回生のライネル~The blessed wild~   作:O-SUM

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○前回のあらすじ

 獣王の剣「御主人様、 朝ですよー♪! 」

(朝の光で主の眼を焼く親切目覚まし)


※2017/09/28:最後の【ライネル】独白部分で過剰にメンタルが弱い描写を修正し、展開を変更しました。



『厄災』討伐作戦 ~選択を求める紅~

   *   *   *

 

 

 太陽が完全に山から顔を出した頃になって、ようやく落ち着いた頭で考えたことは、北の大岩へと急ぎ向かい、彼と連絡をつけることであった。

 

 東の大集落を発って今日で5日目。彼が北の大岩宛てに連絡を届けると約束していた期日丁度のタイミングではあるが、これはあくまで余裕を持って告げられた日程だ。

 俺の脚であれば東の山奥を経由する遠回りのルートを辿っても、トラブルさえなければもっと早く到着しているはずだったのだ。彼もまた、俺が北の大岩に辿り着くまでに5日間も時間を掛けているとは思ってないだろう。

 変事が起こっているならば5日目をまたずに蝙蝠が飛ばされているだろうし、そもそも俺は大集落を発つ際、"剣"の気配が東の奥地から感じたので偵察に行くという旨の文を送っている。

 5日が過ぎても俺からの連絡が無ければ、いらぬ推測をさせてしまうかもしれないので、最低でも今日中には彼への蝙蝠を飛ばしておく必要がある。

 

 幸い最寄りにある北の大岩までは、日が空の頂点にかかる前に辿り着ける程度の距離しかない。

 ねぐらに戻るまでの道中では消化できずにいた感情に捉われ、全力では駆けれなかった脚に力を込める。

 

 ――走り出した身体に、それまであった強張りは残っていなかった。

 

 

   *   *   *

 

 

 北の大岩がある集落に着いた時、太陽はまだ東の空で輝いていた。

 

 木で組まれた見張りのやぐらで哨戒していた者から知らされていたのか、到着した俺の姿を見つけるなり、大岩の中から1頭の子鬼が駆け寄ってくる。

 手に持って掲げているのは1枚の獣皮。恐らくそれは、蝙蝠によって送られてきた彼からの戦況報告などが記されたものなのだろう。既に届いていた以上、もしかすると5日を待たずに送られていたのかもしれない。定期報告であるならば急ぐ必要もないはずだが……もしかすると何か突発的な事態が南で発生しいているのかもしれない。

 

 短い距離にも関わらず一刻を争うかのように走ってくる様は、書かれている内容がそれほど深刻なものなのかと一瞬考えてしまうものだが、この大岩に棲む子鬼達には俺達の文字を読み書きできる個体はいなかったはずであり、内容を把握しているとも思えない。

 もちろん、これが「"剣"の強者発見」を含む「緊急・最重要」の事柄を知らせる赤の蝙蝠によって飛ばされてきた知らせであって、その重要性を思えばこそ―― というのでならば、その焦りも納得のいくものではあった。

 

 ……この大岩をねぐらとしていた小鬼達の集落は、遠征を始めて最初に遭遇した他の魔物の拠点ということもあり、どれほどの武威を示せば屈服するのかという加減が分からず、今思えば明らかに必要以上に暴れて脅し過ぎてしまっていたこととは、あまり関係が無いと思いたいものだが。

 俺の足元に近づき、薄い獣皮を両手で捧げ持つ青色の子鬼。

 わずかに震えている手と、その背後の大岩を貫通している、いくつかの最近出来たばかりの見覚えがある穴をあえて意識から外しつつ、手渡された獣皮を広げる。

 

 

 ――結論から言えば、書かれた内容は緊急の対策を訴えるものではなかった。

 しかし書き込まれた文面は長く、これまでの戦況とは大きく変わる事態が発生したことが事細やかに記されてもいる。

 中でも特に重要な点を挙げるならば、南や西の地方において"剣"とは別の強者が「複数」で現れるようになったという一点だろう。

 

 東の奥地にある亜人の都市に"剣"の強者がいたことは、俺が自身で把握していることではある。東を除いた各地で魔物の軍勢が蜂起している現状において、恐らく敵が有する最強の戦力である"剣"が東の奥地の同族狩りに派遣された。

 このことから、人共はまだ俺達に対して正面から構えず、本格的な反攻勢には出ないだろうと考えていたのだが、どうやらそうではないらしい。

 

 既に戦端を開いていくつもの村を落としていた西や南において、2体の強者が確認されたようだ。そしてそれらは単独ではなく、極めて攻撃力の高い黒の武具を持った集団を少数ながら引き連れていたらしく、同族が率いていた魔物の一軍であっても少なくない被害が発生したという。

 こうした今までにない戦力は、西と南に存在する人共の関所や砦への攻撃を開始した途端に戦場へ投入されたとのことなので、ヤツらは初めから辺境の小村は切り捨てる構えだったのかもしれない。

 

 ようやく戦力の併合が整い、侵攻の準備が完了したことが確認されていた北の地に関しての記載は無かったが、この様子ならば北方で侵攻を開始しても同じように、関所や砦に差し掛かった辺りで強者の妨害を受けることだろう。最初の情報収集で確認できただけで、脅威を感じれた強者は"剣"を除いても4体は居たのだから。

 

 戦線を伸ばして敵の防衛戦力を分散させるべきか、それとも戦力を集中させて一点突破を図るべきか――いよいよ人共と雌雄を決する戦が近づいているのかもしれない。

 

 まずは彼との連絡を再開させ、各地の同族から現在の戦況に関わる情報を集め直す必要がある。

 ここの大岩は、何体の蝙蝠を飼っているのだろうか? 急いで各地へと伝令を飛ばさせるべく足元にいた子鬼へと視線をやるも、そこにはいたはずの青色の族長はいなかった。

 

 (いぶか)しんで視線を上げてみれば、(えぐ)られたような傷跡が残る大岩の影に隠れるようにして、露骨に怯えた視線を俺へ向ける子鬼が一匹。

 目が合った途端にこの世の終わりのような鳴き声を上げて尻餅をつくその姿に、同じ族長でも東の大集落をまとめていた大鬼との差を思わずにはいられない。

 思わず口から零れた溜息には大きな呆れと、僅かばかりの申し訳ないという感情が(こも)っていた。

 

 

   *   *   *

 

 

 北の大岩に腰を据えてより、幾日かの時が過ぎた。

 

 東の大集落から自分が場所を移したことを各地の同族へ知らせて以降、地方からこの地へと寄せられるようになった蝙蝠の連絡には、とうとう"剣"の強者が出現したという情報が散見されるようになっていた。

 

 ……いや。個人的に固執する内容を、あえて抜き出すべきではないだろう。

 この戦いにおける最も重要な情報が"剣"の動向であることは以前変わらないが、情報を一手に集める者として作戦に参加する魔物全体への影響を考えるならば、この表現では大いに不足がある。

 

 正確には。

 各地における要害攻略の前線にて"剣"を含む複数の強者が登場して以降、コチラの進撃は止まり、戦況は停滞するようになった――という情報がもたらされたのだ。

 魔物による群規模の襲撃を重ねている以上、強者の登場はいずれ起こるだろうと想定していた事態ではある。むしろ"剣"を前線に引っ張り出せているこの現状は、望んだ展開ですらあった。

 

 

 しかし想定外であったこともある。

 それは、この状況が生まれるのがあまりに遅かった、ということだ。

 

 

 ヤツらは自らの生活圏であるはずの辺境の小村が襲われようと、その奪還に繋がる動きを一切見せることはなかった。魔物側の動向を探るようにわずかな偵察を寄越す程度のことはしていたが、俺が東の大集落にいた間は、魔物が順調に版図を広げることを見逃し続けていたのである。

 

 そして地方に残された人共の拠点が一定以上の規模を持った大集落や都市、砦といった施設のみとなってからようやく、ヤツらは兵力と強者を動員した。

 守る範囲を中央へ繋がる要所のみに絞ったその防御の厚みは尋常ではなく、この北の大岩よりそうした戦況となっていることを彼から知らされて以来、それら要害の突破を果たしたという報告は一切挙がっていない。続報で知らされるコチラに強いられた犠牲の中には、数人の同族も含まれるようになってきたにも関わらず、だ。

 

 しかしそうして押し寄せる魔物の群れから見事に拠点を守り切っておきながらも、人共はその勢いのまま周辺の集落を奪還しようと要害から打って出ることはしなかった。

 魔物を撃退しても、そこから戦力を分散させず、近寄る魔物を払うためだけに戦力を集中させ続けており、その姿勢は一貫して崩れる様子はないらしい。

 籠城という手段しか取れないほどに追い詰められているのかと指揮官が軍勢を門に寄せれば、雨あられと矢の攻撃を受け、崩れたところを狙って強者が打って出てくるのだ。総力戦を許していない現状、各地方に分けた軍勢の中から出される小規模な群れでは、攻略に至らないのも頷ける。

 

 俺が北の地で初めて彼から連絡を受けたばかりの時は当初、この状況は一過性のものであると考えていた。魔物を追い返し、要所への襲撃自体もまばらになれば、自分達の縄張りを取り返すべく、間を置かずに攻め返してくるだろうと踏んでいたのだ。

 そう考えて敵地に寄せる魔物の密度を調整したり、襲撃の間隔を意図的に長く取ったりしたのだが、ヤツらが要所から打って出ることは一度としてなかった。

 

 なので俺と彼は確信した。人共は初めから辺境の縄張りを切り捨て、中央のみを守るために防衛線を張るつもりだったのだということを。

 そしてこの状況が続くことは、我々魔物側にとって決して歓迎できるものではなかった。

 

 戦線を維持され時間を稼がれることで最も困る事態が、間もなく起こるであろう魔王復活の際、人共が『大厄災』を再現し得る準備を整え切ってしまっているという一点であることは変わらない。  ……だが、これを阻止することは戦略的な視点の話だ。大局的、長期的なものを見据えた話ではなく、今の我々にはもっと目の前に生まれた出来事こそが問題となっていた。

 

 膠着を続ける戦場の中からもたらされた報告の1つ―― それによって、あの『光線を放つ自動兵器』が戦線に投入されていたことが判明したのだ。

 

 その敵の砦、外壁にある石でできた塔の頂点に据え付けられたソレは1体のみであり、脚を持たず自らは動けない個体ではあったらしい。だがその攻撃力は俺が中央へ潜入した時に目撃したモノと遜色ないものであろうことは、一撃で数体の子鬼がまとめて焼き殺されたという内容からも察することが出来た。

 そしてあの潜入時には既に、ぎこちないながらも6本の脚を動かし、移動することに成功していた個体もあったのだ。遠からずそれらの個体も戦場に投入されるだろうことは、想像に難くない。

 このまま敵とのにらみ合いが続けば、神話に語られた兵器群によって、戦力のバランスは一気に覆させられることになるかもしれなかった。同族はともかく、他の魔物ではあの自動兵器に対抗できるとは思えない。時間の経過は、戦術的に魔物側が敗北することを告げているのだ。

 

 加えて、こちらの軍勢の内側から持ち上がっている問題もまた、戦争の長期化を難しくさせている。 一つは兵站。人共とは違って農耕の文化を持たない我々は、安定した食糧を確保する手段に乏しい。急いで始めた戦争なので俺達が魔物の食事を前もって準備することも叶わなかったために、野生の動植物や落としてきた人共の拠点、集落に残っていた食物をもってこれまでの戦線を支えてきたわけだが、それも膠着したこの状況ではそろそろ限界を迎えるだろう。

 

 もうひとつは士気だ。我々魔物は弱肉強食を前提とした社会形態である以上、元々あった彼らのコミュニティの上下関係に俺達が実力でもって割り込むことに問題は無かった。

 しかし、同族達ほどの世界へ対する視野を持たない個体が多い下位の魔物達にとって、人魔のパワーバランスが崩壊することへの危機感を意識させることは難しい。

 彼らにとって、優先されるのは身内の群れの安全と、日々を生きるための糧を確保することだ。糧を得る目的ではない戦闘で仲間が殺され続け、またその糧すらも乏しくなりつつある現状、力と恐怖で彼らを縛るのもそろそろ限界だった。

 

 兵站の枯渇と士気の低下によって他の魔物の統制に綻びが出てきているらしいことは、最近の同族からの報告からも察することが出来てしまう。

 こうした問題が持ち上がる前に辺境へと"剣"を釣り出したかったものであるが、人共が取った中央偏重の防衛策によって、それは頓挫(とんざ)してしまったのだ。

 

 

 では、これからどうするべきか。

 

 現在、"剣"の強者は南西にある人共の関所付近にいるらしいことが、最後にあった目撃情報によって分かっている。流石にこの北の地からではヤツの気配を感じてその存在を感じることは出来ないが、その関所付近ではまだ小競り合いが続いているということもあり、その周辺から大きく移動しているということはないだろう。

 もちろん、その情報のみを当てにして"剣"が南に貼り付いていると思い込んだ作戦を立てることは危険でもある。他の強者達はそれぞれの種族が集まって生息している地から、さほど遠くない戦地によく出没する傾向があるらしいのに対して、"剣"はそういった偏りが無いのだ。

 様々な場所に出没し、その法則も分からない。

 激戦区だった戦場に現れたかと思えば、今回の戦争には全く関わりのなかったはずの東の奥地、同族の中でも脅威度の低かったはずのジャグアを"剣"がわざわざ出向いて討伐したりと、その行動と行き先を読み切ることは不可能だった。

 

 それでも、大まかではあっても存在する場所が分かっている今、"剣"が『駆けつけられる』位置に戦場を用意し、今度こそ"剣"を俺の前に立たせなければならない。

 そしてその戦場になるべく多くの同族を集わせ、かつ他の魔物を戦力として数えることのできる状況を望むのならば、脚を持った自動兵器が未だ現れていない今この時より後は難しいだろう。

 

 不確定要素を多分に含んではいるが、やるしかない―― 俺はそう考えた。

 そして、彼もまた同じ結論へと至っていたらしい。

 

 今日、彼から送られてきた「黄色」の蝙蝠。

 そこに記された内容は南の簡単な戦況。

 そして相談を飛ばした、これから起こす行動の指示であった。

 

 ――西と南の全戦力を併合し、南西の関所から一気に戦線を押し上げる。

 ――北の軍勢は【ライネル】が率い、"剣"が戦場に現れたなら敵の後背を突ける位置より合流せよ。もし出現せずに行方が知れないままであるならば、そのまま南西の軍に合流して欲しい。

 ――中央本拠地へと攻め込むのは最低でも南西の関所を突破し、強者達を何体か間引きした後とする。

 ――自動兵器の件もあり、それらがどれだけ戦力化されているかは現在不明である以上、情報の少ない中央への北軍のみによる奇襲は無用である。まず何よりも、まだ数の利であちらの質を推し込める戦場を作り、”剣”の強者を囲い込むことが肝要であると心せよ。

 

 

 以上のことが綴られた文章は、末尾に「反対が無ければこの方針で動く」と添えられて終わっている。今動かなければ、やがて投入される自動兵器によって同族諸共押し切られるだろうことは、戦場により近い場所にいる彼の方が感じているのだろう。

 辺境で時間を掛け、中央から離れた場所に"剣"を誘い出して圧殺するという手段は、もう取れないのだ。

 

 すぐさま返事を送った後、待機を指示していた北の同族達へも、今回彼から伝えられた方針を踏まえた作戦を告げるべく、新たに数匹の蝙蝠に獣皮を持たせ、空へと放つ。

 数日と経たず、この地へ北の魔物達が集まることとなるだろう。

 

 ……そう、後少し。もう少しの辛抱に違いない。

 

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 

 ――待ちに待った時が来た。

 

 あの後何回かのやりとりを終えた後、彼と示し合わせた南西の戦端が開かれる日の前日。

 雲一つない空で輝く真昼の太陽は高くあり、眼前の光景を隅々まで照らし出している。

 北の端、中央地方へとほど近いこの台地は、山の裾野から広がる開けた平原へと繋がる開けた場所であったが、今は俺の伝令を受け取り、ようやく集まった魔物達によって埋め尽くされていた。

 

 子鬼、大鬼、蜥蜴、そして同族。

 各種族において確かな戦士の実力を示す、青以上の体色を持った個体を多く含んだこの軍勢は、赤と黒が混じってマダラに染まり上がる暴力の群れだ。

 北は極寒の地ということもあり、元々生物が暮らすにはそれほど適した場所ということはない。西と南でそれぞれ集められた軍勢と比べれば、最も規模が少ないことは間違いないだろう。

 しかし小競り合いを続けて戦力を減らし、士気も低下してきている南西の魔物達とは違い、まだ戦っていないことから手に持つ武器は欠けることなく鋭く尖り、切り裂く獲物を求めて日光をまぶしく跳ね返している。そして戦士としての本能か、それとも血を求める魔物の本性なのか、かつて自らが経験したことのない規模の戦場へとこれから参加するのだという意識が、彼らの戦意を異様なほどに高めていることが肌で感じられた。

 

 ……これならば、充分に南西の軍勢への援軍となり得る。

 この士気を持って応援すれば、現地の魔物達の勢いを取り戻させることが叶うだろう。

 

 朝方に届けられた情報によれば、西と南の勢力を併合させたことをとうとう人共に察知されたらしく、中央の外縁部分までに潜り込めた蜥蜴の斥候によると、攻略目標である関所にはこれまでにない数の敵が集められようとしているらしい。

 その中にはまだ”剣”こそまだ確認されていないが、既に分かっているだけでも同じ色合いの装飾品を身に着けた4体――中央で見た強者と同じ数―― の強者が詰めていることは確実だと言うのだ。

 同族も単独で殺し得る力を持った強者が4体。そこに"剣"の強者が現れ、その者達と連携するようなことになれば、【ライネル】と【賢者】が揃った戦場であっても、はっきりと言えば分が悪い勝負となることだろう。

 どんな勝負であってもどう転ぶかは、終わって見なければ分からないとは言え、多大な犠牲を払って消耗させるなり分断させるなりしなければ、間違いなく負ける。最悪、手順を誤れば全滅だって有り得るかもしれない。

 

 ……だが、それも今更だ。

 これは総力戦。数えるのも億劫となる魔物達に加え、十数ともなる同族の戦士達がこちらにおり、それを率いて戦うのは【ライネル】と【賢者】なのだ。

 その場にまだ古代の兵器が運び込まれていないならば俺達の指揮の元、下位の魔物達も充分に戦力として力を振るえるだろう。もし仮に存在していたとしても少数であれば、俺達が先行して破壊することだって十分可能なはずである。

 

 

 ”剣”を万全の状態で迎え撃つため、これまで一切の戦闘に参加していなかった。

 ――戦場を想って起こる武者震いをなだめる必要は、もう無い。

 

 この戦場で勝利すれば、魔物の輝かしい未来へ大きく前進することとなるだろう。

 ――負けてしまえば、『大災厄』を再びこの地で起こすこととなる。

 

 全力の武威でもって戦場を支配し、どこかにいるであろう"剣"を引き摺り出す。

 ――姿を見せないならば、他の有象無象(強者)達を()で斬りにするまで。

 

 魔王の復活。その誓願を叶える【ライネル】は、この俺だ。

 ――『最強』の魔物が磨いた爪と牙で、"剣"の供物を捧げてみせる。

 

 ――そうだ。

 【賢者】にこれまで任せきりになってしまった分を、この戦いで取り戻すのだ!

 

 

 ……言葉を吐き出す度に、口元から火炎が零れていないのが不思議だった。

 これからの道程と作戦を淡々と伝え、迅速に戦地へと向かおうと思っていたはずなのに、いつの間にか振り上げている拳には、あの夜明けに我が身を包んでいた闘争の意志が強く宿っていた。

 大きく振り回したくらいでは到底冷めることのない灼熱が、やがて開いた口から紡がれる言葉と共に吐き出されていたのだ。

 

 言葉に込めてしまった"熱"が、向き合う魔物達の戦気をいつの間にか更に高めていたことに気付いたのは、説明が終わり、1体の同族へと視線を合わせた時だった。

 その眼に宿っていたのは、猛るような闘志である。

 見渡してみれば、そうした熱を眼に灯した者はそこかしこにいた。明らかに勢いを増した士気に包まれ、出発の合図を今か今かと待っている戦士の一団が目の前に生まれていたのだ。

 魔物の命運を決する戦いへの参加を望む彼らの表情は、頼もしかった。この者達を【ライネル】として率いれる我が身は、歴代に類を見ないくらいには幸運なのだろうな、と思ってしまうほどに。

 

 ――さぁ行こう、魔物の戦士達よ。

 

 いざ号令を掛けようとした、その時。

 

 頼もしい戦士達の背後、もはや用済みとなったはずの大岩へ1匹の、「赤色」をした蝙蝠が近づいてくる姿が視界に入った。

 

 

   *   *   *

 

 

 ……我々の前に立つ【ライネル】が大岩の近くにいた子鬼の一匹によって手渡された、赤の蝙蝠からもたらされたらしい情報が刻まれた獣皮を受け取ってから、もう少なくない時間が経過しようとしている。

 その間に【ライネル】が取った行動は少ない。

 最初にその獣皮を一読し、我々へ「少し待て」と指示したかと思えば、既に読み終わっているはずの1枚きりの文面を何度も無言で読み返した後は、腕を組んで眼を閉じたまま固まってしまったのだ。もう【賢者】が待つ戦場へと進軍するのみなはずであり、このような場所で時間を潰す行為は無駄でしかないはずなのだが……。余程の内容が獣皮には書かれていたのかもしれない。

 

 周囲は盛り上がり切っていた熱狂から徐々に、訝しげなざわめきへと喧騒の質が変わりつつある。先程まで【ライネル】の号令に合わせて盛大な(とき)の声を上げようとしていただけあって、突然生まれたこの空白への落差に堪えられなくなったのだろう。

 そうした感情の動きは理解できるが、彼を侮らせる空気の下地を作らせる訳にもいかない。周囲の魔物に静まるよう威嚇を行い、私自身も彼がいつ再び口を開けても聞き漏らしがないよう注意を払い続ける。

 

 少し強めの風が、山側から吹き降ろしてきた。

 自慢の青髪が一房、視界を邪魔するように入って来たので、手櫛で後ろへと撫でつける。幸い風は一吹きするだけで勢いも収まったので、煩わしい思いを繰り返すこともなさそうだ。

 対して、吹かれるままにその豊かな白髪を風に踊らせていた【ライネル】は、明らかに考えに没頭していて風が吹いたことにすら気付いていない様子だった。

 

 しかし、髪を乱れるままにしているその立ち姿をして、隙だらけなのかと問われるならば、そんな事は断じてないと答えるしかないだろう。

 もし仮に今、私が彼に剣を抜いて斬り掛かろうとしても、どこから斬り込めばいいのか判断がつかない。どこを狙おうと容易く捌かれてしまう気がしてならないのだ。そして、繰り出される反撃の一撃を私が防ぐこともまた、難しいだろうとも感じてしまう。

 

 かつて彼と会うなり、【ライネル】の座を賭けて決闘を挑んだ若造がいたという話を聞いたことがあるが、それを耳にした時は、そいつが仕出かしたあまりの無鉄砲さと未熟さに飽きれたものだ。

 

 彼こそが【ライネル】。

 あの【賢者】から「最強」の称号を引き継いだ者。

 

 こうして姿を間近で見るのは彼の襲名以来、随分と久しぶりであったが、立ち振る舞いから醸し出される強者の気配には一層の磨きが掛かっているように感じられた。武力だけではない、頂点に位置する者が纏う覇気と言えばいいのだろうか、そういった重厚な気配を身に纏っているように思えてならないのだ。

 

 先程の演説にも、そういった「力を振るう者」が持つモノが(にじ)み出ていた。

 

 彼が言葉を語るたび、現実の物理に干渉するような熱ではない、しかし荒々しく高揚感を持たせる、何かを焦がさずにはいられないような狂おしさが、確かに拡散されていた。

 この戦いの目的を知り、言葉の意味を知れる私を始めとする同族、闘争を前に高まる熱を感じ取れる蜥蜴、握り込んだ拳の軋む音と、それが振り回されて起こる風切り音の強さに耳をそば立てる鬼達。

 今回の戦いへと臨むに辺り、居並ぶ私達にはそれぞれの事情があった。

 使命感に駆られた者、弱肉強食の理に従う者、戦いを求める者――。そうした者達が先程まで全て、伝染する熱病のようにじわりと、一体の魔物が生み出した"熱"に呑み込まれていたのだ。

 

 その"熱"は、こうして間を置かれた今も、身体の奥に熾火(おきび)のように根付いてしまっている。もしあの時に蝙蝠が飛んで来ず、演説の終わりと共に号令を掛けられていたのなら、周りにいる魔物達と一緒になって外聞もなく雄叫びを上げてしまっていたのかもしれない。

 そうして熱狂に包まれれば、私は彼を先頭に戴いて【ライネル】が望むままに敵へと攻撃を仕掛ける魔物の一体となっていたことだろう。

 

 そして、だからこそ思う。

 なぜ彼は、赤色の蝙蝠が飛んできた「だけ」のことで思い悩んでいるのだろうか、と。 

 

 赤色の蝙蝠に彼と【賢者】が持たせた意味についてはもちろん聞き及んでいる。それは「"剣"の強者発見」を含む「緊急・最重要」を示すものだ。これが飛んできたということは、恐らくはどこかの地で彼らが『"剣"の強者』と呼ぶ個体が発見されたのだろう。

 彼は以前、連絡網を配してなかった東の奥地で突然"剣"の気配を察知した事があり、その時には初動が遅れて取り逃がしてしまったことがあったらしい。そして当時のような失態を繰り返さないように、東の地区にはいくつかの目ぼしい範囲に子鬼のチームを伏せさせることにしたようだ。

 番号を付けた赤色の蝙蝠を1匹ずつ連れて行かせており、"剣"発見時の戦闘は厳禁、その蝙蝠を飛ばさせることを何よりも優先させる段取りを組んでいたという。またその際には、伴っている者の数まで知らせることを最低限義務付ける徹底ぶりには驚いたものだ。

 もしかすると、そうしたチームの中の1つからもたらされた蝙蝠だったのかもしれない。

 

 この戦争はその存在を殺すことで勝利条件を満たすというほどの重要な獲物である以上に、余程の強者であるらしい。

 合流して以来、夜ごと彼はその"剣"を倒すための修練を欠かさなかったことを私は知っている。何もない空間に向かって繰り返し放たれる彼の本気の斬撃は、身震いするほどに凄まじいものだった。彼と種を同じく私ではあるが、その斬撃を一回でも受け止める自信はない。ましてや人などが、どうやってあの攻撃から逃れることが叶うというのだろう。……正直【ライネル】がそうまで警戒しなければならない存在が人の中にいるとは、未だ信じられない思いである。

 

 状況はもう総力戦へと推移している。

 その戦場に"剣"が現れようが現れまいが、そこへ合流することは確定事項ではなかったのだろうか? "剣"がいるならばそれで良し。いなくとも目障りな他の強者を殺し尽くすことで、後に行われる中央への総攻撃への障害を取り除けるのだ。ならばどこに"剣"がいようが、この地を移動しない理由にはならないはずだ。

 

 ……彼はまだ黙したまま動かない。

 

 【ライネル】と【賢者】が揃った戦場に敗北など有り得ないというのに――。

 一体あの蝙蝠は、どんな知らせを運んできたのだろうか?

 

 

   *   *   *

 

 

 獣皮に書かれていた文章は、極めて簡潔な一文のみだった。

 

 『13 : "ケン"ハッケン : カズ ハ 2』

 

 13の番号を振っていた地は、中央地方寄りの北東にある、【火の山】沿いの峡谷。そこで"剣"を発見したという報告である。

 

 それだけならば問題はない。

 "剣"が南西の戦場とは離れた位置にいる、ならば南西にいる4体の強者と人の大群を相手にするために当初の予定通り合流すれば良い。"剣"がいない以上、戦闘に勝って関所を突破することだって難しくなくなるはずだ。

 迷う事などない。

 『南西の【賢者】と合流する』

 ただその言葉を作戦通りに居並ぶ魔物達に告げるだけだ。

 

 

 ……しかし、口から零れたのはかすれた呼吸音。

 意識した言葉の羅列が発せられなかった。

 

 

 一瞬、なぜ自分が躊躇ったのか。本気で分からなかった。

 そしてその理由を探した時、目にとまったのは手に持ったままだった薄くなめされた獣皮。

 

 ……そこに刻まれていた"剣"の同行者の数を示す数字が、俺の号令を留めた答えだったと分かってしまった。

 

 

 『カズ ハ 2』

 

 

 2。2人である。

 これが"剣"を含めずに子鬼が数えていたモノであっても、最大でたったの3人。

 そして俺が知っている限り挙げられる数の強者が南西で全て確認されている以上、その同行者は強者ではない可能性が高いのだ。

 であるならばこの瞬間、俺は北の軍勢を丸々温存している状態で、ここからさほど離れていない場所に、単独も同然の状況にいる"剣"を捕捉し得たのかもしれないということを示しているのではないだろうか。

 

 無意識では気付いていたはずの可能性。

 そして自覚してしまったその可能性の存在は、()()()考えていなかった選択肢として、俺の頭の中に浮かび上がりつつあった。

 じわり、じわりと。海面に浮上して徐々に輪郭を現す巨大魚の影のように、本来なら考えて然るべきだったはずのその選択肢が俺に突きつけられようとしている――。

 

 仮にこのまま南西の戦場に合流したとして、その関所を落とすことは果たして俺達の目的を果たすことに繋がるのだろうか?

 強者を全てその場で殺し尽くせたならばまだいい。しかし、それは現実的ではないのだ。ヤツらの戦況が劣勢になれば、全滅の前に退却を選ぶのが常識的だ。何故なら人の本拠地は中央に健在であり、"剣"もまたそこにいるのだ。むしろ、撤退しない方がおかしい。

 そして強者達を逃がすための時間を稼ぐだけの兵力は、既にあの関所には集まっているのだ。4体の中には翼を持つ個体だって存在していた。最低でも1体以上、まず間違いなく討ち漏らすことになるだろう。

 そうなればより自動兵器が投入される可能性が増える敵本拠地に近い位置で、今度はその強者と"剣"が協力して立ちはだかることになる。しかもその時、北南西を合わせた魔物の軍勢は、南西の戦場で支払った犠牲により弱体化している。

 その新たな戦場で戦った場合の勝率は、果たして北の軍勢だけで単独の"剣"と戦う場合よりも高いだろうか……?

 

 ……そうだ。

 もう、とぼけることは出来ない。

 紅の蝙蝠が運んできたモノとは、劣勢に立たされた魔物にもたらされた魔王の祝福ともいうべき、値千金の情報だったのだ。

 

 

 『北の魔物を率いて孤立している"剣"を討つ』

 という新たな選択肢の存在を、認めなければならない。

 

 

 【ライネル】が北の魔物を引き連れて増援に来る――そういう前提で飢えかけた腹と挫けようとしている士気をごまかし、人共の大軍へ総力戦を仕掛けようとしている南西の魔物達を見捨てる。

 加えて彼らを可能な限り、"剣"への応援に来させないための囮として動かす必要がある。

 4体の強者、存在するかもしれない神話の兵器、数多くの敵、堅固な関――これらを前にして最強の戦力が現れないと知ってなお、そこにいる強者達を足止めさせることを目的とした、全滅を辞さない戦闘を強要させる選択肢だ。

 

 俺には子鬼や大鬼、蜥蜴の魔物達の個体差は良く分からない。

 長く付き合った個体であれば特徴を見つけて判別のつく者もいたが、今目の前に揃った彼らのような、付き合いの浅い者達の区別をつけることは難しい。

 恐らくは南西の魔物達も、ここに並ぶ顔ぶれと同じような姿形をしているのだろう。

 

 劣勢を強いられるだろう戦闘の中、ようやく俺から届いた蝙蝠を受け取り【ライネル】が来ないことを知らされた【賢者】が、勝利を目的としない玉砕を命じることになるだろう魔物と同じ顔。いつまでも号令を下さないことに疑問を感じてるのか、俺の顔を伺うように見上げて多くの魔物達の姿を見ていられなくて、思わず目を閉じてしまう。

 その視線から先程まで感じていた幸福感は、もう胸の中には欠片も残っていなかった。

 

 

 選びたくない。

 いや、選ぶべきなのだ。

 その選択肢を。

 俺は「魔物の守護者」と称えられた、【ライネル】を名乗っているのだから。

 

 

 決意を新たに口を開け、

 ……しかし再び零れたのは、かすれた呼吸音だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――無意識に組んでいた腕の下、隠した俺の指が震えている。

 

 

 思い出すのは、彼と交わした【二つ岩】での誓い。

 戦いを起こすと決めたのは、誰だ?

 俺だ。【ライネル】だ!

 

 「魔物の王を再びこの地に復活させる」……この作戦の目的は、魔王を封印したと語られる『力』であるはずの、"剣"を滅ぼす一点のみに絞られている。

 それを果たせるならば、どんな犠牲を払うことになっても躊躇してはならないはずだ。

 

 失わせた命に結果を伴わせられないのであれば、俺が【ライネル】を名乗る資格は無い。

 だから、より目的を達成できる確率の高い選択肢を、俺は選ばなければならないのだ。

 

 例えその払わなければならない犠牲の中へ、彼の命を俺の手で叩き込むことになろうとも。

 

 

 

 『今日からお前は―――ではなく、【ライネル】を名乗れ』

 

 

 

 ……あの日から、彼は俺を名前で呼ばなくなった。

 彼は今日まで、俺のことを【ライネル】としか呼ばない。

 

 その決断を、この称号を譲った彼の心を。

 俺個人の(した)わしさなどで、貶めることは許されないのだ。

 

 

 

 

 だから三度、口を開く。

 

 

 

 

 ……喉は揺れ、舌が動いた。

 音は後戻りの出来ない言葉となって、全ての魔物の鼓膜を震わせる。

 

 

 

 『孤立した"剣"を討つため、我々はこれより東へと移動する』

 

 

 有無を言わさぬ力を込めて発せられたその言葉は、それまで溜め込まれた勢いを開放するかの如く、晴天の空の下を響き渡った。

 

 




 ……この作品のリンクさんはシャイなんです……。
 登場は次話に持越し。

 ※今話終盤で視点が入った青髪のライネルは、今のところ名無しのモブです。

 四英傑たちのamiibo、11月10日に発売が決まりましたね。
 各神獣をモチーフとした兜が手に入ることが目玉ですが、1つ選ぶとしたら……。デザイン的に最も好きな神獣はヴァ・ルッタですが、ヴァ・ルーダニアの兜が、DLC第1弾で登場したコログのお面のようなギミックとして、原作のように「パカァ……」してくれるのでは?と思うと悩みます。
 横に大きく張り出した頭部を持つヴァ・ナボリスなどは、ゴテゴテした「古代兵装シリーズ」の胴・足装備と合わせるとカッコイイかもしれません。
 ヴァ・メドーは……ピノキオみたいに長いクチバシが素敵ですね。

 私はモチロン大人買いです。

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