「書いてって言ってるのにー!!」
「ついてくるなと言ってるだろうが」
白の壁と長い通路が何処までも伸びる廊下をひたすら歩き続ける。その後ろをまるで生まれたての雛のように慌ただしく後を追い、プリプリと怒りながら文句を飛ばす幼女が一人。
透き通るような白い素肌に薄紫色の瞳。ふんわりとウェーブのかかった銀色の髪が黒を基調とした白のフリルにキノコの模様があしらわれたドレスと共に上下に、大きなリボンは彼女の感情を表しているように左右に揺れる。その小さな口は餌を求める雛鳥のように喧しく喚き散らし、その小さな手は俺の背中へと伸ばされ、申し訳程度に服を掴んでいるのだ。
この幼女の名前はナーサリー・ライム。
元々が『童謡』と言う、多くの子供たちが夢を見て、空想の中で願った概念であったために不完全な存在だったのを、俺が『
そんな彼女も我らが
ある種トラウマと化した最悪のファーストコンタクト以降、顔を合わせるごとに突っかかっては「あの話を書き直せ!!」だの「続きを書け!!」だの言ってくる傍迷惑な存在と化してる。因みに、ファーストコンタクト直後にオカン(エミヤ)に首根っこ掴まれて引きずられていく姿は最ッ高に滑稽だったな。
とまぁ、そんな迷惑幼女にほとほと迷惑している俺は――――――もう名乗らなくても分かるだろ? その辺い転がる石ころに等しい三流サーヴァント。引き運が最底辺な馬鹿のせいで未だに最前線で働かされている可哀想なキャスター、ハンス・クリスチャン・アンデルセンだ。
何故、こんな残念な状況に陥っているのか、それは昨日の種火集め終わりに始まる。
度重なる種火集めによる過労を理由に起訴し、激しい(毒)舌戦の末に半泣きのマスターから休日を勝ち取ったのが昨日。奴は後輩と第六天魔王の二人に慰められ、その様子を見た節操無しで定評のある円卓騎士と魔王のために世界を歪めたヤンデレシスコンが極限まで開いた眼から血涙を流している脇をすり抜け、仕事場に逃れた。
そして、一週間前に「神が舞い降りた!!」と叫んでから寝食を忘れひたすらにペンを走らせる同室の演劇作家、ウィリアム・シェイクスピアに「気分が良いから」と言って極限まで苦みを追求した熱々のコーヒーを
翌日、いつもより遅い時間に起きると言う幸福を噛み締め、その恩恵をおすそ分けしようと白眼剥いて泡を吹いている彼に再び
なんで今日に限ってこの幼女に捕まるのだろうか。いや、俺が『幼女』と揶揄出来るほどの外見でないのは重々承知している。(誠に遺憾であるが)傍から見たら我が儘な妹に振り回される哀れな兄に見えるだろうな。生憎、妹と言う存在が居なかったから特に何も感じないが。
あぁ、せっかく俺の俺による俺だけのための可憐で優雅な自堕落ライフを決め込もうと思っていたのに……
「マスターに今日暇だって聞いたから、いつもの『忙しすぎて死にそう』は通用しないわ!! もう
なおも後ろで喚き散らすナーサリー。そうか、やけに今日は諦めが悪いと思ったらあの
こんな
さぞ、俺好みの物語になるだろう。その憐れな最期の幕引きにこの一言を添えよう――――――『リア充爆発しろ』とな!!
「Mr.アンデルセン」
後ろで喚くナーサリー、そして沸々と煮えたぎる真っ黒な
献身的な性格から奴を『先輩』と慕う最初の英霊であり、
まぁ、最近どっかの魔王に奪われつつあるようだが。
「最近頭角を現してきた魔王からヒロインポジを奪還したいのか? ベタなところで言えば、最期に奴の身体に縋り付いて泣き叫ぶ役が妥当だな。元々献身的な性格だからキャラ崩壊も少なくて済む、何よりそれだけ美味しいところを持っていけば十分だろう」
「……何の話をしてるのでしょうか?」
ポジションについて問いかける俺に彼女は苦笑いを浮かべながらそう返した。彼女は俺の
そんなの作家として駄目だろう、だと? 残念、俺は
「残念だけど、あたしが先に
「はい、どうやらそのようですね」
後ろのナーサリーが放った強めの一言と、そしてその言葉に残念そうに肩を落とすマシュ・キリエライト。と言うか、
いや、待て。これはまさか――――
「き、貴様も
「あ、いえ、マスターは関係ありません。ただ、ちょっと書いていただきたい物語がありまして……」
俺の言葉に彼女は即座に否定した。声や表情は変わってないところを見るに、本当のことだろう。まぁ、『アイツ』が誰なのか分かっている時点で色々と突っ込みたいところだが、今回は許そう。しかし彼女が俺にお願いか、珍しいこともあるものだ。
「よし、先ず話だけを聞こう」
「何で!? あたしが先でしょ!?」
「話を聞く
俺の言葉にナーサリーが叫ぶ。煩い奴だ、全く。と言うか、同じ俺にお願いする立場なのにこの態度の差は何だ? こればかりは愛読者だからとか関係ないぞ。むしろ、お前は彼女から腰と頭の低さを学べ。そしてそのまま俺を一生養え。
それならお好きな作品をいくらでもお望みのままに書き倒してくれるわ。まぁ、その殆どが『駄作』と呼ぶことすら憚られる代物になるのは確定だが。
「『家族』について、一つ物語を書いて欲しいんです」
マシュ・キリエライトは何処か躊躇うような表情でそう漏らした。その言葉に、後ろのナーサリーは「はて?」と言いたげに首を傾げた。俺も彼女に同感だ。むしろ、作家にとってこの手のお願いが一番難しいと言える。
「『家族』、とは漠然とし過ぎだ。『親子』とか『夫婦』とか『兄妹』とか、もう少し絞り込まなければ書けるモノも書けん(俺にとっては好都合だが)。それに、俺が書く『人間』の話はもれなく
「だから何でそうしちゃうのよ!!」
「この世で全員が仲良く手を繋ぎ笑顔で終われる結末があると思うか? むしろ、それの何処が面白い? 皆が笑顔になって手を取り合って笑い合う、そんな『虚構の幸福』なんぞの何処が面白いと言うのだ。それに、
キーキーと喚くナーサリーを適当にあしらいつつ、『仕事したくない』をオブラートで何重にも包んだ言葉を吐き出す。まぁ、『虚構の幸福』に夢を見ること自体、愚かで底知れない絶望への片道切符だからこそ書かないわけだが、所詮この世に絶望したへそ曲がり者の戯言だ。わざわざ明言する必要もない。
「とまぁ、恐らく貴様の望む話とはかけ離れたモノになるぞ? それでもいいのか?」
「はい、ハッピーエンドかバッドエンドか、そう言うのは問題ないので。むしろ、そう言ったモノが無い物語を、
彼女の言葉に、俺は更に眉を潜めた。『普通』? ますます分からなくなってきたぞ。物語に『普通』を求めてどうするのだ。
「私、生まれてからずっと
そう言って、マシュ・キリエライトは深く頭を下げ、その姿に俺は思わず頭を抱えた。俺が此処に召喚されたのは初期だったから彼女との付き合いも長く、そして彼女の出自も前にドクから聞いている。
自らをこの世に産み落とした母親、そして父親などの『家族』は愚か『人間』と言う存在すらも知らない。そのくせ目覚めた瞬間に己の存在意義を、そしてその
初めて会った時も、何処か地に足が付いていない不完全な存在に見えた。何を見ているのか、何を考えているのか、何をしようとしているのか、全く分からない。アイツがその手を握っていなければ瞬く間に何処かへと吹き飛ばされそうな程軽く、脆く、儚く、己の存在すらも手放しているような、それが彼女だった。まぁ、俺たちと共に沢山の
そんな彼女が『家族を知りたい』と思うのも、まぁしょうがないと言えよう。むしろ、その情報源が俺の作品だけで大丈夫なのか、とさえ思う。自分で言うのも何だが、俺の描く『家族』もなかなか特殊なモノだからな。数々の名作を生み出しまくった演劇作家の方が向いている。
また、本来
それに彼女は少々俺を誤解している。色んな境遇の『家族』が書けるのなら『普通』も書けるよね? なんて子供のような理論で言われても、こっちとしては出来るわけないだろう、と言うしかないのだ。
これも演劇作家の方が……面倒だ、アイツに投げてしまえ。
「そう言う、奇抜で驚天動地な物語は俺なんかよりも適任な英国演劇作家がいるだろう。奴に頼め」
「それが……『普通』と言った瞬間に見たことが無いほど激昂されまして……『普通、平凡、凡人、凡庸、常識、正論等々等々、面白ければ全て良し!! と謳う吾輩が尤も忌み嫌う言葉ですぞ!! 良いですか? そもそも面白いと言うのは……』と言う感じで『面白い』について延々とご教授してもらい、最終的に断られてしまったんです」
俺の言葉に何処か疲れた様な表情で項垂れるマシュ・キリエライト。あぁ、そう言えばあの演劇作家は『普通』にカテゴライズされるモノ全てを嫌っていたな。アイツ自身の人生が色々とアレだったから、ネジの一つや二つ弾け飛んでいるのかもしれん。俺が言えたことではないが。
ともかく、頼みの演劇作家は既に撃沈したとなれば他に誰が居るだろうか。ブリテン王の話しかしない花塗れの魔術師に、『ねっとすらんぐ』とか言う奇怪な言葉を巧みに操る髭面オタク、自らをクズであると公言して無駄話と下ネタに全力を注ぐ天才音楽家、そのほか特定の人物の話になると目を輝かせて饒舌になるメンツ等々……駄目だ、ロクな奴がいない。むしろ悪影響を与えかねんぞ。
……はぁ、仕方がない。
「今回だけだが、どうなっても知らんぞ?」
「本当ですか!!」
「ちょっと!! あたしは!!」
ため息交じりに吐いた俺の言葉に、マシュ・キリエライトは目を輝かせて、後ろのナーサリーは目を鋭くさせて声を上げた。割と近くで叫ばれたために耳を抑え、双方に目を向ける。
「『駄作者は愛読者を愛す』、それを実行するだけだ」
「だ、だったらあたしも愛読者で――――」
「一つ問おう。お前は自分が書きたくて書いた物語を、他人から『納得いかない、書き直せ』と言われたらどう思う?」
なおも食い下がるナーサリーに己がやっていることがどのようなモノであるかをぶつける。案の定、彼女は押し黙った。己の行動がどんなことであったか、ようやく理解したようだ。まぁ、そんな彼女も愛読者であるわけで、突き放しっぱなしじゃ作家として生きていけない。
「マシュ・キリエライトの件が終わったら、新作を書いてやろう。
「ホント!!」
俺の言葉にしゅんとしていたナーサリーは勢いよく顔を近づけ、爛々と輝く目を向けてくる。俺は己の欲望に従って好き勝手書き散らす駄作者であるが、同時に愛読者の期待に応える作家だ。伊達に物書きで飯を食ってきた訳ではない、その辺のフォローも慣れたモノだ。そう心の中で呟きながら、彼女の言葉を肯定した。
「絶対よ? 絶対だからね!! じゃあ、楽しみにしてるわ!!」
俺が新作を書き下ろすと宣言したことがよほどうれしかったのか、ナーサリーはその言葉と共に見た目相応の笑顔を浮かべながら勢いよく走り去った。カルデアのチビッ子たちに教えに行ったのかもしれんな。こりゃ後で縋り付かれるかもしれん。さっさと仕事場に戻ろう。
「あの、ありがとうございました。せっかく羽を伸ばせる休日に無理言ってしまって……」
「俺の気まぐれだ、気にするな。それと『今日中に書き上げて』、なんて無茶はよしてくれ。絶望のあまり座に還りたくなる」
「そ、それは困ります!! いつまでも待ちますから還らないでください!!」
俺の言葉に慌てるマシュ・キリエライト。よし、これで言質はとった。このまま書き上がりを引き延ばして、いつしかこの約束自体が有耶無耶に……なんてことはしないからな。作家故、愛読者を裏切るような真似は絶対にしない。
それに、あれ程俺の作品を褒めてくれたのだ。その言葉に応えなければ作家として、人として文字通りのクズになってしまう。また『世界三大童話作家』なんて大層な看板も背負っているのだ、恥ずかしい真似も駄作も書けん。俺の持ちうる全てを持って、彼女の望む
「では、執筆に入らせてもらう」
「お願いします!!」
そう言って立ち去る俺の背中に、今日一番の元気な声が聞こえる。その言葉を受け止め、俺は頭の中で筆を手に取った。