すみれ色の瞳の乙女─天馬の章─   作:つきしまさん

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【章終】エピローグ

◆終話-01

 

グラン・コークス(2578-2945)『偉大なる調整者ここに眠る』

 

 アドラー・トラン連邦の地方バストーニュ。ベトルカ郊外にその墓があった。

 彼のもう一つの名をフルード・コークという。ベトルカにある小さな診療所で細々とファティマの調整を行いながら貧しい人々の間を診療して回った。

 どんな患者も受け入れ、偏屈ながらも腕の良い老医者として近所の者に知られるようになる。患者の元までわざわざ訪れる医師の横で赤毛の娘が助手として働いていた。 

 晩年、彼が体調を崩すと黒髪の少女も付き添うようになった。

 生涯を医療に捧げた老医師に救われた者が彼のことを忘れることはなかった。ここに集った参列者の数がそれを表している。

 こうしてコークが開いた診療所の前にも多くの人々が集まっていた。ベトルカの町の人々だ。 

 

「先生がそんなえれえ人だとは知らなかったぁ……お悔やみ申し上げます」

「はい、お父様も、皆さんが集まってくれて、とても嬉しいはずです」

 

 黒髪ショートの少女が献花の花を診療所の入り口で受け取る。野の花を摘み取った花束は町の人々の感謝の印だ。

 皆が喪服を着て老医師の死に祈ろうとここに集まった。彼らにとってはここが老医師との接点であったからだ。

 ここに集う多くは生活が貧しく高度な医療を受けられない人々だ。

 コーク医師は貧しい家を回りながら最低限の治療費だけを受け取っていた。彼らが払える金額しか要求しなかったのだ。

 

「エディさん、今までありがとうな。俺たち、先生のおっかない説教聞きながら、あんたの顔見にどうでもいい傷こさえてここに来てたんだぁ~」

「おい、口説いてんじゃねえぞ」

 

 花束を渡した男を横にいた男が小突いて場に和やかな空気が流れる。

 

「祈ろう」

 

 帽子をかぶっていた者は帽子を脱いで胸に当てて目を閉じた。短い祈りの間、エディは彼らを見守る。

 

「それじゃ、俺たちは行くから……」

 

 黙祷が終わって一人ずつ背を向けて立ち去って行く。その最後の一人が見えなくなるまで少女は見送った。

 そして花を診療所の戸口に添えた。エディは葬儀が行われている家に戻る。 

 

 

「本日は、お集まりいただきありがとうございます。故、グラン・コークス氏の委任を受け、遺言を預かりましたモラード・カーバイトであります」

 

 即席に作られた壇上にモラードが立つ。その元にエディが歩み寄って故人の遺言状を手渡す。

 

「ありがとう。エディ、彼女は?」

 

 モラードの問いに首を振って応えた。尋ね人は葬儀の列には加わっていなかった。

 

「そうか、時間もない……皆さん、故人を偲び、しばしの黙祷をお願いします」

 

 モラードが片手を上げその一言に皆が目を閉じた。わずかな時間、静寂が彼らの間を支配する。

 その面々は、有名どころではフィルモアのノイエ・シルチスの騎士。

 法と徳で知られるクバルカンのルーン騎士。

 A.K.Dのミラージュ騎士。

 そして関係が深いトラン連邦の騎士たちがいた。

 それぞれに連れ合いのファティマを伴っていた。ファティマは喪章を示す黒い花を胸元に飾っている。

 ファティマを物として扱うことで有名なフィルモアの騎士がここにいるのも生前のコークス先生の功績であるに違いない。

 善や悪、正義や不正義に関係なく、彼は多くの命を救ったのだから。それこそマイトの鑑であったといえる。

 恩師であったが最後までわからないことが多い人でもあった。天才とはすべからくそういうものなのかもしれない。

 コークスからモラードに託されたものは大きい。それは目に見えないものであるだけに師の名に恥じぬように努めなければならなかった。

 モラードは居並ぶ人々と自らに譲られた邸宅を見上げた。

 

 

「惜しい男を亡くしたものだ」

 

 短い黙祷を終えてそう呟いたのは黒衣の騎士だ。その傍らにいるファティマは彼のパートナーのエストである。

 黒騎士バッシュ・ザ・ブラックナイトを駆る黒騎士ロードス・ドラグーンと言えば、この場にいるもっとも有名な騎士だと言えた。

 エストと言えば今日の仮喪主となっているモラード・カーバイトの名も知らぬ者はいないほどだ。

 新進気鋭のファティマ・マイトであり、二八七六年に彼が生み出したフローレンス・ファティマ・エストは彼の最高傑作と言われている。

 そしてもう一人……この場にいてもおかしくない星団最高のファティマ・マイトは姿を現す気配はなかった。

 

「バランシェのやつめ、最後まで来ないつもりか?」

 

 モラードがぐちってある方角を眺めた。

 ファティマの聴覚で遠くに響くエンジン音を聞き取ってエディが敷地を横切って道へと出る。

 その向こうから土煙と共に一台のディグがコークス邸目掛けて走ってくるのが見えた。周囲には民家もなく荒野の向こう側から高速で走ってくる。

 そしてディグはエディのすぐ目の前で止まった。揃えた黒髪がなびいて風に揺れる。

 降り立ったのは女だ。黒い喪服を身にまといスカートの端についた埃を払った。

 

「お待ちしておりました。プリズム・コークス博士。皆様がお待ちです」

「フン、まったく、相変わらずのど田舎ねここは。エディ、埃まみれよ?」

「はい、お風呂ならばいつでも入れます」

「風呂に入りに来たわけじゃないわ。あの人は?」

 

 プリズムは取り繕った無表情な顔を庭の方に向ける。あの人とはプリズム・コークスの父であるグラン・コークスのことを指していた。

 

「こちらです」

 

 プリズムを伴ってエディが庭に姿を現すとモラードがホッとした様子で弔辞を読み上げ始める。

 

「死んでも頑固を貫き通したわね……病だとは聞いていたのに」

 

 グランを悼む言葉と祈りが響きプリズムは頭を下げる。プリズムは自分の指と喪服の黒いスカートだけを見ていた。

 最後に看取ったのはファティマだ。プリズムは目を閉じる。

 もはやあの人と喧嘩することはないのだ。一人で逝ったわけではない。エディが側にいた。

 実の娘は父親が死ぬまで顔すら出さず、今、こうしていなくなってからここにいる。

 最後に喧嘩別れしてからどれだけの年月が過ぎたことか。

 

「さようなら、お父様。伝言があるの。バランシェもじきに行くから待ってろ、ですって。いい年してさ、最後まで正面切って言わないのだもの。お父様の言ったとおりね。我が師は根性なしよ」

 

 墓に最初に土をかける役目を担ったプリズムが土を墓の穴に投げ入れた。黙々と騎士が後に続いて土を棺おけに投げ入れていく。

 誰も何も言わなかった。

 死者は何も語らず冷たい土の下で永遠の眠りに就いた。

 

◆終話-02

 

 バストーニュ郊外に広大な敷地を持つその土地に大きな屋敷がある。その屋敷はバランシェ邸と呼ばれている。 

 

「頑固な男が逝った」

 

 一人の男が照明もつけぬ暗い部屋で呟いた。その声はしわがれていた。グラスを口元に運び水を一口含むとグラスの氷が音を立てる。

 

「君、なぜ行かなかったの? プリズムは行かせたのにさ」

 

 床の絨毯に腰掛けた美女と見紛うような青年──レディオス・ソープが問いかける。

 瑞々しく老いるという可能性さえ知らないような肌を保ちその目に若さと叡智を湛える。その姿は一〇〇年……いや一〇〇〇年経とうとも変わることがない。

 

「俺はあの男が嫌いだった」

「うん?」

 

 グラスの氷を鳴らして男が呟く。

 名前はクローム・アイツ・フェイツ・バランス・イレブン。またの名をクローム・バランシェ。彼がこの館の主であった。

 座る青年の膝には少女が頭を乗せて眠っている。バランシェが養育しているファティマの少女だ。訳ありで他の姉妹たちとは違って成人が遅れている。

 

「昔の話だよ、ソープ。俺も奴も若かった。考え方の違いと言えばいいか。俺はファティマに未来を……希望と可能性を与えたいと考えていた。それに真っ向から対立したのだよ。だからこそ、それゆえに俺はやつを屈服させたかった」

「子どもっぽいね。それで彼はどうしたの?」

 

 ソープは長い栗色の髪をいじくる。

 

「証明してみせろと言われた。だから俺はやつを連れて星団中を旅したのさ」

「ふうん? それでどうなったんだい?」

 

 ソープは微笑んで自らの膝元で眠るパシテアの髪を撫でる。

 

「食らいついてきたさ。ファティマに可能性を持たせるなど無意味だと言ってね。お前のやっていることこそ無慈悲でしかないと」

「凄く想像できるなぁ。頑固ジジイだったしねぇ……」

「二人で星団の各地を回った。そのときのことは……いや、まだお前には語らないでおこう。それにはまだ少し時間が欲しい」

「なんだい? じらすんだねぇ?」

「俺が死ぬ前にでも語ってやるさ……俺たちはお互いに、おそらく何らかの答えを得たのだと思う」

「思うって?」

「それは確かめようがなかった。やつはおそらく何らかの答えを見つけ、俺の前から姿を消した。たった一人の娘を残してな。勝手な男だ」

「バランシェの不戦勝? そして君は娘を一人前のマイトに育て上げたじゃないか」

 

 グラン・コークスは失踪した。バランシェは彼の娘の養育を引き受けた。

 養女扱いで引き取ったプリズムにはマイトの才能があった。バランシェは彼女に自らの技術を教えこんだ。

 しかし、彼女が見ていたものとバランシェが見ていたものは同じではなかった。

 プリズムが追っていたのは父親の背中であった。バランシェは師であったが父親ではなかったのだ。

 最愛の弟子として育て、その緊密さから愛人だなどと中傷の標的にされていることも知っている。

 バランシェにとっては教え子に過ぎなかったが、それでも愛情がないわけではない。

 プリズムが成人し一人前だと認めたとき、バランシェはプリズムにコークスの名を名乗るよう勧めたのだ。

 かつて去った友人は彼と同じものを見ておそらく理解したのだと考えた。その男もこの世から去ってしまった。

 時間は残酷なまでに老いを突きつけてくる。この身を蝕む死という病に抗い続けている。

 彼は今のバランシェを見て笑うことだろう。 

 

「いや、勝ち負けなど俺たちの間にはなかった。マイトとは知識欲の塊さ。求め求めて答えを得るまで決して止めない。そういった意味で、俺はあの男の貪欲さを愛していたと言ってもいい。あの男は俺とは常に違うものを見ていたからだ」

「それで、君も見つけたんだろう。答えを?」

「ああ……狂った幻想を現実にする手段を。それは結局、彼女らを弄ぶ事でもある。やつがもっとも俺を嫌悪した理由はこれだ。ファティマの救いを説く者が希望を説きながら、そのファティマに地獄を見せるのかと」

 

 バランシェの視線が眠るパシテアに投げかけられる。今までに彼が手がけこれからも造り続けられるであろうファティマたち。

 

「ファティマを誰よりも愛した男だった。やつが先に死んで俺はまだ生きている。俺は……」

「俺は?」

 

 怜悧な瞳がバランシェの動作を追う。

 

「笑ってくれていいぞ、ソープ。俺はやつが遺したものに会うのが正直怖い」

「馬鹿な、彼女はただのファティマに過ぎない」

「そうかもしれん」

 

 疲れたのかバランシェが目を閉じる。ここ最近、バランシェが体調不良を薬で誤魔化していることをソープは知っていた。

 二人の間に静寂が落ちる。ソープの膝元でパシテアが身じろいで目を覚ます。

 

「ソープ様ぁ?」

 

 眠そうなパシテアの瞳がソープを見上げる。

 

「やあ、パシテアおはよう」

「あのね……夢を見たの……とても怖い夢」

「どんな夢を見たんだい?」

「遠い、遠い、きっと未来の夢なの……」

 

 そしてまたパシテアは目を閉じてソープの膝元に顔を埋める。

 

 

 見える見える──見えるのよ──

 残酷な運命の物語が──

 天駆ける天馬(グライフ)が

 空から墜ちる夢が──

 それは運命の三女神が紡ぐ未来へ続く糸の夢……

 

 

 星団暦三九六〇年。ジュノー・コーラス王朝首都ヤース。

 コーラス最後の玉座たる王宮門手前。そこに立ちはだかるはたった一騎の白い騎体だった。

 そのMHを取り囲むように数騎のL.E.Dミラージュが立ちすくんでいる。

 王都防衛のベルリン部隊もわずか数騎のL.E.Dミラージュによってすべてが駆逐されていた。 

 赤く燃え上がる空はL.E.Dの放った炎である。すべてを燃やし尽くすまでその炎は消えることはなくすべてを焼きつくしていく。

 王都周辺での抵抗も徹底的に破壊していく。白い悪魔の蹂躙によって残された希望までも火の中に消えようとしていた。

 

「こいつは思わぬ収穫だ。やつがあの天馬の騎士(グライフ・シバレース)で間違いない。あれの首を持ち帰りたいものだ。火器装備を切り離して近接戦闘に切り替えろ」

『あ……ダメ……』

「どうしたパシテア?」

 

 L.E.Dの騎士は相方のファティマの様子がおかしいことにようやく気がつく。

 

『ダメ……わたしおかしくなっちゃう。白い天馬(グライフ)の騎士……わたし、戦えない……ソープ様ぁ!!』

「パシテア、おい、パシテア!」

 

 一騎のL.E.Dミラージュが停止する。呼応して連鎖するようにもう一騎のL.E.Dが動作を停止していた。

 

『くそ、リンクスが解除されたぞ! どうなってやがるL.E.Dっ! まったく動かん。ファティマの様子がおかしいぞっ!』

 

 同僚が喚きたてる声。周囲が混乱をきたしながらもまともに動ける事を確認する騎士。

 あれと直に対峙してまともに動いているのは自騎のみとなっていた。L.E.Dをサポートする殲滅部隊はMH戦に備えて下がらせている。

 

「何が起きている? こちらの制御はできているようだが……」

『マスター、ライドギグを強制解除しました。彼女たちではダメです。あのモーターヘッドにはダメなんです! バランシェ・ファティマである彼女たちはあれと戦う事ができないんです!』

「なるほどな……陛下が仰っていた意味がようやくわかったよ……これが、あれが真の天馬である証拠か」

 

 バイザーをつけた騎士が口元を歪める。わかっていてなお主がそう望んだのであれば従うのみ。

 それこそが騎士の宿命である。

 

『コーラスと大詰めの戦い。きっと、君と君のファティマが鍵になるだろう。君だけがコーラスの象徴を倒すことができる。あの白い天馬騎士(グライフシバレース)をね。僕は今回は降りない。さあ、最強同士の戦いにケリをつける時が来たよ。およそ、一〇〇〇年振りの二人の因縁もね』

 

 それがこの宿命の戦いを決める言葉でもあった──

 

「エディ、敵軍の動きに遅延が見られる。年寄り一人屠るのに何を手間取っているのやら」

『いえ、向こうは動きたいけど動けないのです。だってこの機体も元はミラージュですから』

「はは、長く騎士をやっているがそんなことは初めてだ。骨のある若者はおらんのか?」

『マスター……お体は……』

「病でボロボロの体だろうが構わぬ。最後の徒花、コーラスに散らす。止めてくれるなエディ。我らが希望は無事落ち延びられたであろうか……」

 

 コーラス最後の希望である王妃と王子はコーラス城から脱出している。

 ここに残る最後の騎士は彼と相棒のファティマ。そして長年付き合ってきた愛騎のみだった。

 

「すべてはグラードに託した。これがわしにできるコーラスへの最後の御奉公よ」

『……』

『白騎士殿と見受けられる! 我が剣を受ける所存はおありかっ!』

「よかろう。そう来なくてはな。一線を退いて三〇年。わしの腕は錆び付いておらぬぞ? エディ、頼むぞ!」

『イエス、マスターっ!』

 

 エディが応え天馬の騎士が実剣を引き抜く。銀色に輝く刀身が王都を焼く炎を照らし映す。

 

「乗ってきたか。白騎士を相手にどこまで戦えるかわからんが、行くぞ、パルセットっ!」

『思う存分サポートしますっ!』

 

………

……

 

 戦いが始まる。

 

 それは私たちに定められた宿命の証。

 

 逃れられぬ運命。

 

 ああ、どうかこの戦いに慈悲を。

 

 私たちに安らぎを──

 

 

 

 パルスェットっ!──

 

 お姉様。ごめんなさい。ごめんなさい──

 

 エディ、ここまでだ。もうこれまでとしよう──

 

 マスター駄目っ! まだ──

 

 愛していた。さらばだ──

 

 いやぁぁぁーっ!──

 

……

………

 

 マスター、敵MHの自壊爆破を確認──

 

 これで陛下に胸を張って報告できるな。泣いているのかパルセット?──

 

 どうか、誰かこの残酷な運命を終わらせて──

 

 最後の抵抗を続けていたコーラスは滅亡しジュノーは天照の手に落ちる。

 この後、星団は統一される。本物の天照は隠れユーパンドラの圧政が始まる。

 数多の騎士の血とファティマ達の涙を流していまだ悲劇の連鎖は終わらない。

 流れ落ちた宿星。天馬は墜ちず白騎士は甦る。それは人々に伝えられていく物語。

 黒騎士がジュノーンとクローソを隠しコーラスの希望は紡がれた。やがて反A.K.Dの機運が高まり黒き魔女の存在が囁かれるようになる。

 そして、それはまた別の物語として語られるだろう──

 

◆終話-03

 

 二つのグラスに濃い色の酒が注がれた。

 ベトルカの邸宅の一室で向かい合うのはモラードと黒騎士ロードスだ。その傍らにはファティマ・エストが座り、赤毛のメイドが控える。

 

「──というのが話の顛末です。先生からのまた聞きですがね」

 

 モラードがグラスに口をつけて辛いなと呟く。

 思い出話にとモラードが黒騎士に語ったのはエディが生まれることになった辻斬り事件の顛末である。

 

「そのウモスの若騎士だが」

「ああ、ミハエル・レスターだな」

「名を聞いたことがある。青銅騎士隊の隊長になっているそうだ。話に聞く限りでも相当な腕前だとな。男は挫折を知ってこそ成長するというものだ」

 

 うんうんと頷くドラグーン。

 

「そんなこと言って追い抜かれても知りませんよ。頂点にいる者はいつ後輩に出し抜かれるかわからない」

「わしはそう簡単に出し抜かれやせんぞ? その言葉、まんまお主に返すとするわ」

「ごもっともで」

 

 グラスが重なって音を立てる。モラードはすぐに飲み干していた。

 

「おーい、もう一杯くれないか」

 

 モラードがグラスを振ってメイドに催促する。

 

「お酒はほどほどになさってください。コークス先生もお酒が好きな人でした」

 

 空になったグラスに先ほどの半分ほどを注ぐのは赤毛のメイドだ。葬儀ではエディと一緒に裏方を手伝っていた。

 名はアイラ。かつてエディが助けた少女は娘らしく成長していた。

 辻斬り事件解決の後、グラン・コークスの養女として引き取られ、ル=フィヨンドを出てベトルカに移った際も一緒に越してきていた。グランの晩年の世話も一手に引き受けている。

 グラン・コークスの弟子として医師としての道を歩み始めていた。すでに医師免許を取得していた。

 葬儀の後の工房の引継ぎで残っていたが、すべてが終わったらアイラはベトルカを出ることになっていた。グランが残した相続のほとんどをアイラは断っている。

 

「アイラはここを出てどうする? 当てがあるのか?」

「両親……私の実の親が残したお金があるのでそれでしばらくあちこちを回ろうと思ってます。私の曽祖父が巡り歩いた土地とか、故郷のナカカラを訪ねようと思っています。とにかく、世界を見て回りたいんです」

「そうか、困ったらいつでも頼ってくれ。先生から頼まれているからな」

「はい」

 

 アイラはお辞儀をして去る。

 

「ったく、サンドラは結局来なかったな」

 

 葬儀の人々が去り閑散とした庭を見下ろす。小さな林の中にひっそりと故人は眠っている。

 

「その、エディのマスターだが……」

 

 口を濁すドラグーンにモラードはニヤッと笑い返す。

 

「世直し白騎士。黒騎士と対をなす正義の騎士。その中身はA.K.Dのアイシャ・コーダンテ。今じゃ知らぬ者はない暴れん坊プリンセス様だろ?」

「まったくもって最近の若い者は慎みを知らん。世直しするのであればやり方というものがあるわ」

 

 世間巷でサンドラ・イルケといえば有名人である。

 正義の騎士を名乗り、各地の悪徳領主や騎士をバッタバッタとなぎ倒すという痛快騎士物語。今では戯曲や舞台で名前を変えて引っ張りだこだ。

 よく白騎士と黒騎士とどっちが強いとか論議になるのだが、当の黒騎士は少しばかりはた迷惑な話であった。

 その頃、荒野の土地を歩く一つの影がある。ディグのトラブルで葬儀に間に合わなかった女がここに。

 

「あー、もう遠い……レンタルディグめーエンジントラブルとは許せん!」

 

 ポニーテールが揺れて垂れ気味の瞳がぎらぎら輝く太陽を睨み付ける。ボフッと埃が舞って風がさらっていく。

 その向こう側から一台のディグがやってくるのにアイシャは目を止める。

 

「ヒッチハイクにゴージャスな美女! 放って行ったらただじゃ置かないよ! は~い、そこのおにーさーん。よってらっしゃーい。一晩のあまーい夢も見せてあ・げ・る♪」

 

 服を脱いで下着一丁でセクシーにポーズを決めると、ディグは目の前で止まった。

 

「マスター……何してるんですか?」

 

 ジト目で返すのはエディだ。遅いマスターを迎えに来たのである。

 

「お前かーっ! バカー、もっと早く来なさいよ!」

「無理、お葬式。マスターの格好はとっても非常識」

 

 アイシャを乗せてディグは走り出す。どこまでも続く青い空と荒野のロードを駆け抜けて──

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