回生のライネル~The blessed wild~   作:O-SUM

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○前回のあらすじ

 ライネルA「強者とは孤独であること。誰ともつるむ気などない。立ち去られよ」
 賢者「俺の名声と扇動に掛かればなぁ? ちょいと撫でてやりゃあこの通り」
 ライネルA「はわぁ~、一生ついていきますぅ! 」

 勇者「目標が辺境で孤立するまで、お前ら玉砕してこい」
 魔物連合「」




『厄災』討伐作戦 ~”剣”の気配~

   *   *   *

 

 

 『南の小村への襲撃、成功。防衛戦力はごく少数であり援軍の影も無し。こちらが被った被害は子鬼3、蜥蜴1と極めて軽微。3日待って敵側に動きが無ければ、引き続き別の村への襲撃を再開する。なお襲撃予定地については【賢者】と協議の元、中央へ寄せるか辺境域に留まるかを決定したい』

 

 『西の集落へ攻撃。建造物は一通り破壊し、一時占領に成功するも、「翼」持ちの強者が引き連れた一団が襲来。援軍の勢力は全て飛行能力を有しており、こちら側に有効な対空手段が少なかったために子鬼以下多数の被害が発生。軍団の勢力維持を優先して現在撤退中。再侵攻か別地区への襲撃か是非を問う。なお、「翼」持ちの強者は健在である』

 

 『北西は雪山地帯の各勢力を併合中につき、現在のところ戦果無し。されど進行中に遭遇した人族は全て仕留めており、軍団が敵に露見している可能性は極めて低いと思われる。北東に関しては、退路を確保し辛い火山地帯内部に存在する亜人の大集落などは今回の作戦目標を考えると攻略価値が低いと思われるが、それでもなお攻撃を仕掛けるべきか【ライネル】殿の判断を伺いたい』

 

 

 ……全地方の同族へ「緊急・最重要」を示す赤の蝙蝠を飛ばした日よりいくらかの時が経ち。

 ようやくといった心持ちではあったものの、やがて次々と手元に舞い込むようになった伝令の報告には、各地で行われる戦況が思惑通りに推移していることが示されていた。

 

 東の地区においては亜人の都市や比較的大きな人共の大集落が存在する土地であるためか守備戦力はさすがに厚く、攻めては跳ね返されを繰り返すとても良好と言えるものではない戦況であった。同族を含まない勢力では、この結果は妥当と考えるべきか。

 しかし、それらの大きなコミュニティの周囲に点在する少なくない小村への攻撃については悪くない成果も挙げており、その手腕は雪原に砦を築くまでに人族への攻撃を計画していた大鬼の族長の面目躍如と言ったところだろう。

 俺が東の大集落を征服した後、それまでまとめていた鬼の戦士達をそのまま引き連れることを許してみれば、すぐさま近場の集落を落としてみせた黒の大鬼。そのことを報告を直接俺に渡してきた時の「この程度は当然だ」といった雰囲気には、完膚無きまでに叩きのめされた力への従順な態度に紛れてなお(くすぶ)らせる反骨心が感じられて、少し愉快でもあった。

 

 その後の経過報告も直接俺が受け取っているが、この大鬼は指揮官としても優秀であるらしいことを結果で示し続けている。

 

 

 そう。

 俺は長期間は留まるつもりのなかったはずの東の大集落を情報の集積場所として定め、そのまま居続けていた。

 

 

 理由を挙げるならば、この地は今まで巡った土地にある大岩の中でも有数の防御力を誇る拠点であると共に、人が立ち入ることが少ない豪雪地帯の中にあるといった、色取り取りの蝙蝠が往来しても存在が露見しにくい環境という魅力的な立地であったことが一つ。

 そして西の大集落が調教した蝙蝠が把握している大岩が東の地方においては数少なく、ここより先は北の地方に点在する大岩まで蝙蝠達が飛来可能な大岩を把握出来ていないらしいことが、その大きな原因だった。

 

 もちろん北の土地にある蝙蝠達が飛来可能な大岩については既に把握しており、当初の構想では俺と彼のねぐらに近いそこまで戻った上で、2人で腰を据えて情報分析と各地域への指示に当たるつもりであった。

 しかし、北の地域の中にある最寄の大岩までの距離はそれなりにある。亜人や人共の勢力圏を迂回しようとするならば、俺の脚で全力で駆けたとしても最短で3日、あるいは5日掛かってしまうだろう。

 魔物による一斉攻撃を受けている人共が、"剣"の強者を早々に孤立させるような対策を打ち出した場合に伝令のやりとりを滞らせては、千載一遇の機会を見逃してしまうかもしれない。その可能性を考えれば最大5日間の空白というのは、移動を躊躇するに十分な日数だった。

 

 しかも5日間というのは俺一人で駆けたなら、という場合である。

 人共にこれ以上の時間を与えたくない理由で既に攻撃を開始してしまっている以上、東の地においても敵の警戒は、通常時のそれよりも強化されているはずなのだ。

 

 中央への潜入をした際に目撃した強者の中に、東の地で都市を築いている亜人と特徴が一致した者がいることは記憶に新しく、その存在、ないしはそれに類する複数の強者がその都市周辺に詰めている可能性は極めて高い。

 彼を単独で移動させた場合の強者との遭遇率が高くなっている現状、俺が先行して現在南にいる彼を後から追わせるといった行為は危険過ぎた。移動は彼がこの南東の大集落への合流を果たしてから俺と2人で行く必要があり、そうなれば彼の移動速度に合わせるしかない以上、5日での到達は不可能となるだろう。

 

 加えて俺が未だ東に留まる理由には、そもそも北の地で彼と俺が揃うメリットが失われていた事も大きい。 

 彼は今、複数の同族達と共に南地方の攻撃を担当する軍団に身を置いている。南の軍勢は人間勢力との大きな衝突も現時点では発生しておらず、だからこそ次へ次へと続く襲撃先の選定には慎重になる必要があった。

 西の軍勢は強者が引き連れた一軍による反撃を受けた。では未だ目立った迎撃を受けていない南では、どういった侵攻ルートを進み、どこにどれだけの戦力を振り分ければ、効率良く"剣"の強者を孤立させるように釣り出すことが出来るのか―― 地形や軍勢、各地の情報を汲み取った上でそうした判断を下すために、【賢者】の存在は辺境で引き籠もっていた同族にとって無くてはならないものであるはずだ。

 そして彼もまた、南における自らの立ち位置が占める重要性のほどを良く理解していた。

 蝙蝠の存在を知り、遠隔地であればあるほどの時間差が生まれるものの確立された連絡手段が獲得できた以上。移動を繰り返す遠征向きな武器として槍を担いで来た俺とは違い、既に北の地を発った時に自身が振るえる「最強の装備」を持っている彼は、無理して北の地へ戻る必要もないのである。

 

 後は"剣"の強者が単独で出現した際、俺達が固まっていないことは現場に急行する際、どちらもが遠い場所にいるという具合の悪い事態を避けることが可能になるのでは? とメリットが挙げられたことも要因の一つだろう。

 寄せ集めの魔物全体の指揮を取るにしろ"剣"に挑むにしろ、どちらかがいち早く現場に到着できる体制というのは魅力的であった。

 

 だから彼は移動を望まず南の軍勢の軍師役を務めることにし、俺も防衛力と隠密性に優れた東の大集落にて各地方への指示に専念することにしたのだった。

 ……正直に言えば彼という旅の道連れがいない以上、取り急ぎ北のねぐらまで戻って遠征用ではない、完全な戦闘用の装備に取り換えようかとも思ったのだが、やはり"剣"の強者の早期登場を警戒してしまい、この場の大岩から離れられなかったのである。

 

 そうして早急な対応を取れるようにと、蝙蝠が飛んでくる大岩に連日貼り付いていた俺であったのだが……。

 寄せられる蝙蝠の色はしかし、どれも「重要」の黄色か、「通常」の青色ばかり。

 

 待ち望む「"剣"の強者発見」の報告を知らせる赤色の蝙蝠は、今までただの一度として飛んで来てはいなかった。

 

 

   *   *   *

 

 

 ――規則正しく重力の流れに従って地面まで辿り着くはずだった雪の粒達が、薙ぎ払われる槍の軌跡に巻き込まれて乱れ散る。堅固な岩盤であろうと斬り砕く槍の一閃は、空気も切り裂ける証を残すかのように雪が存在しない空間を生み出していた。

 その凶器が向けられる先は、油断なく長剣を構える長い耳を持つ1人の剣士。

 

 眼前の剣士は自身と槍の間に剣を構えており、左手を添えたその剣の腹で受け止めるつもりなのだろう。しかしこちらの狙いは敵の肉体ではない。右手に握り込まれた剣をその手からはじき飛ばすことこそが目的であった。

 有難くもわざわざ差し出された目標物。腕の力だけで振り回していたその一閃を、とっさに腰を回転させることで上乗せした加速をもって渾身の一撃へと変える。それまでの攻防から防げると判断していただろう剣士は、この変化に対応出来ないはずだ。

 そして狙い違わず、二又に分かれた分厚い刃は剣の中心を捉えることに成功した。

 

 直後、一瞬もこらえ切れず宙を舞い、吹き飛ばされる剣士。

 その姿はこの大集落で俺の後ろ脚によって吹き飛ばされ、不幸にもその得物を砕かれて重傷を負った黒の子鬼を思わせる。

 ……違う点は、この一撃では戦闘は終わらないといったところか。 

 抱え持つ剣は斬り砕かれておらず、刃が欠けた様子すら皆無。そうだろう、あの"剣"はこの程度の攻撃で折れはしない。剣士もまた、自ら後方に飛んでみせることで衝撃を受け流し切っていた。2本の脚で危なげなく着地し、再び右手のみで保持した剣の柄を握り締める力には、一切の緩みも感じられない。不意を打ったはずの一撃だが、どうやら見事に対処されてしまったようだ。

 

 距離が開いたこの状況。飛び道具を持たないヤツに対し、火球か弓矢で遠距離戦に持ち込んでもいいが、一瞬とはいえ俺自身の視界が大きく塞がれる火球に乗じて懐に入り込まれては厄介であるし、弓矢を切り払う技量は確実にある存在に、いくら矢を放ったところで無駄に終わるだろう。

 何より弓を構えている間は槍を振るえない。腕に括り付けられた盾の刃だけでは、ヤツとの接近戦に対処できるかは怪しいところだった。

 

 結論、槍での立ち回りを続行させるのが最も勝率が高いと判断。

 遠距離で様子を伺って攻めこまず、待ちの体勢を維持している剣士に対し、4脚の力を解き放って空へと跳び上がる。剣以外の装備を持たないヤツには、上空の自分を攻撃できる手段はない。

 こちらの狙いを察知した剣士がそこまでいた場所から飛び出す。俺の着地点であったその空間はただの雪原のみとなってしまい、こちらが着地する頃には長大な槍の間合いからも逃げおおせるだろうタイミングだ。

 しかし構うものか。

 着地と同時に、槍を地面に向けて叩き込む。彼の鍛えた「獣王の槍」は、俺の渾身の一撃と地面の激突に晒されようと壊れることはない。

 東の族長との戦いで見せた足踏みとは遙かに規模の違う雪の煙幕が、土砂と共に爆発したかのような勢いで周囲に拡散していく。揺れた地に足を取られてくれれば幸いであるし、少なくとも辺り一帯は雪煙によって包まれた。人の眼ではその視界にこちらの姿を捉えることも難しいだろう。

 

 だがこちらは違う。

 あの時背筋を凍らせた「魔への災い」の気配。弱肉強食の喰らうために殺すというものでもない、『魔なら殺す、魔だから殺す』というただただ殺戮を求めるような醜悪な"剣"の意志。これほどの近距離であるならば、目をつぶったとしてもその位置は手に取るように分かるはずだ。

 

 白く立ち込める煙の向こう。そこにいるはずの剣士に向け、槍を構える。

 足音を鳴らさない短めの跳躍を持って、俺は再び突撃を敢行した。

 

 

   *   *   *

 

 

 ――頭の中で作り出した"剣"の強者の影との模擬戦闘を終えたのは、それから間もなくのこと、雪原の結構な範囲を荒地に変えた頃だった。

 

 徹底してヤツが持つ剣を狙った攻撃を重ねて打ち合いに持ち込み、獣人と人間、その種族からくる筋力差を利用して疲弊させた。やがて両手で保持しなければ構えられないほどに失われた握力で支えられたその剣を弾き飛ばし、その首を斬り落としての決着である。

 

 【ライネル】と一騎打ちして長時間戦闘を続け、技量よってその戦闘方法を制限させる。生まれついての筋力によって負けはしたものの、異種族との戦闘でこれほど苦戦を想定される相手はいないだろう。間違いなく最強の敵と呼ぶに相応しい……。

 

 

 「赤」の蝙蝠が飛来してくるまでの間、"剣"の強者との戦闘を見据えて毎夜行ってきたのが、この模擬戦闘であった。

 倒せば倒しただけ相手の動きを鋭く、早く設定し直し、難易度を上げ続けてもう何度目になるだろうか。避けて、受けて、反撃してくる仮想の敵。もはや過去出会った強者の中でも、これほど自分に対して立ち回れた敵など存在しないと、ハッキリ断言できるほどの域である。

 

 しかしこうして全て終えて振り返る時、やはり毎度思ってしまうのだ。

 なんと甘い想定なのか、と。

 

 ヤツが剣を振るう姿を目撃した、たった一度の光景。

 それは実際の戦闘ではなく鍛錬の場面であったが、あの剣士は右手のみで保持した長剣を下段に下げ、刀身を身体の横か後ろに引いた構えを基本としていた。

 そんな体勢から繰り出される攻撃、その選択肢はさして多くない。

 

 恐らくヤツの剣術は剣で攻撃を受け止めるようなものではなく、先手を打たせて襲い掛かってくる攻撃を身のこなしだけで避けるか剣でそらし、返す刀で斬り返すことを主眼に置いているのだろう。膂力(りょりょく)に優れた個体の多い魔物に対して、隙を晒さない後の先を取る剣というのは合理的であり、一定以上の実力を持った人共の戦士にはありふれたスタイルでもある。

 

 力をもって先の先を奪い合う魔物の剣からほど遠いその剣術を理解できたのは、ひとえにヤツの同輩達―― 過去にそうした構え、剣の運用を持って我が身に挑んできた人共を屠った経験があったためだ。

 同時にその星の数ほどいた挑戦者達は一切の例外無く、俺の一撃に反応できずに避け損なったり、受け損ねてその身を切り潰されたのだ。記憶に残る同様の剣術で最強の使い手を思い出しても、10合も持ちはしなかったのではないかと記憶している。

 

 そしてその経験こそが、"剣"の強者を想定した訓練に影を落としていた。

 

 あの"剣"の持ち主なのである。俺の剣を完璧に避け、あるいは受け切って容易に反撃してくることも想定して然るべきだ。しかし過去の人共との数多ある戦闘経験が、【ライネル】の一撃をそう何度も捌き切れるはずがないと勝手に判断させる。

 結果生まれるのがやがて捌き切れずに何度も剣で攻撃を受け止め、やがては崩れ落ちるひ弱な対戦相手だった。炎や弓矢の使用を自ら(いまし)めているにも関わらず、余力を持って打倒し切れてしまっている。

 

 これではとても訓練とは言えない。いやかえって、余計な自信を抱え込んでしまっているだけなのではないだろうか? ――眼前に広がる荒れ果てた地面を、健気に舞い降りる雪が再び覆い隠そうとしている光景をじっとりと眺めながら、俺は小さくない溜息をついた。

 

 

   *   *   *

 

 

 そんな体たらくで本物のヤツが持つ技量が明らかにできない以上、自身の持つ戦力を万全にしなければならないのではないかという焦燥が、いよいよ我慢出来なくなっていた。

 

 今持つ主武器は「獣王の槍」。彼が鍛え、俺が信じる最強の槍でもあるが、これはあくまで『遠征』という移動が主体となる行動に照らして、最も相応しい武器ということで選んだ得物でしかない。仮に"剣"の強者が戦士としてこちらと実力が伯仲するレベル、あるいは上回る存在であった場合、取り回しに劣る槍では不覚を取る可能性が高い。

 武芸百般を求められる【ライネル】にも、得意なスタイルとそうでないものはあるのだ。彼がそうであった時は弓の名手として称えられたように。

 

 俺もまた、幼い頃より鍛え上げ、『最強の剣』と称えられるだけの自負がある。

 

 ……一族において戦士を目指す者は、まず剣の訓練から始めるものが多い。

 槍や弓、盾を用いた格闘術などと比べて子供の目からも見栄えが良く、振り回すだけでもある程度は様になるからだ。師となる者の考え次第では違う武器を選ぶことになるだろうが、俺が握らされた最初の武器は剣―― 片手剣であった。

 ただ俺にはその武器の取り扱いが同世代の者達、やがてはそれ以上の年代の者も含めて、最も優れるほどの才能があったのである。

 

 武器を自ら作る戦士というのはあまり多くなく、大多数は鍛冶を担う者が作る武具から選んで身に付けている。俺も初めはそうしていたが、実力が上回るたびに師を変え続け、やがて辿り着いた一族最強の者はその辺りが大変凝り性であった。

 「量産品では強者の力を引き出せない」という言葉通り、その身を包む武具は全てが特注品、あるいは自ら作り出すほどの情熱を持って武器を語る姿は鬼気迫るほどであり、弟子入りしたばかりだったその頃の俺は、【ライネル】がそう言うならそうなのだろうと、全く疑わずに武器を作ったものである。

 さほど武器作りに対する情熱が長持ちしなかったために、最も得意とする片手剣の他に手をつけることこそしなかったが、それでも剣だけは彼の薫陶(くんとう)、そして成長して得られるようになった素材をふんだんに注ぎ込み、改造と強化、あるいは完全な打ち直しを繰り返した。

 

 やがて【ライネル】を継ぎ、それまで彼が使っていた特注の最強装備一式を譲られた時も、片手剣だけは俺が鍛えた物の方が優れていると評され、その時俺が持っていた剣を指して当代の「獣王の剣」と呼ばれるようになったのである。

 

 自慢する訳ではないが。

 俺が持つ剣が「獣王の剣」となって以来、若い世代ではその形状を真似て既製の剣に手を加えようとする者が続出したらしい、下手な工夫は剣の強度を下げるということで師の連中に一喝されて以来は下火となったが、時々会う若者の中には、俺の剣の意匠をささやかに模倣したらしい物を肩に背負っているのを見掛けたこともあった。

 鼻の穴を膨らませながら自分の剣の出来を報告してくる未熟者達に、特に思うようなことはない。一目で分かる程度には特徴的な「獣王の剣」の形状に合った運用法を、一人一人に丁寧に伝えるのは手間だったというだけだ。

 そもそも形が歪な物も多かった。俺の剣は、あんな無様ではない。

 それをまた個別に教え込むのも億劫なので、彼らには伝統的なまっすぐの形状をした剣で場数を踏んでから、自らに合った剣を作り上げて欲しいものである。

 ……その結果、俺の剣に沿う形状の剣となるのであれば、別に言う事は無いのだが。

 

 俺の剣は同族が持つ伝統的なそれと違い、希少性の高い素材を用いて【火の山】に住む亜人由来の製法で仕上がった刀身は、叩き潰すだけではない、対象を切り裂くことが可能な切れ味を誇る。二又に大きく分かれた剣先は相手を引っ掻けて引き倒したり、より幅広になった刀身で相手の攻撃をとっさに受け止める盾とすることも容易と、一つの戦い方に特化した使い方を担い手に求めない。

 状況によって使い分けを行える形状は歴戦の経験に基づいたものであり、柄の突端にも取り付けられた刃は、どんなに体勢が崩れても即座の反撃を可能としている。剣士が思わぬ動きでこちらの懐に潜り込んだとしても、この剣さえあれば様々な対応が可能となるだろう。

 

 ともかく相手の戦力への情報が不足している今、全局面に対処可能な最も信頼を置くその武器が、手元に無いことが大きな不安要素だった。

 

 

 そうして抱き続けた焦燥感を解決するため、俺は数日前に彼へ向けて蝙蝠を飛ばしていた。

 決戦用の武器が手元に無い状況への不安を鑑み、今日の夜までに"剣"の強者の影が捉えられなかったならば、一時全軍の指示を預けて北のねぐらに剣を取りに行って構わないかという意図を伝えるものだ。移動中に状況が動くならば北の地に留まり様子を見て、動かないならば再び東に戻ることになるだろうとも。

 その要請に、今朝返ってきた返事は了承。今日より5日後を目安に、北の大岩に状況の経過を知らせるとも付け加えられていた。これで不意の好機にも【ライネル】と【賢者】のどちらもが駆けつけられないという状況は無くなるだろう。

 

 そうして東の大集落を出発することになる迎えた夜明け。残念というか幸いというべきか、やはり"剣"の強者の発見、または孤立したという情報は寄せられることは無かった。

 まずは俺の剣を取りに行こう。それでひとまず、武器に不安を残したままという状況は解決できる……、と。一息ついてしまったことが、はたして呼び水だったのだろうか。

 

 

 ――中央地方に潜入した時に感じた、背筋を冷やす感覚。

 ――【ライネル】となって以来、味わうことのなかった『恐怖』を呼び覚ます悪意。

 

 それが北東の方角から鎌首をもたげるように感じられたのは、出発の準備を整え終えた直後のことだった。

 

 

 ……なぜ今? とは思わない。

 

 あの強者が持つ"剣"の気配。

 実のところ、あれは常時ぼんやりとしたものであり、存在感としてだけなら遙か空を浮かぶ『龍』の方がよほど強烈だと断言出来る程度に儚いものだった。

 普段はその存在の方向すら朧げであり、恐らく彼が遠い北の地にいながら中央の地に不穏な気配を感じ取れたのは、何らかの要因であの気配が一時的に強まったことがあったからだろう。遠く離れてしまえば気付けるようなモノではないのだ。

 

 魔を滅するためだけに蓄えられた力と意思を宿らせている――と感じ得たのは、遠目にも直接視認したからこそであり、今その気配を他と分けて認識出来るのは、その時に今までにない嫌悪と恐怖を覚えたからに他ならない。

 当初あれだけ慎重に遠征を進めたのは、"剣"が近づけばすぐ察知できるよう、弱々しい気配であっても辿れるように意識を索敵に研ぎ澄ますためでもあった。

 

 それが今感じられるということは、"剣"の強者がそれだけ近くにいるというだけの話なのだ。

 俺を見送りに来ていた青い子鬼には、突然立ち尽くしたままでいる俺に対する、何事かと伺うような感情しか、その視線からは読み取れない。

 彼らには気配を察知すること自体が難しいのかもしれないが、たとえ察知できる感性があったとしても一度見て体験しなければ感じ取れない程度には、遠方に存在しているのは確かだろう。

 

 だから思うのは、なぜその方角から? という一点に尽きる。

 

 この大陸の南東に位置する場所から北東。つまりは東の奥地。そこには同族で統制された軍勢もなく、蝙蝠を飛ばせる大岩もまた、無い。

 意図しての行動ではないはずだが、俺と彼の感覚が届かず同族達の網も潜り抜け、そんな地に"剣"が現れる事態は想定の外、大誤算だった。

 

 そもそも、今は西から南東にかけての場所で魔物達が大暴れしているのだ。

 俺の認識できる限り人側最強の兵器を持つ戦力がなぜこの時に、大した騒ぎも起きていないはずの東へ、しかも亜人が都市を構えて治安を確保している場所である奥地へ赴こうとしているのか。

 強者が一極集中して投入されることを避けるため段階的に戦力を投入させる指示をしている以上、同族はまだ戦線に姿を見せていないので、まだ明確な危機意識を敵側の王は抱いていないのか。

 それにしても子鬼を中心とした下位の魔物とはいえ大攻勢が掛けられている現状である。最強戦力を理由も無しに関係のない土地へ送るとは思えないが……。

 

 

 そこまで考えた時、不意に思い出すべき事柄があったことに気付いた。

 

 その方角から気配が湧いた原因に直接繋がるものではないものの、徐々にではなく唐突に気配が感じ取れた、その理由に繋がるかもしれない記憶の一つ。

 

 あの"剣"は鞘の納められた状態よりも、その鞘から抜かれている時の方が、その気配が「強まって」いた。ならばそれまで感じ取れない程度には、遠方にあったはずの"剣"の気配が唐突に感じられるようになった事態とは、鞘に納められていた"剣"が今、抜刀されたことを示しているのではないだろうか。

 

 あの東の奥地に、亜人の都市が持つ戦力が健在でありながらなお"剣"の強者を呼び出さなければならない理由を持たせ、ついにはその"剣"を抜かせるほどの存在など――

 

 

 

 (『【ライネル】! 俺の剣の柄にも、刃を取付けてみたんですが……うっかり手を傷付けるばかりで、上手く攻撃に活かせないんですよ……。どうすれば貴方みたいに扱えるのでしょうか? 』)

 

 

 

 (ふところ)に常備していた獣皮を急ぎ取出し、『"剣"の気配を東の奥地に感知。向こうの戦力が不明の為戦いを仕掛けはしないが、北の地への移動を兼ねて偵察に行く。報告は予定通り、5日後の北の大岩より送る』――の文を走り書く。

 思考に長い時間固まり、そして突如動き出した俺に驚く子鬼に向けてその薄皮を突きつけ、これを大至急【賢者】のいる大岩まで「赤」の蝙蝠を使って送れと吠えるように追い返す。

 

 逃げるように走り出す青色の背中を見届ける間も惜しんだ俺は、すぐさま全力で駆け出していた。

 

 

 今はまだ北の地に置かれている「獣王の剣」へと考えを巡らせた時に思い出していた顔の一つ。

 最も俺に剣の話をせがんでいた年若い同族が今は棲む、山がある方角へ。

 

 東の奥地から漂ってくる"剣"の気配に向けて――。

 

 

 




 ……『厄災』出せませんでした!
 ダイジェスト風な魔物連合の推移で『厄災』を登場させたら、前振りに比べて【ライネル】とリンクの背景がペラペラになってしまったので、原作勇者にはちょっとヘイトを稼いで頂きます。


 ※赤の蝙蝠=ファイアキース
  黄の蝙蝠=エレキース
  青の蝙蝠=アイスキース
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