回生のライネル~The blessed wild~ 作:O-SUM
~勇者と厄災の初戦闘の軌跡~
①主人公、リンクに格下を襲わせている隙に不意打ちで全力の弓を撃つ。
②その中の1本で、こっそり非戦闘員であった姫様が隠れていた場所を壊し、丸裸にする。
③心配で思わず姫様に振り返ったリンクに対し、今度は上空から再び剣による不意打ち。
※勇者の名の元に、全ての行いは正当化されます。
* * *
二又に裂けた刃が地面を砕き、岩盤を抉り削った確かな感触が剣を握る手に響く。
活火山地帯ゆえに頻繁に起こる地震に耐え抜き、今も大峡谷として存在する土地の一角は、この一撃で崩落するようなことこそ無かった。けれど剥き出しの固い地層は衝撃を強く伝播させてしまったようで、無造作に転がる岩を跳ね揺らし、近くにいた魔物が足を取られて転倒する姿が視界の端には映っていた。
柄の長い槍ではある程度加減しなければならないが、最も信頼する武器であるところの「獣王の剣」ならば渾身の力を込めた叩き付けを行うことに躊躇はない。
……かつて"剣"を想定した模擬戦闘で振るったものとは似て非なる、この威力に晒されるはずだった本物の"剣"はしかし、その殺傷範囲に留まらず、直前で逃げ果たしていた。
ここは東の大集落があった雪原ではない。火山そばの峡谷であり、吹き抜ける熱風によって草木もロクに育たないような不毛の岩石地帯である。降り積もる雪も無ければ、植物を育む土壌となるべき土すら乏しい。衝撃に舞い上がって視界を遮るようなものはなく、砕け散った砂や破片と化した矢の残骸も風にさらわれ、風下へと速やかに流れて行った。
それゆえに"剣"の行動を追うことは容易く、俺の奇襲を迎撃せず避けることを選択し、その方向へと駆けていくことが分かった時、これからの戦況を俺の思惑通りに進めることが出来ると確信した。
そう、確信である。
周囲の魔物達は俺の射撃が捌かれるや否や、明らかにその士気を落ち込ませていた。
射掛けられる弓や寄せる戦士の勢いが目に見えて鈍った雰囲気の変化から、俺が魔物達の精神的な支柱であることを、コチラ側の戦意を削る戦い方を熟知し、徹底していた"剣"が読み取れなかったはずがない。
ならばこそ、空中で方向を変えられない状態であった時や、剣を全力で地面に叩き付けて無防備であった瞬間の俺は、魔物の戦意を決定的に挫く上で絶好のタイミングであり、それを意識するならば必ず攻撃をしなければならなかったはず。
しかし、現実の結果は違った。
万が一当てが外れた時に対応できるように"剣"が方法を選択する猶予を削るように立ち回りこそしたものの、ヤツはそのとっさの選択で魔物を『攻撃』せず、逃げた方向の先にいる存在―― 同行者を『守る』ことを選んだのだ。
この情報が決定的だった。
同行者に戦闘能力が無いことは"剣"が長らく単独で立ち回っていたことから透けてはいたが、こちらの統率を崩壊させ得る攻撃の機会よりも、そのわずかな間に無防備となった同行者に向けて、他の魔物が1本でも矢を射掛ける危険の排除を優先したという事実。
まさか、魔王を封印した伝承を持つ自らの"剣"の価値を知らないワケでもあるまい。
例え同族であっても、より大切なモノのためには切り捨てなければならないものがある。"剣"が魔王に抗するために人共にとって不可欠な存在であるならば、近しい者を犠牲にしてもこの状況を突破し得る選択肢を選ぶべきはずだ。
そんなことも分からない者であるなら、我らの頂点である魔王にはどのみち敵うはずもないだろう。
――だから、"剣"の行動が導く結果はただ一つ。
あの同行者は『魔物に攻撃する術がないから守る必要がある』というだけの小さな存在ではない。『人という種を守護する力である"剣"と比べてなお、優先して守らなければならない』ほどの重要な存在なのだ。
……だからといって、今の段階で"剣"より優先して同行者に攻撃をより一層集中させるというのも、あまり賢い手段とは言えなかった。
仮にまさしく封印に関して必要不可欠な存在であったとしても、それが他の者でも引き継げるような役割である可能性は否めないのだ。戦士としての目でしか評価が出来ないので難しいが、現に改めてその同行者を観察してみても、"剣"が特別な反応を示す対象であること以上には何ら特別な印象を持つことが出来ないでいた。
もし替えが効くようなモノだった場合は最悪だ。
戦況を読み誤らせるほどに"剣"の動きを制限できる貴重な足手まといをわざわざ殺してやった上、ヤツを縛っている行動の枷を取り払わせることになりかねない。
これまでの魔物達が命を懸けて行った牽制や攻撃が、ヤツに傷を付けられないまでも迎撃を強いらせ、ある程度の消耗をもたらすことが出来たのは、あくまでその攻撃の向かう先に同行者がいたからだったのはもう間違いない。
その足を引っ張ってくれていた者を排除してしまっては、ヤツはコチラの攻撃を真正面から捌く必要が無くなってしまう。
これまででも人族の限界を超えるような体力や敏捷性、反応速度、そして異常な攻撃力を発揮してきた"剣"が、枷を外して制限無しに暴れるようなことになれば、他種族の戦士達では斬られることで"剣"の切れ味を少しでも鈍らせる肉袋―― そんな役割以上の意味を持たせてやることが出来なくなるだろう。
"剣"は表情を震わすことなく、単騎で魔物の死体を山と築くことが可能な人族だ。
過去これほどの魔物が団結したことはないのではないかと思える規模と密度を誇る軍勢をもってして、半数以上の犠牲を払っても傷一つつけることは叶わなかった以上、"剣"が全力でその暴威を開放した場合の被害は甚大なものになるに違いない。
そして蜥蜴の戦士達が全滅した以上、あの疾さで戦場を離脱される気でも起こされたならば、追いすがれるのは数少ない同族達しか残っていない。子鬼や大鬼達ではヤツの速さに追いつけるはずもなく、障害物も多いこの地ではそのまま逃亡を許してしまう可能性も大きいだろう。
そしてそれは、この犠牲を払いに払った戦争の失敗を意味する。
この"剣"の主が、現代に【大厄災】をもたらす先触れ足る力を持っているのは既に明らかだ。そしてこの者のレベルに"剣"を操れる人族がいることもまた考えにくい。
そしてこの場で"剣"の主を討ち果たせたならば、伝説に語られる忌まわしい存在であっても所詮は武器でしかない"剣"自体は、我々が人目の及ばない場所まで持ち去ってしまえばいいのだ。仮に破壊することが出来なかったとしても、それだけで魔王の封印を成す手段の一つは永遠に人共から失わせることが出来る。
――だから、今優先されるのは同行者の殺害ではない。
むしろ貴重なその足手まといの存在を如何に活かすかを考えるべきだ。
差し当たって、まず早急にやらなければならないことがある。
同行者を匿える場所を探しつつ、こちらの出方を窺っている様子の"剣"は、先手を打って攻撃をすることが出来ない様子。
その予想を裏付ける反応に満足しながら、俺は全力で肺に空気を吸い込んだ。
身体に取り込むモノは、もちろん大気を構成する空気ばかりではない。
魔物には、自然の仕組みに沿わない現象を起こすことが可能な種族が数多く存在する。あの蝙蝠の魔物は火・雷・氷のそれぞれ異なる属性を身体の周囲に常時纏える種であるし、蜥蜴の魔物もそうした3属性を角や体内に宿し、対外へ攻撃手段として放出する特徴を有している。
我らの種もまた、そんな超常の力を宿す存在ではあるが、先に挙げた2つの種と比べるとあまり応用が効く異能というわけではない。宿すことの出来る属性は一つ。それも基本的には口腔内に蓄えた魔の力を炎に変え、吐き出せるというだけだ。
他の種に勝る利点を上げるならば、体外の空気中からも魔力を集めることで力の規模を跳ね上げることが可能ということ。
吸い込み続ける空気に俺の『力』が混ざり始める。
それに影響を受けた空気中に漂う魔素というべきものが、やがて視覚化するほどに密度を高め、吸引する空気の流れと共に俺の体内に取り込まれ始めた。
種が有する『力』の方向に沿って赤く、熱い光の筋となって口内に満ちていく。
俺が接近戦では決して使えないだろう短くない時間をそうして掛けている間も、後ろに控える魔物達の出方が分からず"剣"は動けないでいた。
まだいける。まだだ。もっと――……
かぶりを振ることで肺に詰め込まれた空気を口内に送り込み、身体全体で作った勢いと共に前へ突き出した口を開く。
そして留められる限界量まで蓄えた灼熱を含んだ吐息を、警戒を高めていただけの"剣"に向けて解き放った。
ごぉん!!
"剣"の方向を見据える視界を完全に塞ぐほどの大きさの火炎――俺の身体を丸々隠すほど―― が、吐き出す吐息の勢いのままに放射される。唐突に目の前で発生した火炎に押し退けられた空気が、何かを爆発された音と共に俺のたてがみを強くなびかせていく。
溜め込んだ力の全体で見れば、1/3ほどのエネルギーが込められた量を吐き出したところで一旦口を閉じる。大振りの肉を噛み切る勢いで噛み締めた歯によって、後続を遮られた炎の奔流は火球を形成し、吐き出された勢いのままに飛んで行く。
そして間を置かず2度、3度。同量の力を込めた火球を発射した。
ごん!! ……ごぉんっ!!
1発だけならば、ヤツの光の刃による相殺も叶うだろう。だが、続けざまに放たれた3発の火球ならばどうなるか。先程の戦闘でみせた攻撃の間隔にごまかしが無いならば、絶対に間に合わせることは出来ない火球の連続攻撃だ。
炎に慣れた俺の顔すら焦がしかねなかった熱量の塊は、実体の"剣"では斬り裂けず、触れようものなら人肌程度は容易に溶かすだろう。
1つめの火球で山を下る道へ続く空間を潰し。
2つ、3つめの火球で同行者を隠せる空間を火で満たす。
直接自分達の元へとは飛んで来ない火球を見逃していた"剣"が、背後に庇った存在の無事を考えようとするなら、取れる行動はたった一つ。
(……そうだ。そうせざるを得まい、"剣"よ。この攻撃を受け損なえば、お前の守る者は失われるのだからな! )
自分達が陣取っていた空間を満たそうとする炎から逃れるように、同行者の手を引きながら広場の先、切り立った峡谷の山頂に至る道へと『逃げ出す』"剣"の姿を見て、心の中で快哉の溜息を漏らす。
その背中を見送った後、"剣"が単身で戻ってくる様子がないことを確認した俺は、懸念であった背後に控える者達へと振り向いた。
傾いた夕暮れの日差しが背の高い切り立った岩山に切り取られ、戦場となっていた広場へとまだらの影を落としている。
それはいくつかの魔物の体にも被さっていたが、自然の摂理に逆らい、燃やすモノが無くともある程度は残り続ける俺の炎によって、生き残った魔物達の顔色を窺うことは比較的に容易だった。
全ての生存者達の視線が、俺に集まる。
夕暮れと燃え盛る炎によって照らされた彼らの顔は、……皆一様に
* * *
彼らの顔が実に間の抜けた表情を浮かべていることが分かった時―― 俺の胸には、強い安堵の気持ちしか湧いてこなかった。
わずかに存在する若い同族すらそんな顔をしていたのは
それだけ彼らの目の前で、【ライネル】の「攻撃」が正面から防がれる光景を見せつけるということは危険なことだったのである。
これまでの"剣"の実力を踏まえれば、こちらが勝ったとしてもその決着が一撃で決まることは考えにくかった。そしてその攻撃を防がれようものなら、『【ライネル】が動けば俺達は勝てる』と信じて戦っていた魔物達の士気を崩壊させることになっただろう。
今こうして魔物達が困惑こそあれ、致命的に戦意を失っているわけではない状態に収まっている理由はただ1つ―― かつての大戦士。ベガルトが一撃で葬られたことに他ならない。
いくら老いたりといえども、同族の中でも抜きん出た戦闘経験を持つベガルトである。確かに"剣"の光刃は予想外の一撃ではあったが、正面から向かい合っていたベガルトならば最低限、刃が身体に到達する前に掲げていた剣をその間に差し込ませることは可能だったはずだ。
そうすれば最終的には力負けしていただろうが、何合か剣を打ち合わせることも叶っただろう。
しかし、そうはしなかった。
最初に突撃した子鬼のようにたった一撃で首を裂かれ、何も出来ずに討たれた。
過去【賢者】に最も迫った大戦士のあっけない死は、【ライネル】という切り札が控えていると覚えていたとしても、その勇名を知る同族や魔物達にもたらした衝撃は尋常ではなかったはずだ。
その衝撃があったからこそ、直後に起こった『【ライネル】の「攻撃」が正面から防がれた』事実の認識を遅らせ、続く『大戦士すら殺された"剣"の間合いに飛び込んでも生き残り、加えて"剣"を退かせてみせた【ライネル】』の光景を目撃させることに繋がったのである。
彼にも大戦士としてのプライドがあっただろう。生まれついての強者として、神話に語られる脅威と思う存分剣を交えたいという欲求もあったはずだ。
しかしベガルトはその全てを飲み込み、積み上げた名声と矜持を命ごと丸めて放り捨てることで【ライネル】の敗北を薄め、【ライネル】の力を強調させることを選んでくれた。
既に地に伏せ、血の海の中に顔を沈ませたままにしているベガルトの遺体を見て、思う。彼が【賢者】と並び称えられたことは、決して過剰ではなかったのだ。
……だが今は、その偉大な先達の体を丁重に葬る時間はない。
これまで払った多くの犠牲とベガルトの献身に報いるためにも、"剣"とこれ以上距離を離される訳にはいかないのだ。ここに留まっている理由はもはや無かったが、未だ感情と理解が追いついていないままである魔物達を置いて行ってしまっては本末転倒である。
もちろん多くを語る必要もない。
今、この場を支配し、動かすことが出来るのは"剣"ではない。その脅威を実力で遠ざけてなお生き残っている俺が、【ライネル】だけが状況を作れるからだ。
だから一言だけ告げた――「行くぞ」と。
後は何も言わず"剣"が登った道に足をかけ、振り向かずに走るだけで良い。
そのまま峡谷の頂上を目指し、駆け上がる。
――間もなくして、生き残りの戦士達は俺の後ろを追いかけるように走り出し、争うように鼓舞の雄叫びを上げていた。
* * *
いくつかの曲がり角を経て、徐々に斜度がきつくなっていく道とも言えない道を登った先に、"剣"はいた。まだ峡谷の頂上へ至るにはもう少しという場所ではあったが、"剣"はそこに1人で立っていた。
見渡した限りの視界に、同行者の姿はいない。近場に隠れられそうな岩が無いところから察するに、恐らくは"剣"が足止めの役目を果たすことで、先に頂上へと逃がされたのだろう。
こちらが狙いを本格的に絞ったのを察して対策を打ってきたということか。見ればヤツが立っている位置は、あの広場から頂上に至る道の中では比較的道幅は広いものの、迂回するには狭く、よじ登るにはやや厳しいくらいには高い岩壁に面していた。
これでは壁面を登ろうにも道幅が狭いがため補足されるのも容易だろうし、光刃を飛ばされて落とされるのが落ちである。そして切り立った峡谷であることが災いして、ここまでの道のりで頂上へそのまま登れるような、緩い山肌はここまでになかった。
つまり、あの同行者には目の前の"剣"を倒さない限りは手出しが出来なくなってしまったということだが…… 今ここに至っては、大した問題ではないだろう。そもそもあの同行者へ俺が攻撃を仕掛けたのはヤツを強引に退かせるためであり、どうしても弱い者から仕留めなければならないということもない。
反応からして九分九厘、あの同行者は魔王の封印に関わる重要な存在であるはずだが、そうではない場合もある以上、目の前の"剣"がこうして戦場に張り付いてくれるなら、それはそれで構わないのだ。
ヤツが担いだ"剣"を振り抜く。
目標は当然、群れの先頭を駆ける俺。だがもちろん、ベガルトと違って素直に斬られてやる理由はなかった。手に持ったままの「獣王の剣」を、体を隠すように掲げた。
光が刀身と重なった瞬間こそ、強い衝撃を受けたが―― 結果は輝きが弾けるだけに終わり、俺はもちろん、剣にもろくなダメージが残ることはなかった。
いくら同族に致命傷を負わせ得る攻撃力を持った一撃とはいえ、普通の魔物の肉体を貫通させることなく消滅する類の攻撃に過ぎない。
そんなものでは、「獣王の剣」を抜いて俺に攻撃を届かせることは不可能だ。
再び沸く魔物達の歓声。細められるヤツの眼差し。
切り払った残光を抜けて、"剣"に向かって駆ける速度を上げる。
左手の盾、右手の剣。
武具を握る掌へと、常と変わらない頼もしさを返してくれている。
交差の瞬間、"剣"と剣を打ち合わせた。
淡い燐光を僅かに漂わせた"剣"と切り結んだ時、握り込んだ手にはかつてない衝撃が跳ね返ってきたが、それでも「獣王の剣」は"剣"を跳ね返し、自身もまた折れずに俺の手の中に納まっている。"剣"と【ライネル】は戦える。その証を、俺が最も信頼する武具はその身で示してくれた。
――胸に宿った『熱』が俺の胸を強く、強く焼き続ける。
滅多なことでは上げない『雄叫び』を響かせている、自分の声に驚きながら。
この『熱』を、どこか歓迎している魔物としての自分がいることを自覚した。
吐き出す火炎のカッコイイ擬音は【ごん】。
私はそれを名作『うしおととら』で学びました。
それにしても進んでないな……。
※【ライネル】の攻撃は、基本的に原作ライネルの攻撃パターンを参考にしてます。
火球生成の下りは捏造設定ですが、原作における溜め動作中、吸い込まれる空気が既に炎の筋を発生させていることから、体内に火炎袋があってそこから吐き出しているのではなく魔素的なものを空中から取り込んで炎に変換し、吐き出しているのでは? と妄想しております。
理屈のイメージはゴジラの放射火炎ではなく、ゾイドの荷電粒子砲です。