回生のライネル~The blessed wild~ 作:O-SUM
リンク、初登場
(魔物視点につき登場描写がホラーなのは仕様)
* * *
最近は、国の周辺地域への魔物の出没がよく問題視されている。
それもこれまでも時々起こっていた、はぐれボコブリンやモリブリンが旅人を襲うといった規模じゃない。より強力な魔物に率いられた魔物の集団が、周辺地域に築かれた民達の集落へ襲撃を行っているんだ。
しかも先日行われた定期評定に挙げられた報告によれば、それが特定の地域に限った話ではなく、西から南東にかけての広い地域で発生しているというのだから、尋常な問題ではないのだと思う。
もちろん英傑達のリーダーとしての役割を任せられている自分も、当然この事件への対処に動くことになるだろうと考えていたけれど、ハイラル王曰く、
「これは国難には違いないが、『厄災』復活の予兆とみるにはまだ断言は出来ぬ。他の英傑達の故郷にほど近い場所で起こった魔物の騒動については彼らを派遣することになるだろうが、お主は姫巫女専属の近衛として『厄災』に備えるため、緊急を要する事態にならない限りはその傍から離れることは許さん 」
と直答なされてしまっては、もう勝手に動き回ることは出来なかった。
やがて徐々にその規模を拡大していく魔物の攻勢に、じりじりとした焦燥と危機感を募らせる日々が続いていた。けれどつい先日、魔物の集団の中でも最も勢力の大きい群れが特定され、その集団に対する組織的な攻撃が決定されたのだ。
何でもその集団へ向かって各地方で暴れていた魔物達が合流を図っているらしく、このまま放置していては、一気にハイラル中央まで攻め込まれてしまう恐れがあるらしい。そしてこれを機に、こちら側も戦力を集中して短期に殲滅しようというのが、王が定めた方針だった。
ただ残念ながら、ここでもボクの出番はない。
自分を戦場に動かして、姫の身を危険にさらすことは避けなければならないと繰り返され、近衛騎士としての役割を優先するように厳命されたのだ。……もちろんイタズラに戦いを求めているわけではないけれど、国の皆を守るために鍛えてきたこの力を、いざその時に限って振るえないというのは、少しだけもどかしく感じてしまう。
戦場は南西の関所。集結した魔物の数は過去に類をみない規模にまで膨れているそうだ。けれどコチラには新たに作られた武器や種族を超えて集まった戦士達、そしてわずかではあるが起動に成功した、防衛用の砲台型ガーディアンがある。
さらに言えばこの戦いには自分を除いた四英傑、その全員が神獣の調整を中断して参戦してくれる。皆の力が合わされば、きっと魔物達の侵攻を払うことが出来るだろう。
だから自分が心配するべきなのは、もっと別のところ。
目の前に迫る国難と比べて、なお重要であると判断されたヒトを、この身に賭けて守り抜かなければならない。それが出来ると期待されたからこそ、ボクは最年少でありながらも直属の近衛騎士への昇格を王に許されたのだから。
そう、護衛の対象―― 姫様をお守りすることだけに全力を捧げるべきだ。
思えば姫様とは出会った当初と比べて、随分と親しくさせて頂いている。
若年ながらも認められた騎士として、常に模範足れと自らを律してきたボクは、近衛としての立場を越えないよう、終始姫様に対しては
心を開いてくれたのは、ゲルド砂漠の地で姫様を襲おうとしたイーガ団のならず者達を、ボクが間に合って追い払った時からだろうか。ボクにとっては当然の務めを果たしたに過ぎなかったけれど、これを切っ掛けに姫様は、自分がお傍に
城内では沈まれた表情をお見かけすることの多い姫様であったが、ある外出の際、道中にその旺盛な好奇心を刺激される生物(後になって名前を聞けば、ゴーゴーカエルという生き物だったらしい)を見つけた際の表情は、大変麗しく輝いておられた。そしてその笑顔をボクに向けて頂いた時、初めて彼女の隔意の無い気持ちを感じて、何とも言えない温かい気持ちに胸が満たされるのを感じたものだった。
その時ばかりは、己を律し過ぎて感情が表に出にくくなってしまった自分の表情筋の固さに辟易したことを覚えている。
……直後、俊敏性を増す物質が含まれているというその肉の効能を、優れた身体能力を持つ者の肉体で試したいと、研究調査と称して食用種とはいえカエルを丸呑みさせられたのも、忘れ難い思い出の一つとなってしまったが。
感想を求められた時にも大して動かないでくれた表情筋に、手のひらを返して感謝することになったのは苦笑いするばかりだ。
そんなこともあった姫様との旅は色々な地へ行くことが多かったけれど、ほどんどは神獣や英傑を
修行を終え、城との往復の際に少しの時間を見つけては立ち寄る、遺跡の調査。専門家も顔負けではないかと思われるほどに培われた知識を語られる時に浮かべられる、その努力に裏打ちされた自負と希望に満ち満ちた表情は印象的だった。
けれど修行の前後、他国の要人との折衝を行った後など、姫巫女としての立場を意識されているだろう時の顔は、決して明るいモノではなかった。
打ち解ける前まではそれでも歯を食いしばり、ボクに対しても何でもないように取り繕らわれていたが、心を開いて下さって以来、ふとした時に零される言葉が、姫様が抱える悩みを明らかにさせた。
世界でたった一人、自分しか務められないと生まれた時から定められた『厄災ガノン』に抗する封印の巫女―― 絶対に果たさなければならないその役割を果たすための力を、どんな努力を重ねても得ることが叶っていないという苦しみ。
ボクには共感することは出来ても、その重圧が想像できるなんて調子の良い言葉は、とてもじゃないけど言えるものではない。
何故ならボクには師がいた。おこがましい物言いではあるが、その教えを守って鍛錬を繰り返すだけで、どんどん成長できる才能もあった。おかげで小さな頃から他人の視線に晒される日々が常となって、近衛の家系の人間として恥ずかしくない行動を心掛けているうちに、何だか感情を表に出すことが苦手になってしまったけれど、それでも努力はまっすぐ実を結び、退魔の剣の主に選ばれたのだ。
ひるがえって姫様は……その努力が全く報われていなかった。
聞けば幼い頃、修行を始める前年の6歳の時に、巫女姫の師となるはずだった御母様が亡くなられたらしい。受け継がれた血と共に宿しているはずの封印の力を目覚めさせる切っ掛けが失われ、書物も存在しない修行を闇雲に重ねても力が得られることはなかった。
もしかしたら間違った修行をしているのかもしれない。けれど、それを正して導いてくれる師が姫様にはいないのだ。
御母様もされていたという、冷たい泉に身をひたし続けて祈りを捧げる修行は、どうやっても手応えを感じた試しはないとのこと。にも関わらず、それでもこれしか無いからと愚直に繰り返し、その度に夜が更けるまで祈り続けた泉の中心で、俯いた顔を隠して震えている背中を見せられることは、護衛として同行するボクにとっての姫様の修行、そのいつもの光景となってしまった。
実らない努力。しかしそれでもと姫様を立ち上がらせたものこそが、遺物調査なのである。
それは果たせない血の責任からの逃避ばかりではない。少しでも厄災復活への備えとなる成果を自らの手で得ようとする、『姫』として国を守る立場に生まれた者の尊い矜持からなる発露だった。
その縋りつくような熱意で取り組まれた調査は、少しずつではあったが確かな成果を生んでいたはずだった。特に勇導石に関わる一連の研究は、姫様の心血を注いだ努力が無ければ今日までの解明は無かっただろう。それは貴重なものであるはずの勇導石操作用と思われる石状の遺物、シーカーストーンが姫様に預けられていることから、少なくとも遺物研究所の所長からは姫様が評価されていることを窺い知ることが出来る。
しかし、それだけだった。
彼女は『姫』である以上に、封印の姫巫女であることを周囲に、国に求められた。
遺物研究で一定の成果を示したとて、それが姫様の評価を上げることにはならなかったのだ。封印の力を目覚めさせることが出来ない彼女に与えられる言葉は落胆、そして侮蔑の色に染まっていた。「出来損ないの姫」「責を果たせぬ無才の姫」――10年と積み重ねた姫様の不断の努力は『姫』という言葉に、そのまま彼女を貶める意味を込めさせる結果だけをもたらした。
唯一の身内であるはずの王ですら、王家の者としての責務なのか、厳しい言葉しか姫様には与えて下さらない。
痛ましい。
その一言以外、どうやってこの方を言い表せるだろう。
そして何よりもどかしいのは、そんな姫様のお傍に、自分という『生まれた家系に相応しい才能と実力に恵まれた、伝説の退魔の剣に選ばれた勇者 』が居続けなければならないということ。
厄災封印の要とされる、【勇者】と【聖なる姫】。その片割れが完全な状態で、未だ目覚めぬ自分のそばに貼り付いている―― それは一体、どれほどのストレスだろうか。
ボクの姿が見えている間はずっと、彼女自身は『至らない姫巫女 』としての自分を意識させられ続け、周囲からは立ち並ぶ2人を比較され続ける。周囲の、そしてボクの視線に、彼女はどれほどの重圧を感じ続けていたのだろう。
かつて自分に向けてぶつけられた彼女の苛立ち。当時こそ理由は分からなかったけれど、謝罪の言葉と一緒にあの時に抱えていた感情を伝えられた今となっては、むしろたったあれだけの爆発で済ませた彼女の自制心の強さに驚いてしまった。
守る対象の想いも察せられなかった自分は、果たして姫の近衛として本当に相応しいのだろうか……。無頓着だった自分の反省の言葉を聞いて、けれど姫様は仰ってくれた。
――もっと貴方と話をして、もっと想いを聞きたい。
――私の悩みを、貴方に打ち明けたい。
と。
……あぁ、この身が貴方の傍にあることを、貴方が望んでくれるのならば。
【勇者】のボクが、【姫巫女】の心を傷付けないというのなら。
王の指名や、近衛としての誇り、英傑としての役目のためだけではなく。
【ゼルダ姫の騎士】として、ボクは貴方を守ります。
* * *
――魔物に襲われた。
南西の関所に魔物達が集結している今この時期こそ、滞っていた修行を行う好機だと考えた姫様と共に力の泉へと赴いた、その帰り道。
修行の成果は残念ながら得られなかったものの、せめて遺物の調査を行おうということで、遠回りに移動してオルディン峡谷へと差し掛かった時である。
今まで遭遇したことがないほどの、リザルフォスの大群。
それが明確な敵意を持ってボクと、そして姫様へと襲い掛かってきた。
しかも今日に限っては退魔の剣を持って魔物の死体を積み上げる、明らかにヤツらにとって脅威度の高いはずの自分を避け、何体かの魔物は明らかに背後に庇った姫様を優先して攻撃を仕掛けてくる。戦えない姫様を狙って攻撃をしてくる個体がいる以上、峡谷を上へ上へと登って逃げ続けるしかなかった。
もちろん逃げながら、追いついてくる魔物を一太刀で切り捨てて数を減らすことは怠らない。そうやってふもとから次第に中腹へ向かって追いやられてしまうまでの間、相当な数の魔物を倒したはずだ。
経験上、常ならば間違いなく群れの全滅を避けようと襲撃を諦めるほどの数を仕留めたはずなのに、それでも残った魔物達は逃げる素振りすら見せずにひたすら挑んでくる。それがどうしても違和感として気になってしまう。
たまたまの遭遇戦ではないのか?
もしかすると初めからボク、または姫様を狙った襲撃なのか?
リザルフォスが社会的に地位のある人族を選んで襲うという話は聞いたことが無いのだけど、まさか……。
そうして辿り着いた中腹には、それなりの広さを持った広場と言える場所があった。
平らな足場、開けた視界。周囲の色に擬態出来る特性を持ったリザルフォス相手でも、背後の姫様に襲い掛かられる前に発見することが出来る空間。
ヤツらを迎え撃って倒すには、絶好の条件がここには整っている――。
* * *
――広場の端、山頂側の岩陰に姫様を避難させ、中央でリザルフォスを切り払い続けてしばらく経った頃。
積み重なり始めた死体の影からゆっくりと、その魔物は現れた。
それは、初見の魔物ではなかった。
少なくとも同種族だろう魔物を、ボクは知っている。大陸の極東にあるゾーラの里、その長であるところのドレファン王に依頼され、討伐を果たした雷獣山の獣人『ライネル種』―― 獅子に良く似た顔の額から伸びる二本の角、頭頂から肩にかけてを豊かに覆う髪、2本の腕と4足の身体―― と、非常に似通った特徴を目の前の魔物は持っていた。
体色や髪の色など、これまで襲ってきたリザルフォスの群れの中にもいた上位個体のように、あの雷獣山の魔物とは異なる部分もある。例えば今倒し終えた黒いリザルフォスは数の多かった緑のリザルフォスと比べて、その身体能力はケタ違いの個体だった。
そして雷獣山にいたライネルは赤。目の前の魔物は……黒。
あの時の獣人ですら他の種族とは隔絶した力を誇っていたのだ。もし目の前の存在がその上位種だとすれば、その力は今まで戦ってきた魔物の中でも最強のモノであることを間違いない。
――だけど見た目で判別できる強さの指標は、この際重要ではなかった。
その魔物の後ろから、続々と現れる魔物の群れ。
多くはボコブリンやモリブリンと呼ばれる魔物が占めていたが、その規模は先程のリザルフォスの大群に感じていた圧迫感が些細なものだったと思えるほどの規模だったのである。
視界を埋め尽くすようにどんどんと湧き出る魔物達。その中には目の前の魔物と同色同種の個体すら混じっていた。
――そんなかつてない魔物の群れが、目の前の、たった一匹の魔物の反応を伺っている。
その光景を見て、ようやく分かった。
あのリザルフォス達が決して退かなかった理由。あれは生存本能がおかしくなったわけでも、黒いリザルフォスが姫様を狙う特別な事情を持っていたわけでもなかったのだ。
目の前の黒い身体を持った白髪のライネル。こいつがあのリザルフォス達を操り、今も大群の魔物を統率している存在なのだ、と。
恐らくは南西の魔物の群れもまた、似たような存在によって統率された集団なのだろう。もしこいつらを合流させてしまったら、『厄災』復活前にも関わらずハイラルの地に重大な危機が訪れるのは間違いなかった。
(……だから、ここで倒す )
姫様をお連れしている以上、どこか別のルートを探してこの峡谷を離れようと考えていたが、こんなカリスマを持った魔物を放置するわけにはいかない。姫様をお守りできるギリギリに追い詰められるまでは、全力でこのライネルの打倒を目指すべきだ。
背後には姫様。孤立無援。圧倒的な多勢に無勢。
今までにない不利な戦闘を強いられることになるだろうが、ここで逃がしては次に遭遇した時、目の前のライネルは世界に対するほどの脅威となるに違いない。
……それは女神ハイリアの名において祝福され、ハイラルの守護を担う「退魔の剣」が、目の前の『魔』に反応してごく薄い燐光を纏ったことによって湧いた、【勇者】としての確信だった。
リンク視点の話を書くつもりは無かったんですが、ただ魔物への暴力を振るうだけの存在にリンクを位置付けるのは、原作リスペクトとは違うんじゃないかな?と思い至って、今話を挿入しました。内容は原作ハイラル城で読める、「ゼルダの日録」や「ゼルダの研究録」を全力で参考してます。
よって前回では次回から戦闘開始と言いましたが。
ごめんなさい、あれ次話からになります。
※リンクの回想中で「ウツシエの記憶」の5枚目と6枚目が逆転した描写があります。時系列順に並んだ原作とは反しますが、拙作でもリンクにカエル飲ませたいなぁと思ってつい。
※リンクの一人称ですが、過去作「スカイウォードソード」において17.5歳の青年リンクが自分を「僕」と称しているため、『ハイラル王国に仕える【青年】』と紹介されているこのリンクもその一人称を使わせて頂きます。「ブレスオブザワイルド」ではどうやら一人称出てこないので分からないんですよね……知っている方いらっしゃいましたら是非教えて頂きたいです。