回生のライネル~The blessed wild~   作:O-SUM

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○前回のあらすじ

 勇者「厄災出てこないなぁ~。槍じゃイマイチ本気出せないし、今の内に家に置いてきた自慢の武器でも取りに戻るか! 」
 厄災「ゾーラ王の依頼でハイキングなう」

 ※人によっては「残酷な描写」回かもです。苦手な方はご注意を。




『厄災』討伐作戦 ~追憶の雷獣山~

   *   *   *

 

 

 「おう、アンタが当代の【ライネル】か! 俺と最強を賭けて勝負しろよ!! 」

 

 

 ……ヤツが俺に向けて放った第一声は、確かこのような感じのモノだったと思う。

 

 正確に覚えていないのは、こうした跳ね返りの挑戦を受けることが【ライネル】を引き継いで以来、珍しいことではなかったからだ。

 

 伝説的な功績を多く残した、先代の【ライネル】を引き継いだ若いオス。

 何か特別な事を成した訳でもない、その新しい【ライネル】は偉大な名を持つ師匠の贔屓(ひいき)で選ばれただけの存在ではないのかという噂が、一回り下の世代で密かに囁かれていたことを知ったのは、俺の実力が同族に広まり切った後の話である。

 

 俺の【ライネル】襲名が決まった時、【賢者】の判断に絶対の信頼を置く上の世代と、同じ環境で武を競ってお互いの格付けがハッキリしていた同世代からは、異を唱える者は皆無であった。

 

 だが、智と共に武を重視する魔物の同族ゆえと言ったところか。

 種族本来の高い身体能力がもたらす、自らこそが最強だと思い込める全能感溢れた時期の若者達にとって、自分達が暮らす里まで目立った逸話が聞こえて来ない程度の【ライネル】とは、自分達でも手を伸ばせば届く称号だと思えたらしい。

 幸いにもその空気を問題視し、なおかつ俺の実力を正しく伝えようと思った慈悲深い師達に学んでいた者は、言葉で勇気と無謀の違いを認識することができた。選択を誤らなかった。

 けれども、そうした意気込みを評価してしまう戦闘狂の師や、そもそも無謀な行為を面白がるだけで、むしろケツを叩いてしまう残念な師を持ってしまった者達は、その高く尖った自信を()められる機会が得られなかったのである。

 

 最も当初こそ俺自身、そうした彼らの思い上がりを戦士の初々しさと捉えて可愛く思わないでもなかったので、初めの頃は丁寧に剣を何回か合わせて指導染みた真似をしたこともあった。

 しかしその光景に味をしめた里の師匠連中が、わざと弟子の功名心を煽って送り込むようになって以降。彼らへの対応が徐々におざなりなものになったとして、誰が俺を責められるだろうか。

 

 

 そうして哀れな若者達への扱いが極まった辺りの時期に、名乗りを挙げて挑んできた者がいた。

 

 鼻息も荒く決闘を望んで吠えるその若者は、その宣言に応えたにも関わらず武器すら構えない俺を臆病者と罵り、そんな者に【ライネル】は相応しくないと真剣で飛び掛かってきたのである。

 

 対してその時の俺は、正式に称号を賭けた厳格な決闘でない限り、明らかに実力が開いている者には下手に力量を調節して打ち合わせず、圧倒的一撃で力の差を理解させることを心掛けていた。そうした方が下手な野心を持たせずに、目上を敬う心を若者に叩き込めると学んだためだ。

 

 そんな心構えのもと、真正面から襲い来る馬鹿の顔面に繰り出した正拳は、あっけなくその鼻の骨をへし折った。そして突っ込んできた勢いとは正反対の方向へと吹き飛ばされた身体は、背後にあった大木の幹へと強かに打ちつけられ、そのまま沈黙した。

 

 ヤツが言う「決闘」の名残を感じさせるものと言えば、主人がいつ間合いを詰められたかも分からなかったせいで振り下ろされもせず、殴られた衝撃で手放されてしまったことで俺の足元に取り残されて転がる、新品の片手剣ぐらいなものだろう。里の中で行われた戦いであったが、周囲で見ていた見物人も分かり切っていた結果に早くも興味を失い、それぞれの用事を済ませようと散り始めている始末だ。

 

 無謀な若造は、いずれその仲間や師が回収するだろう。俺もさっさとこの場を離れようか―― と思ったその時。足元に転がる片手剣が、同じような跳ね返り達がよく持っている代物とはやや趣きが違うらしいことに気が付いた。

 ヤツの手から離れた瞬間に横目で見た時には、何の変哲もない店売りの新品だと思い、今はそう思えない。そんな小さな違和感が気になって拾い上げてみると、その正体はすぐに分かるものだった。

 

 その剣はなかなかに使い込まれており、そもそも新品ではなかった。

 新品だと勘違いしたのは、修行中につくはずの細かな傷や狩りによって付着するだろう獣脂が分からないほどに磨き込まれた刀身と、使い込んで取り換えられたばかりと思われる新品の柄巻きの布のせいだ。

 愚かな若者にありがちな無意味な改造をしているわけでもなく、誠実に武器を手入れしているだろうことが、一目で分かるものだった。

 

 大木の下で今も伸びているヤツは、どうやらこれまでの跳ね返り達とはやや違ったらしい。少なくとも、功名心だけに駆られた愚か者というワケではなかったのだろう。

 【ライネル】にこだわりを持つ勤勉な馬鹿者であったということならば、もう少し真面目に相手をしてやっても良かったかもしれないと、少し罪悪感めいた感情も湧いてくる。紛らわしい態度で挑んできたものだから、おざなりに対処してしまったのは少々後味が悪い。

 

 ……まぁそれも終わったことだ。

 一撃で殴り飛ばされたことに腐らず、なお鍛錬に励むならそれで良し。【ライネル】の力を知り、研鑽を重ねるならまた会うこともあるだろう。

 

 剣を身体のそばに置いてやった後、俺はその場を離れた。

 

 

 

 それから里に訪れた目的を済ませて族長宅に一泊し、夜が明けて里を発とうとした翌朝。

 ――里の出入口にて俺を見つけるなり駆け寄ってきたヤツの姿は、かなり印象的だったことを覚えている。

 

 何とも早い再会が意外だったこともあるが、その精神的なタフさに感心させられたのだ。

 鼻っ柱をへし折られた若者が、一夜明けただけで再びその相手と向き合うべく行動するのはなかなか豪胆な行為だろう。少なくとも【ライネル】に喧嘩を売った者達が、誰も引き連れずに翌日会いに来たという記憶はそれまで無かった。

 俺の元まで来た途端、4脚を折って頭を地面にこすり付ける最上位の謝意を表す体勢を取った姿は、完全に屈服した者のソレであったが。しかし顔をあげてこちらを見る眼には、卑屈な光は欠片も宿っていなかった。これも、初めての経験だった。

 

 なんでも自分が反応出来ないほどの一撃で沈められたことに衝撃を受けたらしい。最近では、自らの師にすら気絶させられることは無くなっていたのに、と。

 必死な形相で謝罪と歓喜の言葉を並べ立てる姿は、いきなりの襲撃行為を働いたことを謝っているのか、それとも【ライネル】の武に僅かなりと触れて感激しているのか分からず、その異様な様子には困惑したものだ。……引きちぎれんばかりに左右に振られる尻尾が視界にチラチラと入る以上、どうやら歓喜の感情の割合の方が高そうではあったが。

 

 ヤツは自身の名前を『ジャグア』と名乗り、剣の腕前は里の同世代でも抜きん出た存在なのだと語る。あの手入れが行き届いた武具を見るに、あながち嘘という訳でもないのだろう。だからこそ、自分の実力にはかなりの自負があったとも。

 なお、彼の師匠は俺の実力を分かりやすく伝えてくれるタイプではあったようだが、戦士なら誰もが憧れる称号、当代の【ライネル】持ちが同じ片手剣を得意とする存在だとも聞かされて以来、どれほどの実力か肌で確かめたいと常々考えていたらしい。

 そして昨日たまたま里を訪れた俺と出会ったために、 気持ちが先走ってつい挑戦してしまったというのだ。

 

 その結果は、拳による一撃での決着だった。

 普通の同族、いや向こう見ずな跳ね返り共であっても、大抵はここで俺ともう一度戦う気を起こさなくなる。それほど、俺達の種族が正面からの一撃で意識を失わせられるという事実は衝撃的なのだ。初めて剣を握り師に挑んだ時にすら、一撃で意識を奪われた経験をした者などは稀だろう。それほどのタフネスを持つのが、俺達という種族なのだ。

 

 まず間違いなく格の違いを感じ、それ以降【ライネル】に挑むことはない。――だというのに、ただの跳ね返りではないはずのジャグアは、ひとしきり昨日の無礼を謝罪した後、俺との再戦を熱望してきたのである。しかも、今度は剣を使って立ち会って欲しいと。

 

 ――拳じゃない、剣の腕を見せて下さい

 ――剣の腕だったら俺だって引けを取りません

 ――剣で負けるのが怖いのですか

 ――【ライネル】の称号は、剣じゃくて拳で勝ち取ったのですかね

 ――背中の剣は、ただ形が歪なだけのナマクラなのですか

 

 

 覚えているだけでもこれだけの言葉を、先程まで土下座していた目上の存在に対して投げつけてきたのである。貼り付けた敬語の裏で燃え盛る青い感情は、透けるばかりの勢いであった。

 

 どうやらただの馬鹿であったらしい。

 何かしらの見所を感じたのは、気の迷いだったようだ。

 

 剣を構えたまま道の真ん中に陣取り、『いざ! いざ!』と煽り立てるジャグアに向けて、俺は無言で拳を振り下す。

 

 ……今度は地面に叩き付けられて再び気絶した馬鹿を放置し、俺は今度こそ里を発った。

 

 

   *   *   *

 

 

 その日の出会い以降――。

 

 

 その里に立ち寄る度に、何故か俺はジャグアに絡まれるようになってしまっていた。

 

 俺の姿を見つければ、ヤツは必ず俺への敬意を全身に溢れさせながら近づいて来る。

 そして必ず言うのだ。「剣で勝負しましょう! 」と。

 

 最初に別れた時に抱いた印象からコイツを面倒な若造であると断じていた俺は、その申し出そのものを断り続けた。一発殴るだけで勝負が終わるのだから、わざわざ剣を合わせるまでもない。

 そしてヤツは、断られればその場は素直に引き下がりはするものの、再び出会えばその言葉を忘れたように「剣で勝負しましょう! 」と懇願してくるのだ。

 武と共に智も重んじる種族の誇りを、コイツはどこに置いてきてしまったのだろう。

 

 一度ジャグアの師に会ってどんな教育方針なのかと尋ねてみても、その師も武芸と同じく知識の教育も抜かりはないはず、とのたまうばかりで、ヤツが持つ勝負熱の原因は分からず仕舞いだった。

 

 

 やがて何度目かの訪問においてもやはり挑まれる勝負に、無視することも殴り飛ばすことにも飽きてきた俺はその熱意に根負けし、とうとう問い掛けることになった。

 ――【ライネル】の武力に憧れを持っていることは伝わっている。だがならば何故、「稽古をつけてくれ」と頼まないのか? それほど勝負という形式にこだわる理由は何なのか? と。

 

 【ライネル】を継いで以来、これほど自らに食い下がってきた年下の者はいない。剣を教えて欲しいと素直に頼んでくるならば、しつこく付きまとわないことを条件に指導してやろうかという気分にもなっていた。

 ジャグアほどの迷惑を掛けたとは思わないがかつての昔、俺が彼への弟子入りを願い出た時も同じように断られ続けたものだ。世界中を飛び回る彼の元にしつこく食い下がり、何か月も押し掛け続けた結果にようやく出された課題をこなし、とうとう弟子入りが叶った自身の記憶を思い出したということもある。

 まだ彼から学び切ってない部分があったり、ジャグアには既に師がいるという事情から正式に弟子を取るつもりは皆目無かったが、狩や稽古をたまに付き合ってやるくらいはしても良いかもしれない。

 

 そうした俺の問いを意外そうに受け取ったヤツは、やがて得心したのか。その熱い情熱を感じさせる眼でまっすぐ俺を見つめながら言い放った。

 

 「俺は"最強"を自分の剣で打ち負かして【ライネル】になりたいんです!それなのに貴方から手取り足取り学んで模倣の剣で勝っても意味が無いじゃないですか? ……あぁ、俺の才能を感じて自分の剣を学ばせたいって言うのなら、剣で俺を倒すことですね! 」

 

 

 ニコニコと笑って剣を構えながら、「さぁ!勝負しましょう!! 」と吠える愚か者の顔を殴り飛ばした後、俺の脚はコイツの師の元へと再び向かっていた。

 弟子への教育をおろそかにした無能な師へと雷を落とすべく。

 そして馬鹿な弟子に許している【ライネル】に度々絡めるほどに長い自由時間を、力ずくで奪い取るために。

 

 

 ――知識と礼儀の教育時間を徹底的に増やし、【ライネル】が如何に尊いモノかを教えてくれる。俺以上の"最強"の剣を持つと()()()()なら、俺の剣が井の中の小僧にすら模倣する価値がないかどうかを、じっくりと味わわせてやろう――

 

 

 ……これが俺が初めての弟子めいたモノを抱えるまでの、おおまかな経緯である。

 

 

   *   *   *

 

 

 大剣の振り方を矯正した。

 槍の突き方を学ばせた。

 彼から教えられた弓の何たるかを伝えた。

 盾の格闘術を体に叩き込んだ。

 ――そして、"俺"の片手剣を教えた。

 

 その里に滞在した時間はさほど長いモノではなかったが、それでも気付いたことはある。

 

 例えばジャグアの才能。同年代の中では最も強いといった自己申告は嘘ではなかったらしく、剣の鍛錬において俺に見せた剣筋は、確かな力量が感じられた。ヤツの師匠は礼儀についての教育はかなりおざなりだったようだが、代わりに武術の修練は徹底的に行ったのかもしれない。剣を除いたその他の武芸に対しても、音を上げずについてきたのは小さな驚きだった。

 

 俺が里を発つ最後の日。

 俺が戦士になるならば一通りこなすべきだと考えている程度の訓練を終え、弟子クラスでは全ての武芸において、右に出る者はもういないだろう――そう思える程度には鍛えられたジャグアが、再び里の出口に陣取っていたのを見た時、思わずにはいられなかった。

 

 ……あぁ、訓練の合間に入れた礼儀の教育については、さほど成果が上がらなかったか、と。

 

 『俺、今度里を出て東の山で独立することにしたんです。 ……だから最後という訳じゃないんですが、もう一度勝負して下さい! そして俺が強くなったことを、貴方に勝って証明してみせます!! 』

 

 そういつかのように威勢良く吠えるジャグア。その手に握られた片手剣には、俺の剣の柄に良く似た意匠の刃が取り付けられていた。

 ……もしかするとそれは、短い期間であっても確かな俺の弟子であったことを示す証であったのかもしれない。

 

 そんな小さくも確かに感じられる敬意に(ほだ)されたつもりはなかったが、不思議と殴り飛ばして別れようとは思えなかった俺は、訓練の間はずっと使わないでいた「獣王の剣」を抜き放つ。

 明らかに隙が減ったジャグアの立ち姿は、無手で挑むにはやや躊躇してしまうほど。その構えは訓練中、模擬刀(もぎとう)にて教えていた俺のソレを明らかに意識しているものだった。

 

 誘われるまま、あえて先攻を取って打ち下ろした俺の一撃を、しかと受け止める目の前の若者。そして防いだことに慢心せず、すぐさま放たれた反撃の切り上げはなかなかの鋭さがあった。

 軽くこちらも剣で捌きつつ、しかしその一撃に未来の【ライネル】の可能性を感じてしまった俺は、自らの口の端が持ち上がるのを自覚した――。

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 ――腹の底を冷たい風が撫でるのを感じる――

 

 やがて広がる俺の視界に、ようやく辿り着いていた山の頂上の風景が写り込んできた。

 

 この山の頂上は、それなりの大きさを誇る広場のような空間を有しており、俺は今、その中央に位置する場所に立っている。周辺には月光を照り返す水溜りに、俺の身長を越える大岩。もう少し見回れば、俺のような魔物が棲み処とするような場所も見つかるかもしれない。バラバラと生えている背の高い木に突き刺さっている雷の属性を宿した矢は、同族が好んで使う戦闘用のものだ。 

 

 ……目の前に転がる同族の亡骸に結びついて、思い出されてしまったかつての記憶を振り返り終えた頃。そうした情報が、ゆっくりと頭の中で処理され始めた。

 

 あの片手剣こそ失っているものの、その身のそばに転がっている弓と盾の意匠には、どことなく既視感がある。横倒しに倒れ、力を失った視線は地面に向けられたまま固定されており、二度と動かなくなってしばらくの時間が経っているだろうことが、その冷たい肌からも伝わってくる。

 

 腹から背中にかけて貫通した大きな傷跡。

 恐らくこれが致命傷だったのだろう。

 ……しかし体のあちこちに刻まれた大小の傷から察するに、恐らくは出会い頭の一撃で殺されたというような短い戦闘ではなかったに違いない。

 盾は限界まで敵の剣を受け止めた証のように、所々に深い刀傷が目立つ。もう少し使えば、真ん中から二つに折れてしまいそうなほどだ。周辺の木々のあちらこちらに刺さる雷の矢は数多く、それほどに放たれるまでの戦闘時間の長さを物語っている。

 ……あれほど【賢者】仕込みの弓を教えたというのに、どれだけの矢弾を無駄にしたのだろうか。わずかに呆れる気持ちが持ち上がってくるが、相手はあの"剣"の強者だということを思い出す。俺と別れてからも弓の腕を鍛え続けていたとして、それでもなお(かわ)してみせるほどの敵だったのだろう。

 

 えぐれるように裂けた頬から覗く奥歯は噛み締められており、ほとんどが欠けていた。

 頬とは違い、斬撃を受けての傷ではない。縦にひび割れるように走った亀裂は、自らの噛み締める力に耐えかねて起こったソレだ。満身創痍になっても最後まで武器を離さず、敵との戦闘を最後まで諦めなかった者だけが浮べられる死相だ。

 

 ――俺の足元に転がるかつての弟子は、そうした紛うことなき戦士の顔をして事切れていた。

 

 

 視界に入れるだけで、いくつかの淡い感情がこみ上げるその死体を眺めてしばらくした後。

 やがて肌に感じる"剣"の気配に導かれるように広場の端に移動した俺は、切り立った山肌の先、眼下の光景を改めて見る。

 

 その視線の先にあるのは、亜人の都市。

 夜の帳がそこだけは落ちていないかのように、煌々とした光に包まれていた。"剣"の気配は、丁度その中心にある方向から感じられる。

 遠く離れた山にも微かに聞こえてくる声の色は、喜びの感情一色に彩どられているようだった。都市全体を悩ませるほどの問題が、解決したかのような賑やかさである。

 

 例えば、亜人の天敵になり得る魔物を。

 中心にいる個体――"剣"の強者が討伐したならば、このくらいの大騒ぎにもなるだろうか。

 

 ……"剣"の強者の近くには、他の強者もいる可能性が高い。武器も槍では、【ライネル】の全力を振るうことはできない。そもそも、亜人の集落の中に単身挑んだところで勝ち目は無い。

 戦術的に不利な条件を頭の中に浮かべ、それを何度も繰り返す。

 そうやって自らに強く言い聞かせなければ、今すぐにでも眼下の都市に向けて突撃しようとする自身の体を、抑え付けることなど不可能だった。

 

 

 "剣"に手出しが出来ない以上、この場に留まる理由もない。

 後に亡骸を検分しに来るとも限らない以上、ヤツを弔って第三者の痕跡を残すことは避けた方が良いだろう。"剣"によって滅ぼされた魔物は、打ち倒されたままの状態でなければならない。

 

 歓声に包まれる亜人の都市を避け、大回りの経路でもって北を目指すべく、山を下る。

 道中、周囲に満遍なく気を配って警戒することが出来ていたのか、その時の俺には自信が無かった。

 

 

   *   *   *

 

 

 北の地。

 【二つ岩】を越えて俺のねぐらに辿り着いたのは、南東の大集落を発ってからちょうど4日目の夜だった。

 

 ……全力でジャグアの棲む東の山奥に駆けて、到着したのは1日も経っていなかったように思う。そこからこの地へは同じくらいの距離しかないにも関わらず3日も掛けてしまったのは、単純に周囲への警戒に気を割いていたことだけが原因なのだろうか。

 警戒すべき"剣"の強者は亜人の都市にいることは分かっており、その場所から北の地にかけては、警戒すべき強者はいないだろうことは分かっていたのに……。

 

 まずは、彼との連絡を確保しなければならない。連絡の蝙蝠が飛んでくる大岩への移動を急いだ方が良いだろう。

 ここでの用事を、早々に済ませることにしよう。

 

 ねぐらの奥にある、一見するだけでは分からないように隠しておいた入り口。被せた草の葉を脇に寄せ、積み上げた岩をどかし、その先に開いた空間へと進む。

 蓋を外されたことで(あらわ)になる空間は、一言で表すなら武器庫という表現になるだろうか。

 入り口から差し込む月光を受け、自らの出番を欲するように冷たい輝きを一斉に見せつけてくる刃達は、言い換えるならば俺の戦闘の歴史だ。今はもう使うこともなくなった古い武具達も、暇があれば磨き込んできた甲斐もあり、まだまだ戦えるとばかりに塗れた光を照り返す様は頼もしい。

 

 だが、今回持ち出す武器はもう決まっている。

 一瞬俺の視線を奪う模擬刀を尻目に、俺は最も奥に据えていた片手剣に手を掛けた。

 

 柄尻に刃をあしらったソレ。持ち上げた刀身の先は二つに裂け、そこから広がる刃は敵を殺傷せんとする意志を隠さない。その形状は偶然にも、今の俺の感情をそのまま反映したかのようでもある。

 

 

 ねぐらを出て、思いのままに握っていた剣を一閃する。

 

 空気を裂き、振り下ろされる剣。

 ――その先に、弟子の仇が血を撒き散らして倒れる姿を幻視してしまう。

 

 

 あぁ、これではいけない。

 俺は【ライネル】なのだ。

 既に多くの魔物達の運命を捻じ曲げているのだ。

 

 魔物の守護者として冷静に、あの強者と向かい合わねばならない。個人の私怨に囚われて剣を振るうなどあってはならない。頭を冷やすのだ……冷やさなければ……

 

 一つ一つ、気合いを込め直して振り回す剣は時折、月の光を受けて俺の視界に瞬く。

 その度にくず折れる強者の影が瞬いては消えるような気がして、俺はまた剣を振り回す――。

 

 

 

 ――かつてジャグアが憧れた剣による、殺意を乗せた弔いの剣舞。

 それはやがて朝陽の光を受けた刀身が、その暖かくも強い輝きを反射させて【ライネル】の眼を焼くまでずっと、ずっと続いていた。

 

 




 原作に登場するゾーラの石碑に刻まれた「ゾーラ史 第7章」にて、100年前の時代に雷獣山のライネルはリンクに一度討伐されていることが明らかになっています。
 どのタイミングで討伐されたかは定かではありませんが、外伝を除き全部で7つ存在する石碑の最終章に刻まれている以上、前史6章で英傑ミファーがヴァ・ルッタと巡り合って云々した時よりは後の出来事ではないかと考えています。(ゾーラ族の偉業ではないために一連の章の流れから後回しにされた感も否めませんが)

 なのでヴァ・ルッタの主が定まった後も雷獣山ライネルが生存しているのは確定という時系列を拙作として定めた以上、雷獣山ライネルを魔物連合に参加させてしまうと、石碑に残されたような一騎打ちによるリンクの雷獣山ライネル討伐のシーンが生まれにくいかと思い、「魔物連合」話にてちょっぴり触れたように雷獣山ライネルは連合からハブらせていました。

 原作メインストーリーの進行にある程度絡むためか、強さが固定されて最も弱いライネルでありながらも、恐らく最も多くのプレイヤーを殺戮した初見殺しの大御所、雷獣山ライネルさん。
 ヴァ・ルッタ解放からストーリーを進めていた作者もまた、「戦う必要はない」とわざわざ言われていたにも関わらず、「別に倒してしまっても構わんのだろう? 」と勇者気分で挑み、武器と盾を軒並み砕かれた上でブチ殺されたのは良い思い出。

 拙作では死体で登場&退場です。


 ※東の奥地の大山に棲む同族『ジャグア』=雷獣山のライネル
  オリジナル個体名は出したくありませんでしたが、『彼』以外の人称代名詞を個人に固定させると文章が大変なので登場。
  何か一つのモチーフに統一して一群の名前を命名されるゼルダ世界に習い(リト族:鳥の部位、ゲルド族:メイク関係等)、今後出すかもしれないライネルの名前は「ネコ科」に連なる動物の名前をもじった物を割り振ろうかと思います。
  そして彼の名前ネタ元はジャガー。安直。
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