「ふぃ~~……ようやく、仕事も一段落着いた」
ベッドに倒れこみ、ミソラは充足した顔でバターのように溶けた。
「明日から、また平常運転できそう」
≪それは良かったわね。じゃあ、スバル君と仲直りしましょう≫
ハンターVGを投げ渡され、ミソラは複雑なそうな顔をした。
≪今日もメール着てたわよ。内容はアナタのことを気にかけたものだったわ≫
「……取っておいて」
≪……まぁ、消すよりはマシになったわね≫
スバルと別れてから三日が過ぎた。
ミソラは後悔していた。
いくら仕事で疲れていたとはいえ、スバルに酷いことをいい、別れるといってしまった。
今更、どの面下げて謝ればいいのかわからなかった。
「……スバル君」
重くなるまぶたに目を閉じた。
意識が遠のき、ミソラは深い眠りに入っていった。
「ん……?」
目を覚ますとミソラは病院のベッドに寝かされていた。
「ここは?」
起き上がると優しい声が飛んできた。
「目が覚めた?」
「スバル君?」
ベッドの横の丸い穴の開いたイスに座るスバルにミソラは顔を赤くした。
「な、なんで、君がここに?」
「急に倒れだして、病院に連れて行ったんだよ。今、委員長達が事情を説明しにスタッフの人たちのところに行ってるよ」
「そっか……迷惑かけちゃったんだね?」
「友達でしょう? 迷惑なんて、思ってないよ」
「友達」
胸がズキッと痛んだ。
「過労だって……働きすぎたんだね。スタッフの人が来るまで休むといいよ」
「ありがとう」
横にさせようとするスバルの手を拒み、聞いた。
「ず、ずっと、看病してくれてたの?」
「え? あ、ああ……そうだけど」
鼻の頭をかき、苦笑いした。
「君をホカッとく訳にもいかないし、スタッフと面識があるのは委員長達だけだから、必然的にボクが残ったんだよ」
「そっか……君から望んで残ったわけじゃないんだ」
「ミソラちゃん……?」
どこか悲しい顔をするミソラにスバルは複雑そうな顔をした。
「寝言でボクの名前を何度も呼んでたよ……どうして?」
「ッ……!?」
真っ赤になるミソラにスバルは恥ずかしそうにいった。
「不思議だな……初めてあったはずなのに初対面な気がしない。本当はかなり前からずっと会ってた気がするよ」
「……」
スバルの言葉にミソラは絞り出すように声を出した。
「嫌な夢を見てたんだ……」
「嫌な夢?」
「うん、大切な人とケンカする夢……恋人同士だったのに、私の一方的なワガママで別れちゃったんだ」
「大切な人……」
スバルも一瞬、悲しい目をして、質問した。
「その人とはもう会えないの?」
「う、うぅん……今でもその人は私にメールをくれるの。でも、謝れなくって」
「その人も、もう逢いたくないって言ったの?」
「何度も謝ってくれた……私が悪いのに彼はいつも一方的に謝ってくれてる」
「だったら、大丈夫だよ!」
ニコッと笑った。
「君も一言、謝ればいいんだよ。そうすれば、また仲良く一緒に横を歩けるよ!」
「仲直りできるって!?」
ミソラの顔が真っ赤になった。
「なんで、そんな簡単に言いうの!?」
「え……?」
いきなり怒鳴られ、スバルは仰天した。
「あんな一方的に別れて、それで謝ったんだから許してなんて、都合が良すぎるよ! そんな自己中心的な謝り方できるわけないじゃない!」
息を荒立ててるミソラにスバルはそっと口を閉じさせた。
「謝罪ってのは多かれ少なかれ、都合のいい言い訳なんだ。それをしたくないっていうのはそれこそ、都合のいい言い訳だと思わない?」
「都合のいい言い訳……」
ミソラは悔しそうにベッドから這い出た。
「ミソラちゃん……?」
「ゴメン、怒鳴ったら喉が渇いたんだ。自販機でジュースを買いたい」
「あ……?」
重力をなくしたように床でバランスを崩し、ミソラは倒れそうになった。
「危ない!」
ミソラの身体を受けとめ、スバルはふぅとため息を吐いた。
「すごい熱だ……今更になって、疲れがぶり返してきたんだ、寝ないと!」
ミソラをベッドに寝かせつけるとスバルは手をギュッと握った。
「ミソラちゃん……仲直りできるうちに仲直りしないと後悔するよ」
「ん?」
目を覚ますとミソラは朦朧とする意識の中、ムリヤリ、ベッドから這い出た。
「あれ……なんだろう?」
吐き気もするほどの気持ち悪さにミソラは千鳥足になった。
≪ミソラ、大丈夫? やっぱり、疲れてるんじゃない?≫
「だ、大丈夫……えっと」
頭の中にぼんやり浮かぶ、少年の顔にミソラは名前を思い出そうとした。
「え、えっと……」
必死に思い出そうとする大切な人の名前にミソラはまた、意識が薄れかけた。
「す……す……す?」
出かける名前にミソラは苛立ちを覚えた。
「ハ、ハープ……ハンターVGで今朝届いたメールを開いて」
≪ようやく、謝る気になったのね! はい、これよ!≫
ハンターVGを投げ渡され、ミソラは痛みすら感じる頭で必死にメールを開こうとした。
「ほ……し……かわ……」
薄れる意識の中、ミソラは涙を浮かべた。
「す……すば……くんのなまえがきえる……」
届いていたはずのメールが薄れるように消えた。
「なんで……」
メールの名前が全て消え、ミソラは涙を浮かべた。
「わすれたくないよ……」
徐々に消えかける大切な人の名前にミソラは助けを求めた。
「なんで……なんで……」
大切な人の名前が完璧に消えるのを感じるとミソラの意識がハッキリした。
「……」
≪ミソラ?≫
「えっと……?」
開いていたヤクドナルドのクーポンメールを見るとミソラは首をかしげた。
「なんで、私、クーポンメールなんて、開いてるんだろう?」
≪アナタが今朝、届いたメールを見たいって言うから、開いてあげたんでしょう?≫
ハープも不思議そうに顔をこわばらせ、ミソラを睨んだ。
≪それよりも、早く、支度したほうがいいわよ! 仕事に遅れるわよ!≫
「あ、いけない!」
ハンターVGを投げ、鏡のある洗面所に向かった。
「ん?」
そこでミソラは机の上に立ててあった写真立てを見つけた。
「なんだろう、これ?」
買った覚えのない写真立てをミソラは不思議そうに眺めた。
「また、無駄遣いしたかな? 自分の写真を入れるなんて、少しナルシーかも」
パタンッと隠すように写真立てを倒し、ミソラはうんっと伸びをした。
「さて、今日も頑張りますか!」
ペシンッと頬を叩いた。
その顔には大切な人を忘れたことへの悲しみも悔しさも一切なかった。