回生のライネル~The blessed wild~   作:O-SUM

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○前回のあらすじ

 北西地方連合魔物軍、【ライネル】を残して全滅


賢者のバラッド ~称号の行方~

   * * * * *

 

 

 ――オルディン峡谷の地で行われている、四英傑を率いる「勇者」と魔物を引き連れた「白髪のライネル」の戦いが、いよいよ終局に差し掛かろうとしていた頃。

 

 大陸中央の端、人族が設けた関所近く。

 【はじまりの台地】を見上げる地にて時同じくして行われていたもう一つの戦いは、彼らの決着を待たずに終わりを迎えようとした。

 

 

 

 南西、そして東の一部地域より集まった魔物混合軍―― およそ200体。

 人族連合軍―― およそ2000人。

 

 人数差は約10倍。

 数字の上では人族が圧倒的であったが、集まっていた魔物の中には後天的に高い魔力を蓄えたことによる『色変わり』を果たしていた個体が数多く存在していた。

 

 『色変わり』した魔物はその個体によってムラがあるものの、通常色と比べればその体は例外なく強靭であり、より高い知性を有している狡猾な個体も多い。そうした魔物達の優れた知性をもって作られたと思われる凶悪な武具は、時に人が造ったソレを大きく上回る殺傷力を発揮することも珍しくない。

 

 加えて非常に高い危険度を持つ「半人半獣の魔物」が数体、その戦場では確認された。

 

 ライネル族―― あらゆる武具を人族を遥かに凌ぐ力で操り、馬と並ぶ速度で大地を駆ける獣王。炎や氷、電気に対する抵抗も高く、魔物の中でも特に強力な存在として有名である。単体を討伐するにも相当な準備をしなければならない魔物が数体、しかも中には発見例すら希少な『色変わり』をしている個体も存在していたのだ。

 

 魔物の勢力が有する陣容を考えれば、10倍の人数差といえど決して人族有利の戦いになるはずがなかった。

 

 

 ……しかし戦いの趨勢が決まった今。

 戦場で圧倒的な劣勢を強いられ、追い詰められている軍勢は魔物側であった。

 

 

 明暗を分けたのは、3つの要因。

 1つ―― 一部の兵士が持っていた黒塗りの武具。

 「近衛」を冠するそれらは戦場に存在するあらゆる武器に勝る威力を発揮し、従来の剣では耐えられたはずの『色変わり』が持つ硬い外皮を易々と斬り裂いた。

 

 2つ―― 砲台型ガーディアンの戦線投入。

 かつての古代ハイラル王国が、対厄災用兵器としてシーカー族の技術を用いて作り上げたという決戦兵器。再び訪れた厄災復活の危機に際してハイラル王家主導の元、現代に発掘されたそれらは歩行型や飛行型などの様々な形態が確認されており、当時の用途も多岐に渡っていたことが予想されている。

 しかし、この戦場に歩行型と飛行型は存在しない。

 あらゆる地形を走破する多脚を動かす機構や、半永久的に空中からの偵察・攻撃を可能とするプロペラの復旧が間に合わなかったのだ。

 

 だからこの場にあったのは砲台型と呼ばれるガーディアン、ただ1種類のみ。

 あまりの重量ゆえに持ち込まれた数は僅かに2機。専用の荷車と相当の人数を移動に要するために戦闘中は一切動かせず、自ら動くことも出来ないために攻撃を回避することは当然不可能な代物である。唯一の攻撃手段たる「レーザー」もまた、完全に機能を復旧させられなかったために本来想定されるほどの連続使用は出来ないでいた。

 ……挙げればキリがないデメリットを廃してまでそのガーディアンが投入された理由。それはその「レーザー」が、現代のどんな武器の追従も許さないほどの破格な性能を発揮したからである。

 弓を遥かに超える射程。まばたきの間に遠方へ到達する速度。

 そして太陽の光を束ねているとしか思えない、莫大な熱量を誇る熱線。

 

 一度(ひとたび)ガーディアンからその閃光が撃ち出されれば、炎熱に高い耐性を誇るはずのライネル族を含めたあらゆる魔物が光の矢に身体を貫かれ、地面に屍を晒していった。

 

 

 そして最後の3つめは――

 この戦場に、大陸を席巻する多種の人族の中からさらに選び出された最強戦力であり、戦闘に際して非常に優れた特殊能力をその身に宿す者達。

 

 その名も高き、【四英傑】が揃っていたことに他ならない。

 

 

 

   * * * * *

 

 

 

 首を巡らせて戦場を見回す。

 ただそれだけの動作を自分の身体にさせるために、どうしようもない疲労感を覚えたのはこれが初めてかもしれない―― 「これが老いというものだろうか 」などと、思わず現実と関係のない言い訳染みた考えを浮かべてしまう程度には、見て取れた戦況はコチラに受け入れ難いものだった。

 

 (……どうやらこの戦場の趨勢は、もう決まったらしいな…… )

 

 黒塗りの剣によって腹を裂かれた青の大鬼。

 謎の閃光で薙ぎ払われ、肉の焦げた匂いを周囲に撒き散らしている子鬼の群れ。

 褐色の肌をした人族が指先より放った雷撃によって(したた)かに焼かれた眼に飛び込んでくるのは、辺り一面に散乱している仲間として率いてきた魔物達、その変わり果てた姿ばかりであった。

 

 ……認めざるをえないのだろう。

 この戦はもう、我々の負けだ。

 

 私の周囲に、もう立っている魔物はいない。

 つい先程まで肩を並べて戦っていた、あの東の大集落から駆けつけたという歴戦の風格を纏った黒の大鬼は、魚の特徴を持った人族との激しい剣戟の末、胸を貫かれたことで決着となり、今はもう(たお)れて動かなくなってしまった。

 

 最も自分が頼みとしていた弓も既に手元にはない。あの謎の閃光を目を模した箇所から乱射して、コチラ側に大損害を与えていた一つ目の化け物を2体とも破壊するために、全ての矢も使い果たしてしまった。

 

 ヤツが放つ光は恐ろしいまでの射程と速度を発揮し続け、当たろうモノなら全ての魔物が持つ防御を貫くような代物だった。最優先で戦場から除かねばならない対象ではあったが、我ら一族の脚を持ってしても迂闊に近寄るわけにはいかなかったにも関わらず、外殻は鋼鉄を超えるような強度を誇っていたのである。

 恐らくは太古の技術で作られた"無数の自動兵器"と呼ばれる存在が、アレなのだろう。神話の言い伝えに言い含められるのも頷ける脅威が、確かにアレにはあった。

 最初こそ当たり所が悪ければ【賢者】の矢であっても弾かれる様を見て、矢では倒しきれないかと危ぶんでいたが、閃光を撃ち出す目と思われる部分に矢を撃ちこんだ時、発射の間隔が大きく開いたのをみて、そこが弱点であると看破出来たのは幸運だった。

 

 しかしその箇所は回転して胴体を軸に回転し続けており、的自体も小さい。本体は動けない様子ではあったが敵の陣営最後尾に位置している。加えて自動兵器の攻撃速度と範囲を考えた上で、躱し切れる距離から狙い撃てる技量を持った射手は全ての魔物を見渡しても、私を除いていなかった。

 

 それでも弱点を見つけてからは、2体のうち1体を撃破することは比較的容易であったのだ。残りの矢から逆算し、もう一つを倒してなお矢を余らせることは可能であると、確信もあった。

 私という戦力が自動兵器への攻撃に専念さえ出来れば、それ以上の魔物への被害を最低限に抑えることは難しくなかっただろう。

 

 しかし、そこに横槍を入れてきたヤツらがいた。

 身体を包む装飾の一部に、青空を切り取ったような鮮やかな蒼色を入れて意匠を統一していた4体の人族。恐らく自動兵器を破壊した私を、この戦場で最も危険度の高い魔物であると考えたのだろう。

 こちらの計算を狂わせる誤算だったのは、そんな魔物の行動を止めようと挑んできたヤツらが弱いわけもなく、その4体が1体1体でも十分な警戒を要するほどの強者であったことだった。

 

 翼を持つ人族には上空より私に勝るとも劣らぬ弓術で牽制を仕掛けられ、自動兵器の目の正面に回り込んだり、弓を射掛ける好機を潰されたことは一度や二度ではない。

 褐色の肌をした人族や魚の特徴を持った人族は、片手剣と槍でそれぞれ分かれた独特の闘い方をしながらも、見事に連携させた動きで死角から懐に潜り込んでくる場面が多々あり、弓の各所に備え付けていた刃だけでは対処し切れず、仕方なく火炎の剣と盾に持ち替えなければならない対応をたびたび迫られた。

 ……もちろん、そうして時間を稼がれている間に魔物の群れへと打ち込まれた閃光によって、数多くの魔物の命が奪われ続けていたのは言うまでもないだろう。

 

 そうした牽制の矢と連携攻撃を全て無視し、攻撃を受けるままに射続ける選択をしたのは、無駄に撃たされた矢の残りが、自動兵器を倒すためにはギリギリの本数まで減ってしまったことに気付いたからであった。

 そして閃光の発射部位を完全に潰したと確信が持てるまでに破壊できた直後、地表を高速で回転しながら近寄ってきた槌のような大剣を持った人族が、その勢いのままに振り下ろしてきた得物によって、盾として構えた弓は粉々に砕かれてしまったのである。

 

 ――既に、勝敗は決していた。

 黒い武具の前に力ある魔物と人の個体差は縮まり、人数差がそのまま戦力差となった時から。

 戦場に複数投入された自動兵器の登場によって、弱い魔物も強い魔物も隔てなく一撃で焼き払われる光景が生まれた時から。

 【賢者】に匹敵する戦力を持った人族が、同時に4体この戦場集まっていた、その時から。

 ……そして何より、それらをひっくり返し得る【ライネル】がこの戦場に来援出来なくなったことが、彼我の明暗を決定的なまでに分けることとなった。

 

 自動兵器は破壊した。しかし私に出来たのはそれだけで、そしてそれだけでは駄目だったのだ。

 【賢者】に出来るのは、当面の危機から周囲の者達を助けるまで。魔物達に本当の意味で希望を与え、死力を尽くさせることが出来るのは、【ライネル】の称号を持つ者だけである。

 

 今の私は【賢者】であり、もう【ライネル】ではない。

 

 (あぁ、しかしまぁ。あの時の生意気な小僧が、今の【ライネル】なのだなぁ…… )

 

 剣と槍によって全身に刻まれた傷跡からは、今も途切れることなく血は流れ続け、手足の感覚は朧になりつつある。背中に刺さる幾本もの矢が(くさび)のように筋肉に打ち込まれているせいか、身体を動かす度に引きつるようで何とも億劫だ。

 

 けれど、こんな時になって思い出していたのは、既に現役をとうの昔に引退しているべき年齢であったにも関わらず、まだ【最強】の称号を手放せずにいたあの頃。

 チカチカと明滅する意識は今にも途切れそうだったが、あの日の記憶は今も胸に蘇る鮮烈な輝きをもって、【ライネル】だった頃の私を想起させるのだった。

 

 

 ……何となくだが、わずかな力が戻ったような気がした。

 

 (アレと出会ったのは私が【ライネル】を名乗るようになってから、どれくらいの時が経った日のことだったか……? )

 

 唯一残っていた武器である火炎の剣を、両手で握り直す。

 本来は片手剣であるが弓を失った自分に残された武器はこの一振りだけだったし、黒の大鬼が持っていた棍棒を拾うためには一度身を屈める必要がある。

 その後もう一度身を起こす力が残っているかと言えば、あまり自信が無かった。

 

 ぼんやりとした視界の中で、4人の人族が武器を手にこちらへ注意を払っているのが見える。私のなけなしの戦意に反応したのか、その表情と立ち振る舞いからは隙らしい油断を見つけることは出来ない。惚れ惚れするほどに、彼らは戦士だった。

 

 それでも。

 もう勝負が着いた戦いであっても、かつて【ライネル】を名乗った私は、もう少し踏ん張らなければならない気がしたのだ――

 

 

   *   *   *

 

 

 【ライネル】―― それは当時最強だった者を決闘で下して勝ち取って以来、永い時を共に駆けた二つ名だ。

 武の頂点を指して呼ばれる言葉の響きとその名に込められた敬意を受けることは、戦士に属する一族の者にとって最高の栄誉であることは間違いなく、そこに愛着こそあれ、忌避を感じていたなどということはない。

 

 ――しかし良い加減。

 自分だけが抱えるには本当に永過ぎる時の間、その称号は私と共にあったのだ。

 

 加齢による力の衰えを感じるなか、周囲に(はべ)るばかりで未熟な力しか持たない若さを嘆きながらも妬み、そんな有象無象にくれてやれる頂点ではないのだと、身の程知らず達を必死になって蹴散らせていたのは、そう感じた時よりもまだまだ昔の話。

 問題はそうやって過ごし続けていつの間にか、普通ならば現役を既に引退しているはずの年齢に至った頃になってなお、まだ私が【ライネル】と呼ばれているという事態を認識した時。

 

 そう。

 その時になってようやく、私は気付いたのだ。

 

 

 あ。やらかした? ――と。

 

 

 ……我らは他の種族と比べて、突出した戦闘力を誇る魔物だ。

 雌雄問わず生来備わる力であるからして天敵らしい天敵が存在しないため、戦闘に特化して外敵を打ち払うことを主な目的とする『戦士』という役割は、実はそれほど熱心に求められる存在ではない。

 

 生まれ持った暴力を十全に使いこなしたい者、己こそが『最強』であると認めさせたい者、ただただ「闘う」ことで得られる何かを求める者―― 。

 他の種族ではどう呼ばれるのかは分からないが、今時の同族にとっては大なり小なりそういった力や名誉に酔った変わり者達を指す存在こそを『戦士』という言葉で呼んでいた。

 

 それは慢心ではなく、歴然とした種族の優越から生まれて当然の傲慢であると思う。

 そんな者達の表現に一部では『戦士』が使われるようになった時代の流れを否定する気はない。事実として我らの一族が本気で闘争を行えば、まともに抗うことの出来る種族など同族を除いては本当にわずかにしか存在しないのだから。

 

 

 ――しかし、だ。

 そんなあやふやな動機で志される場合の多い戦士も、それらが力のみを信奉するただの腕自慢が属するばかりの集団であると断ずることは、決して正解でもない。

 

 1つ例を挙げるなら。

 他の魔物が我らを他の種族と呼び分ける上で、最も多くの場合に用いるものに「魔物の中でも最上位の武と智を備える魔物」という言葉がある。

 直接我らのことを知らずに生きてきた魔物であっても、こう言えばほとんどの者は我らの種族を指していることが分かるのだ。

 『武』は彼らにとって、特に強力な力を持つ戦士を指して用いることが多い。

 そんな言葉を、なぜ我らを表す際に高い知性と並び用いるのか。

 

 もちろん我々がおしなべて、質の良い筋力や戦闘に優れる能力を多く有する特性を持っていることを端的に挙げていたり、単純に強者へのおもねりという意味合いもあるのだろう。しかし、それが出所の所以(ゆえん)ではない。…… その始まりは古代より魔物の世に伝わる、口伝の伝承にあった。

 

 

 

 それは過去何度となく訪れ、魔物の世界を襲ってきた脅威を綴る物語。

 魔物を滅ぼし、魔王をも封印し得る強大な力を持つ【厄災】が現れた時代において、魔王の前に幾度となく立ちはだかり続けたという当代最強の魔物がいた。

 彼は魔王の魔力によって無から創造された生命体ではない。

 しかし野生を生きていた彼は、大陸を満たす魔力が数多くの魔物達の活力となっていたことを知っており、その源であるところの魔王が討たれることを良しとしなかったのである。

 

 ある時は山で、またある時は森で。河で、林で、谷で。

 時代を越えて幾度となく現れる【厄災】に対し、彼に連なる者達は何度なく立ち上がったという。

 

 やがていつの頃からか。

 全ての災いから魔物の世界を守護するために『武』をもってソレと対峙する最強の頂点へ、最初の彼の名を戴いた称号が贈られるようになった。

 彼なら、救ってくれる。

 彼なら、守ってくれる。

 彼なら、倒してくれる。

 彼ならば―― 

 彼ならば――

 

 ―― 魔物達は【ライネル】と、畏怖と敬意を込めて彼の名を呼び続けた。

 

 

 

 …これが昔から伝わる、【ライネル】発祥の物語。

 この称号を持つ者には他より抜き出た力を持つことが最低限求められるが、最も重要なのは、ただ神話に謳われる始祖の伝説に対し、純粋に命を燃やせる心の有無だと私は思っている。

 力に対する責務を自覚できる者こそが我らの一族を代表する『戦士』であり、【ライネル】の名を継ぐべき者なのだ。

 

 だが時が流れて世代を重ねるうち、【厄災】を思わせる危機が魔物を襲わなかった時代が長く続いたせいだろうか。【ライネル】の名の意義は形骸化し、ただ当代最強の者に与えられる勲章として残るのみとなってしまっている。

 私自身、この物語を他の魔物達から聞き、先代の肯定を得る機会に恵まれなかったならば、その責任を自覚して引き継ぐことが出来ていたかは分からない。

 時の流れは、他称されてこそ意義のある称号に込められた誇りを、当事者である一族にだけ忘れさせてしまっていたのである。

 

 だからこそ当代の【ライネル】である私だけは、その意義を守り次代へと繋げていかなければならなかったのに。

 

 ……ただ未熟と断じて若者を叩いてきた失敗にようやく思い至り慌てて周囲を見回しても、もちろんと言うべきかやはりと言うべきか、ソレと見込めそうな者は当時、私の周りにはどこにもいなくなっていた。

 

 それどころか、先代と比べて自分が現役に居座った期間があまりにも長かったせいか、【ライネル】という名がそのまま、私個人のことを指す尊称のような扱いをされていることを取り巻く若者達から聞いた時には、名にしがみついていた過去の自分を殴り倒してやりたい気持ちにさせられたのであった。

 

 膨れ上がってしまった私の伝説に気圧される形で、今更名を賭けて力の戦いを挑んでくる者もいなくなり、これはいよいよ自分の代で【ライネル】に託された願いを途絶えさせてしまうのか……。

 

 

 そう思い、やり場のない気持ちを抱えながらも日々を過ごしていた頃だった。

 

 景観に優れた土地を持つ、とある里に逗留していた最終日。

 よく晴れ、風が吹いていなかったあの日に、彼と出会えたのは。

 

 

 それは里長の計らいから設けられた席の最中でのことである。

 里の戦士を名乗る集団が集まる場所に出向き、頂点の武芸を披露してやって欲しいと頼まれてしまったのだ。

 これは何も【ライネル】に限った話ではないが、戦場や狩り、決闘で勝ち続ける強い魔物というのは、それだけで高い支持を得るのものだ。智性もまた重要視されるのが我々の種族の特徴であるが、野生に生きる魔物の本質は変わらない。

 強い戦士を多く輩出すること。それはそのまま、里の力を内外にアピール出来る大きな要素となる以上、里長の言葉には確かな熱が感じられたものだ。

 こちらは滞在中、手厚い歓待を受けた身でもあったために断る理由もなく、その勢いに押される形で話を受けることとなった。

 

 力に秀でた勇猛な若者が多く揃っているというので、その中から優秀な弟子候補でも見つかればと思わないでもなかったが、残念ながらこの希望が叶えられたことは今までに一度としてない。

 邸宅からの移動中、自身も若い頃は槍を使って戦場を駆けたものだ、と話す里長の世間話を聞きつつも、恐らくは今回も弓を何度か弾いてみせれば、その場限りの教えを乞うだけで満足してしまう者達で溢れ返っているのだろうな、などと何となく考えていたことを覚えている。

 

 ……しかし教えられた小高い丘の上、丁度里の中心からは死角となって隠れた位置にあった広場に着いた時、そこに立っているのはたった1人の幼子だった。

 他の全ての者達は気絶していたり、あるいはうめきを上げながら地面に倒れ伏している。

 未だ発展途上の若者とはいえ、それでも地上最強を謳う一族から輩出された魔物である。―― それが十数名。皆一様に倒れ伏している光景は中々に衝撃的だった。

 

 恐らく、アレは里の子供なのだろう。成人した者の半分にも満たないような年頃の背丈しかない幼子が戦士達に混じってこの場にいるところをみるに、将来は戦士をやりたいと剣を振り回しているやんちゃ坊主といったところか。

 ああした童がひたすら向けてくる剥き出しの憧れが込められた視線というのは、最近めっきり少なくなったが【ライネル】の称号を奪ってやろうと野心にギラついた視線を何度も向けられることの多かった我が身としては中々に得難く、心安らぐモノだったりするのだ。

 予定外にも本来指導を受けるはずだった若者達は、なぜか地面に転がるばかりであったために今日の予定はご破算となるかもしれなかったが、最強を夢見る純真な子供が一人でも残っているというのであれば、何かしらの技を一つか二つ、披露してやるのも良いかもしれない。

 

 しかしそれにはまず、この場をおさめる必要があるだろう。

 強い力を育てることに精力的な里長のことである。もしかすると近隣の里とトラブルを抱え込んでいる場合も考えられた。それが跳ね返りの若者によるいざこざならまだ良いが、里同士の抗争に発展するようであれば、【ライネル】として介入しなければならない事態となるかもしれなかった。

 

 そんなことを私が考えている間も里長、そして数人の同伴していた者達は目の前の光景に対して揃って驚きの声を上げていたが、そこは私よりも里の事情に明るい者達である。唯一立っていた1人が若者と言い表すには余りにも幼い風貌を持った者であることに気付いたことで、事態の理由に検討をつけることが叶ったようだった。

 示し合わせたかのように、童子に向けて次々と声が掛けられる。

 

 「またやったのか、貴様ァ! 」

 「よりによって【ライネル】殿の前でこんな醜態を晒させよって……! 」

 「お前達もさっさと起きんか! 里一番の力自慢だとか抜かしていたのはどこのどいつじゃ! 」

 「木の棒はどうした!? お前は木の棒が折れたらその日の稽古は終わりだと言いつけたはずだ! ……素手で殴っただと!? お前がそんなことしたらコイツらがどうなるか知ってたはずだろうが! 」

 「今日という今日は許さんぞ糞餓鬼! 」

 「申し訳ありません、【ライネル】殿! 今この馬鹿共を起こしますので少々お待ちを! 」

 

 ――戦士達が息も絶え絶えにうずくまる場に取り残されていた、哀れな子供に掛ける言葉ではない。それはそれは分かりやすい、事態を引き起こした犯人に飛ばされる罵声だった。

 そんなやかましくもわめき、彼らは急いで倒れている者達の介抱をすべく、バラバラに散って行く。

 どうやらこの子供、ただ無垢な存在という訳ではないらしい。

 

 ただ1人私の傍に残っていたままの里長に聞いてみれば、あの子は親のない孤児であるという。どこの家で生まれたということもなく、里の外から突然やってきたという子供。ただ、これだけではさして珍しいことでもない。

 『獣王の仔落とし 』―― 同族の中にはこの格言に従い、まだ赤子に等しい幼児を里から遠く離れた場所に置き去りにして、より強く逞しく育つことを祈願する行為が往々にして行われている。多くの場合、そうした境遇にさらされた子供達が無事に戻ってくることは少ないために個人的には古い因習だとは思う。しかしそんな環境からも生き抜き、近くの里に辿り着いた親の分からない孤児が、その里で有数の戦士として成長することも多いという点もあって、この行為自体が悪として扱われることはなかった。

 そしてそんな背景もあってか里の外から流れ着く孤児は、基本的に優秀な戦士となり得る器とみなして保護され、「里の子供」として育てられることになるのだ。

 あの童子も、恐らくはそういった経緯でこの里に紛れ込んだ存在なのだろう。

 

 しかし例えそんな優秀な子供であろうと、この惨状を1人の手で起こしたというのは驚きだ。

 漏れ聞こえる愚痴混じりの声を拾ってみるに、恐らくはこの里でも持て余しているのだろう。素手で戦士達を軒並み打ち倒せるほどの子供なのに、普段の稽古は1本の木の棒を振り回させるだけ。恐らくはまともな訓練をつけられたことなどないはずだ。

 

 ……これ以上強くなられて暴れられでもしたらかなわない程度の方針なのだろうが、せっかく仔落としの試練を越えてきた卵をたまたま拾えたにも関わらず、何という宝の持ち腐れか。

 自身より遙かに戦闘力に劣るだろう戦士達を転がすのに鋭い爪を持ちながら血の一滴も流させていないことからも、善性の心をもって力を制御出来ていることは分かるだろうに。

 

 聞きたいことは聞き終わり、後はこちらの歓心を買うことに終始する里長の話を聞き流しならそんなことを考えていると、どうやら里の大人から私がどういった肩書きを持ち、何しに来た者かを聞き及んだらしい彼が、こちらへと歩いてきた。

 近寄ってくる童子の姿がよりはっきりと見て取れるようになるが、やはりとても成人には至っていないと思わせる幼い顔と身体つきをしている。角などはようやく生えたばかりと言えるほどに小さく丸く、肉付きだって子供のそれだ。さして特別な印象は受けない。

 

 しかし、それは後から加えた評価だ。

 何をおいても真っ先に目を引かれていたのは、その頭部になびく髪。

 なんとそれは、身体に蓄える魔力が特上の質を持つことを示す白髪だったのだ。

 

 我らの種族は生まれた時、皆総じて赤髪である。

 永い年月を生きることで徐々に艶を失うことはあっても、多くの者はその髪色のまま一生を終える。例外的に戦士となって独り立ちを果たし、多くの命を奪ってその魔力を取り込んだ者のみが、後天的にその肌や髪色を変質させていく。

 赤から青、そして白。

 白へ至った者は大陸中をひっくり返しても一握りの数に限られる。

 同じような色の変化を辿る他の魔物がどうなのかは分からないが、気が遠くなる年月を戦いに明け暮れて莫大な命を取り込んだ者でもない限り、魔物最強の獣人たる我らの「格」は昇華しないのだ、と言うのがこれまで信じられてきた定説であった。

 

 だというのに目の前の童子は、一体どうしてそんな至高の色を身体に宿しているのか。

 遠目では背伸びをした子供がしたがる髪染めの類だろうと思っていたものだが、あの一点の曇りもない白さと輝きは……私と同じモノ。膨大な魔力によって変じたものに他ならなかった。

 

 

 ――ドクン、と一つ。高鳴る鼓動を自覚する。

 

 (私は……高揚しているのか? )

 

 突然降って湧いた、目の前の才能に。

 私の期待を注ぎ込んでも、とても溢れそうにない未曾有の大器に。

 

 やがて私の足元までやってくる、腰の高さほどにもない1人の童子。

 コチラを覗き込むように観察してくる子供の目には遠慮をはじめとした配慮の気持ちはまるで感じられなかったが、あえて声を掛けるようなことはせず、続く反応を待つ。

 私がどういう立ち位置にいる者であるかを知った上で、目の前の存在が何を言い出すのか、どんな行動をするのか。それを知りたかった。

 早く早くと急かす心をなだめながら待つ時間はことのほか長く感じたが、決定的な決断を下す前に私はそれを確かめなければならないのだ。

 

 そして彼は、私を見上げて声を上げる。

 声変わりを迎えていない、高く響く子供の声。陽の光を受けて輝く白髪と相まって、それはどこまでも透き通った純粋さを伴った印象を受けた。

 

 「……おじさんの技は、ボクが教わる価値があるの? 」

 

 しかしてその無垢な声によって紡がれたものは、武の頂点に対する明確な侮辱だった。

 

 監視するように子供の後ろについてきていた、彼に私のことを懇切丁寧に説明していたはずの者が、一瞬にして顔色を失わせた。恐らくは私の後ろにいる里長も、また同じような顔色へと変わったのだろう。

 そんな風に周囲が判断する程度には、それは【ライネル】を名乗ってからこれまでの間に他者から聞いてきた言葉の中で、最も礼を欠いた言葉だった。

 

 子供の戯言とはいえ無礼だと、大方私向けの弁解を含めた叱責を始める周囲の声を無視し、

「どうしてそんなことを聞く? 」と尋ねてみた。

 

 もう少し穏便な言い回しではあったが、私を挑発して技を盗もうとした熟練の戦士が過去にいないわけでもなかったし、年頃と里の中だけで完結した環境を考えれば、大人にも勝てる自分の力に(おご)って私を煽ってみせられるのも理解できたからだ。

 これまでの者達と同様、『ただアナタに弟子入りがしたい』という旨の言葉が、へりくだれず跳ね回った言い回しとなってしまったのではないか? そんな風に思ったのである。……もしそうであったなら、話が早いとはいえ、少々の期待外れであることも否めないが。

 

 「……ボクはただぶっただけで人を倒せちゃうんだ。これってもう戦えるってことでしょ? 」

 「でも、大人は戦士と認めてくれない。それじゃただの獣だって。戦士なんかじゃないって 」

 

 子供は目をこちらに合わせたまま、一つ一つ語る。

 

 「里の皆はボクにお肉を食べさせてくれる」

 「だから早く技を覚えて一人前になって、里に何か恩返ししたいんだけど 」

 「戦士の人達が見せてくれる技はボクがただ殴るだけより弱いし、最近じゃ隅っこで木の棒を振ってろとしか言ってくれなくなったんだよ 」

 「今日は特に色んな人が集まってたから、ボクより強い人を見つけたくて張り切っちゃったんだけど……やっぱり殴っただけで終わっちゃった。……迷惑だったならごめんなさい 」

 

 「……だからおじさんが皆に認められる強い人なら、その人の技を教えて欲しいんだ 」 

 

 己が戦えると思ってるのに認められない子供の癇癪であったが、それだけじゃない。

 どうやらこの広場で行われていたらしい惨状の原因は、報恩の心を根幹にして行われた行動の結果であるらしかった。

 

 つまり。

 『皆に認められたいから、その認められている人の技なら文句を言われないはず。ちゃんとお前は強いんだよね? 』というのが、目の前の小僧が第一声に込めた意味合いであるらしい。

 

 (……ふむ )

 

 生意気だった。実に。

 しかしこの時の私にとっては、その言葉は清々しい爽快感を感じさせるものでしかなかったのだった。

 

 【ライネル】に媚びるわけでもない。名声に憧れるだけでもない。

 ただ暴力を振るうだけではなく、その根底には恩返しを求める善意の心がある。

 

 人知れず歓喜の感情に頭を占められていた私は、傍目には小僧が暴言を重ねているようにしか見えなかったために、更に勢いを増して叱りつけ始めた周囲の声達を再び無視し、

 

 「それでは、試してみるがいい 」

 

と、手のひらを子供の顔の高さ合わせて突き出すことにした。

 

 

 そんな私にしばらくポカン、と口を開けていた小僧であったが、やがて理解したのか拳を握り締め、腰溜めに構えたかと思えばおもむろに突き出してきた。

 型も何もない正拳突き。しかしその勢いは鋭く、子供の小さく細い腕に関わらず有り余る魔力の恩恵を受けて伸ばされる拳は、風を裂く音を鈍く周囲に響かせた。

 

 ドォン!

 

 手のひらを通して肩まで突き抜ける衝撃。これが幼い子供の、しかも武を学んでいない者が放ったモノだとは到底思えなかった。……受け止めた拳を、しっかりと握り締める。

 

 私が吹き飛ぶとでも思っていたのだろう、見下ろす挑戦者からは驚愕の感情が伝わってくるが、この程度で頂点をどうこうすることが出来ると思っているようでは、まだまだ世を知らない子供であると言わざるを得ない。

 

 ……握った手に思わず力が篭ってしまう。

 痛がって放そうと必死にもがく小僧だったが、もう私にこの原石を逃がすつもりはなかった。

 

 (まぁ【ライネル】がどういう存在であるかは、これからゆっくりと教えてやろうではないか )

 

 拳を放した直後、瞬時に首根っこを掴み直して脇に抱え込んだ体勢のままに里長へ顔を向ける。

 笑みを浮かべている自覚はあったが、そんな私の顔を見た里長を含んだ連中が、一斉に顔を強張らせたように見えるのはどういうことだろうか。

 

 ここからは交渉の時間である。

 優しく語りかけ、相手の心を解きほぐすことを心掛けねばなるまい。

 

 

 

 ――では最初に、里が持て余している暴れん坊の養育権を奪い取ることから始めよう。

 

 




 久しぶりに登場の賢者回。
 投稿間隔が膨らんでいるにも関わらず「こんなシーン入れたいなぁ」で無計画に継ぎ足してます。最初のプロット『決戦前に賢者の話を入れる』の一文が、何でここまで膨らんでいるのか。

 ※色違いの魔物について捏造設定。状態異常攻撃を行ってくるリザルフォスを除き、色違いの魔物が先天的なのか後天的なのかが分かる設定が見つからず、この作品内では100年前まで色違いは生まれつきではなく(基本)後天的に「成る」モノであるとしています。
 原作でも攻略が進むに連れて魔物が色を変えて強くなり、白銀系にはしっかりとガノンの影響で云々と記載されているのを参考にして、『色変わり』は取り込んだ魔力の量で行われるとさせて下さい。

 ※『獣王の仔落とし』は、有名な「獅子は我が子を千尋の谷に落とす」をライネルの外見から連想して適当に盛ったもので、原作にこのような設定はありません。

 ※ライネル界における『武』の意は、「戈を()める」のではなく「戈にて(とど)める」の弱肉強食至上の考えな模様。野生の世界でスポーツマンシップなノリは流行らないでしょう。

 ※褐色の肌をした人族=ウルボザ
  魚の特徴を持った人族=ミファー
  槌のような大剣を持った人族=ダルケル
  翼を持つ人族=リーバル
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