回生のライネル~The blessed wild~   作:O-SUM

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○前回のあらすじ

 賢者の走馬灯タイム終了



賢者のバラッド ~爆炎と共に~

   *   *   *

 

 

 「ぬうぅ……、おぉ……ぉぉおおァァアアアッ!! 」

 

 込める。

 込め続ける。

 

 常なら口腔内に蓄えた魔素を炎に変換し、火球を形成して放つための異能。

 私はそれを今、両手に捧げ持つ「火炎の剣」の刀身に向けて全力で行使していた。

 

 大気中に漂う魔素と、体内の魔力。

 それらをひたすら練り合わせ、炎の魔力に変換して「火炎の剣」に収束させる。

 元より火球を成すこと自体は種に備わった力であるため、それなりに『炎』を扱うことに熟練した戦士であれば、口以外の場所に力を集めること自体はそれほど難しい技術ではない。

 しかし魔素のみならず、身体の中で本来安定している自らの魔力をも合わせて操作するとなれば、その難易度は大きく跳ね上がった。

 

 魔物にとって、魔力とは血肉に等しい身体を構成する材料の一つなのだ。

 そんなモノをわざわざ肉体から無理矢理引き剥がそうとすれば、ほんの少し調整が乱れるだけで身体は当たり前に傷付いていく。

 

 ――ブシィ、グジュッ!

 

 また魔力調整を間違えてしまった…… 少し、今度は深刻か。

 変換し損ねた魔力が現実に影響が及ぶ規模で跳ね返り、腕の血管が何本か爆発してしまっていた。

 

 鳥の強者に打ち込まれていた二の腕に突き立っている矢の根本から、真新しい血が勢い良く噴き出していく。―― 心臓や脳の血管が破裂しなかったのは、ただの幸運だろう。

 まだ自分にこれだけの血が残っていたのかと、小さな驚きを覚えてしまうほどの出血であったにもかかわらず、痛みの感覚はもう(おぼろ)にしかない。

 

 込める。

 込める。

 ただ込め続ける。

 

 連続した力の行使が、身体に掛ける負担は予想以上に大きかった。

 身体から魔力を抜き出し続ける作業は、自身を構成するために不可欠な何かを致命的に失い続ける感覚を伴い始めている。立っているのも億劫だった身体中の怪我のことなどは、もう意識する余裕は残っていない。

 加えて元々自分の物ではない体外から取り込んでいる魔素自体も、既に私自身が安全に制御出来る限界量を超えようとしている。

 炎の魔力に変換した端から刀身に送って体外に排出しているとはいえ、老体に無理矢理詰め込んで過剰に満ち続けている魔力が、またいつ弾けて身体のどこかを傷付けることになるかは知れたものではなかった。

 

 

 ……しかし、やらねばならない。

 

 この地に集まった魔物達に報いるために。

 北の地で戦っているはずの【ライネル】のため、"剣"を倒した後にも続くだろう戦いを少しでも楽にさせてやるためにも。

 ここでヤツらを葬ることは、私がしてやらなければならない仕事だ。

 

 そして駆け回る体力は残っておらず、矢も尽き、腕だって両手を使わなければ剣1本も持てないほどに疲弊していた私に残された手札は、もう『炎』しか残されていないのだ。

 

 

 もちろん、『炎』も通常の「火球」では意味がない。

 

 安全に取り込める魔素のみで作り出せる程度の力では、例えその扱いに秀でた私であっても、ヤツらをまとめて倒せるほどの『炎』を生み出すことは到底不可能だ。

 こちらは既に満身創痍、満足に身体を動かすことも出来ない状態ではあるが、敵は空を羽ばたく翼や、大地を高速で駆け回れる脚を未だに残している。

 面ではなく点で攻撃する「火球」では、そもそも狙いを定めて当てることが出きるかどうかすら怪しい相手であると言わざるを得ない。

 

 そして仕留めきれなかったが最後、まだコチラに反撃の力があると判断するはずの敵達は、中断していた攻撃を再開するに違いない。第二撃を加える前に、死に体となっている私へ彼らの反撃の刃が止めを刺す可能性は非常に高いだろう。

 

 

 ――だから『炎』に求めるモノは、奴ら4体がどう動こうと、その空間全体を覆い尽くせる攻撃範囲を有し。その範囲内を敵の守りもろとも、一瞬で焼き払えるだけの火力――

 

 そんな一発逆転、あまりにも都合の良い攻撃を実現させねばならない。

 ……そのためには、越えなければならない障害が2つあった。

 

 

 1つは当然、燃料となる魔力の確保。

 

 「火球」を生み出す程度に収まる能力行使では足りるはずもない。―― なので、少しでも取り込む魔素を上乗せさせるために、身体への負担を度外視した連続行使に踏み切った。

 それに、敵が様子見をしてくれている間に準備を間に合わせる速度も必要だ。

 魔素の吸収と平行し、魔物が元々持っている「体内魔力」も解放して時間の短縮、そして威力の底上げに当てなければ、とても攻撃を実現させることは不可能だろう。

 

 体内魔力の存在―― これこそは、魔物が他の文化を持たない獣達と一線を画す要因の一つだ。その質と量によって、魔物としての実力は大きく左右される。

 我らの種族は、総じて優れた魔力を多く持って生まれる者が多いが、これは生涯に渡って容量が変わらないというわけではない。この力は魔力を取り込めさえすれば、その上限を後天的に引き上げることが可能なのである。

 

 そのための手段として最も効率の良い手段は、魔力を持っている相手を殺して奪うこと。

 

 【ライネル】として永い時を戦闘に明け暮れていた私の魔力は、同族の中にあっても屈指の量と質を誇る。本来は「決闘」によって次代の【ライネル】に継承されるべきだった力ではあるが、彼はそれを望まず、私は蓄えられた魔力と共に生かされた。

 

 当時は圧倒的に力の差があったとはいえ、私を殺して手っ取り早く更なる力を得ようとしなかった【ライネル】に、戦士としては歯痒さを感じた。

 ――しかし今ようやく。

 この魔力は、彼を守るために使い果たすべき場に巡り合えたのだ。

 

 ……魔力は魔物にとって、動物達の血肉と本質を同じくするものであり、これを失ってしまえば魔物は魔物として存在することは出来ず、死に至る。

 私ほどに魔力操作を得意とする魔物に出会ったことはなかったので、生きながら完全に身体から魔力を空にしてしまう魔物などは、恐らく私が初めてとなるのだろう―― ただ地面に絞りカスとなった屍を転がすのか、それとも魔力の残滓を残して世界から消え去るのか。

 どんな死に様となるかは予想するしかないが、身体から魔力を引き剥がす度に致命的な何かが身体から失われていく今の感覚から察するに、あまり上等な死に様とはなりそうもない。

 

 

 そして障害の2つめ。

 それは魔力を開放する砲身の耐久力だった。

 

 身体を削って集めた膨大な魔力も、それを十全に相手へぶつける砲台が無ければ意味が無い。

 そして『炎』を扱うことに熟練した私の肉体であっても、その身体の中に留められる規模の魔力量ではないために、「火球」では必須となる形成や射出などの細かい制御は不可能になるのは容易に想像出来た。

 炎の魔力への変換と、収束。そしてその場での解放ぐらいがせいぜい叶うかという程度。恐らくは魔力を注ぎ込んだ「火球」を口腔内で作り出そうとしたなら、まず間違いなく頭を溶かしたり、爆散させてしまっていたことだろう。

 

 そんな無謀に取り込み続けた魔素と、命を燃料にして生産している魔力を注ぎ込んでいる器こそが、あの一つ目の巨人の元から持ち出した「火炎の剣」である。

 何の媒介も用いずに作り得る「火球」に込められる限界量とは、既に比べ物にならない熱量がこの「火炎の剣」には込められているのだ。

 常から赤熱した刀身を持っている魔法剣ではあったが、私という外部から強引に注ぎ込まれ続ける魔力を受けて、今やその色は毒々しさすら思わせる純白に輝いているものの、その形状は未だ剣の体裁を保ち続けている。

 

 こんな状況を想定していた訳ではない。ないが、炎の属性を持った「火炎の剣」は、我々の一族が操る炎の魔力との親和性が非常に高い。

 私の異能を持ってして魔力の収束を調整しさえすれば、例え【火の山】の溶岩で鍛えられたとされる刀身材質が持つ融点を超える熱量を込められたしても、魔法の力が剣の形を保たせるのだ。

 

 もしこの場に持って来たのが一族由来の金属で作られた剣であったなら、恐らくは求める魔力量を蓄積させる前に、刀身が溶けて無くなってしまったことだろう。

 この剣が大量に注ぎ込まれる魔力に耐えられるほどの質を備えているかどうかが最後の関門であったのだが…… どうやらあの一つ目の巨人が持つ審美眼は、品質を見分ける上でも確かな物だったらしい。

 

 

 今少し時間があれば、ほんの少し生き永らえるだけの力を残して、全身の魔力を剣へと送り込むことが叶うのだが――

 

 「せっかちな、奴らだ。もう少し様子を見ててくれても…… 構わなかった、のだが…… 」 

 

 私が身体中から血と魔力を吹き出しながら剣へと魔力を上乗せしている不穏な光景を見て、何をするつもりなのか悟られてしまったのか。

 こちらの行動を伺っていた四つの敵がとうとう、ほぼ同時に私を殺すための攻撃を放ってきた。

 

 

 魚の特徴を持った人族は、その種族ゆえに剣が放つ高温に近付けないかもしれないと期待していたが、そこは流石に人族を代表する強者か。

 華美な装飾が施された三つ又の槍を自身の傍に突き刺した直後、事前に把握していたのだろう己の背後に転がっていた死体が抱えていた、穂先の両側に斧のような刃を備えた黒塗りの槍を肩に担ぎ、雷に迫る勢いで投擲してきた。

 その黒い武具が誇る威力は、これまで散々同族の身体を引き裂いてきたことから当然承知していたが、集中を乱すことは出来なかった。熱にやられて役立たずとなっていた視界を捨て、気配を頼りに剣を持つ腕だけは、その投射線上から動かす。

 ――結果、狙われていたらしい右手を吹き飛ばされる事態だけは避けられたものの、右の脇腹といくつかの肋骨が回転する穂先に抉り取られた。

 

 褐色の肌をした人族の指先によって導かれた雷撃が、先程までとは桁違いの電圧を持って私の上半身を貫く。

 全ての意識を炎熱の収束に向けていた私に、まさしく光速の攻撃を避けられるはずもなかったが、万全の体勢で備えていたとして、この攻撃を捌くことが出来たかは怪しいところだ。

 都合悪くおびただしい流血に塗れた肉体は、電気を効率良く全身に行き渡らせてしまったようで、全身をくまなく焼き焦がした上に今度こそ瞼を貫通した雷が、一瞬にして眼球を沸騰させる。

 ――五感が薄れつつあった中でなお走る激痛と共に、私は光を永遠に失った。

 

 高温地帯に多く生息する亜人であろう大剣を持った人族は、熱に耐性があるにもかかわらず、こちらに肉薄しようとはしなかった。……その代わりとばかりに攻撃に用いたのは、足元に転がっていた拳大ほどの大きさを持つ石。いや、あの巨大な手の拳大となれば、あれはもはや岩と呼ぶべきか。

 その外見通りに優れた腕力を誇るのだろう。唸りを上げて飛来した凶器は、私の左前足を強かに撃ち据えた。

 光を失う前に確認していなければ、大筒による攻撃を受けたのではと錯覚してしまうような衝撃と威力ではあったものの、身体を支えるに必要な4本の内3本は無事だ。

 ――左前足は骨も砕け、痛み以外の感覚を伝えることはしなくなったが、槌で骨の内側から殴られるような激痛が、かすれるように薄弱になってきた意識を保つ上で有難かった。

 

 翼を持つ人族は元々優れた遠距離攻撃手段を有しており、やはり今回の攻撃もそれまでと同じく、弓矢を用いて行われた。

 驚くべきことに我ら同族の中でも一流の戦士にしか行えない、『3方向同時発射』の弓術を用いたその射撃は、これまでの私の戦歴を振り返っても思い当たらないほどの精密さだった。

 そんな技量を持って放たれた3つの矢が、正確に固い皮膚や防具を避けて、血を流す真新しい傷跡をめがけて突き立つ。

 いくつもの鋭い鏃が皮膚の下の肉を裂き、新しい出血を強いる痛みは強烈だ。

 ――それでもこの痛みは、他につけられた傷よりは親しみ深い切創によるもの。思わず剣を取り落とすほどに耐えられないものではない。

 

 

 彼らが私に刻んだ傷は、どれをとっても重傷であることは間違いないだろう。

 かつて一族の中でも最強を誇った肉体に、こうも易々と深手を刻みつける。…… その人族にあるまじき力には、ただ戦慄するしかない。"剣"を持たない者にもかかわらず、彼らの牙は【ライネル】にも届き得る。神話が警告していた魔物の黄昏の時代が、もう目の前に迫っているような気分だ。

 

 しかしそれでも。

 彼らの攻撃は、私に即死の致命傷を与えることに失敗した。

 

 噛み締めた歯の間から血と共に苦痛の呻きが零れてしまう。けれど、心情的に出したかったものは、安堵の吐息だ。

 死ななくて良かった、と。

 最期に使う『炎』の前に立つ者が、彼を倒し得る敵であって良かった、と。

 

 続けざまに彼らの2撃目を受けては、意識もろとも剣を握る力すら奪われることになっただろうが、その心配をする必要はもはやない。

 夕暮れ時を迎えようとしている戦場において、「火炎の剣」を中心としたこの周辺だけはまるで真昼のような輝きに染まっている。―― 込め得る限りの魔力は、既に剣に注ぎ終わっていた。

 

 身体に残した僅かな力を全て剣を掴む握力に注ぎ、かざした剣を大きく振り上げる。

 囲んでいた敵から警戒するように身構える気配が伝わってくるが、元より剣を向ける相手は彼らではない。その剣先を向けた先は自身の足元であり、何もない地面だ。

 遠距離による攻撃を選択した彼らに、こちらの意表を突いた行動をとっさに止めることは出来なかった。

 

 

 周囲の魔物達の死体から濃厚に立ち込めていた魔素、そして私の何もかもが込められた一撃が地表に突き刺さった瞬間―― まず感じたのは、失った視力をしてなおそれを染め上げるような白い閃光の爆発だった。

 

 西の空に落ちようとしている本物の、夕暮れの太陽とは違う。今まさに朝日となって昇ろうとするばかりに輝く太陽が、地表に顕現したとしか思えない存在感が目の前に生まれたと感じたのは一瞬のこと。次の刹那には刀身に無理矢理収束され、その輝きを放っていた魔力の炎が制御を失い、弾けた。

 

 超がつく高熱源から拡散していく豪熱が爆炎となって周囲を飲み込んでいく。

 目の前にいた4体の強者を、こちらの様子を遠巻きに覗いていた有象無象の敵を、周囲に散らばる魔物の死体を……そして、最も近くにいた私の体を。炎は、その全てを貪り尽くす。

 

 炎熱に強い耐性を持っているはずの、私の体が崩れていく。

 熱によって融解、といった崩れ方ではなかった。

 ボロボロと、熱の奔流に晒された部分が土くれのように削られていく感覚。これは単純に私の耐性を超えた熱量で体が炭化してしまっているだけのか、それとも魔力を完全に失った魔物の肉体は脆くなってしまうということなのか…… 場違いに湧き上がってくる知的好奇心であったが、それを満たすような時間はもはや、この刹那の時間には残っていない。

 

 痛みを覚える間もなく、四肢が千切れ飛んでいき形を失っていく肉体を炙るものが炎だと感じられていたのは、これが普段使い慣れた『炎』の威力を、ただ極限まで底上げして放った攻撃であるという自覚があったからに過ぎない。

 もう数瞬の後に、わずかに残った意識も焼失するだろう。 

 

 ――炙られ、崩れ。いよいよ頭蓋が割れてその中身も炎によって蹂躙される時が来た。

 黒一色の闇へと既に散り砕け始めていた自我が飲み込まれる寸前、最後に浮かんだモノは彼と出会ったあの日、引き取ることが決まった時に交わした会話だった。

 

 

 

 

 

 『小僧、お前の名は何という? 』

 『…… 』

 『うん? 』

 『……【ライネル】がいい。

  ボクはきっと、【ライネル】って呼ばれる大人になるよ。おじさん 』

 

 

 

 直後、炎はその記憶を浮かべた頭蓋の内側を舐め尽くし、跡形もなく貪った。

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 恐ろしい熱量を伴った爆炎を、尋常ではない勢いで吹き出させていた中心地。

 

 生きていた者、死んでいた者。その全てが時間にしてみれば5秒ほどであったはずの炎に飲まれ、黒く変色した死の大地の中に燃え尽きていた。

 炎が消えてなお周囲に立ち込める熱気によって視界が歪んでいる。滞空したまま繰り返す羽ばたきで空気をかき混ぜても、むせ返るような煙と焦げついた匂いが纏わりついてくるのが、何とも不快だ

 逆立つ羽毛と勝手に沸いてくる汗は、この熱のせいだと自分に言い聞かせながら周囲を見渡す。

 

 ……やがて(くすぶ)る煙の中に、見慣れた赤い光を見つけることが出来た。

 最後に立っていた位置からは随分離れた場所に吹き飛ばされたようだったが、護りの光が灯っている以上は、死んでいるということはないだろう。

 

 (流石は、僕と同じ英傑の一角といったところかな? )

 

 数度はばたきを繰り返して光の近くに着地する―― 黒い地面に降り立った途端に鳴るパリパリとした音に気を引かれて地面を見れば、黒光りした地面に僕の爪を基点とした放射状のヒビが小さく入っていた。……こんな離れた場所の地面を溶かすほどの熱量が、あの炎には込められていたのか。

 

 「ありがとう、助けられちゃったね…… リーバル 」

 

 とっさに掴んで僕の風と共に空へ避難させてあげていたミファーが、背中から降りて礼を言ってくる。彼女が降りた場所からは割れるような音が上がらなかったが、それでも地面をガラス化させるような高温が走っていた場所なのだ。熱く焼けた地面は彼女にとっては辛いだろう。

 

 こんな爆発の中心点にいたあのライネルが無事だとは思えないが、様子を確認したら早めにこの地から離れた方が良さそうだ。

 ……本人が特に何かを訴えてはこない以上、別に何か声を掛けてやろうとは思わないが。

 

 ヒビ割れだらけの護りを解除したダルケルとその内側に匿われ、一緒に炎の奔流から身を守っていたウルボザの無事を横目で確認し、「ヤツがどうなったか確認してくる」とだけ言い残し、その場を後にした。

 

 

 

 ――今だ収まらぬ勢いで周辺に立ち昇っている上昇気流に手間取りながら、爆発の中心点であった場所を旋回すること少し。

 

 結果として、そこにいたはずの一匹のライネルの影はどこにも見つけることは出来なかった。

 

 炎によって掘り抉られた爆心地は、鏡面のように黒ずんだ光を歪に反射させている。その中心には突き立った、ヤツが持っていた「火炎の大剣」が一本のみ。

 着地してみれば地面はやはりヒビ割れを起こすが、この周辺にそういった形跡が無い以上、ヤツが爆発の後に移動したということもないだろう。

 恐らくあのライネルは、ここで己の炎によって燃え尽き、死んだのだ。

 

 (僕達を誰一人道連れに出来ず、たった一匹での自爆。所詮は知恵の足りない魔物のすること、と言うべきだろうね…… )

 

 突き立ったままの魔法剣が、何とも間抜けな光景だな―― そう言い捨て、羽を広げて飛び立つのが、本来の僕だとは思うのだが。

 なぜか、そうするには一瞬ためらう何かを、その剣を通して感じてしまった。

 

 「……いや違うか。これは違うね 」

 

 これはアレだ。

 きっと夕焼けの光を乱反射させた地面の中心に立つ魔法剣が、単純に絵として映えるな、という感慨に過ぎないのだろう。それ以外、たかが魔物の持ち物だったケチな魔法剣なんぞに、英傑たる僕がなんの感情を持つというのだ。

 

 

 (……、 ……。 ……………………ふん )

 

 

 つかの間剣を眺めた後、一度かぶりを振って結論を出した英傑の一人は、今度こそ仲間と合流すべく決着のついた戦場を後にする。

 ――その背中には自身が最も信頼する「オオワシの弓」とは別に、一本の大剣が括り付けられていた。

 

 

 

   * * * * *

 

 

 

 こうしてハイラル地方の南で行われた、大量の魔物発生に端を発する大討伐戦は終わった。

 

 戦いは、四英傑が率いる人族側の大勝利で幕を閉じた。

 戦場に集まった魔物は軒並み殺し尽くされ、わずかに残った魔物も散逸するばかり。再びこのような事件が発生する可能性が出るほどに魔物が数を増やすには、年単位の時間を要すると考えられた。

 兵士は勝利に沸き立ち、その常識破りな戦果をもたらした最新の武具と太古の兵器、そして偉大な英傑達をいつまでも称え続けた。

 

 

 ――それから数日が過ぎた、ハイラル城の地下。

 地下にあってなお城の外縁部、船着場の外れに位置する何の由来も持たない場所がある。

 

 そこに人知れず、真新しい小さな台座が置かれることになった。

 ただ一本だけ突き立っているのは、「火炎の大剣」と呼ばれる魔法剣。

 

 貴重なはずのその剣の来歴は、英傑の一人が持ち込んだ物であるということ以外は不明であり、事情を聞かれたその英傑も、

 「つまらない自己満足だ。邪魔になるようなら捨てていい 」

 と言い捨てるだけであり、その由来や行動の意図を話すことはなかったという。

 

 もちろん、英傑が置いていった武器である。

 ちぐはぐな態度で本人自身がぞんざいな扱いをしていたとはいえ、まさか一般の兵も同じように振るうことが出来るわけもない。

 何を考えての行動かが分からなかったために取扱いに困った彼らは、魔法剣をそのままの状態で放置することに決めた。触らぬ神に祟りなし、ということである。

 

 

 そうして、誰の手にも取られることのなくなった魔法の剣。

 その台座には、よほど意識して目を凝らさないと見えないほどの、小さな一文が刻まれている。

 

 船を直接接舷させることを目的としているこの場の環境は、室外とほとんど変わらない。

 最低限風雨に晒されはしないだろうが、それでもいくらか時が経過すれば、やがて汚れや傷に紛れて消えてしまうだろう―― それほど浅く、小さな傷のような文字だった。

 

 誰に向けて贈られた言葉で、そもそもどんな意味なのか。

 それを知る者もまた、ただ1人。……もちろんその英傑が、誰にも見つからず問われることもないソレについて、何かを改めて語ることはなかったのだが。

 

 誰かに見せることを求めているわけではない。

 しかし執筆者にとって、ソレは書かずにはいられなかったのだ。

 己が受けた何かしらの感銘を思わず言葉の形にしてしまった結果が、その短文であった。

 

 

 『誇り高き愚かなる獣。炎を纏って野末に還らん』

 

 

 ……遠まわしに何かを賞賛するような。

 誰かを指して、遠くの場所へ送り出すような。

 

 もしその儚い傷跡が時間に溶けて消える前に、目を()めることが出来た第三者がいたとしたら。

 その者は、こんな感想を抱くのではないだろうか。

 

 

 

 ――まるで墓碑に刻む言葉のようだ、と。

 

 





 ぼくのかんがえた、ライネルのばくはつ。

 【賢者】退場。
 賢者がヒノックスから「火炎の剣」を強奪したことに対する理由付けはとりあえずこんな感じです。ノリで奪わせたワケでは決して……。

 (血を作中で表現できないメタ事情は考えない視点)原作の魔物は倒されるとガノンの魔力と共に消え、ブラッディムーン現象によってガノンの魔力と共に復活しますが、それはガノンの影響下にあるからこそ起きている現象であり、そこに生活している魔物達は幻影の存在ではないと思っています。普通に肉焼いて食ってますし。
 あくまで魔物とは厄災ガノン発生より先に存在するモノではあるものの、身体の大部分を魔力によって構成された、普通の生物より魔力の影響を特別に受けやすい生物なんじゃないかと。人々を苦しめるために魔物を蘇らせるガノンの怨念が無ければ、死体だって普通に残る魔の生物。これなら100年前のウツシエムービーで死んだ魔物が蒸発していない理由にもなるし、今話の威力チートの爆発への言い訳にもなる! という設定。

 ※原作中ではライネルやモリブリンをはじめとした大型のモンスターが持った武器は非常に大きいのですが、リンクが回収して使う際にはリンクの大きさに合わせて縮小してしまいます。ゲームゆえ仕方ないといえば仕方ないのですが、魔法武器ならともかく、それが木の棒や鉄の剣にも及んでしまっては、現実描写にするといささか以上に不自然です。
 なので拙作ではライネルにとっては「火炎の剣」でも、人族にとっては「火炎の大剣」になる―― つまり所有者によって武器や装備が勝手にリサイズするような現象は起こらないとさせて下さい。リンクのポーチはボックリンのマラカスダンスで容量増やせるような代物ですし、不思議な魔法が掛かっていて何でも入りますけどね!

 ※ちなみに原作でもハイラル城の地下に「火炎の大剣」はあります。
 製法が失われた貴重な魔法剣でありながら、城内にあってしっかりと台座に突き刺さっているにもかかわらず、いかにも道端に捨て置かれたような位置にあるこの剣に、私は物語を感じてなりません。
 ……もちろん公式に、このような設定はありません。捏造です。


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