あれから、十年の時が過ぎた。
アイドル歌手として一世を風靡した響ミソラは今年で二十一歳になった。
小学校の頃の栄華も、年を重ね、より輝かしいものとなっていた。
全てが順風満帆。
他人から見れば、ミソラの人生はまさに勝ち組だろう。
だが、ミソラから見れば、自分の人生など、無為に毎日を生きている人間以上に負け犬な毎日であった。
「はぁ~~……」
十年間、住み続けたアパートのベッドに倒れこみ、ミソラは重いため息を吐いた。
「結婚か……?」
今日、ミソラは告白された。
俗に言うプロポーズである。
相手はミソラも憧れる人気ロックシンガーの岩戸シンであった。
頭も良く、スタイルも良く、なによりも気配りのできる好漢で彼の告白は正直嬉しかった。
でも、新婚生活は想像できなかった。
頭の中ではいつも、彼以外の誰かが自分に優しく微笑んでくれてるようで、恋に集中できなかった。
妄想に取り付かれないようにと何度か無理して、男性交際をしたこともあった。
でも、その全てが数ヶ月もしないうちに破局している。
恋がつまらないわけじゃない。
恋が楽しいと思ったこともあった。
でも、自分の全てをなげうてるほど、人を好きになったことが無いのだ。
人を好きになっても、いつも誰かと比べてる気がしていた。
誰と比べてるかわからない。
でも、比べるとこの人とは楽しくなかった。
そんな関係を続けていくうちに十年も過ぎてしまった。
ボンヤリ浮かぶ少年の顔にミソラは手を伸ばそうとした。
届きかける手が霧のように空をさまよい、虚しい気持ちが胸に溢れた。
「……ルナちゃん達、どうしてるかな?」
十年前、どういう訳か、急に会わなくなった親友の顔を思い出した。
ケンカしたわけじゃない。
ただ会う機会を失い、気付いたら会わなくなっていた。
最初こそは電話で連絡を取り合っていたが、それも段々なくなり、気付いたらみんなの仲は自然消滅していた。
たまにハンターVGの後継型のトランサーNEOを見るとミソラは心の中で彼女らとのブラザーバンドを思い出していた。
(ルナちゃん達とまた、ブラザーバンド組みたいな)
ジワッと涙が滲み、ゴシッとこすった。
最近、涙もろくなって嫌だった。
「なにやってるんだろう、私?」
ゴロリと寝返りを打ち、ぷるんっと胸が大きく揺れた。
「ぜんぜん、楽しくない……歌もテレビも……なにもかもつまらない」
死んでしまったかのようにミソラはここ数年、本当になにも感じなかった。
胸のときめきが感じなかった。
心も踊るわくわくも感じなかった。
生きている実感すら感じなかった。
まるで、子供の頃に大切なものを全て置き去りにしてしまったような思いだった。
「……私、これからどうなるのかな?」
生きているのが面倒臭く感じた。
ミソラは死にたいと思ったこともあった。
空虚な心を抱えたまま生きるなら、むしろ、死んでしまったほうが楽な気がした。
「でも……やっぱり、生きたいよ、私」
まだ、会えない頭の中の少年にミソラは猛烈に会いたくなった。
それが余計にミソラを孤独にさせた。
ガチャリと部屋のドアが開いた。
「え?」
泥棒かと思い、身構えた。
部屋に一人の少年が入ってきた。
「君は……?」
どこか懐かしい雰囲気を持つ少年にミソラは身体をジッと固めた。
「私のこと知ってるの?」
「……」
コクリと頷き、少年もジッとミソラを見つめた。
「君は誰?」
「……君の良く知ってる人間だよ」
「良く知ってる人間?」
頭の中にボンヤリ少年の顔が浮かんだ。
なぜか、楽しい思い出が頭にたくさん、よぎった。
デートをした記憶。
キスをした記憶。
エッチなことをして、呆れられたこともあった。
ミソラは思い出の中の自分に手を伸ばし、泡のように消えた。
「私……なにものなの?」
気付いたら、そんなことを呟いていた。
「……」
ポロポロと涙が流れ、ミソラは気づいたら嗚咽を漏らしていた。
「私……なにやってるんだろう」
グシッと涙をぬぐった。
「帰りたい……あの日に……君がいる時間に帰りたい」
「本当にそう思ってる?」
「わ、私が間違ってた。スバル君と会えないのも、スバル君と距離を感じてたのも全部、私のせいなのに、それを認めることができなくって。ただ、寂しい思いをしてるのを全部、スバル君のせいにして楽になりたかっただけだった」
ポロポロと後悔を口にするミソラに少年はスッキリした顔で微笑んだ。
「ありがとう……」
ミソラの唇にキスをした。
「やっぱり、君のいる世界は彼がいる世界なんだよ」
「ご……めんなさい……わ、私、意地を張ってた……一言謝れば、いいだけのはずなのにそれが出来なかった。全部失っちゃった……友達も、大切な人も……全部、私から離れちゃった」
「本当に失ったの?」
「帰りたいよ……あの頃の……スバル君がいたあの頃に……帰りたいよ」
「だったら、やることはしっかりやるんだよ。また、忘れたら、今度こそ容赦しないから」
「う、うん……」
「あ……?」
目を覚ますとミソラは隣で寝ているスバルの顔を認めた。
「な、なんで、スバル君が私のベッドの横に!?」
ミソラ、昨晩の出来事を思い出した。
「そうか……あの電話の後、スバル君、私のところに来て謝りだしたんだ。で、なんだかんだ揉めて、どういう訳か、一緒のベッドに眠ることになったんだった」
慌ててパンツを確認した。
「チェッ……穿いてる」
ミソラは間違いの無かった自分達の清い関係に残念な思いをした。
「そういえば……私、まだ」
眠っているスバルの身体を揺すった。
「スバル君、スバル君!」
「ほへぇ……?」
マヌケな声を出し、スバルは眠たそうに目を開けた。
「ミソラちゃん、まだ、起きてたの? まだ、夜中の二時だよ? 丑三つ時は過ぎてるんだから、早く寝なよ」
ふわぁ~~とあくびをした。
「スバル君……今日はゴメンね、一方的に怒鳴ったりして」
「いいよ、ボクも思慮が足らなかったし、こうやって、ミソラちゃんと添い寝できるんだから、むしろ、役得だよ」
「それでも、ゴメンね……」
眠りたがるスバルの唇にキスをし、ミソラはお願いをした。
「ずっと、一緒にいてくれるよね? 私、スバル君がいない世界がつまらなくなっちゃうよ……」
「……ミソラちゃん」
スバルも顔を綻ばせ、ミソラに抱きついた。
「ボクも一緒だよ」
そっと、自分から唇を重ね、手をつないだ。
「ずっと一緒にいようね……死ぬまで」
「死んでも一緒だよ」
「そうだね」
「うん! 死んでも……生まれ変わってもスバル君と一緒にいるからね!」
手を繋いだまま、二人は幸せそうに眠り出した。
その机の上にはミソラしか写ってなかった写真にスバルの姿が現れた。
幸せそうに二人は笑っていた。
本当に幸せそうに……