回生のライネル~The blessed wild~   作:O-SUM

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 二次SSなんて書いたことないのに、ゼル伝ブレワイに飢えてついつい書いてしまいました。
 少ないのは原作ストーリーが完成したハッピーエンドだからですよね、仕方ない。

 でももう少し、この世界に浸らせて頂きたい!




プロローグ
駆ける獣


 ……獲物はもう動いてはいなかった。

 

 槍に僅かに残った血を払う。刃こぼれはなく、血のキレも良い。

 どうやら余計な臓物を傷つけず、肉もイタズラに痛めずに仕留めることが叶ったようだ。

 

 ただの獣の身で、自らの足からここまで良く逃げたものである。これはなかなか味も期待できるのではないだろうか。引き締まった肉厚の後ろ足など、さぞかし円熟した脂が乗っているに違いない。

 思わず舌なめずりをしてしまうが、ここで喰らってしまってはここまで追い回した意味がない。我慢せねば。

 

 今日の獲物がなかなか見つからず、仕留め終えたのがつい先程。彼の分まで用意せねばと欲張ったのが余計だったか、ここまで時間が掛かってしまった。ようやく見つけた獲物に、待ち合わせた場所とは反対方向の森に逃げられてしまった時点で諦めてしまうべきだったかもしれない。これではやや遅れてしまいそうだ。

 

 律儀な彼のことである。月の位置からして、既に待ちぼうけとなっているかもしれない。表情をあまり変えない御仁ではあるが、あまり待たされることには寛容ではなかったはずだった。

 特上の肉質を思わせる、この二本槍の獣で機嫌を宥めてくれると助かるのだが。

 

 ――さて、これは気合を入れて急がねばなるまい。

 全ての脚に力を込める。前足を勢いよく跳ねあげることで上半身を立たせると、その重量を支える自慢の後ろ足が、先程仕留めた獲物とは比較にならない太さに膨れ上がった。

 

 直後、爆音と共に夜空へ飛ぶ。

 ただの跳躍である。しかし、同じく翼を持たぬ種族達と比べて遙かに高く空へと打ち上がるさまは、跳躍というより飛翔と呼ぶべき滞空時間を得ている。宵深い森の中にあって最も背の高い梢をも軽々と飛び越えて、俺は自らの肌を夜空の下に晒す。

 

 ゆったりと周囲を見渡しつつ、ふと、視界を満たす月明かりを意識して思う。

 当代の勇者の肉体は、今夜の月にどう映えているのだろうか。

 

 

 ――決して折れぬ鋼を骨に、身を覆う肉は鉄塊の如く。

 火山岩を思わせる黒々とした墨色を下地に、極北の山嶺を染める純白をそのまま流したような模様を躍らせた肌は固く引き絞られ、生半可な刃を通すことはない。

 そうした厚く堅固な皮の下にありながらも、なおその肌を突き破らんばかりに詰め込まれた筋肉は、俺が戦士を目指した時より永い時を掛けて鍛え上げたものだ。夜闇の中にあっても躍動するソレは肌の陰影を強力に浮かび上がらせ、内側に宿した暴力の規模を見る者に悟らせる。

 着地と同時に四つの轟音が周囲に響き渡るも、柔らかくも強靭な肉を備えた身体からは、本来上がるべき軋みの音は僅かにも聞こえない。

 

 衝撃に備えて踏ん張った態勢を解き、やや(うつむ)かせた顔を持ち上げる。

 ……曰く、一族の顔は「獅子」と呼ばれる獣と多く共通した特徴を宿しているらしいが、我々の額より伸びる双角は獣との大きな相違点として挙げられ、外観上の個性を最も色濃く映す部位であった。自身の上へ向かって天を衝くかのように突き上げられた双角。雄々しく捻れて尖ったソレは牙と爪に並ぶ我が武器であり、密かな自慢でもある。

 その角の根本を覆い隠すようにして頭全体を包む(たてがみ)は、宙にあっては勢いよく身体をくすぐる風に(なび)いていたが、地上である今ではいつも通り、一本一本解き解したばかりの荒縄のように燃え広がっている。その艶を消した白毛は、墨色の肌との対比で浮き上がらんばかりの存在感を放っており、同族と比べてもなお大きい我が身の威容を一層際立たせる印象を周囲に与えた。

 

 日々の手入れを欠かさぬ武具は、冴え冴えとした月光を照り返すまま背中に収まり。

 それによって仕留められた獲物の肉もまた、かぶりつくのを努めて抑えねばならぬ程の芳しさを放っている逸品である――。

 

 

 (……とりあえず久しぶりに会う彼の前に姿を現しても、恥ずかしくない程度には整っている、か?)

 

 少なくともいきなり失望されるほどではあるまいと一人納得し、身体の向きを巡らす。

 先程の跳躍によって見渡した森。現在位置と向かうべき方角は大体把握できた。あとは向かうべき場所を目指して移動するのみ。

 今度は縦ではなく横へ。一族の中でも特に優れた加速を生み出す四脚をもって、俺は駆け出した。

 

 目指すはここより下った先にある平原にそびえる【二つ岩】。

 夜の闇が最も深まる頃のその場所に、俺を呼んだ「友」が待っている。

 

 

   *   *   *

 

 

 ――駆ける。駆ける。駆ける。

 走り抜ける身体の後ろで、その一瞬置きに地面が連続で爆発を起こしている。

 俺の全力駆けを支えるには、困ったことにこの森の大地は少し柔らかい。後ろ足が生んだエネルギーで不安定に傾きかける上半身を、しかし後ろ足に劣らぬ二本の前足が危なげなく支え、持ち上げる。そして爆発。その繰り返し。

 視界の先では爆音と振動に飛び起きたのだろう。夕焼け色をした小さな獣が柔らかそうな尻尾を振り回しつつ、必死になって四本の脚を動かし、進路上から逃げ出すのが見える。惰眠を貪っているところ叩き起こしたのは悪いが、これ以上の肉を狩ろうとは思わない。

 静かに突っ込んでそのまま轢き潰してしまった、というよりは親切な行為だったと考えてもらおう。

 もちろん、だからと言って周囲に配慮してスピードを緩めるつもりもなければ、そうしなければならない必要性も感じはしなかったが。

 そのまま減速せず走り抜けることとする。……どうやら無駄なケモノ肉は生まれなかったらしい。結構な事だ。

 

 障害物は障害足り得ず、速度を緩める枷にも成り得ない。

 思うままに古木を蹴り砕き、沢を飛び越え、岩を揺らす。

 

 そうする間にあちらこちらの木々に隠れて、こちらに向けられる視線の数々が増えてきた。肌に感じられるそれらに、一様に込められた感情は警戒か恐怖か。

 困ったことにこれから突き進む先からも弱弱しい気配が漂っている。竦んだように固まっているのは小動物の類だろうか。無為の殺戮は正直望むところではないのだが。

 

 仕方ない。

 

 『この地の獣よ、魔獣共よ。騒がしくしてすまない。

 しかし俺は急いでいる。

 我が身は獣王。

 この極北東の地にあって、この身の前進を阻める者なし。

 命が惜しくば、我が向く先より退くが良かろう―― 』

 

 意を込めた咆哮を一つ轟かせる。それは(ひづめ)が起こす爆発を更に掻き消す、今宵一番の衝撃波となって真夜中の森を駆け巡った。

 ……進路上の動物のみならず、周囲にて視線を寄越していた者達まで追い払ってしまったが、結果としてこの後に煩わしい視線を向けられなくなったことは上々だった。

 

 

   *   *   *

 

 

 そうして駆け続けてほどなく、森の出口を抜ける。

 森さえ抜ければ、【二つ岩】まで続くのは青々と生い茂る草原のみ。ここを下り切った先に、彼の棲み処である平原がある。ほどよく急な勾配に面したこの草原の頂点から見下ろせば、その平原に点在する様々な色に彩どられた木々を一望できる。

 

 俺はこの景色が好きだった。季節を通して様々に変化する景色は、狡猾な獲物を追い回す時とはまた違った心地良さを味あわせてくれる。

 良質な肉の少ないあの地に、彼がわざわざ居を構えた時は相変わらずの変わり者だと思ったが、それはこの美観を最も近くで独占したかったからかもしれない。【二つ岩】から見下ろす景色は、遠くの山々を含めて一望できない代わりに木々の色合いを間近に見渡せるため、この場所とは違った平原の趣きがあるのだ。

 

 白の剛毛が視界の端にチラチラと映る。

 ……どうやらお気に入りの景色にやや意識を向け過ぎて足を緩めてしまっていたようだ。後ろの森と台地の合間を抜けて吹きつける北風によって、いつのまにか(たてがみ)を煽られている。

 自らを追い抜いた風が、急な勾配をとって下る一面の草原を駆け抜け、埋め尽くす緑を海面のようにさざめかせていた。駆けていた理由をようやく思い出し、その斜面へと踏み出す。

 真夜中であろうと、僅かな月明かりさえあれば俺にとっては真昼と何ら変わらない。まして今夜は満月だ。

 風を抜き返す速度で駆ける両足は、揺れる草花を荒々しく掻き分けつつ、再び目的地を目指した。

 

 

   *   *   *

 

 

 走り続けていくらか経った頃。

 天に向かって弓なりに曲がった巨岩が二つ。左右対称の形をとってその先端を突き合わせてそびえる姿が、ようやく視界の中に見えてきた。

 

 生き物の肋骨を思わせるその奇形は異様であり、魔物の中においても比較的巨体を誇る俺の種族をして見上げるほどの巨大さを誇る。どのようにしてこのような不可思議な威容を備えたのかは知る由もないが、先祖がこの地を訪れた時より、この岩はそのままの形で存在し続けている。

 【二つ岩】。我々がそう呼ぶ片側に蹄を乗せる。緩やかな角度で反りかえった上面は、歩行することに不都合はない。硬質な音を響かせる岩盤の上を慣れた足取りで進む。

 

 特徴的な造形であり、かつ景色に富んだこの地は、会合の環境として持ってこいの場所と言える。彼がもう訪れているならば、お気に入りの岩の突端に居座り、景色でも眺めていることだろう。

 

 先端に近づくにつれ徐々に細くなっていく足元。それに伴い常歩(なみあし)程度へと速度を緩め、岩と蹄を丁寧に噛み合わせて進んでいく。

 不安定になっていく足場ではあったが、無論それでも駆けること自体は決して不可能ではない。しかし響く蹄の音によって、仮に待たせていたとしてもコチラの到着は気付いただろうから、今更なお急ぐことも無い。

 なにより力強く駆けた衝撃によって、起こってしまうかもしれない事態を恐れてもいた。いつポッキリと折れるか分からない程度には風雨に削られたこの名所への、最後のトドメを刺した者という誹りを受けたくはなかったのである。

 

 

 

 ゆっくり登った岩の頂き。はたして彼はそこにいた。

 

 しかし、彼を一目見て思う。

 それは前回会った時にも、感じたことではあった。

 

 (細くなられた。いや、小さくなってしまわれたのか…… )

 

 遠目の視界に収めた彼の第一印象。そこには往年に無かった、徐々に色濃くなっていく衰えの気配が漂っている。

 しかし改めて近寄って見る彼の姿からは、俺が小さく胸に宿らせた暗い感情を打ち払わせてくれるモノもあった。

 

 なるほど全盛期を過ぎて久しい肉体は、いつか憧れと共に見上げていた頃と比べれば、いささか以上に衰えている。けれど近づく蹄の音に既に気付き、振り向いていた顔に宿る眼差しには相も変らぬ、いやより深みを増した幽玄さを湛えていた。

 今なお世界を巡って高め続けている叡智と、培った年月からなる思慮深さを窺わせる見識は、力を以って序列を定める我が一族においてもなお特別な存在へ彼を位置付けるほど。

 彼に習い世界を旅したりもしたが、種族の違いを無視して比べても、目の前の存在以上の智者と呼べる魔物とは出会えなかった。

 あえて並べるとしたら、ある山で見かけた輝く馬のヌシくらいであろうか。言葉こそ交わすことは叶わなかったが、かの存在もまた、悠久の時を生きた者にのみ宿る智性を漂わせていた。

 

 彼は先代の勇者にして当代随一の賢者。

 未知を既知に変えて未来を告げる偉人。

 そしてこの身を当代の勇者へと導き鍛えてくれた、大恩人。

 

 そうして【二つ岩】の突端に辿り着く。

 彼と並び立てるこの時に感謝を。向かい合えば、いつも伸びてしまう背筋を意識せずにはいられない。

 

 そして今夜の始まりもまたいつかと同じ。彼の変わらぬ厳かな声に告げられた。

 

 「……その獣の後ろ脚と心臓。私が貰えるのだろうね、【ライネル】?」

 

 弟子の遅刻に案の定拗ね始めていたらしい師の一言に、俺は獲物の最も美味なる箇所を差し出しながら苦笑した。

 

 




 このゲーム、目的もなく山を駆けまわるのが、すごく楽しいです。

 同原作の二次小説がハーメルン様で今後増えていくことを願いつつ、ぼちぼち更新させて頂きます。初投稿物は長くするとエタるらしいので、できるだけまとめて完結を目指したいと思います。


 ※【二つ岩】は公式名称にはありません。アッカレ地方にあるキタッカレ平原からカザーナ裂谷へと至る道中に存在する地形を、勝手に作中で呼称しています。「友」はキタッカレ平原、「俺」は奥アッカレ平原にいる個体のライネルさんがイメージ。

 ※ハイリア人等から付けられるだろう種族名。当の本人達は知らないはずですが、ここでオリジナルの名称なんか振ってもワケ分からないことになりそうなので、たまたまその名称を彼らも使用していることをお許し下さい。


 追記:表現があいまいだった【ライネル】の外観描写を一部変更しました。ライネル種は角が立派であればあるほどイケメンで、異性にモテるという誰得設定追加。

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