ゆらゆらとまだ、段々と青みがかった落ち葉が落ちる公道の帰り道、スバルはハァッと手に息を吹きかけ、微笑んだ。
「スッカリ、外も暖かくなったね」
「スバル君、気を抜いてない」
ギロッと睨まれ、スバルはちょっと驚いた顔でルナを見た。
「気を抜く」
「そう!」
ビシッと指差され、怒鳴られた。
「季節の変わり目が風邪の引き始め! この時期、風邪を引いて学校を休む子、多いのよ……」
「そんな大げさな……僕は大丈夫だよ。ほら、こんな元気なんだよ」
いっちにっとラジオ体操をするスバルにルナはピンッとデコピンした。
「調子に乗りすぎ……そうやって、毎年、ゴン太や、体力に自信のある男子が毎回、風邪を引いてるのよ」
「まぁまぁ……大丈夫だよ」
弾かれた額をスリスリ摩り、スバルは苦笑いした。
「じゃあ、また明日ね!」
「ちゃんと、布団をかけて、お腹出さずに寝るのよ」
「は~~い!」
元気良く返事を返すスバルにルナは本当に大丈夫かという顔でうなだれ、スバルと分かれた。
自宅へ帰っていくルナの背中を見送り、スバルは笑いを堪えながら頭の後ろをかいた。
「本当、口うるさいんだから……クシュンッ」
……あれ?
次の日。
「あう~~……頭も喉も痛い~~……」
「三十九度……完全にコジらせたわね」
口に咥えるタイプの体温計を見上げると、母・アカネは呆れたようにため息を吐いた。
「最近、温かくなって油断したわね……お母さん、仕事があるから、家を留守にするけど」
「いってらさ~~……ごほごほ」
「……」
真っ赤な顔で咳き込むスバルにアカネは心配そうな顔をした。
「その様子じゃ、一人にするのは心配ね……」
「お、お構いな……ごほごほ!?」
「まぁ、ちゃんと、お世話係を呼んであるから、安心して」
「お世話係」
ドリル委員長の顔を思い浮かべ、すぐに否定した。
今日はまだ平日だ。
あの石頭が学校をサボッてまで、自分の見舞いに来るとは思えない。
じゃあ、誰が……
「お邪魔しま~~す!」
「ドキッ!?」
真っ赤な顔に青みが係り、紫色になるという器用な顔色になるスバルにアカネはニコッと微笑んだ。
「ミソラちゃん、今日、仕事、オフなんですって……良かったわね、スバル」
ニタ~~と顔がいやらしく緩んだ。
「人気アイドルに風邪の面倒なんて、男誉れに尽きるじゃない」
「母さん……倫理を守って……ガクッ」
ショックのあまり、気を失ったのか、スバルは目を回し布団に倒れこんだ。
「お~~い、スバル~~~」
ペチペチと頬を叩き、ため息を吐いた。
「女の子がお世話に来てくれたのに、こんなんじゃ、まだまだね」
部屋のドアを開けるとニコニコ顔のミソラが自分を見上げ、微笑んでいた。
「お邪魔します、おばさん!」
「今日はよろしくね、ミソラちゃん」
「はい! もう、任せてください!?」
力いっぱい胸を叩くミソラにアカネもうんうんと満足そうに頷いた。
「じゃあ、私、近所の奥さんとお茶会に行ってくるわね」
「じゃあ、仕事(戦略的撤退)……頑張ってくださいね」
背中を向けながら親指を立てるアカネにミソラもふんっと鼻を鳴らし、スバルの部屋に入った。
「スバル君……寝てる」
というよりも、気を失ってるスバルに近づき、おでこをくっつけた。
「やっぱり、ちょっと熱いや」
よっこいしょと、かけてあった布団をはがすとミソラはスバルの着ていたパジャマのボタンを一個一個、外していった。
「うぅ……」
ちょっと寒いのか、うなり声を上げるスバルにミソラはパジャマの上着を脱がせ、用意してあった濡れタオルを取り出した。
「すごい汗……」
そっとスバルの汗ばんだ肌に浴室で濡らした絞りタオルを当てると優しいタッチで彼の身体の汗を拭い始めた。
「スバル君って、こう見ると結構たくましいよね……鍛えてるわけじゃないけど、無駄な脂肪がないというか」
むしろ、映えるくらいにいい筋肉があり、見た目の華奢さとは裏腹な男らしさがあった。
少し、胸がドキドキするのを押さえ、真っ赤になりながら、スバルの身体の汗を拭いていくと、スバルの目がそっと開かれた。
「あ、あれ……」
そっと目を開かれるとスバルはギョッとなった。
「ミソラちゃん、なにしてるの!?」
上半身を脱がされ、間近に迫るミソラの姿を認め、スバルは紫色の顔が真っ赤に戻り、ベッドから飛び降りた。
「あ……」
だけど、すぐに眩暈が起こり、膝を突くとミソラは慌ててスバルの身体を支えた。
「ほら、風邪を引いてるのに無理しちゃダメだよ」
「だからって……隙を突いて襲うのは反則」
「違うって! ちょっとそれもありかと思ったけど、してないから」
ムリヤリ、スバルをベッドに寝かせつけるとミソラは優しく微笑み、濡れタオルを見せた。
「身体の汗をぬぐってただけだよ……風邪を引いてると汗をたくさんかくからね」
「あ……そ、そうなんだ」
自分が勘違いしていたことに気付き真っ赤になるスバルにミソラはムフフと笑った。
「もしかして期待してた」
「そ、そんな事ないよ……」
全力で否定するスバルにミソラはぷぅと頬を膨らませた。
「もぅ……素直じゃないんだから」
身体の汗を拭い終わると、ミソラはスバルの身体をベッドに寝かせつけ、掛け布団をかけた。
「朝ごはんまだでしょう……実はおばさんがお粥作ってくれてたの。食べて」
「う、うん……」
部屋から出るミソラを見送り、スバルは少し安心した顔でベッドに身体を預けた。
「さすがに今日はミソラちゃんも暴走しないか……だって、風邪引いてるし」
「持ってきたよ」
「はやっ!?」
トレイに乗せたお粥を持ってベッドまで近づくとミソラはチョコンッと床に正座した。
「ありがとう、お粥……ハイ、頂戴」
「……」
ニコニコ顔のまま、お粥を渡さないミソラにスバルは不思議そうに首をかしげた。
「どうしたの……早く頂戴」
「はい、あ~~ん!」
「イッ!?」
レンゲに乗せたお粥を差し出すミソラにスバルは真っ赤な顔をさらに真っ赤にした。
「ほら、スバル君、あ~~ん!」
ズイズイとレンゲを差し出すミソラにスバルは真っ赤になりながら叫んだ。
「い、いいよ、ちゃんとそれくらい自分で食べれるから」
「なに言ってるの!?」
ガッと怒鳴られ、スバルは目をキョトンとした。
「風邪拗らせてるのに見栄張らないでよ……ママだって、風邪のときは大変だったんだよ」
「……」
涙目で母の言葉を発せられ、スバルは言う言葉を失った。
観念したように口をあけた。
「あ~~ん!」
「はい!」
そっとレンゲが口の中に入り、スバルはあふあふと口の中のお粥を冷ました。
「あ、熱かった」
「だ、大丈夫だよ」
ニコッと真っ赤な顔を微笑むとミソラはぶるぶる首を振った。
「大丈夫じゃないよ……冷まさないとダメだからね!?」
そういうとミソラはまたレンゲにお粥を乗せ、ふぅふぅと息を吹きかけた。
「ミ、ミソラちゃん……それはやりすぎ」
いくらなんでも、それじゃあ、バカップルだよと言いたかったけど……
「はい、これで冷めたよ……ゆっくり食べよう」
有無を言わさぬ迫力でレンゲを差し出され、スバルは今度こそ観念した。
「あ、あ~~ん……」
恥ずかしそうに顔を赤らめるスバルにミソラは嬉しそうに食事をよそった。
三十分経ち、小鍋の中のお粥を全て食べ終わらせると、ミソラは満足そうに頷いた。
「はい、お粗末さま」
朝食を済ませるとスバルはやっと解放された気持ちでため息を吐いた。
「じゃあ、最後は薬だね……これ飲んで、ちゃんと寝るんだよ」
「あ、うん……」
スッカリ、憔悴してるのか生返事を返すスバルにミソラの唇がぶつかった。
「ッ!?」
いきなりキスをされ、驚きを隠せないスバルにミソラはさらに驚きの行動に出た。
「ウッ……!?」
なんと、ミソラの口から水と一緒に風邪用のカプセル錠剤が流し込まれた。
ゴクンッ……
思わず、ミソラの口から流し込まれた水と薬を飲んでしまい、スバルはカァァと真っ赤になった。
「あ……ミ、ミソラちゃん」
「……えへへ」
ブイと日本の指をさすと、微笑んだ。
「一度、やってみたかったんだ」
「あ、あうぅぅぅ……」
今度こそ限界に達したのか、スバルはバタンッとベッドに倒れこみ、目を回した。
「あ、スバル君、大丈夫!? 返事して!? お~~~い!?」
ミソラの叫び声も聞こえず、スバルの意識はドンドンとだんだんと混沌へと沈んでいった。
目を覚ますと外はスッカリ夜になっていた。
目線を少し上に上げたが、頭痛はすでにしない。
声を軽く上げても、喉は痛まなかった。
「風邪が治ったのか」
ホッとしたような、残念なような、顔をスバルはした。
「まぁ、いいや、今日はもう朝まで寝よう」
そういい、ゴロンッと寝返りを打った。
ムニュッ……♪
「ムニュ」
寝ぼけ眼でもう一度ベッドの中のムニュを確認した。
ムニュムニュ……
「ああ……スバル君、ダメだよ……えへへ♪」
「ミミミミミミソラちゃん……なんで、僕のベッドに!?」
パジャマの上着のボタンをかけ外したミソラの寝顔を見て、今更、スバルは自分が触っているのが、彼女の生の胸の感触だと知り、仰天した。
「か、帰ってなかったんだ」
どうしようか考えるスバルにミソラの寝言が聞こえた。
「スバル君……早く元気になって、一緒に遊ぼうね」
「……」
ギュッと自分を抱きしめるミソラにスバルは、一瞬、考えた後、彼女の身体を抱きしめ返した。
「今度の日曜……どこか遊びに行こうか。映画とかいいかも」
「スバル君……意外と痛くない」
「どんな夢見ているの」
若干、顔を青ざめさせ、スバルとミソラは夜が明けるまでお互いのぬくもり感じあいながら眠りについたのであった。