回生のライネル~The blessed wild~ 作:O-SUM
勇者、賢者との待ち合わせをドタキャンする
* * *
南西の戦場へと向かわず、孤立しているらしい"剣"を目指して東へ向かう――。
居並ぶ魔物と唯一向かい合って立つ、大きな体格を持った半人半獣の魔物がそう宣言した時、それを聞いた魔物達の反応は様々であった。
ようやく戦場に行けると、待ちかねた鬨の声を思う存分に叫ぶ大多数の者。
演説の中で触れた当初の目的地とは異なることに疑問を感じつつも、群れの頭がそういうならそうしよう、という唯々諾々とした姿勢を見せる者。
中には事前に聞いていた大きな戦場とは打って変わって、
何故か?
その命令を下した魔物が『強い』からである。
子鬼や大鬼、そして蜥蜴の魔物達。
北の地の各地で生活していたそれらの集落を、単騎の力でもって攻め落としてみせた半人半獣の魔物は、この場に全て揃っている。けれどそんな強者達までもが服従を強いられた自分達側の集団に混じり、そう発した個体と向かい合って、その言葉を聞き入れている。
己では到底勝てないと思えた、単騎で隔絶した力を振るう恐怖の存在。
それほどの魔物が先程まで言葉を発していた、同族であるはずの個体がいる側に立っていない。横に並べたり、その後ろに控えさせたりということすらない。
巨大な剣を背中に背負ったその個体にとっては、自分達には及びもつかない力を持つその同族らですら、その他大勢の力でしかないとでも言うのだろうか。
あちら側とこちら側。
力を至上とするそれぞれの種族の中でも、戦士として野生を生き残ってきた魔物達の中に、その間に横たわっている確かな差を感じ取れずにいた者はいなかった。
……やがてこの場で異を唱える声が上がらないことを全員に確認させた『あちら側』の魔物は、改めて進軍を命じる。
北の地方、そこに点在している魔物の棲み処から特に戦闘に秀でた個体が選りすぐって集められた魔物の群れは雪崩を打つかのように混然と、しかし明確な意図を持って東の地方へと移動を始めるのであった。
目標はハイリア人の戦力が集う拠点、ハイラル城より北東。
デスマウンテンの西側を縦断する灼熱の土地――『オルディン峡谷』である。
* * *
「……これで良かったのか? 」
東へと向かう進軍中、周囲に気付かれないように潜められた声が俺へと掛けられた。
その声の主は突然の侵攻先変更の宣言を聞き、驚愕と共に戸惑いを見せていた同族達の中の1人。俺が生まれた時には既に剣を振るっていた戦士である。
【賢者】よりは若い身ではあるものの、既に第一線を退いて久しい。しかしながらその黒い肌と白髪の艶やかさは、かつてその豪力でひしめく敵を屠っていた姿を
身体中に刻まれた無数の傷は大小様々で、傷の上に傷を重ねた部分は今も赤黒く、歪だった。本来ならば黒一色で統一されるべき地肌をマダラに染めているかのように見せるその傷跡は、初めて見る者には勇猛さよりも痛々しさを感じさせるかもしれないほどだ。
――しかし、この人物を侮る同族はいないだろう。
幼い時分、読み聞かされる昔話の一つ。戦士達が打ち立てた数多くの偉業の中においてなお輝く物語に登場する『氷岩の大巨人』。一般的な大岩の巨人とは比較にならぬほどの巨躯を誇り、戦士達を次々と氷漬けにしたというその異常な魔物を、打倒した存在こそが目の前の彼だということは、あまりに有名な話だからだ。
英雄の名は『ベガルト』。
膂力だけであれば、当時の【ライネル】だった彼を
常であればその伝説にも語られた、凍傷によって失われた右手の小指などに意識が引き付けられていたのかもしれないが、今の俺の視線は、そんな物語に出ていた歴戦の証には向けられなかった。
ベガルトは隻眼だ。
普段からその顔の左半分は、永遠に閉ざされたまぶたを覆い隠すように前髪が下ろされている。そしてその眼は生まれつきの障害というわけではない。
それは、彼と【ライネル】の座を賭けて争った際に負った傷だった。
そして光を失った経緯を知っている俺は、言葉を掛けてきながらもそれ以上は黙して語らないベガルトの、その眼が向こう側にあることを知っている白髪のカーテンから目が離せないでいる。
……出立以来ベガルトは俺から左後方の位置を、やや離れて歩いていた。
声を掛けてくるだけならばそのまま距離を詰め、視界が開いている右側で俺と視線を合わすなりするのが自然のはずだ。
それをわざわざ右側に回り込み、自身の左側をこちらの視界に晒している―― その行動が指している意図は明白。
「お前が取った選択の意味が分かっているのか?」―― 彼によって永遠に光を失ったはずの左目で、俺を見つめているのだ。
ベガルトは今回の作戦、彼から直接の参陣を請われて参加していた。
かつて【ライネル】に最も近いレベルまで接近したその実力は、俺以上に長く彼と戦場を共にして培われたもの。眼を失ったこともあくまで「最強」を賭けた決闘での出来事であり、当然戦士としてそこに遺恨は残していない。
この地に集った同族達もまた、ベガルト同様彼からの呼び掛けによって立ち上がっていた。【賢者】から今回の戦争への意義を説かれ、参加を決意した彼らこそ、今回の北の魔物をこの地へ集めるために最も尽力してくれた者達である。
その中には【賢者】と同じく既に現役の戦士を引退し、人共が立ち入らないような奥地で隠棲していた者も複数混じっていた。
これには俺より遙かに年上な者達にとって、かつての【ライネル】の影響力がいかに大きいかを察せられる。
にもかかわらず先程、その地位を継いだ当代の【ライネル】が【賢者】を切り捨てたのだ。
ベガルトの訴えは、何も【賢者】の友人にして戦友であったという個人のモノではない。この地に集まった同族の想いを代表した声であり、ただ士気を下げないために表立って叫ばれていない本音であるのだろう。
――だが、そこまでである。
全盛期を過ぎているにも関わらず、かつてない規模の戦場へ増援もなく臨まなくてはならなくなった【賢者】を思って胸を痛める―― 彼らが実際に行った行為はそれまで。
俺に対して前言を翻すよう求める声を上げたり、単身でも南へ合流を図るべく、この軍から独断で離脱する者はいなかった。
『戦場に参戦する戦士は【ライネル】の言葉に逆らってはならない 』
これは【ライネル】を頂点とした同族の集団にとって、最低限守らなければならない約束事。
智を重んじながらもひとたび戦いの場となれば、その血と力に酔ってしまう魔物の性質を抑え込むために定められた戦士の法である。
この掟を、同族達は忠実に守っていた。
ましてや今回の戦で掲げる大目標が「魔物の社会を脅かす"剣"を滅ぼす」である以上、その目的遂行を最優先させる号令自体は、俺の暴走を示すことにならない。
声は掛けるのみに留め、後は無言で俺に前言を撤回させようとしていたベガルトの行為は迂遠で分かり辛いものであったが、それでも掟に触れないように起こされたその行動は、彼に対する友情の深さを感じさせる。
けれど彼が残した――【賢者】によって付けられた爪痕は、俺をかつての彼を思い出させる材料とはなっても、決して決定を覆させることには繋がらない。
むしろその逆。
蘇る記憶は彼と過ごした狩りの日々ではない。【二つ岩】で交わした、【ライネル】と【賢者】で交わした「『大厄災』を止める」という誓いだった。
仮に彼と俺の立場を入れ替えたなら、彼なら南と東のどちらを選んだか?
……あの夜に浮かべていた彼の笑顔を思えば、迷ってはならないのだ。
――無言のままベガルトから視線を切り、行軍を続ける。
俺の後ろに追従する彼の戦友が再び同じ問い掛けをしてくることは、もう無かった。
* * *
強い風と弱い風が、打ち寄せるさざ波のように繰り返し入れ替わっていた。
天候の移り変わりが激しいのは山の特徴ではあるが、空にのたうつ雲の身じろぎの激しさを見るに、そもそもが荒れた天気となっているのかもしれない。
大群で押し寄せている以上、この風の乱れがこちらの音や匂いを掻き消してくれるのは好都合と言えるだろう。
俺達が赤の蝙蝠によって示された、13の番号が振られた土地である峡谷のふもとに到着したのは、西の山へと沈もうとする夕陽がそうして千切れて飛び交う雲の中でも、一際厚い雲によって遮られた頃だった。
「この気配は……あぁ、これが……」
【火の山】沿いの峡谷。
隣に並んだベガルトの口から洩れたのは、何かを納得したような溜息だった。
今我々がいるふもとよりやや登った中腹の辺りに、かつて感じた"気配"がある。この地に近づくにつれ、徐々に強まっていた存在感―― "剣"は、ここにいる。
向こうで何か不意の戦闘を行うような事情が発生したのだろう。間欠泉のように吹き上がったその気配は今、"剣"が抜刀されたことを教えるものだ。
これまで"剣"に向けていた俺や【賢者】の警戒心を、話の上でしか共有出来ていなかった同族達の間に走ったのは驚愕……だろうか。ここに至るまでの彼らの顔のいくつかに浮かんでいた、号令を不承不承飲み込ませていたような表情は、この時確かに消し飛んでいた。
……この気配を肌で感じた以上、彼らもまた理解したはずだ。
今から始める戦闘が数で弱者をいたぶって終わりのような生易しいモノではなく、それこそ南西で既に始まっているだろう【賢者】が率いる不利な戦場と比べてなお、勝率を語るのが難しい未知の戦となることが。
そんな不気味な思いに捉われているだろうことは、容易に察せられるのだ。
かつて自らもアレを目撃した時、背筋を震わせる何かを意識せずにはいられなかったのだから。
……しかしここで今更、弱音や不安を聞くようなことは残念ながら出来ない。
彼らには申し訳ないという気持ちこそあれ、我々は魔物の中でも最強を称する種であり――、ここに揃っている魔物は、我々のみというわけではないのだから。
背後から聞こえる複数の荒い鼻息。
陰った日光と入り組んだ高低差の激しい地形によってその全容を見渡すことは出来ないが、そこにはたった今俺と共にこの地へと乗り込んだ、各種族の魔物達で溢れている。
不安や迷い、ましてや恐怖の感情を、周囲に拡散させてやる訳にはいかなかった。
――だから俺は"気配"が強まったことを契機として、攻撃を開始させた。
俺の合図を受けて緩やかな傾斜と急勾配が複雑に繰り返す道を、まるで平坦な地上を駆けるかの如く軽やかにまず登り始めたのは、蜥蜴の魔物達。
普段の彼らはその4本の手足を、前足と後ろ足に2つずつ分け、二足歩行で歩く。
だが速度を求めた移動を行う場合はその前足も地につけ、4脚でもって這うように進む。その速度は子鬼や大鬼とは一線を画すほどである上、蹄を持たない彼らの移動は、我らと比べるまでもなく静かでもあった。
斥候に優れ、先制の奇襲部隊としても彼らに勝る者はいないだろう。
……ヤツが単体であることを踏まえると、一度に攻められる人数はどうしても限られてくる。そこに大軍をもって攻め寄せたところで、視覚で重圧を掛ける以外のメリットはさほど無いのだ。そしてそれも子鬼や大鬼を挑ませる展開となった時に、果たせる効果でしかない。
そこで俺はここに至るまでの道中、種族ごとに分けての攻撃班を編成していた。
もちろん弓や槍、剣などの得物によって役割ごとにまとめた種族が混成した部隊も存在していたが、初撃を加える部隊を蜥蜴のみで構成したのは、その種が持つ隠密性による奇襲の成功を期待したからである。
各個撃破――。その可能性の高さに目をつぶった指示であることは承知している。
しかし相手の知覚能力が不明である以上、この成功するかもしれない攻撃を躊躇う選択肢は俺の中には無かった。
峡谷の中腹へと先行する蜥蜴達の群れを追い、集団の先頭となって移動を再開する。彼らの奇襲を邪魔しないよう、ある程度距離を離した上での追走だ。
先頭を駆けた黒の蜥蜴。
岩の影へと隠れて消えたその後ろ姿が、ふと走馬灯のように脳裏に思い出されるのを、俺は静かに受け止めていた。
* * *
ゴォォゥ……!
いつの間にか弱まっていた風が、もう何度目かも分からない折り返しを経て、再び強く吹き付けるような勢いを取り戻している。
単なる風の音。
最初は、そう思った。
ゴビュゥウゥーー……シュッ!
だからその違和感に気付いたのは、その音が何回も聞こえた後のこと。
草木の少ない硬い岩肌を走り、火山から吐き出された灼熱を俺の耳元まで届ける風。
その熱を孕んだ風切り音の隙間にかすれたような、どこか異質な冷たさを持った響きの異音が混じっていることに気付けたのは、風が強く吹き付けるようになり始めてから、少し時間が過ぎた頃だった。
ゴォ……ピュウゥ、シュ!
ビュウーーゥ……ザシュッ!!
耳を澄ませてようやく聞こえる、何かを裂いた時に響くような音。
それが風上である峡谷の頂上から、風に乗って風下の俺にまで届いていた。
異音は頂上に向かうほどにやがて大きくなったが、足を止める理由とはならない。
警戒心だけを高め、後ろの魔物を率いたまま坂を上り続ける。
ヒュゥーーザグッ「ギィッ!?」
シュ、ザシュ!!……ドサァ……
近づくにつれてより鮮明になる音。
耳に届く音は、やがて水気を含んだ粘性のあるモノに変わっていく。
そしてそれは俺にとって。いや、野生を生きる戦士達にとっては、耳に慣れた水気を含んだ音であることが直感できた。
この場に揃った全ての戦士が、この音の正体をよく知っている。―― 硬質な得物によって肉を裂いた時に、手に残る手応えと共に耳へと馴染んだ親しみのある音。
それによく似たモノが、目指す進行方向から上がっている。繰り返し響く悲鳴もまた自然のモノではなく、誰かが人為的に起こしていることは明らかだった。
音を立てている者の姿は、まだ見えてはいない。
もう少し坂を進めば、深い傾斜によって壁となっている地面が終わる。
坂が終わった先には開けた空間があるようで、どうやら「犯人」はそこに留まって肉を裂き続ける作業に専念しているようだった。音がどんどん近くなっているのが分かる。
ここを登り切れば、その開けた視界に「犯人」の姿を目視することが叶うだろう。
坂を進む内に通り過ぎていく何体もの犠牲者達。
峡谷の中腹に差し掛かった辺りから散見され始め、既にかなりの数となっているそれらは、元は蜥蜴の戦士であった者達の亡骸だ。無造作に地面へと転がされた死体に刻まれた傷口は真新しく、倒れた地面に描いた染みの範囲は未だ緩やかに広がり続けていた。
そんな命の残り香が漂う死体達が点々と、しかし極めて短い間隔で頂上を目指して倒れている。
正直に言えば、この結果に驚きはなかった。
無残な討ち死だ。しかし、無駄死ではない。
ヤツと遭遇する直前。最後の最後に出来ることならば確認したかった情報を、勇敢な戦士達の死体は語ってくれていた。
敵側にある戦力―― その最終確認だ。
中央で確認した時には連日、"剣"以外に目立った装備をしている姿が確認できなかったヤツには、一挙に複数の魔物を仕留める手段には乏しいのかもしれないという予想を立ててはいたものの、この場においてもそうであるかは分からなかったのだ。
あの時より、もうそれなりの時が経ってしまっている。ヤツらの魔王に抗するための研究もかなり進んでいるかもしれなかった。……もし古代の自動兵器に類する、かつての【ライネル】をすら一撃で屠ったという『輝く弓矢』に匹敵するような多数を一気に殲滅し得る武器が復活されていたならば、この戦いに勝ちを見出すことは到底出来なかったのだから。
もう一つ、「とにかく"剣"を孤立させることを優先させ、随行しているはずの他の人間への奇襲を心掛けろ」と蜥蜴達へ密かに指示していたにも関わらず、これまでヒトの死体が転がっていないことも見逃せない要素だ。
訓練を受けていない存在が蜥蜴の攻撃、特に移動しながらでも体色を自在に変化させ、周囲に溶け込むことが可能であったあの黒の族長の奇襲を防ぐことが可能であるとは考え辛かった。そして、それでも人族の死体は存在していないのだ。
――不意の襲撃を受けたにも関わらず、その人物は生きている。
もちろんそいつも戦闘力を有している厄介な存在である可能性も一瞬考えはしたが、そもそも族長の初撃を防ぐほどの者が"剣"の強者と共にいるのであれば、やつらが蜥蜴の襲撃如きで後退する理由が無い。その場に留まっての応戦が、充分に可能なはずなのだ。
にもかかわらず後退している以上、仮に戦える者であったとしても脅威度としては高く据える必要は無いに違いない。死因となった傷跡が全て同質の斬撃によるものであることを考えれば、そもそもその存在は非戦闘員なのかもしれなかった。
……もちろん、これが喜ばしい情報ばかりという訳ではない。元より承知していたことではあるが、この死体の山は「犯人」の強さを裏付ける証拠でもあった。
ここはまだ、峡谷の頂上ではないのだ。だというのに、道中には切り捨てられた死体で溢れている。そして、その存在は開けた場所に陣取れたことを良いことに留まり、戦闘を続けている。
もし戦闘に加われない者を随行させていたとするならば、その者への奇襲を防ぎつつ、今も機動力に優れた魔物達を剣1本で殺し続けているのだ。
尋常ではない戦闘力を持つ存在がこの坂を越えた先にいることは明らかであり、死体の有様を通してそれを感じ取った集団に漂う緊張感は、否応も無しに高まっている。
ズシュゥッ!!
「ギッ!……グゲェ……ァッ! 」
そして、この音の正体に気付いてから感じていた、戦場の違和感にも気付いてしまった。
鋼と鋼がぶつかり合って立てる、戦場であるならば響いて当然の硬質な金属音が全く聞こえてこない。たまたま俺が音に気付いた時からなのか、それとも最初からなのか。恐らくヤツは、全ての攻撃を剣で受けることなく見切りで躱し、魔物を攻撃する時にしか剣を振っていないのではないか。
俺に出来ないことを、坂の上の存在は成し遂げているのではないだろうか――。
……坂を、登りきった。
そこは峡谷の途中にあって、ぽっかりと空いた広場だった。
火山の熱に時折晒される空間であるためか、植物は自生しておらず土の地肌が露出した暗褐色の広場であったが、切り立った崖から眼下を見渡せる見晴しに優れ、普段であれば解放感を感じる空間であることは間違いない。
しかし今この空間に満ちているのは、強烈なまでの圧迫感であった。
俺がこの広場の地肌が露出していると判断したのは、全体を見渡してから湧いた印象である。より良く観察できるはずの、こちらからみて手前側の広場の地面を見て得た感想というわけではない。手前側の地面には
足の踏み場を探すほどに溢れた死体を前にして、解放感を感じる神経は俺には無かった。
そしてたった今、最後に立っていた黒の蜥蜴―― 族長が、胸の中心に突き込まれていた様子の"剣"を勢いよく引き抜かれ、盛大に血を撒き散らしながら倒れようとしている。
助太刀に駆け寄るかを考え……留まった。
もう、あの族長は絶命している。
坂の下から新たに現れたこちらを油断なく見据えながら、目の前の人間は抜き放った"剣"についていた血を払い飛ばすために、何もない宙を一閃する。
剣先が霞んだのは一瞬、再びその動きを止めたことで刀身を露わにした時、そこに血と脂による濁りは全く残っていなかった。
西日を受け、その気配と存在を主張するように鈍色の輝きを見せる片手剣。
予想通りではあるものの、あれだけいた蜥蜴を殺し尽くすほどの戦闘に使われた武器とは思えないほど、その刀身に欠けを見つけることは出来なかった。
――やがて地面にくず折れた、族長だった者の死に様を見届けることが出来ない。
少しでも目の前の存在から視線を外せば、次の瞬間にその剣を胸に突き立てられるのは自身だと確信してしまっていた。
地面に敷かれた、今も仲間であるはずの魔物達の死体。
それに意識を割いて歩くことすら危険を感じて躊躇ったから―― 鱗や骨を蹄で割る感覚を味わいながらも、ヤツとの距離を調節することにした。
俺が進んだ分だけ、後ろに下がる"剣"。
しかしその眼に、怯えの感情は欠片も宿してはいない。
ヤツの全体を視界に入れたままその背後を伺ってみれば、広場の切れ目にある岩影に隠れるようにしてこちらを伺う人間がいる。恐らくはアレが同行者だろう。
その様子は、決して戦う者の姿では有り得なかった。
"剣"が常に俺とアレの間に自らの身体を入れるように動いていることから考えるに、アレは"剣"にとって、守る必要があるだけの存在なのが察せられたのは予想外の収穫だった。
……アレを狙えば、あわよくば"剣"の動きに制限を加えることも可能ではないか――?
峡谷に入って以来、ずっと手に持っていた「獣王の弓」を少しだけ意識する。
そんな俺の思考を、わずかな素振りから察したのか。
それとも坂の下から続々と姿を見せ始めた、魔物の大群を視界に入れたからか。
"剣"の強者が、構えを取った。
いつか中央で盗み見た、鍛錬の最中に常に取っていたその構え。
長剣を下段に下げたまま右手に持ち、そのまま後ろに引いて左半身をこちらに見せるように左手を盾のように突き出す。俺が毎夜思い描いていた形である。
だが、腰を落として臨戦態勢を整えたその時――"気配"が爆発した。
その場に揃った魔物全てが瞬間、一斉に半歩後ずさる。
魔物の未来に不吉を約束する、輝き。
『厄災』――その言葉が人の形をとり、"害意"を持って俺の前に立っていた。
原作主人公
14話掛かって よ う や く 登場。
投稿時に作ったプロットのフローチャートでは、4話くらいで登場しているのが嘘のようです。
次回から戦闘開始。追加DLC第2弾「英傑たちの詩」が出て新しい公式の過去話が出る前に、なんとかこの辺りの話は終わらせたい……
……『ウツシエの記憶』ムービー視点に、リザルフォスがいない??
だったらそのシーンまでに全滅させれば問題ないですね。
※氷岩の大巨人=巨大なガチロックで原作未登場のオリジナル。某狩猟ゲームで言うところのG級モンスターとでも思って頂ければ。今後出てくる設定ではありません。
※ライネル族の隻眼の戦士『ベガルト』……6話の回想にチラッと登場したライネルが彼です。名前元はベンガルトラ。安直その2。
※今更の追記ですが、常用でない読みの漢字については出来るだけフリガナつけてます。難しい字を使わない原作の文章をリスペクトしたいものですが、私が複数の意味持たせられる漢字が大好きなので、どうかご容赦下さい。過去にルビ振りを済ませている字については、再度振らない場合があります。