世界が終わったような木枯らしの道をミソラは目の前の巨木に向かって歩いていた。
「……」
風とともに枯れ木が揺れ、その耳に不穏な声が聞こえてきた。
『アナタは本当にスバル君を愛しているの?』
「……」
パキンッと足元の踏んづけた小枝が割れた。
『スバル君は本当に信用できるの。本当はただ単にアイドルの女の子がほしかっただけじゃないのか?』
また風が強くなり、ミソラの前髪がゆらゆらと揺れた。
『スバル君だって本当はアナタのことを鬱陶しがってるんじゃないの。たまに素っ気無い態度を取るじゃない」
足元に枯葉の集まったゴミが転がり歩いた後を通り過ぎていった。
『……本当は白金ルナのほうがスバル君は好きなんじゃないの?』
巨木に近づくにつれ、幻聴のささやきは強くなっていった。
だがその顔は不思議と笑顔であった。
『スバル君は信用できない! だって、彼はアナタの持ってないものを全部持ってるのよ?』
「そうだね」
初めてミソラは幻聴のささやきに答えを返した。
「スバル君は私の持ってないものを全部持ってる。両親も力も栄誉も……信頼できる友達も私よりも多い。でも」
どこか遠くを見る目で空を見上げると、幸せそうに微笑んだ。
「それを全て含めて私はスバル君が大好きだし、スバル君だって、きっと、私にしか持ってないものを感じてると思うの……きっと、私たちはお互いの無いものを求め合える関係になれる。だから」
迷いもなく唇の下を右手の人差し指でなでた。
「今日は二人にとって初めのキスになるんだよ……本当の意味のファーストキスに」
巨木の根元につくとミソラにささやいていた幻聴は消え、また世界が終わったような静寂が訪れていた。
「……ちょっと遅刻かな」
同じように巨木の陰から現れるスバル……
いや、「ミソラの世界のスバル」にミソラはニコッと微笑んだ。
「どっちが」
「僕が……かな」
えへへと笑いミソラも歩み寄った。
「……」
「……」
しばらく、なにも話さないまま見つめあった。
十秒二十秒となにも話さず見つめあうと二人は安心したように微笑み、語りだした。
「ミソラちゃんは聞こえた……ここに来るまでの幻聴」
「うん」
ゆっくり頷いた。
「きっとアレは……あの声は……」
少し迷うように目を泳がせ、強し視線を向けた。
「違う世界の……この世界で成すべき答えを成せなかった私たちの声だったんだと思う」
スバルも力強く頷いた。
「僕もそう思うよ……あの声は恐らく違う世界の、いや、僕たちが心の中で思っている言葉の代弁なんだと思う」
「私たちは心のどこかでお互いを疑問を感じてたってこと」
「だから、君はここに辿り着けたんだろう」
「……」
考えるように空を見上げ、うんと頷いた。
「私……もしかしたら、ずっと不安だったのかもしれない。一緒にいてスバル君と恋人気分でキスをしてたけど、きっと、キスをしないとすぐに離れていってしまう気がして、だから必要以上にベタベタしてたんだと思う」
「僕も同じ思いだよ……ミソラちゃんは可愛くってみんなのアイドルだから、すぐに僕を見放して違う……もっと、いい人を見つけちゃうんじゃないかと、ずっと不安だった」
「スバル君が委員長と一緒にいるときいつも心が黒くなるのを感じてたんだよ」
「ミソラちゃんがスタッフの人や違うアイドルと一緒にいると思うと、僕に愛想をつかして別れるんじゃないかって、怖くってしょうがなかった」
「それって、悪いことなの」
「悪くないと思うよ……だって、答えはもう出てるから」
「うん……答えは出てる」
そっと、手を繋ぐように抱きしめあい唇を重ねた。
「はぁ……」
糸を引くように二人の唇が離れ、幸せにトロけたように見つめあった。
「何度も唇を重ねたけど、きっと、これが初めてのキスなんだろうね……私たちにとって」
「不安に思うならもっとお互いを知ればいい……好きというのはゴールじゃなく、お互いのことを知りたいというスタートラインなんだ。僕たちはまだ、そのスタートラインに立ってなかった……スタートした気分になって、ようやく、今、スタートラインに立てたんだよ」
「うん……」
そっと手を離し身体を離した。
「私から先に言わせて」
「……うん」
また、長い静寂とお互いの心臓の音が響き渡り、ミソラは覚悟を決めた顔でつぶやいた。
「私は……響ミソラは星河スバル君が好き。大好き!」
スバルの顔が自然と嬉しそうに綻び、そっと彼女の腰に手を添えるように抱きしめた。
「僕もミソラちゃんのことが好きだよ……初めてあった……僕の大好きだった展望台で歌っていたところを見つけたときからずっと」
「スバル君……ようやく、言ってくれたね。嬉しい」
涙を浮かべ、ギュッと抱きつくミソラに優しくささやいた。
「ここからがスタートラインだ……二人にとって大切な門出だよ、ミソラちゃん」
「うん……」
ポロポロ大粒の涙を流し、抱きしめあうとミソラは嗚咽交じりに言葉をつむぎだした。
「スバル君……私、スバル君に会えて……スバル君と一緒にいられて本当に良かった……スバル君、大好き!」
「ミソラちゃん」
泣き続けるミソラにスバルは優しくキスをした。
今度のキスは二人にとってかけがえのないものであった。
『ありがとう……これで、また逢えるね?』
世界に色が戻るように木枯らしの木々に緑が溢れ、光が二人を包んでいった。
「あれ……」
気づくとミソラはコダマタウンの公園で寝ていた。
隣ではスバルも気を失ったように眠っており、夜空の月を見上げていた。
「夢……」
起き上がると首を左右に振り、スバルを起こした。
「……うぅ」
目を覚ますとスバルは寝そべったままミソラの顔を認めた。
「……ミソラちゃん」
「どうしたの、スバル君」
ジッと見つめられ、顔を赤くするミソラにスバルは優しく微笑んだ。
「夢を見てたよ」
「夢」
一瞬、ドキッとしてしまった。
「ミソラちゃんが存在しない世界……すごく寂しくって、すごく悲しい世界だった」
「……」
夢といいながら、決して揺ぎ無い目をするスバルにミソラも納得した顔で頷いた。
「夢じゃなかったんだ」
起き上がるスバルに抱きつき、ミソラは潤んだ目で彼を見上げた。
「大好きだよ……スバル君……これから、もっと好きになりたい」
「うん……これからも、もっと、好きになろう、ミソラちゃん」
唇が触れ合い、ミソラの頬に涙が伝った。
それが喜びの涙なのか、それとも別の新しいなにかなのか、今のミソラにはわからなかった。
夜空に浮かぶ星が一つ、二人を祝福するように流れ星となって落ちていった。
そう、それこそ、流星のように……