「お前が狼の化身なら、狼の姿にもなれるはずだろう?」
月が照らす平原、銀色の髪をした商人からの提案にオレは(あ、詰んだ)と冷や汗をかいて後悔した。
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村へとつながる道を離れた麦畑から観察している所に銀色の髪をした行商人の姿が見えてきた。憧れのキャラの登場に自然と尻尾がワサワサと揺れる、どうやら耳と尻尾は気分ひのって動くようで、自分から止めにくい。
「おっ、
狼と香辛料の世界を語る上で欠かせない主人公、行商人クラフト・ロレンス。
旅を通して成長し、最後にはホロと共にニョッヒラという温泉地で店を経営する大商人と言っても過言ではない人物へとなる。
この世界でオレが旅をする為の条件を唯一満たしているロレンスを説得しなければ、二度とこの村から出ることはできないだろうが。
「そうなると、まずはロレンスの荷台に乗り込む必要があるな」
物語序盤では余裕のない所を賢狼にからかわれていたロレンスだが、
それは裏返すと常に気を張り、警戒している事になる。
賢狼ならまだしも、オレみたいな一般人には説き伏せることは困難、そうなると虚をつき隙を作るのが一番のはず。
「だからこそ、原作通りに荷台で驚かせる。しかしどうやってロレンスの麦に乗り移るんだ?」
原作とは違い、オレには人外としての能力を使う方法がわからないのが難しい所だ。
原作ではその能力が必要なところも何箇所かある。
「練習しなきゃなぁ。くぁ、ねむい……」
ならば直接乗り込むべきかと考え待ちぼうけてる間に、ついうとうとして麦畑で眠ってしまった。
風で寒む浅い眠りだったが、突然何だか温かいものに覆われ気持ちよく深い眠りへと落ちていく。
そんな風に穏やかに眠っていると声が聞こえてきた。
「おい起きろ!人の荷馬車で何をやっている」
男の声、どうやらオレを起こそうとして起こそうとしているらしく声を掛けている。
「あと五分……」聞こえないフリをする、獣臭いがこの楽園から出たくない。
「へぶっ!?」
だが枕にしている毛皮らしき何かを引き抜かれ、硬い板に顔を打ち付けられれば話は別だ、オレは何すんだと体を起こし―――
「あ、こんばんは」
「こ、こんばんは?ってそうじゃない、お前は何者だ!」
ヤバイヤバイヤバイ!何で?いつの間にロレンスの荷台に!
寝ぼけた頭を振り、思考を加速させていく。
虚をつくつもりがオレが虚をつかれてしまった。これはマズイ。
「ほ、ホロとっ、申す」
緊張から声が上ずってしまった、原作みたいな口調で余裕を見せるつもりが逆効果じゃないか!
「ホロ?奇遇だな、俺もその名は知っている。豊作を司るこの村の神の名だ」
しかしこの見た目と名に注目されたようで、上手い具合にごまかせた様子。
「主のお陰で村から抜け出すことが出来た。お礼を言わせてくりゃれ?」
精一杯の笑顔でゴマをすって見るが、返答にナイフを構えられる。
「貴様は悪魔憑きか?村から逃げて来たのなら帰れ!」
「な、なんじゃ失礼じゃな。ホロと言っとろう、悪魔憑き等と一緒にするでない」
不利な展開になって来た、賢狼のように余裕がないのが素人くさいのかもしれない。
今ロレンスは頭の中でメリット、デメリットを冷静に組み立てているはず、今の所悪魔憑きの娘としか見ておらず、メリットは皆無。
だからオレが説き伏せるために、メリットがあると思わせなければならない。
しかし取っ掛かりが……。
「しかし豊作の神ならば村に居なければ、村の連中が困るだろう?」
ここだ、賢狼と同じように感情任せに強引に機会を作る!
「ふん。わっちがおらんでもあの村は肥えるさ。畑に無理が来ようと奴らは自力でなんとかするじゃろ!」
荷台の縁に手をかけ、身を乗り上げロレンスへと詰め寄りまくし立てる。
「奴らはわっちの事も忘れ、ここ数年では排除しようともしている!数百年畑のために尽くした、ならばもう義理も道理ありんせん!!」
肩で息をしながら瞳を見つめ反応を待つ。これでロレンスの心が揺れなければアウトだ。
「……お前がもし、豊作の神と言うなら連れて行ってもいい。神なら俺にも幸運を授けてくれそうだからな」
やった!と荷台から飛び降り握手をしようとするが、鼻先に指を指され止められた。
「ただし神ならば、だ。お前が狼の化身なら、狼の姿にもなれるはずだろう?」
「……。」
恐れていたセリフが来てしまった、今のオレは賢狼の様に証拠を出す事ができない。
しかし、言い訳をしてはロレンスの心中にある「偽者」通りの反応となる。
「いやじゃ」
ぷいっと、可愛らしく、本当に嫌そうに見えるように努めて荷台の毛皮の山へと戻る。
「元の姿に戻っては主はきっと恐れる、主に嫌われたくありんせん」
「しかし……」
「じゃが、主が納得できないのも分かる。そちらにして見れば根拠なしに危険を背負い込みたくはかなろう?」
だからこそ、原作知識で心を読み取る。
原作通りの動きならば、ある程度は予測できるのだから。
「知識ならば出そう、主がわっちを北の故郷へ送ってくれるならば」
「北?お前はこの辺の生まれではないのか」
「うむ、わっちの生まれは北のヨイツ。確か近くには湯の湧く村、ニョッヒラがあったはずじゃ。知っとるかや?」
ここまでは原作でも披露したところ、だからここから更に畳み掛ける。
「そこからずーっと下ってきた、確かレノスとかいう所にも寄った、どうじゃ?村で幽閉された哀れな悪魔憑きは知らんはずじゃろう?」
わざとらしいけれどここは押す、納得してもらえなければ更に知識で押すくらいしか浮かばない。
「………」黙り込み考えているロレンスの心の天秤を動かすに策を使うには今しかない、が。
やりたくない、オレがこんな事したくないが。
大好きなキャラの容姿を信用しないでどうする!
覗き込むように接近し、顔と顔の距離を限りなく近づけ。
「オレは主と旅がしたい。ダメ?」
そう、オレが考えたロレンスのへの切り札は……色仕掛けだよ!
あんなかわいい狼っ娘にオレだってこんな事言われた――「オレ?今オレって言ったのか」
「あっ」
照れて早く言い切ろうと勢いのままに素が出てしまった!?
呆気にとられたロレンスのぽかんとした瞳に、間抜けな狼女が写っている。
恥ずかしい……、何ホロっぽく振る舞おうとして素を出しちゃってんだよ。
ロレンスを見ろ、苦笑いしてんじゃん!
「あ、いやその、な、何でもありんせんし!」
慌てて取り繕うも恥ずかしさで顔が赤くなってるのを感じるし、動揺して尻尾がブワッと膨らんでしまった。
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「つまり、お前はまだ修行中ということか?」
「そう、オレはまだ数百年生きてるだけの狼で。あの喋り方は憧れの賢き狼、賢狼様を模して交渉してた、つもり」
結局オレは上手い言い訳が出来ずに、ある程度白状することとなった。
賢狼、つまり原作ホロを尊敬し、それに倣っていたという設定で。
あの恥ずかしい事件のあと、気を許してくれたのか。
ロレンスは裸のオレに布を貸してくれ、荷台に腰掛け話し相手になってくれた。オレの裸を見た時に顔が赤くなっていたが気持ちはわかるぞ。
「確かに、お前は俺から見ても交渉事には不慣れのようだな。顔と尻尾に全部出ていたぞ」
「んなっ、そんなに出てたのか!?」
「ああしっかりな、まるで駆け出しの小僧を相手にしている気分になった」
ははは、とロレンスは笑うが。オレはまだ笑う気にならなかった、旅の同意を得ていないから。
「だが、オレの狼としての能力は確かだ。賢狼様から授かった知恵もあるし、あらゆる危険を嗅ぎ分ける鼻、あらゆる嘘を暴く耳を持っているからだ!」
纏った布をマントのようにはためかせ、存在感をアピールする。
「なるほど、それは確かに便利だ。しかしーーー「しかし、それでも俺はお前を連れて行くのは危険だと思う。だろ?」
顔を覗き込むように近づけ、言葉を先んじて紡ぐ。
ロレンスは表情には驚愕が張り付き、少し頬を赤く染めていた。
「もっともな話だよ。この世界の教会は実に恐ろしい。だけれどオレが主に大きく貢献出来るとも自負している。だから」
オレは荷台から飛び降りて、くるりとロレンスへ向き直る。
「主が危険だと判断した時、オレの心臓に短剣を突き立てればいい。それを拒みはしない、それだけ危険を主へ与えるからな」
これは心からの言葉でもある。
賢狼では言えない、オレだから言える冷徹な商人への提案だ。
「……なる程、理解はしたが。その保証はどこにある。」
一瞬お人好しの面が出たが、ロレンスはすぐに商人の仮面を被る。
どこまで行っても根は商人、だからこそオレはロレンスに具体的な提案をする。
「オレは麦に宿る狼だ。だからその荷台の麦はオレ自身であり、それが燃やされたりすると存在と保てずに死ぬ」
つまりーーーと続けようとした所でロレンスが納得した顔で口を開いた。
「俺がその麦を所有し続け、お前の命を預かる。それが担保になるということか」
「さすが商人、頭の回転が早いな。オレが主を信用している証にもなって、一石二鳥とは思わないか?」
ロレンスはそれでも悩んでいるようだ、それほどこの世界では教会が恐ろしいことの証明でもある。
ならば最後の手段、実利で剣を交える商人の後に、お人好しの心を攻める。
「オレは、この世界で孤独に終わるのが嫌だ。広い世界をあの村だけで完結させたくない。だからーーー」
月明かりの下、満面の笑みを浮かべ牙を見せつけながら
「オレは主と旅がしたい」
差し伸べた白い手を、ゴツゴツとした行商人の手が握り返してくれた。