回生のライネル~The blessed wild~   作:O-SUM

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○前回のあらすじ

ライネル♂「ヒレ肉ステーキには塩こそ至高!」


厄災の気配

 ――現地で行われていた人間の行動

 ――掘り出された無機質の蛸に宿る冷たい光

 ――異なる人種によって構成された、複数の英傑の気配

 ――散発的に人への無謀な襲撃を行う、魔物達の様子

 

 十数日に渡る今回の潜入によって得られた発見を、出来る限り客観的な分析を加えた上で彼に伝えてゆく。自分が見落としているかもしれないモノを言葉の端々からでも彼が拾い上げてくれるように、無駄と思えた細部まで漏らすことはできなかった。

 全部話し終わったのは、夜もすっかりと過ぎて、月が山の向こうに隠れようとしていた頃だった。

 いよいよ朝になろうかというその時刻。長くなった報告が終わった後になって、ようやく気付いたことがある。

 

 彼の顔が険しい。

 恐らく今より平穏であったはずの中央地方に踏み込んだこともある彼が、休憩がてら道中で見た風景の話などを聞きながらも、過去に思いを飛ばすこともせず雰囲気を終始崩さなかった。

 相槌は打つし、会話の合間に確認や問い掛けなどを挟んだりはしていたにも関わらず、その眼差しは鋭さを失わない。

 今回がいつもの旅とは、その行動目的がまるで違うものであったからといえばそれまでである。自身が命じたことによって強いられた、俺の行き帰りの道程における緊張を考えて自制してくれているのかもしれない。俺から向けられる視線に気付いているのかいないのか、彼は今も得られた情報を頭の中でまとめるべく黙り込んでいるようだった。

 ……いつもと比べて比較にならないほどの情報量を喋り終えた直後にも関わらず、感じられた達成感が驚くほど薄いものであったのは、まだこの会合が終わってないからだけなのだろうか。

 

 そうして朝日がそろそろ山峰から顔を出そうかという頃。

 最近活動が活発になってきている大火山を手持ち無沙汰に眺めていると、おもむろに彼が呟いた。

 

 「ここは景色が良い。空が見渡せるし、吹き込まれる風が大陸の様子を伝えてくれる」

 

 そう零した彼は俺を軽く労った後、いつか語ってくれた話を繰り返した。

 過去彼から伝えられ、今また語られるそれは、大陸に伝わる古い歴史。

 

 ――魔物には、それを総べる王がいる。

 神話の時代より、過去幾度も世界を巻き込む戦いを起こすも、その度に人の持つ『力』と『光』による封印を強いられる王。

 王が封印を破る時、世界は王の魔力に満ちる。

 紅に染まった月は魔物達に大いなる祝福を与え、骨となった(むくろ)にすらその力は宿った。

 

 しかし遙か古代の節目のその時、現代とは比較にならぬ高度な技術文明を誇るに至った"人"は、その技術によって魔物を全く恐れない世を築いていたらしい。奴らの放つ輝く弓矢は一撃で、当代の勇者【ライネル】を葬り去ったというのだから、その計り知れない威力に驚かずにはいられない。

 加えてその時代の奴らは、それまで人が王に対抗するために元々備えていた2つの力に加え、四体の巨大兵器と無数の自動兵器をその技術によって生み出した。

 その破滅的な力を束ねることによって、再び復活した魔獣の王は徹底的に打ち据えられ、強力に封印されたという。

 この出来事は『大厄災』と呼ばれ、王が姿を隠してから現在に至るまでの間、その恐ろしい技術と文明は名残のみを残して枯れ果てはしたものの、未だ王の帰還は果たされてない――。

 

 王が人によって封印され、今もそれが続く限り、魔物が人の上に立つことはないとする、忌々しい昔話だった。

 そしてこの話を今更語ることに、現状とどう繋がるのかという疑問は持つほど、俺は愚鈍であるつもりはない。薄々ではあるが、そうなのかもしれないと潜入の間に考えていたことである。

 

 地を耕すそれとは異なる、人が行っていた発掘行為。それは蛸の魔物を模した多くの造形物を地中から掘り出すためのものだった。

 現代の人が作ったモノとは全く趣きが異なる意匠ながらも、人が彫り出し、緩慢な動きで人の周りにはべっていたことから考えるに、それが無数の自動兵器と呼ばれる存在なのだろう。

 その体躯は我々と比べてなお大きいにも関わらず、中には短時間ながら空を飛んでみせた個体も存在した。そしてそれらは共通して光輝く単眼を有しており、その目から放たれた光は目を焼くほどに眩しく、俺の放つ火球を上回る速度と飛距離でもって、標的にされた大鬼を中心にその周囲を焼き払う威力を見せた。

 

 もし掘り出された代物が全て同じように動き出すならば、我々からしても厄介に過ぎると言わざるを得ない。

 巨大兵器とやらを中央で見かけはしなかったが、この【二つ岩】の上からでも時折見かけるようになった大火山の頂上付近を這い回るアレが、その内の一体なのかもしれない。……あれほどの存在が、人の手によるものだとは俄かには信じ難いものだが。

 

 さらに【ライネル】である俺をして警戒する必要があると思わされる存在は、何も無機物ばかりではなかった。

 中央に集っていた五つの強者。奴らは姿形が多少異なっていたようだったが、それは魔物と比べれば些細な違いでしかない。注目すべきはその身にそれぞれが宿した水・炎・風・雷の力の強大さであり、それぞれの力のみを比べるなら、魔物であの個体達に匹敵する者はいないのではないかと思わされるほどであった。

 

 何より気になったのは、もう一つの存在。

 感じた強者の内、最後の一つ。洗練された身のこなしには技術が詰まり、蓄えられた努力によって振るわれる剣技。なるほど爪も牙も持たないゆえの、人の戦い方の究極であるかのようなそれは、生来の力のままに本能に任せて暴れる魔物や魔獣にとって確かな脅威だろう。

 しかしながら我々が魔物の膂力に魔獣の爪と牙を持ちながらも、人のように修練を重ねることを旨とした一族である以上、それだけの要因で警戒はしても脅威とはならない。そう、それだけならば。

 

 その個体が背負う、得物が問題だった。

 

 ハッキリと言えばその得物の存在があったことで初めて、今回の一連の流れを昔話と結び付けることが俺にもできたと言って良い。それほどの異常な存在感を、その武具は放っていた。

 

 あれは、神話の武器だ。

 

 恐らく。いやあれこそが、歴史に語られる太古の昔に王を繰り返し封印させたという『剣』なのだろう。

 地中から次々と掘り出されるカラクリ達や、山に足をかけるほどの巨体を誇る巨大兵器。あれらは確かに大きな脅威だ。だが所詮は意思なき存在であり、そこに「魔」への敵意というものは感じられない。

 それに比べ、あの剣には「魔を打ち払うため」だけに存在しているとしか思えないほどの悪意が宿っていた。例え空を渡り、海に潜ったとして、それこそ時を遡ろうとも、あの剣を上回る「魔」に対する致命的な存在は有り得ない。

 そしてそんな凶器が、その力と意思を十全に発揮させるだろう「担い手」の背に収まっている光景こそが、俺の背筋を武者震いとは違う理由で震わせた。

 

 情報を集めて偵察を終えた後、行きと同じルートを選んだにも関わらず、より短い時間で帰還していたのは既知の道に慣れていただけではない。俺は、その目で見た存在達に発見され、神話で語られる魔物の王のように束ねられた力によって一方的に滅ぼされるのを恐れ、出来るだけ早く中央の地から離れたいと無意識に願ってしまったのだ。

 

 【ライネル】としてあるまじきこの思いを恥じようにも、一度間近に感じてしまった近寄ることも避けたいほどの忌避感は、今も身体の奥に燻っている。中央地方の方角に視線を向ければかなりの距離があるにも関わらず、はっきりと剣に宿る悪意を感じ取れてしまう。

 

 ……もしかすると彼はこの地にあって、既にこの不吉な気配を感じ取っていたのかもしれない。だからこそ今回の旅の目的地をあの場所に指定したのではないだろうか。この世界を襲おうとしている二度目の『大厄災』の兆しを知らせるために。

 

 その結果得られた様々な事実。それは不吉なもので占められているようにしか見えないが、決して否定的な出来事ばかりではなかった。確かな希望が一つ、確実に存在している。

 出立前に彼が繰り返し確認してくるように念を押していた現象を、現地で確認することができたのだ。これを話した時、彼はその場所や実際の様子を事細かに説明するよう促したほどである。

 

 それが子鬼をはじめとする、魔物達の人への襲撃。

 比較的本能のままに生きている類の魔物や魔獣が組織的に動くことなく、手当たり次第といった有様で人を襲おうとしていたのだ。そして、その傾向は中央地域においてより顕著であった。 

 局所的ではない広い地域に渡り、魔に生命を宿した者がそれ以外の者達へ敵意を剥き出しに襲い掛かる、その理由。

 我が身を省みないその行動が、身を包む魔力の高まりに酔っているのだとしたら。

 その原因として考えられることは一つだけだ。

 

 

   *   *   *

 

 

 彼が俺を見ていた。

 厳かで、けれど静かな眼。

 この魔物全体の危機と呼べる状況にあって、俺の心底を覗こうとしているのだろうか。

 立ち向かうのか、それとも静観か――。彼の瞳が問い掛けているかのようだった。

 

 だが安心して欲しい。不安はある、恐怖だって覚えている。けれど決して逃げはしない。

 

 

 何故なら俺は【ライネル】だからだ。

 彼に認められ、一族の皆が憧れる勇者の称号を持つ者だ。

 当代の最強が守らねばならないのは、一族の繁栄。

 赤い月の祝福を我らの頭上に輝かせるためならば、魔を滅ぼす存在が相手だろうと躊躇ってはならない。

 

 (貴方が勇者の時代に同じ事が起こっていたとしても、こうしたはずだ )

 

 歯を剥き出しにして笑ってみせる俺を見て、彼は控えめに歯を見せて応える。

 その眼には、いつも見せてくれていた穏やかな光が浮かんでいた。  

 

 

 ――魔物の王が、復活する。

 

 

 今度こそ、その邪魔をさせるわけにはいかない。

 

 




1万年前のガノン様、ようやく外に出れたと思ったらフルボッコ。
出待ち狩りとか勇者のやることでしょうか……


※大鬼の魔物=モリブリン
 蛸の魔物=オクタ

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