回生のライネル~The blessed wild~ 作:O-SUM
雷寝留一伝斎「【厄災】が太刀をかついだら用心せい 」
* * *
放った3本の矢が、『敵』を目指して飛んで行く。
用いた矢は電気の矢。
開戦を告げたジャグアの矢と同じ、雷の力を宿したものではあるが、その造りは全くの別物。「獣王の弓」専用に
この弓を全力で張り、撃った際の鏃の初速は、空気の壁を容易に貫く。
その際、木製の素材で大部分を構成した矢では本体が
だからこそ狩りをするためでも、周囲の魔物へと視認させることを目的としたものではなく、本気で対象を射殺すことのみを目的として用いるならば。「獣王の弓」に番えられるのは、全力で引き絞ったとしてもコントロールを失うことはなく、開戦の矢とは比較にならないほどの速度と威力を込めることが可能となる、この特別に鍛えられた鋼の矢以外に有り得なかった。
空気の壁を斬り裂き、ねじ伏せる。
普通の獣程度の標的であれば例え正面から撃ったとしても、その空気の震えを察知される前に一瞬で全身を爆散させ得るほどの威力を発揮する―― そんな矢が2本。
自身より仰角の位置で弓を構えていた子鬼の射手を、光の刃で斬り落とすために"剣"を振り抜いたことで一瞬の死角を作ってしまったヤツへと向け、直進軌道を描きながら突き進む。
こちらが一斉射する瞬間を、確かに"剣"は見ていなかったはずだ。
通常のモノとは違い、火や電気の力を宿した矢は視認性が高く相手に察知されやすい。不意を打てないこの攻撃では、まず間違いなくヤツの身には届かないだろう。
今までに屠ってきた敵であれば、この矢は必殺のタイミングで放たれている。だが、きっとこれで終わることはないという確信がある。
――次の矢を番えることなく弓を背中に戻し、戦闘が始まってからずっと抜くことはなかった「獣王の剣」を、空いた右手で引き抜く――
飛行する矢が目標へと到達するまでの一瞬の滞空時間。
……案の上、たったそれだけの空白が終わるまでの間に"剣"の強者はこちらの攻撃を完璧に捉え、驚くべきことに迎撃の準備までをも済ませようとしている。
2本全てを避けようとしていないのは片一方の軌道が、直進したならば背後の同行者が身を潜めている大岩へと向かうことを見抜いたからだろう。
雷光が目晦ましとなって目を焼き、もしかすると気付かれないかもしれないと考えていたが、恐らくヤツは、この矢が開戦の時に放たれた矢とは全く異なるモノであることを、何かしらの超感覚で感じ取ってしまえたようであった。
即ち、今度は岩の肌で弾かれず、岩を砕いてなお反対側へ貫ける威力が込められていることを見抜かれたのだ。
光の刃を飛ばすべく振り回していた"剣"を肩に担いだ姿勢のままで留め、まず最初に己の頭部を爆散させるべく飛来した矢を身を屈めることで回避。
そして傾けた顔の先、元いた場所にいたならば当たらなかっただろう位置へと腰を落としたまま半歩踏み込んだヤツは、その担いだままであった"剣"を手首を返して降ろすことで光の刃を飛ばした前までの基本姿勢だった、右腰から斜め下に剣先を向ける構えへと移行。下から振り上げる勢いに任せて、俺の矢に"剣"をぶつけて進路を変えようというのか。
正面から剣の腹を使って受け止めるような、点に対する面の防御ではない。超高速で移動する矢の腹を叩くという、線による点への迎撃。
子鬼が放っていたソレを今まで切り払えたことで、同じ要領で対処できると踏んだのであれば、それは愚かな行為だと断じる他ない。まず間違いなく速度差を見誤って空振りに終わるし、仮に当たったとしても圧倒的な速度を伴った鋼鉄の塊は剣を弾き、さほど距離の離れていない後ろの大岩へと勢いを保ったまま届くことになるはずだ。
その影に潜んでいる同行者が無事である確率は、五分五分と言ったところか。
しかし、これまでの戦いからそんな愚かな対応をするヤツではないことを、俺はもう知っている。
迫る閃光に向かって足の筋肉とバネを十全に生かして立ち上がる様は、何事も無ければさぞ高い跳躍へと繋がっただろう。跳び上がらんばかりの躍動感に満ちた下半身に連動しつつ、腕の振りによって遠心力も加えながらかち上げられた"剣"は、正しく
激突の瞬間、"剣"に『左手』を添えて両手持ちへと変えたのは、矢に与えられた直進する力を正確に見極めた結果、片手の迎撃では弾き飛ばされることを悟ったからに違いない。
ゴドォンッ!!!
……軽い物同士がぶつかったり、一方が力負けして跳ね飛ばされていれば決して鳴らない、重量物同士が正面衝突したような衝突音が響き渡る。威力が完全に拮抗し逃げ場を失くした力が、金属を力任せに引き裂いたかの如き絶叫となって、周囲に拡散していく。
一瞬の交差の後その場に残ったのは、両手でしっかりと"剣"を保持したまま仁王立ちしている人族のみ。矢は空へと進路を逸らされた上、激しく回転しつつもゆっくりとした放物線を描いていた。
「獣王」の名を冠した武具の全力を持って撃ち込んだ矢に込められた、運動エネルギーが完全に殺されたのである。
――ヤツの"剣"を受け止めてなお保持出来るよう、左の二の腕に括り付けた「獣王の盾」の具合を確かめる。しっかりと固定されていることを確認し、4脚に力を込める――
間を置かず、再び戦場に轟音が響く。
今度のそれは"剣"に弾道を見切られて難なく躱された1本目の矢が背後の岩壁に突き立った音であり、その身のほとんどを山の中に埋めた矢を中心に、壁面には大きなひび割れが刻み込んでいた。
……その光景は矢が持っていた本来の破壊力を、実に分かりやすく周囲に喧伝するものであったが、恐らく魔物達の胸の中に、ようやく放たれた【ライネル】の力に対する憧憬の火を灯した者は皆無だっただろう。
射手の役割を与えられていた子鬼の生き残りなどは、日々の狩りや訓練で弓に馴染み、自らと比べてあの一撃にはどれだけの力が込められていたのかをより正しく判断できるせいか、その表情には絶望の色さえ浮かべていた。
(【ライネル】の、魔物最強の一撃でさえ"剣"は正面から迎え撃ち、そして無傷で捌き切った。魔物がどれだけ頭数を揃えたところで、あの存在には太刀打ちできないのではないか? )
……そんな思考と不安が、頭の中を占めようとしているはずだ。
だから、だろう。
やや遅れて『上空』から飛来した3本目の矢によって、ヤツの同行者が隠れる大岩が粉々に爆散した時。
驚いた様子でそちらに振り向く"剣"と同じように、全ての魔物達の視線もまた、その方向へ集中したのは。
――4本の脚に溜めた力を解き放つ。翼の無い己の身体を、それでもなお天高く跳び上がらせるために――
番えられた矢の中で最も遅く目標へ辿り着いた、その最後の矢。
それだけは、ただの無属性である鋼鉄の矢をもって撃ち出していたのだ。
1本目と2本目の電気の矢に期待していた役目はあくまで、"剣"の目を惹き付けて対処させることを目的として放った囮。常時3本で斉射することは容易であるにも関わらず、あえて開戦の時に用いた矢を1本に限定したのは、こうした時のための伏線であった。
"剣"に俺が複数同時撃ちの攻撃手段があることを、ギリギリまで伏せておきたかったのである。
……ただ『3方向同時発射』の技法自体は、同族の戦士達にとっては常識とされている応用射法の一つに過ぎないことが不安材料ではあった。
何しろ考案者は彼こと、前時代の【ライネル】その人なのだ。
弓の名手として名を馳せた彼が編み出し、その知識を独占しない【賢者】然とした姿勢から広く公開されたこの技は、今では戦士の必修技能とすら言っていい。当然先日"剣"によって討たれた同族のジャグアにも、俺自身が教え伝えている。
ジャグアが戦いの中でこの技法を用いた射撃を行っていたならば、姿形の近い俺からも同様の攻撃が飛んでくるかもしれないと事前に警戒される可能性が高かった。
だからこそ山なりの軌道を描く曲射で放った3本目の矢は、出来るだけ気付かれないように無属性の矢を用いたし、何らかの不条理な危機察知で存在を察知されないように、上空からの奇襲として"剣"の頭上に落とすのではなく、布石として離れた位置にいる同行者そばの大岩を狙ったのだが……。
恐らくヤツは2本同時に迫る矢を確認した時、戦いが始まってから射られた矢とは段違いの威力が込められている様子と2倍に増えた手数から、それが放たれた攻撃の全てであると錯覚したのだろう。雷光を纏わず、自らに向かってすらこず、初めから視界の外に消えていた矢など、目の前に迫る脅威への対処を思えば考慮すらしていなかったとも考えられる。
……もしかすると3本目の存在に警戒は怠っていなかったにも関わらず、同行者のいる方角から聞こえた爆音に我が身を省みず振り向いてしまっただけなのかもしれないが。
だが、もはや理由などは
大岩が、立てかけられて盾とされていた大鬼の死体ともども吹き飛び―― "剣"が目の前の俺から完全に視線を外している。
幸運にも同行者に目立った怪我は無かったようだが、その身を隠す遮蔽物が無くなった状態を認識して、動揺すらしている状態であることが、空中から俯瞰している俺にも分かった。
――宙に身体を打ち上げていた力が消え、重力に引かれて落ちる前に覚える一瞬の浮遊感が身を包む。特殊な射法によって勢いと破壊力を保っていた鋼鉄の矢とは違う。そしてそれは、目的地についても同様である。
矢は大きな弓なりの軌道をとって大岩へと突き立ったが、より高く、より短く、重力に引っ張られ続ける加速を加えながら落ちる俺が向かう先は…… ――
ヤツの同行者がこちらを見上げ、声を上げている。
その声を切っ掛けに、自らに向かって急速に濃度を増す影を落としている存在に気付いた"剣"が、とうとうこちらを見上げた。
再び重なる"剣"との視線。
恐怖も憎しみも感じられない、しかし気力が充溢していることだけは伝わってくる透明な瞳。
こいつがどんな想いを"剣"に込め、それを振るっているのかは知る由もないが……
理解する必要もまた、ない。
俺は何ら躊躇うことなく眼下の脳天へ向け、「獣王の剣」を落下の勢いのままに叩きつけた。
※原作においては「3方向同時発射 」の現象は武器ごとに宿る特性となっておりますが、いざ文章にすると『その時ふしぎなことが起こった 』りしない限りは説明が難しいので、拙作では「同時発射は個人のスキル。特定の武器はあくまでその使用法が可能な造りであるに過ぎず、必ずしも番えた矢が分裂するものではない 」と解釈させて頂きます。
ゲーム中は消費1本分で複数同威力の矢飛ばせるなんてスゲー!で良いんですが、道端に落ちてたら拾える、店には在庫制限つきで売られているなど、矢本体は属性の有無に関わらずかなりしっかり物質化してます。マジカルな矢では無いのです。
同じく1本の消費で「2方向同時発射」が可能な、イーガ団の構成員が使用する「二連弓」などは、その説明文にがっつり『一度に2本の矢を撃てるような工夫がされている』って書かれてますしね。