「あ……」
その日の目覚めは最悪だった。
まるで身体が泥のように重く、ベッドから起き上がるのも億劫だった。
外から聞こえるザ~~という音も外が雨だと伝わり、余計に憂鬱にさせた。
「今日は外での撮影なのに、この雨だと……」
傘をさして、半分肩が濡れている自分を想像し、ため息が出た。
「こういう時は景気づけに!」
ハンターVGを取り出した。
「今日は学校がお休みだし、スバル君も撮影所に呼んで休み時間に遊んでもらおう~~……!」
なにして遊ぼうかな?
雨で湿気があるから、ふやけるトランプは避けたいし、ビデオゲームじゃ時間がかかりすぎて休憩時間を使い切ってしまう。
「それに罰ゲームのあるゲームのほうが盛り上がるしね」
えへへと真っ赤になりながら、電話番号を調べると首をかしげた。
「スバル君の電話番号が載ってないな……消しちゃったかな」
直接、電話番号を打ち、電話をかけた。
『この電話番号は現在、使われていないか、電波の届かない』
「……」
仏頂面で電話を切ると眠っているハープを叩き起こした。
≪なによ……朝っぱらから怖い顔して?≫
「悪いんだけど、スバル君がどこにいるか、調べてくれない。ほら、電波ロードを使えば案外、簡単に見つけ出せるでしょう」
≪……?≫
「なに、不思議そうな顔をして」
≪スバルって……誰?≫
「はぁ。なに言ってるの……星河スバル君! この地球を三度も救ってくれたヒーローの名前じゃない」
≪三度も世界を救った?≫
心底不思議そうな顔をした。
≪地球を守ったのはアナタでしょう?≫
「なぬ!?」
自分を指差すミソラにハンターVGのモニター新聞の記事に変わった。
『脅威の電波宇宙侵略者、FM星人、謎の美少女、ハープ・ノート、地球の危機を救う!』
『ムーの遺跡から起きた悲劇。ドクター・オリヒメの野望、再びハープ・ノートが世界を救う』
『キング財団の野望、メテオGから世界を救った英雄・ハープ・ノート!』
驚きを超え、言葉が出なかった。
どれもこれも、ロックマンが解決し、英雄となった記事が自分の手柄となって書かれている記事になっていた。
それだけじゃない。
本来、スバルがいなければ、発生する矛盾もこの記事からは一切、発生していなかった。
まるで最初からスバルがいなかったかのような書かれかたをしている。
≪なにを驚いてるか知らないけど、働きすぎじゃないの……脳内恋人はイタイわよ?≫
「ごめん、ハープ。スタッフに仕事に遅れるって言っておいて!?」
≪ちょ、ミソラ!?≫
ハープ・ノートになり、コダマタウンまでやってくるとミソラは絶句した。
「ない……」
心の中が絶望した。
家もない。
ましてや、星河家の痕跡を残すものもなにもなかった。
あるのは「売却中」と書かれた、空き地しかなかった。
「あれ、ミソラちゃん」
「スバル君ッ!?」
慌てて振り返り、ガッカリした。
「ゴン太くんにキザマロくん……」
「なんだよ、その不満そうな顔を」
近づいてくる二人にミソラは気を取り直し、ゴン太の肩を掴んだ。
「ね、ねぇ、二人とも……スバル……星河くんを知らない」
「星河。星河って、誰だ、それ」
「星河スバル君! 二人の親友でしょう」
「え……」
掴まれた肩を強引に離し、不可解な顔をした。
「お前、星河ってやつ、知ってるか」
キザマロも首を横に振った。
「それよりも、ミソラちゃんは仕事はどうしたんですか」
「仕事よりも大事なことなの!? お願い、本当のことを教えて!? 星河スバル君……ロックマンで世界を三度も救ったヒーローでしょう」
「……」
二人はますます訳のわからない顔をした。
「世界を救ったのはミソラちゃんだろう」
「ッ……!?」
二人の言葉にミソラは絶望した。
「さ、最初……私たちの出会いってなんだっけ」
「え……出会いって」
ゴン太の顔がバツの悪いものへと変わった。
「俺が委員長に見放されそうになったところをFM星人に付け込まれ、ミソラちゃんがハープ・ノートになって助けてくれたんだろう」
「そ、それはスバル君がやったことじゃ」
「そ、そうなのか」
キザマロに聞いてみた。
「僕も委員長に聞いた程度しか出会いは知りませんが、委員長はアレ以来、ハープ・ノートの大ファンですからね。あ、ミソラちゃん、委員長にもあっていってください。きっと、大喜びしますよ」
委員長が私と会って喜ぶ?
想像を絶する光景に顔をぶるぶる振り、走り出した。
「ゴメン……私、ちょっと、よりたいところがあるから」
慌ててバスに乗りこむとミソラは天地研究所へと向かった。
「まさか……ドッキリだよ、こんなの……みんなして私を騙してるだけでしょう」
真っ青な顔で同じことを何度も繰り返すミソラだが、心の中ではだんだんとスバルの存在が怪しくなってきた。
星河スバルとは自分が想像の中で生み出した擬似恋人なんじゃないか?
本来はそんな人いなくって、恋人がほしいから勝手に作り出した十代の女の子にありがちな妄想なんじゃ?
不安が不安を呼び、天地研究所につくとミソラは早速、天地に会うことにした。
天地に会うのは思いのほかスムーズにいった。
同じように宇田海もおり、二人とも柔和な笑顔でミソラを迎え入れてくれた。
そして……
「星河……スバル。ダイゴさんの間違いじゃないのかい」
「ダイゴさん……」
「おいおい。君が救った人じゃないか。アカネさんは子供がいなかったから、ダイゴさんが帰ってきて本当に喜んでいたよ」
「ア、アカネさんは今どこに!?」
「外国で研究をしているダイゴさんについていったよ……本当、二人は君に感謝していたよ」
「感謝」
「ああ……君はすごいよ。地球を救っただけじゃなく、ひとつの家族も救ったんだから」
「その家族に……スバル君は」
「……」
不思議な顔をされ、今度こそミソラは心が折れたようにひざを突いた。
「ど、どうしたんだい、急にひざを突いて!?」
「嘘だ……」
「え」
「嘘だ嘘だ!?」
狂ったように耳を押さえ大声を上げた。
「こんな世界、嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
その瞬間、まるでビデオのテープが止まったように世界の鼓動が止まり、色をなくした。
「これって」
恐る恐る立ち上がり、動かなくなった天地に触ろうとした。
パキンッ……
「え……」
触ろうとした瞬間、世界の一部がガラスが割れるように壊れた。
「なんなのこれ」
訳のわからない世界に飛ばされた恐怖にたじろぐミソラに聞き覚えのある少年の声が聞こえてきた。
「ここがどこだか知りたいかい」
「え……」
振り返ると、今度こそ本当に世界は全てを失うように壊れ、なにもなくなった真っ白な世界へと変わった。
そして、そこに立つ一人の少年に顔を輝かせた。
「スバル君!?」
慌ててスバルに抱きつこうと駆け出した。だが……
「え……うわぁぁぁぁぁ!?」
抱きつこうとした瞬間、自分の手がスバルの身体を霧のようにすり抜け、阿呆のように縦回転で転がり落ちた。
「なんで」
まっさかさまの状態でスバルの顔を見た。
「僕はこの世界のスバルじゃない……正確には存在しない世界のスバルだから、君とはこうやって、触れることも出来ないんだ」
倒れている彼女の手を掴もうと手を伸ばすも、すり抜けてしまい、悲しそうな顔をした。
「……」
その表情にミソラは一瞬、彼が本物のスバルじゃないかと疑問を覚えた。
「君は私の知ってるスバル君じゃないの」
「君の知っているスバルは君と同じように違う世界で生きているよ……君と同じように君という存在の欠けた世界で、きっと、僕と同じ存在と会話をしているだろうね」
「私とスバル君はお互いが存在しない世界に飛ばされたの」
「ちょっと違う」
「……」
ますます訳のわからない顔をするミソラにスバルは胸の辺りをスッと指差した。
「今の君は魂が偶然、違う世界の響ミソラと同期し、君の心だけが表に出てるんだ」
「私の心が表に……」
胸をさわさわ触り、スバルを見た。
「ようするに私の心だけがこの世界に飛ばされ、この世界の私に乗り移ったってこと」
「そう……どうしてそうなったのか、僕もわからないけど、君は帰らないといけない。その身体はこの世界の君のものだからね」
ミソラはどこか所在無さ気に自分の胸を何度もさわさわ触った。
「私の身体じゃない身体か……でも、どうして、この世界に飛ばされたの」
「さぁね」
どこか冷たい返答を返した。
「何度もいうように偶然としかいえないかもね」
「……」
このスバル君……どうしてこんな悲しい顔をしてるんだろう?
「じゃ、じゃあ、どうやって、私たちの世界に帰れるか教えて」
「君は自分の世界についてどこまで覚えてるか言える」
「え……」
いきなり話を変えられキョトンとするミソラにスバルはいいから話せと目で威圧した。
「全部、覚えてるよ……」
ゴクリとのどを鳴らし、力強く叫んだ。
「私は全部、覚えてる! スバル君と過ごした、今日までの記憶、全部!」
「そっか」
初めてスバルの顔が優しく綻んだ。
「なら、教えてあげるよ……ついておいで」
振り返ると世界が霧がかったように変わり、木々の枯れた、世界の終わりのような地にたどり着いた。
「ここは……」
静寂じゃない。
世界が終わり、なにもなくなったようなこの世界にミソラは孤独に近い恐怖を覚え、真っ青になった。
「なんだか……世界が終末を迎えたって感じだね」
「……そうだよ」
「え」
目の前に立つ巨大な巨木を指差し、いった。
「この先にある巨大な巨木に君の待ち人がいるよ……ただし、巨木の下に立つまでに自分が成すべきことを知らないと、君は元の世界には帰れない。下手をしたら、二人とも永遠にこの世界をさまよい、死ぬまで独りぼっちになってしまうかもしれない」
確かめるように聞いた。
「引き返すならいまだよ。ここを歩き出した、もう後戻りは出来ない。答えを出すか、それとも、答えを出せず永遠をさまようか。選ぶ権利は君にある」
「……」
ジッとスバルの顔を見つめた。
「……」
「……」
ミソラの目に一瞬、スバルの涙を見た気がし、気づいたら、彼の隣を通り過ぎていた。
「私はスバル君がいる毎日が楽しいんだ……スバル君がいない世界はたとえ生きていても、きっと楽しくない。だから」
揺ぎ無い心で巨木の道を歩き出した。
「あそこに立つまでに見つけてあげるよ……私が成すべき答えを」
「……」
ゆっくり遠くなっていくミソラを見送るとスバルはふぅとため息を吐いた。
「頑張って……ミソラちゃん」
消えかけている自分の手を見て、スバルは首を横に振った。
「ようやく消えることが出来る……これで開放される。また逢えるよ」
スバルの身体が霧と一緒に消滅し、静かな声だけが白い空に響き渡った。
「ミソラちゃん……また、逢おうねあ」