソラちゃんの暴走を止められなかった」
彼女の身体を抱きしめた。
「でも……でも……やっぱり、過去にすがっちゃダメだよ。僕を嫌いになってもいいから、今の自分を否定しないでよ。人は今を生きなきゃいけないから。昔を学び、今を行き、まだわからない未来を進まないと人は生きたことにならないから」
「す……ばるくん」
ツ~~といつの間にか自分の頬を伝う涙にミソラは驚き、泣き出していた。
「ごめ……なさい」
「うん、ごめん、ミソラちゃん……ごめんね、ミソラちゃん。僕、ミソラちゃんと会いたい」
「え……」
その瞬間、ミソラたちの周りがゆがみだした。
「これって……」
「まずい!?」
慌ててミソラから離れ、スバルは折れている左腕を振り上げた。
「スバル君!?」
今になって、スバルの左腕が折れていることを知ったのかミソラは不安そうな顔で彼を見た。
「バトルカード、バリア!?」
二人の姿が時限の彼方へと消えた。
地震が起こるとミソラは自分の下敷きになっているスバルを認めた。
「大丈夫、スバル君!? 怪我してない」
《もう、怪我してるけどね?》
ハープの突っ込みも無視して、怒鳴った。
「なんで、怪我してたのに、バトルカードなんか使ったの」
《ミソラ、気付いてなかったの?》
「え」
拍子抜けした顔をするハープにミソラは問うた。
「どういうこと」
「次元の彼方に飛ばされたとき、スバル君はミソラを守るため、バリアを使ったのよ。もし、裸のまま次元をさまよえば、危険だから」
「……だから、腕を折ってたの」
自分が軽傷だったのは運が良かったのではなく、スバルが守っていたからだと気付き、改めて、ミソラは自分の行動を恥じた。
「ごめんね……スバル君……ごめんね」
気を失っているスバルの胸にすがりつき、泣きながら謝るミソラを発見したのはすぐのことだった。
「あう~~……」
病室に入ると、スッカリ調子を取り戻したミソラは垢抜けた顔で泣き出した。
「天地さんと宇田海さんにこっぴどく叱られた~~~……」
「当たり前だよ」
全身包帯まみれでミソラに微笑むとスバルは隣で睨むルナを見た。
「僕もついさっきまで、委員長に叱られてたから……無茶するなって」
「あ……っそ」
急に不機嫌になり、ルナの顔を見ると彼女も怖い顔でミソラを見た。
「……」
「……」
しばらくして、ルナは呆れたようにため息を吐き、剥いていたりんごの皮を用意していた生ゴミ用の袋に捨て、イスから立ち上がった。
「アナタが食べさせなさいよ。スバル君、当分、手足どころか、用足しだって難しいらしいんだから」
「はぁ~~い!」
元気良く返事をするミソラにルナもクスッと笑い、部屋から出て行った。
「……ごめんね、スバル君」
イスに座り、最初に出た言葉であった。
「私、考えなしだった……もうちょっとで大切なこと忘れるところだった」
「……ミソラちゃん」
ピンッとデコピンし、クスッと笑った。
「二度と、こんなことしちゃダメだよ」
「もししたら」
悪戯っぽく聞くと、
「何度だって連れ戻すよ……例え、痛めつけたとしてもね」
「意外と過激な発言……でも」
そっとキスをし、微笑んだ。
「そんなスバル君が大好きだよ」
「うん!」
ふふっと微笑みあい、不意にミソラは思い出したように聞いた。
「でも、なんで、スバル君はあんなに必死に私を止めようとしたの。私がお母さんに逢っても、対した歴史修正にはならないと思うけど」
「はは……」
ホトホト呆れた顔で笑い、スバルは人差し指を自分の口元にやった。
「その考えじゃ、まだまだ、僕の切実な思いはな・い・しょ」
チュッと投げキッスされ、ミソラは顔を真っ赤にした。