とある魂魄(タマシイ)の桜花両刀(デュアルソード) 作:蒼埼
とあるアパートの一室。カーテンの隙間から朝日が射し込むその先には頭から掛け布団を被って眠っている少女が居る。
少女の名は佐天涙子、この世界の柵川中学に進学したばかりで中学に入ると同時に一人暮らしを始めた。家では弟が居たことも相まって一通り家事はこなせるし、しっかりしている彼女なのだが、その生活に少し変化が起こっていた。
「涙子、起きろ。朝食が出来たぞ」
白髪の少年ーーもとい少女の声が遠くから聞こえてくる。名前は魂魄妖夢と言って幻想郷という異世界からやってきたという。彼女は前にいたところでは主の世話をしていたらしく家事も得意らしかった。
「んみゅぅ、あと、5分……」
「おい、それもう3回目だぞ。早く起きないか!」
そう言って妖夢は包まっている涙子の掛け布団を無理やり剥ぎ取った。
「やーん、みょんちゃんのエッチ〜」
「何をふざけているんだ、まったく。ほら、朝ごはんが覚めるから早く来なよ」
剥がれた布団を惜しく思いながら起き上がるといつもは一人分しかないはずの食事が2人前、しかもすでに出来上がっているものが用意されていた。そこには焼き魚とお新香、冷奴にお味噌汁そしてほかほかの白い御飯がきれいに並べられていた。
「…これ、全部みょんちゃんが?」
「ん? あぁ。涙子の厚意とはいえ、これからここで世話になるんだ。これくらいのことはさせてほしい」
「いや、朝ごはんは嬉しんだけど。こんなにしっかりと用意するの大変だったでしょ?」
「そうでもないぞ? 日課の鍛錬をするから日が昇る少し前には起きていたし、それに昨日簡単に教えてもらった「れーぞーこ」とやらの中身を勝手に拝借してしまったし、焼くところは「こんろ」とやらで作ったものだから」
「鍛錬て……みょんちゃんスゴいよ。いろんな意味で」
冷蔵庫とコンロの説明は昨日の夜に簡単に済ませておいたのだが、異界人にとっては珍しいものらしくしばらく興味津々と見つめていた妖夢の顔が可愛らしかったのは涙子だけの秘密だ。
「私からすればこの世界の文明の進歩の方がよっぽどスゴい。アイツがやたら外を気にするのがようやく分かった気がするよ」
「アイツって、誰?」
涙子が腰を下ろして食事の前に手を合わせた。感謝の気持ちを忘れないのも実家の影響だった。
「私の主の親友さ。まあ、私はあのようなのが苦手でね」
困ったように眉間にシワをよせながら妖夢も同様に手を合わせる。
「どうして?」
「一言で言うと、胡散臭い」
「あはは、そうなんだ…」
「飄々としてるようで何か腹の奥深くにとんでもないものを据えてるようにも見えるし。とにかく面倒なんだ。そのうえアイツときたら……」
淡々と愚痴るがそれはつまりその人のことをよく見てるんだなと思っていた涙子はそのことをさりげなくと言ってみた。
「みょんちゃん、その人のことよく見てるんだねー」
「…主のために警戒の目で見ているんだ、それ以上のことはない」
「ふーん、でも監視のためとはいえ結構よく見てるよねー」
涙子にポンポン言い返されるものだからさすがの妖夢も思案のために黙りこんでしまった。確かにそうかもしれないけど、それとこれとは話が別であってだねなどと言い訳を考えていると涙子が唐突につぶやいた。
「でもさ、貴方の大切な人の大切な友だちなんでしょ?そのひと」
「まあ……そうだな」
「その人のことをアイツとか呼んでたら大切な人も複雑な気持ちになるんじゃないかな?きっともっと仲良くなってほしいと思うな、私」
「む、しかし…あの胡散臭い雰囲気を拭いきれんことには」
「まあまあ!ここはひとつ、その大切な人のために頑張ってみなよ!」
「し、しかしだな涙子」
たじろぐ妖夢をよそに澄み切った綺麗な瞳でこちらを見つめてくる涙子を見ているとどうも出来るような気がする錯覚に陥りそうになる。
しかしながらこのまま進んでもらちが明かない。妖夢は自分から折れることにしたのだった。
「えへへっ。 ちなみにさ、みょんちゃんの大切な人とその友だちってどんな人?」
「幽々子さまと八雲紫のことか?そうだな、幽々子さまは我が魂魄家が代々お支えする強い霊力をお持ちの『亡霊』の姫君だ」
「ん、いまなんていった?」
「ん?強力な霊力をお持ちの『亡霊』の姫君だと」
「ぼっ、亡霊ぃ?!え、うそぉ!!!死んじゃってるの!?」
「まあかく言う私も種族上半分死んでるようなものだがな。とにかく幻想郷とはそうところなんだ。ちなみにその…ご友人の八雲紫……さまは幻想郷の核と言えるであろう大妖怪さ」
幻想郷って本当にどういうところなんだろうと、涙子は興味津々だった。そして抵抗がありつつも頑張って敬意を払おうとする妖夢が可愛くて仕方ないようだ。
「涙子、ちゃんと聴いているのか?」
「えっ、ああ。うん、たぶん」
「はぁ、自分で聞いてきたのに…」
「ごめんね。でも昨日の御坂さんととの雰囲気を見ててもみょんちゃんが只者じゃないことだけは分かった」
「みさか……ああ、あの電撃使いのことか」
ふと箸を止めた妖夢は昨日のことを思い出したのか少し口角が上がった。
「あれはなかなか面白いヤツだった」
「あとで白井さんから聞いたんだけどあの御坂さんの電撃を跳ね返したんでしょ?」
「ああ、あの程度の電撃なら問題ない」
「この学園都市第3位の実力を持つあの御坂さんにこの対応って…」
「幻想郷は見方によっては忘れ去られたモノの理想郷だが裏を返せばとんでもない魔境だからな。そこで育てばこうもなるさ」
「幻想郷ってそんなに怖いところなの?」
「戦闘のルールこそ設けられているが人が妖を祓うこともあるし、妖が人を喰らうことも日常茶飯事。場所によっては生きるか死ぬかのギリギリの生活を送ることになるな」
この時涙子は思った。食事中に聞くんじゃなかったと。
「この世界では強いのは飽くまで『人間』なんだ。向こうの神やら妖の類に比べれば可愛いものさ」
サラッと言ってるけど神様とか妖怪とかこの世界じゃ到底有り得ないものがポンポン出てきてるんだけど。
「いったいどんな世界で暮らしてきたのよ、みょんちゃん」
「秘境であり魔境、そして忘れ去られたモノの辿り着く場所さ」
フッと微笑み返してきた彼女に少しだけ胸が高鳴った。やっぱりみょんちゃんはかっこいい。普通の男の子、いやこの世界の男性が持ってないモノの持っているような気がした。
「ところで涙子。そんなにくつろいでて大丈夫なのか?」
はて、何のことだろう?
「今日はがっこうとやらがあるんじゃなかったのか?」
「………えっ?」
言われてカレンダーを確認する。今日は平日、長期休暇なわけでもない。そして時計を確認する。HRの開始まであと15分ちょっと。
「ち、遅刻だぁーー!? どうしよー!」
「はぁ、言わんこっちゃない…」
急いで朝食を平らげそのまま制服へ早変わり。一連の動作のムダのなさに妖夢は感心していた。
気付いたとき、涙子はドアノブを握って外に出て行こうとしていた。
「い、いってきまーーす!!!」
同時に妖夢はあることを思い出した。
「あ、おい!待てっ、涙子!」
が、すでに涙子は学校に向かってしまっていた。ぽつんと残された妖夢はただ一人の部屋で小さくため息を零した。
「行ってしまったか。お弁当、作ったのに…仕方ない届けに行くか」
空になった食器を一通り片付け、妖夢はお弁当を持って涙子のあとを追ったのであった。
お弁当を届けるために外に出た妖夢。はたして無事届けることは出来るのか?!