回生のライネル~The blessed wild~ 作:O-SUM
リンク は 雷獣山 の ライネル を 退治 した !
* * *
夜を徹して剣を振り回し続けた、若くして散った同族に捧げるために始めたはずの剣舞。
しかしその剣に乗せられていたのは、純粋な弔いの気持ちだけではなかった。
削られた岩、木に突き立つ矢、撒き散らされた血を吸って赤黒く変色した地面。
あの山で行われた戦いの痕跡を思い出すたび、その惨状を作り出した仇を想って溢れる感情があった。命の危険に晒されたことのない幼子ですら容易に感じ取れるだろうほどに黒々と濁った殺意。それが否応なしに溢れ、剣に込めようとする哀惜の念に割り込んでくるのだ。
どうしても目の前にチラついてしまう敵の幻影は、刃の輝きに殺意を
あの里でいつか開かれた宴のひととき。
俺は戦士達に乞われるままに、その場で剣舞を披露したことがあった。その時ジャグアもまた宴の末席に加わっていたが、ヤツは普段の口数はどこへやら、食い入るようにその剣筋を目で追っていたことを思い出す。
今にして考えれば、ヤツはその剣舞の中から俺の剣を学ぼうとしていたのだろう。宴である以上、集まっていた戦士ではない者の目にも分かりやすいようにと、型はそのままにゆっくりと振られる【ライネル】の剣はなるほど、剣を極めようとしたジャグアにとっては得難い代物だったに違いない。
だからこそヤツが憧れた剣舞によって、夢半ばで命を絶たれた者への最後の慰めを送ろうとしたのだが。加速を繰り返す剣先は既に、戦士となってまだいくらの時も経っていないジャグアの目では、視認も難しいだろうという高速になっていた。
これでは誰のためを想って始めた行為なのか分からない。憂さ晴らしに剣を振り回して余計な体力を浪費するくらいなら、さっさと蝙蝠の連絡が受けられる北の大岩へと移動するべきだ。
余計な情報を入れないように眼を閉ざし、振り上げる。
私怨を抑え、冷静な太刀筋を取り戻すべく、一振り一振りを思考しながら薙ぎ払う。
やがてゆっくり、ゆっくりと自己に埋没していく意識は、
……しかし。
感情が乗せられなくなって緩やかな速度を保ち始めた剣先とは全く別の場所。
剣を振り回し続けていくうち、殺意だけではない、別の何かが胸の奥に湧き上がり始めていたこともまた、外の情報を遮断して己の中に意識を集中した自己は捉えていた。
それは一つ一つでは形を成していない、欠片と呼ぶにも
ゆっくりと少しずつ、けれど確実に胸の奥底から浮かび上がってくる。
剣を一つ振るたび、様々な材料を混ぜて煮立てた鍋の上辺に寄り集まる灰汁の如きソレは、やがてわずかな"熱"と、意味として形容し得る言葉の形を備えるようになっていた。
徐々に
自らの立場。
背負った使命。
人共への総攻撃を決意しなければならなかった理由。
達成のために払うと覚悟した犠牲に見合わせる、作戦の目的。
それは、俺が選んだモノの足跡を確かめるような言葉達だった。
連なる文字に含まれた熱によって持ち上げられるのか、ソレらはやがて胸の奥から移動していく。じりじりと首筋を焦がし、脳裏に何かを焼き付け、それが終わると役目を果たしたとばかりに消滅した。
自問自答をしようと意識していたわけではない。
無自覚の内に湧き上がり、形を成していく言葉の羅列は俺にとっての当たり前なモノ、答えが出ているモノでしかなかった。
ただただ、己がやるべきことや果たすべきことを再認識させるため
澱を溜めて集め、形となったそれらを頭に刻み、言葉は消え、その度に冷めることのない熱が上乗せされる。それをひたすら繰り返す。
一時は苦労して殺意を抑えたにも関わらずいつの間にか、次々と湧き出る言葉を抽出させるための作業の一貫と成り果てた剣を振り回す姿は、端から見れば最早、弔いの剣舞としての面影などは残っていなかったに違いない。
冥府の底では、ジャグアもさぞや肩を落としていることだろう。
もしかすると身の程知らずにも、愚痴や罵声などを飛ばしているのかもしれない。
それでも俺は、その行為を今度は改めようとは思わなかった。
なぜならばかつての弟子を弔って己の心を慰めることよりも、偶然己の中に意識を集中することで突如始まったこの行いこそが、これから迎える"剣"との決戦を制するために重要なのだと直感してしまったからだ。
そうする必要がある、と、今や完全に己の中へ埋没しきった意識が確信したのである。
そしてその確信を自覚したのを最後に、残っていた意識の端くれもまた、作業を完遂させるべく己の中へと没頭していった――。
* * *
――山間の切れ目から差し込む朝の光。
暗色に包まれていた地上を万遍なく色付かせるその輝きの恵みは、半人半獣が持つ凶悪な形状をした片手剣にも、分け隔てなく降り注がれた。
あらゆる生物を殺傷することのみを求めて造られたはずの血塗られた存在である自身に、それでも余すことなく朝の恩恵をもたらされたその刃は、もしかすると歓喜に震えたのかもしれない。
その剣の主は、種族を同じくする者であっても持て余す重量を誇る剣を、今も片手で軽々と振り回してはいるものの、それは普段からは考えられないほどに遅々としたものであった。
忘我の境地で佇み、己を無気力に振るう主。
もしその剣に意識があったのならば、常に己を最高の状態に維持させるため、日夜磨き込んでくれる主の頼りない姿を心配したかもしれない。やがてはその主を元気づけるため、いつもは棲み処の奥に安置されているがために縁が無かった、久しぶりの朝の日差しを浴びることが出来た喜びを分かち合うことを思いつくこともあるだろう。
まるで、鏡面と呼んでも遜色がないほどに磨き込まれた刀身の中に捕らわれた太陽の鏡像は、特殊な鋼によって生まれる光沢と合わさり、独特な艶を持って輝いている。
左から右へ向かって横に自身を薙ぎ払い、伸ばし切られた主の右腕の手首が返された瞬間。
剣は最も広い平面を持つ横腹で陽光を受け止め、そのまま最も強く光を集中できる角度でもって、自らの主の閉じられた
もちろん、その剣に意識などはない。
たまたま構えた剣に映り込んだ太陽の日差しが、偶然持ち主のまぶたを焼いたに過ぎない。
日の照る空の下、主がこの剣を持って戦いに臨んだ場面は数多い。
その戦闘中、主の目をその剣が焼いたことなどは皆無であることや、度々敵の目をその輝きで眩ませて隙を作り出したことなども偶然の産物であり、剣の意識を証明することにはならないのである。
* * *
……朝日を受けて輝いた刃に目を焼かれ、そのはずみに覚醒させられた意識で最初に自覚したものは、茹だるように頭の奥に籠もり続ける"熱"だけだった。
開かれた視界に差し込む朝の光とは無関係な"熱"。脳裏に刻まれていた言葉の意味は今も理解しているものの、無数に湧き上がっていた言葉の群れ自体は全て消え去り、胸の中に満ちていた澱もまた無くなっていた。
"熱"とて肉体的な発熱ではなく精神的なものでしかなく、悪影響を感じるような類ものではなかったし、緩やかな剣舞もどきで体調を崩すほどには、俺の身体も柔ではない。
今も"熱"は意識の片隅に残り続けている。
思考を巡らすことに苦を感じるものではなかったが、昨夜までそれを感じていなかった時と比べての落差には、少々の戸惑いがあった。
やがて慣れるだろうとは思うが、その影響か頭の中に改めて浮かぶものといえば、あの山からこの北の地への道中、何度も考えて思考の堂々巡りを繰り返した、改めて思考の道筋を作る必要のない事柄に占められていた。
ジャグアを心の中で弔い切らず、己に宿った"熱"と向き合うことを優先したのがまずかったのだろうか。ねぐらに戻って一夜明けてなお、俺の頭に思い浮かぶのは、あの山で見た光景に端を発することばかりであった。
そうだ。
俺の剣をもしかすると継いでいたかもしれない、礼儀知らずで未熟な同族は、もういない。
若々しい赤髪が示す通りの経験しか未だ積んでいなかったヤツでは、同族であっても多くの死者が出ると予想される種族全体の浮沈を占う「戦争」に参加させるのはまだ早いと考えた。
優れた才能を持っていても、戦いの趨勢を決めるほどではない。ならば無闇に駆り出さず、丁度戦力の空白地帯となっている東のねぐらに置いたままにしておこう。次代を率いる可能性を持つ者ならば尚更だ―― そうした判断の結果、ヤツは人知れず最も危険な"剣"に襲われ、誰に看取られることなく討たれるという最悪の結末を迎えてしまった。
弱肉強食。それはこの世界の摂理だ。
しかしジャグアが援軍もなく孤立し、"剣"と遭遇するような状況が生まれた原因は他でもない。
年若い同族を強者と遭遇しないように蚊帳の外に置いた結果、手遅れとなるまで軍に合流させることを良しとしなかった、【ライネル】の下した判断にあったのだ。
その点に思い至った瞬間だった。
俺の胸の奥に、【ライネル】に相応しくない感情群が宿ってしまったのは。
失った後継者の卵、後悔、恐怖、無念、怒り、復讐―― 北の地へ到着したことの連絡にかこつけて、同族を率いて今も戦い、俺からの連絡を待っているだろう彼へ、この戦いを始めた【ライネル】としてあるまじき悪意と自己嫌悪を文章に込めて伝えかねない、そう思ってしまった。
作戦も終盤、後は"剣"の強者を引きずり出すことのみを目指すだけといったこの状況で、そんな歪んだ生の感情を彼にぶつけて、どうするというのか。
労わりの、慰めの言葉が欲しいのか。優しい言葉を掛けて欲しいのか。
そんな無様をわざわざわ文に起こし、彼に縋りつくのか。
彼に認められた【ライネル】が。
あり得ない。だからこそ、そんな思考と感情を削ぎ落とすべく、あの山からねぐらのある北の地へと向かう道中、がむしゃらに剣を振った。
ジャグアに捧げる剣舞を行っている最中も、この行為によってそれらが拭われることを願った。
だがしかし。
そんな思考と行為の最後に導かれて残ったモノは――"熱"だった。
積もった
かといって悩みや後悔、
ましてや、次代の最強を見込んだ者を屠った"剣"と向かい合わなくてはならないことに怯えて、冬の厳しさに息を潜めて
今、目を細めても直視できないほどに輝く日の出の輝き。
その陽光が最も熱を放つ季節のギラつく炎気を宿したような"熱"が、胸の奥でくすぶっていた愚かな感情の澱全てを燃料として昇華し、ひたすら俺を焼き続けている。
かつての弟子の仇を討とうとする復讐心か?
それとも、己が鍛えた者を打倒するほどに強い"剣"の強者への高揚感か?
……求める平常心は得られなかった俺の精神は【ライネル】として失格なのか?
違う。
違うだろう。
智と武を兼ね備えた魔物。その頂点に位置する【ライネル】。
その存在に最も重要視されるモノが武であるなら、この"熱"を表現する言葉は、正負で仕切りを入れた感情の名前に押し込める必要はないはずだ。
そして武を尊ぶ存在であるならば、称号に課せられた使命や戦を起こした者としての責任、そうした言葉の重みを背負ってなお燃える熱を、悪であると感じるべきではないだろう。
敵ならば倒して殺す。それが魔物の戦士だ。
"剣"に勝利した結果に得られる物がその日の糧だけではなく、『魔物が繁栄する未来』にも繋がるというのは、【ライネル】が望むに相応しい戦とすら言える。
同族を含め、今なお地上に満ちる魔物達。
それを脅かそうとする敵がいるのだ。打ち倒そうと気炎を上げて何が悪い。少なくともここに至って俺が感じている衝動は、魔物の敵を滅ぼす【ライネル】として何の瑕疵も無い。
(――敵を倒す、か )
戦う前から相手を「敵」として認めたのは、どれほどぶりのことだろう。
【ライネル】を継いで以来、立場はいつも挑戦を受ける側であった。格下に胸を貸す、そうした心構えに慣れ切っていた。
一つ目の巨人、砂の巨大魚、大岩の巨人――魔物の中でも少ない俺よりも大きな体躯を誇る者達でさえ、俺に"熱"を感じさせることはもうなかったのだ。
けれどヤツは違う。"剣"の強者は、確実に俺の命を脅かせる存在だ。
かつて中央地方へ偵察として潜入した時に直感した"剣"とその持ち主に対する危険性は、ジャグアの亡骸に刻まれた致命傷を見てより深い確信へと変わった。
そんな存在が、今改めて俺の「敵」なのだと考えた時、俺の身体に宿った"熱"はどうしようもなく昂ぶるのだった。
……これは別に"熱"で良い。
それが最も体を表している呼び名だ。しっくりとくる。
清濁が合わさり、どうしようもなく名状し難い気持ちを持って敵に挑む機会など初めての経験であり、どんな言葉で形容すればいいのか分からないのだ。
それでもあえてこの"熱"の集合体に、智をもって言葉を当てはめるならば。
この"熱"は、『闘志』と呼ぶべきモノに違いなかった。
次話でようやく『厄災』が登場出来そうです(9話あとがきで失敗した予告再び)。
リンクが登場する前に、【ライネル】の称号への義務感だけじゃない、主人公なりの"剣"を倒したい心境が生まれる過程を書きたかったのです。話が冗長に膨れているようで申し訳ない……。
出来るだけ週1~隔週ペースは守って投稿したいとは思ってますので、今後とも他の投稿者様の作品のついでに覗いて頂ければ幸いです。
※砂漠の巨大魚=モルドラジーク
大岩の巨人=イワロック